・ 白根登山と、草津温泉

10月初旬、軽井沢から友人ご夫婦に連れて行って頂いた
懐かしい白根山の様子をご覧くださいね。

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白根登山と言っても、すぐ下の駐車場まで車で行き、その後いくらか
登り道をたどった、と言う程度なのですが、
昔々、ははは、中学2年長野での最後の夏、だったと覚えている
登山遠足で見て以来、ずっと記憶に残っていた湯釜の水の色に再会!
思いもかけなかった嬉しい思い出となりましたので、
やはり写真を纏めておきたく、そして皆さんにも、あの色をどうぞ!


素晴らしい快晴の秋日和となったこの日、どこへ行く、何をする、も
まるで考えずに、はは、助手席に座らせて貰い、
コンデジの古いカメラを構えまして・・!

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右に見えるのは、ロープウェイ。
かなり上って来た所。 ははは、他に説明の言葉を知らず!

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上るにつれ、山の色が少し色づき、

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昔の噴火の溶岩跡も見える場所まで、

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こんな岩だらけの斜面も見え始め、

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ついに、素晴らしく見晴らしの利く所まで!
平日だったのですがかなりの人出で、さすが日本だなぁ!と。
細い木が少し生えているものの、地面を埋め尽くすのは笹。

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赤く見えるのは、ナナカマドの実。

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見える斜面も、こんな風に白くなり、

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駐車場に到着し、そこの説明板。

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我々のいる場所はX印近くで、そこから左に見える点線を辿り、
上に見える湯釜、かっての噴火口まで登ります。
下に見える小さい方の池は、説明にあるかっての噴火口の弓池。



友人mkちゃんと彼らの愛犬ココちゃん、そして私の3人で登ります。
傍で見るナナカマドの赤い実。

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逆光に光るススキの穂。 

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登り道を行くかなりな人々! 道の曲がり具合が良く分かりますね。
左上にチラッと見える白い屋根の位置に、見晴らしの良い休憩所があり、
そこから更に右上に上っていくと湯釜の見える展望台。      

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かなり登り、左奥にチラッとそれらしく見えてきた所。

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駐車場、そしてかっての噴火口跡の弓池を見下ろし。

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途中の休憩所から、万座温泉の方に続く道が見え、

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そして、湯釜。 そう、この色がずっと、記憶に残っていたのでした!
エメラルド色に白を混ぜたような不思議な色、そして、硫黄の匂い。

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直径約300m、水深約30m、水温約18℃。
噴火口だった、と言われるのが素直に頷ける、切り立った周囲の
薄いグレイの壁。



それに対比するような、手前の赤みがかった茶色の山肌。
いったいいつの噴火なのか調べましたら、1882年!
昭和になった後も噴火したことがある、まだ半現役なのですねぇ。

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山登りの後のお水は美味しいねぇ!
そう、ココちゃんは、行き会う人皆から誉められたものねぇ!

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再び車に乗り、志賀高原の方に(だったと・・!)向かいます。
この山の連なり、やはり日本の山の姿。

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湯釜の後ろ側。              

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横手山ドライヴインの横から見る、雲の沸く様子。

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素晴らしい快晴で、道脇にはずらっとカメラマンがレンズを構え、
それも素晴らしい大砲並みで、コンデジなど入り込む隙が無く!
が、何とかやっと2枚ほど。 撮れて良かった! 
帰り道ではもうガスが掛かって見えませんでしたもの。



下を覗き込むと、笹で覆われた山肌が白く光って見え、
所々に見えるナナカマドの赤、そして黄色の葉、何かな?

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志賀高原に下る間はお天気が続き、紅葉し始めた木々に歓声を!
が戻り道には曇り、とりわけ山越えの間は霧がかかり、

これは戻り道に撮った、なんと言う池かな。 紅葉が始まった池の畔、
午前中カメラマンが列を敷き、油絵のグループも。

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戻りの山越え道、霧が深くかかり、

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白根まで戻ってきた所で、ここも少し霧の風景に変わり。

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戻り道に、草津温泉に寄って貰えました! 既に夕暮れ近く、
ここも名を聞くだけで行った事がなかったので、とても嬉しく。

町中は細い道で駐車できず、我々だけちょっと降りたのですが、
  
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ここが温泉街の中心と言うのか、
左建物の奥の看板に、湯もみ、と見え、

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蛇足ながら、私の唄える数少ない民謡、歌詞を知っているのは
木曽追分と、草津よいとこ いちどはぁお出で、どっこいしょ、
お湯のなかでぇも こぉりゃ はながさくよぉ ちょいなちょいな、の2つ!
ははは、自慢にはなりませんが、 
と言う事で、子供の頃から知っている唄の本場を1度は見たかった訳です。

あ、ついでにもうひとつ、車で1人旅行していて少し退屈になった時は、
たんたんたぬきのxxたまはぁ~、を歌います、はい。
短い文句ですから覚えていまして、へへ、いろいろテンポを変えて歌い、
眠気を吹き飛ばすと言うわけです、お試しを! がはは。



この道の前、町中を流れる源泉と言うのか、
それにこんな木の樋がずらっと並び、湯畑と言うのだそうで、
ほら、手前を少し流れる湯はエメラルド色でしょう?!

