ドロミーティーの麓の村から昨夕戻り、今朝は洗濯機を回しつつ、ほんのちょっぴり
部屋の掃除もし、ブログのネタを考え、写真をさっと整理し、メールも何通か書き、
お昼を食べ、さて、と今おもむろに書き始めた所ですが・・、
部屋の掃除もし、ブログのネタを考え、写真をさっと整理し、メールも何通か書き、
お昼を食べ、さて、と今おもむろに書き始めた所ですが・・、
戻っては来てもまだ頭の中には山の風景が広がっており、即の切り替えは難しく、はい、
なので今回は、散歩かたがたセルジョと出かけた隣村トナディーコの
山の上の古い小さな教会の様子と、見下ろす村の屋根の上に見つけた煙突掃除人
の姿などをご覧下さいね。
なので今回は、散歩かたがたセルジョと出かけた隣村トナディーコの
山の上の古い小さな教会の様子と、見下ろす村の屋根の上に見つけた煙突掃除人
の姿などをご覧下さいね。
そう、煙突掃除という言葉自体が、既に辞書の中の存在みたいに思っていますよね。
所が実際にしっかり仕事があり、働いている姿を見たので皆さんにも!
所が実際にしっかり仕事があり、働いている姿を見たので皆さんにも!
写真は息子の山の家があるシロール・Sirorから、東隣のトナディーコ・Tonadico
に向かう山側の道の様子を。
に向かう山側の道の様子を。

山の道をゆっくりと歩いて行くと、びっしりと実がついたリンゴの木も目に付き、

馬たちも、まだゆっくりと朝の食事中、

一昨年もご覧頂いた、この素晴らしい家。 でも住んでいない様で、勿体ない!

こちらのお家の庭の端には、これから薪に割る丸太がたくさん並び、
そろそろ冬への準備が始まっているのですね。
そろそろ冬への準備が始まっているのですね。

カボチャもかなり大きく育ち、

目指す教会は、こんな風に山の中腹に。

鐘楼の後ろ遥か山の上に、中世のお城跡が見えるのですが、分かりますか?
ここの見物もまた来年回しになりました。
ここの見物もまた来年回しになりました。
教会への道は、下のトナディーコの村からだと車も通れる比較的緩やかな折り返しの
坂道があるのですが、村まで行かず、途中から急傾斜の近道を行く事に。
教会の名は、サン・ヴィットーレ・S.Vittore.
上の"troi de la Colombera" ってなんだろ? セルジョに訊ねるの忘れた。

小川沿いにかなりの坂道を上って行くと、木の小さな橋が架かっていて、奥に続く
小道が見えますが、肝心の橋が通行禁止になっているのですね。
ひょっとして、と暫く本道を行きましたが、どうやら別の山越えに通じる様様子で
引き返し、半分朽ちかけたこの橋を渡ります。
引き返し、半分朽ちかけたこの橋を渡ります。

小石と丸太で一応整備された小道ですが、なんとまぁ急傾斜で!
まぁそう長くない距離で助かり、シロールの村、足元の家がこんな風に。

トナディーコの村の屋根屋根屋根。 大小様々な煙突の並ぶ様子とその数にご注目!

教会に近づくと、何やら大きな声でお喋りするのが聞こえ、やがて村への道を
このグループが下るのが見え、
このグループが下るのが見え、

パシャッと撮りましたら、シニョーラが気がつき、あ、写真を撮っているよ、
チーズ!と、こちらを見上げて皆が笑顔で。
チーズ!と、こちらを見上げて皆が笑顔で。
こちらがサン・ヴィットーレ教会、なにせ前が狭くすぐ坂道なので、これがやっと。
入り口右半分に屋根の形になった古い壁の部分が見えますね。

この部分が一番最初の建設部分で、正面壁に薄く色が残っているのが見えますが、
サン・クリストーフォロ、大男が肩に子供のキリストを乗せた川渡し人の
姿で描かれる、があったのだそう。
上部をアップすると、鐘楼のぽっこりの丸い形も木の板で葺かれているのがよく分かり、
ND・1500年と石で建築年号が記されているのは、鐘楼の年号で、
教会自体は多分1200年代初期の建設と考えられているそう。

