・ n.2 ラヴェンナ ・ モザイク詣で

今日のご案内は少し間が開きましたが、ラヴェンナのモザイク詣で の2回目、
ラヴェンナ市内から約5k程南に下ったサンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂・
Basilica di Sant'Apollinare in Classeです。

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n.1 ラヴェンナ ・ モザイク詣で
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463938572.html

前が昨年11月4日のご案内で、次をまた、と言いつつ遅れ、まるで蕎麦屋の出前で、
なんぞという言い回し自体も廃れているかもですが、10ケ月後のご案内です。

ですが今回は、今迄余りピンときていなかった苦手の東ローマ帝国皇帝についての
資料も読み、他にも苦手がtantotantoですが・・、まったく似たような名前の
皇帝ばかりで、オタンチン・パレオロガスと余り変わらへんやんかぁ!と愚痴りつつ、はは、
それでも少しばかリ、世界遺産指定のラヴェンナ市中の素晴らしいモザイク遺跡群と、
今回ご案内のこの少し外れた聖堂についての違いなども納得できました。

上は、サンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂11世紀の鐘楼で、
ご覧の様に円筒形、下の層から窓が1つ、2連、3連となっていますが、
これは上部を軽量にして、崩壊を防ぐための工夫だそう。
高さは37,5mで、内部直径が6,17m.

ラヴェンナからやって来ると、遠くからこの鐘楼が見え、あ、あそこ、とすぐ分かります。



こちらが正面で、真正面過ぎて面白くない写真ですが、

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本堂前にロッジャがある形は、キリスト教会の古い形式だそうで、
こちらも本堂の壁上部共に3連の窓があり、軽量化を。

壁はどちらも部分的に改修されているというのですが、どうやら後世に
造られた物の様で、綺麗過ぎて趣に欠けますね。
ええ、右手前に写るにっこりの女性は、たまたまのオプション。



地図をどうぞ。 ラヴェンナの南5k程にクラッセ・Classeの町があり、
サンタポッリナーレ聖堂は町のはずれの平野の中に。

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国鉄が通っているのが見えるので、ラヴェンナから多分一駅、十分往復可能と。
ラヴェンナ市中のサン・ヴィターレ聖堂などの位置は、地図に赤い四角を。



内部にどうぞ。 三廊式で、身廊が一段高い形ですが、
第一印象は、なんと明るい!という感嘆。

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サン・ヴィターレ聖堂の、あの暗い中で燦然と輝く荘厳さはなく、明るく簡素な空間。

サン・ヴィターレ聖堂とこのサンタポッリナーレ聖堂が建設された時期はいずれも
6世紀中頃と見られ、聖別された年もほぼ同じで、前者は547年、後者は549年、
どうやら一大プロジェクトの一環だった様子。

どちらにも大出資の銀行家ユリアヌス・アルジェンタリウス・
イタリア名Giuliano l'Argentarioの名も残り、サン・ヴィターレ聖堂の
ジュスティニアーノ皇帝の横に上半身を覗かせているのが彼、と言われます。



昔訪問して魅せられたサン・ヴィターレ聖堂のモザイクの素晴らしさを、再訪し
大いに堪能したのでしたが、サンタポッリナーレ聖堂のモザイクも素晴らしいと
ずっと以前に読んで以来、訪問のチャンスを待っていたのですね。
       
想像していた様子とかなり違いましたが、こちらも素晴らしいモザイクで、
順に細部をどうぞ。

内陣から後陣への天井のアーチ部分、上部のキリストの見える四角い部分、
下部の窓の間、これらが建設当時のオリジナルモザイクとされます。

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上部の四角い部分、中央円形にキリスト、彩色鮮やかな雲のたなびく中に
4使徒が描かれ、

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こちらはそのうちの、聖マルコを現わす有翼のライオン。

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どうもヴェネツィア共和国のシンボルとして見慣れ過ぎていて、ヴェネト以外の地で
お目にかかると、失礼ながら、出稼ぎにお出かけのお姿を拝見した様な気で!



