・ n.2 ソヴァーナのドゥオーモ   最後に、宝もの探しの話題も

町の様子を見て頂いたソヴァーナ・Sovana、今日は町外れのドゥオーモのご案内を。

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現在の小さな町から考えるとなぜこの町にドゥオーモが、と思う程なのですが、
アルドブランデスキ家の下で栄えた11~14世紀にかけてのこの町の重要さ、
そして町の守護聖人となっている聖マミリアーノ・San Mamilianoが5世紀に
トスカーナ南西部に最初の福音伝道者としてソヴァーナに来た、という事を重く見て
ここにドゥオーモ、司教座を持つ教会が、という事の様で、
ドゥオーモの名もサン・ピエトロ(サン・パオロとの両名となっているのもあり)。

所で今日のタイトルの「宝物探し」にの話題に、上の聖人サン・マミリアーノに
因んだお話が出ますので、この名にご留意を。

上の写真は教会南からの眺め、ガイドブックからですが、



東からやって来た時に見える後陣の丸いでっぱりの上に見える内陣のクーポラが
八角形になっているのが見えます。

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後陣の膨らみの真ん中に細い窓が見え、下側部分に大理石の棚があり、
2つの白い飾りが見えますね。



この部分です。   私の写真よりも良く見えるので、サイトから拝借で、
この地方特有の茶色の凝灰石に白い大理石がアクセントを付けます。

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他にも白い飾りが各所に嵌め込まれていて、ネコ科動物とガイドブックにあり、
自分の尻尾に噛みつく猫ちゃん?

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さてこちらが聖堂の北面、見えるのが入り口。
奥に見えるのがかっての司教館で、これは14世紀に建て増しされた物と。

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後先逆になりましたが、この聖堂は11世紀末から12世紀にかけての建設で、
それ以前に同じ場所にあった8世紀からの教会の上に造られたもの。

ですからクリプタ・地下礼拝堂も以前の物で、建物の飾りなども再利用されていると。
ちょっと特異な印象を与える斜めに張り出した支え壁ですが、建物の構造上の問題で、
屋根の重みによる沈下を防ぐために14世紀に増築された物だそう。



素晴らしい入り口をどうぞ!  全体にロマネスク様式ですが、装飾はロンゴバルド風
の装飾が多く、領主のアルドブランデスキ家がロンゴバルド系という事も影響だろうと。

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人魚、クジャク、そして騎士の姿。

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上の半円部分は、こんな様子。 多分以前の建物の装飾を再利用した物と言いますが、
その当時にはまだ動物や人間の姿が装飾の中に登場しておらず、ゆえに判読は難しいと。

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獲物を爪で捕え、口を開けたライオンの溶岩像が両脇にあり、これは善の護衛を示すと。

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聖堂平面図をどうぞ。 下側真ん中に入り口があり、3廊式で中の円柱は6本ですが、
脇の壁にも半円柱があり、いずれも柱頭飾りが興味深いものでした。

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右側の建物が後に増築された司教館で、間に2つロビーが見えますが、
聖堂寄り部分にブックショップ、司教館寄り部分に素晴らしい煉瓦床があったので、
最後にご覧を。 奥に見える円形風が鐘楼部分。

右の司教館は聖堂より後の14世紀に増築された、と言いましたが、
実は現在脇にある入り口は、最初は鐘楼の手前横部分、内陣に向き合う場所に
あったのが、司教館を建てる為に入り口を現在ある脇に移した、という様子です。



さて、聖堂内にどうぞ。 円柱は2色使いの束ね柱で、

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天井部は初めは木製だったのが13世紀の修復で、この煉瓦製の肋骨入りアーチ形に。

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各円柱の柱頭飾りが大変に興味深く何枚も写したのですが、実際は写真で
見るよりずっと薄暗い照明の聖堂内で、ブレまして・・。

こちらは牛の顔と植物。

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植物摸様が多いのですが、

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中にはこんな旧約聖書のお話部分もあり、

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こちらは北壁側半円柱の鷲。

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これより3枚はガイドブックからの写真で、
内陣前左側にある1434年と入った洗礼盤。 1980年迄は現在の入り口近くに
あったのが移されたのだと。

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1615年の年号が下に見える聖水入れ。 17世紀頃のソヴァーナの町は経済的にも
衰退しており、これは数少ない芸術的な物の一つだそう。
これも左の側廊にあるのだそうですが、・・見てないぃ。

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内陣部と上部のクーポラ、そしてクリプタが見える写真。
私めはなぜかクリプタがあるのにも気が付かずに見ておりませんで・・!

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内陣のクーポラ部分、外からの写真では八角形になっているのが見えましたが、
内部は四角く始まり、そして円形になっているのがご覧頂けますね。
こういう形は中世の物としては大変に珍しいのだそう。

右端の柱部分にフレスコ画の名残が見えますね。 聖体拝受の女性の姿で、
これの写真はあるのですが、なんでクリプタに気が付かなかったんだろ、クヤチ・・。



このフレスコ画の名残は後陣部分の物ですが、判別しにくい程の破片で、多分
「最後の審判」の一部だろうと。 上の写真にも見える様に、かっては内後陣共に
フレスコ画で覆われていた様子。

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ガイドブックからの写真で、ロマネスク初期のクリプタの様子をどうぞ。
がっしりとした太い短い円柱6本で支えられた8~9世紀の物と。

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左奥に見えるガラスの柩の中には、聖マミリアーノの遺骨の幾つかが・・!
この方のお骨は各地に分散しておりまして、ローマ、パレルモ、
そしてトスカーナにはソヴァーナ以外にも3か所という・・!