扉が閉まっていたので、まず隣接の墓地を見に。 大きな家族毎のお墓で、
見つけた一番古い生年月日が1837年だったかな、比較的新しい年代。
教会の歴史が古いので、それ以前のお墓は多分全部整備されたのかも、ですね。
さてどうするか、とパノラマを眺めていると、下の村の現市役所、かってのこの村の
有力者の住居であったスコーポリ邸・Scopoliの前で、大人数のグループが
ガイドの説明を聞いている姿を見つけました。
有力者の住居であったスコーポリ邸・Scopoliの前で、大人数のグループが
ガイドの説明を聞いている姿を見つけました。

きっとこの教会まで上って来るに違いなく、そうなると、扉も開き中のフレスコ画が見れる、
と、はは、眼下の風景を眺めながら待つ事に。
遠くに見えるこの一帯の中心街フィエーラ・ディ・プリミエーロの、その向こうも見渡せ、

手前に広がる草原に、薪や草の貯蔵小屋が点在。

セルジョが、あ、スパッツァカミンだよ、と。
スパッツァカミンとは、Spazzacaminoのヴェネト訛りで煙突掃除人を指します。
スパッツァカミンとは、Spazzacaminoのヴェネト訛りで煙突掃除人を指します。

あ、ホントだ! ぐいぐいと力を込めて、押し込んでいる姿が見え、
ぐ~っと引き抜き、また押し込み、我々が気がついて見始めてからも4,5回繰り返し。

今に玉が出るから、見ておいで、とセルジョ。
おお、やっと済んだ様で、玉、つまり鉄棒の先の金属のブラシが引き出され、

ほらね、屋根の上端に玉を下ろし、
ひょっとして、屋根の向こう側の煙突も掃除するのかも。

煙突に屋根を被せて、上の仕事はお終いですが、これから暖炉に落ちた
汚れの灰を掃除するのでしょう。
汚れの灰を掃除するのでしょう。

なにせ、初めて煙突掃除人の存在を目にしたので驚き、
なるほどぉ、仕事があるんだねぇ! あるどころか、予約したら8ヶ月先の受付だった。
なるほどぉ、仕事があるんだねぇ! あるどころか、予約したら8ヶ月先の受付だった。
凄いですねぇ、セルジョが山の家を整備した時に頼んだそうで、8ヶ月後に来てくれたそう!
いくら払った? 50エウロだった。 2年毎に頼まないとね。 との事。
いくら払った? 50エウロだった。 2年毎に頼まないとね。 との事。
薪の山、煙突の数を見ると、そんな話がしっかり納得できますし、家の中に暖炉が、
ストーブがあり、火が燃える様子は美しく暖かく、調理もできるし、山の冬の生活には
欠かせずで、スパッツァカミンも童話の世界の話ではないのでした。
ストーブがあり、火が燃える様子は美しく暖かく、調理もできるし、山の冬の生活には
欠かせずで、スパッツァカミンも童話の世界の話ではないのでした。
そうそう、蛇足ながら、屋根の上に見える2段の横棒ですが、これは積雪の落下防止用。
色々な形がありますが、こんな感じであちこちの屋根上に。
色々な形がありますが、こんな感じであちこちの屋根上に。
東の山沿いの、美しい傾斜地風景を見つめ、

奥中央に見える石造りの小屋みたいな大きさの建物、あれは小さな礼拝堂だそうで、
帰り道に寄ろう、という事になり、
帰り道に寄ろう、という事になり、

そんなうちガイドに導かれたグループが坂道を上り到着し、教会前での説明の中、
このシロールの村の左の山手上に見える白い大きな建物、現在ホテルだそうですが、
1930年代まではビール工場だったという説明もあり、
このシロールの村の左の山手上に見える白い大きな建物、現在ホテルだそうですが、
1930年代まではビール工場だったという説明もあり、

シロールの村の人々が「ビッレリーア」と呼ぶ意味が漸くに分かった、とセルジョ。
こうして教会の扉が開かれまして、厚かましく一緒に中に入り、更にもっと厚かましく、
途中までしっかりと説明を聞き! ははは。
という事で、教会内のフレスコ画の様子、あの小さな礼拝堂も次回その2でご案内を。
お楽しみに!
途中までしっかりと説明を聞き! ははは。
という事で、教会内のフレスコ画の様子、あの小さな礼拝堂も次回その2でご案内を。
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