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辺り一面に硫黄の匂いが漂い、
脇を流れ下る湯はこんなに白い泡を立て、

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木の長い幾列もの湯畑の樋の最後はこんな具合に、
向こう側を流れ落ちますが、

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あのいくつもの木の樋を流し、湯の華をとるのだそうで、
まさに湯畑という言葉が納得。
皮膚病にもよく効くと、母親に子供の頃聞いた湯の華、
温泉入浴剤がたくさん出回る今も、使われているのかしらん?



一番下は、エメラルド色の滝つぼのよう!
町の真ん中にこんなかなりの傾斜地、段差のある湯畑があり、
       
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ぐるっと町を通り抜け、共同浴場の位置も時間も確かめたのですが、
なんとなし億劫になり、町の視察だけになりましたが、はは、

昔ながらの古い趣を残す温泉宿をたくさん見かけた、
なかなか良い感じの草津温泉町でした!

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草津温泉観光協会のサイト。 あれこれリンクしていますので楽しめます。
http://www.kusatsu-onsen.ne.jp/

mkちゃん、YKさま、素晴らしい遠出の思い出、有難うございましたぁ!!


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・ ヴェネツィア散歩 ・ 冬に向かう日々 

今日見て頂くのは、先回の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」に行った際の
駅からアッカデミア美術館まで、のヴェネツィア散歩です。
      
寒くは無かったのですがあいにくの曇天。
運河の水の煌く反射、輝きもなく、少し寂しいかな、という色味ですが、
観光客であふれかえる事もなく、街の人々の姿も見える冬にさしかかる日々。
ご一緒にどうぞ!

写真は、駅前大橋の上からの大運河の眺め。
いつもの風景なのですが、やはりこれがないと始まらない感じで、はい。

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少しアップで。 見える鐘楼と丸屋根は、サン・ジェレミーア教会。

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聖女ルチーアの聖遺骸があると言うので、サンタ・ルチーア教会と思い込み、
そう書いておりましたが、ご指摘を受け、訂正です。
サンタ・ルチーア教会は今の駅の位置にあり、取り壊されたのだそうで、
なるほど、それで駅名がヴェネツィア・サンタ・ルチーアなのですね。



こちらは駅前正面にある、サン・シメオン・ピッコロ教会の丸屋根。

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ヴェネツィア、サンタ・ルチーア駅前の様子。 駅構内がかなり以前から
改装中で、駅内に店舗が出来たりしているのですが、
左奥に見える辺りのカフェ、トイレがいつになってもすっきりしません。

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橋を渡り、今回は西周りの道をたどるつもりで進み、角を曲がった途端に
目に付いたこのポスター。 
「ティツィアーノのラ・ベッラ展 パラッツォ・グリマーニ」

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遠くからパッと目に付く美人!というのか、これはやはり凄い絵ですねぇ。
       
サイトでどんな展覧会かを調べてみましたら、 この絵はいつもはフィレンツェの
ピッティ博物館にあるのが、修復を終えたばかりで、
グリマーニ博物館の何かとの交換展示の様子。

ウルビーノ大公フランチェスコ・マリーア・デッラ・ローヴェレ1世がヴェネツィアで、
夫人のエレオノーラ・ゴンザーガと共に、ティツィアーノのアトリエで肖像画依頼の
モデルをした時に、アトリエで見たこの絵を1536-38年頃に購入したものと。



こちらが全体像。

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「ラ・ベッラ・美しき人」と名づけられたこの絵。
モデルは高級娼婦かも、ともあり、11月1日から1月26日までの展示。
この絵と、購入者フランチェスコ・デッラ・ローヴェレ自身のティツィアーノ作の
肖像画が展示の様子ですが、詳細は知りません。
年明けにまた出かけるのも良いかもね。

n.1 グリマーニ邸 ・ ヴェネツィア、ルネッサンスの館
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472868269.html

n.2 グリマーニ邸 ・ ヴェネツィア、ルネッサンスの館
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/472868405.html



のんびりと進みつつ、この朝は少し高潮加減であるのに気がつきました。
引き潮になりかけているようでしたが、まだ高め。

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土地の年配者達がわいわいと声高にお喋りする声が聞こえる角のカフェ。
この騒ぎようは朝から1杯やっているのではないかと想像しつつ、ははは、
向かいの岸に舫っている小舟の舳先の絵に目が行き。

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ちょうど運搬船がやって来るのに気がつき、大丈夫かなと見ていると、
船主も、ひょいと頭を下げて橋の下の高さを目測しながらゆるゆると進み、

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こんな風に頭を下げて通り過ぎましたが、どこか荷の角が当たったのか、
ゴン、という音も!

