・ ルイーザの巴里だより

我が友ルイーザ・Luisaとレナート・Renatoご夫妻に
この6月待望のお孫さんが生まれました。
彼らの娘さんクリスティーナ・Cristinaは巴里に住んでおり、
ルイーザは6月の出産前後、7月、そして現在9月と、
ちょいちょいクリスティーナの仕事の関係からもお手伝いに
飛んで行き、撮った写真を送ってくれます。

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以前も、クリスマス休暇の冬空の巴里風景も見て頂きましたが、
パリ!・ 巴里! ・ ルイーザのクリスマス休暇
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/473572718.html

パリ の 歳末風景は、  (グロリオーザさん)
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461109604.html
       
彼女にとっては既に何度もの巴里ですから、今度は同じ巴里で
もちょっと一味違うのをと選び、今日はそれをご覧下さいね。
       
上は警察署の建物だそうで、このミケランジェロの彫刻がずらっと
並ぶ威容と、警察署という取り合わせがなかなか妙というか、粋というか!

そうそう、この奴隷像の本物はルーヴルにあるのですが、
レプリカをこちらの家でも見た事が。
ガルダ湖畔 ・ G・ダヌンツィオの家、 そして サロ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463417856.html



所で、これなんだと思われますか?!
Hôtels de charme pour les abeilles sauvagesと。

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横の説明板の写真もあり、翻訳ソフトで読みましたら、
野生の蜂用のチャーム・ホテル!

フランスには約900種の野生の蜂がいて、最近の話題でも、
彼らの生活環境が厳しい現状と、受粉活動の重要さを援ける為に、
こうした蜂用のチャーム・ホテルを作って設置しているのだそうで、
こちらのサイトでも写真が見れます。
http://paul-keirn.over-blog.com/article-hotels-nichoirs-et-abris-pour-les-abeilles-et-autres-insectes-pollinisateurs-114506140.html
       
ちょっとした現代彫刻にも見えるこの蜂用チャーム・ホテル、
口コミによって、はは、都市部の野生蜂の良きお宿となりますように。



左にちょっと見えるガラスのピラミッドで、巴里オンチにも場所が分かります。
はい、ルーヴル前の新婚さんです。

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それにしても、いつもこんなに参観者が並んでいるのですかぁ?!
エッフェル塔の下の観光客数にも驚いたのですが。



クリスティーナ達の住んでいるのはバスティーユ地区と聞き、
ああ、あのフランス革命で住民が襲撃した要塞があったっけ、と
思い出しましたが、牢獄跡は解体され残っておらず広場があるそう。

ルイーザは彼らの家の近くにアパートを借り、歩いて10分位の位置、
通っているのだそうですが、地下鉄駅の写真もあり、

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初めてその気になり、バスティーユ・Bastilleってどこに?
なんとセーヌ川の中の島、ノートル・ダム聖堂も近い場所ですね。

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Palece d'Aligreの広場の市の様子、骨董、古物、古本、

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そして、品を見定めるこんなパリジャン!

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青物市もあり、

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色分けにしている店が多い様ですが、イタリアでは、ここまでは分けない様な。



街頭でのコンサート。 こんなチェロのグループも、 

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シャンソンを聞かせるトリオも。

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ルイーザの撮った動画も届き、はい、彼女とアコーディオンはなかなかですが、
この手前のトランペットがねぇ・・、 



自動オルガン弾き。 オルガンの上に猫ちゃんが籠に丸く眠って、
彼の右手には鳩が止り、う~~ん、セ・ラ・ヴィ! 

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さてこちらはお家の近所であったパエーリャ大会だそう。
希望者が参加して、パエーリャを作り、皆さんに振舞ったのでしょうね。

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作って下さる方々が、ほら、ご覧の様に少し怖い様なお姐さん方で、



ムール貝に、鶏肉に、赤いぺぺローニ、緑は何、豆類かな?

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大きな海老もたくさん乗って、美味しそう!! ええ、食べ始めれば、
美味しさで怖さも吹っ飛ぶよね、ははは、 ヴォアラ、ボナぺティ!!



いかにも下町風のビストロの写真もあり、
樽の古さ、お品書きを照らすカーブした電球も良いですねぇ!

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これには思わず、わぉ!と口に出ましたが、中は普通のバールかビストロでしょう?!
秘密の世界の入り口みたいで、怖いなぁ、はは、嬉しいけどぉ!

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これも良いですねぇ! ネネッテのバール、とありますけど、
ネネッテおねえちゃま、幾つぐらいにおなりかなぁ?!

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今回の気に入った内の1枚、
こんな朽ち果てた椅子が、まだお役を務める余地のある街巴里。

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やはり1度は季節の良い時にゆっくり行ってみたい、そんな気にさせてくれます。



家の近くのパン屋さんのよう。 アール・デコの建物と、店の装飾、
そして店の前のテーブルのお祖父ちゃんとボク。

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巴里の話をする時、我がイタリアの友人が皆、
素敵な美しい街、そして、生きる楽しさ、自由がある街、と語ります。
       


3人のパリジャンと乳母車、はは、良い雰囲気ですねぇ!

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で、乳母車の中には、はい、このボク、

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Bonjour à tous! Je suis Victor et je vis à Paris de Juin.
Je suis à apprendre le français et l'italien,
mais je veux aussi apprendre le japonais.
Bonjour à vous bientôt!
ヴィクトール君のご挨拶。 

ははは、翻訳ソフトは便利ですねぇ! よう働きます。
という、ルイーザの巴里たより でした。
  

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・ ヴェネツィア ・ モノクロの絵葉書で

今日はまたヴェネツィアに戻りまして、漂い始めた秋の気配に合わせ、
懐かしいモノクロの絵葉書をご覧下さい。

ポルトガルでは、つい最近の風景もセピア色の絵葉書で売っていて、
このおっちょこちょいは簡単に引っ掛かったのでしたが、
ヴェネツィアのこちらは正真正銘の古い風俗風景があり、ただ残念な事に年代と
場所が書いてあるのが少ないのですね。

でもまぁご覧の様に、場所名など書いてなくてもどこかすぐ分かる、
建物風景は昔とまるで変わらぬヴェネツィアです。
スキャンしたままの色、ピンボケも傾きもそのままで、ごゆっくりどうぞ!

サン・マルコ小広場から見るサン・ジョルジョ・マッジョーレ島。
ゴンドリエーレの服装から見て、秋口でしょうか?

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ヴェネツィアの古い絵葉書は以前一度ご覧頂いた事がありますが、暫くの間に、
手元にまた増えておりました。

旧き 良き ヴェネツィア ・ 古い絵葉書に見る
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461786065.html
              


これは場所がどことはしっかりご説明できないのですが、サン・マルコから西だと。

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こちらはサン・マルコからスキアヴォーニ河岸をずっと東に、殆ど島の端に近い
サンタ・エーレナ・Sant'Elenaの方かと。

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そんなに遠い昔でないとは思うのですが、帆船が多く見えます。 運搬船に使っていた
ラグーナ用平底船というブラゴッツォ・Bragozzoというタイプなのかも。

ブラゴッツォについては、こちらに。
n.2 埋もれた島の蘇り ・ ヴェネツィア、チェルトーザ島
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463621868.html



この鉄の橋も見た覚えがあり・・、う、う、確か、東側で・・。

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そうなのですね、ヴェネツィアに400以上あると言われる橋、それぞれがみな違う形で、
なので、昔よく通って歩きまわっていた頃は、頭の中に通る道順に地図が描けたのが、
まぁこの頃は衰えて・・。 情けない!



