・ 村のクリスマス飾り ・ チゾン・ディ・ヴァルマリーノ 

25日のクリスマスの日、いつもは仲間が集まって会食の日なのが、
今年は親類が集まるからなどの不参加者が出て、
結局ジュリアーナと2人だけ、という事に!

よっしゃぁ、では特別なクリスマスにしようぜ!という事で、ははは、
午前中はどこかにドライヴ、お昼を食べ、そしてshinkaiんちの
新しい大型TVで (SONY、横幅110cm 49インチが来ましたの、うふ)
大いに笑えるDVDを見よう!
と言ってたのが、いつも行くレストランがお休みと分り、
ならばお昼もshinkaiんちで野菜中心と天麩羅にしよう!となりまして。

快晴のクリスマスの朝、パネットーネやお菓子、果物を持ったジュリアーナが
やって来て荷を置き、2人で出かけました。 勿論shinkaiの車でね。
なぜってジュリアーナは運転歴が長い割にはかなり乱暴で、
とりわけ喋っているとそうなり、おまけに喋らない時の方が珍しいので・・!
てな事で、予定していた村のプレゼーピオが少しお粗末そうなので、失礼、

そのまま大好きな村であるチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・Cison di Valmarino
まで、少し足を延ばしました。

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村の様子は何度かご案内済で、チゾンの村 ・ 水の道 ・ Via dell'Acqua
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472180954.html

チゾン村、夏のサーグラ ・ 手作り職人市
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463847355.html

チゾンの村に、春をさがしに
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463526050.html


村に着いて、まずはバールに行きカフェにしますが、
バールの中は男達ばかりで、皆一杯やっていて、ははは。
上の写真は、今回この村で見かけた、家の外では、唯一の賑やかな物。

と言うのも、村全体に飾りつけがされていて、それがとても統一された
素朴な良い感じのものだったのですね。
       
これは教会への上り坂の脇にあったもので、木肌の付いたままの木材や丸太、
木の細枝、そしてカボチャ、杉、蔦やヤドリギの葉などを組み合わせた物。

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こちらはホテルの窓ですが、けばけばしいイルミネーションではなく、
ほんのちょっぴり色を添えたものですよね。

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下に垂れる濃い緑の葉の中に光る青紫の色がとても綺麗だったのですが、       
残念、写真では色が出ませんでした。



町の北に広がる山。 快晴で素晴らしい眺め!

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上の写真の真ん中に見える家の手前を川が流れていて、
橋にもこんな可愛い飾りつけが見え、

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川の防護塀の上に街灯にもこんな飾りつけ、木の板、杉の葉、そしてカボチャ。

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小広場の前には、やはり同じ様な飾りつけ。
    
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お金はかかっていませんが、なんと素朴で嫌味のない素敵さ!
おまけにこの村全体の飾り付けには、筋の通った統一デザインがあり、
単なる一軒のお家の発想ではない、かなり専門家の手になる物と分ります。
     
このチゾンの村では、夏の職人市を始め各種催しが行われ、
いつもたくさんの人々が集まるのですが、

このクリスマスの飾りを見ても、見られる村を意識した、どんな村であるかを
見せようとする意識が感じられ、とても気持ちの良い、爽やかなものでした。

それにこの飾りつけは、こちらでは単にクリスマスの日のみでなく、
新年を迎え、1月6日が過ぎるまでこのままですので、
いわば日本の門松の代わりもするわけで、とても新鮮で、清々しいですよね?



大きなお屋敷の前の、門扉の飾りつけ。

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村の通りを西に向かい、道路が交差する前の小広場にあった、
荷車に大樽、そしてヤドリギの葉。

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その隣には、こんな形のプレゼーピオ・家畜小屋で生まれた
キリストの生誕場面が。

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村の西、山の上に見えるカステル・ブランド・Castel Brando.
少し離れて見える姿は素晴らしいもの。

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2000年の歴史 ・ カステル・ブランド・Castel Brando
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462784366.html



西に見える山、落葉松の枯れ色がアクセントになり、とても美しい!
林の下にちょっと見えるのは、オリーヴ畑。

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村の集落の西の端に大きな家があり、前庭も広く、職人市の時など
たくさん店が出ている場所ですが、
その物置部にも、木の枝を編んだこんな飾りつけ。

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こちらが屋敷というか大きな家ですが、今回ジュリアーナが教えてくれたのは、
     
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ほら、家の色が朱色で白い線が入っていて、紋章も見えますね。
この朱に白い線、というのは、上に見えるカステルブランドの領主、
ブランドリーニ伯爵・Brandorini家の持ち物の印なんだそう。
そういえば、村の中にも同じ朱に白い線の家がありますっけ。

このブランドリーニ家は15世紀にこの地に領土と城をヴェネツィア共和国から受け、
1950年代までここに居住していたそう。

今回ちょっと読みかけたブランドリーニ家の歴史、変遷、人物像も、
なかなか興味深いものでしたので、またチャンスの時にご案内いたしますね。

夏にご案内のコッラルト家は、白い建物に赤い線だったですが、
こんなちょっとした事も知ると、とても興味深いですね。

ヴェネト盛夏 ・ 葡萄畑の様子は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472435424.html

コッラルトの城址と村 そして コッラルト家の人々
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472436080.html



家の前の大きなクリスマス・ツリー。

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飾りつけはプラスティックで包んだ子供達の描いた絵や願い事で、
光って色が見えませんが、あれこれ願い事を読み、ジュリアーナと笑いました。
       

*****

皆様、いつもブログご訪問、有難うございます!
今回で今年度も終わりで、

今年一年のご愛顧を深く感謝し、
来年度もどうぞまた宜しくお願いいたします!!
良いお年をお迎えくださいませ。

*****

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・ n.2 インスブルックの街 ・ 金の屋根、聖堂、博物館

引き続き、有難うございます!
インスブルックの街、旧市街訪問を続けます。

煌びやかな店の看板が目を引きますが、これは左に大きな葡萄を
担いだ男2人が見えるので、酒屋かな? それとも醸造所だった?

