・ n.2 セルモネータ ・ カエターニの城

先々回にラツィオ州にあるセルモネータ・Sermonetaの町をご案内しましたが、    
今回はこの町にほぼ完璧な姿で残るカエターニの城・Casello Caetaniと
呼ばれる中世からの城塞見学のご案内を。

写真はサイトから拝借の城の形が良く分かる物で、主塔・マスキオ・Maschio
と呼ばれる塔が見える左に、張り出したテラス状の物が見えるのにご留意を。

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で、左下に見える低い張り出し部が、城への入り口部。



町の中心にあるコムーネ広場から上り道を辿り、このアンニバルディ門をくぐり、
さらに小路を上って行くと、
        
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右手に城が現れ、この部分は主塔の手前の館部分で、一番上に主塔の
てっぺん部分が覗いています。
    
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ここが城の入り口、切符売り場。

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木曜が定休日で毎日公開されていますが、内部はガイド付きの案内で、
10時から1時間毎、午後は3時から。
サイトはこちら http://www.castellodisermoneta.it/



入り口を入ると草地の小広場・オルミ広場があり、 そこから折り返す感じで
城内部への入り口にかかりますが、
これは切符売り場の先から見上げる、最初の跳ね橋。 

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最初のオルミ広場から見る城への入り口ですが、下から見上げた最初の跳ね橋は
この門の手前で、鎖が見えますか?
          
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跳ね橋の上から見る平野の眺め。 写真では分かり難いのですが、遥かに海が!

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そして左に折れる形で、2つ目の跳ね橋があり、

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それを渡ると城の中庭に出ますが、分かり易い様に上から撮った写真でご説明を。
2つ目の跳ね橋を渡ると、内庭の手前左隅に出て来て、正面に見えるのが
枢機卿の家・Casa dei Cardinaleと呼ばれる建物。

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カエターニ城と呼ばれるこの城ですが、13世紀、当時の教皇からこの一帯を
領土に預かったアンニバルディ一族が建設した物で、
現在も残る主塔マスキオ、高さ42mと、それに付随している小さい塔・マスキエットを
主とした完全に中世の戦闘的要塞。

それが1297年、当時経済的危機に陥っていたアンニバルディ家から、教皇になった
ボニファーチョ8世の甥ピエトロ2世カエターニが、セルモネータと近接の土地を
14万フィオリーニ金貨で、既に庭園をご案内したニンファの土地を20万フィオリーニで
買い取ります。
            http://italiashio.exblog.jp/23182212/
建物も増設、この地をカエターニ家の本拠とし、着々と勢力を伸ばしますが、
1492年ボルジャー家のアレッサンドロ6世が教皇に選出されると、
1499年カエターニ家は破門措置を受け、財産も特権も没収され、
この城はボルジャー家の手に渡り、以前にも増し軍事色の濃い配備がなされ、
城壁を完璧にし、主塔の上部にあった教会を潰し、1400年代からそこに埋葬の
カエターニ家の領主の墓も潰し、
後世1536年に神聖ローマ皇帝カルロ5世が、騎馬千頭、歩兵4千をもっても
落とす事ができなかったという要塞城に。

きっと城の軍事的改造にはチェーザレ・ボルジャーも来て、あれこれ実際の指揮を
取ったに違いなく・・、と、あれこれ想像が広がります、はい。
       
で、上の写真のご説明に戻りますが、この正面に見える「枢機卿の家」というのが、
ボルジャー家がここに居た短期間・約5年間、アレッサンドロ6世の死1503年まで、
彼らが唯一建設した住居で、ここにはかのルクレツィア・ボルジャも住んだ事があったと。


そして1504年、教皇ジューリオ2世によりカエターニ家に戻され、

内庭の南側はこんな感じで、枢機卿の家の斜めの位置に2棟の建物があり、

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14世紀にカエターニ家がここに住み始めて建設、拡張した物で、
見える左側の建物に、フレスコ画の描かれた部屋があり、



内庭の西を占める形でこの建物があり、そして塔への入り口階段。

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広場真ん中にある大きな井戸は、高所にあるのを配慮した天水利用の井戸なんだそう。




主塔マスキオと小塔マスキエット、そして右下に第2の跳ね橋からこの内庭に続く
アーチの入り口が見え、塔の左に主塔への階段上り口が。

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塔の上部と、

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塔への階段上り口。

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見学は内庭の東側に見えた「枢機卿の家」からで、これは壁にあったカエターニ家の紋。

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内部はとにかく広い広い部屋が3つ、だったっけ?あり、余りにも整備され過ぎ、
写真の撮りようもなく・・!

