・ n.2 ファルネーゼ邸 カプラローラ

先回に続き、ラツィオ州北に位置するカプラローラ・Caprarolaの
ファルネーゼ宮のご案内です。
16世紀に建設され、現在残る有数の美しく壮大なルネッサンス建築の
良き例と言われる豪奢な貴族の館、ファルネーゼ家・Farneseの邸宅ですが、

今日はいよいよ2階に、ピアーノ・ノービレ・Piano Nobileと通常呼ばれる、
貴族の居室部分のご案内を。

写真は、2階への美しい階段で、

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こんな風に段が低く作られ、ここをアレッサンドロ枢機卿など、
多分お招きにあずかった貴族たちも、馬に乗ったまま上がった様子!

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ご覧の様に内側には円柱があり、これが全部で30本、
円柱と手摺の下、階段まわりの内側にはファルネーゼ家の紋が並びますが、



こちらは外回り。

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どこもかしこもフレスコ画で装飾され、やはり家紋の百合の浮彫。
この階段は王宮階段・Scala reggiaとも呼ばれ、ご覧の通り、
まさにその名がぴったりですが、

この邸宅内をあちこち回って見物していて、どこにあるのか分からなくなった物の、
幸いに内部地図もサイトで見つけまして、建物正面側の向かって左角、と。
明かり取りの窓がご覧の様にたくさん外に向かって開いており、



その窓の内側一つ一つも、この様に全て装飾。

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こちらが階段の天井部。 いやはや何とも素晴らしく優雅で、洗練されたもの!
ここの装飾に3年かかったというのも、大いに納得です。 

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そしてこちらが、祖父教皇パオロ3世が始めたこの館の建設を、貴族の邸宅、
宮廷要素を大いに取り入れた設計に変え、都合27年間かけて完成させた
アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿。

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ティツィアーノ描く所のこの肖像画は1545~6年作とありますから、
彼が25,6歳の時。(1520-1589)

14歳にして枢機卿に任命され、若い頃は貴族女性とのロマンスが絶えなかった
というのも、大いに納得できますねぇ!

トゥレヴィーゾの教会内で偶然に、先のヴェネツィア大司教様と、
トゥレヴィーゾの司教様お二人に1mほどの距離で出会った事がありますが、
あの黒い長い裾の広がった、赤がちょっと入った司教様の衣服、
あれはまさに男性をもひとつ美しく際立たせるもの!
       
こんな赤い枢機卿の衣服で歩いておいでの所を見たら、それはもぅ若い女子なら、
いや、若くなくとも、ははは、イチコロになりますわな。

ティツィアーノの描く女性像は美しくはありますが、好きではなく、
が、彼が男を描くと、なんとも色気があり迫力があり、
まぁ、世に知られる程の男性の肖像だからとはいえ、良いですねぇ! 素晴らしい!

が、このアレッサンドロ枢機卿は血筋が良いだけでなく、才気教養に長け、
単なる枢機卿の位置にとどまらず、政治的外交官的にも大いに活躍した様子。



2階の中庭を囲む廊下部分の装飾をどうぞ。 
これらの優雅な装飾模様は、グロテスク模様と呼ばれますが、

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最初に知った時は、この様な優雅な柄になぜグロテスクという名が、と
不思議に思ったのでしたが、日本語でグロテスクと言うと、エグイ、醜いという
イメージですものね、

ですが、グロテスクというのはグロッタ・Grotta・洞窟の意味から発祥していて、
それもローマ期の皇帝ネロが地下に建設した未完のドムス・アウレア宮殿で、
その宮殿が15世紀頃に再発見され、模様が模倣され始め、
16世紀にラファエッロが優雅繊細な形で取り入れ始めたのが大いに流行したと。

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2階の廊下から僅かに見える、上階の護衛兵士、召使たちの居住部分。
細心な設計で、貴族の居住部分とは切り離されていますね。

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2階南側の大きなエルコレ・ヘラクレスの部屋、入った途端に驚かされる
部屋の中の泉! 細かい細かい彩色された壁部分と泉と、なんともはや・・。