さてこの、洗濯女と、洗濯物の干し場!

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年代も場所も分からないのが残念です、かなり広い場所の様で、
おまけに女性のスカートがねぇ! 籠もかなり使い古されていますねぇ。



こちらもまるで変わらないカ・ドーロ・Ca' d'Oroの姿。 大がかりな改修修復も
行われたとはいえ、元は15世紀の建物、たかが半世紀やそこらで変わりませんね。

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n.1 カ・ドーロ ・ ヴェネツィアの館
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463740863.html

n.2 ヴェネツィアの館 ・ カ・ドーロ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463741340.html



この広場の名を探しまわりました、というのも知っている広場で、
写真も撮っているのでムキになり・・! 

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はは。 はい、サン・ポーロ地区のカンポ・サン・ボルド・
Campo San Boldoと判明しました。 地図もどうぞ。

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右端の赤点がリアルト橋から北に続く道で、リアルト橋の方からカンポ・サン・ポーロ・
Campo San Poloに出る位置が、広場の下の道につけた赤点の所。

この広場だす!と証拠写真が即お見せできないのが残念ですが、はい、
井戸の写真も整理しつつ、また見て頂きますね。



なんとも懐かしい服装風俗ですが、どの広場でしょうか? 
屋台の店が並んでいるのでお祭りの様ですね。 女性の髪形、縞の服、
男性の縞のズボン、子供の編み上げ靴・・。

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この天使像には、初めてお目にかかりましたが、幸いこれには裏に、
L'Angelo di Calle Magno・カッレ・マーニョの天使像、と書いてあり、
天使像の両脇に、イノシシの紋章があるのも、なんという家柄の奉納なのかが
気になりますが・・、

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カッレ・マーニョは造船所の近くのようで、

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アップしますと、こうなり、はい、次回のチャンスには会いに行きたいと思います。

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こちらは、アッカデミア美術館から駅に西回りに行く途中に出会う、
カンポ・サンタ・マルゲリータ・Campo Santa Margherita.

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半分に切られた鐘楼跡が見えますが、ここに広場の名となった元の
サンタ・マルゲリータ教会、既に19世紀から教会では無くなっておりますが、
ご覧の様に服装からみて、これは近年の写真ですが、
ちょっと興味深い事が引っ掛かりましたので、どうぞ。



地図での位置はここで、この広場はかなり広く木もあり、周囲のあちこちに
ヴェネツィア大学の建物がある事からも若い人たちの溜まり場、地元の人々の
憩いの場所となっている様子。

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三角の広場の方に建物が一つぽつんと見えますが、これは皮なめし業の信者会、
職業訓練所・Scuola dei Varoteriが18世紀半ばに建てられたもので、
というのも、
元はここに小運河が通っていて、南のバルナバ運河・Barnabanに繋がっていて、
19世紀に衛生上の問題から埋め立てに。 そう言えば、この道はかなり広め。
で、その後この建物は、炭の倉庫、映画館、ファシストの子供の教育用にも使われ。

で、この今は無い運河に面し、オスピーツィオ・スクロヴェーニ・Ospizio Scroveni・
病院、老人ホームがあります。

皆さん、スクロヴェーニという名にピッと来られましたか?
そうなのですね、調べましたら、パドヴァの、あのジオットーの壁画で有名な
スクロヴェーニ礼拝堂を建設したエンリーコ・デッリ・スクロヴェーニ・
Enrico degli Scrovegniの孫のマッダレーナ・Maddalena の遺言と遺贈の
莫大なお金で15世紀に建設されたものなのだと。

当初は13人(12人とも)の貧しい未亡人が収容されたそうで、現在もその趣旨に沿って
医療活動の財団が運営し、建物の写真を見て、いつも見ている白い大きな建物と
気がつき、興味を持って調べたのでした。

エンリーコの父親のリナルド・Rinaldoは、ダンテの神曲にも苦々しく描かれた金貸し、
高利貸しだったのですが、息子のエンリーコとなると、当初は家業を継いだのでしょうが、
学問も治め、パドヴァの政治家として活躍、その為に戦時には家が略奪されたり、
亡命の浮き身にもあい、そういう苦さが礼拝堂建設にも繋がった様子。
     
その息子のウゴリーノ・Ugolinoは既に歴とした貴族階級、ヴェネトのべッルーノや、
フィレンツェでも執政長官を務め、そのまた娘となると、父娘とも亡命で
ヴェネツィアに住み、美人の誉れ高い才媛と語り残され、オスピーツィオも寄贈した
という事になりますが、その子孫は16世紀にフランスに移住して行ったとの事。

リナルドの高利貸しぶりについては、cucciolaさんが詳細を。
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/765022.html



こちらもかなり新しい写真ではないかと思いますが、御存じムラーノ島のガラス吹き。

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まさに職人芸の凄さで、ちょいちょいとつまんで挟んで伸ばして切って、
あっという間に、見事な馬を作ったりするのも見た事があります。

ヴェネツィア ・ ムラーノ島、サン・ミケーレ島
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463330379.html



今日の最後は、久し振りにすっきり覆いなし、右ドゥカーレ宮と上を渡る溜息橋。

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広告費を稼ぐのに、わざとゆっくり修復しているのではないかと勘繰りたくなるような、
もう何年もお目にかかっていない風景。

昨年秋に行ったドゥカーレ宮内部のご案内、写真の方は既に用意できていますが、
読み始めたドゥカーレ宮の厚いのと、薄めの牢獄のガイドブック、これがまだ済まず、
そのままになっておりまして、はぁ、   ドゥカーレ宮は近日公開されま~す、
と、ここで自分に気合を入れて・・! 大丈夫かいなぁ?

ヴェネツィアのモノクロの絵葉書は、まだまだありますので、また機会を見てご覧を。
       
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・ n.2 リスボンの新地域 ・ 街の新しい顔 

引き続き、リスボンの新しい顔を持つ地域、
98年のリスボン万博跡地に広がる近代的な様子をご覧下さいね。
先回はバス駅から鉄道駅、そしてショッピング・センターと
見て頂きましたが、今日はテージョ河の河べりに沿っての散歩を。

これがまた海かと思う程の広がりを持つ河口でして、
爽やかに吹きわたる風が本当に気持ち良く、
長~い時間の散歩を楽しめましたので、それをどうぞ!

万博会場跡の池に映る船の舳先の様なビル、色も形も本当に
気に入ったのでしたが、

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この一帯はParque das Nações・国の公園という名で、
まさに国の首都リスボンの、新しい顔なのですね。



道脇の植え込みの果樹がたくさん実をつけていて、
リンゴですよね? それにしても産毛がびっしりで!

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◆追記訂正を。 コメントを頂き、マルメロと
教えて頂きました。 有難うございました!

