・ サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂 ・ フィレンツェ

今日はフィレンツェのアルノ河を渡った向こうの高台、街を一望するミケランジェロ広場
からも少し高台に位置するサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂・
Basilica di San Miniato al Monteのご案内です。

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写真はジョットの鐘楼の上りの中程からで、中央丘の上に見えるのが聖堂、
2つの塔(左がバルジェッロ宮、右がラ・バディア・フィオレンティーナ・
La Badia Fiorentina の塔に挟まり、丘の中腹に見えるのがミケランジェロ広場。
左に写る黒い筋は鐘楼の窓の金網、ご容赦。

聖堂には、フィレンツェの街周遊バスの途中で一旦下りて拝観に行きました。

フィレンツェ ・ バス周遊観光はいかが? 追記と訂正
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461594577.html



ミケランジェロ広場から南に少し行き、左手の階段を上りますが、大きな長い階段が
3段階に分かれ、上るにつれ聖堂正面がこんな風に見えて来ます。

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階段を上りきり、真正面の馬鹿みたいな写真ですが、はは、まぁご案内の一助に・・。

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聖堂の由来は古く、250年に殉教の聖ミニアートを祀った祭礼場所がここにあったそうで、
それも聖人は斬首刑の後、ご自分の頭を抱いてこの丘にまで来られたとか!
       
11世紀に建設が始まり、13世紀に出来上がったもので、白と緑の大理石で
幾何学模様が描かれたフィレンツェ・ロマネスク様式のすっきりと美しい正面。
上の中央には壁龕があり、13世紀のモザイク画も。
       
一番上に見える鷲の姿は、13世紀よりこの聖堂の建設に出費し、維持責任を負った
カリマーラ組合・Arte di Calimala・羊毛商人の組合のシンボルだそうで、
当時のこの組合の繁栄ぶりが偲ばれます。
今見える右端の扉から中に。



内部はご覧の通り常の教会と少し違い高低差があり、しかも初期キリスト教の聖堂は
5廊だそうですが、ここは3廊式。       

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古い建設様式の荘厳な、が洗練された造りで大変気に入りました。
下の階の正面中央に見えるのは、



15世紀の 磔刑の礼拝堂・cappella del Crocifisso.

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ピエロ・デ・メディチの依頼によりミケロッツォ・Michelozzoの設計で、
サン・ジョヴァンニ・グアルベルト教会、リボルノ近くの山頂にあり、建設が
停止していた様で、その磔刑の十字架が納められた様ですが、
17世紀になりサンタ・トゥリニタ教会・Santa Trinitaに移されたそう。

ご覧の様に美しい物で、天井はルーカ・デッラ・ロッビアの彩色陶板で覆われ、
現在はキリスト、聖ジョヴァンニ・グアルベルトと聖ミニアートの逸話、
14世紀のテンペラ画アニョーロ・ガッディ・Agnolo Gaddi作が納まります。



彩色の組天井と、すっきり柄の大理石のアーチが見事。

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アップでご覧を。 柄模様だけでなく、動物の姿も見えますね。

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色が鮮やかですが、19世紀に再彩色されたそうで、という事は図柄はオリジナルと。
てな事で美しい天井に目を取られ、今これを書きつつ、床に占星の黄道十二宮の
大理石の柄があった事を知り・・、きゃいん!



上でご覧の様に、内陣奥部分が高くなっていますが、下奥はクリプタ・Criputa
と呼ばれる地下聖堂で、ここは大変広く、細めの38本の円柱が林のイメージを。

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幸運にもちょうどお勤めのミサの最中で、グレゴリオ聖歌を歌うのが聞こえました。

写真ではかなり明るく見えますが、暗~い奥の奥、小さな明かりの下でお勤めをする姿が
かいま見え、こういう場所でグレゴリオ聖歌の有難いおこぼれに与り、感動を覚えました。
      
     

聖堂の一階部分の右側の壁には、かなりのフレスコ画が残ります。
これなど良く残り、作家の力量もかなりの物。

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これお分かりですか? シノーピア・sinopiaと言い、フレスコ画の下絵で、
線を見ると、かなり時代が下ってからの様ですね。

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作家、時代、壁画の大きさ等などに寄り違うのだと思いますが、これなどは直描きですね。
一般には実物大の下描きを作り、要所要所に穴をあけ、上からタンポで色を叩き込み、
その点を繋いで下描きにします。

昔一度試みましたが、下描きに開けた穴からタンポで色を打ち、次にその紙を取り除くと、
まるでもう、ただの色の点が散らばり!! 線に直すまでに、消耗しきりました!