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壁にはかってこの城を訪れた客人たちの落書き、作曲家であったカエターニ家の
一人の五線譜の音符などもありましたが・・。



建物を出て、城郭の東南角に当たる部分。ここの角部分が崩壊した廃墟部と
なっていて、その幾何学的ともいえる形態に、光が射し込む様子に魅せられました!

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石畳の下り阪を行き、左に折れると、

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先頭は今回の旅のガイドさん、元気で美人のリンダさん。



内庭からの下り道を振り返るとこんな様子で、

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城の東南角の崩壊部分。

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ここには小麦を挽く、碾き臼の部屋があったそうで、挽石等も地面に見られましたが、
上階は多分居室だったのでしょう、暖炉の名残も見えます。

17世紀になり、平野を通るアッピア街道も再開発されると、カエターニ家も
平野部に一族の本拠を移し、この城は放置され、18世紀、スペイン軍、フランス軍の
略奪破壊にも遭い、19世紀には軍や農作物の倉庫代わりに貸し出されたりもし、
漸くに19世紀の末になり、カエターニ家が修復を始めたのだそう。
       


で、先ほどの石段の下りの先には、
これは入り口部分を逆に見ていますが、

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ここに厩舎があり、

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この小さなアーチ部分、これは古いのが残された物と思いますが、
ここに秣を置いたと見られ、

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片側に20、つまり20頭、全部で40頭の厩舎だそう。
ここにずらっと駿馬40頭が並んでいる姿をご想像あれ!
かっての栄光時は、きっと煌びやかなものだったでしょうね。

この厩舎は映画の撮影にも使われ、10年ほど前まではここで室内楽の
コンサートも行われたのだと。



細長い厩舎の突き当りを出ると、この右の壁は周囲を囲む城壁で、
この内側の広場で馬の毛をすいたりしたのだと。

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石段道を戻り、奥に見える建物の奥の扉から入りますが、

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建物の壁の装飾が単純にフレスコ画と思っていたのが、
少し削っているのにも気が付き・・。

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建物の端には台所がありましたが、そっけないほど台所仕事を想像させる物もなく、

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単に大きな大きな吹き抜けの煙突!

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ここでは城内の兵士すべての食事を賄うのではなく、
貴人達のみの食事を作っていたのかも、と。



隣の建物の入り口から入ると、ここは大広間で、「狩の部屋、または男爵の部屋」と
いう部分と思いますが、大宴会なども開かれた部屋と。

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仲間が一緒で部屋の写真が撮れず、上のはサイトから拝借で、

右奥に見える扉から入ると、



客人用の寝室が2部屋あり、ピンタの部屋と呼ばれる15世紀後半の
フレスコ画装飾された部屋で、

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主題は伝説的、神話的なもので、画家はピントリッキオ派の無名画家だそうですが、
絵として余り上等とは思えず、これでピントリッキオ派なんて言ったら、
師匠が泣くのではないかと、ははは。



古いまま残った窓際の席と、

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出窓の天井にあったカエターニ家の紋。

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1つの出窓から町の姿が見えました!
飛び出している鐘楼は、サンタ・マリーア・アッスンタ聖堂のもの。

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これは南西に見えた教会で、コムーネのサイトで分かったのは、
サン・フランチェスコ教会と元の修道院。13世紀頃からの古いものだそうですが、
今見えるのは15世紀の物と。

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建物を出て、主塔に上るべく移動しますが、

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内庭越しに見る北の城壁。 最初に内庭に入ってきた時も、この城壁の威圧感が
凄かったですが、壁の厚さは3mもあるのだそう。

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上のメルレット・レース飾りと呼ばれる凸凹も、ボルジャー時代の改造だそうで、
この上の歩哨の見張り道を、後ほど歩きましたぁ!



