・ トスカーナ・シエナのクレーターの麦秋と、 アシャーノの町

お正月休みもついに最後となりましたが、
皆様には良い休暇をお過ごしでしたでしょうか?!

こちらイタリアは6日のべファーナ迄が一応クリスマス休暇なのですが、
2日から既にお仕事の方も多く、我が家の洗濯機の故障も
2日に修理依頼、3日の朝テクニコが来て無事復活という、
はい、平日よりもスムースな、ははは、年明けでございます。

ブログは現在の所まじめに5日毎にアップしてますが、はは、
さて、次は何を?と考えるのがかなり大変で・・!
つまり見て頂くのに、あれこれ調べないといけない面倒なのは、
ははは失礼!
とか、これは皆さん興味があるかなぁ・・?というのは
ついつい後回しになるのですね。
で、後回しのお蔵入りをいっぱい抱えておりまして・・、反省。

少しまじめに取り組んで、とは思うのですが、その時の気分次第で
何にしようかぁぁ?がなかなか決まらない時があり、
今回もひょんなことから、シエナのクレーターに!

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何がきっかけかと白状しますと、へへへ、
春にかねて念願の「緑のオルチャの谷」を見に行く予定にしてますが、
どのように回ろうか、と地図を眺めつ嬉しく行程を考えながら、
・・そうだ、ではついでにシエナのクレーターも回ろう!
という事から、届きましたアイディア。

一度「トスカーナは麦秋の色」としてご覧頂きましたが、
アシャーノ・Ascianoの町はそのままになっておりました。
       
暫く前に偶然この町の博物館のサイトを見つけた事も重なり、
漸くに晴れて日の目の、はは大袈裟な、アシャーノの町をどうぞ!

      
地図は、シエナのクレーター・(複数形で)レ・クレーテ・セネージ・
Le Crete senesi.
赤い線が道路の行程を示しますが、
アシャーノの町は、まさにクレーターの中心に位置します。



以前に少しご覧頂いたので、写真が同じでないのを選びましたが、
シエナから東南に、カーブの多い坂道を辿ります。
麦畑がなだらかに見える刈り入れ前の畑と、

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手前が既に刈入れの済んだ、トラクターの筋が見事な畑。
そして後ろに白く地表に見え始めるのが、クレーター。

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白い象の背中が地表に、みたいなのがビアンカーネ・Biancane、

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削ったような険しいのをカランキ・Calanchiと呼び分けます。
このカランキの写真はオルチャの谷の南、ラディコーファニの古城を
見に行った時の物。

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カランキはかなりの広範囲で、マルケ州でもラツィオ州でも見ますが、
ビアンカーネの丸い象の背中は、ここアシャーノ周辺の特徴の様。


所で、クレーターと呼ぶのは厳密には一体何かですが、
クレータ・Cretaという言葉自体が粘土を指し、それに岩塩や
石灰岩が混ざった灰青色の物で、
2万5千年~4万5千年前の海底にあったもの。

アシャーノの町について読んでいましたら、2008年に
町の中心住宅地から程近いクレーターに、3万年以上前に
この一帯に生息していたイルカの一種の化石、
今までにない重要な科学的発見もあったのだそう!

このシエナのクレーターの風景は時に月面に喩えられますが、
なだらかに起伏する荒野に、樫や糸杉がぽつんとあったり、
丘の上の孤立した農園、雨水のたまる小池、といった魅力あるもの。
       
オルチャの谷、ラディコーファニのご案内は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461280756.html       
       


起伏する丘に広がる麦畑の刈入れは、まさにダイナミック!!

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さてアシャーノの町に到着。
シエナから東南に約20kに位置し、これは町の印。

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見えます? 原始人的な手が斧を握った感じでしょう?!
アーシャ・Asciaとなると、斧とかマサカリ、戦斧・トマホークを
指しますが、う~ん、町の名もそれにちなんでいるのですかね?!
古代から開けた土地の様ですが・・。


何せ5年前に訪問した町でして、ははは、
おまけにあまり特徴の無い町並みで・・!

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町の駐車場が県道筋脇にあり、中心には坂道を少し上がり、
この道の家並みの壁の特徴は良く覚えていますが・・。

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全景写真が無いのでこれはサイトから拝借で、
町外れに近い位置にあったサンタガータ教会・Sant.Agata。

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教会の中の写真も1枚あり、はぁ、見てはいるのですね、へへ。

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シニョレッリさんがコメントに「ソドマでは?」と書いて下さり、
確かに16世紀のソドマ・Sodomaの壁画
「聖母子とトビオーロと天使・Tobiolo e l'angelo」
       


通りの奥に入り込みましたら、面白い古い建物が見つかり・・、

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その隣に高い素晴らしい建物があり、これは!と嗅覚がね、ははは、

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表に回りましたら、はい、やはり町の考古学、聖芸術博物館。
コルボーリ邸・Palazzo Corboliという、
現在町に唯一残る中世の建物。

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写真は、shinkaiが写した物は我がサイトのアドレス入りで、
他はサイトからの拝借です。



