・ ベルギーの2つの街 ・ アントワープ ・ ブリュッセル 

今日は月1ゲストのグロリオーザさんの写真でベルギーの2つの街、
アントワープ・Antwerpenとブリュッセル・Bruxellesのご案内を。

フランスの北に位置しオランダとに挟まれ、
首都ブリュッセルはまたヨーロッパ共同体のEC本部が置かれている
事でも有名ですね。では、ごゆっくりどうぞ。
*****

フランドルへの旅も今回が最終回、
ベルギーの、ルーベンスの街でもあるアントワープと、
首都ブリュッセルを巡ります。

まずはアントワープから。
メインストリートの入口にステーン城という、中世の要塞の
一部がそびえていますが、今は国立海洋博物館になっています。

1-P4098002_t_GF.jpg



中心部に歩いていくと、市庁舎前の広場に出ます。
中央に建つのは「ブラボーの噴水」。 古代ローマの兵士で、
巨人の手(ant)を切り取って投げた(werpen)という伝説から、
アントワープの名が由来しているとのことです。

2-P4098021_t_GF.jpg



市庁舎からすぐのところに、ノートルダム大聖堂がそびえています。
こちらの広場には「ルーベンスの像」が堂々と建てられています。

3-P4098044_t_GF.jpg



大聖堂の中に入って見ましょう。 清々しい白がとても印象的。
建物完成は1520年。フランドル地方で最も大きいゴシック教会。

4-P4098069_t_GF.jpg



この教会には沢山の絵画が飾られていますが、最も有名なのは
ルーベンスの作品です。
日本人には「フランダースの犬」で、ネロ少年が最後にここに辿り着き、
ルーベンスの絵を見る場面が有名ですね。

まずは主祭壇に掲げられた「聖母被昇天」。
ヴェネツィア・フラーリ教会の、テツィアーノ作品と違って、
こちらの聖母は、とても派手やかですね。

5-P4098051_t_GF.jpg



向かって左手にある「キリストの昇架」。 これはもともと別の教会の
ために描かれたのですが、19世紀になってここに移されました。

6-P4098058_t_GF.jpg



「昇架」と対をなすように、右にあるのが「キリストの降架」。
劇的表現が十八番の、ルーベンスの面目躍如といった作品です。

7-P4098064_t_GF.jpg



大聖堂を出たら、ちょうど昼時で、広場のレストランは大盛況。
イタリアンはもちろん、寿司を食べている人もいました。

8-P4098086_t_GF.jpg



ここからブリュッセルに入ります。

知名度NO1の「小便小僧」。 彼は世界一の衣装持ち人形と
言われていますが、この日は裸でした。
聞いてはいましたが、想像以上に小さい像でした。

9-P4118315_t_GF.jpg



それに比べて、大きな像も近くにあります。
「セルクラースの像」という、14世紀に英雄的な行為で街を
守った人で、彼に触れると幸せになるといわれています。
体中触られて、ヴェローナのジュリエッタの胸の様に、ピカピカです。

10-P4118344_t_GF.jpg



中心部にある、ギャルリー・サン・チュベールはショッピングアーケード。
ゴディバなどチョコの名店を始め、さまざまな店が並び、
一日中賑わっていました。

11-P4128366_t_GF.jpg



大道芸人のショーをテレビが取材していました。

12-P4118310_t_GF.jpg



「グランプラス」の様子です。 ここを「世界で最も美しい広場」と
称えたヴィクトル・ユーゴーは、この広場に面した家に住み、
広場を眺めながら、作品を書いたといいます。