と、ご存知の通りフレスコ画というのは、下地の壁塗りが乾かない内に、粉絵の具を
水で溶き描きますが、下塗りが乾いてくると、もう絵具の水を吸い込みません。
これは実際に描いてみて本当に良く分かりました。

壁に絵具が吸い込まれ壁と同じ成分になるので、フレスコ画が長持ちする理由だそうで、
と理論に弱い私が簡単な言葉でご説明を。 ははは。
       
ですから、大体1日の出来具合を図って下塗りをし描き、翌日その続きを描き繋ぎ、
広げていく訳で、古いフレスコ画だとその境目がはっきり見えたりしますが、
時代が下ると、そういった壁塗りの技術も上がり、まるで繋ぎが分からなくなります。

映画「華麗なる激情」でミケランジェロが、システィーナ礼拝堂の天井画に取り組む場面で、
夜一人で蝋燭をともし、足場組みの上に仰向けで描くシーン、絵の具が目に落ちる場面が
ありましたが、あれは少し粉飾臭いですね。

というのも、確かに彼は「上を向いて描くので絵の具が目に落ちる」とこぼしている様ですが、
彼は絵具溶きの少年を一人使うのみで一人で描いた様子で、
下塗りの乾く時間の事を考えると、油絵とは違い長時間描き続ける事は出来ないからです。
       
と、昔あの修復を手掛けた日本のテレビ局のドキュメンタリーの中で、彼は下描きの
型を使わず直描きで、それもかなりの大きさを1日でこなした様子、と
言っていたようにも覚えています。

一方、ピエロ・デッラ・フランチェスカは型紙を使ったようで、似たような顔、同じ顔の
逆向きがあちこちに見られます。

ピサのドゥオーモ、有名な斜塔のある広場の横に、シノーピアだけを集めた美術館が
ありましたが、現存でしょうか? 機会の折、覗かれてみるのも一興かと。

ピエロ・デッラ・フランチェスカ ・ 出産のマドンナ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461129166.html

「真の十字架伝説」 ・ アレッツォのサン・フレンチェスコ教会
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463164668.html



後陣部分の、美しく保存の良い黄金背景のモザイクの天井画と、大理石のこれも
幾何学模様の祭壇。 どことなく東洋風の趣も感じますね。

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後陣の窓の部分、濃い茶と黒の斑に見えるのは、ガラス以前に使われた、光を通す
アラバスター(雪花石膏)の薄板で、ヴォルテッラ・Volterra の産だそう。 



今回あれこれ読んでいて面白い記述に出合いました。
この円柱の柱頭部分は素晴らしいですが、聖堂内の何ヵ所かの古い柱頭は、
ローマ期の建物からのリサイクルだと言うのですね。

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柱頭に限らず、当時残っていたローマ期の建物やら建設物から必要な物は運び出し、
リサイクルで使用したらしいのです。

床に残る黄道十二宮のモザイクなどもローマ期のもので、キリスト教の立場からだと
未だ異教徒の文化だった訳ですが、利用し、新しいシンボルの意味を与えたのだそう。
う~ん、ものは言いようですねぇ!

柱頭は、後年にはテラコッタに白い上塗りを施したのもあるとか。 



内陣上の真ん中部分から脇部分の眺め、四角い箱式は説教壇で、

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これです。 如何にも中世風というか、少しオリエントの空気も感じるこの説教壇は
12~13世紀の物と。

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上に羊毛商人の組合のシンボルという鷲がいて、男と狛犬みたいなライオン君の目が、
いずれも青い石のはめ込み。



内陣部の脇はかなり広いスペースで、扉の脇にこの小さい鐘があり、赤い引き綱。
お勤めの時間を知らせるための物でしょうね。

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上の写真の奥部分に聖具室があり、扉が開いていたのでゆっくりと拝見。
見える扉が入り口部分、下側は木製の壁兼物入れで上はこの華やかなフレスコ画。

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保存が良いのに驚きましたが、14世紀末の物で、16面の題材は聖ベネデットの生涯で、
上部には4人の福音者を。

作家はスピネッロ・アレティーノ・Spinello Aretino(約1346-1410)
アレッツォの生まれで、かのヴァザーリも画人伝に取り上げており、(日本語版には含まれず)
当時にあり、ジオットの流れをくむ著名な画家であった様子。

ピサのカンポ・サントの壁画、シエナのパラッツォ・プッブリコにも作品があるとの事で、
今迄名前を知らずのままお目にかかっている公算大です!
 


