・ またもや、雪景色! ・ コッレ・ウンベルト村 

先週土曜の朝、雨戸を開けましたら、なんと真っ白!
わぉ! 天気予報では雪とは言ってなかったよ・・、が暮の雪ほど積ってはおらず、
降ってもいないので、車にカメラを積み、郵便局、ワインの買い出し、文具店にと
出かけ、ついでに隣のコッレ・ウンベルト・Colle Umbertoの村を一回り。

写真は文具店の前からですが、この右手は・・、

1-012_GF.jpg



文具店の前を通る道の向こうにこの畑景色が広がります。
手前はトウモロコシ畑、奥は葡萄畑が既に選定済みで、大好きな風景ですが、

2-003_GF.jpg

この左手は・・、


トウモロコシ畑が広がる奥、少し高台に大きな農家があり、2本の大きなポプラの
樹の前には、廃屋も。

3-008_GF.jpg

手前の畑の上に、霧が帯になって流れるのを見た事があり、あの何とも言えない
雰囲気がちょっと凄く、忘れられずにいます。
右端に人影が見えるのは、



親子と黒いワンちゃんの雪遊び。

4-006_GF.jpg

寒すぎて他に人影は見えず、遠くからのハシャギ声が聞こえます。
それにしても、マンマの着込んだ丸い姿!



積った雪の量はそう多くないのですが、とにかく冷え込みがきつく、
隣の畑との境の木々の色、如何にも「冬」でしょう?
はい、寒さお届け! です。 ははは。

5-009_GF.jpg



文具店前からの道は、平坦に見えましたよね? でも少し先から、この上り坂!
長~~~い上り坂で、並木のトンネルで一番上が見えない程!

6-014_GF.jpg

車だと問題なしですが、かっての自転車時代、夏など途中で生き倒れになるかと・・!



半分以上のぼった所から左手に葡萄畑が開け、北の晴れた山並が望めます。
飛行機雲2本、いや、3本かな。

7-018_GF.jpg



いつもご覧頂いている、北の山の重なり。 あの山間を、北国への道が続きます。

8-027_GF.jpg



上り坂の右手にはお城が。 勝手に、コッレ・ウンベルト村と呼んでいますが、
本当はコッレ・ウンベルト市なのですね。 ですが中心に何軒か店があるだけで、
他にはな~んにもなく、少し離れた道路筋にスーパーなどが何軒か・・。
       
9-023_GF.jpg

かっての伯爵家のお城で今もお住まい、というのは聞きもし書いたけど、調べた事が
なかったなぁ、と19年めにしてウィキペディアを。ははは。

ところがかなりの量があり驚き、おまけに日本語版もあるものの、こちらは例によって、
  コッレ・ウンベルト(Colle Umberto)は、人口4,572人のイタリア共和国
  ヴェネト州トレヴィーゾ県のコムーネの一つである。 
  出身著名人   オッタビオ・ボテッキア(自転車ロードレース選手)
という3行のみで、いやいや、項目があったぁ! と喜ぶべきなのかも・・。
       
天候温暖のこの丘の上には先史時代からの移住があり、考古学の発掘品も多いと。
ローマ期には、2つの大拠点地であった南のオデルツォ・Oderzoと、
ヴィットリオ・ヴェネトのチェーネダ・Cenedaを結ぶ街道上に位置する。

この快適な丘の上に目をつけ11世紀に修道院を造ったのが、ベネデット派
ポンポーザ・Pomposaの修道院の僧たちで、今見えるお城の前身にあたり、
半分は教会が残る、と。

この当時、中世からこのコムーネは単にコッレ・Colle ・丘の意、と呼ばれ、
後ろにウンベルトとがついたのは19世紀に当時のイタリア国王ウンベルトが、
この地を訪問された記念と。

ヴェネトからエミーリア・ロマーニャ州に入ってすぐのポンポーザの修道院は
訪れた事があり、その素晴らしさに驚いた事を良く覚えていますが、
お隣の村に関連して名前が出たのに、少しびっくり。

肝心のこのお城の名前は、ルケスキ・Lucheschi城(家)と言うそうで、
ロンゴバルド系なのかもですね。
コッレのコムーネは14世紀までは、ヴィットリオ・ヴェネトのセッラヴァッレの
カミネージ家の下にあり、後にヴェネツィア共和国に。

ヴェネト一帯の歴史は大変シンプルで、どこもかしこも14,5世紀には
ヴェネツィア共和国の下に入り、18世紀末まで平和を享受、で済みますから、
shinkai向きなのです、はは。
       
オデルツォのご案内は


ポンポーザの修道院と、エステ家のお狩り場だったメーゾラの森は

ついでに、イタリア最長のポー河がアドリア海に注ぐ場所も
エステ家のかっての城、干拓のための水門もご覧になれます。
 


お城の下側は、やはりこんなトウモロコシ畑と農家。

10-024_GF.jpg

以前はもっとトウモロコシ畑が多く、ひまわり畑もあったのですが、どんどん葡萄畑に
変わっています。 世界の中でイタリア・ワインの評判が高まり、売れ行きも良く、
今年はフランス・シャンパンの売り上げを、我らのプロセッコが抜いて、
ついに1位になったとか! イェイ!