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そうなのです、ヴェネツィアの高潮は今年ももう何度目かになるようですが、
潮位が上がると橋の下を運搬船が通れなくなり、生活に支障が出るのですね。
この船も、牛乳ヨーグルトと書いてありましたから、冷蔵庫を積んだ
日常品運搬船なのかも。



久しぶりにサンタ・マリーア・デイ・カルミ二教会・S.M.dei Carminiの前に出て、
運河越しに。 元は14世紀の建設という美しい正面と、高い鐘楼を持ち、

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内部にはチーマ・ダ・コネリアーノや、ロレンツォ・ロットの作品もあるそうですが、
今回は素通り。



角を曲がってくると、脇入り口の前に素晴らしいアーチの張り出しがあり、

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この角の左側にはスクオーラ・グランデ・デイ・カルミ二の建物があり、
内部にはティエポロが描いた9枚の絵があると。

ヴェネツィアに何度行っていても、見るべき物が本当に多すぎ、
こうして書きながら殆ど知らない事に、我ながらア~ア!となりまする。 



少し後戻りの形ですが、カルミニ教会前に架かる橋の上から、西を。
ね、殆ど左側の歩道の高さにまで潮が満ちているのが見えますね。 

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カルミニ教会の先程の角、すぐ東に広がるサンタ・マルゲリータ広場・
Campo S.Margherita. 広場の北西にあるこのゴシックの建物が好きですが、
向こう半分は現在銀行に。

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夏はうっそうと茂り素敵な日陰を提供する木も、もう殆ど落葉し、
手前に魚屋さんの屋台が2軒店開き。

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南に下り、ゲンコツ橋脇の船の八百屋さん。
一時辞めたのかと思っていたのですが、最近また繁盛していて、
店主も再度変わったのかどうか、前とは別の若い人。

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横に野菜を運んできた別の船が横付けになっていて、
前を通ると、この写真でわかるかな、買い物に来た奥さんが、どうも何か
気に入らぬ様子で、下唇を突き出しておりまして・・、ははは。

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ゲンコツ橋の上から西の眺めで、奥に見える教会は
アンジェロ・ラッファエーレ・Angelo Raffaele.

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いつも見るだけで、ここもまだ行った事がありませんが、
カナレットの素晴らしい絵がある様子。



この運河の眺めが好きで、いつも撮るのですが、

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手前のボートの上に、今日はカモメのお客さん。

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サン・バルナバ教会・S.Barnaba前には、骨董市の屋台が出始めていましたが、
まだ早い時間で、店開きをしているのは何軒か。
クリスマスの景気づけには、まだ早いですものね。

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南に下った所で見える橋。 通りがかりの人を待ち、何枚か撮りましたが、
やはり陽ざしがほしい!

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橋を渡りながら、あ、ワンちゃんがボートにいる! と舌を鳴らして
こっちを向いてもらったのですが、

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ついでに傍まで行くと、ちょうど扉を開けてシンヨーレが顔を出し、
ほら、もひとつボートに移って、こっちにおいで、と呼ぶのですが、
どうもボートに渡るのが怖くて元に戻ってしまい、

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そのうちカメラを構えた私に気がつき、ほら、シニョーラを見て!とワンちゃんに。
で、こちらを見てくれたのですが、ははは、泣きそうな顔してからに・・!

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ふと通りがかりに奥の小路に入り込むと、ツタの葉が晩秋の気配を伝え。

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アッカデミア美術館に程近い大運河に面したペンション・アッカデミア。
ここが映画「旅情」の舞台になったそうで。

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さて、レオナルド展を見て後、ぐるっと建物の裏を回り出てきた
アッカデミア橋の袂。

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ここも恒例の1枚、ははは。

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橋の袂に舫うゴンドラ3艘と、

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ゴンドリエーレ。 彼は撮られているのを知ってましたね。

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そして、もう1枚。

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リアルト橋近くのマニン広場まで出た所で、南に小路を入り込み、
そしてもう1度入り込み、
このコンタリーニ・デル・ボーヴォロ邸・Pal.Contarini del Bovolo.

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ボーヴォロというのはカタツムリのことで、外の螺旋階段でお分かりですね。
昨年の夏に訪れた時は、まだ修復の跡片付けが残っていたのですが、
漸くにすっきり。
ですが内部が見れるようになるのはいつ?


n.1 ヴェネツィアの新名所 ・ コンタリーニ・デル・ボーヴォロ の階段  
http://www.italiashiho.site/archives/20170514-1.html

n.2 ヴェネツィアの新名所 ・ コンタリーニ・デル・ボーヴォロ の階段 
http://www.italiashiho.site/archives/20170515-1.html



最後のおまけは、昨夏に撮ったもので、
小路がこんなに細く、スペイン人らしい方たちが道を塞いでしばし撮影会!

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もちろん、私めも参加し、ははは、彼に見せましたら大喜びでしたっけ。
ね、これで気持ちが「夏の日のヴェネツィア」になったでしょう?!


