・ クーポラ登頂と、建設のあれこれ ・ フィレンツェのドゥオーモ 

さていよいよ、フィレンツェは花のサンタ・マリーア聖堂の大クーポラ・
丸屋根の上に上ります!

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そしてかねてから知りたかった建設法について、shinkaiの頭の程度でも
分るように書いてあるサイトをあれこれ探し、読んで分る程度、
そうこれが難しいのですよね、ははは、
で、何とか私なりに納得できた泥縄の知識を皆さんにも!

あのクーポラは内と外と2重の構造になっている、と言うのは
よく言われるので知ってますが、
では、内と外とを別々に造ったのか?なんて考えられた事ありません?

ああた、正直に仰いませ、shinkai同様そう考えた事もあったと。ははは。
なので、実際にどう造ったのかを具体的に、知りたかったのでした。

調べながら探しながら面白い事も分りましたので、
そんなあれこれも含めての登頂記、どうぞごゆっくり!

写真は上空からの写真で、そうなんですよね、フィレンツェの街中の
こんな狭い空間に偉大な美しい聖堂があり、赤いクーポラが街を睥睨!
例によりブログ名のない写真は、サイトからの拝借です。

フィレンツェのご案内全般は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460834440.html


前日午後にはこんな風に長打の列だったクーポラ上り口ですが、
朝8時半開いたすぐ後でしたので、すんなりと入場。

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この上りの入り口は、聖堂の北側からだった事をご記憶に。
で、こんな階段が続き、

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厚い壁の高い場所に小さな窓。

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そしてまた上り、今聖堂の庇がこう見える位置。

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内側の壁にこんな窓が開いている場所もあり、

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ひょっと開けたかなりの空間、美術品の修復場所でもある様子。

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街がこんな風に見える高さまで来て、

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クーポラ内側のフレスコ画が始まる一番下の高さ。

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この位置にクーポラ内を一巡できる通路があるのですが、
上りの行程では全部回れないようになっていて、
写真の下に見える黒い線の位置まで、透明のプラスティック板があり、
高さはほぼ肩位まであり、下からは見えないようになっています。

このフレスコ画をほぼ同等の高さで見た様子は、また戻りの行程の時に
ご覧頂きますね。



爪先立って覗く、聖堂内陣部。 右の流れが聖堂身廊部で、

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これが聖堂内正面扉方向。 正面のウッチェッロ作の時計も見えますが、
こうして見ると、高さの関係で余り広く感じませんね。

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当時にあって世界最大の丸屋根、現在も壁造りのクーポラとしては世界最大、
支えなしで立っている大クーポラ、の建設の流れですが、

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1419 クーポラ建設のアイディア募集のコンクールが行われ、
    ブルネレッスキ・Brunelleschiが、型枠なしで造る事を提案。
1420 正式なコンクール勝者の発表はなかったものの、ギベルティ・
    先回見て頂いた洗礼堂の扉の作者と、ブルネッレスキの2人が
    大頭・大師匠として任命され、8月7日から建設に取り掛かります。
1425 建設に関しては不慣れなギベルティが失策をし、左官屋の反乱もあり、
    ギベルティは追放され、ブルネッレスキ一人の手に、仕事が。
洗礼堂の扉のコンクールでも最後まで残ったブルネッレスキで、
この2人は大変なライヴァルであった様で、ブルネッレスキは
わざと不慣れな仕事をギベルティにさせた、とも!

1436 クーポラの屋根部分が完成。
1446 頂上の灯台部分の仕事が始まり、
1461 一番上の円球と十字架が置かれ、建設完了。      



クーポラの建設は、まだ聖堂の建設当時から関係者の間で様々な
検討がされた難問だったと言うのですが、

こちらは聖堂の大きさを比較する図。

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赤色の古くからのサンタ・レパラータ・Santa Reparata教会を取り壊し、
オレンジが、最初に建設を請け負ったアルノルフォ・ディ・カンビオ・
Arnolfo di Cambioの考えた聖堂の大きさ、
で薄いオレンジ色が最終案、現在のドゥオーモ、クーポラのかかる大きさ!

なぜどんどんこんな大きさになったのか?!
当時ヨーロッパ第一の財力を握るまでに成長したフィレンツェの街は、
何が何でも大きな素晴らしい聖堂を造る力を持っているのを示したかったと!

