・ n.1 ソヴァーナ ・ Sovana   まず町の様子をどうぞ!

トスカーナの南東の端、ラツィオそしてウンブリア州のすぐ近くに位置する
ソラーノ、ソヴァーナ、ピティリアーノ一帯のご案内を始めておりますが、
今日はソヴァーナの町を。
   
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現在はほんの中心が残っているだけの小さな小さな町なのですが、エトルスクの昔から
中世、ルネッサンス期に掛けてはこの一帯の中心地であり、ソラーノの町のご案内でも
名前が出たアルドブランデスキ家・Aldobrandesuchiの元にありました。

この家出身の157代ローマ教皇グレゴリオ7世はこの町の生まれ(1020~1085)で、
グレゴリオ改革と呼ばれる一連の教会権力の立て直しに励み、
ハインリッヒ4世の「カノッサの屈辱」事件の立役者でもあった方ですね。

この町は人口が100人ちょっと、と言っても周辺を含めてのことと思われますが、
上の写真の様に「イタリアで一番美しい村々」にも選ばれており、
平野の中に位置する穏やかな田舎の町。 では、ごゆっくりどうぞ!



町は東西に細長くのび、町の東端には1000年前後にアルドブランデスキ家により
建設された要塞が。

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ですが、この一帯はアルドブランデスキ家の分裂によりオルシーニ家の下に入り、
後にシエナに下り、シエナがまたトスカーナ大公国の下に入ると城塞の戦術的価値が下がり、
司教座も後にはピティリアーノに移り、町は衰退の道をたどります。



要塞から真っ直ぐの道が町の中心に続き、こんな中世風の素朴な建物が並びます。

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そして町の中心、プレトーリオ広場・Piazza Pretorio.
正面に見えるちょっと面白い形の建物、上に鐘楼があり時計もありますが、
これがアルキーヴィオ邸・Palazzo dell’Archivio.

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アルキーヴィオというのは古文書、記録を指しますが、建物がこの名になった由来は、
かって公的機関の事務所だったと。 左にある教会にお目を留めておいて下さいね。

このアルキーヴィオ邸を中に挟み、道が奥に2本続きますが、
町の出はずれで一緒になり、そこに町の素晴らしいドゥオーモがあります。



で、道を挟んで右側、2階建て、上に大きな紋章がある建物は、カピターノのロッジャ・
Loggetta del Capitanoと呼ばれ、紋章は16世紀にトスカーナ大公国になって後の
コシモ1世の物と。  写真はウィキのサイトから拝借。

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その右に続くたくさんの紋章が見える建物は、広場の名の由来でもある12世紀建設の
プレトーリオ邸・Palazzo Pretorio.

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ルネッサンス期に修複されているそうで、紋章は代々の司法長官のもの、
現在はこの一帯の考古学公園の事務案内所になっている様子。



その右横には、こんな建物。 風情があるでしょ? 皮細工の店の様でした。

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という様子で、町が小さいのでこれで主要建物全部をご案内しましたが、ははは、
広場にはこんな風に煉瓦が敷かれていて、素朴な印象です。

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広場の西から東を見て、一番奥に最初に見て頂いたアルドブランデスキの要塞の塔。
町の大きさをご想像下さいね。

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こちらが広場の南側を占める建物群。 左端に切れているのが、今回下調べで読むまで
まるで気が付かなかった、ははは、いつもの事なのですがぁ、

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町の一番古い教会サン・マミリアーノ・Chiesa di San Mamilianoだそう。
この教会については、次回のドゥオーモと一緒にご案内いたしますね。

真ん中の建物がブゥルボン・デル・モンテ邸・Palazzo Bourbon del Monte.
ルネッサンス期の建物だそうですが、ご覧の通りまったく簡素で、はい、見た覚えも
しっかりあり、写真も2枚撮ってはいましたが、

最初にブログ用に選ぶ時に外しており、下調べを読んで後、慌てて拾いに戻り・・! 
ははは。そうなのです、中世のトスカーナ地方においての重要な貴族、侯爵家で、
家系の祖ラニエーリ公は11世紀初期のトスカーナ侯爵国の領主。

当時の教皇領の倍以上もの広さを持つ領土だった地図を見て驚いたshinkai!
いつもながらまるで知らない事ばかり、だからブログは止められないのですねぇ、ははは。

つまりこういう名に由来の、所縁ある建物が残るソヴァーナの町なのでして・・。
建物内の1階は広いロッジャ風、フレスコ画の名残があるそうで、現在は市の持ち物に。



そして右に延びる茶の凝灰石部分が、町の広場の最初に見て頂いたアルキーヴィオ邸の
左に見えた教会サンタ・マリーア・マッジョーレ・Chiesa di Santa Maria Maggioreで、
入り口は広場に向いた脇側に。 この教会内部は、次回にご案内いたしますね。

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おさらいを兼ねて、町の地図をどうぞ。 ほらね、本当に小さな中心部なのです。

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東の端に要塞があり、真ん中にプレトーリオ広場があり、
道が2本に分かれ、西の端にあるドゥオーモ前で一緒になります。



で、shinkaiは南側の田舎道を行く事にし・・。

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はい、北側の道は一応煉瓦で舗装され、店とか大きな建物が並ぶ道で、
間のポルティコを通し、こんな風に見える場所もあり・・。

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南側の田舎道はこんな感じの石ころと土の道で、ワンちゃんが散歩していたり、

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猫ちゃんが日陰に控えていたり・・、 で、道脇には畑が続きます。

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のんびり歩いても、はい、じきにこんな風にドゥオーモが見えてきます。

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という所で今回はお終いにし、次回に、古い素敵な聖堂をご案内いたしますね。
お楽しみに!


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・ ロベルト・インノチェンティ ・ サルメデの絵本挿絵展にて 

先週土曜に出かけた、サルメデで開催の「子供の為の国際絵本挿し絵展。
皆と一緒の美味しく安いアグリトゥリズムでのお昼は既にご覧頂きましたが、
今日ご案内するのは、会場で出会った1人のイラストレーターの作品です。

今年で30回目の開催のサルメデの、子供の為の絵本絵画展ですが、
昨年まだ建設中であった新しい建物もオープンし、以前の市役所内の
会場共に2つで開催、ゆっくりと見て回れる様になっておりました。

記念展という事もあるのでしょう、1人の招待作家の作品がかなりの数
展示されており、それが今日ご案内のロベルト・インノチェンティ・
Roberto Innocenti.
イタリア人、フィレンツェ近郊の生まれで現在も近くに住み、
制作を続けている作家です。

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ご案内、と言っても新人なんぞではなく、単に私が知らなかっただけで、
既に何冊も絵本が出版、日本でも何と7冊!彼の絵を使った絵本が
出ているのも知りましたので、
皆さんの中には私よりも彼について詳しい方がおられるかも!

