出かけた後の恒例により、はは、食べた物、旨いものを見て頂くのに、
お皿の写真だけ並べてもと考え、周辺も少し加えると結構な枚数になり、
ならばと総集編を兼ねる事とし、その日の各部を加えて2回に分ける事に。
で今日はその1を。
お皿の写真だけ並べてもと考え、周辺も少し加えると結構な枚数になり、
ならばと総集編を兼ねる事とし、その日の各部を加えて2回に分ける事に。
で今日はその1を。
タイトルに即、旨いもの、と書かなかったのには訳があり、
はい、見て頂くとお分かりと思いますが、
肉を食べない上に、今回はもひとつ貧乏旅行となりまして、
まぁ、これもイタリアの素顔であると、きゃはは、ご了解を!
はい、見て頂くとお分かりと思いますが、
肉を食べない上に、今回はもひとつ貧乏旅行となりまして、
まぁ、これもイタリアの素顔であると、きゃはは、ご了解を!
写真は、今回の旅行で最初に撮った1枚。

場所はトスカーナの南、カプレーゼ・ミケランジェロの村に行くべく
E45のガタゴト自動車道をサント・ステーファノで降り、上り坂に、
はい、かなりの上り坂にかかった辺り。
少し曇天でしたが、のんびりの田舎の春風景が広がります。
さてカプレーゼ・ミケランジェロ・Caprese Michelangeloですが、
この村にはミケランジェロ・ブオナロッティ・Buonarrotiの生家
といわれる館があり、こちら。

実際にはこれはパラッツォ・ポデスタ・Palazzo Podestà・
執政長官の館と呼ばれるもので、ミケランジェロ・の父親ルドヴィーコ・
Ludovicoが、1384年からフィレンツェの支配下に在ったこの村の、
長官として居住していた時に彼が生まれたというもので、1475年、
彼の家ではなかったのを今回知りました。
現在はミケランジェロ博物館として、内部もこのように整備され、

建物前面にある階段を上った2階の部屋、

そして奥に2部屋在る内の南側のこの小部屋、
ここでミケランジェロが1475年3月6日に生まれたであろうと。

村の歴史は古く、この区域はロッカ・カステッロ、要塞・城と呼ばれ、
村の一番北側の高い位置にあり、他に大きな建物が2つ、
周囲は城壁に囲まれたかなり広い区画で、
現在はミケランジェロ博物館の一環として、彼の作品コピーや、
他の彫刻作品の展示などもされておりました。
彼の父親の執政官としての半年の任務期間はちょうど3月で終り、
当時大変厳しい経済状態であったらしい一家は、フィレンツェ郊外の
セッティニャーノの村に戻ります。
この村は石を産し石工の多く居た村で、石工の娘であり妻であった
乳母の家に預けられたミケランジェロ。
多分この村で自分の生きる道を選んだのでしょうね。
乳母の家に預けられたミケランジェロ。
多分この村で自分の生きる道を選んだのでしょうね。
城の前の道を村に下り、少し東に。 このサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会・
San Giovanni Battistaで1475年3月8日ミケランジェロは洗礼を受けたと。

お昼前に村に到着、我が家から365km 約4時間、博物館は終日
開いているのを良いことに、ゆっくりのんびり見ている内に、
お昼をとっくに過ぎ2時半頃。
博物館すぐ下のトラットリーアからは、お肉グリルの良い匂いが周囲に充満!
いや、これは食べられないし、通りがかりのシニョーレが教えてくれた
村外れのレストラン前に。 ここも賑やかな声が聞こえ、お肉の匂い!
いや、これは食べられないし、通りがかりのシニョーレが教えてくれた
村外れのレストラン前に。 ここも賑やかな声が聞こえ、お肉の匂い!
こういう田舎でこういう店に一旦入ると、長く待たされるだけなのを
経験済みですから、まぁ、そう遠くないからと、40k 40分ほど、
今夜の宿であるチッタ・ディ・カステッロの町に向かう事に。
経験済みですから、まぁ、そう遠くないからと、40k 40分ほど、
今夜の宿であるチッタ・ディ・カステッロの町に向かう事に。
途中で道脇にサーヴィス・エリアのあるのを見つけ、食べれるかと聞くと、
3時で閉めたとのこと。
てな事で、旅初日のささやかなお昼は、ははは、
リンゴのタルトと、パイナップル!! 嬉しくて、写真までブレてる!
3時で閉めたとのこと。
てな事で、旅初日のささやかなお昼は、ははは、
リンゴのタルトと、パイナップル!! 嬉しくて、写真までブレてる!

