・ n.5 ポンペイ遺跡 ・ 秘儀荘 その1 

さて、困りました! ポンペイ遺跡のご案内最後は「秘儀荘」と決めていたのが、
・・いや、正直に申し上げますと、もう1回位は落ち穂拾いと称して、
はは、パスしているのを後から追加させて貰っても良いなぁと思いつつ、
幾ら削っても、一応自分が納得できるご案内を、と思うと
秘儀荘の写真は40枚を超え・・。

で遂にポンペイご案内を5~6と延長し、秘儀荘その1、その2、と分けて
ご覧頂こう、と当たり前に決め ははは、今日は秘儀荘のその1を。

1-461.jpg

市壁の外にある大きな屋敷ですので、あの有名なフレスコ画の部屋は
最後の最後のその2に、という事で、今回はあの部屋に至る前奏曲、
という事でご覧下さいね。

これは買って戻ったガイドブックの表紙ですが、遠くからの肉眼では到底見れない
描法が、手首から二の腕、奥の女性の胸辺りにもハッチング描法、
線を並べて描く事で明暗を付ける方法が見え、何となく嬉しく、トップに。



地図をどうぞ。 もう何度かご覧頂いてますから、位置関係はお分かりですね、

2-434.jpg

右下角がフォーロの北端で、15.が先回のテルメになり、ここからずっと町の
北西を辿り、秘儀荘は町の城門外約800mの30に。

27にエルコラーノ門・Porta di Ercolanoがあり、そこからの緩やかな
下り坂はヴィア・デッレ・トンベ・Via delle Tombe、つまり墓地の中を通る道
ですが、大きな記念墓みたいなのや祠があったりで、
寂しいとか怖いよりも、見せびらかしのお墓の展示通り! 



その道を過ぎると、如何にも長閑な畑の道になり、
快晴の春の一日、レモンがたわわに、花も咲きかけ・・ 

3-671.jpg



こちらがガイドブックの秘儀荘の上からの眺めで、右中程に階段が見えますね、
あそこに町からの道が続き、現在の入り口。

4-474.jpg

建物上側の緑に覆われている部分に、元の玄関口があった様ですが、
未だ発掘が全部済んでいないそうで、こちらに墓地からの道が通っていたと。

こうして見ると中庭を囲み回廊が廻り、中庭に雨水の貯水池を作っていたと
いうのが良く分かる屋根の勾配です。 



建物の平面図を。 上でご覧の様に、紀元前2世紀に建設されたという
四辺形の大きな建物で、

5-475.jpg

町中の喧騒から逃れる為と、周辺の農産物の生産管理の為、
ポンペイ周辺ではオリーヴやワインの生産が大変盛んだったそうで、
実際にこの家の北側部分に、葡萄の絞り器が備えられていますが、
  
町のお金持ち達が、こうして町はずれの眺めの良い土地にギリシャ文化風を
持ちこんだ別荘を建てたのだそうで、この家も所有者の名前は分かっておらず、
管理人の名が封印から判別されているのだそう。

海の見える素晴らしい眺め、とあるのですが、この出口・Uscitaの向こうには
ホテルかレストランが出来ていて、海が見える、というのにはまるで気が付かず!

この図の緑の大きな矢印が入り口で、ぐるっと回り、右下の5.Sala del
grande affresco というのがあの素晴らしい絵のある部屋ですが、
とにかくあっちこっちと廻り歩き、部屋数も多く、自分の位置が良く分からない
という状態になり・・、



まずは、町の城門から出てずっと道を辿り到着すると、大きなロッジャがあり、
こんな感じで迎えてくれます。

6-609.jpg



円柱代わりというか、こんな石と煉瓦の柱が並び、
この斜めに組まれた四角い石が面白いでしょ?

7-670.jpg



こちらは同じ屋敷の出口辺りで見かけた壁ですが、ポンペイで今回何度も
見かけたこの斜め石組み、今迄見た事が無かったので、気になり調べました。

8-652.jpg

紀元前2世紀頃ローマ人は、所謂ローマン・コンクリートと呼ばれるセメント工法
を発明し、これが大規模な建物建設に大いに貢献したのですね。

セメント工法と言っても現在のセメントとは違い、モルタルに近く、
粗石や砂、石灰を混ぜて水で練った物の様で、
       
この工法を使ってサイコロ石を斜めに組んだ、煉瓦と混ぜて上の写真の様に
組んだり、煉瓦を間に挟んだりで、

斜めの方法を、網目、または格子組み・Opera reticolata
煉瓦と混ぜた方は、ミックス組み・Opera mista と呼び、
通常はこの上に上塗りをしたり、という使い方だったと。



こちらは、61の台所部分の窯で、この部分は露天の、
つまり屋根が無い場所だった様子。

9-669.jpg



そして、48-9の葡萄絞りの部屋。
長い太い丸太を梃子に使い葡萄を絞っていた様で、

10-613.jpg



丸太の頭が、こんな風に雄羊の顔になっていて・・!

