・ ヴァルヴァゾーネ ・ イタリアで一番美しい村々

5月に入り、そちら日本はゴールデン・ウィークも終盤ですね。
良いお休みを過ごされましたでしょうか?

こちらイタリアはお天気が一定せず、まだ朝夕は冷え冷えで、北の山々には
雪が見え、家の中はまだ暖房が切れず!
5月に入ってもまだ暖房をつけているというのは、イタリア25年で初めてかと。
幸い今週後半はお天気が続く様子ですから、少し青葉若葉を愛でに
近くに出かけてこようと思っています。

さて今回ご覧頂くのは先週出かけたフリウーリのヴァルヴァゾーネ・Valvasone.
「イタリアで一番美しい村々」に登録の、中世の町並みがそのまま残る小さな町。
       
写真は、町の入り口にある細長い広い広場、駐車場から見える町のドゥオーモ、
サンティッシモ・コルポ・ディ・クリスト・Duomo del SS.mo Corpo di Cristo.

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オリージネは15世紀のロマネスク様式だったと言うのですが、
現在のは19世紀末に大きく改修されたネオ・ゴシック様式。



鐘楼は15世紀のロマネスク様式のままと。
       
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この鐘は毎夕9時、夏は10時に豊かな響きを届けるそうで、かってはすぐ近くを流れる
タリアメント河を渡る旅人達、遅く渡る旅人達に方角を知らせる役目もあったといい、

伝説では、領主の娘が近くの森で道に迷った時、父の公爵が鐘を打ち続けるよう命じ、
娘は無事に戻ったと言う話もあり、またナポレオンの侵攻時代、この河の戦いで
亡くなった人々に祈りを捧げる為ともいい、この伝統の鐘は今も響き渡るのだそう。
       


ヴァルヴァゾーネの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
ポルデノーネ・Pordenoneから北西に、コドゥロイポ・Codroipoに近く、

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切れて見えるパッサリアーノ・Passarianoに馬蹄型をした広い中庭を持つ
ヴィッラ・マニンがあり、間に流れるのがタリアメント河・Tagliamento。
当日午後訪問したサン・ヴィトー・アル・タリアメント・San Vito al Tagliamento
の町は、南に。
       


町の地図をどうぞ。 ほぼ楕円形の真ん中に細長い広場があり、中心に4.ドゥオーモと
その横にインフォメーション、そして右突き当たり、2.にお城。

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勿論現在の町はもう少し周囲に広がってはいるのですが、これが中心部の姿で、



上空からの姿、真ん中にドゥオーモが見え、一番奥にお城で、町の大きさが分りますね。

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そうそう、地図、写真ともに、北は左。



当日は終日雨の天気予報で皆心配したのでしたが、有難いことに曇り空で、
時にチラッと陽が射す、と言う様子。 でも写真を撮るには、残念ながら青空がね!
駐車場でバスを降りて後ガイドさんとの約束に15分程あり、皆カフェに入ったのですが、
shinkaiは広場から西側の様子を窺いに。

こんな通りが続き、左中に見える教会は、

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こんな様子で、教会の名はサン・ピエトロ・エ・パオロ・S.Pietro e Paoloで、
中のフレスコ画が14~15世紀と言うので、教会設立はそのほんの少し前でしょうか。

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すぐ隣接しているここに、かってはオスピターレ・Ospitale、タリアメント河を
渡ってくる徒歩旅行者、病人の救済所が併設されていたそうで、
こちらは1355年の記録があると。

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上にも記述したタリアメントの渡河場所ですが、北からの徒歩旅行者巡礼達には
幾つか上流にもあった様で、このヴァルヴァゾーネの東、グラーヴァ・Gravaの
渡河地点が最後で、ここから平野に入り、川幅が広く水量が多くなるので、
ここで渡ったのだそう。

この戦略上重要な場所で、渡河税を取る為にも、ははは、かっての城の
重要な存在価値があった様子。



教会内部ではちょうどシンドネ・Sindone・キリストの亡骸を包んだと言う
聖骸布の写真展示が行われており、

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肝心の壁画はどれもが展示パネルで半分しか見えなかったのですが、
これは祭壇左側の物。 教会内いずれの壁画はすべて、様々な病気から護る
聖人達の姿が描かれており、

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聖ビアージョ・喉の痛み、聖女ルチーア・眼病、聖女アッポローニア・歯痛、
聖クリストーフォロ・渡河の守護聖人、聖ロッコ・ペスト などなどの諸聖人の姿。



教会入り口上には小さなオルガン、16世紀末から17世紀にかけての物と
見なされるオルガンがあり、周囲は壁画で装飾。

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所で上記したしたシンドネ・聖骸布は、現在トリノの聖堂に安置の聖遺物で、
これが写真を撮って浮かび上がったと言うキリストの亡骸の姿。

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細長い布で全身を覆っていたもので、幅1,1m 長さ4,36mの亜麻布。
人物像は肉眼では見えないのだそうですが、血痕の滲みなどが残っているものと。

人物像の両脇に4つ見える謎のような形は、かってフランスの教会に保存されていた
16世紀に火事に遭い、折られていた布の角が焼けて、こんな穴が開いたと。

このシンドネの真贋両説がある事も知っていますが、shinkaiとしては、
様々な研究者の説明をTVで見たこともあり、またキリスト教徒にとっての
シンドネが持つ価値の重みも知っているので、こういうもの、と申し上げるのみに。
       
この辺りを書いていた時に、パシャッと電源が落ち、PCも、時計も、洗濯機も
皆停まり、ああ、なんでやねんなぁ・・。
コンドミニオの下にある我が家の電源を入れなおし、気持ちを取り直し、
情け容赦なく消えてしまった部分の書き直しを。
 
       

道の向かい側もこんな風にポルティコになっていて、

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朝のこの時間は閉まっておりましたが、ここはワイン・バーですね。



隣の建物の2階の窓の間にはこんな壁画があり、ここも聖母子を囲み、
左に聖セバスティアーノ、右に聖ロッコ。

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そろそろ集合時間が近づきドゥオーモ前の広場に向うと、
こんな綺麗な猫ちゃんが、尻尾をくねくねと迎えてくれ、

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ドゥオーモ前広場の右側は、楕円形に建物がつながり、

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こちらは一番右端の建物の2階の窓の様子で、
かってはどこにどんな形の窓があったのか、良く分るでしょう?

