・ 標高2000m ドロミーティの山々と、マルモッタ(アルプス・マーモット)

今日はジョヴァンニ・Giovanniに送って貰った写真で、標高2110mにある
ドロミーティの山小屋チッタ・ディ・カルピ・Citta di Carpiからの雄大な眺め、
高山の花、乳牛たち、そしてマルモッタ・アルプスマーモットの可愛い姿を。

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私には到底撮れない場所と写真ですし、こんな素晴らしい写真を我がブログに
掲載できるのは、とても嬉しく光栄に思います。
ジョヴァンニに敬意を表し、今日は少し大きな640ピクセルでご覧頂くことに。
Grazie Giovanni!!



まずどの辺りか、地図をどうぞ。 高級避暑地で有名なコルティナ・ダンペッツォ・
Cortina d'Ampezzpの奥にあるミズリーナ湖・Misurina、ここからリフトで上に。
そして1時間歩いて赤点の位置が今回の山小屋。

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こちらに詳細地図を。 ミズリーナ湖からリフトで上がった場所左上に、
Rif.Col de Verda・コル・デ・ヴェルダの山小屋があり、そこからN.120の山道を
1時間、右下に見えるチッタ・ディ・カルピ、この地図では標高2130mに。

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ジョヴァンニが書いてくれた説明によると、カディーニ・ディ・ミズリーナ・
Cadini di Musurinaと呼ばれる北に連なる山々の麓に位置するのだそう。
確かに、見える山々の高さは2425m、2557m、2675m ecc ecc!!

という様子で、上の写真は山小屋への小道から。
shinkaiは山小屋と記していますが、イタリアではリフージョ・Rifugio・避難所と。

コルティナ・ダンペッツォの遅い春
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461526710.html

夏のドロミテ ・ コルティナ、ミズリーナ湖
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460885260.html

コルティナ・ダンペッツォ ・ Cortina D'Ampezzo
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460884463.html

トゥレ・チーメ・ディ・ラヴァレード ・ ドロミーティの大景観!!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468344876.html
       


さて山道を行くと、放牧中の乳牛たちに出会い、

s-s-3 Incontri_GF.jpg



この黄色い花はボットン・ドーロ・Botton d'oroと説明に。
ジョヴァンニは本当に詳しいのです、花の名にも。

s-s-4 Botton d'oro_GF.jpg



奥に鋭く尖った姿が見えますが、かなりの人々が往き来。
そして皆さんの持っているカメラ・レンズがでかい!!

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山小屋チッタ・ディ・カルピに到着。

s-s-6 Rifugio Citt+á di Carpi_GF.jpg



カディーニ・ディ・ミズリーナの山々。

s-s-8 Cadini di Misurina_GF.jpg



傑作を狙うカメラマン。

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ロドデンドゥリ・Rododendri・石楠花。

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クローダ・デイ・トーニ・Croda dei Toni、
最初の地図の真ん中一番上に、3094m!

s-s-12 Croda dei Toni_GF.jpg



お花でも撮っているのか、しゃがみ込んでいるのを、茶の乳牛が不思議そうに、
ははは、見つめています。

s-s-13 Mucche con fotografo_GF.jpg



カメドゥーリオ・Camedrioと書いてくれましたが、日本語が見つからず・・。

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ジョヴァンニ達は山小屋に1泊。 サイトで見つけた山小屋チッタ・ディ・カルピ。
この壁には2110mと見えますね。

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山小屋のサイトはこちら。
http://www.caicarpi.it/wp/rifugio-citta-di-carpi/
6月20日から9月20日までと、クリスマスから復活祭までの冬季は毎週末にオープン。
      


バール兼食堂

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部屋は相部屋で2段ベッド、ベッド数は32.

s-cameretta.jpg



料理の写真も見つかり、カネーデルリ・パンの団子と肉煮込み。

s-s-citta carpi1.jpg


ならば、1泊幾らか、どんな評判かをジョヴァンニに聞くよりも調べた方が早いと、
・・彼は毎日メール・チェックしないのが分っているのでね、ははは

で、サイトで見たコメント類。
・ミズリーナ湖からリフトで上がって、ハイキングでの昼食、カネーデルリ3種、
 ポレンタと焼いたチーズ、酢漬けキャベツの付け合せ、
 ビール小、デザート、以上大変美味しく2人分33,9エウロ、
 値段も手頃でお勧めできます。
・バールに寄ったが大変親密なもてなしで、お勧め!
・14人のグループ、大した事のない夕食、飲めない様な不味いワインが
 カラフ(0,5L)で6エウロ、皆さん、注文しないで!
 朝食は量が少なく、バターとジャムは自家製でなくホテル用のやつ。
 この山の中で、ホテル用??!! 