ですが、まぁ、原画を何十枚ほども見るチャンスがあり、はい、
インクと透明水彩、という同じ材料を使っている事もあり、
 展示会場でしげしげと顔を近づけ、色の付け方や線の太さ、
インクの色なども眺め写真を撮ったので、
その内の何枚かは細部も一緒にご覧頂きますね。

まずトップは「ピノッキオ」。
会場で撮った写真はガラスが反射しているので、ここでご覧頂くのは
サイトで探した物ですが、会場で実際に見た物の内から選びました。



こちらも「ピノッキオ」ですが、実際の画面はもっと暗く、
その暗い中での表現が本当に美しく、まず目を引かれた作品でした。

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そして、この美しい画面!
ブリューゲルの絵を彷彿とさせる冬景色ですが、イタリアの田舎。

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日本で出版されている彼の絵本は、ピノキオの冒険、くるみわり人形、
ラストリゾート、エリカ・奇跡のいのち、クリスマス・キャロル、シンデレラ、
百年の家、で、

私が見たのはこれ以外に、ローザ・ビアンカ、眠れる森の美女、宝島などで、
題名を確かめなかったのもありました。
     

  
こちらは「ラストリゾート」。
お話の筋は知りませんが、時間、天候による海の表情が素晴らしく、

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近くで見ると、波の表現にどこか北斎風を感じたりで、
興味深くもありました。

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これは題名を見ておりませんが、それぞれの家の住人の生活が偲ばれ、
映画「裏窓」を思い出し。

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「宝島」

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「クリスマス・キャロル」

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「ピノッキオ」にしろ、この「クリスマス・キャロル」にしろ、かっての
生活摸様の表現に、彼の渋い色の取り合わせが大変良く調和し、
それと共に一種独特の遠近感、俯瞰図などが、
不思議な魅力をたたえていると思います。



「ピノッキオ」の雪景色にしろ、上の絵の遠くの薄曇りの中の色にしろ、
なんともいえない密度があり、それをしげしげと眺めた事でした。

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「眠れる森の美女」

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かってのこちらの版画作品には、素晴らしく細部まで描きこんだ物があり
驚嘆しますが、これはペン描きでその味を出し、色も薄く、銅版画に手彩色、
の味わい。それにしても最終的なペンの線がとても細く、これが驚異でした。



彼の絵にユーモア精神、と私は思うのですが、絵の中に、どこかで見た
人物風とか、動作が垣間見える事で、あ、あれあれ、というのが幾つかで、
「ローザ・ビアンカ」 この少年のポーズも、有名な写真がありますね。

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ナチによる悲劇を扱った作品のもう1つは、
「エリカ・奇跡のいのち」
茶色から黒への濃淡、そして白とのハーモニーで、

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この絵は展示されてませんでしたが、唯一使われている色、ピンク。
お母さんが、命を援ける為に列車から投げ出した赤ちゃんのおくるみの色。

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そして、お母さんは・・。

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絵本のお話の最後は、成長したエリカが追想する場面で、
ここは明るい彩色場面で。



ロベルト・インノチェンティ・Roberto Innocenti.
フィレンツェ郊外で1940年生まれ、独習で絵を描き始めたそうで、
2008年にアンデルセン賞の絵画部門を受賞されているそう。

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こちらは会場に何点も展示があった、「百年の家」

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今回会場で彼の絵に出会い、その仕事の密度、色の美しさ、繊細さに、
自分の仕事の雑さ、粗さに改めて反省する点が大いにあり、
なんのかんのと文句を言わず、近道を考えず、もっと腰を据えて描け!と、
そう考えた事を忘れない様に、と、これを買って戻りました。




日本語版のタイトルは「百年の家」ですが、原題は英語版で「ザ・ハウス」
イタリア語では「時の(を経た)家」。

アペニン山脈にある見捨てられた家を子供たちが見つけ、
1901年春にこうして修復が始まる場面からお話が始まりますが、
家の戸口に見えるのは1656と刻まれた、長い時を経た家の物語。

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1905年。 新しい家に家財が運び込まれ、新しい息吹の芽生える春。
絵本が大判で、A4のスキャナでは半分しかスキャンできず、これは左半分。
この緑も実物は本当に薄~い緑で、こんな鮮やかではないのが残念。

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1915年。 家は少し建て増しされ、葡萄畑も増え、
左側では結婚式の場面。

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第一次大戦があり出征した夫は戦死。 
厳しい冬も乗り越え、1929年秋の葡萄の大収穫。
家も全部2階建てになり、隣接の納屋も整備され。

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1936年、収穫の秋。 が、戦争の足音はすぐそこまで。
右下に切れましたが、黒シャツ長靴のファシスト隊員の姿。

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そして表紙になっている、夜中の爆撃で非難する人々の姿があり、
1967年の晩秋、お葬式。

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家はも少しがっしりと大きくなり、屋根も新しく瓦ぶきになってますが、
閉じられ、無人に。



1993年。 既に家は放棄され30年近く、再び屋根が落ち・・。

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1999年、高速道路が通る場面があり、
最後の家の姿がありますが、まぁ、ご覧に入れずに、ね。


かって刻まれていた1656年の戸口の年代は、1936年と刻み直され、
これもムッソリーニの時代に各地で起こった事。

サイトをあれこれ見ていた時、この本の朗読会もあるのを見つけて聞き、
日本での本文がどう書かれているのかを知りましたが、
やはりニュアンスが違いました。

イタリア語版のは詩が苦手な私には分かり難いのですが、
時の流れを語っています、ちょっと哲学風、とでも言えるかな。

それに対し、日本語版は優しく、絵が物語る説明までにも及びます。
絵本だから、子供が見ても、という認識からかも知れませんが、
絵解きは、ゆっくり眺め、あ、ここに何がある、ここにこれが、
では、こうかな? で良いのではないかと、ちょっと意地悪BB風に、ははは。

イタリアの田舎の風景が、人々の生活が繰り広げられるインノチェンティの絵。
家の古い壁はまさにイタリアを伝えます。
細部まで描きこまれた絵の中の世界を辿り、ゆっくりと旅をする、
多分彼の絵本は子供向けではなく、大人用ではないでしょうか。
子供達には、お母さんの援けが必要かも。

私にとってこの絵本は、色の発色がやはり会場での実物とは違いますが、
時々広げ、自分が会場で考えた事を思い返すためにも、眺めています。
こういう絵が描きたい、というのではなく、
描く姿勢、絵に取り組む気持ちについて考えた事を忘れないために!


