・ n.1 リミニ ・ モザイクの魅惑と、外科医の住居

今日のご案内は、イタリアはアドリア海沿岸にある超有名な大海水浴場
リミニ・Riminiです!

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が、海岸とホテルのご案内でも、街出身の映画監督フェデリコ・フェッリーニ・
Federico Felliniでもなく、ははは、
実はこの街はローマ期からの、いやそれ以前からの定住民がいて、
ローマ期の遺跡が残っている事でも有名なのですね。
現在はサン・マリーノ共和国への、バス便の連絡地としても賑わっている様ですが、

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リミニと言うと、shinkai的にはマラテスタ家!
先回ご案内のグラダーラの城にも登場の、「リミニの狼」と呼ばれたシジスモンド・
パンドルフォ・マラテスタの城が、そして墓所が残っている事でも有名。

そして、リミニの街の博物館訪問の時に見た多数の素晴らしく見事なモザイク群、
近年漸くに一般公開されたという興味深い外科医の家、
絵画館で見たジョヴァンニ・ベッリーニと、ドメニコ・ギルランダイオの美しい絵、
シジスモンドの横顔が刻まれたメダル、貨幣・・ecc ecc.

ご案内したいけど、こんなにたくさんの物をどの様に?!
それに初めてのリミニ訪問で、見落としもたくさんある・・、     
テなことで、あれこれ迷いましたがぁ、えい、ままよ、なるようにしかならんぜよ、
と思い切り、ははは、見切り発車と致します!

で今回はローマ期のモザイクの美しさと、発掘された「外科医の家」に絞り
ご覧頂くことに・・。 ごゆっくりどうぞ!

サン・マリーノ共和国 ・ 絶景かな、絶景かな!!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463938760.html



ローマ期のリミニの町の地図をどうぞ。
紀元前268年、アリミヌム・Ariminumuと呼ぶ植民地をつくり、
左を囲む太い破線が最初の町の壁、そして上の点線が後の壁。

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この町の大きさは現在のほんの中心地にあたり、町の名アリミヌムの起こりである
アリミヌス川、現在のマレッキア・Marecchia川が海に注ぐ海岸線がすぐそこ、
現在の鉄道駅の辺りまで来ていた事が分かります。

良港を持ち、町の外れに野外闘技場・アレーナ、ここは現在ほんの少しの壁が残り、
ローマとを繋ぐフラミーニア街道・Via Flaminiaが右下から町を真っ直ぐ通り抜け、
町入り口に残るのがアウグスト門・L'Arco d'Augustoで、
町の北で渡る橋がティべリオ橋・ Ponte di Tiberio、いずれもローマ皇帝の名が。

フラミーニオ街道はローマからリミニまでで、この後ラヴェンナを通り
北西に続くのがポピーリア・アンニア街道・Via Popilia-Anniaで、
パドヴァからアクイレイアを通り、現トリエステまで。
で、リミニから西に向かうエミーリア街道・Via Emiliaが現在のピアチェンツァ迄と、
この町は交易の重要基点でもありました。

地図に見える真ん中の斜線部分はフォーロ・Foro・ローマ期の政治商業の中心広場
があった場所で、この近くに劇場があった様子。
今日ご案内するリミニの市博物絵画館は、赤点を付けた辺りに。



こちらが現在のアウグスト門で、白い部分が紀元前1世紀の物で、
その周囲の煉瓦は後の時代のリサイクル活用で・・!

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こちらはティベリオ橋、1世紀の建設。

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shinkaiが本当に仰天したのは、この橋は未だに現役、車がビュンビュン通り!

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使われている石も大きいですし、ちゃんと歩行者用部もあり、写真略ですが
雨水の捌け口もあるのですね。

尚驚いた事に、この2千年を生き抜いている橋は、第2次大戦中の爆撃にも耐え、
修理部分は石ではなく煉瓦で!
ドイツの戦車部隊も通ったという、素晴らしい設計の立派、見事な橋!!



橋の上から。 かって流れていた川は流れを変えられ街から離れ、
以前の川はここで湖の様になり、公園が広がります。

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現在の街の中心地図をどうぞ。 左上にティベリオ橋が見え、真っ直ぐ南に
コルソ・アウグストが、アウグスト門に続き、
左下にカステル・シズモンド・Castel Sismondo.

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訪問した市の博物館と隣接の外科医の家を赤線で囲いましたが、
前の道を真っ直ぐ行くとシジスモンドの墓所・Tempio Malatestiano.
済みません、この図を見ていて、上のローマ期の地図に付けた博物館の
位置がかなり下がっている事に気がつきました!
      


という事で、博物館方面に向かったのですが、どこか分からず、ちょうど見つけた
ポリさんに聞くと、彼も分からず、ははは、隣の同僚に。
何の事はない、すぐ斜め前のこの建物!

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はい、リミニ市博物館は、元のイエズス派の寄宿学校で、手前が入り口、
・・向こう側もで、中で繋がっております。



ローマ人がここに植民地を持つ前からの、ウンブリ族、エトルスク人、ケルト人、
そしてギリシャ人などなどと続き、ギリシャの展示物もあり写しておりますが、
モザイクに絞る事にし、その他の物はほんのちょっぴりを・・。

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さて、床モザイク! Youtubeを見ていたら、リミニの歴史教授が
「リミニにはモザイクはいっぱいあるんだ」と豪語しておりましたが、
はい、実際に見た今は素直に、ごもっとも!と申し上げます、ははは。

上の白黒の単純な形と、下の多色の石使いの色の取り合わせ、綺麗でしょう?!