・・どうやら1泊夕・朝食付きで50エウロだった様子、ははは。
このバターとジャムがホテル用のだった、というのは小さな包んだ奴ですね、
というのは他にもあったので、皆ガッカリしたのでしょう。
食い物にはうるさいイタリア人!
よっしゃ、次回ジョヴァンニに会った時に確かめてみよ!!
    
   

翌朝、暁!

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こちらはクリスタッロ・Cristalloの朝日、標高3221m。

s-s-17 Alba sul Cristallo_GF.jpg



ジョヴァンニたちは早朝に起きだし、マルモッタを撮りに出かけた様子で、
こんなにたくさん撮れたのは始めて、と言ってましたっけ。

アルプスのマルモッタと呼ばれる種で、こちらにサイト。
http://www.parchionline.it/marmotta.htm

見張りがいて、危険が迫ると警笛のように鋭い鳴き声で知らせ、皆一斉に穴の中に!
   
s-s-18 Guardia marmotta_GF.jpg

    

こちらはマンマ。

s-s-19 Mamma marmotta_GF.jpg



チビちゃんが2人、それぞれ近寄って愛撫を。

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大体マルモッタの写真は1匹だけ、が普通で、親子連れのは始めて見ましたし、
しかも愛情込めたしぐさで、本当に可愛い!
      
ジョヴァンニが書いてくれた説明やサイトを読むと、
リス科の親戚、標高1500m以上の高所の穴の中に住み、夏用と冬用の穴は
深さなどが違うそうで、

体長は70cmほど、このうち尻尾が20cmというので、胴だけだと50cm位、
体重は5~6kg、平均で15~18年の寿命との事。
 
冬季は6ヶ月間の冬眠、4月~6月が愛の季節で妊娠期間は1ヶ月ちょっと、
2~5匹の赤ちゃんを出産、1ヵ月半の授乳、2ヶ月で独立との事!
雌が親になるのは3歳になってから。

朝、穴から出て食べ陽を浴び、グループと遊び、夕方穴に戻る、
菜食で水は飲まず、水分は植物から摂取、チャンスがあれば昆虫も食べ、
この体重ながら、木も岩登りも得意で素早い・・、



ジョヴァンニがこの写真に付けたタイトルは、好奇心の強い二人。

s-s-24 Marmotte curiose_GF.jpg

はは、逃げずにじっとこちらを見つめていますね。
目の付いている位置からして、彼らの視野はとても広いのだそう。



チビちゃんたちの食事風景。 こういう姿は本当に愛しい!

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鼻を時々ヒクッヒクッとさせながら、何かを見ている様子が想像できそうでしょう?

s-s-27 Piccolo di marmotta_GF.jpg



乳牛との共存。

s-s-28 Convivenza_GF.jpg



山々に雲が湧き、

s-s-29 Cadini 2_GF.jpg

s-s-30 Nuvole_GF.jpg



そして帰り道。

s-s-31 Ritorno_GF.jpg


ジョヴァンニのドロミーティの山々、マルモッタ達の写真、如何でしたか?
彼に皆さんからの伝言をお伝えしますので、
どうぞたくさんコメントをお願いいたしま~す!


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・ カーポディストゥリア ・ スロヴェニア

さて、ほんのちょっぴりの訪問だったスロヴェニアの国、
最後に見て頂くのはカーポディストゥリア・Capodistria、
スロヴェニア語ではKoper・コーペル。

1-tria.jpg

発音がすこし不安ですが、ローマ期からの名Kaprisが
長く残っていたというので、カープリス→コーペルではないかと。
ご存知の方、お教え願います。

この街も元々は島だったというのが良く分かる上の写真ですが、
人口が5万3千人ほどの、スロヴェニアの主要港。
ギリシャ時代から名が残る町ですが、
この町もイーゾラ、ピラン同様に1278年から5世紀間
ヴェネツィア共和国の下にありました。


もう一枚、こちらは上の写真の左側に突き出す突堤内から
撮ったと見られる街の様子。

2-rna.jpg

左手前にアーチの続く建物がありますが、タベルナ・Tavernaといい、
元々は塩の倉庫だったのを、各種展示会に使用されているとの事。

なぜこれが分ったか、shinkaiの苦労話を後ほど、ははは、
聞いてやっていただきますです、はい。

上の上空からの写真で、街を取り囲むようにして道が巡り、
外側真ん中あたりに広く白い大きな駐車場がありますね。
その外を幅広の道が通りロータリーが見え、で、実はもう一回り
外側にも幅広の道が通りロータリーが。

トリエステからムッジャに寄り、国境を越え約27kほど、
スロヴェニアはユーロ圏ですのでフリーパスで通れますが、
shinkaiの車のトムトムはイタリア国内のみで、国境を越えた途端
現金にもさっと消え、ははは、後は同行のtomoconeさんとの珍道中、
イタリア語も書いてある標識を頼りに進みます。

蛇足ながらスロヴェニア語でイタリア・Italiaの事をItalijaと
記すのですね、イタリィーヤ?!

