・ カステッロ・ディ・アーヴィオ ・ 中世からの軍事拠点、居城

最初に、イタリア中部地震の速報をお伝えします。

今朝7時40分に、震源地ノルチャ・Norciaのすぐ近く、地下10kmの
強い揺れ、8月24日の地震よりも強いマグニチュード6,5が一帯を襲い、
ノルチャのサン・ベネデット聖堂は正面壁を残し崩壊しました。
http://www.rainews.it/dl/rainews/media/Crollata-la-cattedrale-di-Norcia-tutte-le-foto-del-nuovo-terremoto-6d7f7b3a-44b1-43b0-ae5d-72e742bc1c73.html#foto-1

お昼のニュースを見た所では、幸い今回も死者は無く、怪我人、危険信号の
重症者も含め20人程で済んだ様子です。

ノルチャの北にあるプレーチ近くのサン・テウティツィオ教会は、
先日教会正面壁の一部が落下したのでしたが、今回は遂に全体が崩壊。

プレーチと北のヴィッソからの連絡道である道脇をネーラ川が流れますが、
大きな山崩れがあり、川も道路も埋まり、プレーチとの連絡は途絶えているとの事で、
大きな被害が予想され、各町の中心地は進入禁止になっている所が多い模様。

今回の地震はローマでもかなり揺れた様子で、地下鉄が止まったり、
各地で点検の為の一時的な観光施設の閉鎖もあった様子。

余震が続いていたものの、他にも大きな災害ニュースがあったりで、
ニュースも小さくなりかけていた矢先の、再度の大きな地震でした。

被災者の皆さんの心理的な疲れも想像でき、寒さに向かい本当にお気の毒です!
救助にずっと当られている消防団、救急隊員たちの方々の疲労の大きさにも
想いが行き、頭が下がります、本当にご苦労様です!! 
宜しくお願い致します!!


*****

イタリアのヴェローナから北の国オーストリアのインスブルックとを繋ぐ、
ローマ期からの街道筋の要所であり、
高い山を背後に平野を睥睨、アディジェ河の渡河地点の見張りでもあった
カステッロ・ディ・アーヴィオ・Castello di Avioのご案内を。

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見学日が曇り空でしたので、トップの写真はせめて青空の一枚をと、
現在の城の持ち主であるFAI・Fondazione Ambiente Italia・
イタリア環境財団とでも、のサイトから拝借で、記事中の我がサイト名無しも。

こちらでアーヴィオのお城の修復前、修復後のヴィデオが見れます。
https://www.youtube.com/watch?v=VH-xCD3U_iI



今回は写真が多いですので、お覚悟を決め、ゆっくりご覧くださいね!!

城入り口前からの城壁の眺め。

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城の図をどうぞ。 左下Ingresso・入り口から入り、常に坂道で上り、
赤丸の付いているのが現地点という事で、
その道から下の右下部分は現在私有地になっているそうで、
その中に含まれるTorre Picadora・ピカドーラの塔。

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赤丸地点の左にCasa delle Guardie・警備人の家で、
矢印にそって坂道を行き、左に見えるグレイの位置に最初の門。
ここから右部分は城の下と呼ばれ、兵舎部分でもあったでしょうか。

グレイの部分の先に2番目の門があり、我々はそこを抜け、左回りに行き、
一番上に3番目の門、そして角を曲がって4番目の門、

赤い四角が主塔・Mastio、その右にGrande Cucina・大台所。
そして次の門をくぐると居住地部分で、左に抜けると内庭というか、
Pozzo・井戸があり、
長い大きな城館がPaazzo Baronale・男爵館とも領主館とも。

左外れの白い部分はResti della Capella・礼拝堂の遺跡。

ぐるりと城壁に囲まれ、5つの塔、領主館、そしてフレスコ画で装飾された
警備人の家、主塔の上という、約千年の歴史を持つ城です。
       


これが現在私有地内に含まれるピカドーラの塔。
ここで絞首刑が行われ、下の村から見えるように吊るされたのだそう!

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名前と由来を聞いて皆がフフと笑い、というのも、吊るすがインピッカーレ・
impiccareなんですね。



警備人の家に入り、2階に。

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そして、おお!となったのが、まずこの壁画。
現在のパッチワークの柄にもありますよね、これ?!

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真ん中にアルファベットが見えますが、何の関係もない文字が入っているそう。
下に見えるのは、カーテンを吊った感じのものですが、
後ほどご覧頂くフレスコ画のカーテン部はすべて同じ柄。

shinkaiは一番後ろで写真を撮っていて、殆どガイドさんの説明を聞いておらず、
ははは、すると中ほどに居たルイーザがすっと寄ってきて、
ガイドが、本当は写真禁止ですが、撮られているのを見ても
見ない振りをしますが、フラッシュは焚かないように、と言ったそう。
ははは、親切で良く出来たガイドさんですねぇ!!