それにしてもちょっと笑えません?!
負けん気を起こしてどんどん大きなのを造り始めたのは良いものの、
途中で、クーポラはどうする?!と気づいて、皆が深刻に相談を始めた、
と言うのはね、ははは。



で、ここに登場したのが我らがフィリッポ・ブルネレッスキ・
Filippo Brunelleschi(1377-1446)
公証人の息子として生まれたものの、金細工師、彫刻家となり、
ギベルティと争った洗礼堂の扉の後、ローマに行き古代建築物を勉強、
建築家となった人物。
       
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ユーモアにも富む人物だった様子ですが、かなりのつむじ曲がりと言うか、
性格の悪さでも知られた人だった様子、はは。



ドゥオーモは1294-1295年から工事を初め、クーポラの基礎となる
タンブーロ・ドラム部分の工事は1314-15には既に完了していたと見られ、
但し、当時このドラム部の下に見える窓のある層の、窓は無かったそう。
    
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ご想像を! こんなぽっかり天井の開いた聖堂があり、覆いは架けて
いたでしょうがね、クーポラの建設はこんな所から始まったのを!!
  
八角形のドラム部、内部直径は45m、外径が54m。
従来の建設方法でドーム・丸屋根をかけるには、内側に木材で仮の
支えのアーチ型を造っての建設方法だったので、
この大きさでは、到底重量を支えきれず無理なのですね。

写真の下に見える図は、17世紀後半に再現された
ブルネッレスキがドゥオーモ工事のために発明した、内部で使用の足場。



これは現在のクーポラ見学の行程、図の矢印のように時計回りに、
工事も進んだものと。

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上の図と同じ物ですが、ご説明のために番号を打ちましたので、
それでご覧下さいね。

1. Calotta・カロッタ・半球、屋根のドーム
   内側はある部分では約2mの厚さ、これは他の部分も殆ど同じで、
   外側はもっと薄く、基礎部分は1,3m、頂点部は90cm。
聖堂のクーポラは2重構造になっている、という図で、内と外の厚さの比、
そして内側が外を支える関係になっている、というのも、
この仕切りの壁の様子で良く分ると思います。
で、右側に見える様に、縦と横の仕切り壁で支えられたドラムの8角形の
一つの辺からの壁の中は24の仕切りに分けられ、
それぞれ内と外の壁が繋がり、外側を支えているという訳ですね。
 
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2. Scalo・スカーロ・寄航地、引き上げ斜面
  建設中の工事労働者達の仕事や補填をしやすくする為に、2つの壁の
  間を石段が通っている。 窓から明かりを取った3段階の歩道で、
  最後の段階は直接に急傾斜を内側から外に出るようになっている。
はい、これが現在クーポラ見物の我々も通っている道で、
壁と壁の隙間、幅は約1,2m.

3. Mattoni・マットーニ・煉瓦
  ブルネレッスキはレンガを「ヘリンボーン・杉綾織」に並べる方法を上部に、
  下部には技術ミックスを使った。
  そしてヘリンボーン式の場合、クーポラの傾斜に合わせ軽く内側に
  傾けるように、そして別のレンガとの間が少し開くように角を回して置き、
  隙間をモルタルで埋めた。
  これは衝動や振動を和らげ、ずれを防ぐ為の工夫である。
       
4. Costoloni esterni・コストローニ・エステルニ・外側のリブ、白い肋骨
  クーポラ基礎のドラムの角部分から延びる付け柱。
5. Embrici・エンブリーチ・瓦、スレート
  クーポラの外を覆う瓦。
6. Buche pontaie・ブーケ・ポンタイエ・組足場用の穴
  足場を組む為の梁を通した穴。 何世紀にも渡って残されるのは、
  修復用の足場に使うため。
              
7. Lanterna・ランテルナ・灯台
  クーポラの頂上にある冠、小礼拝堂を模した大理石製で、
  美的な意味づけの他に、2つの層の壁が合い、閉じられた場所。                
8. Volta interno・ヴォルタ・インテルノ・ヴォールト内部
  ジョルジョ・ヴァザーリとフェデリコ・ズッカーリによってフレスコ画が描かれた。
9. Loggetta・ロジェッタ・外のバルコニー、通廊
  多分ブルネレッスキによって既に予見されていたと見られ、1512年に
  バッチョ・ダンジェロ・Baccio d'Angeloにより建設され始めた物の、
  ミケランジェロの「コオロギの巣みたいだ」という酷評により取りやめになった。
クーポラの南東側に一部分のみ残っている、あれです。

