・ アマルフィから、サレルノまで ・ バスの旅

1年前の春にナポリ、ポンペイ、カプリ、ソレント、そしてアマルフィを基地に
ラヴェッロ、ポジターノ、サレルノに出かけましたが、

名にし負う素晴らしい眺めが展開されるアマルフィ沿岸を、
今日はバスの窓からの写真で、どうぞお楽しみ下さい!

少し靄があったのですが、その辺はご容赦願いまして、
上はアマルフィを出発し、町の東外れの突き出しを曲がる所からの眺め。

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地図をどうぞ。 アマルフィ・Amalfiからサレルノ・Salernoまで25km、
グーグルの検索では34分の行程と出ましたが、

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いえいえ、この青い線の出たり入ったりをご覧下されば、そんな短時間で
行けるわけがない事が良くお分かりでしょう?! とにかく凄い道でしたが、
今日は皆さんもバスに乗られたつもりで、どうぞ!



さてアマルフィの東端を曲がるとこんな感じで、教会の丸屋根、茶と白の鐘楼が
見えて来ますが、ここはアトゥラーニ・Atraniの町。

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現在は別の町になっているものの、かってはアマルフィの下にあり、
こちら側に貴族たちの住居があった様子。



見える教会はサン・サルヴァトーレ・デビレート・S.Salvatore de'Biretoといい、
かってのアマルフィ共和国のドージェ達の教会で、この教会にドージェの
シンボルである帽子が収められて、ここで統治をし、最後はこの教会に葬られたと。

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アマルフィのドゥオーモのご紹介をした時に、コスタンティノープルで鋳造された
素晴らしい青銅の扉を見て頂きましたが、この教会の分と2枚作られ、今もここに。

アマルフィ・大聖堂の煌めきを  その1と2

アマルフィの町に、夕暮れが迫る頃
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468055985.html



町に近寄った所で振り返り、左奥に見える要塞の塔が、アマルフィの町東にある塔。

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さてこうして、アトゥラーニの町を過ぎまして、

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ラヴェッロ・Ravelloの町への分岐点。

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n.1 ラヴェッロには、ワーグナーの旋律が良く似合う
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232541.html

n.2 ラヴェッロには、ワーグナーの旋律が良く似合う
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232691.html



見えて来た町は、ミノーリ・Minori

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谷が海に切れ込むその狭間狭間の小さな土地に町があり、道は崖の谷を回り込み
下り坂を町に入って迂回し、また抜けていく、という・・!



急にアッと気がついても、距離が無いと上手くは撮れずで、これは帰り道に、
あそこにあったぞ、と心の準備をしておいて、ははは、撮った塔。

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ミノーリの町の浜。

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漁船と海水浴用の浜が、半分っこ、かな。

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奥に見える山の頂上、突出す濃い色の所から左にちょうど真ん中辺の松並木の
左に見える屋敷がラヴェッロでご案内の、ワーグナー所縁のヴィッラ・ルーフォロと。



こちらはもひとつ東になるマイオーリ・Maiori。 ミノーリよりもっと大きな
リゾート地で、浜に近く立ち並ぶ建物群は殆どが貸し別荘、貸し部屋で、
春に見た時はまだ窓が閉っておりました。

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マイオーリの浜の散歩道。

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このアマルフィ沿岸の突き出す岩場ごとにある要塞。 これらは全てイスラム圏からの
海賊船対策で、そのうちでもこの大きなマイオーリのが目立ちます。

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ノルマンの塔・Torre Normannaと呼ばれますが、これは単に現在の呼び分けの様で、
18世紀の末までは単純に大きな塔・Torrioneと。



上の写真は朝サレルノに行く時の物で、これは戻りに見た時、
ほら、屋上に人が見えますね。

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俄然面白くなり、何してる?と見つめるshinkai、はは、どうやら何かの撮影の様。



道の様子をご想像下さいね。 こんな風に岬のとっぱしを回り、谷の奥を巡り、
そしてまた、という具合で・・、

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見える黒や緑のネットが掛けられている段々畑は、はい、レモン畑で、
このネットで天候による被害を防いだり、出荷調整をするのだそう。



バスの窓から見下ろすとすぐ真下に海で、ひょっとして転げ落ちたら、
と考える程の崖も!

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一つ一つの崖の向こうの海の色が違い、光る海もあり、

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こんな狭いエメラルド色もあり、

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時に余りにも道のカーヴが急で、だってヘアピンみたいなのがしょっちゅうなのですよ、
おまけに道幅が狭い時には、運転手さんはクラクションを鳴らし、
すると、カーヴの向こうで車が進入を待っているという・・、

そんなカーヴが幾つも幾つもでしたが、サイクリングをする心臓の丈夫な方々も多く・・!

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ほら、また一つ要塞跡。 ラーマ・デル・カーネ・Torre Lama del Cane、
という名の塔と思いますが、廃墟のまま。

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そしてまた一つ。 こちらはしっかり修復され住居になっているそうで、
エルキーエの塔・Torre di Erchie.

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要塞の塔は、見張り、攻撃、防御の為にリアス式の長い2000km以上に及ぶ海岸線に、
なんと400程もあるのだそうで、
塔の果たした役割とか、イスラム圏の海賊について、奴隷売買について、
ナポリを治めていたスペインの取った方策等など、
       
買って戻ったガイドブックを読むのに、なんとも難しく書いてある本で、歯が立たず、
ジュリアーナに助けを求め、一緒に読んで貰いました。
が、内容は大変に面白く、彼女も喜んでくれ、チャンスを見つけてご紹介したいと。
今のイタリア、ナポリと余り違いはない点をも、改めて2人で納得いたしましたです。



見えて来た町は、チェターラ・Cetaraで、ほら、海に少し突き出した所に
半円の塔が見えますか?

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遠くにぼんやり見える大きな街が、目的地サレルノ。



この町も谷に挟まれた小さな土地で、ここがアマルフィ共和国の東の国境だったそう。
見える教会はサン・ピエトロ、18世紀に建て替えの物で、鐘楼は中世の古いままと。

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右側に突き立っているのが、浜辺に見えた要塞の塔で、チェターラの塔。
上部は多分後世の建て増しでしょうね。



町中の狭い広場には、野菜トラックの出店も来ていて、

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町を出はずれた東側にも、また小さな浜が見えましたが、この狭い石段が導く家々。
まさに崖に張り付いて・・。

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こんな崖もあり・・! どこまでが崖なのか、どこが後に造ったものなのか・・!

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サレルノ寄りの最後の大きな街ヴィエトゥリ・Vietri、既にサレルノ湾に面しており、

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バスは街中を通らず、後ろを迂回、ガイドブックにある広い浜辺もホテル群も見えず、

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こうして高架道をぐるっと回りつつ、サレルノの街に近づき、

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大小様々な船やヨットのもやう波止場を抜けて行き、

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はい、サレルノだよ、と降ろされ、そこから駅前までかなり歩きました。
バスの停留所は駅前にあるのに、ね。 ご親切に少し離れた場所に皆が降ろされ
歩くのですよ。 まぁ、インフォメーションを見つけたので良かったですが・・。

という訳で、こちらがサレルノの街予告編の1枚。 街が細長く東西に延び、
駅は東に、旧市街は西に。 ここに素晴らしいドゥオーモや、中世の医学学校を
記念しての申し訳の様な博物館があり、はは、

一本真っ直ぐ通る大通りは歩行者天国で、この辺りはモダンな大ビル街で。

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という所で、アマルフィ沿岸の風景をお楽しみ頂けました様に!
そしてまたのサレルノのご案内もお楽しみに!


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