と、喜ばしい話ですが、あの黄色い絨毯を広げたような広いひまわり畑の思い出、
スコミーゴ村近辺のみならず、コネリアーノの町のすぐ入り口にもあちこちにあったのが、
葡萄畑になり、工場地、宅地になりと、イタリアのこの田舎も少しずつ変わって行きます。
       
昨年春のプロセッコのワイナリー訪問をどうぞ。



上って来た坂道を振り返り。 ライトを点けこちらに向かう車、あの辺りが坂の中程、
さて、2kmほど続く坂道でしょうか?

12-028_GF.jpg

下り坂の途中に、生意気にもピード表示の出る盤があり、50km制限で、それ以上は
-5点とか出るのですが、最近、無意味な事が漸く分かったかして、表示が出なくなり、
ひひ、ざまあみろ! 



数える程の店が並ぶ中心街を過ぎると、ははは、またすぐに両脇に葡萄畑が。
雑木林がいい色!

13-033_GF.jpg



この場所は以前もご覧頂いてますが、大好きな道で、好きな景色が広がります。

14-041_GF.jpg



葡萄畑の眺めが好きなのは、この杭の並び。 きちんと測られ、打たれた杭が
等間隔に土地の起伏に沿って続きます。

15-042_GF.jpg

平地では放射線状にも見え、丘の土地では列が向こうに消えて行きます。



この葡萄畑は、まだ剪定が済んでいませんね。 早い畑は暮の内に、
遅くとも2月迄にはで、スコミーゴ村でもこの寒い日に剪定作業の姿が見えました。

16-044_GF.jpg



市役所やお城のある丘を北に下った所から。 いつも見ているヴィゼンティン・
Visentinの山ですが、平野から見る標高1763mはやはり高い。

17-051_GF.jpg

我が家辺りは雨だった昨日、奥は雪だったようで、今朝見る山はもっと白く、
夏の姿をご覧頂いたアルト・アディジェ州のシロール近くの山間で、零下47度を記録!
    


畑の奥の家に続く小道との分岐点にあるベンチ、バスの待合に利用されるのかも。

19-049_GF.jpg



青空が少しでも覗くと、雪景色は一層美しく。

20-053_GF.jpg



小さな枯れた花の一つ一つにも、積った雪。

21-054_GF.jpg



葡萄畑脇の運搬用のタンクにも雪、消毒薬用かな?

22-055_GF.jpg



葡萄畑の遥か向こう、いつものオリアーノ村の鐘楼が見えます。

23-047_GF.jpg



少しずつ青空が広がり、北国との境の山に落ちる雲の影がゆっくりと動いて行きます。
さて、凍えぬうちにお家に帰ろ!

24-057_GF.jpg

ほぼ同じ場所でも、色のある景色はこちらに。
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461295708.html       
      
 
◆*◆*◆
ブログご訪問、有難うございます!

昨年、給湯と暖房設備を重油ボイラーから都市ガスに切り替え、工事申請から
実際の工事終了まで半年以上かかり、おまけに予想以上の出費となりましたが、
結果は大正解でした。
ちょいちょい問題を起こした重油ボイラーに比べ順調に働いてくれ、ガス代も安いです。
       
とはいえ、スチーム暖房と言うやつは部屋が寒くない、という話で、暖炉やストーブや
コタツの温かさとはまるで違いますから、この寒さでは時々スチームに貼りつきに!

バッタ君が1匹窓の桟にしがみつき越冬中ですが、奥の奥に引っ込んでいたのが、
春の陽射しに誘われ表の桟に。 所がこの再びの雪で、また奥の桟に!

ははは、彼らも気温をしっかり感じ取っていますね。
が、飲まず食わずでよく何ヶ月も居れるもの!と感心します。

春が待ち遠しいのは、みな同じですね。
皆さんも、お元気で!

*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!


*****

コメントの書き込みについてのお願い。

ブログの記事下に、「コメントを書く」が出ていない時は、
上か右の、記事タイトルをクリックして頂けると
記事の一番下に「コメントを書く」が出ますので、よろしくお願いいたします。
非公開コメントをご希望の場合は、非公開で、と書いて頂くと、  
コメント承認制ですので、保留にし、お返事だけ公開しますので、
それもご了承下さいませ。

この記事へのコメント