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・ 仲間と一緒の、美味しくて安いアグリトゥリズモのお昼 

先週の土曜、仲間と一緒に近くのサルメデ・sàrmedeの町で
開催中の「子供の為の国際絵本挿し絵展」、ちょうどこの日が最終日で、
昨年に引き続き出かけ、その後皆一緒に近くのアグリトゥリズモで昼食を。

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皆で展覧会に出かけよう、という話が出た時、昨年と同じアグリでお昼を! 
と条件を出し勿論皆がOKだったのですが、
今回は別のアグリ、しかもちょうどお休みだったのを我々の為に開けてくれ、
またまた本当に美味しく、晩御飯が食べれない程満腹に!!

展覧会も素晴らしく、というよりも、今回私は1人の作家を知り、
自分の絵に少し迷っている今の自分に活を入れられた印象で、
少しショボンとなりつつも、頑張らなくては、と励まされて戻りましたので、
これは次回にご案内させて頂きますね。

写真はサルメデの町からルーゴロの町に急傾斜の坂を上り、
少し東に入った所にあるアグリの駐車場から。
朝の内は晴れ間も見えたのですが、お昼には既に薄曇りのお天気。



駐車場の北側斜面には農家が見え、羊が草を食み、

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ロバも見え。 ねぇ、あのロバ、少し胴長じゃない?と皆で言いあい、ははは。

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こちらが今回行ったアグリ、カーザ・カステリル・Casa Castelir.

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サルメデの地は絵本展の開催地、またその元となった画家の影響で
壁画をあちこちで見かけますが、このアグリにも屋外、そして奥内にも。

カーザ・カステリルのサイトは http://www.casacastelir.it/
★現在はB&Bになっているのが判明しました。



暖かい暖炉の火に迎えられ、  ・・それにしても、何、このピンボケは?!

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我々一行11人の席は奥に設けられ、壁にあった一族の肖像写真。
建物はすっかり新しくなっているのですが、多分元々の農家の改造で、
この家のかっての皆さんなのでしょう。

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テーブルに用意されていたのは、ラディッキオの煮物、カルチョッフィ、
マッシュルームのマリネ、そしてパン、ワイン。

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今のこの時期本当に美味しい冬野菜のラディッキオは各種あり、
白い茎がシュッと伸びたトゥレヴィーゾ産が一番美味しくお高いですが、
生のサラダ用で出てきた以外は、煮物もマリネも皆この美味しい種で、
しっかり頂きました!



ジュリアーナと私の野菜喰いにまず出た物は、
チーズの盛り合わせに、出来立てほやほやの温かいポレンタ。

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このお皿にラディッキオやカルチョッフィを乗せ食べると、既にお腹が
くちくなり始め、こりゃいけん、と最後チーズを少し残し。



肉色人種には、このお皿。
ポレンタは、通常のポレンタの粉と違う種だそうで、美味しかったぁ!!

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改めて、ラディッキオのグリルや、ウイキョウのグラタン風が出て、

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グリーン・ピースの煮物もあり、

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つまりです、shinkaiのお皿の上はこんな感じ。
はぁ、勿論これは第1回戦で、順次追加試合がありまして!

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肉喰いのお皿は、右上にウサギ、その下に豚、リンゴ、そしてポレンタ。

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肉用のソースとして出て来たのが、このソース。
名前を聞きましたが忘れ、はは、肝、生ハム、あれこれ様々を刻み、
オリーブオイル、塩、胡椒で調味してあるそうで、ちょっぴりピリ辛と。

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で皆さん、これをお肉にたっぷりと乗せてお召し上がりに。
隣のアンナマリーアが言ったのは、ウサギが素晴らしく美味しかったと!

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ジャガイモのオーブン焼き、ホクホク美味しく、

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ポレンタの追加、ウイキョウもまた追加があり!

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最後にラディッキオのサラダが出てきて、

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緑のサラダ菜も、ルーコラも出て、shinkaiのお皿はまたまた満杯に!

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あ~あ、食べすぎたぁ! という内に、自家製トルタ3種、
リンゴ味、レモン味、アーモンドとあり、
やはりこれは一切れづつ頂くしかなく・・、はぁ。

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どれもが素朴な家庭料理風なのですけど、何よりも美味しく
量がたっぷりで、気兼ねなく頂けるのが嬉しい、
そんな仲間との食事にぴったりのアグリトゥリズモのお昼。

一緒にお昼を頂き、暫くあれこれお話になられたドクターとその娘さん、
英語の先生だそう、が先にお帰りになられ、いつもの仲間だけになると、
のんびりと話が弾みだし、写真を撮るのも遠慮なく。

こういう時にshinkaiがカメラを向けると、既に皆が
ブログ用と知っておりまして、ははは。
   
まずはルイーザとタータ。

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エレオノーラ、

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風邪引きジュリアーナ、

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マーラ、という、いつもの仲間。

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そして、ロセッラ。 彼女がサルメデの展覧会で説明をし、
この昼食の場もお膳立てしてくれたルイーザの長女。
     
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はい、ワイン、お水、最後にカフェがついて、全部で15エウロ!
3時間半程食べたり喋ったりで、大いに楽しみました!!
ね、こういうお昼だと、展覧会と一緒に皆で出かけるのも良いでしょう?!



という様子で外に出て来たのは既に午後の4時半頃。
今冬始めて、北の山がこの位置までずっと白くなったのですが、
残念、薄曇りで朝のうちの爽やかな白が出ませんでした。

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・ ソラーノ ・ Sorano の町散歩をどうぞ!

今日のご案内はトスカーナの南東の端近くにあるソラーノの町。
エトルスク以前からの歴史を持つ古い町ですが、中世の古い町並みが残り、
急傾斜に階段状に広がる素敵な眺めを見せてくれます。

訪問したのは2010年の秋で、漸くに写真が陽の目を、ははは。

町に入る前の街道筋からの眺めで、右上に高く聳えるのはオルシーニ家の城で、
左奥中央に高く固まりが見えるのがマッソ・レオポルディーノ・Masso Leopoldino
と呼ばれる古くからの要塞。

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この二つが町を挟む形で防御し、睥睨していて、手前に見える左の木々が
町入り口の駐車場。 ではごゆっくりどうぞ!