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・ 「レオナルド・ダ・ヴィンチ 万能の人」展 ・ ヴェネツィア

先週ヴェネツィアのアッカデミア美術館で開催中の
「レオナルド・ダ・ヴィンチ 万能の人」展に出かけて来ました。

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12月1日までの会期なので、早く行かないと最後は混雑するだろうし、
かの手稿の貴重なデッサン類はやはり見て置かないと、と
天気予報なども睨みながら出かけたのでしたが、

あっけない程のいつもの少ない見学者で、独り占め的に有難く、
行ったり来たりためつすがめつ、顔を近づけ舐めれる程の近くから
見る事ができ、満足して戻りました。

あいにくお天気には恵まれず、余り写真も撮らず、
ゆっくりと美術館を出て、さてお昼をと思う頃に雨がパラパラ。
で、通りすがりにサンドイッチの太巻きを買い、齧りつつ大急ぎで駅に、
うん、また来月に来るし、とあっさりと切り上げた今回でした。

1つ、デッサンの手法について疑問を持って帰りましたが、
調べて興味深い事も知りましたので、最後にそれもご紹介しますね。
上は、今回の展示会のポスターで、



本来はアッカデミア美術館の入り口上に、こんな風に掛かり、
見える筈だったのですがぁ、

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私が行った日は美術館の前が工事中で塞がり、出入り口は脇から。
アッカデミア橋を渡るにはぐるっと美術館の裏を回る有様で、
ははは、初めて美術館の建物の後ろを眺めました。

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今回の展示は美術館内が写真禁止ですので、私のはこの1枚のみで、
あとは全てサイトから拝借です。  
http://www.huffingtonpost.it/2013/08/29/leonardo-da-vinci_n_3835090.html#slide=2853155
       


さてレオナルドの手稿のデッサンで一番有名な物、となると
やはりこれ「ウィトルウィウス的人体図」

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あまりにも有名過ぎる作品ですが、ここアッカデミアの収蔵品と言う事で、
イェイ、初めて実物を!

「ウィトルウィウス的人体図」、ずっと以前は「方円形の人体」と
覚えていましたが、イタリア語でヴィトゥルーヴィオ・Vitruvioと
呼ばれるローマ期の建築家が提唱した
「神殿建築は人体と同様に調和した物であるべき」に影響され
描かれたという人体の調和図と。
       
   
    
この図はご存知の様に、現在イタリアで鋳造される1エウロ貨に。

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エウロ硬貨は、表の金額部分は統一デザインですが、
裏はユーロ圏それぞれの国のデザインで、
私めの財布のコイン入れにも、何カ国もが入り混じっています。

イタリアが裏のデザインを決めた時は、電話による国民投票でしたが、
基本となるこの1エウロは既に決まっておりました。

で、イタリアの硬貨はデザインが8種類全部違うのですが、
その点フランスなど、自由、平等、博愛を掲げた全部同じデザインで、
何を掲げか、国によるお国ぶりがこんな所にも現れています。
懐かしい! 既に11年経ったのですね。
       


こちらが今回のポスターに使われた作品のデッサン。

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これはレオナルドのお気に入り、晩年の弟子である
フランチェスコ・メルツィ・Francesco Malzi(1491-1568/70?)
のデッサン、人物の戯画像。

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フランチェスコ・メルツィはミラノ近くの貴族出身、父親はミラノの軍指揮官、
レオナルドが彼らの居城に滞在した時に知り合い、
彼が15歳、レオナルドが55歳の時から仕えるようになります。

そしてレオナルドの晩年の十数年間を忠実に仕え、
フランスで、国王フランソワ1世に与えられた城での臨終をも看取り、
レオナルドの遺産、作品のすべての相続人となります。

若い頃のレオナルドの有名な弟子にサライがいましたが、
美貌で手癖の悪いサライと違い、フランチェスコは家柄も良く、
多分実の父親以上に、偉大なる師に敬愛を籠めて仕えたのでしょう。

受け継いだ遺産の中に、これらの手稿デッサンも含まれていた訳で、
フランチェスコは忠実に護り通しますが、彼の長男である法律家
オラーツィオ・Orazioの代になり、スペイン王フェリペ2世のお抱え彫刻家の
口車に乗せられ、手放し、これがレオナルドの手稿散逸の始まりとなります。



デッサン類は、ペンとインク、水彩を部分に、という物や、

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これは印刷された物だったと記憶していますが、

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いずれも会場で見る印象は、これほどはっきり見えず、
もっと柔らかい印象で。



このデッサンも、以前レオナルドのデッサンから実際に動く模型を
作った展覧会で見た時は、かなり大きく、強い線に見えたのですが、
実物は小さく線も柔らかく。

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レオナルド・ダ・ヴィンチの発明した物、考案したもの
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461685811.html

   
    
今回実際に見ての印象、今迄本やサイトで見ていたのとの
大きな違いは、大きさが本当に小さく、線が細く、柔らかい、という事。
       
会場の照明が少し薄暗い事もあったのですが、これなど、何が?と
かなり見つめ、ああ、騎馬の男がドラゴンと戦っている、と。

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戦いの図で有名な「アンギアーリの戦い」のデッサン類はこちらに。
「アンギアーリの戦い」始末記と、その周辺もろもろ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461130197.html



印刷したりサイトで見る場合、何が描いてあるのかはっきり見せる為、
また写真に撮るだけでも肉眼とはまた別の物になりうるわけですが、

会場でこういう小さなデッサン、それも裏表に描いてある物もあり、
小さなサイズにこれだけの物を描く技量にも驚きますが、
次々と浮かぶアイディアを、心覚えに描いて行ったのだろうなぁ、と。
  
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この女性の胸元のデッサンも、会場で見た時は
顔があるのに気が付きませんで!