右が塔で、左が建物に沿った外階段で、今見える渡り橋は
かっては跳ね橋だったのだそう!

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で、塔との間の隙間部分は、こんな感じの深さ!で、
足の悪い方、高所に弱い方は下で待つように、と言われ。

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多分、かってはここにも床が在ったのだろうと想像しますが、
窓越しの遥か向こうに、海が見えましたぁ!

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一旦小塔の部屋に入ると書斎があり、主塔の中に、代々の領主達の寝室が
そのまま残されており、この天蓋つきベッドも、オリジナルなんですと!

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つまりこの領主の部屋に至るには3つの跳ね橋を通る訳で、この部屋から
外のテラスに出るにも、跳ね橋が在るのだと。
テラスに出ましたが、跳ね橋には気がつかずでしたぁ!

小塔の方にある書斎は、20世紀の始め、この城の修復に取り掛かった
ジェラージオ・カエターニ・Gelasio Caetaniが使っていたそうで。



これは部屋の隅にあった暖炉で、如何にも古い作りでしょう?

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ちょっと脱線しますが、あれこれ写真を調べたりしていて、このセルモネータの
カエターニ家の最後の人々の写真も見付かり、
おまけになんと、母親のアーダと一緒にニンファの庭園作りに取り掛かった
ロッフレード、彼の名が現在の財団の名に残りますが、

その兄の15代セルモネータ公爵レオーネの妻ヴィットーリア・コロンナ、
ローマ貴族コロンナ家の名を引く様ですが、
彼女と当時の未来派画家ウンベルト・ボッチョーニとの2ヶ月間に渡る秘密の、
いや、秘密ではないですね、ばれて別居になったようで! 情事なども知りましたぁ。
なぜ2ヶ月だったか、つまり彼が落馬して亡くなったのだそうで。

「カエターニ」で検索していて素晴らしく美しい婦人の写真が見付かり、
それからずるずると芋蔓式にたどり着いたのでしたが、あれこれ詳細記事が見付かり、
ははは、が、いまだしっかり読んでおらずで、暫くひっそり楽しめそうです、うひひ。
       


さて本題に戻り、ここが領主の寝室から跳ね橋で出る主塔から張り出したテラス。

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つまりこのテラスまでは敵が上って来れても、跳ね橋があるので領主の寝所には
入れない事になりますが、味方の謀反程度ならいざ知らず、本当に大群の敵に
取り囲まれた場合、塔の中に引きこもり無事であっても、兵糧攻めになったら?!



これが城壁の上の見張りのパトロール道、広いでしょう?!

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一番東端まで行き、間から見晴らす北の眺め。

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そして狭い階段で潜り込んだ、城壁の壁の厚みの間をくり貫いたトンネルの
パトロール道。  ここを逆行きに戻り、

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階段を下り、2つ目の跳ね橋の脇、つまり内庭に出るアーチの横に出て来て、
7世紀間を生き残ってきた城塞見学がお終いに!

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我々見学者に公開されている部分はこんな感じですが、



この方角からの城の写真に見える、周囲を取り囲む城壁の上、またこの南面に
見える建物上階に続くテラスなど、きっとずっと兵士の見回り道があり、
今も上れるのだろうと。

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いやぁ、如何にも堅固な中世の城という感じで、華麗さは無いものの興味深かった。
ニンファの庭園に行かれる方、お近くにお出かけの方、
可愛い小さな町の散策と共に、お城見物も是非どうぞ!!


◆ おまけ ◆
町のご案内の時に、「ロカンダ・ボニファーチョ8世」という宿とレストランの表を見て、
中はどんなのかと思ってましたら、写真を1枚見つけましたので、どうぞ。

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階段の段差が少し複雑に入り込んでますが、如何にも中世風な趣でしょう?!

町の S.M.アッスンタ聖堂・セルモネータ については
http://italiashinkai.seesaa.net/archives/20160618-1.html


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