ソラーノの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
グレーの波線がトスカーナの南東端を示し、その南はラツィオ州、右はウンブリア州に。

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ソラーノの西に見えるソヴァーナ・Sovanaの町、現在は要塞と教会が残る程の
本当に小さな町なのですが、中世にはソヴァーナの方が中心だった様子で、
南に位置するピティリアーノ・Pitiglianoと共に、ソラーノからは10k弱の距離で、
オルシーニ家の大きな城もピティリアーノにあります。

という様子で、この辺りに行くのは車だと問題ありませんが、列車バスの乗り継ぎだと
結構面倒なのですね。 ローマからだと西海岸のグロセットに出て、そこからバスの
乗り継ぎで、何人かのグループならオルヴィエートからタクシー相乗りという手も
時間稼ぎには良いかもです。



駐車場から町に入り込みますと、この細長い広場があり、左の壁中央に泉があり、
その横に開けられたアーチから絶景が!

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はい、海抜が379mもある、谷に囲まれた町なのです。
右奥に大きなアーチが見えますが、



これは町にある古い2つの門の一つで、上の門・Porta di Sopraと呼ばれ、
ここをくぐると古い町の中心に。

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この門の左に見える建物が、町の城壁に繋がる建物で、写真は省略しましたが、
この手前左に見える建物、現在はインフォメーション、との間に切れめがあり、
町の北側の谷底が覗けるという・・。

町のもう一つの門は、メルリの門・Porta dei Merli、又は下の門と呼ばれ、
後ほどご覧頂くマッソ・レオポルディーノの東下にある様ですが、見ておりません。



旧市街の中心の通りはこんな様子、切り石積みの入り口が重々しいでしょう?

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布や陶器の店が並びますが、扉が面白く、この町独特の文化というか、
木彫の素晴らしい扉を持つ店、家を何軒も見かけました。

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そうなのです、猫ちゃんも多い町で、車が入って来ないのでのんびり町歩きをね。



北に下る小路は、こんな急な暗い坂道。

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左手に下る道と分かれそのまま進むと教会広場で、右手前にサン・ニコロ教会・
Collegiata di San Niccolòがあり、

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その左手に切り石積み風の入り口が見えますね。
あの奥の建物が、要塞に移る前に住んでいたと言われる旧オルシーニ家住居。

その左には、


Raku と書かれた楽焼の店があり、猫ちゃんがお留守番。
楽焼の店というのは、イタリアでも時々見るのですが、
ヴォルテッラで以前見た店では、瀬戸で習った、という話を。

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教会と旧オルシーニ家の住居の間を小路が通りぬけ、
細い迷路の様な小路があちこちに曲がり、建物の下をくぐり・・、

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町の南側に出て、小路が上がったり下がったりするのを楽しみつつ、
下を覗くと、川の流れが見え、小さな橋も。

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マッソ・レオポルディーノ・砦は→という標識を見つけ、坂道、石段をはぁはぁと。

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下の写真の上中央に広場が見えますが、あそこが町の門から入ってきた教会前広場。



現在残るオルシーニの巨大な要塞・城が出来る前に、町の北東の守備の為
造られたという中世の要塞跡ですが、上にはこんな風に時計塔があり、テラス風。

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正面に見えるのが、オルシーニの城・要塞と呼ばれている物。



テラスの上から身を乗り出すと、素晴らしい家並!

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この家並に魅せられた我が友人mkちゃんは、翌年一人でこの町を再訪。
何泊かし、せっせとスケッチに励んだ訳ですが、その時のホテルが後ほどお見せする
オルシーニのお城にあるのですね。
えっ、あそこに泊まったのぉ?! という驚きの原因も後ほどに、ははは。



町を囲む崖には、こんな風にあちこちに穴が見え、

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この一帯から北ラツィオに掛けては凝灰岩、茶色のざらざらとした岩の地帯で、
古くには洞窟風に穴を掘って住まいとしていた、とのみ思っていたのですが、
それだけではなく、どうやら各種の作業場として使っていた様子。

エトルスクの代表的な町として知られるオルヴィエートにも地下の町があり、
倉庫にも作業場にも使っていたのだそうですが、それと同じなのですね。

そしてこのソラーノの特徴として、それらを行政庁が管理し貸与していたらしい、
というのも読みましたが、現在は其々所有者がおり、
町の北側下端にはレストランとなっているのもあると。



さて、この日お昼を食べたのは、町のインフォメーションで聞いた、
最初の町の門を通り少し先に行った所のロカンダ・デッラルコ・
Locanda dell’Arco.

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内部はこんな風に元厩舎だったのを改装したという蒲鉾天井の大きな部屋で、
田舎風の素朴な飾り付け、壁にはかってのイタリア国王ご夫妻の写真など。

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出てきた料理も素朴な物で、それが売り物の店の様子。
これは確かメルルッツォ・鱈のマリネに、小さなカナッペ。  美味しかった!

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なんとかの一つ覚え、例によってshinkaiは、お好みの茸のタリアテッレ。

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お昼の後はまたmkちゃんと別れ、一人歩きを楽しみます。

この場所、陽の当たった部分の色が飛んでいますが、
こうして改めて見ると、素敵な壁、・・・うん、描けそうではないですかぁ!

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坂道を上ったり下ったり、奥に入ってみたり・・、

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最後にオルシーニの城に行く事に。 最初の町の駐車場辺りまで引き返し、
そこから坂道をはぁはぁと。 そう、下から見るとこんな感じに聳えているのです!!
斜めに上がって見える窓の中の道も後ほどお見せいたしますぞ!

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まずはぐるっと坂道を、しつこいほど繰り返しますが本当に坂道!
左に回り込んでの入り口まで坂道、そこからまた坂道の石段をね・・。

見える大きな紋はオルシーニ家の物ではなく、ほら、6つ玉が見えますね。
この城は、最初はアルドブランデスキ家・Aldbrandeschiの要塞だったのが、
分家した後オルシーニ家の物となり、後シエナに下り、シエナはフィレンツェにで、
17世紀初頭トスカーナ大公国に吸収という事情から、メディチ家の紋になっている物と。



では、せっせと上がって頂きましょうか。
マッソ・レオポルディーノの要塞、テラスがこんな風に見える高さ!

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そして、下から見上げた斜めのアーチの窓の中はこんな石段で、

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上がり切ると、またまた石段!!  え~っ、まだあるのぉ?!

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という所で、写真略ですが、上に見える建物がホテルになっておりますです。

で、我が友人は毎日、この坂道と石段をせっせと上り下りしたという話で、ははは、
従業員は通いで、夜は他の泊まり客何人かのみ。
出立の朝早く、遂に従業員が来ずに朝食なしという話も聞きましたっけ!