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パルマの絵画館から来ていた、懐かしい作品にも再会。

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パルマ行き  総集、予告編      
http://www.italiashiho.site/archives/201809-1.html



最後の晩餐も、こんな風にアイディアが練られた訳ですね。

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今回、私が気に入ったデッサン類はこれら、
花、そして様々な物が同じページに描かれた物の1枚。

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最初の「ウィトルウィウス的人体図」の人体の周囲も細い細い線、
ハッチングと呼ぶ、線を並べて調子を付ける、で囲んでいるのですが、
       

ここに見える線の細さに、実は驚いたのです。
ペンでこんなに細い線が引けるわけがない!と。

勿論「ペンとインク」と分かる線もあるので、なおの事興味を持って眺め、
最初は顔を近づけてしげしげと。 そしてブザーが鳴らない事に安心し、
メガネをはずし、ははは、それこそ5cmかそこらから見たのですね。
こういう事が出来るイタリア万歳!なのです、本当に!

それから作品札の「材質」に目が行き、
プンタ・メターリカ・punta metallica・金属の先っちょ、に。

最初は鉄筆かな、と思ったのですが、銅とか金、銀もあるのですね。
紙についても、(それ用に)準備された、と書いてあります。
なんだろ?! 家に戻って調べました。
       


プンタ・メターリカで検索を掛け、遂にこの写真が見つかり、
その手法についても記したサイトが見つかりました。

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つまり紙を、鉛とか錫の金属で覆い準備したものの上に、
金属の細い先で描くと薄いグレーのデッサンができ、
それが酸化して明るい茶色になり、繊細な作品となる技法で、
しばしば、先に顔料で紙を染めるのと共に準備されたのだそう。

この技法を使うには、紙を既に金属が覆っているので消す事が出来ず、
しっかりした作画意図を持ち、安定して描ける技量である事が求められ、
15世紀頃ドューラーとか、レオナルドが好んだ手法なのだそう。



こちらはファン・デル・ワイデンが、この技法で描いた聖母子像で、
繊細な線の衣装の襞の美しい作品。

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後の17世紀になると、多分鉛筆の台頭でこの技法は流行から外れ、
18世紀になり、細密画を描く事から再評価を受けているのだそう。


上でご覧頂いたプンタ・メターリカの写真は、フィレンツェの画材店
ドゥオーモ近くにあるゼッキ・Zecchiの物で、
昔この店でテンペラ画の顔料を買いこんだ事があり、懐かしい再会でした!

ゼッキでは、このプンタ・メタリカを使う為の、既に金属加工した紙も
売っている様子で、さすがぁ! ご案内はこちらに。
http://zecchi.it/products.php?category=2
       
ゼッキのHPのカテゴリに見えるVETRINAを開くと、
ラピスラズリや貝金も見え、何かわくわくする気持ち!



ここからは、ちょっとおまけで、
今回の展示会場は、アッカデミア美術館の最後の部屋の近くで、
矢印に従い逆回りに見に行ったのですが、
 
なぜか、このジョルジョーネの「老婆」の作品が最初の部屋に!

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それはね、ははは、まぁ、見れるのは良いですが、
とっぱしに見たので、少しあっけにとられた感もありで。

    

最後ついでに見に行った、好きな「十字架の奇跡」を描いた
2枚のある部屋で、上の作品はジェンティーレ・ベッリーニ。

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「十字架の奇跡」は元々が複数の画家に依頼して描かれた作品だそうで、
       
単純にカルパッチョの作品と思っていたのもそうではないとの事で、

今回しげしげ見ていて、今更ながらに、物の大小で遠近を描き、
空間の意識が無かったんだ、と気が付いた私。
はい、幾ら読んでいても、実物で納得するまでは頭に納まらないshinkaiで。

ならば空気遠近法で描き始めたレオナルドと時代の差は、と見ると、
カルパッチョの方が13年ほど後に生まれ、没年もそれくらいの差。
ならばぁ、やはりレオナルドは凄かったんだぁ、と
こういう考え方はいかにも短絡的ですが! ははは。

それにしても「カルパッチョ」だけで検索を掛けると、イタリア語、日本語版とも
ずら~~~っと、料理のカルパッチョが出てきます!!
       
カルパッチョの回顧展の時に、ヴェネツィアのハリーズ・バーが
考えた1品と言う事らしいのですが、
何となしに、「本家越え」という言葉を思い出しましたぁ、へへ。
  
     
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・ ヴェネツィアのラグーナ ・ フラミンゴの群生地 

今日はヴェネツィアのラグーナ・干潟に群生するフラミンゴの様子を
写真仲間ジョヴァンニ・Giovanni の美しい写真でご覧下さいね。
先週お呼びがかかり、仲間が各自写真を持ち寄ったのですが、
この一連のフラミンゴの写真がとても素晴らしかったので、
そのままブログに載せるから、と持ち帰ったという訳です。

場所の名がフォルダに記入してあったので、それで検索をかけ、具体的な
場所や他の素敵な写真も見つかりましたので、それらも一緒にご覧頂きます。

トップは、ラグーナの様子で、

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ほらね、フラミンゴの群れ、本当に群生地なのです。

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ヴェネツィアのラグーナの地図をどうぞ。 緑色のBの付いた所がリオ・ピッコロ・
Lio Piccoloで、この周辺のラグーナ・干潟が今日のご紹介の場所。

