さて先回予告編を致しましたヴェネトはヴィチェンツァ近郊、
16世紀アンドレーア・パッラーディオ・Andrea Palladio設計のラ・ロトンダ・
La Rotonndaのご案内を。
16世紀アンドレーア・パッラーディオ・Andrea Palladio設計のラ・ロトンダ・
La Rotonndaのご案内を。
長閑なヴェネト平野の中をバスは行き、

ラ・ロトンダ正面の標識
ヴィッラ・アルメーリコ・カプラ 通称ラ・ロトンダ
(16世紀)設計 アンドレーア・パッラーディオ
右下のマークは、世界遺産指定 1994年

内部は写真禁止でしたので、サイトから写真をあれこれ拝借ですが、
こちらは上空からで、庭園の広さとの関係もよくお分かりと。

どこにあるかと言いますと、先回ご紹介したヴィチェンツァの街の南に。
駅前からバスがある筈で、

ヴィチェンツァはヴェネツィアから75k西に位置し、ミラノ~ヴェネツィア間の幹線駅。
さて南から近づいた我らのバスの窓からの最初の眺め、建物の東側に当ります。

バスを降り、細い緩やかな坂道を辿りますが、この辺りは長閑な景色と
温暖な空気で有名な所で、花も咲き始め・・。

正面入り口からの眺め、

上の庭園から。

ラ・ロトンダの訪問は今回初めてだったのですが、今まで写真はあれこれ見ており、
その印象からなんとなくこじんまりとした可愛らしい建物、という感覚があったのが、
なんの、やはりかなり壮大な印象で、パッラーディオ独特の堂々とした大きな物。
その印象からなんとなくこじんまりとした可愛らしい建物、という感覚があったのが、
なんの、やはりかなり壮大な印象で、パッラーディオ独特の堂々とした大きな物。
正面入り口は北西側にあり、入り口の緩やかな傾斜地の向こう、上って来た道を挟み
見えるのは、ヴァルマラーナ家・Valmaranaのヴィッラの礼拝堂で、

ヴァルマラーナのヴィッラはあの奥にある様子ですが、奇しくも1912年より
現在のラ・ロトンダの持ち主。
現在のラ・ロトンダの持ち主。
この借景というのか、これも大変見事なものですが、坂道の左側に見えるのが、
いわゆるバルケッサ・農作業用、厩舎で、
これは後世カプラ家に持ち主が変わって後付けられた物と。
入り口から傾斜道を上ってきた所の鳥の彫像、家鴨かな、なんだろ?

こちらが庭園から見るバルケッサの裏側、というか使用側。
入り口の傾斜道の長さ、高低差が分りますよね。
入り口の傾斜道の長さ、高低差が分りますよね。

前の庭園から。北側にモンテ・ベーリコの聖堂も見え、これはヴィチェンツァの駅から
南に見上げる高さに位置しますが、木立の中に点在する大小のヴィッラも見え、
庭には引率の先生の話を聞く外国からの学生グループも。
庭には引率の先生の話を聞く外国からの学生グループも。


前庭で我らのガイドさんがあれこれ説明中だったのですが、shinkaiは勝手に
あちこち歩き回って写真を撮り、
あちこち歩き回って写真を撮り、
こちらは南側。 正確にはほんの少しの違いがあるそうですが、四面共に同じ造りで、
真ん中の丸い大きな部屋から張り出した形で、6本のイオニア式円柱に支えられた
神殿様の入り口のロッジャがあり、
階段を上ってどこからも出入りでき、周囲の風景を愛でる事も。
真ん中の丸い大きな部屋から張り出した形で、6本のイオニア式円柱に支えられた
神殿様の入り口のロッジャがあり、
階段を上ってどこからも出入りでき、周囲の風景を愛でる事も。



上はピアーノ・ノービレと呼ばれる主人の居住区域で、
1階部分は召使達の使用部、そして台所や物置部分。
階段の下を通り抜けるアーチ部分。

現在の正面入り口である北側部分で、ここから中に入ります。

上の三角部の下にMARIUS CAPRAと見えますが、マリオ・カプラ・Marioと
もう一人兄弟のオドリーコ・Odoricoが、1620年にヴィッラの建設を終了させたと。
後先逆になりますが、最初にこのヴィッラをパッラーディオに注文したのは、
入り口脇の標識に名の見えるパオロ・アルメーリコ・Paolo Almericoで、
この方は教皇ピオ4世、5世に仕えた書記官だったそうですが、
引退するに当たり、生まれ故郷のヴィチェンツァに住む為だったそう。
入り口脇の標識に名の見えるパオロ・アルメーリコ・Paolo Almericoで、
この方は教皇ピオ4世、5世に仕えた書記官だったそうですが、
引退するに当たり、生まれ故郷のヴィチェンツァに住む為だったそう。
1565年に発注、翌年から工事で、1569年には住める状態だったそうですが、
パッラーディオが1580年、注文主のアルメーリコも1589年に亡くなり、
工事の完成を見ることはなかったと。
パッラーディオが1580年、注文主のアルメーリコも1589年に亡くなり、
工事の完成を見ることはなかったと。
アルメーリコ、司教にして伯爵位を持つ方が亡くなった後、ヴィッラは庶出の息子が
相続しますが、これが経済破綻者で、2年後にカプラ兄弟に売り払い、
漸くに30年後の1620年、外装内装共に完成、という事です。
相続しますが、これが経済破綻者で、2年後にカプラ兄弟に売り払い、
漸くに30年後の1620年、外装内装共に完成、という事です。
アルメーリコ司教は聖職者ですから独り者、庶子は居れども姓が違うので
隠し子だったのかもで、ははは、いわゆる貴族一般のヴィッラのように広大な
建物は必要なく、
隠し子だったのかもで、ははは、いわゆる貴族一般のヴィッラのように広大な
建物は必要なく、
このラ・ロトンダがこじんまりとした、中心に円形の広間があり、その周囲に同じ形の
部屋が四方に突き出す、いわばギリシャ十字の教会様式にも似た形で、
中心の円形の広間の天井部に丸屋根を持つ、神殿に似た形を
パッラーディオが設計したのも納得できますね。
部屋が四方に突き出す、いわばギリシャ十字の教会様式にも似た形で、
中心の円形の広間の天井部に丸屋根を持つ、神殿に似た形を
パッラーディオが設計したのも納得できますね。

