・ n.3 スフォルツェスコ城 ・ ミラノ

さて、スフォルツェスコ城内博物館の見学を続けますね。

この部屋がなんという部屋なのかを調べられませんでしたが、
天井のこの装飾は「キリストの復活図」。

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暗い部屋の天井が明るい水色で、下にキリストの復活を見て驚き慌てる兵士たち、
その動きと、キリストの表情もにっこりと手を挙げている感じに見え、ははは、
なんとなしにユーモラスな感じでしょう?!。



窓の外に見える青空と、高い城壁。こうして見るとちょうど角の部屋で、
北に曲がる位置ですね。

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4.の部屋、トスカーナの影響を受けたロンバルディア彫刻、で見た天使像の一つ。

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狭い通路の壁にあった、碑の中の若者の顔。 きりっとして、なかなか素敵でしょう?!

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6.のミラノ中世の歴史記念の部屋で見た、ちょっと可笑しく凄いもの!

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アンナリーザが説明札を見てぷっと吹き出して・・、12世紀終わりの作
「みだら、ふしだらな女」 ははは。ほらね、昔も今も変わらないでしょう?!



7.つづれ織りの部屋。 素晴らしい、大きなつづれ織りがたくさんあったのですが、
私はそれよりもその前にあった、この如何にも貴族的容貌の像に魅かれました。
衣装から見てそう古い像ではないと思うのですが、どなたかな?

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さて北東の角の塔の1階部分にあるアッセの間・sala delle Asse.
ルドヴィーコ・イル・モーロの注文により、1498年にレオナルド・ダ・ヴィンチが
天井と壁に描いた樹木の部屋。

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こちらが入り口から見た北東部角。

天井部へのアーチの出っ張り部分を上手く利用し、木の幹に見立て、
天井、部屋の壁にびっしりと絡み合った枝葉を、そして要所に金色の紐があり、
赤紫色の果物も描かれているそうですが、ちょっと見えません。
     
  

少しアップに。

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この部屋は後世に於いて、上から漆喰が厚く塗られており、レオナルドの絵が
発見されたのは19世紀末なのだそう。

その後東側の壁にあった木製の壁の下から、大きな岩に喰い込んだ
太い植物の根と幹の白黒の下描きも発見されたと。

植物の根は巨大な桑の木で、桑の木は古代より賢明さと慎重さのシンボルだそうで、
イル・モーロとこのモチーフを選んだ、というのがレオナルドのほのめかしであろうと。

と、大変興味深かったのは、なんとなしにフレスコ画と思い込んでいたのですが、
漆喰の上にテンペラで描いているのだそうで、

大話題を提供したフィレンツェはヴェッキオ宮の幻の絵「アンギアーリの戦い」と言い、
同じミラノのサンタ・マリーア・デッレ・グラーツィエ教会の「最後の晩餐」も、
フレスコ画法を使わずに後に問題が出ている訳で、
如何にレオナルドがフレスコ画描法を嫌っていたかが分かりますね。

一日に描く範囲を下塗りし、一気に描き上げるフレスコ画法よりも、
じわじわじっくりと描き込めるテンペラ画法、そして油絵を好む、
こんな所にもレオナルドの性格が見えます。

修復されたとはいえ、緑色もくすんだ暗い色で、これが彼の意図した様に、
明るい戸外へ広がる緑のテラス様に残っていたら、どんなに素敵でしょう!
それがちょっと残念です。
       


11.ゴシックからルネッサンスにかけてのロンバルディアの彫像の部屋の、彫像類と、

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天井装飾。

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この辺りは北側の部屋に当たるので、こんな感じにセンピオーネ公園が掘り越しに。

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13.コロンビーナ・Colombinaの部屋。 この部屋には15世紀半ばの優れた
彫像類を集めており、部屋自体もミラノ公の私的住居の一部をなしていた部分と。

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部屋の名のコロンビーナ・小鳩の由来は、天井に描かれた輝く太陽の上に
表現されている、というのですが分からず・・。

とは言え、この美しい天井の装飾も記憶にしっかり残っており、
再会できるのは本当に嬉しい事!



同じ部屋にあった素晴らしい天使像。
背景に見えるのは、天井部と同じ柄なのですが、下部の剥げ落ちた色の名残が、
大胆な抽象画的でしょう?!

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もう一度部屋の図をどうぞ。 この図の番号と、ご説明している部屋の番号が違い、
ちょっと分かり難いかもしれず、申し訳ないですが、

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上の13.のコロンビーナの部屋というのは、この図では16のアッセの間・レオナルドが
描いた樹木の部屋の西隣、この図では番号の無い部屋。

図で13は、n.1のご説明で象のポルティコ、象のフレスコ画のあるポルティコ、と
ご説明しましたが、ポルティコはその下に見える細長い縦部分で、お詫びと訂正を。
       


で、図で13.の部屋がこれ、公爵の礼拝堂。 ここでミラノ公というのは、
スフォルツァ家に移っての2代目、ガレアッツォ・マリーアを指し、
彼が1473年に建設した物。

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傲慢尊大な性格を持ち、後に暗殺された彼ですが、大変に洗練された趣味の
持ち主だった様で、この礼拝堂を建設するのに、
ヨーロッパじゅうの宮廷の様子を探らせ、金ぴかでありながらも洗練され、
おまけに22人の合唱隊からなる音楽付き礼拝堂を造り上げたのだそう!



そして礼拝堂の一郭にあったこの聖母子の絵、
ちょっと見には、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵に見えますよね?!

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ですが、横にあった説明書きによると、レオナルド・ダ・ヴィンチが1515年に描いた
木板から、1758年に王に雇われた絵描きピカール・Picaultが
このキャンヴァスに移した、と。 

フレスコ画だと下塗り共に剥がし、他に移す事は可能ですが、板に描いたものを
キャンヴァスに移したぁ?!・・まぁつまり、模写したという事なのでしょうねぇ。
ええまぁ、その気で見れば、幼子の顔も少し・・だし、聖母の手がゴツイですねぇ!
それにしても、凄い額!!

追記:リライトしていて「王にやとわれた・・」云々の「王」とは誰?と気になり、
    説明書を写していないかと調べましたが、残念見つからずで、
    どの「王」か判明せずで・・。 2019.4.2
 
      
来週、もう一度のお付き合いをお願い致して置きます、です。
よろしくどうぞ!!


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