・ n.2  フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮 

引き続きご覧頂き、有難うございま~す。
ヴェッキオ宮内は軽く見て歩きましたので、こちらn.2は例の如く
独断と偏見で、私の好きな物だけご覧頂きますね。

チンクエチェント広間から階段を上がり、このテラスに。
すっきりと気持ちよく、外を眺めました。

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が、家に戻って博物館の地図で確かめると、チンクエチェント広間の奥に
あるという、コジモ・イル・ヴェッキオの部屋とか、
ロレンツォ・イル・マニーフィコの部屋、レオーネ1世の部屋など見ておらず!
きゃ! 次回の宿題が即できましたぁ。



テラスから身を乗り出し、シニョリーア広場のロッジャを。

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こちらは、サンタ・クローチェ教会。 ここの訪問時は工事現場並みで・・。

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ふと見あげましたら、素敵な軒下が。 なんと、凝っておりますねぇ。

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テラスから内部への入り口脇に見えた扉は鋲を打った頑丈な物でしたが、
一方、上部はこの軽やかな柄。

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元素の広間・sala degli Elementiというそうですが、
こういう豪華絢爛、見たかぁ! これでもかぁ!というお部屋は・・で、
写真OKなのに、全体は1枚も写していない・・!   ガイドブックより

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この暖炉素敵だなぁ、ちゃんと煙は抜けるのかな? と、覗きに行きましたが、
はい、ちゃんと穴が開いておりました。

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色の取り合わせが何とも素敵なお部屋で、正面はボッティチェッリでしょうね。

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サヴォナローラによる影響を受けた後、彼の作品は大変硬くなり、
初期の何ともいえない柔らかさ、優美さが影を潜めます。
これも少し硬いですが、それでもやはり彼ですね。



天井の柄。 これもグロテスク模様の一種なのでしょうが、大変エレガント。

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部屋の名前はまるで確認せずに見て回ります。

隅の小部屋を覗きましたら、こんな椅子とテーブルがあり、ふと上を見上げると、

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この装飾! なんと素敵ですねぇ、
色使い、金の長押(で良いのでしょうか?)といい・・。
小部屋の主を想像します。

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ふと見える青空。
監視の女性が、窓の下の階段に上っても良いと言ってくれましたので。

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これもボッティチェッリと思いますが、特別な出来でなくともやはり素敵!

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下の年代物の箪笥は良いとして、この扇風機が邪魔ですねぇ。
が、フィレンツェも、この夏暑かったのでしょうね!



建物の増築、継ぎ足し部分を見つけました!
部屋の部分の天井の柄と同じに、上の奥部分もちゃんと仕上げてあります!
そしてこの柄、なんとなく矢羽根っぽくて。

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壁の百合の柄にある赤い線は、なに?
秘密の行程コースにも似て、こういうの大好き。


 
窓の向こうに、ドゥオーモの丸屋根!

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部屋の中、出窓の周囲の壁も装飾があります。
「眺めの良い部屋」の主は、どなただったのかな?



こちらは、百合の広間・sala dei Gigli と呼ばれる
素晴らしく大きな広間ですが、
ここも全体を1枚も撮ってない・・!  ガイドブックより

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まじめな顔で、槍持ちをさせられているライオン君。 ははは、ご苦労さん!
ガイドブックの解説を見ましたら、この広間のフレスコ画はギルランダイオ!
好きな画家なのに、ちゃんと見ずにライオン君だけ! ああ。

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地図の間。 たくさん並んでいましたが、まずはイタリアを。
自国だけあって、かなり正確。

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ですがぁ~・・、  これが日本とは、ねぇ~!!

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これもまた何とも素敵な造りで!

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階段の下で監視人が二人、大お喋りに熱中で、やっとあの階段の上には
何があるのか、と聞き出しましたら、小さなテラスがあるのですと。
見たいやんかぁ!



かと思うと、修復されたのか、すっきりと何もない質素な部屋も。
が、壁の戸棚、窓の鎧戸の閉め金具、味がありますねぇ。
木製の物が大好きで。 とりわけ年代を経た物が素敵ですよねぇ。

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シエナ派の天使像。 羽のない、ぷっくりの天使ですが、
胸元の飾り彫りが素朴で可愛い!

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右の聖母子はシエナ派の様ですが、こういう素朴なテンペラ画が大好き。

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高い窓への階段。 椅子が置いてなかったら、即、上りそう!



少し広めの部屋の、壁際のこれ!
少し離れても一つあり、一つがこの様に開いて。

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部屋の真ん中に、何か展示物があった部屋の覚えがありますが、
とにかく即座にこれに目が行き、他の記憶はおぼろ。
は~い、トイレです!



近寄り覗き込み、写しましたが、何せ位置が高く狭いので、こんな感じに。

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壁の厚み利用の出窓形式で、確かに穴の跡が見え、塞いであります。
トイレに間違いはないと思いつつ、近所におられた監視の若い男性に、

これ、・・あのぅ・・トイレですよね?
そう。 ・・以前は床の位置がもっと高かったのです、この辺り。
と、上の写真の位置の高さ半分ほどを、示し。
で、あっちも同じですねぇ?
そうですよ。
あのぅ、・・穴からどの様に?・・下に直接落ちたのですか?
・・・そうでしょうねぇ。 (うっすらとお笑いに)
あのぅ、・・・ 大きい方も直接下に?
・・・、そう、そう思うのですが・・。 (ますます、うっすらと!)