      

テージョ河・Tejo沿いにずっと散歩道が続き、
先に見える左の塔・ヴァスコ・ダ・ガマ塔と斜張橋というそうですが、
右に延びるヴァスコ・ダ・ガマ橋、を見ながら進みます。

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ポルトガルの国の英雄番付での1番は、やはりヴァスコ・ダ・ガマ・
Vasco da Gamanの様で、彼の名はたくさん登場し、
昨日見て頂いたショッピング・センターにも、その名が冠され。
彼のお墓はリスボンの西ベレム・Belémにあるジェロニモ修道院・
Jerónimoに、
「ここに地終わり 海始まる」の素敵な言葉を詠った
軍人にして詩人のカモイーシュ・Camõesと一緒にあります。

どうも、ジェロニモという言葉には、アメリカ・インディアン、と
即反応する私の頭の程度でして、はは、 落ち着きましたら
素晴らしい修道院と共に、皆さんの方が良くご存じと思いますが、
彼の偉大な業績についてまた改めてご紹介を。

ロカ岬 ・ ここに地が果て、海が始まる
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461067791.html
       
はぁ、このブログは一応、ご案内ご紹介という形を取っていますが、
勿論、私めが最初から知っている訳ではなく、旅行の纏めとして、
調べながら、撮って来た写真と突き合せながら、書いていて、
本当実際の所、私自身が良く知る為に続けている様なブログで、
ははは、と笑いで冷や汗をごまかし・・、

好きでパシャパシャやって来る写真も、このブログがなければ
きっと撮ったままになっているだろうという事でして、
ゆるゆると進んで参りますので、そこの所をどうぞご了解頂きます様に。



とにかく広い広いテージョ河の流れと、それにかかる長さヨーロッパ一
と言われるヴァスコ・ダ・ガマ橋、全体の眺めをサイトの写真でどうぞ。
全長17.2km、水上部分14k、98年の万博開催、そしてまさに
ヴァスコ・ダ・ガマの、喜望峰を通ってのインド到達500周年
を記念しての開通だったそう。

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橋は幅30mの6車線、高さ155m、強風や雨、霧の時は
制限されるものの、100~120Kの制限時速だそう。

走って見たいですねぇ! と思いましたら、
ははは、良く似た嬉しがりイタリア人のYou tubeが、
真ん中の高くなった部分の所まで行きます。
http://www.youtube.com/watch?v=uiHL9p96wBQ
       

       
テージョ川の河口が1目で分かる地図をどうぞ!
ね、広いでしょう?!

33-2-po_GF.jpg

で、このヴァスコ・ダ・ガマ橋が架かる前は、リスボンの街から
対岸に渡る橋は1本だけで、街の西べレム地区にある
4月25日橋だけだったというのですから、
交通混雑だったのも想像できますね。

で、既に街のもっと西に橋がもう1本欲しい事は明らかだそうで。
あのポルトの街の橋5本にも驚きましたが、
そうですね、地図を見るだけで橋の少なさが想像できますね。

4月25日橋のご案内もまだですが、絵葉書で、
霧の中の橋の様子  モノクロの絵葉書で ・ ポルトガル
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461067917.html
       


強い陽光を浴びながら、爽やかな川風に吹かれつつ、
カモメたちを眺め、

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頭の上を通りすぎるロープウェイを見上げ、

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空飛ぶ円盤の親方みたいな、はは、劇場かな、も横目に、

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騎馬警官にも出会い、
ふらふらと道から外れて中に入って様子を見たりしながら、
ゆっくりと歩いて行きます。

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ここには石の木琴風とか、石琴と言うべきか、

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銅鑼の類とか、トライアングルとか、

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様々な自然素材の大きな楽器類が置いてあって、
子供たちに混じっていい歳をした我々も、ははは、大喜びで
音を出して楽しみまして。



時々道に出ては、少しづつ近づく橋を確かめ、

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ハスの植えられた浅めの人工池もあり、

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そこにまぁ、この散歩に来たワンちゃんが、池にいる鯉を狙って、
ジャボジャボ走りまわるわ、ドッボ~ンと飛びつくわ!
ははは、見ていて余りにも楽しかったので、また纏めて見て頂こうと、
出し惜しみで、ははは、今日の所はこれ1枚のみで~す。

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見ている女の子達より、絶対にワンちゃんが楽しんでましたね。
上の道にも、似たような茶色君が通っているのですけど、
一緒に遊びたかったでしょうねぇ。
       


満開のブーゲンビリアで出来たテラスのトンネルもあったり、

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これ何?という様なのが、道を塞いでいたり、

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いぇい、漸くにヴァスコ・ダ・ガマ塔の下に到着。
高さ145mのリスボン市内で1番高い建物だそうで、展望台付きと。

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塔の先をぐるっと回り込んだ所から見る橋。
まだまだ随分先にあるのですが、塔が2本見える様になり、
車の走っているのも見えます。

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ケーブルで吊られた橋、というのは、どの橋も美しいですよねぇ!
いつもほれぼれと眺めてしまいます。

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ずっと向こうに突堤が突き出し、魚釣りの人々の姿も。

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ヨットや舟遊びをする人もいて、

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長年のテージョ河の堆積物もあり、と書きつつ、

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どこから? 長さは? と調べましたら、
なんとまぁああた、例により知らぬが仏のムチムチで、
イベリア半島の半ばに源を発する、半島で1番長い河、
全長1008km、内100k弱がポルトガル領で、

スペインではTajo・タホ河の名前で出~ているの、あはは、
アランフェス、トレドを通るあの河なのでしたぁ。

とは言っても、スペインも行った事がないのですけど、
トレドのタホ河は、絵でもお目にかかっていますしね。
       


水溜りでは、カモメ君も遥かなトレドの香りを嗅いでいるのかも。

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という辺りで、道を引き返し、駅構内の屋台でお昼のパニーノを。
これがまた楽しい事に、向こうはポルトガル語のみ、
ジュリアーナとのこちらはイタリア語、片言の英語で、はは、
それでもなんとか食べ物、飲み物にありつけて、
駅構内の本の屋台を覗いたりし、

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バス駅の我らのバスまで。

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スペインのサンチャーゴ・デ・コンポステーラの空港から、
あちこち寄りながらの一路南下の8日間、
ポルトガル人の若い運転手君は親切で気のきく、
窓ガラスもいつも綺麗に洗ってくれていた人でした。
       
ガイド嬢もまたお顔を見て頂きますが、美人、大変に辛抱強い、
よく勉強されている上手いイタリア語の説明で、
前日には暗黙の内にチップ用の袋が回って来て、
1人5エウロづつ、皆当然と袋に入れたのでした。

スペインのアンダルシアに行った時のガイド嬢は酷くて、という
思い出話も出ましたが、その意味でもとても恵まれていました。

この後空港に向かい、最後にチェックインの際、
1人がパスポートも財布も失くしているのに気づくという
ハプニングもありましたが、皆無事に帰国出来ました。

       

私めのポルトガルのご案内は、まだまだ続きますが、

リスボン新市街の最後は、これで〆させて頂きますね。
お月さんが見えるかな? 