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さてさて、インスブルックの街のシンボルの1つと言える
「金の屋根」ですが、こんな風に建物から飛び出したテラスで、
      
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斜め向かい角には、こんな風にロココ式の凝った装飾の家
Helblinghaus・ヘルブリング邸、一般市民の住居だったと
いう豪華なのがあり、

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正面側に回ると、この様に!
       
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ちょうどこの邸宅と金の屋根の前が広場になっていて、
大きなクリスマス・ツリーと、屋台店が立ち並び、大賑わい!!

その屋台店の並んだ間の上に上れる様になっていて、
上からの眺めはこんな風。 

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背後の建物はNeur Hof・チロル伯爵の邸宅として1420年頃に
建てられた物で、それにマッシミリアーノ1世が1500年の記念祭用にと、
1494~96年に取り付けさせた物と言います。
「金の屋根」と呼ばれる由来は、金を焼き付けた2657枚の
鱗型の銅の屋根板から来ていて、ご覧のように2層に。    




上階には、奥の壁にフレスコ画で、マッシミリアーノ1世と2人の奥方、
最初の妻マリーア・ディ・ボルゴーニャ(ブルターニュ)・Maria di Borgogna
と、再婚の妻ビアンカ・マリーア・スフォルツァ・Bianca Maria Sforza.
どちらがどの方かshinkaiには分りかねますが、

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マッシミリアーノの宮廷生活を描いた、という事から想像を逞しくし、
最初の結婚は幸せで上手く行き彼は2人の子を得ており、
2度目の妻とは上手く行かず、子供も無かった、というので、

左側のお付女官や書記官、吟遊詩人も混じっての賑やかなのが
最初の結婚生活、右側の鷲鼻の横顔の彼と女性一人のが、
ビアンカ・マリーアと想像を。
       
その下の木彫彩色部には、踊っている兵士達と、真ん中はやはり
マッシミリアーノの姿、そして2人の妻、の場面ですね。



蛇足ながら、2度目の妻ビアンカ・マリーア・スフォルツァというのは、
暗殺されたミラノ公ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァの娘で、
ルドヴィーコ・イル・モーロの姪。

22歳でミラノでの盛大な結婚式の後インスブルックに、大勢の
侍女やお付き次官たちを引き連れての行程に、ひょっとして
レオナルド・ダ・ヴィンチも混じっていたのかも。

というのも、最近になって彼の作かどうかと云われていた肖像画が、
真筆であると発表されたのを、皆さんも覚えておいででしょうか。

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最初の妻にも劣らず美しく、彼よりずっと若い妻だったのですが、
マッシミリアーノはちっとも彼女に愛を感じることなく、
2人の間は冷たいままで、彼女はティロルの山の城で1人寂しく過ごし、
晩年は神経性の食欲不振に陥り、38歳の若い死、衰弱死だったと。

肝心のマッシミリアーノ1世、神聖ローマ皇帝にして、
ハプスブルグ家の隆盛の基となった彼に付いては、
最後に彼の廟を見ましたので、その時のご説明にしますね。       



下の部分は、真ん中に窓と、両脇にフレスコ画で旗手の姿が描かれ、
下に並ぶ紋章は、オーストリアとティロルの物と。

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で、バルコニーの軒下の部分には、
こんな風に、男達の姿が格子の角にうずくまり、
うXちをしたり、おしXこをしたりなんですねぇ、ははは。

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この周辺は、まさに古い町の歴史がそのまま残る姿であり、
古い頑丈な飛び出した壁の角があったり、物見かな?

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この古い扉! 扉の右下の石だけ、すり減っているのにご注目を!
つまりこちら側の扉を、出入りに常に利用していた事なのですね。
      
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今回この古い地区を見てとても気に入ったのは、パステル・カラーで
美しく補修されているのですが、こういった古いものがきちんと使われ、
残されている事でした。

新しくモダンな新市街も広がる中心に、こういう一廓があるというのは、
自分達の町を誇りに思い、護って行く意志があるからですよね。
内側は出来る限り快適に改装しているのでしょうが、
重厚な歴史感を感じ、大変に心地良かったです!



狭い道を北に抜けて行くと、サン・ジャコモ聖堂・Dom zu St.Jako
があり、現在のは1717~1724年に建設されたもの。

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内部のその絢爛豪華なバロック様式に見とれました!
はぁ、趣味ではないのですが、余りにも素晴らしく美しいと、ははは、
やはり凄いなぁ!と見蕩れますです。

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良く見えませんが、上の写真の祭壇画の中央に切り抜いたように
別の聖母子像がはめ込まれているのが分りますか?
あれはルーカス・クラナッハの聖母子像なのだそう。



内陣の左右に、こんな風に御臨席があり、

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金色の双頭の鷲が王冠を持ち、両足に剣を構えているので、
あれま、尻尾で立っているの?と笑えるshinkai、ははは。



これは左側の翼部分にあったマッシミリアーノ3世の廟、17世紀。
近くの王室教会にあるマッシミリアーノ1聖廟に憧れて、と
ガイドさんの説明にあったと。

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内部の柱装飾、誠に優雅で煌びやか!

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入り口の上にあったオルガン。 オルガン本体は20世紀末に作られた
そうですが、18世紀初期のこの見事な箱の中に納められたのだそう。
      
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青緑の色も美しく、こういうのを見ると、わぁ~おと声が出ますです。



ついでに、王宮見学も。 ですが、もう朝の9時から始まった見学で
いい加減草臥れ、12時頃のこの時は、もういいよぉ、という感じ、はは。

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おまけに内部の写真禁止というので、広い舞踏室や、
様々の部屋を通り抜けただけ!