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ブルーの線は、一体我が家からどう行くのかと調べた線で、そうなのです、
100kたらず、車で1時間35分で行ける距離にあり、
道がずっと続いていて車で直接に行けるのです。
ヴィットリオ・ヴェネト南から高速に乗り、トゥレヴィーゾ南で降り、
東南目ざして斜めに下り、地図で見える突き出した半島のこの東の根元に
あるのが、海水浴場で有名なイェーゾロ・Jesoloで、
ぐるっと迂回する形で、この一見島に見えるリオ・ピッコロに、という訳です。

ジョヴァンニの話によると、ここのフラミンゴの群れの様子をTVニュースで見て、
本当かな、と友人と2人で出かけ、たまたま車を止めた家の近所のシニョーレに
訊ねたところ、群生地を即教えて貰えたのだそう。



奥に見える教会の鐘楼の位置が、リオ・ピッコロの中心で、この写真手前に
見える砂州の右側に、ポコポコと積み上がった形が見えますか?
これが卵を産みつける、粘土で作った巣なんだそう!
一番右奥に見える白い姿のが大人になりかけで、茶色はまだ子供たち。

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大人になりかけの白い姿、羽の部分にちょっと赤い色が見え、
脚の色も赤いのが、見分けられますよね?

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背中のまだ茶色いのが羽をばたばたさせ、飛ぶ練習を。

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後ろに大人になりかけ、手前はまだ子供。

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フラミンゴの羽が赤くなる理由はご存知ですよね? 食べる海老類の影響で
赤くなるそうですが、それがなんでぇ?というのは、聞かないでね、いい子だからね!

南仏プロヴァンス・カマルグで見たフラミンゴの様子などは、
       


群れに見えるのに子供が多いのは、昼は大人たちは皆イェーゾロのラグーナに
行ってしまうそうで、つまり大人に見えても、まだ大人になりたてのフラミンゴ!
一生懸命に飛ぶ練習をして、

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着水成功!

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こちらも着水OK。

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飛ぶ姿。

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ジョヴァンニの友達。 迷彩のシャツを着て、小砲みたいなレンズを付けて!

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干潟の水の中には、クラゲも泳ぎ、

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カモメも飛び、

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白鷺ですね。 初夏、紫色に見えるのは花で、名を聞きましたが!

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飛んでいく群れの姿。

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冬にはいないと聞きましたから渡り鳥で、避暑地なのですね、ヴェネツィアが!
Grazie Giovanni!!

n.1 フリウリのラグーナ、 ミニ・クルーズ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/470578163.html

n.2 フリウリのラグーナ、 ミニ・クルーズ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/470578427.html



さてここからは、サイトで見つけた写真で、リオ・ピッコロの様子をどうぞ。
家が数軒固まっている中心の広場。
バイクが見えますが、自転車やバイクでのラグーナ巡りに恰好の場所の様で、
見える教会はサンタ・マリーア・デッラ・ネーヴェ。

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上空から。 ラグーナの様子が良く見えますね。

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今回の日本行きもそうでしたが、ヴェネツィア-ウィーン間はプロペラ機なのですね。
ジェットだと、ヴェネツィア・ラグーナなどあっという間に飛び去りますが、
プロペラ機だと、かなり長い間ラグーナを見る事が出来、
しっかり管理されているなぁと、のんびり眺められます。



何軒かある家の様子。

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この辺りは農家なのですって。美味しいので評判の、小さな一番生りの
紫のカルチョッフィや、ナツメヤシ・ジュッジョレなどの産地なのだそう。

地図を検索していて、中心の広場から程近い所にアグリトゥリズムが
あるのが見つかりました。 ので、多分、これはそこの一品!
これを、あのフラミンゴ達も食べているのね!

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こんな風に、自転車でラグーナ巡り。

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この家は、誰かが描いていたのを見た事があり、そうか、ここだったのか。
1時間半で行けるのなら、来年行ってみたいもの!

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では、風景写真がお好きな方々に捧げます!

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・ 長野再訪 ・ 芹田小学校 と 善光寺

上諏訪での個展が始まる前に、軽井沢周辺へのお出かけの後
長野市に行き、長野朝日TVの塚田ディレクターと青池さんと共に、
我が母校芹田小学校と善光寺に!

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昨年「おお、信州人!」の番組で取り上げて頂いたのがご縁で、
母校の芹田小学校に私の絵を寄贈させて頂く事が出来ましたが、
そのご挨拶という事でお邪魔いたしました。

長野市に行く事自体が、なんと半世紀ぶり位で!!
軽井沢からは新幹線で、なんとなんと30分!!
あっという間に着いて、青池さんが駅まで迎えて下さり、
長野の以前住んでいた辺り、七瀬(ななせ)周辺をぐるっと
通って下さったのですが、まるでまるで面影なし!
       
上は、当然ながら余りにも変わり過ぎ、新しい知らない街に
なっていた、長野の通り。

ですが、なんとも不思議なご縁というかなんというか、
青池さんが七瀬にお住まいというのは、イタリアに来られた時
既にお聞きしていたのですが、
車でぐるっと通って下さった時、まるで変わってはいましたが、
なんと我が家のあった場所の道の向かい側に
青池さんのお住まいのマンションがありました!