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*****

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・ n.1 リスボンの新地域 ・ 街の新しい顔 

「ポルトガルのリスボン」と聞き即思い浮かべるのは、
あの哀愁に満ちた音楽ファドであり、古い市街地アルファーマ、
狭い坂道を壁に触れんばかりに揺れながら走る市電、
壁の装飾タイル、等などではないでしょうか。

つまりぎっしりの歴史が詰まった古い街ですが、
今日はそれとは違う新しいリスボンの顔、ちょっとした未来都市
の様な、1998年のリスボン万博開催地跡の、街の東側に広がる
広い敷地の現代的な建物、駅、ショッピングセンター、
スタジアム、公園などをご覧下さいね。

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自分は古い物が大好きな古い人間ですが、ははは、
ですがぁ、いざ行きましたらばぁ、斬新で爽快、ちょっと目を見張る
デザインにも関わらず、
かっての歴史をも思い起こさせる面白さに魅せられ、
広々とした新しい空間も楽しみ、たくさん撮りましたので
皆さんにも、あの日の青空をお届けしようと。

上の写真は、ポルトガル旅行最後の半日を過ごすべく、
バスで街中のホテルから東の地区に向かう途中。



バス待ちのベンチかな、朝の陽の中ののんびり感。

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さて、こんな感じで、近づいた事がすぐ分かるのですけど、
このデザインから受けるイメージも、
やはり波をかき分けて進む船の舳先でしょう?

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奥に見えるのも、やはり船。
ポルトガルは今も経済の荒波の中、大航海の真っ最中かも!

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手前のビルの文字に暫く考えましたが、
CASINO LISBOA・リスボンのカジノですね。
ASINOでは、ロバになりますけんね、ははは。



タイルの色違いの、こんな円錐柱が通りの角毎にあり、

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時にテージョ河に向けて開ける空間は、爽やか!の一言
奥に見える橋が、ヨーロッパ一長いという、ヴァスコ・ダ・ガマ橋。
明日改めてしっかり見て頂きますね。

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万博跡地の再利用ですので、きっと各国レストランもある筈で、
後ろの建物には、ピッツア、パスタと見え、 

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ボクとお祖父ちゃんの足元には、SEMPRE・センプレ・いつも
というイタリア語も。

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我々のバスはぐるっと地域を回って見せてくれた後バス駅に駐車、
一同放し飼いに。

で、こんな風に上の通路に上がり、さて探訪に。

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上の通路に上がった途端、これらが誰の設計かすぐ分かりました。
なにせヴェネトに住む人間、ヴェネツィアの大運河のあの第4の橋
カラトゥラーヴァ橋を知っていますからね、
あれと同じ素材を使っているのですもの。

橋については、こちらの最初に。
n.1 埋もれた島の蘇り ・ ヴェネツィア、チェルトーザ島
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463621428.html



1番奥にバス駅があり、そこから鉄道駅に接続し、
こんな風に駅の構内が広がります。
ガイドの説明によると、この駅から飛行場に繋がり、ご覧の様に
一帯にホテルもレストランもあり、大変に便利になったのだと。

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言葉や発音は分からないものの、
何を現わしているかは分かりますよねぇ、ははは。

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見上げるホームがこんな風に見え、

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上がって見るとこんな様子。
どこか、新幹線のホームの様でもあり、こちらの方が広々ですが、
なぜか神戸・須磨間の空気のイメージも受け。

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駅構内のコンクリートの骨組み構造。
伸びやかで面白いと思ったのですが、少し薄暗かったかな。

15-477_GF.jpg



新しい構築物の面白さ、この巨大感。
無機質感と色と、光と陰と。 

16-478_GF.jpg



駅を通りすぎて出て来ると、通りの向こうは大ショッピング・センター。 

17-479_GF.jpg



通りを渡り、駅を振り返るとこんなデザイン。
やはり船の竜骨の様でもあり、鳥の羽の様でもあり。

18-480_GF.jpg



で、ショッピング・センターに入った途端に見た屋根というか、
通路の覆いの上を流れる水。 これには皆ちょっとした驚きの声!

19-481_GF.jpg



ショッピング・センターはこんな様子の3階建てで、ブルーの屋根の
上を水が流れ、光が揺らぎ、あちらこちらと通路が渡り、

20-487_GF.jpg



通路も例の素材を使った半透明橋で、人々が渡る姿も
面白さを添えます。

21-483_GF.jpg

が、実際は歩くのに少し滑りやすく、こういう館内だと問題無いかも
しれませんが、ヴェネツィアの様な外の橋では、雨の日など
問題が大きい様子。



かなりの店数で、全体はこんな風。
あのポスターのお姉さん、まさか5エウロでは? ははは。

22-489_GF.jpg

真ん中には、インターネット・ポイントも見えますが、
お寿司屋さんも、というのを後で知り、残念でしたぁ!



で、ショッピング・センターを抜けてくると、
まさにかっての万博会場で、広い広い公園。

23-490_GF.jpg



この日は平日の木曜でしたが、たくさんの人で賑わい、
単なる観光客だけでなく、新しい憩いの場所としても
街の一地区として定着している様子を感じました。

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リスボン万博 ’98 の記念。

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なんとも清々しい良い形だなぁ、と思ったビルを
ショッピング・センターの前から。

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このビルは右と左に2つあり、青空に良く映え、
所々にあるリボンの吹き流しも趣を添え。



1番上をアップで。 そうか、網状になっているのか、と納得。

27-495_GF.jpg



各国紹介のパネルが並ぶ中に、日本を見つけました。
ジャパ~オかな、発音は?
ね、こうして見ると、極東の地であるのを再確認しますね。
  
28-500_GF.jpg

という所で、この続きはまた明日ご覧頂きますね。
海かと思う程のテージョ河の眺めも、お楽しみに!

         
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・ 秋の葡萄摘み、 ピティリアーノの場合は 

昨日日曜の朝は大嵐で暫くの間は停電となり、また夕方から雨と、
一っ飛びに秋が来たような北イタリアですが、今日の午後になって
漸くに陽が射して来ました。
       
有難い事にまだ寒くなく、半袖のポロシャツで過ごせていますが、
この暖かさもいつまでもつか、大事に楽しみたいものです。

さて既に今年の葡萄摘みも最後となり、実った葡萄の写真も、葡萄を
運ぶトラクターも今年は撮らずに済んでしまいましたが、
そこはもう、亀の甲より年の功、ははは、

昨年秋にトスカーナの南、ピティリアーノで大変面白い葡萄運びの
トラクターの様々に出会いましたので、今日はそれをどうぞ、お楽しみ下さい!

写真は、宿の窓から朝日に浮かぶピティリアーノ・Pitiglianoの町の様子。

1-426_GF.jpg

写真は一応整理したままで、まだ町のご案内をしておりませんが、
こちらにちょっぴり、旅の行程を。
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461247613.html

n.1 ピティリアーノ ・ トスカーナの「小さなジェルサレム」 凝灰石の町

n.2 ピティリアーノ 町の中心の散歩と、 ブログのお休みを
http://www.italiashiho.site/archives/20180312-1.html


宿が大変良い位置で、おまけに予約の時に「眺めのええ部屋(広島弁)」をと
頼みましたので、ははは。

ご覧頂くのは夕方、続々と葡萄満載でやって来るトラクター。
我が家の方でも葡萄摘みの季節になると、トラクターやトラックに摘んだ葡萄を
いっぱいに乗せ、ゆるゆると道を行くのに出会うのですが、

宿の窓下にちょうど見える道のカーブ、それもまた物凄い急傾斜とカーヴの道で、
そこをいっぱいにエンジンをふかしながら、ウンウンと上って来るトラクター、

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ぐるっと狭いカーヴを回り、さてまた坂道、

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後続のチビ車が待ち切れず、追い越しをかけそうですが・・!

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やめとった方がええで、この次も凄いカーヴなんじゃけん!