あのぅ、どんな方が使われたのでしょう?普通の召使い用ではないのでしょう?
当時、この一帯はフェルディナンド公の母親のお住まいでしたね。
不思議でしょう? あちらの部屋にもひとつありますよ。

フム、フェルディナンド公の母親というと
あのフランチェスコの母親でもある、エレオノーラ様?!

コジモ1世とエレオノーラは1539年に結婚し、当初はメディチ家の邸宅、
現メディチ・リッカルディ宮に住み、後ヴェッキオ宮を改装拡張して
移ったようですから、監視の方の言われたのは、間違いないですね。
ピッティ宮に移るのは、多分1550年位です。



思いがけない出会いの掘り出し物にぼうっとし、ははは、
一帯どの辺りにこの部屋があるのか、とそのあと少し移動した後、
窓があったので覗きました。
この景色! ウム、ヴェッキオ宮の北側だな?!

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さて、これより後日談。 ヴェッキオ宮の北側の壁の検分に出かけました。
我ながら、物好きなのに呆れますが!

覗いている人が見えるあの窓でしょうね、私が見たのは。
窓枠からはみ出している、鉄具も同じだし。

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で、この左側は・・、
こんな感じの壁で、窓の左のアーチの張り出し部分の真ん中にご注目!

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こんな穴の遺物と見られる物を一つ見つけました!
これかなぁ?!  石の汚れ加減、・・むむ!!
良く分かりませんがぁ。

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フェルディナンド公の母君、エレオノーラ様はナポリのスペイン国宮廷
副王の娘でお輿入れで、住み心地の良くないヴェッキオ宮を改装された、
と書かれているのを読みましたし、あのトイレもそのうちの一つかも。

おフランスのヴェルサイユ宮殿にはトイレがなかった、とは有名な話ですし、
皆さんおマルにされて、町中でも朝早く窓から、
「お水に注意!」と言いながら、ぶちまけたとか・・!



でも現在博物館の地図にある、エレオノーラの区画と呼ばれるのは、
南側で、こちらが、ヴェッキオ宮の南側部分の壁。

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博物館の地図に寄ると、エレオノーラの区画と言うのは、渡り廊下
(これもヴァザーリの回廊)の手前辺りのはずですが、

出っ張りも、穴も見えませんねぇ。という所で、トイレの秘密は持越しに。

どなたかご存知の方、どんな事でも宜しいですから、あの部屋の名前、
位置、当時のトイレ事情などなど、情報を下さいませ、ませぇ!!



これは、ウッフィッツィ美術館バールのテラスから見える、ヴェッキオ宮。

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昔むかし、このテラス席でお昼を食べて感激した事なども思い出しましたが、
今回はこのテラス席がシニョリーア広場のロッジャの上、と
今更ながら気が付きました次第!
       


テラス席から見える、ヴェッキオ宮の矢狭間の紋章は、なかなか素敵です。
とりわけ、窓が開いている所なんぞ、まさにイタリアを感じます! ははは

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ヴェッキオ宮、そしてほぼ満月。

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風雅であるべき筈が、・・ああ、あの壁に目が。



うん、やはり最後は綺麗に決めないと!
こんな感じで、如何でしょうかぁ?!

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***

家に戻って後、色々読んでおりましたら、「秘密の行程」の主人公、
フランチェスコ1世について改めて知る事がありました。

彼は、1585年に天正の4少年使節がピサからフィレンツェを通った際の
トスカーナ大公で、歓迎の舞踏会が催された事、

ヴェネツィア出身有夫のビアンカ・カッペッロを愛人とし、後2番目の妻に
迎えた事は有名ですが、この舞踏会は、彼女が女主人であったのですね。

若桑みどりさんの「クアトロ・ラガッツィ」に面白い記述が。
ビアンカは大変胸の大きな女性だったそうですが、
伊藤マンショが彼女と踊ったそう。 わぉ!

フランチェスコについても、前世紀中程になり文芸、科学を保護奨励した、
大変英明な君主である事が分かり始めた事、
4少年たちを動物園や、庭園の水力学利用の噴水やからくりをも案内して
回った様子が記されていて、4少年達はヴェッキオ宮に滞在したとの事。
       
ビアンカがトスカーナ大公夫人となった事は、宮廷の策謀陰謀を巻き起こし、
ついに二人ともポッジョ・ア・カイアーノの別荘で謎の死を遂げ、
砒素中毒説、マラリア説など色々論争されたようですが、
2004年、ついに砒素中毒死である事が証明された様子。

イタリア版のウィキには、二人の馴れ初めから中毒症状の様子など
かなり詳細で、ちょっとした探偵小説風謎解き解説を楽しみました。
ある意味、覗き趣味に似ているかも! ははは。

歴史は教科書から1歩踏み出し、個人事情が分かれば分かる程嵌りますが、
今回は思いがけずに天正の4少年との繋がりも見つかり、
その広がりにも、無知な私は改めて驚きましたです。

もっともっと、あれもこれも知りた~い、やじうま!!


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