子供の頃の感覚ではかなり広い、距離のあった筈の場所も狭く近く、
でも今も川が流れ橋がかかり、形も色も変わってはいてもガスタンクも!
絵の宿題が出ると、何度もこのガスタンクを描いたものでしたが、はは。

小学校周辺も、今は小学校の、1年半通った中学校もあるものの、
田んぼも畑もない、街になっておりました。



芹田小学校、これは青池さんが昨年撮って送って下さったもので、

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こちらは私が卒業した時の様子で、当然ながら校舎は皆
建て替わり、それもぎっしりで、生徒数も現在700人との事、
かっての正門は裏門となり、桜並木のあった前庭もなく、
二宮金次郎の銅像も無くなっておりました。

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迎えて下さった教頭先生にそれをお話しましたら、
歩きながら本を読む、というのが問題で、今は無いそうで。



その代わり、中庭に花壇や池があり、
小学校の池とは思えない程の立派な鯉が何匹も。

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学校の中もご案内して頂き、

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確かに毎日眺めた記憶のある、校舎の南に見える山の姿。

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そして、母校に寄贈させた頂いた私の絵。

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この写真は青池さんが撮って下さったもので、
現在は学校玄関入り口の、すぐ正面の壁にありました。
正直、ちょっと恥ずかしい、というか、面映ゆく!
そして、う~ん、昨年はこれで精いっぱいだったのですが・・。



そして、思いも掛けなかった歓迎会もして頂きました!
体育館に6年生全部が待っていて下さり、
きちんと式次第に則り会が進行し、歓迎の言葉やコーラスも!!

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我が人生にもこんな事があるんだなぁ、と感激しつつ、
歓迎会に相応しくなさそうな我が身もちらと頭をかすめ・・!

ですが、コーラスのリフレインが「信じる事に理由は無い」
という素敵な言葉で、お返事をしたくなり立ちまして、
私はあなた方のお祖母さんという年ですが、と言い掛け、
卒業して何年になりますか、と先生に訊ねましたら、
どなたかが計算して下さり、56年!!と。 わぉ~!!

考えずに始め、例の如く理路整然とは行かなかったですが、はは、
自分を信じて、しっかり進んで下さい!
と言ったのが、6年生にとってとても良い言葉でした、と
教頭先生が言って下さりホッとし。
       
幾つになっても大人になり切れないこんな私よりも、
ずっと立派な大人に、何かをやり遂げるかもの将来ある子供たちに、
遠いイタリアで絵を描いている年寄りが来たっけ、と
思い出して貰えるのも有難いよね、と思った事でした。

帰りの車の中で青池さんが言われたのは、中学の講演会に
呼ばれて行ったら、わぁわぁガヤガヤまるで聞かず、
おまけにヤジまで飛んで来た事があったそうで、
それに反して今日の会はとても爽やかで素敵だった!と。

芹田小学校の先生方、皆さん、本当に有難うございました!!
創立140年になるという母校の今後ともの発展と、
これからの皆さんの将来に、大いなる幸あれ、と祈ります!




母校を失礼し、さて向かいましたのは、善光寺。
長野の街中もすっきりと整備され、綺麗になっているのと同様、
善光寺への門前町も、どこもかしこもすっきり垢ぬけ、
昔風の面影を残してはいるのですが、かなりモダンですねぇ。

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昨年長野朝日TVさんに頂いたお土産のトウガラシ、
八幡屋蟻五郎の店も看板の字体は古いものの、中はすっきりの店舗。

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こんなフランス風ワインの店も。

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さてこちらが、善光寺のサイトから拝借の地図で、
サイトはこちら、http://www.zenkoji.jp/

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4.仁王門  昔は仁王さまを見るのが怖かったっけ!
7.大勧進  前の池にたくさん亀がいて、一度お茶会で中に。
10.六地蔵
1.山門   今は上にあがれ、パノラマを楽しめる様子。



さて、いよいよ境内に入り、仁王門に向かいます。
両脇に宿坊が続き、

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こちらが仁王門。

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左右の仁王さんの前には、昔からこんな風にわらじが捧げられ、
いつか特大のわらじが下げられていた記憶もあるのですが・・。       

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向かって左側の仁王様。 そう、これが子供の頃は怖かった!
獅子舞のお獅子も怖かったけど・・。

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そして見えてくる山門。
平日とはいえ、結構の観光客、参拝者の数で。

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仁王門の下にもこの道にも、かなりの土産物屋や名物売りの店。

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六地蔵が並び、

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大勧進の重厚な屋根と、池にかかる橋。

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橋の右側には「大賀はす」が囲われてあり、
この池にたくさん亀がいたのですけど、と言うと、ほら、いますよ、と。

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そして見上げる山門、1750年建設の重要文化財。
そうね、上に上っている人が見えますね。

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7年に1度の御開帳があり、それで整備も行き届いているのか、
どこもがきちんと整っている感じ! イタリアの物を見慣れた目にはね。



山門は一段高い場所にあり、その奥に善光寺の御本堂。

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石段を上がって振り返る山門。 見事ですねぇ、美しい形!