最初のカーヴには、はい、また次のトラクターがやって来ておりますが、

5-736_GF.jpg



ええ、まさに町の入り口に当たる場所で、
BENVENITI A PITIGLIANO・ピティリアーノにようこそ、の植え込みがあり、

6-737_GF.jpg



ゆっくりと回り込んで、また坂道をうんうんと・・。

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この辺りどこもが急傾斜な坂道で、町の反対側、つまり先ほどのトラクターが
やって来た道を逆に行きますと、一旦町から谷に下り、また坂を上って
向こう側の谷に上がります。

写真はその道を、朝の内に摘んだ葡萄を運び、今戻っていく所でしょう、
かなりやかましく、うんうんぶうぶうとふかしながら戻っていくトラクター。
       
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大きな醸造元は自分の葡萄畑を持ち、その葡萄で、自分の名前を冠した
ワインを作る訳ですが、普通の農家は協同組合式に皆で醸造所を持ち、
そこに葡萄を運び込むのですね。

我が家の近くにもこの種の醸造所があり、葡萄摘みのシーズンになると、
ずらっとトラクターやトラックが並び、表にまで葡萄ジュースの良い香りが漂います。

その代わりに、この季節は交通停滞となり、ゆるゆると進むトラクターの後ろに
ずら~っと車が。 でもこれはもう、皆さん当たり前の季節の風物詩でして、
ぞろぞろと付いて進みます。


という訳で、写真はこのピティリアーノに4泊した昨年の10月上旬、
やはり北より少し遅い葡萄摘みですね、
しっかり熟させて糖度の強いワインになるのでしょうね。

少し早く宿に戻り、窓際の机に座って写真整理か、ブログ書きをしていた時、
次々と喘ぎながら坂道をやって来るトラクターの音を聞く度に、
もの好きshinkaiは、ほら、来た! また来た! と窓から身を乗り出し、
パシャ、パシャッと、ははは。

ほらご覧の様に、皆違うトラクターで、そして、白の葡萄が多い様にも見え・・。

9-733_GF.jpg

10-732_GF.jpg



なぜ、写真のトラクターが皆この位置かと言いますと、
西に陽が傾き、ここでないと陽が当たらなくなったためでして、

11-756_GF.jpg

12-753_GF.jpg
    


こちらは向かい側の谷からの町の眺めで、そう、町は半島みたいに細長く
谷に突き出していて、で宿は、写真の一番右端に切れる辺りに。

13-436_GF.jpg



町の地図で坂の位置をどうぞ。 ははは、左の赤点が上の写真位置で、
町の方の赤点が宿の位置。

14-no1_GF.jpg

カーヴ1が、上で見て頂いた写真類で、さてこれからが難所の、ははは、
カーヴ2の位置。

   

地図では2のカーヴがひっついていますが、実際はこんな様子。
つまり、即折り返しの曲がりで、どちらも急傾斜!!

15-723_GF.jpg

ここからの写真は朝の内で、今1台のトラクターが曲がり終え、坂を上って来る所。



どうやら、この坂道を行った奥に醸造所があるのでしょうね。
うんうんうんうんと喘ぎながら葡萄を積んで上って行き、軽くなって戻って行きます。

道脇の防護壁から身を乗り出して覗くと、こんな風に下の道を上って来るのが見え、 

16-725_GF.jpg

       

上の写真のトラクターの先を進むのは、もっと大きなトラクターで、
曳いている荷台にはこんなに大量の葡萄!

17-724_GF.jpg



ここからの写真が、本当にめったにない程のピンボケで!! 申し訳ないのですが、
まぁ、珍しいものですから、はは、・・ご勘弁下さ~い。

今左に口を開けている通りが、町の旧市街の中心に行く通りで、
さてトラクターがゆっくりと大きく回り込み、

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様子を見つつ・・、

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ぐるっと回り込み、続くトラクターも大回りに、

20-729_GF.jpg



で、上手く回り込み上の坂道に。 荷台の葡萄が朝日を受けて光ってますねぇ。

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後続の小トラクターも、後に続いて回りかけ・・、
 悔しい、どんな撮り方をしたんだろ、馬鹿がぁ!!
という、葡萄運びの様子でした。



もう一度宿の窓からの眺めで、夕暮れになりかけ、ライトアップが始まった様子を。

22-062_GF.jpg

陽が沈み、空が青から濃紺になると、町は金色に浮かび上がり、
真夜中以降は闇の中に。

なんとも言えない魅力ある、そして凄さのある町なのでした。


葡萄摘みがそろそろ ・ スコミーゴ村、コッレウンベルト村
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461295708.html

モンタルチーノ ・ 歴史と、ブルネッロ・ワインと
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461362974.html

n.1 ヴェネツィア共和国時代のワイン復活を目指し
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463331661.html

n.2 ヴェネツィア共和国時代のワイン復活を目指し
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463332411.html
             
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・ n.2 オビドス ・ ポルトガル

先回に続き、ポルトガルの世界遺産指定の小さな可愛い町、
オビドスえ!のご案内をどうぞ。
地図も必要ない程の、迷うのが逆に楽しい様な素敵な町ですが、
先回のご案内地図の町の中央辺りから続けますね。

先回ご案内の、深い由来を持つ晒し柱の奥に見えた
サンタ・マリーア教会・Igreja de Santa Maria.
辿って来た道より低く位置し、教会前広場も町で一番広い場所。

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この教会の元々は、西ゴート族の神殿の跡にアラブの侵入による
モスクが建てられ、1148年にポルトガルの初代の王となった
アルフォンソ1世・Alfonso Iがこの地を征服、教会を建設。
ですが、現在の形は後のルネッサンス時代16世紀の物と。

正面扉の周囲に見える装飾ですが、



アップするとこんな様子で、テラコッタと思われますが、

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上部に1890年と見えますね。 その時代にすると、聖母マリーア、
両脇に膝まづく天使の表現がどこか中世風というか、幼いというか。

タイルの絵柄は素晴らしいものの、テラコッタの技術、職人技は
余り優れていなかったのかな? 



内部をどうぞ。 両脇の壁は上から下まで、18世紀の物と
言われるアズレージョの素晴らしいタイル装飾で覆われていて、

31-853.jpg

正面に見える祭壇奥の絵画には、どれと私には特定できませんが、
オビドス出身の女流画家ヨゼファ・Josefa di Obidos(1630-1684)
の作品があり、彼女は19世紀以前に、生前に著名となった
最初の女流画家との事。

教会前広場の脇に美術館があり、そこにも彼女の作品が
いくつかあるそう。何か作品が見られるか、と検索をかけましたが
何も出ず、ただ彼女の名前をつけたホテルがオビドスに
あるのが分かりましたです。



少しピン甘ですが、これは天井部で、木製彩色。
と、全体が全て装飾柄で埋め尽くされ、独特の雰囲気。

32-861.jpg

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この教会で1448年に、1444年とも、第12代ポルトガル王
アルフォンソ5世・Alfonso Vが、従妹にあたるイザベル・デ・コインブラ・
Isabel de Coimbraと挙式を。

彼らは、昨日の最後の晒し柱のご説明で名前が出た
11代目のポルトガル国王ドゥアルテ1世とレオノール妃の息子と、
王弟のコインブラ公ペドロの娘ですね。
3人の子をもうけたものの、王妃の父は夫の軍に殺害され、  
イザベル王妃もその後急死、多分毒殺という事で、
僅か23年の生涯、7年間の彼らの結婚。

夫だったアルフォンソ5世はその後40歳を過ぎて、姪にあたる
16才のファナ(ジョアナ)と再婚するものの、近親婚として正式には
認められず、彼女は17歳にして修道院に。

この彼女の母親カスティーリア王妃ファナも、なんともはや色々と
素晴らしい噂のある方でして、ははは、
アルフォンソ王は晩年、息子に国政を譲り修道院に引き籠ったと
言いますが、まぁそれもむべなるかなで、
波乱万丈、闇の中の魑魅魍魎のポルトガル王家でございます!