これは入り口にあった、展示案内の横幕。

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ガイドさんの言うには、この絵は日本人画家が描かれたのだそうで、
私は好きじゃない、との事。 でもこれはね、画家の趣味ではなく、
注文主の趣味、注文ですからね、へっへっへっ。



2階の廊下からの眺めを1枚。

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大きな舞踏室には、偉大なるオーストリア女帝マリーア・テレーザの
17人だったかの子供達の肖像画が並び、
その中には、マリー・アントワネット肖像もありましたっけ。



最後に見物したのが、ここ宮廷教会の隣にあった、
現ティロル民族博物館。
     
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内部の、多分教会付属修道院の中庭で、

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ここで見たのは、マッシミリアーノ1世の記念墓所、廟。

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彼の遺体はここには無く、というのも、戦争に明け暮れした彼の
町への借金不払いが余りにも多く、滞在を拒否されており、
こういう当時からの市民勢力の強さを知ると、うふうふしますが、
せっかく愛する町に眠りたいという彼の墓所準備もむなしく、
ウィーナー・ノイシュタット、ウィーンの南に墓所があるそう。



この紋章の数々!  細部の細工の細やかさ!

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マッシミリアーノ1世(1459-1519)オーストリア大公、神聖ローマ皇帝、
ハプスブルグ家の隆盛の基を築いた人物でもあり、武勇に優れ、
芸術を愛し、10ヶ国語を話し。
まさに王となる為に生まれたかの様な人物で、ちょっとあれこれ読んだ位では
到底その人物を詳しくご紹介するまでには至りませんで。

が、ハプスブルグ家の家訓は、婚姻により領土を増やす事にあったそうで、
まさに自分もブルゴーニュ家の1人娘と結婚し、ネーデルランドも獲得、
子供達もスペインのカスティーリア-アラゴン家と結婚させ、 
孫に当るカルロス1世は、スペイン王、神聖ローマ皇帝となった人物、
という様に、隆盛を招いた人物だったのですね。

ヨーロッパの王室の関係の複雑さはまさにまさにで、今回も
あれこれ読み出すと、ちょっぴり名を知っている人々に
芋づる式にずるずると繋がり、興味が尽きませんでしたぁ。



中の棺の浮き彫り、マッシミリアーノの生涯を語る1枚。

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で、この棺を挟んで左右両脇に黒いブロンズ像が28体、
彼の生涯に影響、関連した人物像が、葬列に参加という様子で
並び、等身大以上の大きさの上、黒いので、かなりの迫力!
       
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祭壇側は、こんな様子で、

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前側から見ると、棺の上にマッシミリアーノが、祭壇を向き。

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左側上部に女性達の像もあり、自身の2人の妻や、息子の妻も。

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足元には名が刻まれていたのですが、到底確かめておれず、
どれがどなたか判別できませんが、



こんな風に衣服の描写も凄く手の込んだもので、
でもブロンズ像で黒となると、やはりいかつい感じですねぇ。

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祭壇手前左右に2体ずつあったのですが、これは左側、どなたかな?

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それがです、撮っていると、ヴァレーリアが近寄ってきて、
大変失礼な事に、ははは、



撫でると運が付くのよ!といいつつ、するっと撫でまして、
ほらね、もう既にかなり光っているでしょう?!

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ヴァレーリアは大体がちょっと変わった女性ですが、こっちに来て、
と言いつつ入り口近い左側の像の前に連れて行き、
ほら!と、このピカピカを見せ、

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マッシミリアーノ1世の息子「美男フィリップ」像だと言い、
「運が来る」と念入りに撫で回し、横の仲間の男性2人も大笑い!!
shinkai? 撫でませんよぉ、そんなものぉ!!



で、お笑いはもう一つ、彼女が撫でたのはお目当ての像ではなく、
こちらが肝心の「美男フィリップ」王なのでしたぁ!! きゃはは。
       
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最後に不謹慎な教会内事件でしたが、ははは、
漸くにガイドさんから解放され、お昼を食べ、買い物をし、
       
早くも日が傾きかける冬の午後、インスブルックの街に別れを告げ、
戻り道を辿ったのでした。
    
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長いご案内にお付き合い頂きまして、有難うございました!
お楽しみいただけましたように!!



最後におまけの、クリスマス・カードを。
皆様、ブオン・ニャターレ!!

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良いクリスマスをお迎え下さいね。


*****

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・ n.1 インスブルックの街訪問  チェントロ

クリスマスももうすぐ、そして年の瀬、お正月と
皆様にはお忙しい事と存じます。
こちらは特別の事は何もせずの一人暮らしですので、
皆さんよりは気楽すが、ただやはりクリスマスとなるとちょっと特別で、
会食の予定が幾つかありますので、お腹ごなしも考えませんと。

とカレンダーを睨みながらブログの予定を考え、やはり年内に
インスブルックは終わりにしたい、とあれこれ考え、2回分に分ける事に。

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と言うのも、やはりインスブルックは美しい街だったと思うのです。
アルプスの山を背後に、建物も重厚で美しく、そして建物の色が
いわゆるパステル・カラーで目に優しく、
古い中世風も、逆に近代的な物もその中にあって趣を醸し、
如何にも繁栄している街らしい賑わいや活気も感じられました。

という事で、中心街の賑わい、美しさ、歴史などなど、shinkaiが
見た物だけでも纏めて見て頂きたく、写真が多く長くなりますが、
難しい事はなしで、はは、年末間近の一時をごゆっくりどうぞ!