で街の外からあっちが中心らしいと入って来たロータリー、
も一つロータリーと、えっあれっ、違う方向に入ったみたいね、
と何度かぐるぐる・・。


       
漸くに駐車場の印を見つけ入ったところが、広い広い草原!
何処からでも自由に出入りできる駐車場でしたが、ははは、
そこで見かけた大きな看板がこれ。

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首都リュブリアナの2010年フェスティヴァル、
ミュンヘン・フィルハーモニーのコンサートがあったのですね。



こちらはイタリア語も並んでいて、「中世祭り  火と娯楽の夜」 
う~ん、こういうチャンバラごっこは、イタリアでも見ていると
出演者達が楽しんでいるなぁという感、無きにしもあらず、ははは。 

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駐車場から街に近づき、見えたムーダ門・Porta della Muda.
1516年建設の、古い町の主門。

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説明が必ずスロヴェニア語、イタリア語、英語と並び、分りやすく。
とは言うものの、この後の写真を整理していて、
自分が見た建物など町の何処にあったのか、どう通ったのか、
勿論町の中心にあるドゥオーモなどは分りますが、
他は何処にあるのか、実は地図を探し回りました。

記憶を辿りつつ、なにせ4年前! グーグルのストリート・ヴューの
お陰で、上のムーダ門の位置がまず分り、
そこから町に入った筈だから、その次、その次はと。
ですが、この街のストリート・ヴューはほんの僅かな部分のみ、
というのも知りました。
       
イタリアの場合、ヴェネツィアなどは隅々まで勿論の事、
小さなピエンツァの町の細い小路までも出るので、
カメラを背負って歩いているのだろうと感心しておりますが、
今回逆に自分が通った道が出ないと、あれっ?!と、ははは。
人間は、もとえshinkaiは、慣れると何処までも厚かましく!
       


という所で、町の地図をどうぞ。

6-tria_GF.jpg

1.ムーダ門・Porta della Muda
2.ダ・ポンテの泉・Fontana Da Ponte
3.サン・ジャコモ教会・Chiesa di San Giacomo
4.フォンティーコ・Fontico
5.ドゥオーモ・Cattedrale dell'Assunta e di San Nazario
6.パラッツォ・デッラ・ロッジャ・Palazzo della Roggia
7.パラッツォ・プレトーリオ・Palazzo Pretorio
8.中央図書館・Brutti Palace
9.カルパッチョの家・Casa Carpaccio



さてでは、覚束ないながら旧市街の散歩をご一緒に!
       
サイトから拝借の写真で、
ムーダ門の細部と隣の小さな古い壁、門の見える様子もどうぞ。
ライオンの顔や上部には太陽の顔まであったのですねぇ!

7-1-014.jpg

すぐ近くにいた人に、我々は何処でしょう?と、ははは、
地図を開いて確かめた記憶がありますので、
そのまま門をくぐったのでしょう、残念!

左横に見える古い壁の内側に、



こんな顔の付いた泉。

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門から続いて広場があり、そこには大きな立派な泉、2.ダ・ポンテの泉。

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見覚えの感がおありでしょうか?! はい、この泉は1667年
建設時の執政長官の名が冠されていますが、
ヴェネツィアはカナレッジョのグーリエ橋・Ponte delle Guglie
の尖塔風の装飾を模したもの。



旧市街の細い道、緩やかな坂道が続くのをゆっくりと。
窓の下にこんなタベルナーコロ・壁龕。

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顔が無くなっているのが残念ですが、でも立派な作りでしょう?
腕には確かに子供を抱えた姿で聖母らしいのですが、
でもスカートをはいた感じにも見え、・・謎。



そして井戸、如何にもヴェネツィア風の井戸なのですが、
ほんのちょっぴり線が硬いイメージというの。
職人の腕とセンスの違いかも。

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ここの緑は、ブローロ広場・Piazza Broloといい、
町の地図の中心に三角形に緑が見える部分で、
ドゥオーモの東南部分に。



この広場の脇、少し奥まって3.サン・ジャコモ教会、14世紀の
ゴシック様式の愛らしい姿。

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正面に張り出した小さな玄関、そして上の2連窓4つの鐘楼は
テラコッタ製という説明があったのですが、玄関はともかく、
鐘楼の方は修復されていますね。

この尖がったセメント製かと思われる鐘楼の屋根は、ピランもイーゾラも
ここでも皆同じスタイルで、大きな尖がり屋根だと三角形が
2重になっているだけ! なんとなし味気ない思いもしますが。



同じ広場の脇にこちら 4.フォンティーコ、
ヴェネツィアでフォンテーゴ、またはフォンダーゴ・商館と
呼ばれたのと同じ由来と思いますが、

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このヴェネツィアの香り紛々たる1392年建設の、元は小麦の貯蔵庫
だったそうで、代々の執政長官の紋が残り、現在は州の記録庫と。



そこから望むドゥオーモの後ろ姿。
ですがね、頓馬というかなんというか、ははは、
写真を整理しつつも即には気が付かないのです、まったくぅ!!