ホテルの前庭を通り過ぎて奥に進むとこの円形の塔があり、写真は塔を通り過ぎ、
堀に渡した橋を渡って写しておりますが、
この塔の部分が、12世紀のアルドブランデスキ家の要塞だそう。

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オルシーニ家が移ってくる前には、大掛かりな改装、大増築をしており、
こんな風に地下に続く部分も見え、

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城の秘密の地下巡り、なんぞというポスターも見つけ勇んで訊ねましたら、
何日か前に申し込まないとダメ、とすげなく・・。



建物の裏から見るとこんな風に凝灰岩独特の建物の壁なのですが、
大きな建物は改修され、現在博物館になっている様子。

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というソラーノの町の一日散歩でしたが、
最後はウィキのサイトで見つけた、素晴らしい町のパノラマをどうぞ!

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近くには有名なエトルスクの遺跡があるのですが、入り込む道が見つけられず
2度ほど行ったり来たりしたのですが、見ておりませんし、

最初に書いた様に、ソヴァーナには素晴らしい古寺もあり、
ピティリアーノの町のご紹介もまだですので、ぼちぼちと、はい。


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・ ミラノのドゥオーモ ・ Duomo di Milano

年明け早々に出かけて来ましたミラノの街。
今日は皆さんも良くご存じの、イタリアでは珍しい、高い尖塔が何本も
聳えたつゴシック様式の大聖堂、
如何にも北の雰囲気を伝える、ミラノのドゥオーモのご案内です。
       
1-373.jpg

一般にミラノのドゥオーモ・Duomo di Milanoで通っておりますが、
正式の名はサンタ・マリーア・ナシェンテ・Santa Maria Nascente・
生まれつつある聖母、というのも改めて知りました。

上の写真をご覧になられ、なんと横着な写真を撮ることよ、
と思われた方も多いと・・。
はぁ、ほんのちょこっと自分が動けば街灯がドゥオーモに重ならず、
画面右の〆にもなる物を・・。
次、行こうぜ!と少し急いでいる時のずぼらshinkaiが
良くやらかす事でして・・、 これは悪い例でございます、はい。



夕暮れ前の陽を受ける正面。

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余り数字は書くまいと思いつつもウィキを読んでおりましたら、あれこれ
興味深い事も知り、はぁ、つけ刃の受け売りを少しばかり。

ミラノのドゥオーモは、面積から言うとヨーロッパで4番目、11700平方。
一番は勿論ヴァティカン市国のサン・ピエトロ大聖堂で、
続いてロンドンのセント・ポール、スペイン、セヴィーリアの大聖堂となり、

体積となると中央身廊の高さ45mでイタリア国内では一番、
が、イタリア半島となると、やはりサン・ピエトロが一番大きいと。

以前この場所には2つの聖堂があり、その鐘楼が崩壊したのをきっかけに
1386年5月に建設が始まり、5世紀を掛けて建設終了が1892年。




1745年、建設途上のドゥオーモの様子と、

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19世紀の写真、 多分完成直後の歴史的写真と思われる物。 
いずれもウィキぺディアから拝借。

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天を刺すばかりに聳えたつ尖塔数 135本
一番上に見えるマドンニーナ・Madonnina と呼ばれる金色マリア像の
地上からの高さ108,5m
聖堂の奥行き外側158m   内側148m
正面壁の幅67,9m
尖塔の上等にも見える像は外側だけで2300、内側共だと3400になると!



という様な事で、では聖堂内部に。

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身廊は5廊式で、こちらが中央部分。 最初のプランでは3廊式で
その外に礼拝堂が飛び出す形だったとか。
見える絵については、また後ほど。




これは聖堂内一番右、つまり南側の壁のステンドグラスですが、

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旧約聖書のお話が描かれているのに、気が付きました。

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床の大理石模様。

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中央右横の側廊。  
中央の身廊は幅が広いのでそんなに高さも感じませんが、
側廊は狭いので尚の事天井が高く、横の円柱が聳えたつ威圧感を。

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さて中央身廊で、この大きな絵画の展示に出会い、
あれ、以前あったっけ? クリスマス用かな? と思ったのですが、
はい、既に4度目位のドゥオーモ訪問でして、
ウィキに説明を見つけました。

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毎年11月から、ミラノに尽くした大司教、枢機卿そして列聖された
サン・カルロ・ボッロメーオ・San Carlo Borromeo に捧げる、
彼の生涯を描いた絵の展示だそうで、
サン・カルロの絵・I Quadroni di San Carloと呼ばれる物だそう。

この聖人は16世紀貴族ボッロメーオ家の出身で、若くして枢機卿となり、
ミラノの大司教の時にペストに襲われたミラノの市民達の為に私財をなげうち
大いに奔走されたのだとか。



内陣奥の様子。 手前に大きな明かりが燦然と輝いておりまして、

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ちょうど両側のオルガンの扉も開いており、も少し良く見えるこちらを。

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円柱の上の聖人たち。

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円柱と言いましても、さすがこの高さを支えるだけあって、太い太い!
直径が3,4m  高さ24m  全部で52本あるのだそう。

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左側廊には幾つかの礼拝堂があり、その前に信者達の捧げる蝋燭。

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今頃は普通の小さな教会などでは管理の目が届かない事もあってか、
蝋燭の形をした電球もあったりするのですが、
やはりこの長い蝋燭の火が揺れるのが美しいですねぇ。



隣にいたアンナリーザがぷっと吹き出したこれ。
キリストのウェブサイト!! http://www.jesus1.it

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はい、何が出るのかと訪問して見ました、勿論。
ジェズが君の心に直接に応えます、と。 いえ、人生相談ではなく
宗教についてで、英語版もあるので、お悩みの方どうぞ!

ミラノのドゥオーモのサイトは www.duomomilano.it/

そうそう、ドゥオーモ内で写真は一応禁止なのですが、入り口の
左横辺りに受付があり、そこで写真許可をと2エウロ払うと、
カメラに紙リボンをつけてくれ、これでOKです。



さて、ドゥオーモの上に上がります!
歩きとエレベーターと両方あり値段が違い、エレベーターが12エウロ。
       
どちらもドゥオーモの北側奥に入り口があり、手前が階段、エレベーターは
一番奥横。 エレベーターの切符は、ドゥオーモの裏道を南に行くと角に
ドゥオーモ・ポイント・Duomo Pointと出たショップがあり、そこで買います。


下の道は既に薄暗くなっていましたが、
上に上がった時はまだ夕暮れの雲の色が美しく!