トップは、ガイドさんに連れられてあっちにこっちした、
街の中心通り、マリーア・テレーザ通り。



そして同じ通りの反対向き、夜の写真を見て頂いた凱旋門。

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ちょっと通りを入り込んだ所に見えた古い建物。
壁の装飾がレトロの趣きで、一番上の階の天井が低そうなのも、
如何にも西洋風ですよね。

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ネオクラシック風と言うのか、重厚でしょう?

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かと思うと、こんなモダンな建物に、ピッツァ&パスタとあり、
ははは、こういうのは若い人向けなんだろうか?

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オーストリアの偉大な女帝の名を冠したマリーア・テレーザ通りは、
旧市街に近く幅が広く、そして車通行禁止だったと。
そしてこんなクラシックなイメージの、大きく重厚なイメージの建物、
店が立ち並びます。

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店のショウ・ウインドウも、クリスマス・カラーと飾りつけで、
そしてどこかやはりティロル風。

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通りの真ん中に立つ塔、聖アンナの円柱と呼ばれ、1703年の
対バイエルンとフランスとの戦勝を記念し1706年に建てられたものと。

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が、名の由来の聖アンナは、戦勝の日の守護聖人だったとの事で、
塔の上にいるのは聖母で、聖アンナは他の守護聖人と共に基礎部に。
今見える姿は背中側です。 



何よりもこの通りの美しさ素晴らしさは、このアルプスの眺め!
常に山に向い、四季折々の美しさには敵うものが無いですよね。

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インスブルック・Innsbruckの街は海抜574mに位置し、
もっと高いのかと思っていましたが! 人口は12万7千人程。

インスブルックという街の名は、イン河にかかる橋、という意味で、
街の名が歴史に登場するのは1138年、現在「古い地区」と
呼ばれる一帯が、Witen修道院から伯爵Andechsに贈られた
というもので、1187年には新しいインスブルックと呼ばれる市、と登場。

その後変遷を経て1363年にハプスブルグ家の元に入り、
1420年にはティロルの首都となり、マッシミリアーノ1世・
MassimilianoIの公的な居住地ともなり、14世紀から17世紀
にかけ大きな繁栄を迎え、という事ですが、

我々には1964年、1976年と2度の冬季オリンピック開催地
として記憶に新しいですよね。


     
ガイドさんはオーストリア人でイタリア語を話す方だったのですが、
自分でも「少しイタリア語が錆び付いていて・・」と言われた通り、
とても話し難そうで、すぐに「ああ・・、ええ・・、」とつかえ、

そればかりか、通りの店の紹介をずっと続け!!皆が草臥れ
「店ばっかり・・!」とぶつぶつ言い始め、おまけになかなか先に進まない所か、
自分が持っているガイドブックを売り始めたりで!

ちょうどこの教会の前だったもので、なかなか美しい教会でもあり、
写真を撮りつつ待ったのですが、

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◆ 追記 ◆
クリスさんがこの教会の名を教えて下さいました。
シュピタールキルヒ(Spitalskirche)というそう。
教会病院、と言う意味で、元あった病院の跡地に建てられたから、
という意味だと教えて頂きました。



それでもまだ待たされ続け、遂に何人もが教会の中の見学に入り、
ははは、ね、中もなかなか素晴らしいでしょう?!

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皆がイヤホン式のガイドを耳にしていたのですが、
のうちに1人が、先に進んでいるよ、と呼びに来てくれ、ははは。



そうなると、余りガイドさんの話を聞かなくなり、へへへ、
山を眺め、通りの向こうの建物を眺め。

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「シャネルのN.5」なんぞと言う大クラシックが並んでいるのを見て、
どこかこの街に相応しい気がして撮ったのですが、

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今クリスマス前のTVのコマーシャルにも復活しているのを見たので、
シャネル全体の商対策だったのかも。



さて通りの奥に「金の屋根」の見える所まで来て、

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街の中心部の地図をどうぞ。 左上部のイン河の右、黄色く囲まれた
一帯が最初に町が出来た旧市街ですが、
       
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Golgenes Dacelという赤い印が、「金の屋根」の位置で、
その上、十字の印があるDom St. Jakob・サン・ジャコモ聖堂
その下 Hofburg・王宮
その斜め下 Hofkirche(王室教会)の隣に白い印を付けた所が
現在博物館で、マッシミリアーノ1世の墓所を見学した所。
   


左に折れ、如何にも中世の古い小路、という感じの通りを行き、

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小さな画廊というのか、ショウウィンドウに展示されている
如何にもアルプス、という感じの絵を見ていて、
    
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左の中ほどの絵を発見! わぉ~、風邪ひかんのかなぁ、
というshinkaiに、隣にいた仲間の男性が、
毛皮があるから大丈夫だろ、と。ははは。

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ちょっとした広場に出て、向こうの建物の窓1つ1つに
全部番号が付いてプレゼントがぶら下がっているのです。
こういうの、アドベント・カレンダー式というのかな?
如何にも12月!という雰囲気ですよね。

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細い小路が続き、低い軒に見える古い天使像と、聖母像。
如何にも稚拙な荒削りが素朴で良い感じ。

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こちらはアルプスの山に、ガォ~という感じのライオン君。
何屋さんだったっけ?

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ビールにワインに、

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薄い木の板の繊細なもの。

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赤い色のリース集合。

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クリムトの絵が付いたカップが良いねぇ、と撮った写真ですが、
よく見ると、茶筒の入れ物に、抹茶の容器、茶筅まで!

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小路を辿り、イン河沿いの道まで出て、

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橋や川向こうの建物を見ながら、そういえば26年前に来た時、
この橋の上で、市民マラソンを見たっけ、と思い出し!
確か川向こうのマリアフィルフェ通り・Mariahilfeにも行ったよね。

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古い地区を振り返り。 左側の如何にも元要塞、
という感じの建物は、オットーブルグ・Ottoburgと言う様ですが、

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その足元にあるこの人物像、何者かとガイドに聞きましたら、
ティロルの英雄と教えてくれましたが、何をした英雄なのかは!