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広場から一旦広い道まで出て見た様子。
椰子の並木など南国調で、それに少し厳しい感じの古い建物、
明るすぎる屋根瓦の色、と大陸的太い神経というのか、ははは!

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8.現在の中央図書館・Brutti Palace. 1714年建設。

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こちらは地図に印を付けずですが、ドゥオーモの左側を入って行った
場所にあったロトンダ・Rotonda、またはカルミネの礼拝堂・
Oratorio del Carmineと呼ばれる、現在は洗礼堂だそう。

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12世紀半ばの建設だそうで、上の小さな鐘楼が可愛いでしょう。
鐘に付いた紐が外に垂れていて、外で鳴らしたと分りますが、
さすが、現在は即手の届く位置までは下りていませんで、はは。



さて漸くに辿りついた町の中心のティトー広場・Piazza Titoの
南側を占める7.パラッツォ・プレトーリオ・Palazzo Pretorio.

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現在の建物は15世紀の半ばからの建設で16世紀半ばに完成、
今は市役所だそう。

プレトーリオ宮という名が示すように、ヴェネツィアからの法務、
執政長官達の行政庁であり、上の真ん中に見える像は秤を手にした
裁きの女神像、執政官たちの紋、
勿論サン・マルコのシンボルである有翼のライオン像も。
他に写真で見つけられないのですが、ライオンの口、
つまり目安箱というか、告発の投書口もあると。

ライオンの口については n.1 パラッツォ・ドゥカーレ・ディ・ヴェネツィア
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464578376.html



現在は市役所とのことですが、入り口前にあったポスター。
タルティーニ・ジュニア・Tartini juniaという音楽グループが、
7~8月の毎週木曜の夕方、ここのホールで演奏会を開くと。

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ピラン出身の有名音楽家タルティーニの像は
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/473864766.html



プレトーリオ宮の外階段を上がった場所からの眺めで、
正面が6.パラッツォ・デッラ・ロッジャ・Palazzo della Roggia.

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1462年建設で、様々な集会に使われた吹き抜けの場所。
現在も各種催しに使われているとの事ですが、ここにもやはり
正面にサン・マルコ、ヴェネツィアのシンボルの有翼のライオン君。



そして角にあるこの天蓋つきの聖母子像はテラコッタ製で、
1553~55年にかけイーストゥリア半島全体に渡りペストが
蔓延した際の平癒祈願のものと。

25-067_GF.jpg



広場の東を占めるのが
5.ドゥオーモ・Cattedrale dell'Assunta e di San Nazario 
正式の名は長く、アッスンタ・エ・ディ・サン・ナザーリオ聖堂。

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12世紀の後半の建設ですが、何度もの修復改装を経ていて、
正面が15世紀、内部は18世紀と。



この素晴らしく高く大きな鐘楼は12世紀のロマネスク様式、
高さ確か90mと読んだ気がしますが、今再度探して見つからず!

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15世紀まで見張りの塔としても使われていたそうで、
1333年製のスロヴェニア全土でも指折りの古い鐘が備わっていると。



所で我らが行った時はちょうどお昼で閉まっていて、
内部を見ておらず、写真を探し回りましたが無い!
1枚白黒の良く見えない様なのしか見つからず、これはパスで、
カルパッチョの作品があるというので、それも探しました。

カルパッチョと言っても、これではなく、きゃはは、

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ヴィットーレ・カルパッチョ・Vittore Carpaccio(1465頃-1525/26)
ヴェネツィアのコッレール博物館収蔵の名品作者、
15~16世紀にかけての、ヴェネツィア共和国繁栄の時代の証言
みたいな絵をたくさん残している画家ですが、

30-una.jpg


今回ムキになってあれこれ探している間に、面白い事を知りました。

生まれた年も生地も定かでなく、皮商人の子として多分ブラーノ島の隣の
マッゾルボ島で生まれ、ヴェネツィアに引っ越したものであろう、とあり、
本名もScarpazzo またはScarpazoだと。

であれこれ調べているうちに、カーポディストゥリアの土地の古い謂れでは
この町出身と言われており、おまけにスロヴェニアのちょっと変わった噂には、
スロヴェニア人であり、元の姓はKrpacだというのがあると!