今回行った範囲の、ウンブリアの地図をどうぞ。
旅の初めに2泊したチッタ・ディ・カステッロ・Città di Castello.
ここはウンブリア州に入ってすぐの町で、翌日行ったモントーネ・Montone、
旅の初めに2泊したチッタ・ディ・カステッロ・Città di Castello.
ここはウンブリア州に入ってすぐの町で、翌日行ったモントーネ・Montone、
ペルージャ・Perugia、アッシジ・Assisi、アッシジから出かけた
スペッロ・Spello、そして最後に寄ったグッビオ・Gubbio.
チッタ・ディ・カステッロの町のホテルに荷を置き、まずは町の中心、
ピアッツァ・マッテオッティ・Matteotti広場に。
日曜の午後、しかも5月1日からの連休最終日とあって、
町の人とともに、かなりの観光客の姿。

長方形に広い広場の西側を占めるこの建物、パラッツォ・ポデスタ・
執政長官の館で、正面はこんな17世紀のバロック様式。
執政長官の館で、正面はこんな17世紀のバロック様式。

所が横のコルソ・カヴール・Corso Cavourに入った途端に驚いた、
この元の姿を物語る壁の威圧! 14世紀後半の建物だというのが
素直に頷けます。

で、続く市役所・Municipio. 扉が開いていたので入ってもOKだろう
とは思いつつ、とにかく真っ暗!

先に入った人々が喋りながら階段を上っていくので、まぁ、牢屋ではないだろう、
ははは、と思いつつshinkaiも。
古い古い煉瓦敷きの階段を上り、上の会議室様も見て参りましたぁ。
ははは、と思いつつshinkaiも。
古い古い煉瓦敷きの階段を上り、上の会議室様も見て参りましたぁ。
そしてその先に、こちらがドゥオーモ。 傾斜地を利用しているせいか、
入り口階段も高く、どこもかしこも重厚な印象の町。
入り口階段も高く、どこもかしこも重厚な印象の町。

町2日目の夕方もまた出かけてあちこちうろうろしたのですが、
お天気が回復しての、ドゥオーモの裏に在る円筒式鐘楼。
上れる、とは書いてあるものの、扉は閉まっていて。

現在市の絵画館パラッツォ・ヴィテッリ・アッラ・カンノニエーラ・
Palazzo Vitelli alla Cannoniera. 町の有力一族ヴィテッリ家の
建物の1つという事ですが、美しい壁画で装飾。

所蔵品にも心を惹かれたのですが、日曜は既に閉め、月曜休館、
火曜は朝10時からというので、待ちきれず今回はパス。
火曜は朝10時からというので、待ちきれず今回はパス。
この道を跨ぐ姿ですが、左に見えるこの城壁が町を取り囲み、

こんな形で良く保存されていて、外側は散歩道に。
奥に見える壁内の建物辺りが、今回の宿。
奥に見える壁内の建物辺りが、今回の宿。
チェック・インした時、ホテルのレストランでは3種の中から選べる式の
夕食が16エウロです、というので予約し、7時半に。
南に行くほど、夕食時間が遅くなる気がするのですがぁ!
夕食が16エウロです、というので予約し、7時半に。
南に行くほど、夕食時間が遅くなる気がするのですがぁ!
プリモに、ペペローニの入ったちょっとピリ辛のペンネを。
美味しかったですが、量が多かったぁ!
美味しかったですが、量が多かったぁ!

白ワインを半L頼んだのですけどね、待ち時間にちびちびとやって
足らなくなり、もう半分! こちらも飲みすぎぃ!
足らなくなり、もう半分! こちらも飲みすぎぃ!
セコンドには、鱸のグリルと、付け合せにタマネギのフライ。
うん、この鱸も美味しかった! 久し振りのおちゃかな、にゃぉ~ん。

部屋の窓から見る旅初日の夕暮れ。

この町も駐車場に苦しみ、どの道も満杯! 道の突き当たりに上記の
美しい絵画館があるのですが。
美しい絵画館があるのですが。
手前右に見える広場というか工事現場で、ローマ期の遺跡にぶつかり、
工事は遠慮がちに向こうの端で。
保存問題が解決するまで、まだ何年もかかる事でしょう。
翌日はチッタ・ディ・カステッロの町からだと30分ほどで行ける
モントーネ・Montoneの町に。 「イタリアの一番美しい村々」にも
選ばれており、一度行ってみたかったのですね。
自動車道から外れ坂道に差し掛かると、みずみずしい緑!

