・ n.1 南仏カマルグ ・ 野生の大平原と、民衆信仰と

こちらは急に暑くなり、テントを下し鎧戸も殆ど閉め、窓も閉め切り、
薄暗い部屋の中でゴキブリ生活中ですが、・・それでも暑いぃ!!

こんな時 目に心地よいのはすっきりの大平原、しかも野性味満点、
白馬や黒牛、ピンクのフラミンゴがたくさん棲息、南仏プロヴァンスの中でも
とりわけ南に位置するカマルグ・Camargue一帯と、
民衆信仰の色濃い、古い教会のあるサント・マリー・ド・ラ・メール・
Saintes Maries de la Merを今日はご覧頂きますね。

少し写真が多くなりましたので(見せたがりや!)2回に分け、
ごゆっくり楽しんで頂きたいと思います。 ではどうぞ!

カマルグにはニーム・Nîmusから行き、戻りにアルル・Arlesに寄りましたが、
写真は南に下る高速からの眺め。

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地図をどうぞ。

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カマルグ地帯は、ローヌ河の三角州が地中海に押しだされ、一方逆に海が
入り込んでの湿地帯で、約800平方キロメーターの広さ。
一番海側にサント・マリー・ド・ラ・メールの町が見えますが、この町は中世には
海から数キロ離れていたのが現在はこの通り海に接し、
逆に18世紀に河口に建設された灯台が、現在は海岸から5K内とか、
絶えず地形は動いているようです。

蛇足ながら、サント・マリー・ド・ラ・メールから北西に見える線を引いた
エーグ・モルト・Aigues Mortesは訪れませんでしたが、
ここは中世が今に残る素敵な町のようで、城壁に囲まれ有名な古い塔も。
血生臭い話はさて置き、ここの塩田はローマ期から既に有名で「白い金」として流通、
現在なお年に何百万トンもの生産だそうで、私もアルルで見つけ買って戻りました。
はい、「白い金」と聞くと、なお一層美味しい味の塩に感じま~す、はは。



南に向かい、 ほら、水田が広がります。
懐かしい眺めですが、植えが雑というか、すぐ隣には麦秋が見えたりで、
少し不思議なイメージ。

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ラヴェンダーの花も咲きだして。

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道路標識の一番上に見えるアルバロン・Albaronという土地は海抜4,5m.
カマルグ一帯で一番高いのだそう。

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Giraud(発音分かりません)の塩田も、エーグ・モルトと並び有名なのだと。
真ん中に、我々の向うサント・マリー・ド・ラ・メールが。



いよいよカマルグ一帯に入り、白い馬たち、黒い牛、水田を飛び交う鷺も見え、
なんとなしにウキウキ。

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水は塩分を含んでいるものの稲作は可能で、水田面積は2万ヘクタールも。

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大快晴だったのが、雲の動きが激しくなり、空模様が一転ニ転。
遂に町の少し手前から大粒の雨が降リだし、あ~あ!

平原に点在するホテルは、牧場兼なのでしょう、
厩舎が見え、馬での野生動物や平原探訪が売りものらしく、

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部屋の作りも、馬や牛の世話をする牧人たち、ガルディアン・Gardianの住んだ
かっての質素な小屋、平屋で床は叩き土間、を模したもの、または改装したものと。



ハートのついた十字架はカマルグのシンボルだそうで、町入り口のロータリーにも。

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いよいよ町の中心についた所で、昼食に戻るらしいガルディアンたち数人が
馬で行くのに出会いました。

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若い女性も1人混じり、かなりの驟雨の中をパカパカと。
馬のお尻にかなり大きな焼き印!



サント・マリー・ド・ラ・メールの名を冠された教会が町の中心広場に。
       
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6世紀に、当時既にあった崇拝所に建設というこの教会ですが、
中世にイスラムの襲撃に対し要塞化されたもので、とりわけ後陣部分は
まさに城塞を思わせます。
       


外側は壁が白く、修復されたのでしょうが、内部は一転して窓も小さく薄暗く、
煤けてなお黒く、いかにも中世初期の建設を偲ばせます。

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照明器具のお陰で様子も見え、写真は露出を上げ明るめに写っていますが、
かっては殆ど真っ暗だったのに違いなく、いつもの教会内部とは印象が違い。



舟に乗ったマリア像が見えますが、教会の起源の謂れそのものが民間伝承に
よるもので、正式にヴァティカンから認められた物ではないと言います。
 
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お話は紀元40年頃にジェルサレムを追放された人々の内、聖母マリアの姉妹
ヤコブのマリア、使徒ヤコブとヨハネの母マリア、そして彼女達の多分召使の
エジプト人のサーラ・Sara達が櫂も帆も食料もなしの舟でここに辿り着き!
キリスト教を広めつつ、ここで亡くなった、と言い、
    
とりわけサーラはこの地でジプシー達の守護聖人とされ、毎年5月24~25日に
かけて像が海に入るお祭りが行われ、世界中から熱狂的信者のジプシーが
集まるのだそう。



内陣の下にクリプタに降りる入り口が見えますが、

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地下に降りると、まさに民間信仰の大きさが分かります。

黒い肌の厚く衣装を着せられた女性像が、ジプシーの守護聖人のサーラで、
周囲はエクスボート・ex votoと呼ばれる願掛け成就の奉納物で溢れ、
暗い低い狭い地下は、灯される蝋燭の熱で暑いほど。
       
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イタリアでも、聖所とされる教会内でたくさん見かけるエクスボートですが、
この教会は黒い肌のサーラ像といい、如何にも古くからの庶民の信仰が
ぎっしり詰まっている、そんな印象を受けました。
     

という所で、カマルグ n.2にお進み願います。


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