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ですが、上がる前から「私は高所恐怖症なの」と言っていた
アンナリーザは本当にその近くにしゃがみ込んでしまい・・!
高上がり大好きのshinkai一人、あちこちきゃっきゃと歩き・・、ははは。
そう、女の友情なんて薄情なものなのよ、がはは。




ライトアップが鮮やかになり、空の色もぐんぐん変わって行きます。

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むか~し一度上がった事があるのですが、あの時は昼間でしたし、
夕暮れ時は初めてで嬉しいばかり!




狭い脇道、つまり聖堂の横に当たる部分を辿りながら、前に進みますが、

ガッレリーアの天井部分の紫が綺麗に見え、

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遠くのビルの角かどに、赤い電球が点いたり消えたり・・。
アンナリーザが、多分あれはピレッリ・Pirelli・タイヤ・メーカー、のビルよと。

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隣のピンクは上にUniCredit・ウニクレディト・銀行名と見え、
手前の三角はスカラ座の上部。  夜の方がとても綺麗!




せっせと一番手前、広場側に来ましたら、こんな夕暮れの名残の色!

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ここから中央身廊の屋根の上、テラスに上る階段があるのですが、
アンナリーザは下で待っていると言い、ほいよ、行ってくるからね!




細い階段の脇、広場側には金網が張ってあるのですが、
これが可笑しい事に、所々ちょうどカメラのレンズが
突き出せるように破ってあるのですね、ははは。

で、そこから見下ろす広場。
この広場に摸様が描かれているのを初めて知り、

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明かりが灯って、本当に綺麗!
クリスマスツリーの周囲は時計になっていたんだぁ!




最後の塔の中を巡る螺旋階段は、一人がちょうどの細いぐるぐるで、
上から子供の団体が降りてくるのにめげずに、せっせと横をすり抜ける私。
だって、メトロで戻る時間を決めているのですもの、急がないとね!

こうして上がったドゥオーモの屋根の上。
そう、屋根の形に傾斜が両方にあるのです。

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我々は幸運でした。
真ん中のマドンニーナのいる主尖塔は修復の覆いがありましたが、
でも、青銅金塗りのマドンニーナの修復は済んでいて、
燦然と輝く姿が見れたのですもの。

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南側のテラスの端。 大きな段差は無いのですが、
階段状に傾斜になっているのが見えますか? もう足元はかなり暗く、
滑ったりせぬ様、そろそろと気をつけて移動し、

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朝訪問したピカソ展会場、王宮を覗くと、   手振れご容赦、
ひひひ、まだ列が並んでいるぅ!!

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ええ、まだ5時半頃ですから、開いてはいるのですけど、
皆さん辛抱強いですねぇ!



そろそろと脇階段を降りながら、ガッレリーアの入り口付近を覗き、

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最後にもう一度、金網の破れからレンズを突き出し、
名残の空の色、そして名残の広場を。

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という事でメトロに乗り、中央駅に。
そしてコネリアーノに夜10時頃に戻りましたら、
なんと、駐車場に止めていた車のフロントガラスに霜がびっしり!

本当に楽しいミラノ行きでした。
もう一つ訪問したスフォルチェスコ城のご案内は、また暫く先に。
お楽しみに!


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・ 年明け早々の、ミラノの街 散歩 

さて本年最初のブログ更新が始まりました。
どうぞよろしくお願いいたします!

一昨日4日、我がイタリア語の先生アンナリーザとミラノに
日帰りで出かけてきました。

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一番の目的は現在ミラノで開催中の「ピカソ展」だったのですが、
せっかくならばドゥオーモとスフォルツェスコ城も見て、
お昼は日本食レストランに行きお寿司を食べようと、ははは、
大いに楽しみにしていた、年明けそうそうのお出かけでした。

さいわいお天気にも恵まれ、全ての予定を順調にこなし、
夜10時には無事、家に戻りました。

で、まずはミラノの街の年明け風景をご覧頂こうと、
大急ぎで整理したのをアップです。 気楽にお楽しみ下さいね!

上の写真は、ヴィチェンツアの駅停車中に見上げる
モンテ・ベーリコの聖所。
日の出のピンクに雲が染まり始めた、朝8時頃。

我が町コネリアーノからミラノに行くには、
朝晩1本ウーディネ~ミラノ間の直通列車があり、
トゥレヴィーゾから斜めにヴィチェンツァに出て、これだと約3時間20分。
  
という事で、朝のまだ真っ暗な6時半にコネリアーノを出発、
漸くにヴィチェンツァ辺りで日の出を迎えた所。




冬のミラノは霧で有名ですが、行く途中でも大変な霧の一帯を通り過ぎ、
帯状になるのか、霧に入ったり抜けたり、こんな所で止まったりもしましたが、

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まずはほぼ定刻にミラノ中央駅に到着。
おお! ミラノだよ!! とやはり嬉しく・・、

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ホームの先には、こんなツリーもあり、

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もう一度、このなんともレトロで美しい駅のホームを振り返り、

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綺麗になっている駅構内から、地下のメトロに乗り換え、

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ドゥオーモ前広場に出てきた所。

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ガッレリーアを横に見つつ、

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ドゥオーモの東南角奥にピカソ展の会場を見つけ、あ、あそこあそこ!

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近寄った途端に、物凄い人々の列の長さに驚き・・!!

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鍵の手に曲がりつつ、ず~~~っと列が続いているのですよ!!

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実はこのピカソ展の切符は、アンナリーザが貰ったものでして・・。
11月の初め頃でしたか、たまたま土曜の朝早くに我が家に来るのに
車のラジオで「DJ」を聴いていると、
「この土曜のこの朝、君は何をしているかい?」というので、
運転しながら電話をし、「日本女性のレッスンに行く」と。

我が家についた頃、係の女性から電話があり、
生番組中にインタヴューの電話をします、となり、かかって来たのですねぇ!
で、この出演御礼がピカソ展の切符2枚と展覧会の本だったという訳。

即、家でチビちゃん2人とお留守番のご主人トーマスに電話をし、
顛末を説明しながらアンナリーザが言った言葉、
「だから、shinkaiと一緒にミラノに行かにゃいけん!」
隣で聞いていて、きゃ!!

家庭事情の詳細は略しますが、ははは、
こうして即列車の予約を取り、日本レストラン事情も調べ、
着々と準備しこの会場前に来た訳ですがぁ・・、 この人々の長蛇の列!!