こういう時にイタリア人が発する言葉は、マンマ・ミ~ア! ははは。
まぁ、そのあたりの研究は専門家にお任せするとして、



カルパッチョの絵はカーポディストゥリアとピランに在り、
聖堂にあるという「聖なる対話」は見つかりませんでしたが、

オルガンの開き戸に描いた、というのはこれではないか、と
思われる2枚が絵葉書になったのが見つかりました。
「玉座の聖母子と聖人たち」

31-066.jpg

もう一枚は「嬰児虐殺」ですが、こちらはパス。



そして芋づる式に、ははは、彼の息子、または甥かもという
ベネデット・カルパッチョ・Benedetto(1520-1560)の存在も知り。

ヴェネツィア生まれ、カルパッチョの工房で働いていた様子ですが、
1540年にはカーポディストゥリアの市民権を取ったことが記録にあり、
1560年までは住んでいた事も残ります。

こちらが9.カルパッチョの家 という事で、上から2枚目の海からの写真に
見えるアーチの連なる元塩倉庫、タヴェルナの裏の広場にあるのですね。

32-450.jpg

息子のベネデットが住んでいたのか、仕事に来たヴィットーレの
時代からあった家なのか、家自体は14世紀のものと。
ベネデット・カルパッチョの絵もこの一帯に残っており、父親の絵に比べ、
優しいイメージだと眺めておりましたら、

もう一つ関連したニュースが引っかかりました!
「カルパッチョ、ヴィットーレとベネデット、ヴェネツィアからイーストゥリア展」
コネリアーノ 2015年3月7日から6月28日

来年春の展覧会のニュース、しかも今回行き会ったカルパッチョ父子。
我ながらいささか驚いた事を正直に、ははは。
shinkaiも動けば棒にあたる!!



いささか横道に逸れましたが、
カーポディストゥリアのご案内を終えませんと、ね。
プレトーリオ宮、現市役所の建物の下を通り抜ける道があり、

33-064_GF.jpg

このあたり、古くからヴェネツィアのメルチェリーア通りに似て、
店や職人工房が並んでいた賑やかな通りだったといいます。
    
確かこの道を辿りながら、お昼を食べたと思うのですが、
写真を撮っておらず、残念!



如何にもヴェネツィアの小路の奥の、お屋敷みたいな建物も見かけ、

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最後はちょっと高台から見た港の様子を。
スロヴェニアは港を持つのがこちらアドリア海側に3つのみで、

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先回ご案内のイーゾラは観光用の港、ピランも同様ですが軍港でもあり、
ですからここカーポディストゥリアが重要な商業港というわけです。



スロヴェニア行きで訪問したのは今までの3つの他に、ピランの先の
ポルトローゼ・Portorose、ここに塩田があるというので見に寄りました。

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前日2日間の暴飲暴食、猛暑がたたり、ははは、shinkaiは
塩田の管理人さんの事務所の横の日陰で伸びて居り、ははは、
tomoconeさんだけが長~い日向道を見学に行かれたので、
写真も無くお話も無いのが残念!
せめて、とサイトから探してきたのを1枚どうぞ!



ついでに、このポルトローゼにも優雅なヴァカンス用のホテルが
揃っているのを見つけたので、見せびらかしに! ははは。

39-rdin.jpg



となると、やはり美味しそうな写真もね。 魚類、肉類、そしてお菓子。

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この肉のお皿の赤い唐辛子のソースと生タマネギを見て、
スロヴェニアとの国境のアグリトゥリズモでの食事を思い出しました。
       


最後は美しく終わるべく、エメラルド色の海を!!

43-tria.jpg


皆様、お疲れ様でしたぁ!!


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・ イーゾラ ・ スロヴェニア 

なかなかお天気が安定しない北イタリア。
先週末すぐ近くの水車のある美しい里の村祭りで、
爆弾雨による4人もの死者が出た大災害も起こり、
トスカーナ、エミーリア・ロマーニャの方でも豪雨のニュース!

陽が射すとさすが外は暑いのですが、まだ家の中の温度は低く、
窓も雨戸も閉めているとヒンヤリで、過ごし易いのは有難いものの、
異常気象が気になります。

友人からのメールでも、そちら日本は大変な酷暑の様子!
お大事に過ごされるよう、お見舞い申し上げます!!

***

少しでもすっきりの夏気分を求め、思い出したのが
4年前の夏、きゃはは、出かけたスロヴェニアの海辺!
 
1泊したピラン・Piranの様子は既に2回もご案内しつつ、へへ、
イーゾラ・Isola(スロヴェニア名 Izola)と
カーポディストゥリア・Capodistria(Koper)はそのままで!