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◆ 追記 ◆
この英雄の名と、何をしたかも、クリスさんが教えて下さいました。
名はアンドレアス・ホーファー・Andreas-Hofer (1767-1810)で、
ナポレオンがオーストリアに侵攻してハプスブルグ家が屈服した時、
農民軍を率いて抵抗したのだそう。

右の帽子を被り銃を持ったのが彼で、フランス軍の接近の知らせを
聞いている姿なんだそう。
クリスさん、いつも有難うございます!!



また旧市街の中心に向って引き返しますが、上の写真でも見える
この建物(正面とも)は、かっての税関で、
インスブルックの町に着いた荷は、ここに1晩置く事が義務付けられていたと。
     
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建物の装飾はすべてフレスコ画で描いたもので、
かってもそうだったのか、それらしく描いたものなのか・・。
現在建物の1階は、レストランになってましたが、上階はホテルかな?



道脇の建物の下は、どちらもポルティチと言うか、アーケード式に
なっていて、そうですよね、雪国ですものね。
軒が低いのが、如何にも歴史が古い町の感じ。

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と言う所で今回はお終いで、n.2インスブルックの街、に続きます。 


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・ スワロフスキーの、クリスタル・ワールド訪問

インスブルック訪問初日の午後、近郊ヴァッテンス・Wattensにある
クリスタル・ガラスの装飾で名高いスワロフスキー・Swarovskiの
工場脇にある展示館とショップ、「クリスタル・ワールド」に行きました。

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今では大概の街にスワロフスキーの店があり、お高くとも珍しくない品、
shinkaiにはまるで縁のない品々でして!
もし1人でインスブルックに行ったら到底見物には行かないと思いますが、はは、
クリスマス・シーズンの皆との観光旅行ですから、これも日程にあり、
ブログに載せよう!と思い、マメに撮ってまいりましたぁ。

キラキラ輝くクリスタル・ガラスの、これでもかぁ!というほどの
様々な展示を、どうぞご覧くださいね!

写真は、インスブルックの街からイン河を渡って郊外に。
   


グーグルの地図検索では、インスブルックからヴァッテンスまで
東に17,3km 車で19分と出ましたが、
工場前に到着。 shinkaiの撮っている位置の左手に、

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「クリスタル・ワールド」入館の切符売り場。 
1人17エウロ!だって、と見て来た1人が報告、高い!! ははは。

入り口前にはバス停があり、時刻表も出ていましたから、
インスブルックの駅辺りからも、勿論来れるのでしょうね。



横に YES TO ALL. さよかぁ。 うん、これもクリスタルなのね!

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白く輝く背後の山と、クリスマスの星。

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展示館の奥に庭園があり、そこにたなびく雲も、キラキラと。

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巨人の顔を模した小山と、口から流れる滝、光る目鼻立ち。
この小池がスケート・リンクになる写真もありましたっけ。

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展示館入り口は、この巨人の左下に。



最初に入った部屋で、イタリア人の説明人が出てこられ、ガイドを。
見える壁は、クリスタルの壁としては世界一大きいのだそうで、

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肉眼で見ていた時は白い壁でしたが、撮るとこんな風に赤紫色に!

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とにかく大小様々、各種のクリスタル・ガラスがびっしり詰まり・・。



部屋の中あちこちに、サルヴァトーレ・ダリの垂れ下がった時計とか、
あれこれの名画模写というのか、クリスタルを使って再現してあり、

これは誰のだったかな、馬はともかく、馬具がキンキラなのでしたぁ!

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これはニキ・ド・サンファールの作品模写。

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こちらは、作られたクリスタル・ガラスとしては世界一大きい物で、
直径40cm、31万カラット、62kg、100切子面、
1995年のスワロフスキー創業100年記念だそう。

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今見ているこの「クリスタル・ワールド」も、ボヘミア出身の一家が
インスブルックに創業しての100年を記念し開館されたのだそうで、
毎年何百万もの訪問者があるのだそう!

スワロフスキーのクリスタル、というのは、普通のクリスタル・ガラスより
鉛の含有量が高く、それによって虹色に光るのだそうで、
表面加工の特殊技術も付加し、人気があるようですね。
       


大きな塊の横にあったこちらは、これも100年記念に作られた
今まで作られた事のなかった一番小さなクリスタル!
一粒が0,7mmの大きさながら、17の切子面を持つのだと。
       
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何にでも「世界一」という言葉が付いてまわり、
どことなく大袈裟な、それでしか価値が無いような感じも受けますが、
過ぎたるは及ばざるが如し、という観念はここには無いのかも!
とは、関心のない者のひねくれ口で、ははは。



この部屋以外はガイドがなく、自由に見て回れます。
1つ1つの部屋が区切られ、ドッシリとした黒い垂れ布を潜り、次の部屋に。
様々な作家、アーチストによっての作品が展示されているのですが、
ここではクリスタル・ガラスに関連した物だけに絞りました。

これは丸天井のように囲まれた部屋の中で、照明による色の変化、
面の角度によって映る物が変わって行きます。

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クリスマス・ツリーがくるくると回り、光りを投射。

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これは色も変わらないものの、作品群の中では幾何学的で面白く。

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どっしりと垂れ下がる量感と、ガラス面への反射の面白さと、

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長~~く滝のように流れる、形様々なクリスタル・ガラス。

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モダンな様でもあり、レトロの印象もあり、

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ちょっと異種なイメージで新鮮。 何か昆虫を思い出したり、はは。

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展示室の1つ。 壁の物はカットの仕方のようですが、
手前の棒状の物は、やはり輝きが少なく。

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工場入り口にあった表示「Yes to all」のごとく、
とにかくなんにでもかんにでも、クリスタル・グラスを使いましたぁ!
という印象の展示館で、お祭りのびっくり展示館みたいなもんだなぁ、と
言う印象を受けつつ見て回ったのですが、ははは、

暗~~い部屋を次々見て行き、突然子供部屋の様な明るい部屋に!
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世界各地の有名な建物が点在し、その間をときどき列車が走る、
という設定なんですがぁぁ、
周りを取り囲むロープの支え棒の頭に、上の写真左寄りの1番手前、
なんと、金どくろが付いており! これぞまさにキッチュ!!



