・ n.1 エクサン・プロヴァンス ・ セザンヌと学術都市の香り

さて今日は、エクサン・プロヴァンスに向かいます。
学術・文芸、法律の権威の街、セザンヌのアトリエと足跡の街、
プラタナスの並木の大通り、貴族の館、100もの泉 eccecc、

爽やかな朝の空気の中、ニーム近くのホテルから南東に向かいます。

2-147_GF.jpg



突然ですが、高速に入る料金所です。
いや、入る時は払いませんから、切符取り場というのでしょうか、
今回何度かあちこちで出会ったのですが、大変広くて驚いたもので!

3-150_GF.jpg

4-151_GF.jpg

はい、これが片側だけで、我々のこちらにもまだ何口かあるのです。
イタリアの何倍もの入り口数で、夏などはこの入り口が必要な程の
南仏の海に向かう通行量があるという事なのでしょうか?!
で、何度か通過した所に警察官が待機しているのも見かけましたが、
恒例なのでしょうか?



地図をどうぞ。 ニームの街が左上に見え、エクサン・プロヴァンスは南東に。
こうして見ると、かなり距離がありそうですが、1時間半程で到着したと。

5-gue_GF.jpg



今回これを書く為に地図を見て、街の北世から入り、中心部の南から
東をぐるっと回り、北の通りでバスから降りた事を確認。

一旦街の大聖堂サン・ソヴァールを見て後、セザンヌのアトリエに行きましたが、
既にご案内済みですから、今日は街の中の様子をご覧頂きますね。

まずは最初に迎えてくれた素晴らしい噴水、ラ・ロトンデュ・La Rotonde.
エクサン・プロヴァンスのエクスは、元はラテン語の「水」に由来するそうで、
まさにその名に恥じない大噴水。

6-159_GF.jpg

7-162_GF.jpg

8-164_GF.jpg

9-166_GF.jpg

セザンヌのアトリエ ・ エクサン・プロヴァンス
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461110244.html
      


大きなプラタナスの並木道が続き、如何にも爽やかな街という印象を受けます。
並木の間に細々と作られた駐車場、皆さん器用に停めますねぇ!

10-168_GF.jpg

エクサン・プロヴァンスの街は人口が14万人程の大学都市で学芸の香り高く、
15世紀のアンジュー家の善王ルネの時代と、17世紀後半に再度の
輝かしい繁栄期を持ち、革命後はマルセイユに水をあけられた物の、
戦後に各種工業の発展、観光、温泉治療、学術等で価値ある都市の姿に。
       


建物入り口の洒落た張り出し、通りかかる女性もどこかイタリアとは違う雰囲気。

11-172_GF.jpg



この通りは、今右に見える建物の前で街到着時に大急ぎで降車し、
セザンヌのアトリエに行く時に再度渡った信号。

12-205_GF.jpg



街の地図をどうぞ。 ちょうどよいのが見つからず、セザンヌの足跡の地図に、
緑の四角をつけ、黒字でアルファベットを。

13-015_GF.jpg

上の写真の信号から下って来た所に
31.サン・ソヴァール大聖堂・St Sauveur. サン・ソヴールと記したのもあり
30.大学法学部
A. 元の大司教館
25.市役所、北西角に時計塔
B. 郵便局
C. アルベルタ広場・Palace d'Albertas
2. セザンヌの父親がしていた帽子店
3. キャフェ・デ・ドゥ・ギャルソン
d. 4頭のイルカの噴水
15. 旧ブルボン中学校