という事で、写真の埃を払うべく整理しなおし、ははは、
かってのヴェネツィア共和国の香りが未だ残る
イーゾラの町散歩をお楽しみくださいませませ!

s-1-593 (2).jpg      

写真はサイトから拝借で、見える小さな丸い湾は古い港で、
右下に続くまっすぐの道の写真の外右に新しい大きな港があります。

旧港の奥に高い鐘楼、そして手前に低い鐘楼が見えますね。
どうもこの辺りが町の旧市街という感じで、レトロっぽい建物、
窓、ドアなどたくさん見かけました。で、行った時は気が付かずですが、
写真の左奥にビーチがある様子ですね。



所でイーゾラはどこにあるか、地図をどうぞ。
左下に入り込む湾がアドリア海で、イタリアが細く突き出している
最後あたりにトリエステがあり、

s-2-nia (2).jpg

スロヴェニアは奥には深いのですが、アドリア海に
接しているのはほんのちょっぴり。
南側に接しているのがクロアチアで、赤点を付けた所がイーゾラ。

アドリア海沿岸に添っての町の位置地図は、以前の
ピランのご案内で載せていますので、省略しますね。



所でイーゾラという言葉は、イタリア語では島を指しますが、
やはり元々は島で、9世紀頃よりヴェネツィア共和国の影響下にあり、
13世紀の半ばから5世紀間に渡りその統治下に。

s-3-map.JPG   
   
城壁に囲まれ要塞化された島だった様ですが、
ヴェネツィア共和国崩壊後、フランス統治下の19世紀初頭に、
破壊された城壁の石が本土と隔てていた運河の埋め立てに使われ、
本土と地続きとなり、
でやはり19世紀前半に温泉の発見があり、
観光地としての脚光を浴びるようになったと言います。
       


こちらが大きい新しい港風景で、

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港内で小さなヨットを子供達が操っていて、

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戻って来たのを母親達が迎え、教師の指導の下に片付けを。

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可愛い少女、如何にも夏の雰囲気でしょう?!

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突堤の先から振り返る町。 リゾート地ではあるのですが、
特別大きな建物もなく、のんびりとした雰囲気が漂い。

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ですがサイトで見ると、素晴らしくモダンな観光客用アパートとか、
リゾート用ホテルの大きなのもある様子ですから、勿論ね、
きっと大きな港の後ろ側に広がっているのだろうと思います。



港から入り込んでいくと、こんな建物も。
サイトで同じ建物の写真は見つけたものの、何の建物か。

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古そうな町の一廓に出て、

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港町特有の細い小路を辿ります。

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このレトロ感溢れる店構えは、作り靴屋さん。
店の入り口上にある紺色の看板の左の図、
ガラス戸にも同じ形が見えますが、実はこれにくすっ。

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日本の靴にもついていますか、この図?
本革製である時、動物の皮を広げた小さな図が付いているのですが、
そのまま店の看板に持ってくるこのアイディア! ははは。



入り口横のショウ・ウインドウの飾り。
素敵でしょう、この重厚なレトロ感?!
そして藤色のカルチョッフィの花の色が冴えているでしょう?!

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こんな扉もあり、

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古い建物の古い窓。 既に住んでないのかも知れませんが、
でもレースのカーテンが見えますね。

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魚屋さん。 看板の絵が味わい深いでしょう?! ははは。

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スロヴェニアはスロヴェニア語とイタリア語が公用語で、
どこの看板にも2ヶ国語が並ぶという几帳面さ!



最初の写真で低い方の鐘楼が見えた教会と広場。
教会はサンタ・マリーア・ダリエート・S. Maria d'Alietoという
11世紀後半のロマネスク様式ですが、内部は改装され。

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ここはマンツィオーリ広場・Piazza Manzioliという、
多分旧市街の中心の様で、

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左側の、如何にもヴェネツィアの雰囲気を持つ建物は、
カーザ・マンツィオーリ・Casa Manzioliと呼ばれる
1470年建設のもの。

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名前がある建物なら、ヴェネツィア貴族に関係しているのかと
調べるとそうではなく、一般資産家の家で、
マンツィオーリという名は、当時の町の市長の名を冠したものと。
15世紀、ヴェネツィア共和国統治の港町に市長という職名があったか、
多分執政官の名だろうと思いますが、

トンマーゾ・マンツィオーリというこの方は、当時ちょうどイーゾラの
町のマンドラッキオ・Mandracchio建設にも関わっていた、と。

で、マンドラッキオとは何かと思いましたら、内港、小船の避難所等を
指すようで、古い港の古い写真に、そう書いたのも見つけたので納得、
と言うわけですが、
       
現在、マンドラッキオ・ディ・イーゾラというと、
イーゾラの町のイタリア人のグループ組織の名でもある様子。
写真省略ですが、続く左の建物も有名化学者の生家なのだそうで、
現在2つが一緒に整備され、展示会、イタリア人協会にも使われていると。