ヴィデオの部屋では、キンキラの凄い衣装のソプラノが歌っており、
・・歌手の名と歌の名が出てこないぃぃ。

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森の中の小道を行くような部屋もあり、

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タジ・マハール、ピラミッド、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルなど、
      
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面白かったのは、1番真ん中の底に映像が映っていて、
ピラミッドの底では探検者がミイラに襲われていたり、
エンパイア・ステートの天辺には、ゴリラと美女がいたり、
こういうのもちょっぴりの風刺が効いているのでした。



奥の球体と流れる線の色が変わり、部屋を囲む鏡の効果により、
球が幾つにも見える騙し絵効果。 球も、実際は半球位で。

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アーチスト達の展示室が終わり、スワロフスキー創業者達の写真や、
いわば歴史の一コマみたいな作品群なのでしょう、それらが並び、

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左は、シンプルで美しいと思ったネックレス。 

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ガラスの靴、いや、クリスタル・ガラスの靴もあり、ははは、
これは絶対に在っても不思議でないよね、うん。 

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これらのバッグは、レトロっぽくてなかなか良いなぁ、と。

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展示室が終わり、ショップとの間にトイレがあり、
これは、オッ!と思った流し。

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分ります? 丸い洗面台がなく、傾斜している薄緑色の平面!
大丈夫、こちら側に流れることなく、ちゃんと隙間にね。

でもね、日本では成田空港、松本市内の公衆トイレにまであった、
ウォッシュレットではありませんでしたぁ、ははは。
      


ここはショップの入り口で、ず~~~とこの何倍も店が続くのですね。
お土産用の小物から、全身キラキラの馬や豹まで、これが素敵だった!
大きな物から小さな物まで、みんなスワロフスキーのクリスタル、ははは。

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仲間の話では、何年も前に来た時は店もずっと小さかったのだそうで、
儲かるんだねぇ!と頷きあったことでした。
       
お土産用の1番安い品は、黒い鉛筆の頭にクリスタルが1つ付いて、
3,5エウロ。 横に1列に5つ(3つ?)並ぶと5エウロの小品でしたが、
shinkaiは同じ値段のもっと可愛い小豚ちゃんを見つけたもんね。



見るものもさっと見、お土産も買ってしまうと集合時間までが暇で、
ショップ内を歩いている天使嬢も撮らせて貰い、

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予定よりも1時間早く帰ることに皆が同意し、ははは、
漸く表に出てくると、光の垣根と奥にたなびく雲、そして遠くの山。

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出口近くに、ローマ遺跡の発掘場所が床のガラス板から覗けたり、
こんなアラバスターの鉢や壷の展示がありました。

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うん、shinkaiにはこっちの方がなんぼか良いなぁ、美しいなぁ!!

という、クリスタル・グラスのスワロフスキー展示館訪問でした。
光りと色、そして煌きの世界、お楽しみ頂けたでしょうか?

皆さん、クリスマスには、スワロフスキーのアクセサリーで、
キラキラとお出かけなのでしょうね。
クリスマスなら、それも素敵ですねぇ!
   
    
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・ ブレンナー峠を越えて、北の国、北の街インスブルックに 

3日4日と北隣の国オーストリアはインスブルックの街に、
街のクリスマス市と観光、スワロフスキーのクリスタル・ガラスの
展示館見物にと行って来ました。

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クリスマス市も規模の大きな賑やかな物で楽しみ、
26年ぶりかの街の古い地区も楽しく、またドイツ語圏とイタリアとの
肌合いの違いも感じつつ、無事戻りました。

今回は初めて越えたブレンナー峠の様子、ティロルの冠雪した山々の
美しさにも感嘆しましたので、それをまずご覧下さい!

コネリアーノを7時15分頃に出発、まだ薄暗い道を行き、
トップの写真は、漸くに山に朝日が当りだした頃。


朝日! 雲が厚くかかっていて、ちょうど8時過ぎ。

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行程図をどうぞ。 コネリアーノの町からは北西に谷道を抜け、
トレント・Trentoから高速に入り、ボルツァーノ・Bolzanoを過ぎ
一路北に。

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ちょうど国境(黒い線)の辺りでブレンナー峠・Brennerを越え、
インスブルックの街に。
       
この地図では、青線、我々のバスが通った線に3時間53分という
予想を与えていますが、これは乗用車の場合ですし、
トレントから高速に乗るまでは狭い国道で、途中休憩も挟み、
ちょうどインスブルックには12時10分ほどに到着で、
4時間半ほどの行程でした。



フェルトゥレ・Feltreに向い、ピアーヴェ河を渡り、

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西に向うヴァル・スガーナ・Val Suganaの深い谷道を行きます。
細い谷の両側に山が迫り、霜と薄い雪混じりで畑は真っ白!
家々もまだまだ薄闇の中に沈み、住む人は大変だろうなぁ!

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山の切れ目から射し込む陽の様子、分かりますか?



時に日当たりの良い場所に出ると、こんな感じですものね。

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迫る山。

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遠くの山腹に見える古城。

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平野にかかる朝靄。

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トレントから高速に乗り、すぐのサーヴィス・エリアで朝食、休憩タイム。
これは外に出ての西側の山の眺め。 空が青い!!