10. Tribune morte・トゥリブーネ・モルト(使われない)観覧席
   クーポラからの重量を外側に逃す為の張り出しの扶壁。
11. Oculi・オークリ・丸窓



以上なのですが、部分的に補充する事にし、
shinkaiは一度読んだだけでは分らず、ははは、あれこれその説明を
納得行くまで求めましたので、皆さんにも復習を兼ねまして、

図の左上が内の壁と(実際は内側がもっと厚いのですが)外の壁、
そして間の支え壁の様子。

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壁の厚みですが、これには内部が2,1m~1,5m、外側が75~38cm.
この数字は上での数字とは少し違いますが、大体これ位だとご了承を。



で、問題は右の図で説明している事なのですが、数学に弱いshinkaiには
数字を使ってのご説明が出来ませんで、ご容赦、
       
つまりクーポラの上部に進むにつれ、壁の厚みすべてが内部へ傾斜し、
その断面が切り立っていく訳です。
これが最大の建築問題点だった様子で、如何にそれを解決したか、

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これについては、クーポラ内の中心点に立てた軸棒を基点に、
「コルダ・ブランダ・緩やかなロープ」というのを使って
断面の傾斜を決めていった様子。

これの説明(イタリア語!)とヴィデオがありますので、それで様子を
推察して下さいませませ。

教授が手にされている傾斜棒、これがコルダ・ブランダの働きです。
http://brunelleschi.imss.fi.it/genscheda.asp?appl=LIR&xsl=filmato&chiave=100986



こちらがクーポラの壁の傾斜度数!

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上にも足場の復元図の小さなのが出ましたが、
これもブルネレッスキが発明したといわれる起重機。

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下には馬が1頭ですが、私が見たヴィデオでは牛が2頭回り歩き、
単に荷を吊り上げるだけでなく、(確か)歯車の向きを変える事で
荷を下ろす事もできたのだと。



所でドゥオーモの5分の1サイズのミニが造られ、見る事ができるそう。 
場所はフィレンツェのアルノ河を渡って東に、アンコネッラ公園・
Parco dell’Anconella内。

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クーポラの傾斜部分に使ったというヘリンボーン式のレンガの並べ具合も
見えますが、前におられるのが設計家のマッシモ・リッチ氏・Massimo Ricci。
近年のドゥオーモの研究者で、彼の指導を受けて実際に作ったのは、
フィレンツェの建築高校の学生達だそう。

5分の1サイズで、煉瓦も同じにし、当時の手法を使い造ったそうで、
向こう半分は口を開け、中からの様子も見れるようになっていると。



こちらはクーポラの壁建設の進み具合。

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煉瓦の繋ぎのモルタルの乾き具合を見ながらのゆっくりの仕事。
工事人は一列を1週間かかって並べたそうで、カタツムリの歩みのように
ゆっくりと、30cmの高さに1ヶ月かかったと。

上記したコルダ・ブランダ、ドラム部の円の中央の基礎点に結び付けた
ロープを使い、各煉瓦をどこに置くべきかを指示したと。

そうそう、ブルネッレスキは働き手を88のグループに分け、
一つのチームに何人かは分りませんが、少なくとも88人は居た計算で、
各人がそれぞれの箇所を請け負っていたと。
       
これで賃金などが分るともっと興味深いのでしょうが、
それには本を買って読まないといけませんですね。

ナショナル・ジェオグラフィックのヴィデオもどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=6ecKKg1Rn1w


所で使用した煉瓦について読んでいて、インプルネータのコット・
cotto dell'Imprunetaという言葉に出会いました。

コットというのはテラコッタの事で、インプルネータはフィレンツェの南に
位置する町の名、古くからテラコッタの生産で知られた町で、
ブルネレッスキは厳しい冬の寒さにも強いここの煉瓦を、クーポラの
建設素材に選んだのですね。

あの大きなクーポラの重量を支えるにも、大理石に比しての焼き煉瓦の
軽さが必要だったのですが、粘土に含まれる鉄酸化物があの赤さを
生み出すのだそうで、クーポラの外側に張られた瓦の色がまさにそれですね。

修復に即使えるように、瓦は当時の色を保つ為に、ずっとそのまま
日に晒され現在も保存され続けているそう!