さて先に進み、一瞬ちょっと驚いたほどの古びた建物があり、
2階には住民も居られる様でしたが、

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この扉の、この穴の開き様!
猫ちゃん用か、ワン君用か、なんとなしに微笑ましく。

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かと思うと、こんな感じに派手な装飾で、
きちんと修復の行き届いている建物もあり、

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そしてまた近くで見つけた、懐かしい街灯。

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通りの突き当たりの窓。

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旧港、マンドラッキオの脇の広場、古い建物とレストラン。

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何処のレストランだったか、もっと大きなメニューだったのを、
見えやすくと、これでも切りましたが、

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もっとしっかり見ていただくのに、ははは、アップに!
見えますか? 上から(多分)スロヴェニア語、イタリア語、フランス語、
ドイツ語、英語と並び、

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何人分の量か、値段、そしてカッコして大体1皿何グラム、
または1kgについていくら、と書いてあるのです!!

こんなにkuso真面目な、ははは、正直メニューには、
始めてお目にかかりましたです! お国柄なんでしょうかぁ?!
イタリアのすぐお隣、ましてや元ヴェネツィア共和国領なのにね!!



サイトから拝借の写真で、
はい、こんな風に、どっと出てくるのですねぇ!
ピランでの夕食でも量の多いのに驚きましたっけ!

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こちらは背の高い鐘楼の見えたサン・マウロ教会・San Mauro.
16世紀建設と言いますが、ご覧のように鐘楼はともかく、
教会の建物は大修復され、

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内部もこんな様子。 ただ装飾の絵はヴェネト風が残り、
パルマ・イル・ジョーヴァネ・Palma il Giovaneの
「十字架降下」もあるとの事ですが。

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内陣上部、明り取り小塔の内部。

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パラッツォ・ベゼンギ・Palazzo Besenghi. 18世紀半ばの
建設の派手やかさ! 現在は音楽学校に使われている様子。

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済みません、わざと上の派手なのと並べたわけではなく、ははは、
shinkaiめはこういう方に惹かれるタイプで。

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こちらもなかなかでしょう?!

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ちょっと驚いて見つめる感じの猫ちゃん。
ははは、そうだよぉ、東洋人だぜぇ!

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この車も魅力的でしょう?!
レトロ感溢れる旧市街が良いですねぇ!

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駐車場に戻りかけた道の脇、木の下に野菜店が店開き中。

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品揃えはイタリアと余り変わりませんが、
前列左端の薄黄色のピーマンは始めて。



果物もイタリアと同じですね。

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そして左端、今tomoconeさんが手を出しているのが、



これ、ぺったんこの桃。 皆、美味しい!というのですが、
桃アレルギーのshinkaiは先日初めて端っこをちょっぴり頂き、
はぁい、とても美味しかったのをお知らせ出来ますです!

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最後はサイトから拝借の写真で、旧港の素敵な夕暮れの色を!

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・ n.2 カンシーリオの森 ・ 平野の眺めとお昼、そして子鹿 

皆さま、遅ればせながら・・、 暑中お見舞い申し上げます!!

暑中お見舞いの言葉が出てこないほどに、今夏の北イタリアは天候が
荒れ模様の雨続きで、7月に雨の無かったのは1週間程度で、
何十年ぶりかの記録だそう!
突然の大雨被害が各地に続出しましたが、

漸くに金曜のプール体操は屋外に戻り、今朝も快晴!
皆様にも、酷暑過ぎない、良い夏でありますように!!

先回に続き、標高1000mのカンシーリオの森と平野のご案内ですが、

写真は、ヴェネツィア共和国時代の国境の印、このアルプス植物公園内に
含まれる分だそうで、後2つの石柱が他にあるそう。

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掘り込まれているのは、人名の頭文字と年数1679、1738で、
ヴェネツィア共和国崩壊は1797年。
国境を接していたのはオーストリア・ハプスブルグ家の帝国で、現在のオーストリア
との国境はずっと北になりますが、当時はこんなに近かったのかと少し驚き。



少し先の高台に展望台式テラスがあり、そこからの眺めで、
上の写真が北側左、そして下が、続く右側。
      
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右側の真ん中、奥に見える所々雪の見える山は、テラスに在った写真では
M.Lasté・モンテ・ラステ2247mと分りましたが、自分の地図では探し出せず。



お花の写真はまだあるのですが、もういいですよね? ははは。

なので公園内にあった小池の、青い糸トンボを。
つぃっと、すっと動くのでなかなか撮れなかったのですが、執念で、ははは、
遂に撮った中から・・。

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こちらは太い大きなの。
   
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イタリアではなぜか日本ほどトンボを見かけませんで、
赤トンボなんか、一度見たことがあったっけ、という程!