11-617.jpg

首のロープが、天井の滑車を通り丸太の真ん中にある輪に繋がり、頭の脇にある
歯車を回す事により、雄羊の頭が上下し、それで絞り箱の重しの調節を、
という様子ですね。

そして当然この周囲には、ワインの貯蔵庫もあり、道に面した辺りでは、
屋台店にもなっていた様子と。



この部屋が、64.Atrium 中庭・ロビーと。

12-1-619.jpg
       
この奥に16本の列柱に囲まれた一番大きな中庭があるのですが、
なぜか写真が無く・・! 



これはガラスを当ててあり、見難くて申し訳ないですが、面白い落書きがあり、 
・・ここの北の壁に当たると、

12-2-656.jpg



線だけ抜き出したのがガイドブックにあり、
頭に月桂冠を載せたルーフスという人物の戯画で、というのも上に 
Rufus est・ルーフスだよ、と書いてあるのだそうで、ははは。

12-3-477.jpg



62.の小さな中庭。 現在はこうして木が生えていますが、
当時は天水池だった訳で、

13-668.jpg



2.Tablinum・食堂、後には応接間となった様で、黒い背景にエジプト風模様。
       
14-621.jpg

ポンペイの壁画は、時代に因る4つのスタイルに分けられると言い、ですがこれは
大まかな流行とでも言うか、時代に寄る家の改修修復もあり、
同じ家の中にも幾つかのスタイルが混在しています。

1.紀元前2世紀から前1世紀の中頃まで。 艶のある化粧漆喰の上から
  大理石模様を描くという様な形
2.前1世紀の中頃から1世紀の初めまで。 遠近法を用いた騙し絵的な
  部屋を広く見せる形、神話や英雄の話も登場し、色も多彩
3.1世紀中頃。 背景が黒で、人物像も浮き立つ装飾的な物。
4.62年の地震の後から、79年の町の最後まで。 地震の修復という形もあり、
  第3の技法にもっと装飾的要素を加えた華やかな形。
という特長だそうで、この食堂の装飾は第3のスタイルという事に。 



これはどの部屋か記憶にありませんが、
あのぅ、この部屋の隅にあるのは、朝顔?!

16-653.jpg



部屋の床モザイクですが、縁には黒色が使われていますが、
柄の部分は片を入れずに作った柄で、洒落てますよね?!

17-665.jpg



16.Cubiculm・寝室 
こんな虻蜂取らずの馬鹿みたいな写真で済みません、
なにせ部屋が閉っているのを、色と柄に魅かれて隙間から狙ったもので・・、

18-655.jpg



こちらはガイドブックからの写真で、ここは第2のスタイル、遠近法を使って
色も華やかな、と、覚えたてをご披露して、ははは。

19-472.jpg

遠近法が中世の絵に登場していると、何か偉い発明みたいに言及されて
いるのですけど、なんの事はない、2000年前に既にあったのですねぇ!



ここからの3枚は、6.Oecus・セコンドという名の、どうも第2の応接間だった様で、
この部屋の騙し絵的遠近法と、黒い背景の植物にすっかり魅せられたshinkai。

とりわけこの植物の葉! まさに日本の襖絵を思われません?!

20-664.jpg
       
21-660.jpg

黒い背景に白い葉が流れ、赤の縁取り、そして隣に黄金を思わせる黄色。
まさに簡素にして優雅な職人の美意識!



そしてもひとつ、同じ部屋の騙し絵の扉ですが、この透かしを思わせる部分に、
日本の矢羽根模様を思い重ねました。

22-662.jpg

こんな遠い場所の、しかも2000年も前の家の装飾に、日本を想い起こす
色柄があるのが不思議な気もしますが、

洋の東西を問わず、あれもこれも似た物があるのは既に何度も経験済みで、
人間の感覚、感情はどこかでみんな同じなんだという想いを
またも再認識した事でした。

という所で、これで今日の区切りとしてアップし、
次回にいよいよ、あの壁画を見て頂く予定ですので、お楽しみにどうぞ!


*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!


*****

コメントの書き込みについてのお願い。

ブログの記事下に、「コメントを書く」が出ていない時は、
上か右の、記事タイトルをクリックして頂けると
記事の一番下に「コメントを書く」が出ますので、よろしくお願いいたします。
非公開コメントをご希望の場合は、非公開で、と書いて頂くと、  
コメント承認制ですので、保留にし、お返事だけ公開しますので、
それもご了承下さいませ。

この記事へのコメント