13-P4118338_t_GF.jpg



一旦ホテルで休んだ後、夕方に再び広場に戻りました。
続々と人が詰めかけ、食事や散歩を楽しんでいます。
背景の高い建物は「王の家」。 今は市立博物館です。

14-P1010436_t_GF.jpg



向かい側の市庁舎。 塔のライトアップが印象的です。

15-P1010446_t_GF.jpg



広場はとても広く、1枚の写真にはなかなか納まりません。

16-P1010452_t_GF.jpg



王の家。 日没後約20分ほど、
ライトアップの光が輝きを増してきました。

17-P1010458_t_GF.jpg



この後近くのレストランで、ムール貝の白ワイン蒸し、ワーテルゾーイ、
ビールという、典型的なベルギー料理を楽しみました。

18-P1010471_t_GF.jpg

オランダに比べて、ベルギーの料理は結構レベルが高かった。
ここのレストランは、アールヌーボーのインテリアでした。



翌日訪れた楽器博物館。 ここも1898年完成の、
アールヌーボー建築で、窓枠に楽譜が描かれていました。

19-P4128426_t_GF.jpg



次に入ったのが王立美術館。 先ごろ東京でも、同美術館展が
開かれていましたが、ここの所蔵作品はブリューゲルから
マグリットまで幅広い内容でした。

これはそのうちの一点、ブリューゲルの「ベツレヘムの戸籍調査」

20-P4128446_t_GF.jpg



新しいほうの作品、ダビット作「マラーの死」。
ダビットは、フランスからベルギーに亡命していたんですね。

21-P4128466_t_GF.jpg



美術館を出て散歩していたら、道端でこんな胸像を見つけました。
もしや、と思って調べてみたら、やはり「ポール・クローデル」
彼はカミーユ・クローデルの弟でした。
    
22-P4128444_t_GF.jpg
   
ロダンとの愛の葛藤の末に心の病を患い、精神病院で孤独の
死を迎えたカミーユについては、特別の思いを持っていますが、

弟のポールもフランスを代表する詩人、外交官でもありました。
彼は駐日フランス大使として、日本に駐在したこともありますが、
外交官としての最後の赴任地は、ベルギーでした。
旅の終わりに、思いがけない出会いとなりました。

**

如何でしたか、グロリオーザさんの、アントワープと、
ブリュッセルのご案内は?

先回のブルージュと共に、大変美しく、食事も美味しい様子で、
旅行意欲がそそられますね。

街のご案内とは外れますが、すこし。
最初にもちょっと触れましたが、EC本部のあるブリュッセル、
ここの映像は、こちらのTVニュースでいつも見ますが、

「ヨーロッパ共同体」の思想の根本は、
青山光子、クーデンホーフ・カレルギ伯爵夫人を母に持つ、
次男のリヒャルトが、提唱した物といいます。
100年前にヨーロッパに渡り、様々な偏見の中で健闘し、
皆の尊敬を勝ち得た日本女性の事は皆さんもご存知でしょう。
彼女のお墓は、ウィーンにあるとの事。
       
イタリアにも、明治政府に招かれ、彫刻を教えに来たラグーザと
結婚した、ラグーザ・玉 という女性画家が、
明治の日本から渡伊し、活躍しました。

そしてまた、ヴェネツィアのサン・ミケーレ島の墓地には、
緒方洪庵の子息の惟直が、明治政府の視察団に同行、
ヴェネツィアに残り、現ヴェネツィア大学の前身の
高等商業高校で日本語を教えていたのが、
わずか23歳の若さで客死、ここに埋葬されているとの事。

当時の日本から離れ、遥か彼方の国で生き、活躍した人びとの、
望郷の念を思うと、胸に迫ります。
機会があったら、是非お墓参りを、と思います。

人々の、その生き様が、深く心にしみこんだこのお盆でした。

*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!


    s2019誕生日 - Copia.jpg

*****

コメントの書き込みについてのお願い。

ブログの記事下に、「コメントを書く」が出ていない時は、
上か右の、記事タイトルをクリックして頂けると
記事の一番下に「コメントを書く」が出ますので、よろしくお願いいたします。
非公開コメントをご希望の場合は、非公開で、と書いて頂くと、  
コメント承認制ですので、保留にし、お返事だけ公開しますので、
それもご了承下さいませ。


この記事へのコメント