・ n.2 アンギアーリ ・ 中世の宝石箱のような町

「イタリアの一番美しい村々」にも選ばれ、最近話題の
かのレオナルド・ダヴィンチの幻の傑作「アンギアーリの戦い」の
戦闘の舞台となった、
「中世の一つの宝石箱」と称されるトスカーナの小さな町アンギアーリ。

今回はその2回目、町中の様子のご案内を続けますので、
どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい!
トップは町のパンフレットから、町の古い中心部の眺め。

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もう一度町の地図をどうぞ。

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1.水槽のあった、小広場の泉     
2.ガリバルディ像、そしてバルダッチョ広場
3. コロンネ・ディ・ボルゴ・村の円柱
4.ガッレリーア・マージ(マージのアーケード)
5.ポルタ・ヌオーヴァ(フィオレンティーナ)
6.マメーリ広場・Piazza Mameli
7.タリエスキ邸博物館・Museo di Palazzo Taglieschi
8.マルゾッコ邸博物館・Museo diPalazzo Marzocco
9.鐘楼・Campanone
10.プレトーリオ邸・Palazzo Pretorio
11.バディーア教会・Chiesa della Badia
12.バスティオーネ・Bastione・要塞
緑の点 我らの宿
13.ポルタ・ヴェッキア・Porta Vecchia
14.サンタゴスティーノ教会修道院 
 

   
さて、11.バディーア教会脇のこの石段を上って行くと、

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10.プレトーリオ邸・Palazzo Pretorio 前の広場・
Piazza del Popolo・ポポロ広場で、正面にプレトーリオ邸、
以前はカステッロ・城と呼ばれていた様子。

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広場が例に寄り駐車場と化していまして、正面のみでご勘弁を。
左側にもL字型に建物があり、かってはこの建物が代々の
執政官の住居、行政庁だったのですね。
       
アンギアーリの町には古くからカマドリ派の僧侶たちが住み付いており、
記録に町の名が初めて登場するのは1048年。

1181年からこのプレトーリオ邸のある一郭を取り囲む2層目の城壁が築き始められ、
1224年には聖フランチェスコが立ち寄り、現在フィレンツェのオンニッサンティ教会に保存の、
自身の衣を残したといい、
1385年よりフィレンツェ共和国の元に入り、
1440年に、あの「アンギアーリの戦い」があったという訳ですね。



上の写真でもお分かりのように、壁には代々の執政官、
フィレンツェ共和国から来た代理行政官の紋章がいっぱいで、

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ブルーに6匹の黄色のハリネズミ、想い出にしっかり残る
フェデリーゴ・ディ・ジョヴァンニ・デ・リッチは、
まさにリッチ・ハリネズミ(複)という姓だったんだ、と今改めて!

昔はこのプレトーリオ邸に市役所があり、中にも入れ、
入り口天井アーチの白、黒、赤の柄にも溜息が出たのでしたが、
現在は修復中で閉められ、市役所は広場向かい側の建物に。



こちらは建物正面右側にある壁龕のフレスコ画。
も少し修復が進むと良いですね。

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こんな小さな写真しかサイトで見つけられず残念ですが、
これはプレトーリオ邸の上階にあるというフレスコ画。

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ピエロ・デッラ・フランチェスカの最初の先生だったという
アントニオ・ダンギアーリ・Antonio d'Anghiariの作品だそう。
こんなに小さくては細部も分かりませんが、
全体の雰囲気は素晴らしい印象を受けますね。

顔の部分が上手く残っているようですから、あと何年か先に
建物の修復が済み、お目にかかれるチャンスがありますように!     



プレトーリオ邸の前の広場、そしてバディア教会の塔の眺めで、
あの隙間の石段から上がって来たのでした。 左の綺麗な壁が現在の市役所。       

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さてもう一度石段を下りまして、

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バディア教会の裏の道を辿りますが、ここもかなりな坂道。

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左側はかって修道院の建物だったそうで、
支え壁兼用の渡り廊下だったと見られるものもあり、
で、我らの宿はここにあり、手前から4つめの扉が入り口だったと。

いわゆる貸し部屋で、建物入り口と部屋の鍵2つを貰い、
勝手に出入りするという物で、
こういった宿が結構あり、ここも質素ながらお安く良かったですよ。
宿の中の様子、外からの壁の高さはこちらでご覧いただけます。

アンギアーリで食べた、旨い物!
       


町の高い位置にあり眺めが良かったので、窓からの様子をどうぞ!
下の通りには、猫ちゃん達が集まって日向ぼっこをしており、
出し惜しみをして、ここでは一枚だけね。

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町外れの家並、

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向かい側に見えた、段々のオリーブ畑。

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遠くに見える赤茶土の畑。

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先回見て頂いたマメーリ広場の奥から、石段を上らず右に曲がると
この古い大きな建物。
壁の様子からあちこち改装され、継ぎ足された部分も良く分かり、はは。

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上の写真の右下に見えた、お隣との支えのアーチ、建物類

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右の建物の、重厚な扉。

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アーチの支えをくぐり抜け、建物の裏側はこんな様子。

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この一郭は本当に古い様子が良く残っていて、少し摩訶不思議な印象を
強く受けましたが、どう撮ったら良いのか、いささか消化不良のままで。

で、先程地図を見ていて気がついたのですが、真ん中に狭い幅の扉がありますね。
あの奥はタリエスキ邸で、先回見て頂いた博物館の裏口に当たりますから、
かっては召使たちの出入り口だったのかもですね。

ですから横壁に扉のあった右の建物は右の縦3つの窓が相当し、
真ん中の縦3つはタリエスキ邸、
左はまた別の建物がひっついているという形で、・・ヤヤコシイ!
・・まさに中世の雰囲気がごちゃごちゃと色濃く!



