・ n.1 活字印刷博物館 訪問

今日のご案内は、1月半ばにグループで見学した
活字印刷博物館・Museo del Carattere e della Tipografiaを。

ご存知のように、ほんの20年ほど前まではまだ活字印刷、写真植字などが
印刷の主流でしたが、コンピューターの登場、技術革新の凄まじい早さに
駆逐され、あっという間に姿が消えました。

この博物館の趣旨は、
引退に追い込まれた活字印刷の様々な印刷機の歴史と展示、
また、それ以前の印刷の歴史も学べるように工夫され、
最後には、見学者が自分の名前の活字を拾い、印刷もできるという
大変興味深く楽しい物でした。

言葉での説明よりも一見に限ると、写真も多くなり2回分に分けましたが、
最後には意外な物もありますので、どうぞお気軽に!

こちらはピアーヴェ河・Piave.  かっては上流のべッルーノから筏を組み、
木材をヴェネツィアに運んだという河ですが、農業用水や発電に水を使うとかで
川床の広さにしては水量が少ないのです。が、

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ピアーヴェ河は歴史には、殆どヴェネトとフリウリの境界線の様なイメージで登場し、
第一次大戦では、この河を挟んで激戦が繰り広げられました。
で、今、ピアーヴェを西に渡ります。



上が博物館への標識で、
下が第一次大戦の戦没者慰霊廟への印。

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この一帯の地図をどうぞ。
右上、太線で囲ったコルヌーダ・Cornuda に活字博物館があり、
その上を斜めにかする河がピアーヴェ。

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コルヌーダから南東に斜めにまっすぐ伸びる道と、下に見えるカステルフランコ・
Castelfrancoから真っ直ぐ東の合流点にトゥレヴィーゾがあり、
そこから南30Kほどにヴェネツィア、という位置関係。       
       
上から順に、
ポッサーニョ・Possagno アントーニオ・カノーヴァの塑像博物館 夕暮れ
      
ヴェロネーゼの騙し絵で有名な ヴィッラ・バールバロ・ディ・マゼール
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463456543.html

n.3 アーゾロ ・ ヴェネトの奥 文化の香る小さな町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460978208.html

サン・ヴィトー・San Vito、カルロ・スカルパ設計の
トンバ・ブリオン ・ そして、お盆
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463693503.html

アルティーヴォレ・Altivole、キプロス女王であったカテリーナ・コルナーロ大別荘跡
アーゾロを彩る女性ふたり ・ アーゾロ市立博物館 n.2
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463693935.html

西に バッサーノ・デル・グラッパ ・ グラッパ酒、アルピーニの橋
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461664355.html
       
南に カステルフランコの町 ・ ジョルジョーネ展
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462522712.html

こうして見ると、我ながら結構真面目にご紹介している、と思いつつ、へへ、
ロマーノ・デッツェリーノ・Romano d'Ezzelinoの中世風お祭りがまだだった、
と宿題も思い出し、
モンテべッルーナ・Montebelluna も何度も通過しながら・・。 
ええまぁ、ぼちぼちと。



この運河を左に渡った所に博物館があり、

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オレンジ色の建物の壁に、カナピフィーチョ・ヴェネト・Canapificio Veneto
と読めますが、カナピフィーチョというのは麻繊維工場で、運河を利用しての作業と。

奥に煉瓦の煙突風が3本見えるのは、石灰を作っていた窯だそうで、
現在は勿論活動せずで、少し破壊しかけておりました。

石灰を作る窯については、夏のドロミーティーのハイキングでも傍で見た事があり、
こちらでご案内を。
       


こちらが今日の訪問先、活字博物館。
この建物もかってのカナピフィーチョ、麻のロープを作っていた工場跡利用で、
右はかっての教会跡で、こちらも利用です。
 
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壁にあった開館時間。

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下地に以前の案内がうっすらと見えますが、今のが断然すっきりとした案内で、
流石、字体に拘っている、と眺めました。
ご覧のようにサイトは http://www.tipoteca.it



案内をして下さったダニエーレ氏・Danieleに迎えられ、
背景は入り口脇の壁を飾る、かって実際に使われていた木製活字。
材質は梨とか桜の柔らかい物で、細工がしやすい物の、千部程の印刷で消耗したと。

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所で、ちょっぴり活字印刷についての変遷を。       
一番最初の活字印刷は、グーテンベルグ・Gutenberg が1455年に
ドイツのマインツで聖書を印刷した、というのが定説ですが、
その数年前から彼は活字を使った商業印刷を始めており、
       
活字による印刷の先駆者は、オランダ人のヤンソン・コスター・Janszoon Coster
という説もあるようですし、
はたまたイタリアはヴェネトのフェルトゥレ・Feltre出身、医者にして文学者の
パンフィーロ・カスタルディ・Panfilo Castardiが、グーテンベルグに先立つ
22年前の1426年に、木製の活字の固まり(単語の事と)を使っての
手動印刷をした、という研究もあるそうです。

カスタルディの妻がマルコ・ポーロの孫で、マルコ・ポーロが中国より持ち帰った活字を
持って嫁入りしたのがカスタルディの研究の始まり、という信憑性に満ちたもので、
彼の客人がマインツにその活字を持ち帰った、のが
グーテンベルグにアイディアを齎し、金属活字を発明、という物です。