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続く建物群は、こんな風に如何にも中世風に間口の狭い、
そして屋根の高さがほんの少し皆それぞれで、リズムがあって面白いでしょう?!

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建物の前にあった、かってのアイス・クリーム売りの屋台、というか、
自転車の前に冷蔵庫を積んで走っていた奴ですね。 日本にもありましたっけ?

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さてガイドさんが来られ、ドゥオーモの脇の道を奥のお城に。
国旗の見える所にインフォメーションあり。 

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これがヴァルヴァゾーネのお城、13世紀前半に記録もあるのですが、長い世紀の
変遷の間に何度も改修され、現在はかっての戦略上の要塞城とは違って
ルネッサンス風の居城となっており、近年の修復がまだ続いています。

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我らは幾つかの修復済みの部屋や、小さな劇場なども見れましたが、
ここはまた改めてご案内という事で、今回は正面のみを。



お城から西に少し行った所に水車があり、かってこの場所にあったのを偲んででしょう、
何年か前に備えられた物らしく、イルマ・Irmaという可愛い名のが回っておりました。

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こちらは水車小屋前面のかってのフレスコ画の名残で、ガイドさんの手の上辺りに
聖母子像があったといい、そう言われて見ると上に玉座の跡が見えますが、
1473年という年号はしっかり残っておりますね。

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その横に見える文字はフリウーリ語だそうで、ガイドさんは聞くのは分るけど話せないと、
グループ内の何人かのフリウーリ出身者に答えておりました。



この水車小屋の横に見えた石塀の積み石の様子。
積み方はフリウーリのこの一帯の方法なのか、ヴィッラ・マニンの塀にも見えます。

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町の中を辿る道。 こちらはかなり広い道幅で、

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こちらは狭い道。

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いずれもきちんと整備され、いや、正直な所、されすぎの感さえあり、
居住されているのも分る家並みではあるものの、人気が無さ過ぎる感じも・・。



で、こんな扉の飾りを見ると、ちょっとホッと。

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水車の水路が町の南に流れてきた辺り、水辺に見えるのはかっての洗濯場で、

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近くの藤が咲き誇り一帯に甘い香りが漂い、お家の前の小さな花壇も花が咲き乱れ、

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このお家の窓辺の小さな鉢、そして花壇も可愛いでしょう?
こんなのを見ると、やはり古い町にも人気を感じホッとしますね。

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小さな葡萄棚が窓辺に設えられ、もうこんなに育っておりましたし、

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この中心広場の窓も素敵でしょう?!

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最後はドゥオーモに戻り、中に入り、

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これは正面左の柱に見える、14世紀始めのビザンティンからの絵で、
聖母が授乳している図ですが、お乳の位置が脇過ぎません?!

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貰ってきたパンフレットには板に油彩とありましたが大嘘で、
明らかに、黄金背景の板にテンペラ画。



これよりも凄いお宝がこのドゥオーモにあり、右の壁上にあるこのオルガン、
イタリアに唯一残っている16世紀のヴェネツィアで作られたオルガン。

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1532年300ドゥカーティで、ヴィンチェンツォ・コロンボ・Vincenzo Colonbo
が製作した物と言い、それに彫を施した箱を誂えたのがステーファノ・マラゴンと
ジローラモ。 金箔師のトンマーゾ・ダ・ウーディネが仕事を終えたのが1538年。

オルガンの箱に絵を描くのを請け負ったのが、通称ポルデノーネ・Il Pordenone、
が彼は1539年に亡くなり、後を引き継いだのが弟子であり婿の
ポンポーニオ・アマルテーオ・Ponponio Amalteoと。

北イタリアとりわけフリウーリでは良く出会うポルデノーネと、ポンポーニオ・
アマルテーオの画家の名ですが、両者の関係を今回知りました。

今見える上の大きな絵は、「マンナを拾う人々」で、マンナ・mannaというのは
天から授かる食べ物の意ですね。



で実は、この歴史的なオルガンの音色を聞かせて頂いたのでしたぁ!
今こうして静々と、奏者の方が白手袋をはめて扉を開けましてぇ、

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じゃ~~ん、中はこんな風! 如何にも典雅でしょう?!
布の赤色はこんなに派手でなくもっと濃い暗い赤で、オルガンのパイプももっと黒く。

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聞かせて頂いた曲とは違うかもしれませんが、
こちらでこのオルガンの音色を聞きながら、町の姿も見れます、どうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=t6MzwTEOEu0

扉の内側の絵の左側は「イサクの犠牲」で、右は何だったっけ?!
このオルガンは特別の際に弾かれるのだそうで、そう、我らは特別ね、ははは、
平常のミサには、身廊左にある小さな普通のオルガンだそう!



町訪問の間、晴れ間が見えたり、雲がかかったりでしたが、
やはり晴れた風景が良いですねぇ!

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最後は、広く長いピアッツァ・メルカンテ、市が立つ広場でしょうか、
中世のままの姿を保つ古い町の、古い家並みの広場でした。

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