小高い、他から孤立した丘の上に立つ聖職者のヴィッラとしては、
如何にも相応しい形で始まったのでしたが、
如何にも相応しい形で始まったのでしたが、
ヴェネト一帯に30ほどものヴィッラの設計をしたパッラーディオの作品の中でも
最高傑作として名高く、世界各国にその影響を及ぼした神殿式ヴィッラなのでした。
最高傑作として名高く、世界各国にその影響を及ぼした神殿式ヴィッラなのでした。
という事でこの内部装飾は、後に買い取ったカプラ兄弟の趣味というか、
当時のヴェネツィア貴族の趣味で、後々にも様々に改装された様子。
中心の円形の広間と、上部のドームの内部装飾。



パッラーディオが亡くなった後は、ヴィンチェンツォ・スカモッツィ・
Vincenzo Scamozziが、テアトロ・オリンピコを始め、パッラーディオのプロジェクトの
後を引き継いだのみならず、彼自身も素晴らしい建設をヴェネト一帯に残しておりますが、
このドームもパッラーディオは半球体を設計していたのが、スカモッツィは建設上の
問題からももっと低いものに変え、頂上部に丸い天窓をつけたのだそう。
問題からももっと低いものに変え、頂上部に丸い天窓をつけたのだそう。
真ん中の縦構図の写真ですが、もし写真Okだったらきっとshinkaiも撮った上部で、
あの赤を背景の彫像に光が当って、本当に美しく見えたのでした。
こういうゴテゴテ装飾は余り好きませんが、まぁ時にはね・・!
ヴィッラ・フォスカリ、 または、 ラ・マルコンテンタ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467561421.html
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467561421.html
どこの部屋か覚えておらず、の装飾と、各小部屋の天井装飾、一つ不足ですが。


建築史上に残る、新しい建築様式を開いたと賞賛される、
素晴らしく美しいパッラーディオのヴィッラですが、
素晴らしく美しいパッラーディオのヴィッラですが、
そうですね、貧乏人の正直な感想としては、ははは、実際に住むとどうだろうか、
というものでした。
というものでした。
ははは、こんな感想自体、ヴィッラを観る資格がないのかもですが!
そうなんです、いつもはヴィッラ見学にこういう感想はないのですが、
何ででしょうか、余りにも正確に整いすぎていたせいなのか、
美しいけれども、丘の上にぽつんと孤高の姿というのか・・、
どこかトンチンカンな感想ですが。
何ででしょうか、余りにも正確に整いすぎていたせいなのか、
美しいけれども、丘の上にぽつんと孤高の姿というのか・・、
どこかトンチンカンな感想ですが。
東側。 こちら側は庭が広く、ゆったりで、


この正面に当るこちらの傾斜地には、かっての馬車道と思われる生垣の植わった道が
見えましたが、現在は周囲と同じに石塀で閉じられておりました。
そうそう建物自体の向きですが、どの部屋にも均等に光が当るように、
東西南北の軸に45度の角度を持っているのだそう。
東西南北の軸に45度の角度を持っているのだそう。
東から南にかけての、本当に気持ちの良い春の畑。


ヴィッラの入り口、傾斜道脇の薔薇もお手入れ中でしたし、南西の角の紫陽花も
すでにこんなに葉が育ち、
すでにこんなに葉が育ち、

外国からの客人グループもスケッチをしたり。
いやぁ、それにしても真っ白、ミルク色の肌!

前庭ではデンマークからの高校生が記念撮影中で、

皆が指を突き出しているでしょう?! なんと、ははは、中指を突き出していて、
後で学生を撮っている所にこの先生がやって来て、ジュリアーナがついでに
カメラを向けましたら中指を突き出し、ははは、しっかり写っておりました。
カメラを向けましたら中指を突き出し、ははは、しっかり写っておりました。
はい、後列にいた緑の髪の子。

彼の左のレンズに映っている赤いコートは、ジュリアーナ。 彼女が盛んに
この緑の髪を撮りたがっていたので、shinkaiめがきっかけを、とばらし、ははは。
我ら中高熟年グループは、はは、暑いとは言いながら殆どがコートのまま。
ですが、彼らは半袖Tシャツ、中には袖なしもおり!
ヴァイキングの子孫に勝てるわけがないよ、と言い合った事でしたぁ。
ですが、彼らは半袖Tシャツ、中には袖なしもおり!
ヴァイキングの子孫に勝てるわけがないよ、と言い合った事でしたぁ。
ラ・ロトンダの内部見学は
期間は3月16日から、11月23日まで
火曜~日曜 10時~12時 15時~18時 月曜休館
この時間は確かめていますが、2019.7.1 訪問予定前にはお確かめを。
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