切符売り場に行けば、ちゃんとわかるようになっています、と言う話で、
我々は手元に切符を持っていないのですよ。
で、恐る恐る列の先頭に行き、警備の人に「DJの切符が当たった・・」
と言うと、2階の切符売り場にどうぞ、とフリーパス!!

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2階の切符売り場で名前と様子を告げると、即切符を渡して貰え、
おお、おお! 素晴らしい! 
イタリアでもこんなにスムースに進む事もあるのねぇ!!



ピカソ展、素晴らしかったです!
まずその作品の数、250点以上に及ぶ、各時代の有名作から
コラージュ、デッサンも含めた見るべき物が本当にぎっしりで、
とりわけピカソが好きではない私も堪能致しました。
ず~っと昔日本でピカソ展を見た記憶がありますが、何も記憶にない程で、
今回初めてピカソの実作を見た、という感じ。

とりわけ感嘆したのは、色!!
作品の形態変化については余りにも取り上げられ、
今の時代に見ると既に古い印象を持つ作品もありますが、
それでもなお、その色の素晴らしさに感嘆いたしました。

とりわけ、本当にずしんと来たのがこの作品、
いわゆる青の時代の「ラ・チェレスティーネ・La Célestine」

12-2-pablo.jpg  
   
友人達がピカソの青の時代の作品が好き、というのを聞いても、
私は殆ど関心なく過ぎて来たのですが、
始めてこうして実作品を見て、その青の色の深さに驚きました。

背景の青ももっと明るく、マントの色の何と深い事!
こんなに黒ではなく、もっと明るくもっと深い色。
そのくせ、顔色はもっと白く見える・・、
この絵だけでも、友人に見せたい、私一人では勿体ない、
そんな事を痛切に思いました。
ピカソは、やはりやはり凄い巨人なのだと痛感した展覧会でした!




イタリアは6日までがクリスマスの祭日期間で、
ドゥオーモの横から後ろは、こんなクリスマスの屋台で大変賑わっており、

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ドゥオーモの裏近くにある筈の日本料理店に行きましたら、なぜか閉店、
しかも店仕舞いという感じの閉店で、ではと第2候補の店に向かい・・。

ミラノ中央の地図をどうぞ。
左上にスフォルツェスコ城があり、一番右下にピカソ展会場の
パラッツォ・レアーレ・王宮、会場も素晴らしかった!
そしてその北にドゥオーモ、ガッレリーアがあり、抜けた所にスカラ座。

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第2候補の店はお城に向かう方角西、赤点をつけた辺りの
コルソ・マジェンタ・Corso Magenta 14 のパルコ・Parco という店。

イタリア人経営中国人板前が一人、という店でしたが、
客は見ている限りはイタリア人でかなりの繁盛。
お寿司の盛り合わせにちょっぴりの刺身、とお味噌汁、赤だしではござらぬ、
そして、天麩羅の盛り合わせを2人で一皿。
キリンビールが出てきて、感激!

魚の種類は少ない物の、美味しかったし、
何よりもアンナリーザが、刺身もお寿司も気に入ったのが良かった!!


お昼を食べ元気を盛り返した所でお城に向かい、

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アンナリーザはまだ見た事がなかったので、
まずこうして見えてくる塔の大きさに感激していましたが、

お城内部は今回かなりしっかり撮って来ましたので、
またご覧頂きますね。




お城の後は再度ドゥオーモに向かいダンテ通りを、

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ガッレリーアの中央部が見えた所で曲がり、

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近寄った所でもう一度、今度はガッレリーアの北に向かい、
レオナルドの像が中央にある広場に。

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彼に向き合う形で、スカラ座があり、
う~ん、いつ見ても、素っ気ない建物だなぁ・・。

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道越しに写したプログラム。

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ふと気がつくと、ここにも長い行列!
え、なに?! と見ると、広場の東側に当たるマリーノ宮で、
アントーニオ・カノーヴァとフランソワ・ジェラールに捧げる
「アモーレとプシケ」という展覧会の入場者。

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こちらはどうやら入場無料の様で、
あの広~いスフォルツェスコ城内の博物館も無料で、
ミケランジェロのロンダニーニのピエタ像も見れるのです。
ミラノ市役所は如何にも太っ腹!
大都市ならではの文化享受が無料で楽しめるのですねぇ。




それにしても、またしても行列の長さを写さずにはおれぬ
いちびりshinkai、ははは。

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ミラノの町はひっきりなしにトラム・市電が走り抜け、人の姿も多く、

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では、ガッレリーアを抜けようね、と、

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足元にある、これは地下の明かり取りかな、の
こんな美しいデザインにも初めて気が付き、

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北入り口に近いリッツォーリ、本屋さん。 

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ガッレリーアの中央上部には、ミラノのシンボルの赤い十字と、
その回りを紫、写真では青く出ましたが、の小さな明かりが取り囲み、

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ナポリの中心にも美しいがっしりのガッレリーアがありますが、
あそこのは重厚な印象が強いのに比べ、
ミラノのは優雅で華やか、それに何よりも並ぶ店が明るい!

中央部の北東角、ヴュトンの店。

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北西側の角、この下にはプラダの店。

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交差十字の中央にあるミラノの紋章のモザイク柄。

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我がイタリア語の先生でもあり友人の、今回一緒したアンナリーザ。
とてもすっきりの楽しいお出かけが出来、彼女にもとても気に入ったようで、
次はフィレンツェに行き、ラーメンを食べよう!
ミラノの「最後の晩餐」も見に来なくては!と、ははは、次々の予定を考慮中!

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こうして再びドゥオーモ広場に戻って来ると4時半、
少し夕暮れが迫りツリーに灯が灯り、

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これはリナッシェンテ百貨店の表。
建物全面を細い光の線が垂れて覆い、
その間を光の滴がつつ~っと流れ、とても綺麗。

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ドゥオーモの最上部の塔の先、マドンニーナに光があたり、
そう、我々はドゥオーモの上に上がりました!

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ほらね、こんなに美しい夕焼けの名残の空!

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あっという間に暮れ、ドゥオーモの上は薄暗い程でしたが、
しっかり撮りまくりましたので、またご覧頂きますね。 
お楽しみに!


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・ 新年明けまして、おめでとうございます!

皆さま、新年明けましておめでとうございます!

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こちらイタリアは、本当はまだ年明けをしておりませんが、はは、
PCの時計は日本時間も表示し、私の頭もブログに関しては
日本時間で動いておりますので・・、

まずはともあれ、年頭のご挨拶を!
本年も、またぼちぼちと続けさせて頂きますので、
どうぞよろしくお願いいたします!!