これは入り口から見る正面部分。

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なんとも素晴らしい青色ですが、当時この青は、高価なラピスラズリを砕いて使っていた筈で、
これだけ見事な物になると、払いも相当だっただろう、等と想像し、
依頼者はベネデット・デッリ・アルベルティ・Benedetto degli Albertiと知り、
何者?と調べ始め興味深い事を。

アルベルティ家はフィレンツェの銀行業の大資産家、当人のベネデットはどうやら聖地巡礼に
出かける前に危惧し、港のジェノヴァまで自分の公証人を呼び寄せ遺言状を残したのだそう。
サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂とアンテッラ・Antella(フィレンツェ南東)の教会に
自分の払いで、フレスコ画を描かせるようにと。

という事で、この素晴らしいフレスコ画が見れるという訳で、この功徳のお陰か、多分ご本人は
無事お戻りになった様で、サンタ・クローチェ教会の自家の礼拝堂に埋葬されているとの事。

当時のフィレンツェの銀行業、高利貸しと同等の大資産家について、アルベルティ家についても
ほんの何行かをこちらに。

n.2 ルネッサンスの都に、中世を探して
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463022941.html



聖具室の片隅にこんな女性の木像が。 いずれかの聖女を表すのでしょうが、
場所がらに似合わぬ艶っぽさを感じるのは私だけでしょうか?
故に、大事にされ今に残るのかもですが・・!

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背景に見える木のはめ込み柄、フレスコ画の青色にもご注目を。



この壁の柄はフレスコ画で大理石模様を描いていて、くり抜きの部分に納まる器は、
ホスティア・聖体を表す煎餅、入れでしょうね。

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後陣の脇と後側を埋めるフレスコ画群で、色鮮やかで、ここも保存が大変良いですね。

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聖堂下側左廊に唯一の埋葬礼拝堂があり、全体の雰囲気とかけ離れて存在。
ポルトガルの枢機卿の礼拝堂・Cappella del Cardinale di Portogallo 
と呼ばれる、アントニオ・ロッセリーノ・Antonio Rossellinoと、その兄ベルナルド・
Bernardoの作と伝えられます。

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ポルトガルの枢機卿と呼ばれる方の名前は、ヤコポ(ジャコモ)・ディ・ルジターニア・
Jacopo(Giacomo)di Lusitania、当時のポルトガル王アルフォンソ5世の
従兄に当たり、ピオ2世が招集したマントヴァの公会議、はたまた十字軍に参加の為
ローマからの旅の途中、フィレンツェで25歳の若すぎる死を迎えました。

この礼拝堂は、枢機卿自身の希望により実現したもので、ロッセリーノ兄弟、
ルーカ・デッラ・ロッビア等当時の錚々たる芸術家の集まりで作られた素晴らしい物。
      


なんとも豪華で洗練された優雅な墓碑。

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実は2008年の夏、1冊の本のプレゼントがありました。

森下典子著 前世への冒険-ルネッサンスの天才彫刻家を追って 光文社知恵の森文庫 

著者の森下さんが取材で出会った過去を見るという女性に、
デジデーリオ・ダ・セッティニャーノ・Desiderio da Settignanoの生まれ変わりであると
言われ調査をする、という内容。

著者は実際にフィレンツェまで、果てはポルトガルまで出かけ、調べ上げるその過程に
大変興味をひかれました。

サン・ミニアートの聖堂に出かけたのも、この墓碑を見たかった為でもあり、
セッティニャーノの村にも行ってみました。

という事で、その様子を次回にご覧頂きたいと思いますが、今回は枢機卿の墓碑の様子を。

デジデーリオ・ダ・セッティニャーノという彫刻家をご存知ですか?
セッティニャーノ村 探訪
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464150811.html       



礼拝堂の天井部分、ルーカ・デッラ・ロッビアの素晴らしい青と白のメダルが5つ。

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他で見る彼の陶板作品よりも格段に美しく、ポルトガル王家に繋がる枢機卿一族の
財力を偲ばせます。



こちらはまた中世に戻り、右側の壁の聖クリストフォロ。 力持ちの大男として、
いつでもどこでも大きな画面で表現されます。

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聖堂の外に出ての左側には13世紀からの厳めしい建物が並び、こちらはオリージネが
ベネデット派の修道院。
 
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高台にあるので、こんな風にフィレンツェの街の市壁も見えますが、生憎の曇り空で残念。

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ヴェッキオ橋とウッフィツィ美術館の辺りをアップで。

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ミケランジェロ広場まで戻り、ドゥオーモの大クーポラとジョットの鐘楼を。
いちばん左の丸屋根は、メディチ家礼拝堂。

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う~ん、青空が欲しかったなぁ!


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ブログご訪問、有難うございます!
今日2月12日、このヴェネトは大変お天気が良く青空で暖かでしたが、
お昼を食べながら見たTVニュースでは、なんとローマが雪景色!! サルデーニャも!!
1985年以来の雪景色のローマだったそうで、一時はかなりの降りで、交通麻痺も。

午後一番に我が家に来たイタリア語の先生アンナリーザにローマが雪だよ! 
と伝えると、きゃあ! と大喜びでした。

今日はかなりの文字数なので、これで。  お元気で、ではまた!
       
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