この看板は町の外、街道筋にあった物。

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で、考古学博物館と名乗るとおり、私が訪問した時は1階にかなり
大掛かりな古代墓、エトルスク物の発掘調査発表の展示があり、
町はエトルスク、そしてローマの下でも商業交易の町として発展。



こんな展示のサイトの写真もありましたが、

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多くの絵画展示もある様で、私の時は長い建物修復の後に
漸くにその年オープンになった時で、
今サイトで見る作品類も後に他から移動して来た様子。
       
この博物館は、イギリスの大手新聞デイリー・テレグラフ紙により、
イタリアの小さな素晴らしい博物美術15館のうちの一つに
選ばれているのだそうで、
    
作品が見れるサイトを見つけましたので、是非どうぞ!
http://www.cretesenesi.com/museo-civico-archeologico-e-d-arte-sacra-palazzo-corboli-p-1_vis_2_1.html



上の看板に横顔が載っていた作品がこれ、「聖母の誕生」。

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マエストロ・デッロッセルヴァンツァ・Maestro dell'Osservanza.
と言う画家の名は初めてで、ちょっと興味を持って調べてみました。

シエナ派の画家で1425~50年にかけての作品が残りますが、
生年も没年も、本名さえもまだ分かっておりません。

名前の「オッセルヴァンツァ」は、シエナの北の丘の上、
街の北、鉄道駅をはさんでの向かい側、オッセルヴァンツァ通りの
教会にある「聖母子と2聖人」の名から来ており、

徐々に各地の彼の作品が認められ始め、シエナ派の優雅な絵で
有名なサッセッタ・Sassettaの助手としての仕事、
またシエナのドゥオーモの幟旗なども知られ、
15世紀シエナ派の、サッセッタと並ぶ主役級の画家であったろうと。
  
そう、看板にみる女性の横顔も、この板にテンペラの「聖母の誕生」
の各女性も、とてもたおやかで優雅ですね。
彼の作品が、このアシャーノ博物館にかなり収蔵されている様で、
チャンスがあればまた再訪したいもの!



修復が済んだ、アンブロージョ・ロレンツェッティの
「ドラゴン退治のサン・ジョルジョ」

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ここから、shinkaiがちょっぴり興奮した、ははは、
2階の14世紀のフレスコ装飾の部屋で、
「四季の部屋」、天井部分に四季の寓意人物が描かれた物。

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グラナイヨ・穀物庫と呼ばれた部屋ですが、家の中での公共の場
とでも、商業契約などが取り交わされた部屋と。
       
天井の広い面積のブルーに、朱、赤、黄土、黒、白と鮮やかで、
四季の図柄が選ばれたのも分かる気がしますね。

他に盾型の紋章が見えますが、この屋敷はシエナの裕福な貴族
バンディネッリ家・Bandinelliが1212~1214年に
住居兼商業活動の場として建設した物だそうで、

この年代はシエナ共和国がアシャーノの領主シャレンガ公爵から、
この一帯や貴族位を買った年なのだそう。
       
バンディネッリ一族は170代の教皇アレッサンドロ3世が1159年に、
他にもかなりの著名人を輩出している一族で、
       
屋敷の名がなぜコルボーリ・Corboliなのか、またその意味も
分からずで、 ご存知の方がおられましたら、お教え願います。



そしてこちらが一層気に入った部屋でして、はい、
アリストテレスの部屋・Sala di Aristoteleと。
壁にびっしりと描かれた寓意画と大理石柄ですから、
哲学者の名が冠せられたのかな?

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こちらは多分諸聖人の処刑場面があれこれで、

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これも諸聖人の逸話場面と・・。

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ソロモン王の、2人のどちらが実の母親かの審判場面かも・・。

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こうして横から見ると、あの大理石柄の一つ一つの枠が、
だまし絵であるのが良く分かりますね。

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右側、出口に近い場所に白黒で囲われた扉部分が見えますね・・。
実はあの内部に花柄が描かれておりましてぇ・・、



こちらは隣の部屋との境にあった小部屋で、
同じ花柄に、床の奥に蓋・・!

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一旦何気に通り過ぎたshinkaiですが、・・むむ?!と引き返し、
ははは、はぁ~い、ここと広間のあの切り込みの奥は、おトイレ!!

こういうのが見つかると、とても嬉しくなる私、ははは。

アシャーノの考古学聖芸術博物館・
Museo Civico Archeologico di Asciano
住所 Corso Matteotti 122  Tel 0577719524-0577719510
11月~2月 金曜日から日曜日 10:30-13:00 15:00-17:30
3月~10月 火曜日から日曜日 10:30-13:00 15:00-18-30

フィレンツェ・ヴェッキオ宮のおトイレ探求は
       


町下の駐車場に戻りますが、途中の広場に素晴らしい泉が。
なぜこんな中途半端に撮ったか、この横から奥にかけ工事中で、はい。

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アシャーノの町を後に、まだ続くクレーターの地、麦畑を横に、
ピエンツァに向かい下ります。

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写真はサイトからですが、アシャーノとあった、美しい夕暮れを!

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旅心が誘われるでしょう、皆さん?!
はぁ~い、寒い間は体力気力つくりに励み、そしてお出かけを!!


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