そして隣の部屋の、これが圧巻でした!

部屋一面に戦闘場面のフレスコ画があり、それが整理された線と色で、
そしてどこかニヒルな目を持って見つめている、というのか・・。
こちらが入って正面の壁。

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右の壁上側。 戦闘場面なのに、一番右の男はこちらを見ていて・・。
   
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部屋の入り口背後の壁、上の右にアーヴィオのお城が。

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窓にもこんな柄模様。 画家は14世紀中頃のトレンティーノの画家であろうと。

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警備人の家・見張り人の部屋と現在は呼ばれていて、確かに位置的にも
そうなのですが、多分長たる人の住まいであったろうと。



上の道から見た警備人の家。 1階部分はこの傾斜地に寄っていて、
我々は1階の戸口から入り、今見える2階の左の戸口から外に。

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坂道を上り、

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最初の門。

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中から見た最初の門。 城壁に穴が順序良く開いていて、
かっては中を見張りの兵士が辿った廊下部があったものと。

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右に開いているアーチの中が城の下部分で、上に伸びている壁の内側が
かっての礼拝堂の壁、というのを後ほどに知りました。

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この左に2番目の門があり、



2番目の門を振り返った所。 ずっと上り坂!

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城壁は城をぐるっと囲んでいる一部ですが、下にも上にもM字が見えますね?

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これは城壁の上に付いているメルレット・レース飾りと呼ばれるもので、
つまり下のMは最初の城壁の上にあったものが、防御の問題から埋められて
城壁が高くされ、その上にまたM字が付けられ、そしてそれがまた埋められ・・。

M字型は王冠の飾りを意味し、M字が付いている城は皇帝側である事を示し、
教皇側の城には、教皇冠を示す尖がりが1つ、残ります。


このアーヴィオの城の建設が記録に残るのは1053年で、12世紀に
トレントの司教の臣であるカステルバルコ・Castelbarco一族の領有と。
       
カステルバルコ一族で最初に記録に名がでるのは1177年に、アルドリゲット・
Aldrighettoがトレントの司教アデルプレート・Adelpretoを殺害した
というもの。 封建領主間の争いが激しく、それが原因だった様ですが、解放され、
その息子ブリーノ・Brinoは政治的軍事的にも勢力を伸ばし、後を継いだ
アッツォーネ・Azzoneは、アーヴィオの城も整え、フェデリコ2世皇帝の意思にもより、
皇帝の副王でもあったエッツェリーノ3世ダ・ロマーノとも連帯、
この一帯での重要な立場を持つ事に。

1265年に亡くなったアッツォーネの後継がグリエルモ・Guglielmoで、
ますます政治的軍事的に威力を持ち、ヴェローナのスカリージェリ家にも近づくものの、
1320年後継者を残さず亡くなり、彼の財産は甥達の間で分割、という事に。

ですが、その後も様々な困難を切り抜け、数世紀をカステルバルコ一族は
存続し続け、ミラノ方面にも進出、
カステルバルコ・ヴィスコンティ・シモネッタ・アルバーニという姓に!

このアーヴィオの城は1977年、エマヌエーラ・カステルバルコ・Emanuela、
指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニの姪にあたるそうですが、FAIに贈ったものと。
       
ええと、つまりです、何が本当に言いたかったかと言いますと、ははは、
       
中世の強大な力領主の城の防御の仕組みが本当に良く残った城であるという事、
そして経済的にも豊かで、城館内の装飾も優雅であるという事、で~す。
       


3つ目の門をくぐり、

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銃眼というより、弓を射る窓の様から、外を。

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城館部分に近づき、両側の壁が高まり、最後4つ目の門。

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門を潜って目の前に広がる、周囲の威圧する壁!  右は床と境の壁が
落ちているのですが、暖炉部分や、壁の祭壇部も見え、

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左下にフレスコ画が見えますが、後ほど。



上の写真の右側はこんな様子で、主塔に接し。

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上でチラッと見えたフレスコ画ですが、これです。 色が見え難いので
少し濃い目にしましたが、白馬に乗った騎士と貴婦人ですね。優雅!

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このフレスコ画の下のアーチ越しに見えた、植物のフレスコ画、わぁ~お!

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遂に一番奥の城館部に入った訳で、この建物は領主館の一番東、
城の図の右側の、外壁ということになりますが、
植物状のフレスコ画は1階部分で、2階には布の柄が一面に。

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上の写真の向かい側に当る、2階の布の柄。
左に斜めになって延びる壁にもフレスコ画の名残が。

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潜ってきたアーチの内側にも、植物の柄。 ここのは色が良く残っていて、
この柄は本当に優雅ですよね。 女性達の部屋ででもあったのでしょうか?!

