・ n.1 アーゾロ ・ ヴェネツィアの典雅な奥座敷

今日は、ヴェネト平野の奥にありながら文化人を惹きつける
魅力溢れる典雅な町、そしてヴェネツィア共和国時代には  
キプロス女王であった、カテリーナ・コルナーロの宮廷の町としても
有名な、アーゾロのご紹介 その1です。

町の地図をどうぞ。

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少し見にくいですが、右下に流れる黄色い道路が、右横から
来る道と合流する場所の、少し手前に町の門ポルタ・ロレッジャが。
つまり地図では町の下、南側ですね。
そして少し右に膨らみながら、町の中心ピアッツァ・ガリバルディに
至る通りが、ヴィア・ブラウニングとなります。



こちらが町全体の眺めで、右上の山上に見えるのが
有名なロッカ・要塞。

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ヴィア・ブラウニングが、少しカーヴしながら町の中心広場まで
通っているのが、良くお分かりと思います。       
鐘楼の見える斜め左上、隙間に見える所がピアッツァ・ガリバルディ。




ポルタ・ロレッジャ、町の南の門がこのロレッジャ門。  
門から手前に下った所に駐車場があり、町訪問には歩いて
この門から、という事に。

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ロレッジャ門をくぐってすぐの左側に、この小さい古い泉があり、
フォンターナ・ゼンと呼ばれる16世紀の物。 素敵な可愛い泉でしょう?
泉の上の貼り札には、「四足には、飲ますべからず」と。

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この魅力ある小さな町を愛して滞在した著名人は多いのですが、
中でもイギリスの詩人ロバート・ブラウニングは、
作品の中でこの町を取り上げ、この町に住みました。
彼の名を冠したヴィア・ブラウニングはそれに由来します。
  
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同じくブラウニング通りですが、ガリバルディ広場の方からの眺め。

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ちょっと話が戻りますが、町へ至る坂道は南からの場合2本あり、
最初ご説明した、南の坂下から駐車場を経てロレッジャ門に至る道と、
東の坂下から上ってくる道、門の中すぐ右から合流する道です。

この後者の道が大変面白い道というか、深山の中を行く趣さえする
九十九折の道で、1度この道を通った時に見た山上のロッカ・要塞。

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同じ道から見えた古い小さな教会、か、元教会と。

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これは中心のガリバルディ広場にある泉のライオン像ですが、
広場全体の写真がなく・・!
泉の水は、ローマ期に造られた水道からの水と。

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ガリバルディ広場の西側には、以前のアーゾロの市役所があった
ロッジャがあり、ここは現在市立博物館となっている、
そこの壁画、フレスコ画の名残。

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町の名を有名にしている人物の名は、カテリーナ・コルナーロ。
ヴェネツィア共和国の養女分でキプロス王と結婚、夫の死後
キプロスをヴェネツィア共和国に捧げ、
引き換えにアーゾロの地を受け城を造り、宮廷文化を持ち込み、
それがこの地の発展となったと言います。

今は塔しか残っていませんが、その城跡からの眺めで、
鐘楼からの道の突き当たりを横切るのがブラウニング通り。

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上の写真の南側、 ブラウニング通りを裏側から見た様子。

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ご覧の様に、アーゾロの町は緑の中に埋もれ、丘の起伏に変化のある、
そして大変お洒落な町。



アーゾロの町は海抜が190mあり、夕方、町の北を望んだ様子。
幾重にも山が重なり遠くへ連なり、心を誘います。

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