サン・ソヴァール大聖堂の正面部分。  
       
14-175_GF.jpg

15-176_GF.jpg

建設起源は13世紀に始まり、ご覧の様にロマネスク様式にゴシック様式の
装飾が加えられた物ですが、残念な事に正面扉上の半円部分の彫像が破壊されていて。

フランス革命時に、権力者に繋がる像やフレスコ画がたくさん破壊されたそうで、
話には聞いていたものの全く驚く程にたくさんで、とても残念。



入り口にある聖母子像、聖母の下瞼の膨れ具合、横顔の鼻、顎の線など、
持つ雰囲気がやはりイタリアの聖母と違うのが興味深く。

16-178_GF.jpg

17-264_GF.jpg



サン・ソヴァール大聖堂内部は5世紀から17世紀までの様々な様式が
入り混じり、建築学的には評判が悪い様ですが、内部もちょっと複雑に変形を。

18-183_GF.jpg

19-192_GF.jpg

内部は薄暗く、内陣奥のステンドグラスも写真で色が飛びましたが、
左に見える部分の青い色が、実際の感じでしょうか。

セザンヌはこの聖堂の毎日曜のミサに熱心に通い、いつもポケットに小銭を用意し、
物乞い達に与えていたとか。彼の葬儀は1906年10月24日にここで。



緑と金色に装飾されたオルガンがあり、その向かいの壁には同じ形の装飾が。
       
20-190_GF.jpg



聖堂入り口の右手にある八角形の洗礼堂も、やはり後の時代の手が
加わっていますが、フォロ・ロマーノの跡に4~5世紀に作られたものだそう。

21-187_GF.jpg

22-184_GF.jpg

真ん中には古い形の彫り込まれた浴槽部分があり、当時の洗礼の様式は
すっぽりと水に浸かる事を示していますが、
洗礼前はまだキリスト教徒ではない訳で、夜に洗礼が行われたのだとか。
      


壁に残るフレスコ画の一部。 他は余りにも暗くて大ブレ。

23-185_GF.jpg



身廊左側の壁の礼拝堂。 正面にある3体の彫像は、聖女の名前を
忘れましたが、怪獣に食べられたのを、持っていたナイフでお腹を切り開き、
無事脱出に成功したのだとか、はい。

24-199_GF.jpg

◆ 追記 
怪獣ドラゴンに食べられたものの、後無事に脱出に成功した聖女の名は、
聖マルゲリータとcuccilaさんに教えて頂きました。
彼女が聖女になった謂れについてはこちらに。
http://d.hatena.ne.jp/cucciola/20100209/1265723074
       


で、その横壁に素晴らしいテンペラの祭壇画。

25-200_GF.jpg

26-201_GF.jpg

27-202_GF.jpg

実はこの聖堂には「燃える茨の祭壇画」というニコラ・フロマンのテンペラ画の
傑作があるというのに、戻って見たガイドブックの写真とはまるで違い、
大いに焦りましたが、どうやら現在は修復中と判明。
 
見た祭壇画は北の作家の香りが漂う、が名前も知る事が叶いませんで。
実際見る時は、半分ガイドの説明に耳を傾けながら眺め、写真を撮り、
これだけ素晴らしいのは後で探せる、とタカをくくり、アホは質問もしませんで!



大聖堂の広場に面した外壁、古さが窺えます。

28-266_GF.jpg



大聖堂の前の広場の向かい側には、大学の法学部。

29-265_GF.jpg

セザンヌは大学入学資格試験バカロレアに合格し、ここに1年通ったそうですが、
それ以前からデッサン学校に通い出していて、結局弁護士や司法官免許取得の
道をやめ、父親の銀行を手伝い、3年ほど後にパリに行ったのだそう。



道を少し南に行き、左手奥に見えるのが17世紀の元の大司教館で、
現在はタペストリー・綴れ織り美術館であり、
毎年夏、ここでクラッシックの歌唱コンクールが開催されるとか。
 
30-270_GF.jpg



細い緩やかな道を南に下って行きます。
旧市街の中心に当たるこの辺りは、両側ともに店が立ち並び、      
薄紫の下がるポスターは、夏の国際歌唱祭のお知らせ。
      
31-272_GF.jpg



色鮮やかな南仏独特の布製品が並び、じっくり見たくてウズウズ。
ですが、やはりこのエクスの街の布の色は、
鮮やかではあってもアルルの派手さとは一味違うのですね。

32-273_GF.jpg

33-278_GF.jpg

色柄に塗り分けられた蝉の大小が見えますが、
プロヴァンスでは蝉は「ポルタ・フォルトゥーナ・幸運を運ぶ」縁起ものと。



道の向こうに、時計塔が見えて来ます。

34-279_GF.jpg

35-280_GF.jpg

という所で、n.2 エクサン・プロヴァンス・セザンヌと学術都市の香り に。


*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!


*****

コメントの書き込みについてのお願い。

ブログの記事下に、「コメントを書く」が出ていない時は、
上か右の、記事タイトルをクリックして頂けると
記事の一番下に「コメントを書く」が出ますので、よろしくお願いいたします。
非公開コメントをご希望の場合は、非公開で、と書いて頂くと、  
コメント承認制ですので、保留にし、お返事だけ公開しますので、
それもご了承下さいませ。


この記事へのコメント