先回から、イタリアの珠玉の町・村の空からの眺め、
ウルトラ軽飛行機で巡っての写真を掲載している
「Documenti di Volo Ultraleggero」 というサイトから
http://www.minniti.info/index.phpご案内してますが、

パイロットとコマンダンテのセバスティアーノ・Sebastianoとパオラ・Paolaからも
快いOKを頂きましたので、もう一度空からの眺めをどうぞ。

今日は皆さんも良くご存じと思われる有名な城、街の様子を見て頂こうと、
まずトップは、

神聖ローマ帝国フェデリコ2世の、八角形の城

2-1-Castel del Monte -Andria-Bari.jpg

13世紀前半にあっての、この斬新なデザインに驚くばかりですが、
私はまだローマ以南はナポリを知るのみで、どこにあるのかと。



地図をどうぞ。 ナポリのほぼ同一緯度アドリア海側、バーリ・Bariの北西、
アンドゥリーア・Andriaにあり、街中ではなく、四角く囲んだ自然保護地区に。

2-2-andria.jpg

1度見たいものとは願っているのですが、・・遠い!

フェデリコ2世については、cucciolaさんがこちらに。
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/3539179.html#more



少しウンブリアを纏め、こちらはもう、言わずもがな、
アッシジ・Assisi遠望、 左側に広がるサン・フランチェスコ聖堂。

3-Assisi -Perugia.jpg

町中からは余りサン・フランチェスコ教会の側面の威容を目にできませんが、
5年前の春に西方から町を訪問した時、この要塞の様に立ち塞がる壁を
前方に眺めつつ走り、あの威容さは、ちょっと忘れる事が出来ません。




グッビオ・Gubbio. 古い歴史を持ち、典雅なイメージを伝える素敵な町ですが、
この写真を見て、あれ、こんなに大きかったっけ?!と一瞬の驚き。

4-Gubbio -Perugia.jpg

でも考えてみると、そう、かなり歩きまわった記憶が蘇り、
懐かしくもあり、再訪も願い。

グッビオ ・ インジーノ山の麓、ローマ期からの町
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462901650.html



トーディ・Todi. ここも素敵な町、中世が大変素晴らしく残っている町!
それは写真からも良く伝わってきますよね。

5-Todi.jpg

ただしぃ、この町を歩くには覚悟が要りますぞ!
物凄い坂の町、トレーニングをしてお出かけ下さ~い!!
shinkaiは町下の宿から中心に何度か通い、あ、脚が攣りましたぁ。

トーディーの町の周囲には、かってトーディーの下にあった小さな素敵な村、
城館のある素敵な村が点在し、それの幾つかも訪問したのですが、
まだ未整理、宿題山積!

n.1 トーディ ・ 中世の栄華の面影を伝え
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/471449579.html

n.2 トーディ ・ 中世の栄華の面影を伝え
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/471450678.html



オルヴィエート・Orvieto. エトルスクに源を発するこの町は、ぐんと高い
岩山の上に在り、金色燦然たるドゥオーモが町の要。

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逆光の中で、町の色やドゥオーモの色が良く見えないのが残念ですが、
この春4年振りに訪れ、ドゥオーモ内を始めてしっかり見たshinkai。

オルヴィエートの煌き、 大聖堂
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/471737591.html



ウンブリアの地図をどうぞ。 もっともっとと、再訪のチャンスを待つウンブリア州!

6-2-umbria.jpg

ウンブリアのご案内は、こちらから
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460871638.html



では、トスカーナにどうぞ!
ヴォルテッラ・Volterra. ここには21年前に行ったのみで、何とも素敵だった
町の記憶、それもどこか妖しい魅力の記憶が残ります。

7-Volterra pisa.jpg

エトルスクの素晴らしい博物館で大方の時間が潰れましたが、円形劇場や博物館、
町下の公共洗濯場などなど。イタリアに少しは慣れた目で、もう一度じっくり見たい町!

エトルスク博物館 ・ ヴォルテッラ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/465960314.html

ヴォルテッラの中心ちょぴり と プリオーリ宮
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/465959801.html

ヴォルテッラの洗礼堂、 ドゥオーモ、エトルスク門
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/465957752.html

テアトロ・ロマーノ ・ ヴォルテッラ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/465894450.html

ヴォルテッラの朝 ・ 目覚めてゆく町と平野
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/465893083.html



サン・ジミニャーノ・San Gimignano. そう、この町にも21年のご無沙汰!

 8-1-San Gimignano.jpg      

こうして上空からの写真を見ると、町の形が良く分かるだけでなく、
その町の持つイメージが適確に分かりますね。
旅の虫、うずうず!!  また訪問できるよう、頑張らなくては!



地図をどうぞ。 コッレ・ディ・ヴァルデルザ・Colli di Val D'elsaも狙っています。

8-2-toscana.jpg

美しき塔の町 サン・ジミニャーノ ・ 塔の上から、そして
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467078009.html

サン・ジミニャーノの朝 ・ 雲海の朝焼け
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/466797663.html



そして、シエナ・Siena のカンポ広場。 マンジャの塔には上りましたが、
この眺めには敵いません! 1ヶ月住んだ事もある大好きなシエナですが、
見切れていない想いばかり!

9-Piazza del Campo.jpg

「天国の門」 ・ シエナのドゥオーモ
http://www.italiashiho.site/archives/20180716-1.html

シエナのドゥオーモ博物館 と ファッチャトーネの上から
http://www.italiashiho.site/archives/20180711-1.html

シエナのパリオ 2018.7.2 TV中継から
http://www.italiashiho.site/archives/20180706-1.html

シエナの朝  カンポ広場からサン・ドメニコ聖堂へ
http://www.italiashiho.site/archives/20180701-1.html

シエナ点描  小路と、黄昏どき
http://www.italiashiho.site/archives/20180626-1.html


シエナのパリオについて、古いご案内はこちらから
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460834440.html



最後は北に上り、マントヴァ・Mantovaのお城を。 内部は信じられない程大きく、
おまけに増築に次ぐ増築で構造が物凄く複雑、見疲れましたっけ。

10-Castello di San Giorgio -Mantova.jpg

マントヴァの街もまだまだ見ていない物だらけ!

n.1 マントヴァ・Mantovaと、サン・ベネデット・ポー・San Benedetto Po
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464089512.html

n.2 マントヴァ・Mantovaと、サン・ベネデット・ポー・San Benedetto Po
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464090033.html

       

年明け最初のご挨拶は、カプリ島の猫ちゃんでしたので、
もう一度カプリの青い海をどうぞ。

11-419.jpg

本年も良い年でありますように!!


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