イザベル王妃の弟、ジャイメ王子のお墓のある
サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂 ・ フィレンツェ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464150189.html

とはいえ、この小さな町オビドスの歴史にはなかなか可愛いお話もあり、
第3代ポルトガル王となるアルフォンソ2世が1208年にウラッカ・
Urraca de Castelaと結婚しますが、
2年後に結婚の贈り物として、このオビドスの町を彼女に。
これがポルトガル王家の結婚の際の慣習となり、
1834年まで、町は代々の王妃の領土として引き継がれたと。



こちらは教会入り口に近い部分のアズレージョと、

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天井のフレスコ画。

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教会前の広場の奥、ちょうど教会と向かい合う位置にある
素晴らしく立派な泉ですが、残念ながら水は流れておらず。

36-850.jpg

上部3角形の所に見える横線の位置、あそこが道の高さで、
真ん中に見える円柱が、晒し柱の位置。



広場に駐車した車の匂いを確かめている猫ちゃん。
痩せていて、我がデブ猫と比べ可哀そうな気がしましたが。

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広場の脇、道と同じ高さにあった柱廊部分。
どうやら市が立ったり、倉庫に使われていた様子。

38-863.jpg
    
   

脇道に入り、古い瓦や、花に見とれたり、

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いかにも年代を経たと見える玄関前の石段も眺めつつ、

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こちらはホテル。 入り口ポーチ上にノウゼンカツラが
びっしり茂った良い雰囲気でしたが、
余りにも白壁との対比が強く、玄関を写すのに色が飛び。

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Casa São Tiago do Casteloという表札。



すぐ脇の下り坂が、大変な急坂。
時間があれば、こういう道こそ楽しめるのでしょうに!

44-883.jpg



さてここまで来ると、もうすぐそこに見える城の入り口と、
脇にあるのはサン・ティアーゴ教会・Igreja de São Tiagoで、
現在、町の公会堂になっているそう。

45-877.jpg



城入り口手前から覗く、高級国営ホテルのポウザーダ・
pousadaの入り口側、部屋数が少なく、なかなかお高いようで!
王家、そして町の首長の邸宅だったのを1950年に改装、
ポルトガルの国営ホテルの第1号なのだそう。

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城の中庭に入り奥に進むと、中世風の市を開いたり、お祭りの
催しにも使われるらしい、映画のセット風の建物などもあり、

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1番奥まで行くと、お城の後ろ側がこんな風に。
6代目のディニス王・Dinisによって建設されたという、実戦向け
13世紀建設が、16世紀に居城として改装されたのだそう。

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そしてご覧になってお分かりの様に、かなり新しい部分も。
18世紀の大地震は、ポルトガルの建築物に大被害を
齎したといいますから、その後の修復部分もかなり広い範囲に
及んでいる筈ですね。



こちらは反対側の城壁の色で、こちらは古い壁が残っている部分と。

49-892.jpg

町中は観光客で賑わっていたのが、ここまで来ると殆ど無人。
向こうの方で誰かが大声で喋っているのが気分的に助かる様な、
そんな歴史の威圧感も感じました。



城壁の端まで行き、隙間から覗いた平地の教会。
屋根の形が面白く、なかなかの立派さで、戻って調べました。

50-897.jpg

石のイエス教会堂・Santuário do Senhor Jesus da Pedra
ポルトガルでも重要なバロック建築なのだそう。

石の十字架がたくさん納められている聖所でもあり、
中には初期キリスト教時代の物もあるそう。



城から出てきての広場と、町の通りを見下ろして。
そう、お城がやはり一番高い位置にあるのですね。

51-899.jpg

52-902.jpg



ゆっくりと集合時間に向け、バス乗り場に戻ります。
       
こちらは、美術館の入り口脇に見かけた、可愛いタイル装飾。

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観光馬車も小さい町の中にあり、シニョーレが手招いているのは
私の傍にいた子供で、でも、お馬ちゃんはこっちをね、ははは。

54-910.jpg



で、のそのそ道を戻る途中、なんと、カメラの記録カードが満杯終了!
勿論バスの中には予備も持っていますし、道も殆ど最後の部分で、
悔しい思いをする場面も無かったですが、

それを聞いたグループの連中の嬉しそうな反応!! あはは。
伝え聞いて、驚いて訊ねる仲間もおったとですよ!
ええ、バスに戻り即入れ替えまして、はは、ざまぁ見ろ!
       
という訳で、これがオビドスの町を去る最後の写真でございます。

55-917.jpg



オビドス最後の最後は、翌朝ホテルの前で見た
アガパンサスの花をどうぞ!

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イタリアで見るのよりもずっと色の濃い、藤色でした。


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・ n.1 オビドス  ・ ポルトガル

今日のタイトルはもう少しで、オビドスえ!とか、帯ドスえ に
したくてウズウズしたのですけど、ははは、
そこはもうかなりの大人ですけんグッと我慢して、
いつものように格調高い、当たり前過ぎるタイトルで。

という事で、今日はポルトガルの世界遺産指定の町
オビドス・Óbidosえ、ご案内を。 ははは、こだわりshinkai。

バスの窓から、あ、見えた!

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こういうふうに近づいて行きまして、周囲を城壁に囲まれた
小さな町であるのが良く分かります。

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オビドスはどこにあるか、地図をどうぞ。
首都のリスボン・Lisboaから北に約90kの距離で、
バスだと1時間ほどで行けるので、日帰りも出来るとの事。

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我々はナザレの海で遊び、アルコバッサの修道院を見て後
オビドスへ。 この夜はオビドス泊まりでしたが、
町中ではなく平地のホテルで、到底歩いて夜の町を
見に行ける距離ではなく、残念でした。



で、いよいよ町の入り口に近づき、

4-915.jpg



町の手前に見える3Km も続く16世紀の水道橋。

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手前は広い駐車場になっているのですが、
バスは町の入り口まで行って降ろしてくれ、そうそう町入り口広場に
インフォメーションがあり、なんと日本語のパンフレットがありました!

この水道橋を造ったと言われるカテリーナ王妃は、
スペインのカスティーリア国から、自分の従兄弟にあたる
ポルトガル王ジョアン3世に輿入れした、というのを読んでいて、
あの気違いファナと呼ばれる王妃の末娘である事も知りましたが、

王や王妃について読むと、従兄弟のはとこの縁戚の誰それの、
とめったやたらにヨーロッパ中に広がる縁繋がりで、
哀れな私の頭の中はパニック状態! と言いつつ、
面白い人間味たっぷりの上に芋蔓式に次々とで、
やめられないとまらない、おやつはカール、って前世紀の宣伝?!



