・ n.2 オビドス ・ ポルトガル

先回に続き、ポルトガルの世界遺産指定の小さな可愛い町、
オビドスえ!のご案内をどうぞ。
地図も必要ない程の、迷うのが逆に楽しい様な素敵な町ですが、
先回のご案内地図の町の中央辺りから続けますね。

先回ご案内の、深い由来を持つ晒し柱の奥に見えた
サンタ・マリーア教会・Igreja de Santa Maria.
辿って来た道より低く位置し、教会前広場も町で一番広い場所。

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この教会の元々は、西ゴート族の神殿の跡にアラブの侵入による
モスクが建てられ、1148年にポルトガルの初代の王となった
アルフォンソ1世・Alfonso Iがこの地を征服、教会を建設。
ですが、現在の形は後のルネッサンス時代16世紀の物と。

正面扉の周囲に見える装飾ですが、



アップするとこんな様子で、テラコッタと思われますが、

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上部に1890年と見えますね。 その時代にすると、聖母マリーア、
両脇に膝まづく天使の表現がどこか中世風というか、幼いというか。

タイルの絵柄は素晴らしいものの、テラコッタの技術、職人技は
余り優れていなかったのかな? 



内部をどうぞ。 両脇の壁は上から下まで、18世紀の物と
言われるアズレージョの素晴らしいタイル装飾で覆われていて、

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正面に見える祭壇奥の絵画には、どれと私には特定できませんが、
オビドス出身の女流画家ヨゼファ・Josefa di Obidos(1630-1684)
の作品があり、彼女は19世紀以前に、生前に著名となった
最初の女流画家との事。

教会前広場の脇に美術館があり、そこにも彼女の作品が
いくつかあるそう。何か作品が見られるか、と検索をかけましたが
何も出ず、ただ彼女の名前をつけたホテルがオビドスに
あるのが分かりましたです。



少しピン甘ですが、これは天井部で、木製彩色。
と、全体が全て装飾柄で埋め尽くされ、独特の雰囲気。

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この教会で1448年に、1444年とも、第12代ポルトガル王
アルフォンソ5世・Alfonso Vが、従妹にあたるイザベル・デ・コインブラ・
Isabel de Coimbraと挙式を。

彼らは、昨日の最後の晒し柱のご説明で名前が出た
11代目のポルトガル国王ドゥアルテ1世とレオノール妃の息子と、
王弟のコインブラ公ペドロの娘ですね。
3人の子をもうけたものの、王妃の父は夫の軍に殺害され、  
イザベル王妃もその後急死、多分毒殺という事で、
僅か23年の生涯、7年間の彼らの結婚。

夫だったアルフォンソ5世はその後40歳を過ぎて、姪にあたる
16才のファナ(ジョアナ)と再婚するものの、近親婚として正式には
認められず、彼女は17歳にして修道院に。

この彼女の母親カスティーリア王妃ファナも、なんともはや色々と
素晴らしい噂のある方でして、ははは、
アルフォンソ王は晩年、息子に国政を譲り修道院に引き籠ったと
言いますが、まぁそれもむべなるかなで、
波乱万丈、闇の中の魑魅魍魎のポルトガル王家でございます!

イザベル王妃の弟、ジャイメ王子のお墓のある
サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂 ・ フィレンツェ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464150189.html

とはいえ、この小さな町オビドスの歴史にはなかなか可愛いお話もあり、
第3代ポルトガル王となるアルフォンソ2世が1208年にウラッカ・
Urraca de Castelaと結婚しますが、
2年後に結婚の贈り物として、このオビドスの町を彼女に。
これがポルトガル王家の結婚の際の慣習となり、
1834年まで、町は代々の王妃の領土として引き継がれたと。



こちらは教会入り口に近い部分のアズレージョと、

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天井のフレスコ画。

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教会前の広場の奥、ちょうど教会と向かい合う位置にある
素晴らしく立派な泉ですが、残念ながら水は流れておらず。

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上部3角形の所に見える横線の位置、あそこが道の高さで、
真ん中に見える円柱が、晒し柱の位置。



広場に駐車した車の匂いを確かめている猫ちゃん。
痩せていて、我がデブ猫と比べ可哀そうな気がしましたが。

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広場の脇、道と同じ高さにあった柱廊部分。
どうやら市が立ったり、倉庫に使われていた様子。

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脇道に入り、古い瓦や、花に見とれたり、

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いかにも年代を経たと見える玄関前の石段も眺めつつ、

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こちらはホテル。 入り口ポーチ上にノウゼンカツラが
びっしり茂った良い雰囲気でしたが、
余りにも白壁との対比が強く、玄関を写すのに色が飛び。

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Casa São Tiago do Casteloという表札。



すぐ脇の下り坂が、大変な急坂。
時間があれば、こういう道こそ楽しめるのでしょうに!

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さてここまで来ると、もうすぐそこに見える城の入り口と、
脇にあるのはサン・ティアーゴ教会・Igreja de São Tiagoで、
現在、町の公会堂になっているそう。

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城入り口手前から覗く、高級国営ホテルのポウザーダ・
pousadaの入り口側、部屋数が少なく、なかなかお高いようで!
王家、そして町の首長の邸宅だったのを1950年に改装、
ポルトガルの国営ホテルの第1号なのだそう。

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城の中庭に入り奥に進むと、中世風の市を開いたり、お祭りの
催しにも使われるらしい、映画のセット風の建物などもあり、

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1番奥まで行くと、お城の後ろ側がこんな風に。
6代目のディニス王・Dinisによって建設されたという、実戦向け
13世紀建設が、16世紀に居城として改装されたのだそう。

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そしてご覧になってお分かりの様に、かなり新しい部分も。
18世紀の大地震は、ポルトガルの建築物に大被害を
齎したといいますから、その後の修復部分もかなり広い範囲に
及んでいる筈ですね。



こちらは反対側の城壁の色で、こちらは古い壁が残っている部分と。

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町中は観光客で賑わっていたのが、ここまで来ると殆ど無人。
向こうの方で誰かが大声で喋っているのが気分的に助かる様な、
そんな歴史の威圧感も感じました。



城壁の端まで行き、隙間から覗いた平地の教会。
屋根の形が面白く、なかなかの立派さで、戻って調べました。

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石のイエス教会堂・Santuário do Senhor Jesus da Pedra
ポルトガルでも重要なバロック建築なのだそう。

石の十字架がたくさん納められている聖所でもあり、
中には初期キリスト教時代の物もあるそう。



城から出てきての広場と、町の通りを見下ろして。
そう、お城がやはり一番高い位置にあるのですね。

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ゆっくりと集合時間に向け、バス乗り場に戻ります。
       
こちらは、美術館の入り口脇に見かけた、可愛いタイル装飾。

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観光馬車も小さい町の中にあり、シニョーレが手招いているのは
私の傍にいた子供で、でも、お馬ちゃんはこっちをね、ははは。

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で、のそのそ道を戻る途中、なんと、カメラの記録カードが満杯終了!
勿論バスの中には予備も持っていますし、道も殆ど最後の部分で、
悔しい思いをする場面も無かったですが、

それを聞いたグループの連中の嬉しそうな反応!! あはは。
伝え聞いて、驚いて訊ねる仲間もおったとですよ!
ええ、バスに戻り即入れ替えまして、はは、ざまぁ見ろ!
       
という訳で、これがオビドスの町を去る最後の写真でございます。

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オビドス最後の最後は、翌朝ホテルの前で見た
アガパンサスの花をどうぞ!

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イタリアで見るのよりもずっと色の濃い、藤色でした。


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