大変興味深い話だと思うのですが、彼について調べているというニュースもあり、
記事がアップされましたらお知らせいたしますね。

フェルトゥレにあるカスタルディの像はこちらに。
フェルトゥレ ・ ドロミテの麓、小さな高貴な町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462862246.html



で、活字はどのように作られるのか、ですが、

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まずこの様に、一番元になる打ち型、金型・プンチが作られます。
この形は、読む活字の逆の姿ですね。



そして、柔らかい金属にプンチを打ち込み、活字の原型ができ、

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その原型に鋳物風に金属を流し込み、活字が出来上がる、という訳。

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この様に上下2つに分かれ、その間に原型を挟み込み、上に見える穴から
溶解した金属を流しこみ、冷めたら取りだし、縁の余分を削って1活字の出来上がり。
       


こちらは、いつの時代の物か、珍しい中国の木版。

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版は反りを打ち、割れてもいますが、両面使われていました。
大体いつの時代の物か、どんな内容か、どなたか読んで頂けると
博物館の方にもお知らせ出来て、嬉しいのですが、
両面の写真がありますので、お知らせ頂けましたらお送りします。



最初に説明を聞いた部屋ですが、
この薄い引き出し風の棚、タンス、全てに活字、活字で、
まだ他の部屋にもいっぱい詰まっているのでした。

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モノタイプ・Monotype機。
上でご覧頂いた活字は全て手作りだった訳ですが、そこに登場するのが、
このモノタイプという活字製造器で、

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まずこちらで、望む活字のタイプを打つと、この青い紙に穴が開きます。
ご覧のように、活字の大きさも指定でき、


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この水色の型紙を、こちらの機械に入れ込みます。
正面からの写真が、色が飛んで見えにくいのでこの写真で失礼し、

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前部分の奥に、上に飛び出した部分がありますね、少しでも分かるかと水色を
ちょっと入れましたが、あの部分にロールのペーパーを挟み込み、

その下脇には、活字鋳物に要する金属を溶かし、自動的に注入する部分もあり、
一字づつ作っていた活字が自動的に作れる様になった画期的な機械という訳ですね。

19世紀末に発明され、大変複雑な機械操作の為、ロンドンに5年間勉強に赴き、
その後に操作出来たと言い、現在この近くに当時の技師がひとりおられ、
時に様子を見に来るそうです。



息抜きに、部屋の片隅にあった銅製の手洗い所をどうぞ。
美しいでしょう?!  こんなのが、あちこちの部屋にありました。

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展示されていた、かっての活字拾いの部屋の写真。
働いている少年の姿も見えますね。

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こうして拾った活字を組んで印刷した後、活字を1つずつ再び指定の枠内に戻す訳で、
その作業時間がバカにならなかったと言います。

所で、活字を作る金属はこれもグーテンベルグの発明で、錫と鉛とアンチモンの合金。
微細な型のなかに入る流動性と、凝固の時に収縮する度合の小さいもの、
という事だそう。
    
   

手動印刷機。

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この様に版に活字を組み、ローラーでインキを載せ、左手に跳ね上がっている版に
紙を挟みこの活字版に伏せ、右に見える圧縮板の下に差し込み、印刷、という手順。

活字を組んだ周囲に様々な形の支え、活字版がずれない為の金属のブロックがあり、
これは後になっての発明で、グーテンベルグの時代には木片を差し込んでいたそう。
      
 

こちらが、全体の様子。

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この手動印刷機の古い形、また、グーテンベルグが使った当時の木製の印刷機、
これらについては、ソンチーノの印刷博物館のご案内でどうぞ。
n.2 ソンチーノ ・ 中世の要塞と、ユダヤ人の印刷所
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464089153.html



リノタイプ・Linotype機。
英語ではライノタイプと呼ぶようですが、モノタイプよりも暫く後に
開発されたもので、こちらは単語のブロックを作ります。

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やはり下のタイプライターを打つと、自動的に単語の活字が出来て、
上の線が並んでいる部分から落ちて来て集められ、左下の版に並んだのだそう。

一緒に見学に行ったジュリアーナ、彼女は長年中学の先生をしていたのですが、
これを見た途端に、わぁ~、懐かしい! と声を上げ、生徒を連れて新聞社だったか、
見学に行った時に見たようで、
それを聞いた案内のダニエーレ氏がこれは”つい最近まで”使われていた、
と言葉を訂正、あはは。

ジュリアーナによると、単語の活字が上から列を作ってどんどん落ちて来て下に集まる、
という活気に満ちた光景だった様子で、やはり当時としては大変高額な機械だったそう。



リノタイプ機の左脇にある、活字用金属の小溶鉱炉、とでも。

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このリノタイプになると、使った活字は再び溶かして再生したのだそう。



前にあった、如何にも使い込まれた感じの皮張り椅子。

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こちらは、ずらっとリノタイプ機が並んだ部屋。
20世紀初めのトリノの新聞社・Gazetta del Popolだそうで、壮観!

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そしてこちらは楽譜印刷。 金属板に、直に彫り込みで、

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その道具類。

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そしてこの写真! 専門職というか、職人仕事の最たるものというか・・!!

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という所で、N.2 にお進みを!


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