町の門前の広場の脇の、美味しそうな果物の屋台店。
日本の朝市のおばさんとよく似ていません?
ちょっと内股にされとってだし、ね、はは。

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さて、こちらが町の門ポルタ・ダ・ヴィラ・Porta da Vila.
町への主要門で、1380年頃に建設され、
右横に見える立派な扉は、後年造られた礼拝堂だそう。       

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門をくぐった所のこの素晴らしい眺め!
多分隣接の礼拝堂から接続するテラスなので、
上部のこの位置から町の人々に祝福を与えたのかも。

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そう考えると、アズレージョ・azulejoと呼ばれる装飾タイルで
覆われているのが納得できますね。
       
正面と、上の写真では見えない右手もどうぞ。

9-803.jpg

10-804.jpg

門が出来たのは14世紀という事ですが、脇の礼拝堂は
17世紀だったかの建設だそうで、これらのアズレージョは
礼拝堂と同時代の作と。


ポルトガルの各地で見かける素晴らしいタイル装飾、
その多くが白地に青の、我々日本人にも馴染みやすい色ですが、
それにしても、タイルで覆われる面積の広さ、
絵柄の大きさ素晴らしさに感嘆します。

壁のみならず、天井も床も「埋め尽くす」のは国民性の様な
気がしますが、タイル装飾は元々は8世紀にイベリア半島に
侵略して来たイスラム教徒が持ち込んだのだそうで、

16世紀にマヨリカ焼きの製法、 これは成形した粘土の上に
ガラス質の釉薬をかけその上から絵付けをし、高温で長時間の
焼き入れをする、つまり絵付けの後の釉薬は必要でなく、
品も固い質、という製法が導入されると、

絵描きが直接に多色の色で絵付けができ、焼いた時の
変色の恐れもない、という事で一挙に発展を遂げ、
ヨーロッパにおいて他の国をまるで寄せ付けない
多彩さと質の良さを誇るようになります。

他の国では、画家が壁にフレスコ画を描きましたが、
ポルトガルでは、タイルに描いたという事なのでしょう。
単なる幾何学模様ではないこの国のタイルの絵柄には、
まさに、それだけの質の高さがあります。

アズレージョの国立博物館がリスボンにあるようですが、
お出かけの方、どうぞ!様子を教えて下さると嬉しいです。
       
Museu Nacional do Azulejo
Rua da Madre de Deus 4
市電 N.18.42.104.105
火曜14~18時  水曜~日曜10~18時

陶器、マヨリカ焼きの町 ・ デルタ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/471444320.html



インフォメーションで貰った日本語パンフレットから、
町の地図をどうぞ。 ご覧の様に、町を囲む城壁がまさに完全な形で
残っているのがよく分かりますが、主要な見どころを番号順に。

11-318.jpg

2. サン・ジョアン・バティスタ教会・Igreja de São João Baptista
  1309年に聖イザベラ王妃創設の現在はオビドス教区美術館
3. 町の門ポルタ・ダ・ヴィラ
4. ここにポルトガル16世紀の大詩人、ロカ岬を詠ったカモイーシュ
  を讃える記念碑があるそう。  気がつかず、残念。
7. サン・ペドロ教会・Igreja de São Pedro
10. 旧町政庁舎、現在美術館・Antigos Paços do Concelho/Museu
11. サンタ・マリーア教会・Igreja de Santa Maria
   町の主教会で、内部も大変美しかったのでご案内しますね。
12. サンタ・マリーア広場邸、美術館・Saloa da Paços de Santa Maria
13. ぺロウリーニョ・Pelourinho 晒し柱
   パンフレットには1513年の物とあり、その逸話を含めあれこれ読みました。
16. サン・チャーゴ教会・Igreja de São Tiago 
   現在は町の公会堂
17. お城・Castelo 現在は高級国営ホテル、ポウザーダ・pousada

町の中心通りは、5~8~14と辿り16に至るvia Direttaですが、
地図が無くてもまるで大丈夫、あちこちを覗きながら、
お好きなように! それが楽しい町です。



では町の主要門ポルタ・ダ・ヴィラから町の中に。 
こんな風に城壁の内側の見張りの通路に上れ、城壁内を歩けます。

12-808.jpg



こちら側にも壁の中を辿っている人々が見えますが、
我々の解放時間は余りなく、壁には上りませんでした。

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町の中の道を辿ります。 とにかく土産物店が多いというか、
手芸品を売る店も多く、嫌いではありませんが、その多さに驚き。
大観光地という賑わいですが、ブーゲンビリアの花も咲き乱れ、
可愛く美しい事も確か。

14-813.jpg



こんなキルト類も多く、三角形のモチーフなどアーミッシュキルトで
有名なモチーフなのでちょっと不思議感。
ですが値段が安いので、本当は良く見たかったですねぇ。

15-814.jpg



玄関前のベルに、魔女が箒に跨っているのがあり。

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最近見かけるTVのアニメCMで、魔女が「イヤッホ~イ!」と
箒に乗って空を飛びド~ンと飛行機にぶつかるという、
筋肉痛の塗り薬のCM、誰かに似てるなぁと、ははは。



地図でお分かりの様に町は南北に細長く、平行に道が並び、
中央通りから右手は下り坂が下の道に続き、
左手は上の道に上り坂、という様子。

白い壁の家に、ブルーや黄土の線が塗られていますが、
これらの色は魔よけになると信じられていた名残とか。

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この町の名物リキュール、ジンジャ・Ginja.
サクランボを漬け込んだ甘くて強いものですが、

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1本買わずとも、こんな風にチョコレートの小さなカップで
味見をさせてくれ1エウロ。

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ちょうど傍にいたグループのネヴィオが奢ってくれ、甘く美味しいのを
1杯グイッと、カップもポリポリ。

上のポスターに見える Ginja em copo de chocoate
Beba a Ginja e coma a copo
チョコレートのカップのジンジャ、ジンジャをカップごと食べて飲んで、かな?



こちらはコルク製品のお店、何語か、幾つ分かりますか?! 
最後のは勘定なしよ、ははは。

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ちょうどグループの連中がいたのでお店を覗きましたら、
ハンドバックから傘から、へぇ~という程の品数があり、
私めはワインの栓くらいしか知らないコルクでしたが、
手触りはツルツルと柔らかで気持ちよく、
でもお値段は少しお高めね、私めには。



町の地図7番の、サン・ペドロ教会。 元は13~14世紀の建設
だそうですが、現在のは1755年のリスボン大地震後の再建で、
内部、後陣に金の浮彫があるとか。

22-825.jpg

お城が見たくて、この写真だけで先に進みます。



町の中程まで行くと、観光客でこんな大賑わい!