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善光寺の御本堂を背後に、塚田さんと青池さん。

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御本堂、と獅子が上にいる大きな香炉。

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この香炉の煙を悪所に刷りこむと良くなる、というので、
昔はうちの親がよく私の頭に頂いたものでしたっけが、
効果?! ははは、聞いて下さる程の事は、でございますぅ!
     
御本堂は国宝で、現在の物は1707年再建、
高さ27m、間口約24m、奥行き約53mで、
国宝指定の木造建築では3番めの大きさなのだそう。

という様な事より、信濃の善光寺と言えば通じるこのお寺、
小さい時には散々聞かされ、行きもした庶民のお寺さんですが、
さてこうして書きはじめると、知らない事ばかりなのに気が付きました。

小さい時に聞いた善光寺の由来は本当に?
ご開帳って一体本当は何? ご本尊は小さいけども、あんなに大きな
お堂なんだよ、と聞いたけど、1尺位と聞いたご本尊の大きさは?
などなど。

ウィキぺディアには建物や仏像の事は書いてありますが、
私が御幼少のみぎりに、ははは、さんざん聞かされた事への答えは
こちらのサイトにありました。
親切に分かり易く、疑問点を要領よく教えて下さり、どこにも見つからなった
本殿内部の写真、本堂内では写真禁止、もこちらでどうぞ!       
http://www.iitoki.jp/around/info/post-2.html
       
でお急ぎの方に、shinkaiが手っ取り早くご説明しますと、
       
「善光寺縁起」に書かれた伝承によると、ご本尊は552年に
百済の王から、仏教とともに日本に伝えられ、
蘇我と物部の仏教崇拝、廃仏の論争の元となり、
難波に捨てられたのを本田善光(ほんだよしみつ)が拾い、
・・彼が通りかかった時、仏陀が「よしみつ、よしみつ」と
呼びとめた、と聞かされましたが、

生まれ故郷の長野に(飯田市)持ち帰り祀ったのを、
642年に仏陀が命じた本来の長野市に移され、堂が建てられた、
というのが、長野善光寺の縁起だそう。

そして善光寺は、諸宗派に分かれる以前からの寺院だという事で、
宗派の区別が無く、その上に女人禁制ではなかったという事が
大きな特徴でしょうか。
つまり何人にも救済の手が差し伸べられている、という訳ですね。

本尊の阿弥陀如来は厳重に秘仏となっていて、鎌倉時代に
ご本尊を摸した前立本尊(前だち)が作られたというのですが、
現在ではこの前立本尊までもが秘仏とされ、
7年に1度の御開帳で、漸くに前立本尊が拝める、という。

こんな秘仏の御開帳ですので、前回の2009年には
なんと673万人もの参拝があったそう!
       
で、善光寺の住職様も(少しややこしい上人様の選抜で、ここでは略)
百済から渡来のご本尊はご覧になれないわけですが、

前立本尊、大型の舟形光背の前に如来と両菩薩の三尊像、
の大きさは、中尊が約42cm 脇が約30cm、
多分ご本尊もその大きさであろうとの事。

子供の頃聞かされた話では、本田善光は懐に抱いて持ち運んだ、と
言うのですが、42cmとすると懐に入れるには少し大きいかも、ですね。
       
本堂内はかなりの広さですが、かっては信者たちがここで休む事も
出来たのだそうで、遥かスペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラの
大聖堂の回廊もかっては信者、巡礼達に解放されていた、
というのを思い出しました。



本堂への階段の下の、柱の足元を守る銅の囲いと、

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この高さに御本堂、そして階段の木肌。

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本堂内は写真禁止で、本堂の床下にあるまっ暗闇の中を
手さぐりで進み、鍵だったかな、を触る事が出来ると極楽に行ける
という、戒壇巡りが有名ですが、
1度経験ありますが、本当に真っ暗!!
あれほどの暗さは他に思い当たりませんね。


横の回廊に出た所から、山門の方の眺め。

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本堂前を横下から。
ここも山門も仁王門も、見事に鳩除けの網が巡らされ。

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善光寺訪問の後は、長野朝日放送局に寄って局内をちょっと拝見し、
青池さんとお別れした後、長野駅前のデパートをうろつき、はは、
駅前の本屋さんで藤沢周平さんの文庫本を買い込み、

お、渡辺謙さんだ、と分かりましたが、金髪の方は分からず。

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夕暮れ迫る長野駅前を眺め、

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私の知っている長野駅は、お寺さんみたいな大屋根が特徴でしたが、
今は変哲もない、失礼! 駅舎となり、しかも改装中。
はい、また戻れるチャンスがありましたなら、もうちょっとゆっくり
善光寺さんの回りも、他の場所も、いろいろ見たい物はたくさん!    
       
昔はこうだったああだった、という懐古趣味は余り持ち合わせずですが、
今の目で見て、きっとそれで楽しい筈。
戸隠にも、地獄谷のお猿さんの温泉も、是非見たいもので、
再度のチャンスを待ちます!!
       
長野朝日TVの塚田ディレクターさん、青池さん、
長野へのご縁を頂きまして、本当に有難うございました!!

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