・ アルコバッサ修道院 ・ ポルトガル 

今日のご案内は、ポルトガルのほぼ中程の大西洋に近い
アルコバッサ・Alcobaça.
ここにある、ユネスコの世界遺産に指定されている歴史ある
サンタ・マリーア修道院・Mosteiro de Santa Maria de Alcobaça
通称「アルコバッサ修道院」のご案内です。

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上の標示の様にAlcobaçaと書き、ポルトガル語での発音が
良く分かりませんが、イタリア語ではそのままアルコバカと読み!
それはやはりね、日本人には多少抵抗がありますので、
日本語でのアルコバッサに従います。



アルコバッサはどこにあるか、地図をどうぞ。
リスボン・Lisboaと古都コインブラ・Coimbraのちょうど中間で、
すぐ北に見えるバターリャ・Batalhaという、ここの凄い修道院を
午前中に見物。
前日には東に見えるトマール・Tomarで、テンプル騎士団由来の
大修道院跡も見物しており、修道院はもういいよぉ! 
という声も聞こえましたが、ははは、

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お昼にナザレ・Nazaréの青い広い大西洋の浜で波と遊び、
美味しい鰯や鱸のグリルを食べて元気回復、
またまたここアルコバッサで修道院見学を、という行程でした。



小さい町というか、修道院の他は特別に何もないというのか、
鄙びた古都の趣のある雰囲気の良い町で、
バスを降り、歩いて中心に向かいます。

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アルコバッサという町の名の由来は、アルコア・Alcoaと、
バッサ・Baçaの2本の川がここで合流するからだそうで、

こちらはアルコア川に架かる橋、と言っても、バッサ川も
すぐ傍を流れますが、この橋もなかなか良い雰囲気でしょう?

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で、こんな門を持つ建物前の広場に出て、
この門に並ぶ左にある別の門を潜ります。
後から考えて、これは修道院の城壁代わりの建物にある門で、
つまり使用人たちが住んでいた建物だったろうと。

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広場に咲いていたアガパンサス、ですよね?
イタリアで見るこの花は優しい藤色をしていますが、
今回ポルトガルで見たのは濃い藤色、時に紫と言いたい程の
濃い色で、路地にもたくさん咲き乱れていましたね。

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通った門の内壁にあった天使像。

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そして正面に、この威圧的とも言える建物入り口が見え、
これは、修道僧たちの居住区に繋がる入り口。

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上の入り口に続き、建物が横にず~~っと長いのですが、


      
間の広場を埋めて、カフェのテントや椅子もずっと続き、
どうにも写すチャンスを掴めぬまま通り過ぎ・・。

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右手の建物にはカフェやスーヴェニール店。
真ん中の壁にある四角な陶器のお皿を覚えておいて下さいね。

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可愛い薄いクリーム色の新品のスクーター。
ヘルメットと並んで、チェックのベレー帽が。

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で、細長い広場の端まで行き、角を曲がるとこの景観!
とにかく、とてつもなく大きな修道院。

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あちこちでかなりの数の修道院を見ていますが、いつも驚くのは
その規模の大きさと凄さ! で、そこに集まったであろう
富の莫大さを考え、ついで世俗領主達の心底を、想います。
       


こちらが教会正面入り口で、18世紀に改装されたバロック様式。

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アルコバッサの修道院の起源は、1153年に初代のポルトガル王
アルフォンソ1世・Alfonso Iにより建設が決められた物で、
4世紀に及ぶアラブ人支配に勝った1147年のサンタレン・Santarém
での戦いの勝利の記念と、
シトー派の(聖)ベルナルド・Bernardo di Chiaravalleへの
贈り物として創建されたものと。

漸くにしてアラブ人支配を抜け、新しくポルトガル王国の
領土ともなったこの土地への権限強固をも目的に、
1178年から建設に着手。

約25年後にシトー派の僧がアルコバッサにやって来たものの、
当時はまだ木造の家に住み、1223年になり漸くに石造に、
教会建設が完成したのは1252年と。



教会正面上部と、

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薔薇窓部分。

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教会入り口部からの眺め。 いや建物全体が高いので、
前の広場の向こうの建物を見はるかす感じ。

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入り口扉部分。
手前の人物との関係で、その大きさをご想像下さいね。

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この扉の両側に、聖ベネデットと聖ベルナルドの像があり、
写してはいるのですが、光線が強すぎ色が飛びました。
       
  

フランスからの学生たち、中学生位かな、
お喋りしつつ、虫さされの比べあい?!

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ワッと出て来て、まぁその賑やかな事!

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教会扉内から。

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薔薇窓の内側。

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質素を重んじるシトー派教会、という事で、内部はゴシック様式の
如何にも簡素で重厚な物。 高さをご覧下さい!

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暗いのと誰かが前に立つので上手く撮れず、これはウィキ・イタから
拝借の写真を。 内部空間の広さもご想像下さいね。
ポルトガルで一番大きな教会で、身廊の長さが109mあるそう。
 
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正面に祭壇が見えますが、祭壇背後からの様子を、
ガイドブックの写真で。

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大変に簡素ではあるものの、重厚な美しさをどうぞ。

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同じシトー派の、やはり簡素で厳格な美しさを持つ
n.2 セナンク修道院 ・ 南フランス、プロヴァンス
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/473615315.html

n.1 セナンク修道院 ・ 南フランス、プロヴァンス
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/473615169.html



こちらが修道院と教会の図。
到底1回ではご案内しきないのと、今回かなり好奇心に駆られて
調べた事がありますので、
明日内部の様子をもう1度ご案内、という事で
ここでは番号に従い、何かとのみ記しますね。

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1.正面入り口
2.ペドロ1世とイネス・デ・カストーロの墓
3.イネス・デ・カストーロの墓
4.修道士たちの宿坊
5.台所の大煙突
6.八角形の泉 
7.静寂の回廊付き中庭
8.ポルトガルの代々の国王の像のある部屋
9.聖具室への入り口

教会内部奥、翼の部分にあった、2.ペドロ1世とイネスのお墓、
この石棺の彫りが、ポルトガル・ゴシック様式の素晴らしさの極致、
と言われる通りに素晴らしいもので、
すっかり見惚れ、またお墓の2人の逸話にも気を取られ。

つまり我々は教会内部を見ただけで、
他の見物出来る場所、中庭回廊も、泉も、台所もな~んにも見ず、
まぁ、ツァーの時間制限もあったでしょうが、
バスに戻ったのを、これを書きながら改めて知った次第、ははは。

・・悔しいので、明日はしっかり、
この有名なお2人の、歴史に残る愛のお話をたっぷりと
お聞かせいたしますよぉ。 お楽しみに!!
       
はい、今夜しっかりとおさらいを。

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