ブルネレッスキの建設煉瓦への要求は厳しく、
形がきちんとしている事、良く焼いている事だったと。



で、このインプルネータの窯元で働く人々の間から生まれた有名な土地の料理が
「ペポーゾ・デル・インプルネータ・Peposo dell’Impruneta」これです。
       
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この写真にはトウモロコシの粉で作るポレンタが添えられていますが、
フィレンツェでもポレンタを食べるのかな?

テラコッタの窯元で働く人たちが、釜の隅にテラコッタの鍋を吊るし、
材料の牛の筋肉とワインを入れ、そのままほって置くと、
5時間後には美味しいとろりと煮込まれた筋肉が食べられるというもの。

ブルネレッスキはこの料理を建設現場にも持ち込み、工事人たちが昼時に
いちいち下に下りずに済む様に、食事場所を建設現場の上に作り、
勿論トイレもね、飲んでも酔っ払わぬよう、水で薄めた赤ワインを添えたと! 
ははは。

このペポーゾの簡単リチェッタは、
・1kgのキアニーナ牛の筋肉
・1Lのキアンティ・ワイン
・20粒の黒胡椒  胃の弱い方は少し控えめに。
・5片のニンニク、薄皮のまま
・サルビアとローズマリーノ、塩
・トスカーナのパン

筋肉は小さ過ぎない角切り、他の材料も鍋に入れ、ワインを注ぎ、
火は弱火、筋肉が余り柔らかくなり過ぎない程度に煮込みます。
最後にパンを切りトーストし、ペポーゾの上に乗せ、即サーヴィスを。

ミラノのトスカーナ料理店でも食べれるそうで、
サイトは  www.tavernetta.it



さてでは、再度登攀にかかりましょう!
 
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天井部が少し傾いていますが、狭いながらまだ普通の階段で、



わぁ、サンタ・クローチェ教会が見える! 

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徐々に暗く、急坂となり、目に故障がある私めは暗いと鳥目になり、
足元を確かめつつ、

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ほら、この高さに大きな窓があり、
真ん中がバディア・フィオレンティーノ修道院の塔、左がバルジェッロ宮の塔。

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いよいよ急坂! でもまだ撮ってる、ははは。

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この時点で初めて煉瓦の壁に出会い、通路が角ばり、
煉瓦が斜めに走っているのに驚いたのだと。
ほら、ヘリンボーン式に縦に挟まる煉瓦も見えますね。

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左手からの壁の傾き、中の通路も右に曲がりつつ上り、

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左手前、中側の壁の煉瓦の並びの傾斜具合!
本当は壁ももっと傾いていたのかも。

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暗くて見えにくいですが、穴倉を通り抜けて行く様な、
頭の上からも、石段の横も傾いていて、

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これは通り過ぎてきた方を振り返っていて、左側が外の壁で、
中の壁共に傾斜し、通路のために補助を入れているのが分りますね。

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そして最後の天上部に上る部分!
女性の皆さん、ミニははいて行かないで下さいね!!

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という事で、4563段の石段の末漸く辿り着いた天井の穴、
小さい灯台部への出口、これは聖堂の正面側にあったと。
入り口の石のすり減り具合!!

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クーポラが建設されたドラム部分の高さは、地表から55m、
クーポラの高さは34m。
聖堂全体の高さは、ランテルナの上の十字架の高さまで入れ、116,5m!!

クーポラが出来て後、再度ランテルナのコンクールが行われ、
当然ブルネッレスキの案が選ばれますが、彼は最後の仕上がりを見ず
1446年に世を去り、1461年ランテルナが建設され、上の金色の球、
十字架も据えられ、全部の完成を見たのは1468年の事。
       
       

ばんざ~い! フィレンツェの街だよぉ!
ドゥオーモのクーポラに上ったぞぉ!! 

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街に落ちるクーポラの影!
    
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クーポラの建設については私の長い宿題でしたので、
今何とか書き終えて、ホッとしています。
上手くご説明できています様に!


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