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城壁側との境にアーチの境があり、1階部分はこれで仕切られていたものと。

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アーチ壁の向こうには地下へ下りる石段があり、最初は真っ暗で降りる気も
しなかったのですが、ははは、

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城館見学が済み出て来ると、案内の人が、下は倉庫で降りれますよ、
との事で、その時は明かりも見えたので降りてみました。
大きな倉庫が次々とあり、右側は閉まっていて見えませんでしたが、
氷室があった、との事。



横から低めのアーチを潜っていくと台所で、この大きなフードに驚き!!

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一帯何人位住んでいたのか、とガイドさんに尋ねると、
お城や要塞をたくさん持っていたから、そんなにたくさんでないと思う、との事ですが、
それでもねぇ、この大きさだと、何頭もの豚ちゃんもグリル出来そうですよね?!



中庭から見える主塔。

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ご覧頂く様に、主塔は4角形ではなく、東側は角があるのですが、他の2角は
角を削った様に丸みを持っているのですね。

これは防御のため、と聞きましたが、城内側の少し広めの広場に向いた方面で、
多分多少でも砲攻撃を受けそうな面に対しての防御のためと。



さて、領主館の中に。 この左の壁の外側に、植物柄と布柄のフレスコ画が
残っていた部分で、中から見上げる壁の高さが異様に高く感じ、
おまけに薄暗いので、大変な威圧感も!

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真ん中に見えるのは暖炉の跡、上階部で、つまりこの部屋の天井、
上階の床が抜けている、という事ですね。 
この部の煙突が残っているのを後ほど。



遠くの壁に残っていた、祭壇画の窪み。

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反対側の壁。 この先は天井が低くなり、その高さの違う部分に
黒い板壁で覆いがあるのが見えますね。 時代毎の改装修復の
蓄積がここにも見れます。

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領主館の一番西端の大きな部屋。 ここにも柄のフレスコ画が2階部と、
窓にも同じカーテン柄。
四角い穴が続くのは、2階の部屋の床部分の梁があった場所。

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そしてその外側に、かっての礼拝堂の壁画が残る壁の一部が。
 
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下は、最初の門をくぐって上って来た所の、城の下の部分。

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細長い中庭はこんな様子で、右が領主館部分。 幾つもの壁、アーチで
仕切られ、左は主塔に至る石段部分。 手前に見える中庭の井戸。

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この下に、地下倉庫の氷室があるのですって。
       
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主塔に上りますが、ここが塔の入り口。 とはいえ、塔は11世紀に出来たものの、
この入り口がついたのは後年の事で、最初は塔の入り口の左の壁に見える窓、
あそこから梯子で出入りし、梯子は使用後は中に仕舞っていた、と。

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こんな階段で上に上ります、確か3回梯子を上ったと!

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最初の階には窓がひとつあり、これはそれよりも上階の窓。
窓の厚みにご注目!

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そして辿り着いた上階、愛の部屋と呼ばれるフレスコ画装飾の部屋!
塔のこんな上に、こんな優雅なフレスコ画があるのなんて初めて!!
       
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暗いのと、仲間が多く全体が撮れず、サイトの写真で見て頂きますが、
窓を挟み、右に半分欠けて分かり難いのですが、

馬に(犬ではおまへん)乗り弓を持った人(騎士だったっけ?)が描かれ、
窓の左の貴婦人は矢を払いのけ、掌にはワンちゃん。

つまり意味する所は、男の愛は変わりやすく、そうそう、ははは、
犬は忠実のシンボルなんですって。

天井部には、膝まづく人の下半身と、右は誰だったっけ、聞いとりません、へへ。

shinkaiが面白いなぁと思ったのは、天井の肋骨部分の描き様が、
ちゃんと一番のデッパリ部を白く、膨らんでいる様に描いている所で。



左に続く場面には、愛の矢で射られた、幸か不幸か分からぬ貴婦人がいて、

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向かいの壁には、馬上の騎士と接吻する貴婦人の姿。

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14世紀中頃のヴェネトかエミーリアの画家だろうというのですが、
洗練され、愛の寓話に満ちた宮廷画で、
むむ、一体誰がこんな部屋を、何の理由で、こんな場所に作ったんだぁ?!



「愛の部屋」の隅にまさに梯子階段があり、上の物見の部屋に。
ここが塔の最上部で、一段と高い見回りの段に上れ、ぐるりとほぼ一周出来ます。

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見張り窓から見る北の山。

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塔から見下ろす領主館の屋根と、城の入り口、ピカドーラの塔。

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上の写真の左に切れたのが、領主館の屋根からの煙突。 館の2階部に
暖炉の上部のみ残っていた物で、煙突の先の形が古めかしく趣があるでしょ。

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城の一番の高所から見下ろす、麓の村サッビオナーラ。

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アーヴィオの中世からのお城のご案内、お付き合い、有難うございました!

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