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泉の右奥の扉に人影が見えますが、



こちらが騙し絵の扉で、普通の扉よりも低く作られており、誰か名の残る人物か
ガイドさんに訊ねましたが、単に当時流行った騙し扉の人物だそう。

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そして床の色柄模様ですが、

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この大部屋は、この様に全ての床が色タイル式に彩色されていて、
長年の使用により剥げかけているのが、逆に良い雰囲気ですね。

南仏アヴィニョンで見た教皇庁宮殿の床は、色タイルでしたが、
この彩色はどの様に作ったものなのか、焼き付けた色ではないのかな?



この部屋は南側を占め、町に向いているので、窓から町の様子、
そして真っ直ぐ通った通りが見え、

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古い瓦の家並、

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そして遠くに広がる、谷を埋める雲海。

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こちらはどの部屋だったか、床の柄で、ここにもファルネーゼ家の紋章が見え。

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グループの男性が、shinkai!と呼び、何かと思いましたら、閉っていた
控えの間の扉を開け、真っ暗な小部屋を見せてくれるのですね。

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ははは、shinkaiが如何に写真魔かは既にすっかり認識され、
自分では到底開ける勇気のない小部屋の扉を開けて見せてくれ、
余りにも暗いので思い切ってISOを上げて写しましたが、



凄いものです、控えの間もこんな感じの装飾で埋められ・・!

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ここは、ファスティ・ファルネジアーニ・Fasti Farnesiani、
ファルネーゼ家の記念すべき出来事を描いた部屋と。

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長方形の大きな部屋で、正面中央の肖像はアレッサンドロ枢機卿の弟
オッターヴィオ・Ottavio、2代目パルマ公爵と。

左の絵が1538年、彼が15歳の結婚式の模様で、
花嫁は、アレッサンドロ・デ・メディチ・Alessandro d'Medici、
法皇クレメンテ7世の隠し子とも、ロレンツォ・マニーフィコの息子ピエロの息子
つまり孫の、ロレンツォ2世ウルビーノ公の庶子とも言われる、
暗殺されたアレッサンドロの未亡人16歳、
神聖ローマ皇帝カルロ5世の庶出の娘・マルゲリータ・ダウストゥリア・
Margherita d'Austria。

ファルネーゼ家は、殊にアレッサンドロ枢機卿は神聖ローマ帝国皇帝カルロ5世と
フランスとの間に立って、その和解に努めた様子ですが、
・・こういう同じ名前があちらにもこちらにもでるわ、まして当時の時代に疎い
shinkaiには理解するのが大事!

いずれにしても、若い夫の気遣いのなさ、今迄属していた宮廷生活との違いから
花嫁には気に入らない結婚生活だったようですが、
3年後に夫が戦地から負傷して戻って来たのを機会に、彼女の嫌悪感は
愛情に変わったそうで、・・良かったぞなもし。 

cucciolaさんがこちらにファルネーゼ家について。
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/cat_93650.html



反対側の壁に描かれたのは、アレッサンドロ枢機卿のパリ入城、と
ファルネーゼ邸の説明にはあるのですが、・・我が家自慢で、ははは、

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中央の天蓋の下、白馬に跨るのがフランス王フランソワ1世で、
彼に迎えられた皇帝カルロ5世がフランス王の右に、そしてその右の赤い帽子と
衣服が枢機卿。
       
ちょっと調べただけでも、このカルロ5世とフランソワ1世の間には何度もの衝突と
仲直りがあり、この絵が一体何年の出来事かを、
途中からはムキになって調べ回り、ははは、
ついに1540年の出来事だったと知りましてございます。

蛇足ながら、ロンバルディア州のクレモーナ・Cremona、ストラディヴァリの
ヴァイオリン博物館のある、そのクレモーナの西20k程でしょうか、
ピッツィゲットーネ・Pizzighettoneという小さな町に3年ほど前に出かけた時、
ガイドブックで見た河べりに古い塔がある写真に魅かれたのですが、