こんな窓が大好きなのですが、皆さんは?

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今来た道をも少し進むと、この角に。 町中の道が上がったり下がったりの坂道で、
撮った写真の一場面だけ見ると、どこか分からなくなるのですが、
地図と首っ引きで、思い出しつつ再構築を。
まぁ、それが可能な町の大きさ、という事ですね。

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お家の可愛い戸口ですが、この左側の出っ張った壁の部分に
金具の跡が見えますね、



これが町の門のひとつ、ポルタ・ヴェッキア・Porta Vecchiaの
かっての門扉の蝶つがいの跡なのですね。 地図番号13。
門の名前、ヴェッキア・古い門から考えると、
この門が古い町の最初の主要門だったのでしょう。

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先回ガリバルディ像を見て頂いた広場から道を渡り、ガッレリーアを抜け
少し道を上って行くと、古い町並みが谷越しに正面に見える公園に。

但しそう上手く問屋は卸してくれませんで、木々の枝が邪魔だったり、
家並で見えなかったりするのですが、
それでもまぁ、こうして見る古い家並を1枚どうぞ!

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で、中央に見える鐘楼と丸い壁の出っ張りは、先回最初の空からの
写真ご説明で、丸い塔と言いましたが、
14.サンタゴスティーノ教会修道院・Sant'Agostinoの後陣部分。



横からの写真でどうぞ。
アンギアーリを写した写真の中で一際目に付く特徴あるこの丸い張り出し。

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これが教会の後陣部分だとは思いもよらず、
道の名前も「古い見張りの道・Antica via di Ronda」ですから、
てっきり要塞の塔かと思い込んでいたのでしたぁ! まったくもう!

まぁ、こういう間違いはしょっちゅうでありまして、ははは、
そんな時の便利なイタリア語の言い回し、「遅くとも、無いよりはマシ」
ええ、うちの母親も良く言っておりましたです。
「聞くは一時の恥、知らぬは末代の恥」
それを心の支えに、はは、知らない事だらけの大海を進むshinkai、
溺れぬよう、応援してやってくだしゃんせぇ! ・・脱線、修正。 
 

左に見える濃い柵のある出っ張りは、下の駐車場とを結ぶ
エレベーターの発着場で、

正面下に見えるアーチは、上のマメーリ広場の聖母の壁龕横に
見えたくぐり抜けの道に続き、
その右下の、道が下って行く突き当たりに半分見える暗い口は、



これが「古い見張りの道」と呼ばれる、教会の下をくぐり抜ける、
かっての兵士の監視所、駐屯所なのですね。

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左側の谷に向かっての窓もあり、右にも開口部がありますが、
ご覧の様にかなり暗く、人通りもありませんので・・!
が、夜間は閉められますし、物騒な感じはありません。

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この部分は古い町部分の一番北の城壁に当たり、
1444年以降、つまり「アンギアーリの戦い」後という事になりますが、

何度も改修を重ねられ、高く厚く、砲攻撃にも対処できるように、
研究されて造られているのだそうで、
中世のただ高くして敵の兵士が乗り越えられぬ様にという城壁とは
大いに違い、改修の様子も外側から窺えるそう。



先程見て頂いた、下の駐車場とを繋ぐエレベーターの横に、
城壁に沿って上の駐車場と細長い公園部分があり、
そこからの眺めをどうぞ。

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夜景の美しいのもありますので、ここではほんの少しだけ、と
出し惜しみを致しまして・・、ははは。

これは西の山側、旧市街の外側に当たる部分で、
ほら、建物も町中とちょっと趣が違いクラシックでしょう?



ここが町の東に城壁が突き出す部分で、
下の平野との高低差をご覧下さい!

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城壁の中を道がぐるっと回っていて、家々の壁も草花で覆われ・・。

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東に望むサンセポルクロの町。

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ピエロ・デッラ・フランチェスカが生まれ、亡くなった町。
彼の作品はフィレンツェにも、ウルビーノにもミラノにもあちこちに
散らばっていますが、やはり生家のあるこの一帯が彼の土地と言えますね。 
近年、生家が博物館になっているのを知らず、昨年は通りすぎ、残念。


ピエロ・デッラ・フランチェスカ ・ 出産のマドンナ
イタリア中部紀行 2010年秋 その6
チヴィタ・ディ・バーニョレージョ、ソラーノ、ソヴァーナ
      
イタリア中部紀行 2010年秋 その5
カスティリオン・フィオレンティーノ、チェートナ、ピティリアーノ
イタリア中部紀行 2010年秋 その4
ウルバーニア、サン・タンジェロ・イン・ヴァード、アンギアーリ

イタリア中部紀行 2010年秋 その3
グラダーラ、ウルビーノ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461246922.html     

     
谷を隔てた北側から見る、旧い町並み。
海抜は429m、コムーネ全体の人口は5900人程ですが、
古い町の住民は2000人と。

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と、ご案内して参りましたトスカーナの古い町アンギアーリ、
お気に召して頂けましたら、とても嬉しいのですが・・。
チャンスを見て、どうぞお出かけ下さいね!

あともう1回、「アンギアーリの戦い」についてご案内致しますので、
どうぞ、よろしくお付き合いお願いいたします。
     
  
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