が、この後が物凄いカーヴと坂道の連続で、ははは、 まぁナヴィの教える
通りに行き、駐車もできましたが、どうやら町の南端に着いた様子。
この眺めは、町の北端の要塞跡から。

上の写真の手前側に見える町の門にある、モントーネ・雄羊の紋章、
1487年の年号が。

モントーネで一番古い教会という、ロマネスク・ビザンティンの
サン・グレゴーリオ教会・San Gregorio.
町の外、こうして見える位置にあるので、今回はパス。

古い石組みの家、細い上り下りする小路、光と影が美しい陰影を
見せてくれる小さな町の中を何度も行ったり来たり。
町の中心の広場には、町の人が休んでいたり話し込んだり、

トラットリーアやレストランはいくつかあったものの、どこかにのんびり座ってお昼を、
という気持ちから今回は少し遠く、ついに広場の角のバールに。
生ハムなど挟んだパニーノはダメだし、
ついにこの日も、オレンジの生ジュースと、トルタと小ピッツァ!

古い建物の中を改造したバールは、天井がレンガのアーチが重なり、
面白くきょろきょろ眺めつつ、天井近い小窓から外を歩く人の足が見えたりで、
こちらは、上手くあしらってくれたバールのシニョーレ。

この小さな歴史ある古い町はとても気に入りましたので、
また改めてご案内いたしますね。
また改めてご案内いたしますね。
モントーネから戻って来て、チッタ・ディ・カステッロの町に入る所で、これを!
そう、アルベルト・ブッリ・Alberto Burriの作品。


戦後のイタリア美術において、現代抽象美術の先駆けとなった
絵画彫刻作家ブッリの作品なのですが、
私は単に名前とこの作品の写真を何度か見ているだけ。
それがたまたま見えたので、そうだったっけと撮りましたが、
このチッタ・ディ・カステッロは彼の生地で、町中と、写真の背後に見える黒い建物、
元タバコの乾燥工場に彼のコレクションが収蔵されていると。
こうして撮ると赤く見え、今まで私も赤と思っていたのですが、実際は錆茶色で、
いつもながら色の見え方の不思議さ、取り合わせによる色違いにも頷いた事でした。
いつもながら色の見え方の不思議さ、取り合わせによる色違いにも頷いた事でした。
ブッリのサイトはこちらに。 http://www.fondazioneburri.org/
この日の夕食は、ホテルの近くにたまたま見つけたインド料理店、
物凄く分り難い開店日と時間表を睨みつつ、
なんとか今夕7時には開いていそう、わぁ、イタリアに来て初めて
インド料理が食べられそう、何十年ぶりだろうと大喜び、ははは。
町の散歩も時間をみて切り上げ戻ってきましたら、
何の事はない、休日! 前日は表に出ていた看板もシャッターの中!
もう一度町中に戻って店を探す元気も失せ、再度ホテルのレストランで、ああ。
もう一度町中に戻って店を探す元気も失せ、再度ホテルのレストランで、ああ。
ビールを頼み、待つうちに、

プリモの、魚介と野菜のリゾット。
はい、これも美味しかったけど、やはり今日も量が多いなぁ。

セコンドのオムレツ、というより、かき混ぜ卵じゃん! 付け合せにジャガイモ。
選んだ私がバカだったぁ、と思う一瞬。 あ~ん、インド料理ぃ。

翌朝アッシジに向う途中、ペルージャの街の北端にある
テンピオ・ディ・サンタンジェロ・Tempio di Sant'Angeloに寄りました。
円形の、古く良さそうな面影の教会に惹かれたのでしたが、

中に入ると、素朴な形はともかく、床材も新しく、天井部のアーチ部分も、
そして天井の覆いも、どうやら修復されたのが近年らしく、
明るすぎるほど光が入るのも、ちょっと意外な感じで。


調べてみると、オリジナルは5世紀に遡るものの、1o世紀頃にかなり改装、
その後15世紀にペルージャの有力者バリオーニ家・Baglioniにより、
軍事目的に使われたりで傷めつけられた様子。
その後15世紀にペルージャの有力者バリオーニ家・Baglioniにより、
軍事目的に使われたりで傷めつけられた様子。
戦後になって修復工事がされ、床も天井も新しく、窓も再度開けられ、
という事は以前にもあったのですね、古いフレスコ画なども見つかり、という事。
という事は以前にもあったのですね、古いフレスコ画なども見つかり、という事。
ボローニャで見た、やはり古い円形の礼拝堂。 素晴らしいものを見ていると
つい比較してしまい。
n.2 ボローニャ ・ サント・ステーファノ聖堂
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/469029525.html
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/469029525.html
見つかった、という古いフレスコ画。

一番左に見えるのは多分聖女XXで、どなたかな、胸が赤くなっているのは、
昔女性を処刑する時は、無残にも両乳房を切り取ったという事で。
昔女性を処刑する時は、無残にも両乳房を切り取ったという事で。
入り口脇にあった、古い石碑。 逆向きですが、光の映り具合が
良いと思うので、このまま。
良いと思うので、このまま。

という事で、ウンブリア総集編と食べた物その1、でした。
少し長くなりましたが、楽しんで頂けましたように!
少し長くなりましたが、楽しんで頂けましたように!
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