町の博物館の展示をなんとなしに見ていて、かってフランス王フランソワ1世が
捕虜になっていた、という塔内の写真があり、何これ?!ちんぷんかんぷん。
戻ってイタリア語の先生アンナリーザに知ってる?と訊ねてもノー!ははは。

その後調べてみると、確かに皇帝軍との1525年のパヴィーアの戦いで捕虜となり、
この小さな町の塔に79日間、マドリッドに移されるまで監禁されていたそうで、、
その時に町の司祭との間に深い友情が生まれ、後にフランスに招待され、
王の懐から下賜金も賜ったとか。

ヨーロッパの地続きの土地での歴史の変遷、私めにはその都度知るだけで
精一杯ですが、小さな名も知れぬ様な土地にも面白い歴史が隠れているものと、
感嘆実感したものでした。
    


こちらもフランソワ1世と、カルロ5世との出会いの図ですが、

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・・これは調べをパスして、はは、

このファルネーゼ邸に一連のフレスコ画を描いた画家はタッデオ・ズッカリ・
Taddeo Zuccariで、
父親も画家の8人兄弟の長子、3番目のフェデリーコは建築家として名をなし、
タッディオは若くして亡くなり、このファルネーゼ邸の仕事は弟フェデリーコが継ぎ、
彼らの他にもこの邸宅の装飾については、当時の優秀画家の名が挙がります。

このズッカリの修行、そして兄弟愛についてcucciolaさんがこちらに。
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/3395257.html

所で今回この館の壁画について読んでいて、新しい言葉に出会いました。
クワードロ・リポルタート・quadro riportato・移された絵、とでも。
 
移された絵、という訳も中途半端ですが、サイトの説明も分かるような
分からない様な・・、遂に友人のジュリアーナにメールと写真を送り、解説を求め。
で、分かった事は、この館の仕事がタッディオ・ズッカりの最上の仕事と言われますが、
     
上記の壁画にしても、天井画にしても、それ以前のバロック様式で良く用いられた
短縮法、つまり遠近法の一種と言っても良いかも、の、描法を使っていないと。

マンテーニャの「死せるキリスト」等を思い出して頂くと納得と思いますが、
それと同様に短縮法は、視線に対して斜めになるに従い実際よりも短く見える、
という視覚効果を利用した描法ですが、

ここのタッデオの仕事は、自然な目線で見える遠近法を使っている、と、
つまりその場の情景を写している、という描き方。
       
最近の我々が描くのは、目に見える自然な形で描きますよね。
なので逆にこういう説明をされると、??!!となった訳ですが、
遠近法や短縮法を使い迫力のある絵を描いた時代からまた一歩進んだ、
という絵画描法の説明なのでした!



さてこちらは部屋にあった椅子。 お尻がちゃんと乗るのか、さぞや座り心地が、
と心配ですが、素晴らしい彫り、濃いめの茶色に金塗りの柄。
後ろに見える扉の角柱の脚も、凄いでしょ?

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どの部屋だったか覚えておりませんが、真ん中の四角い位置に立って手を叩くと、
部屋の中に反響するという・・。 勿論私めもポンポンと試し、はい、確かに!

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この美しい天井画。 単にフレスコ画のみでは無く、漆喰で浮き彫りが施され、
中にフクロウもいたり・・。

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これは廊下の床で、ここにもファルネーゼ家の紋。

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建物の西側を占める大部屋、地図の部屋の天井画、星座ですね。

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地図の色が本当に美しいと思うのですがぁぁ、日本がなぁい!



天井部の漆喰の浮彫、凄いでしょう?!

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で、ここにはまた少し以前の騙し絵手法の、小人とワン君。

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当時の宮廷内には、お笑い役を務める為の小人達がいた様で、
スペイン宮廷内を描いた絵にもよく登場していますね。


2階のアレッサンドロ枢機卿の寝室や、奥に広がる素晴らしい庭園などは、
また次回のお楽しみに、という所で、
       
お疲れ様でした! お付き合い、有難うございました!

こちらのサイトに説明、Toutubeもありますので、どうぞ。
http://www.caprarola.com/palazzo-farnese.html

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