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白黒の幾何学模様。 はっきり、くっきり、時に繊細さも・・。

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多色モザイクはビザンティンの影響か、色と柄が絡み合い、素晴らしい効果!

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これは大きな作品で、線の柔らかさ、図柄のモダンさに、とても魅かれたもの。

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写真はもっともっとあるのですが・・!
shinkaiがゆっくり見ながら次々と写すので、管理の女性が、壁に展示せずで
立てて収納してあるのも、次々と引き出して見せてくれ、

隣に、近年発掘の素晴らしいのが展示されているので、是非見るようにと
教えてもくれたのでした。

ローマ期の家の発掘については、マルケ州のこちらもどうぞ。
       

オデルツォ ・ 3000年前、既にヴェネトの中心地
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462784598.html

n.1 ラヴェンナ ・ モザイク詣で
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463938572.html

n.2 ラヴェンナ ・ モザイク詣で
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468770205.html



博物館の中庭の眺め。

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後先の順序が交ざりますが、博物館の入り口が奥に見え、隣の教会の手前に
低いガラス張りの建物が見えますね。
これが2007年から一般公開されている
外科医の住居・Domus del chirurgo・ドムス・デル・キルルゴ。

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住居跡の図面で、見える床モザイクはこの発掘跡に残され、現場で見られるもの。
この世界で唯一といわれる外科医の住居の発掘は、1898年のこのフェッラーリ広場・
Piazza Ferrariの見直しによって発見されたもので、700平方mの広さ。

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10年の歳月をかけた忍耐強い研究と共に蘇り、
床モザイクの発見のみならず、住居の主が外科医であった事を示す、150点にも
及ぶ外科手術用の器材、中にはここでのこの1点と言う手術用具もあり、
その他に住居の様子、主の好みまでもが偲べる素晴らしい発掘だった様子。

発掘の後、一般公開の為の法律の制定、建物の設立と、漸くに18年後の
2007年12月からの公開なんだそう。
 
発掘に伴い、この2世紀に建てられたと推測される住居の上に、中世初期の
住居跡があり、そして地下には大きな墓地があった事も分かり、
この外科医の家は多分260年、ドイツからのアレマンノ民族の襲撃で町が炎上し、
この家の屋根が焼け落ち、為にほぼ完璧な姿で、約2千年近く眠っていたものと。

細かい点に至るまで分かるのは、勿論研究者達の賜物で、
寝室に残っていた患者のものと見られる落書きの”Eutyches homo bonus”・
エウティケスは良い人、から、この家の主がEutyches・エウティケスという名の
ギリシャ人で、評判の良い医者であったろう、という事まで。

裕福なだけでなく、教養があり洗練された趣味の持ち主で、
その東方好みは家の中のあらゆる所に見られると。

小さな入り口を入った所に小部屋があり廊下に通じ、廊下の片側には中庭があり、
そこから家族用の幾つかの部屋にと、いわば職住分離の大きな家。
居間が2つ、その1つは外科医の診療所であり、患者の診療、手術が行われ、
時には入院患者の収容も。

寝室が1つ、温められた小部屋もあり、トイレと、キッチンと食料保存庫が2階に。



と言う様子で、博物館内に、その住居の様子を偲んでの一廓が設えられており、
少し小奇麗過ぎる感じもしますが、まぁ、こんな様子であったろうと。

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机の上に見える様々な医療器具。
発掘で見つかった器具の中には世界で唯一という、「ディオークレのスプーン・
Cucchiaio di Diocle」と言うのがあり、長い柄の先に、真ん中に穴の開いた
薄板が付いていて、これは矢の先を肉から抜き出す為のものだそうで、
見つかった他の手術用具からも、彼は軍医、それも整形外科医であったろうと。
       
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部屋の装飾も単に裕福なだけでない、洗練されたオリエント好みと。

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こちらは発掘された医療器具類で、一番左端のはちょっと恐ろしいなぁ・・!

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この大きなモザイクは、主が診療室にしていたとみられる部屋のもので、
真ん中にオルフェがいて、周囲を森の動物達が囲みます。
ギリシャ神話のオルフェはアポロの息子で竪琴の名手。 彼が竪琴を奏でると、
どんな動物も耳を傾けた、とか。

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ね、こういうお話のモチーフを選ぶ外科医だった、と想像すると、
俄然興味深くなりません?!



という事で、最後はサイトから写真拝借で、こちらは公開されている発掘場所。
外光が差し込む透明な通路を歩きながら見物できると。

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私は時間外で見物できませんでしたが、次回には!



最後のこの練りガラスで作ったものは、外科医の家の食堂にあったものだそうで、
彼がギリシャ人だった、というのも素直に頷ける様で、素敵でしょう?!

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単に発掘現場を見ても、我々素人にはモザイクの美は分かっても、
その家の主がどうだったか、などとは到底想像できませんが、
今回はあれこれ読むのもとても楽しめました。

発掘品がちょっと特殊であった事、とても良い保存状態だった事もあり、
次々とまるで謎解きのように、明らかになる様々!

皆さんにも、どうぞ上手くお伝えできておりますように!


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