さて駐車していた場所まで戻ります。

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先回見て頂いた、朝の靄が立ち込めていたのと同じ場所ですが、
こんなに明るくなり、お昼時なので家族連れのピクニックの姿も。

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我らは、平野の端の小高い丘の上のアグリトゥリズムに。
庭に設けられたテントの下、景色を眺めながら。

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広い平野の感じがお分かりでしょうか?!
あんなに大きな牛たちも、まるで白い点みたいに見えます!

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柵につかまり、眺める少女。

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注文したのが届くのを待ちながら。 建物に小さく開いた窓が見えますね、
多分あそこは、かっての家畜小屋だったのだろうと・・。

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さて、待ちかねたお昼!
ラファエッラが頼んだ「ニョッキのクリーム・ソース」とサラダの小。

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ジョヴァンニとジャンナは「カネーデルリ・Canederli (Knödel)」

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大体はハム類が入っているのですが、これは肉抜きの香草入り。
元はドイツの家庭料理で、古いパン利用で中にタマネギ、ニンニク、パセリなどが
入ったいわゆるお団子。 茹でたものにバター・ソースがかかり、かなりコッテリ味。



ミレーナには、チーズを焼いたのにポレンタと茸が添えられ、手前はお肉、
ソーセージ式の肉だそう。

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shinkaiは上と同じものの肉抜きで、茸を別に! ですがこのチーズの半分は
最初にジョヴァンニにね。 焼いた蕩けたチーズは美味しいものの、お腹にずっしりで!

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ジョヴァンニとジャンナのデザートは、森のフルーツ類のジャムが入ったトルタ。

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ラファエッラとshinkaiは、イチヂクの入ったトルタ。
少しトウモロコシ粉が入った様な、素朴な美味しさでした。

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ミレーナの、森のフルーツとイチゴのシロップ漬け。

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それぞれのお皿に皆の手が伸び、美味しさの味見をし、ビールも飲み、
1人16エウロ、美味しかった!!
ここが良いから!と言って連れて行ってくれたのですが、さすが、美味しくて安い! 
皆良く知っています!

写真仲間と一緒のお出かけは
チゾンの村 ・ 水の道 ・ Via dell'Acqua
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472180954.html

初夏のヴェネト、プロセッコの葡萄畑をどうぞ!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472176964.html

霧のヴェネツィア 夕暮れから夜
      


赤いキャップをかぶった可愛い女の子が行ったり来たり。
その内に、あの少女の妹と分り・・!

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風が少し強くなり、雲が動き、山も平野も色が刻々に移ります。

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ゆっくりのお昼を済ませ、ジャンナとラファエッラは先に帰り、
ジョヴァンニ、ミレーナと3人で、また林の中に戻ります。

家族連れがピクニックをしていた場所から少し先に遮断機があり、
その手前に車を止め、こんな道を進み、そこから少し入り込みます。

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本当に静かな林の中。

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ぬかるみに残る鹿の足跡、大きいのや小さいのが幾つも!

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ほら、この小道にも、かすかに足跡が見えるでしょう?!

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ジョヴァンニが先にたって静かに進み、後ろに続く2人にそっと手招きし、
1度目はダメでしたが、これは2度目の出会い!  

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まだ小鹿。 おお、始めて鹿を撮ったよぉ!!
まったくもってジョヴァンニのお陰で、でも、この後さっと逃げて行き、やはりね。

ジャンナとラファエッラは凄いお喋りで!! ははは、
植物園内でも大きな声で喋りっぱなしで、家で喋らせて貰えないのかいな?!
とぼやくshinkai。

で、この小鹿との出会いのあと、ジョヴァンニが笑いながら、
shinkai、ジャンナと一緒だったら、鹿と会えたと思う?!
うんにゃ、1k以上手前で聞きつけて逃げてるよ、ははは。

この他にも1度、道の反対側でパリッと何か折れた様な音がし、見ると、
こちらは大きなのの首から上だけが見え、
午後のこんな時間でも鹿を見れた事が嬉しかった!



ジョヴァンニの話で笑ったのは、1度この奥で、鹿がやって来るのを見て
木の後ろに隠れたそうな。 多分まっすぐ通り過ぎるだろうと。

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ところが通り過ぎず、おかしいなと木の後ろから覗くと、鹿はすぐ木の後にいて、
どちらもが飛び上がったんですって! ははは、向こうも覗いていたのかも・・!

自然保護の、 メーゾラの森、 そして、ポンポーザの修道院
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463258528.html



最後は、林の中で見た可憐な花をどうぞ!

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2度にわたっての高原のご案内、 お付き合い、有難うございました!


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