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そして再び高速を一路北に。

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こんな襞の深い大きな山が飛び出し、上の小さな平地に何軒かの家が
見え、すごい所に住んでいるもんだと驚き! 買い物などどうするんだろ?

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古代からこの道はアルプスを越え北の国々、黒海からイタリア半島を
結ぶ重要な通商道で、一名「琥珀街道」とも呼ばれたのだそう。
       
現在の高速はヴェローナから分岐していますが、鉄道も並行して
走っていて、狭い谷のどちら側にも次々と城塞が見えます。
これは西側。

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東側。

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西側。 

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東。 

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東。 

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撮り逃したのも幾つもありますし、それぞれの城の歴史を
調べたら、どんな逸話が秘められているか、楽しいでしょうねぇ!



そして一旦高速を出て、イタリア側の高速が終わりの意味だろうと、

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ブレンナー峠は、こちら。 いぇ~い、初体験だぁ! ははは。
       
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ブレンナー峠を越える、というのはかっての一つの夢でして、   
最近はもうそれも忘れていたのですけど、ははは、
ブレンナーを越えて、「君知るや南の国」へと言うのを、
かっては辿りたかったのですね。

この「南の国」という言葉を最初に見た信濃の国の
中学生は何を想像したか。
はぁ、ハワイとかタヒチだったのですね、きゃはは。
そうではなく、イタリアなのだ、というのを知ったのは、
もっと大きくなってからの事でして、はい。

ゲーテやモーツァルトや様々な北の国の芸術家達が通った
ブレンナー峠を通り、shinkaiめもイタリアに行きたかったのでした!
が今回漸く、南からブレンナー峠を越えるチャンスを得たという訳。



海抜1372m、最高傾斜は10%という事で、他のアルプス越えに比べ
割と楽なのだという説明でしたが、まぁ、自分が運転するのではない
大型バスで越えましたから、そんなに坂道であるとも感じずに済み、

これはサイトで見つけた写真で、
長さ815m、高さ190mという、多分ヨーロッパ橋という高架橋。

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景色にばかり見とれ、高架があるのは遠くの道に見えていても
自分が通るときにはまるで気が付かず!



ブレンナー峠の標識を見て暫くは、こんな感じでしたが、

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そして皆の携帯には、一斉に国境を越えたという合図が来たらしく。
私のには後で見ましたら、外国に行ってもいつもの様に話したかったら、
XXをインストールせよ、というご挨拶が届いておりました。

以前フランスのプロヴァンスに行った時も、やはり国境を越えた途端、
様々なご挨拶が届きましたっけ。
でもまぁ何もせずとも、今回のインスブルックからのメッセージも
無事にやり取りできましたです。


じきに右に左に、こんな岩山の景色が見え始め、
わぁお~、わぁお~というばかり! ははは。

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谷底の集落が見える、この景色、凄いでしょう?!

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かなり大きな町も見え、

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そしてまたすぐ遠くの雪山、集落。 夏にはさぞ美しい緑でしょうね。

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前方に冠雪した連山が見えるようになり、

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高速を降り、インスブルックの街に向います。
ああ、ドイツ語圏にやってきましたぁ!
       
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緩やかに楕円を描きつつ、街の中に!

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広い通りを中心街に向かい。
車は整然と2列に並び、静かに進み。 ・・えらい違い!
 
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ほら、そこがクリスマス市ですよ、という前に到着。

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まさに旧市街の横で、まずはお昼を食べに放し飼いとなりました。
      
というブレンナー峠越えの様子でした。
写真を整理しつつ、徐々に見て頂きますね、お楽しみに!
    

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・ コネリアーノの町  落ち葉の色、山の雪

いよいよ12月に突入し、気ぜわしい季節となりました。
とは言うものの、私めにはいつもなら余り関係がないのですが、
今友人のジュリアーナが入院しておりまして。

いぇ、大した手術ではなく2日間の入院と言う予定で、
それでも友人一同ちょっぴり緊張し、入院の送り迎え、お見舞いは
どの日に誰と誰、というように、ははは、しっかり当番日程を組む、
独り者相互援助体制に!

昨日午後お見舞いに行ってきましたが、少し痛みはあるそうですが、
元気でよく喋り安心。今朝電話があり、今夕予定通り退院できそうとの事。
で、3時半頃から行き待ち、漸くに6時半に退院、家まで無事に送り届け、
やれやれ!

おまけに明日3日4日と1泊で、オーストリアのインスブルック旅行を
申し込んでいる為、ちょっぴり気ぜわしい、という感じです。

そんな訳で今回は、10日ほど前の日曜日の歩き会の様子を。
当日かなり撮っていたのを整理しましたので、見てやって下さい!

コネリアーノの町の中心広場であるチーマ広場の北面を占める、
テアトロ・アッカデミア。

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当日は町の中の道を上って降りて、あっちに曲がりこっちに曲がり、
「コネリアーノの観光ツァー行程ね」と、ははは、
朝のカフェで会ったピエロとカテリーナのカップルも一緒に、半ば気の向くまま、
足の向くままに歩いたので、町中の写真は適当に端折り、
大体の位置合わせでご覧頂きますね。


コネリアーノのドゥオーモは現在鐘楼が修復中ですっぽり覆われているので、
入り口前のロッジャのフレスコ画を。

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2階部分には、かっての徒歩旅行者用の手当て所として使われたという
細長い部屋があり、その内部もすっかりフレスコ画で埋められていて、
外、内ともに16世紀の作品と。



前を通ると、修復の様子の写真が展示されており、
う~ん、これは修復が必要よね、という感じで、かなり傷んでおり、
まぁ、手遅れにならずに済んで、良かったです、はは。

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ドゥオーモの上の道からは、お城への坂道の横にある、
パッラーディオ式のお屋敷も見え、