入り口脇にブックショップがあり、ここには地方出版の本がたくさんあり、
嬉しくて何冊か買い込みました。 これからご訪問の方、ご一瞥を!

で、確かその奥、司教館との間になる部分だったと思うのですが、細長いロビーがあり、
その床部分、素晴らしく美しい煉瓦敷き!!

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確かこの同じロビーだったろうと思うのですが、聖水盤。

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聖堂を出て、町に戻ります。 道の北側に広がるオリーブ畑。  
そう、この町の名産はトスカーナでも有名なオリーブ油と赤ワインと・・。

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来た道とは別の建物の並ぶ道を戻りますが、敷きつめられた煉瓦も
朽ちると良い趣になりますねぇ。

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大きなお家の柵の中、セクシーなワン君に声をかけて楽しみ、ははは。

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ここからはまたサイトから拝借の写真で、見残し部分の補充を。

町中心のプレトーリオ広場でちらとご覧頂いたサンタ・マリーア・マッジョーレ教会に、
トスカーナでも唯一と言われる8世紀に溯る聖体用祭壇・チボーリオ・ciborioがあり、

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・・・見ておりまへん、



これにも素晴らしいロンゴバルドの紋様。

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う~ん、フリウリのチヴィダーレのドゥオーモを思い出しました。
そうです、あそこもロンゴバルドの宝庫なのです!!

n.1 チヴィダーレ・デル・フリウリ再訪 ・ ドゥオーモとその博物館
http://www.italiashiho.site/archives/20171121-1.html



さていよいよ最後の話題「宝探し」です、お待たせいたしましたぁ!
       
町の守護聖人聖マミリアーノの名を冠した町で最古の教会が、やはり町の中心
プレトーリオ広場にあると先回書きましたし、
聖人のお骨の一部がドゥオーモのクリプタにあるのも、ご覧頂きました。

聖マミリアーノ教会は修復中で、いずれ博物館になる予定、という記事を読み、
その後ソヴァーナの町であれこれ検索をかけていましたら、
金貨がどっさり入ったテラコッタの壺の写真とか、それに関しての記事では
モンテクリスト伯の宝物、という様な文字があるのですね。

で、こちらが教会の修復発掘現場の写真。

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なんだぁ、これは?!と思ううち、ソヴァーナのこの聖マミリアーノ教会の地下から
500枚もの金貨が見つかった、何世紀にも及ぶ執拗な調査が漸くに実った、
モンテクリスト島ではなく、実はこのソヴァーナだった、ecc ecc。

良く分からないままに、聖マミリアーノで調べましたら、
パレルモの聖マミリアーノ・San Mamiliano di Palermoと呼ばれる方がご本人で、
シチーリアのパレルモ生まれ(生年不詳)で司教になられ、後にヴァンダル族の
侵略によりアフリカに追放。 が後に信者たちにより救われ逃れサルデーニャ島に、
最後はトスカーナ州西方ティレーニア海モンテクリスト島に。
はい、モンテクリスト島が登場で、この島で460年に亡くなっています。

ではなぜあの有名なデュマの「モンテクリスト伯」と結びつくのかと言いますと、
古文書に3通(2通というのもあり)、モンテクリスト島に伝わる古い民間伝承に
この聖人が宝物を島の教会に埋めている、と伝えたものがあり、
それを聞き伝えたかのデュマが作品に取り入れたというのですね。

何世紀にもわたり、この宝物探しが続いていたようで、トスカーナ大公コシモ1世が
1549年に「宝物探しは止めたが良い」という海賊相手のお達しも出しているそうで、
ははは、1670年にはコルシカ島で鉢や鍋が見つかった物の、
中身は灰でいっぱいだった、という笑い話も。

所がです、上の聖マミリアーノ教会の修復中の2004年に、何と祭壇の下から
498枚もの紀元後5世紀のローマ金貨が見つかったのだそう!!

鋳造時期は聖人の亡くなった後に当たりますが、10世紀位までは通貨していた
金貨なんだそうで保存状態も良く、まさにキンピカに輝く金貨の写真もサイトで。



という事で、本日の最後を〆ますのは、
2012年7月28日、聖マミリアーノ教会博物館がオープンした際のご招待。

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ローマ期の金貨を眺めに、・・500枚全部見せてくれるのかな?
宝物はどこの誰の物?!、やはりあったのか!、なんぞと推理しかたがた、
この近くにお出かけの方、どうぞご訪問くださ~い。

この周辺にはエトルスクの謎に満ちたお墓があちこちにあるそうで、
一見田舎の鄙びた町に何世紀にもわたって埋まっていた金貨、
忘れものにしては価値が大きいですが、・・やはり謎に満ちた町なのですねぇ!


と最後にもう一つ。
この町を治めていたアルドブランデスキ家についてあれこれ読んでいましたら、

この家系最後の人物がマルゲリータ・Margherita という女性で、
絶世の美女と書いてあるのは無かったですが、魅力と財力に惑った男性がね、
で、家系の最後を務めつつ、時代の変遷の内に漂う中世の女性らしく、
彼女は4度の結婚!!!!

おまけに最初の夫も最後の夫も、共にダンテの神曲「地獄編」に
語られる程の人物でして・・。

そして彼女が戦ったのは、かの権勢欲強き教皇ボニファーチョ8世で、
その甥とも結婚しているという・・!

そうそう、オルシーニの一人と結婚していると書いたのは、オルソ・オルシーニという
男ですが、同じ名前が何人もおりまして、未だ追及出来ておりません。

まだまだ読みたらず、消化不良なのですけど、中世特有のドロドロした
人間葛藤をまた一つ知り、私の中の好奇心の虫がピッと目覚めました。

ピティリアーノのご案内の記事までに、もうちょっと調べますです。
     
  
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