天井のアーチ部分。 羊のいる緑色の部分、これが上手く色が出ずとても残念!
この緑色が、この聖堂のモザイクを象徴する大変美しい色味だったと思うので。

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真ん中に星空に囲まれた十字架があり、上部は金モザイクに雲がある中に
2人の人物像、そして下部は緑の中に羊や木々の様子が広がり、
中央部に両手を広げた人物像。



天井アーチの一番上、雲の間から差し出される神の手。

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真ん中にある宝石飾りの付いた十字架、中央にはキリストの顔が見え、

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十字架の足元に、SALVSMUNDIと読め、星空を囲む赤色の宝石飾り。
周囲の金色モザイクの、緑へのグラデーションにもご注目を。

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これは十字架を囲む左側の人物像、旧約聖書のmoses・モゼ、お若いです。

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反対側には、エリア・Eliaがいます。
人物の顔の表現、如何にもハッキリくっきりと鮮やかで、衣装のひだの表現も見事。



天井アーチの下部中央に大きく描かれた人物像は、この聖堂が捧げられた
聖アポリナーレ、ラヴェンナの初代司教だそう。

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緑の中の羊の姿も的確で、木々も茂り草花も咲き、小鳥も見え、



こちらの羊は中央の金の輪に近い方、右側の2匹で、使徒ジャコモ・Giacomo
とジョヴァンニ・Giovanniを現わし、左側に1匹、ピエトロ・Pietroがいます。

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こういう解き明かしは後で読むとそうかと思うものの、キリスト教徒でもないので、
見ている時は後ろに見える羽ばたく小鳥の方に目が行きます。



下部には右、左にそれぞれ6匹の羊がいて・・、

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繰り返しになりますが、緑の野と白い羊の対比が大変美しいのですね!



これは上部両脇に見えるヤシの木、

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こちらは後陣にある窓の周囲の飾り模様で、窓と窓の間には、左に見える様に
ラヴェンナの代々の司教の像。

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両脇に、この様な上部の飾りがある下に、右にはアブラーモ・Abramoと
アベーレ・Abele、そして字が見えますがMelchisedecが描かれ、

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アブラーモの名前だけは知っていますが・・、

こちらの右側の表現は今迄見て来たのと同様、的確ですが、



この左側は全くがっかりする様な出来で、描かれているのは皇帝コスタンティーノ4世・
Costantino IV、中央左、濃い茶の衣服の人物、といい、

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なぜこんなに出来が違うのか、サン・ヴィターレ聖堂に描かれているあの素晴らしい
ジュスティニアーノと、どちらがどの時代の皇帝なのか、と疑問を持ったという訳です。

この部分のモザイクは7世紀のものというのに、後にもかなり手を加えている様子。
それにしても、格段に下手な後世のモザイク職人が描いているのが丸分かり!

ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂のモザイク訪問
もう一度ご覧になって、違いをご覧下さいね。

サン・ヴィターレ聖堂に、美しき后妃と向かい合わせに描かれたジュスティニアーノ
(ユスティニアヌス)1世は在位527年ー565年、
こちらのコスタンティーノ(コスタンティノス)4世は、在位668年ー685年と
1世紀以上の違いがあるのですが、それにしてもこの腕の違い!
オタンチン・パレオロガスめ!と毒づくshinkai。



所で、この聖堂の内陣部分が高くなっているのですが、横から階段を見ると
こんなに違いがあり、古い教会に時々見る高い内陣です。

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内陣側から逆に見る聖堂内。 円柱とアーチで区切られ、身廊部の中側には、
円形の中にフレスコ画で肖像画が描かれていて、18世紀の物。

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円柱の石の縞目が大変面白いでしょう?

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左の側廊奥にあるチボーリオ・ciborioと呼ばれる9世紀の聖体用祭壇、
現在は無い教会からここに移された物で、彫り込まれた柄はロンゴバルド様式の物。

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最初にご覧頂いた聖堂本堂前のロッジャには、石棺とか、柱頭とかの展示があり、
これは似た形の物を見た事があり、ホスティア・聖餅を入れた器をしまう壁の穴の
前に取り付けた物、と。

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ほら、左側に蝶つがいの残りがありますね、あれに小さい扉が付いていたのでしょう。

面白いと思ったのは、多分かなり古い時代の物と思うのに、遠近法が取り込まれ、
しかも上方にだけ。 こういう職人仕事に、凄さを思います。



最後に、聖堂前のロッジャと青空を。
ええ、やはりこれはかなり後年の大がかりな修復でしょうね。

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という様子でご案内しましたサンタポッリナーレ聖堂ですが、
ラヴェンナにモザイク詣でをされる方、そんなに離れてはおりませんので、
こちらにも足をお延ばし下さいね。

ラヴェンナの街 ・ 日曜日の広場 のご案内は、
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468769781.html
    
   
大蛇足を。
オタンチン・パレオロガスと書きつつ、もう一つ可笑しいあの「御祐筆の妹」は
なんと言ったんだっけ?! と思いだし、
漱石、祐筆の妹で検索をかけましたら、即出ました、ははは。
       
天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘なんだって。

昔は、寿限無寿限無、も言えたんだけどなぁ・・。
    
  
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