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裏側の細い道に並ぶ家々の壁には、かってのフレスコ画の名残もあり、

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中世からの家が残る古い小路。 これは西側から見ていますが、
光の当っている家の手前、表に看板が出ている家が、
この町出身の画家チーマ・ダ・コネリアーノ・Cima da Conegliano
(1459-1517)の生家。

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この家がそうで、今回は垂れ幕に名の見える画家、かな、の展示が
開催中の様子で、開いておりました。

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3階建ての、当時としてはかなり裕福な家だったそうで、
税金の額も庶民としては大目だった、と聞いたことがあります。

n.1 チーマ・ダ・コネリアーノ展 ・ コネリアーノの町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463847804.html

n.2 チーマ・ダ・コネリアーノ展 ・ コネリアーノの町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463848078.html



これはドゥオーモの前の通りを西に突っ切り、もう一つ西の通りに入った壁の碑。
  ユダヤ人共同体はこの区域に於いて、何世紀間に渡り
  信仰の習慣に従い、働き生きる事ができた。

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1997年に納められた碑ですが、今回始めてピエロが教えてくれ、大体この辺り、
とは知っていたものの、正確にかってのゲットー区域だったのを知りました。

コネリアーノにはかなり大きなユダヤ人集落があり、立派なシナゴークもあったのが、
戦後解体され、イスラエルの方に移築されたそう。



この一帯は新しい大きなコンドミニオに建て変わっていたりですが、

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一番外れにあったこの建物、綺麗に修復され明るい色に塗られていますが、
これなどまさに中世のままの家の形。

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西に進むと洒落たお屋敷街になりますが、その一廓で素晴らしい色に出会い!

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敷き詰められた落ち葉の小路を抜けつつ、

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せっせと足元の落ち葉を撮ります。

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さやが色づき始めた植木、なんだろ?

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蔦かな、真っ赤!!

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お城がこの位置に見える場所に来ると、ほらshinkai、あんたはコネリアーノも
描かないとダメよ!とジュリアーノが責めますが、今回はエレオノーラまで一緒にね。

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そんな事言われたって、これを描けたら苦労は無いよ、へっへっへ。
       


うん、こちらの方がまだ色が綺麗よね!

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わぉ、ボケの花がもう咲いてる!

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山茶花も!!

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かと思うと、トケイソウもまだ咲いてる! 完全にピンボケで、ご容赦ぁ!!

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お家の塀沿いに、こんな顔して、顎を乗せているワンちゃん。

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皆が、寂しそうな顔して!と言ったのですがぁ、
良く見ると、寄り目でしょう?! ・・して見せたのかなぁ、ははは。



だって、次の瞬間にはこんな鋭い目になっていて、
塀越しに手を差し出したピエロに、猛然と吠え掛かったのですよ!

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そう、塀の向こうは無関係、大丈夫なんだけど、
一旦塀を越すと、警戒警報発令なんだよね、ははは。



小鳥ちゃんたちのお出でを待つ、いっぱいの赤い身!

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落ち葉に埋もれるベンチ。

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広いお庭の向こうで、一心に見張りを続ける猫ちゃん。
声をかけているのは聞いているのですけどね、トカゲの方が大事ね。

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坂道を上り、この辺りはもう隣町のスセガーナに近く、正面に見える建物が
国立のワイン醸造業者育成の為の中学校と多分高校も。
道のこちら手前側の一部にカンティーナとレストラン。

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そう、ヴェネト平野の地平線!

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そして少し西に向かい、
葡萄畑の葉も殆ど落ち、遠くに見える丘が素敵でしょう?!

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奥の山の中央から少し左に見える塔が、スセガーナのサン・サルヴァトーレの城。



アップすると、こんな様子。

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中世の城跡 ・ サン・サルヴァトーレ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463525627.html

コッラルトの城址と村 そして コッラルト家の人々
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472436080.html



丘の上の道を奥に進み、その朝初冠雪が見えた北の山並みと、
コッラルブリーゴの教会と集落。

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少し東側。 

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当日のメンバー。 左から、ピエロ、エレオノーラ、カテリーナ、ヘルガ、
ジュリアーナ、そしてロレダーナ。

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shinkaiがつけたあだ名は、エレオノーラ=コマンダンテ・隊長、
ヘルガ=ロッテンマイヤー、ほら、「ハイジ」に出てくるでしょ、ははは。
ヘルガのは本人には内緒なんですけど、周りの皆が喜んで同意! ひひ。



坂道を降りてくると、まだ庭で獲物を睨んでいるさっきの猫ちゃん。
やはりこちらを向いてくれず・・!

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下の草原でも、何かを狙っている猫ちゃん。
     
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shinkaiが見つけたのは、茸!
お昼にちょうど良さそうなんだけど、残念、お家のお庭でしたぁ。

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***
   
という事で、明日朝早くからインスブルックに出かけて来ます。
と言っても1泊ですので、はは、すぐ戻ります。

実は10月初め日本に出発する前に、カメラを清掃と電池室の蓋の
修理に出しました。 1ヶ月位と聞いたので、11月初めには戻ると思って。

ところが戻らず、催促した翌週、既に預けて1ヶ月半となって、 
修復見積もりは99エウロだけど、OKか、と!
OKだから、早くしてぇ!と言ったのですが、

その時点で、これはもうインスブルックには間に合わない、と。
いくらニコンとはいえ、ニコン・トリノとなると、働いているのは
イタリア人ですものね?! ああ、見積もりが甘かったぁ!!

てな事で、ウン十年振りかのインスブルックの街中の写真も、
せっかくの新品18-300mmのレンズを試す事が出来ず、残念!
       
でも久し振りの外国なので、ははは、頑張って撮って来ま~す、
お楽しみにぃ!
 
       
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