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スーヴェニール店の店先。 錆色が逆に良い雰囲気なのかも。

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古い形を模した物でしょう、 ミシンに、アイロンに、電話機に、
ストーブも。 一番右は何だろ?
店は、番号14の晒し柱の家とありますが、上階は展示会場の様で、

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店の前にあるのが13番の晒し柱・Pelourinho・ぺロウリーニョ、
美しい彫りが施された由緒ありげなもの。
パンフレットには、1513年に建設、町の権力のシンボル、と。

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奥に見える教会は、サンタ・マリーア教会・Igreja de Santa Maria
       


柱のアップをどうぞ。 細かい網目の様な彫りがありますね、
王妃の紋もあるというのが、私にはどれか区別が出来ずで。

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晒し柱、というのは、中世から近世まで実施された刑罰で、
この場所で、罪人の首にその罪状を書いた張り紙を垂らし
晒し者にする場所。

余談ながら、晒し柱と晒し台と2つあり、
台の方は、首かせ、つまり膝まづいて首と両手首を穴のあいた
木の板で上下から挟む方法で、
前者はイタリア語はベルリーナ・berlina、後者はゴーニャ・Gognaと。

なぜこんな事をと言いますと、トスカーナの南部はピティリアーノの
オルシーニ家のお城の中庭にこの首かせがあったのですが、
説明文が読めずジュリアーナに写真を送り、判読を頼んだ事があり、
その時に知ったのですね。
興味深い説明だったと記憶があり、ピンと好奇心が目覚め。

ポルトガル語の説明を見つけ、翻訳して読むと、
この晒し柱は国の記念物に指定されているもので、
網の目は漁網を現わし、レオノール王妃の息子がリスボンの
テージョ河で溺れて死にかけたのを、(死体とも)
漁師が漁網に包んで運んできた、という事から、
その思い出に王妃がこの町に贈ったというのですね。

ですが、このレオノール王妃という方は、記事からリンクすると、
Leonor Telles de Menezes(di Castiglia)1350–1386
に届き、9代目のポルトガル国王フェルディナンド1世・FerdinandoIの妃。
       
で、このフェルディナンド1世と言う方は、前に「王家の愛の物語」
として見て頂いたアルコバッサ修道院に、愛人だったイネスと
向かい合って素晴らしい石棺に眠るペドロ1世の、正妻との息子。

レオノール妃は彼との結婚前に婚約者がいたのを、
まだ皇太子時代の彼に近づき、結婚前に2人の息子を産み、
前の婚約者との間にも1人の息子、という、
女の鏡の様な方で、ははは、
フェルディナンドとの間に生まれたベアトリーチェ・Beatriceが
次代の国王位を継いでいます。

が、それにしてもパンフレットの年代と大きな違いがあり、
それ以外にレオノールという王妃は、
11代目のポルトガル国王ドゥアルテ1世・Duarte I の妃、
Leonor de Aragão (Trastámara)1402-1445がおりますが、
こちらは半世紀も前の王妃で、

パンフレットが違っているのかどうか、詳細不明という結論ですが、
いやぁ、頭が混雑しながらも、あれこれ読むのが大変面白かった!

王家の愛の物語 アルコバッサ修道院 ・ ポルトガル
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/473914109.html


そして後者のレオノール妃という方、王の死後に王弟の
コインブラ公ペドロが摂政となったのと争い、最後は亡命を余儀なくされ
亡くなっていますが、コインブラ公ペドロも後に反逆者とされ戦死。

その6子の内の4男であるジャイメ王子はリスボンの大司教となり、
イタリア・フィレンツェで亡くなり、彼の美しいお墓は
サン・ミニアート・アルモンテに、という次第。

少し長々と書きましたが、時に以前に調べた事と思いがけなく
繋がる事があり、いやぁ、私が無知ムチなのかもしれませんが、
今回も最後、いささか唖然とした事でした。

サン・ミニアート・アル・モンテ聖堂 ・ フィレンツェ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464150189.html

デジデーリオ・ダ・セッティニャーノという彫刻家をご存知ですか?
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464150494.html




最後は、美しいブーゲンビリアで目を愉しませて頂き、

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この続きは、n.2としてご案内致しますね。 どうぞお楽しみに!
       

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・ 薪の山と、木のモザイクと ・ メッザーノ

今日ご覧頂くのは、イタリアの一番美しい村々にも選ばれているドロミーティー麓の村
メッザーノ・Mezzanoで、この美しい村のご案内はまた改めてさせて頂く事とし、
今回は興味深い木のモザイクの展示をご覧下さいね。

最初の写真は村はずれの駐車場のすぐ近く、この平地の雰囲気が村全体の
イメージを現わす、とは言い難いですが、こうしたカーヴ道が大好きなのと、
左側にこの村の古い家の建て方、薪の山もちょっと見えるので、今日のオープンに。

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メッザーノはどこにあるか、地図をどうぞ。 いつも見て頂いているシロール・Siror、
この一帯の中心地フィエラ・ディ・プリミエーロ・Fiera di Primiero、
先日山の上の小さな古い教会を見て頂いたトナディーコ・Tonadico、
夏の夜のお祭りのトランザックワ・Transacquaが上に固まりますが、

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メッザーノはこれらの村々に行く途中で、すぐ手前のイーメル・Imerと共にこの夏訪問。
ゴッベーラ・Gobberaの村は昨夏のハイキングで、国鉄駅のあるフェルトゥレ・Feltre
は右下に、トナーディコの古い教会記事の中でご案内したアンズゥ・Anzùはその南に。
       

       
フェルトゥレから谷間の細いトンネルだらけの道を抜け、これらの村々のある
プリミエーロの谷・valle del Primieroの細長い平野に出てすぐに、村から少し離れた
位置に真っ直ぐの広い道がつき、かっての村々を結ぶ道は急ぐ車の交通量が減り、
村は居心地良くなった様子。

のんびりの村の道の脇に、ぎっしりたわわに実のついた梨の木、少し生り過ぎではと、
他人事ながら気になる程の梨の実を睨みつつ、ははは、

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村は平地から山にかけて広がり、とにかく目に付いたのが、こういった薪の山!

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先日は薪の山の前で睨む猫ちゃんを見て頂きましたが、こうしてぎっしりと積まれ、
冬の準備万端なのですね。



上のお家は太い木を割った薪でしたが、このお家のは枝を切った細めの丸太。
真ん中に鉢植えの花が色を添えていますが・・、 

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こちらは村の花屋さんの表にあったもの。薪を積み上げ、その中にモザイク式に
鉢植えの花を表現。 これが今日見て頂く、木で作ったモザイクの展示の一つで、

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幾つかご覧に入れますので、ごゆっくりどうぞ。

タイトルは、 時は流れ・・、伝統は残る。

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作者はジュリアーノ・ラッティン・Giuliano Rattin 1987年フェルトゥレ生まれ。

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タイトル:FREEWATER  涙を流していますが・・、
顔の表現には、木の並べ方に凹凸も付けているのですが、切りくちを斜めにする、
等の違いも使っていて、家壁の脇にあるちょうどの凹みを利用です。

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作者:Jimi Trotter  1956年メッザーノ生まれ。

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これは、脇に見える作者の札を撮り忘れ、表現する所は分かりますが、
さて、どういうタイトルか・・。

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一番外側の木の中に鉄棒を通し形作っており、矢印部分は木材が少し飛び出す形。
       

このメッザーノの村は1966年に傍を通る川の氾濫で大きな被害を受けたそうで、
それからの復興も今はしっかりと。

周囲のドロミーティーの村々が観光開発の名の元に、古い物を徐々に失くして
モダンになるのと一線を画し、幸いにも残っている古くからの建物の形式、
壁のフレスコ画、泉、水道、共同洗濯所、菜園等などを改めてきちんと認め、
村の価値を上げる事、そして人々の気持ちの向上も願い、
数年前から新しいプロジェクトに取り組んだのだそう。

2010年の春から、イタリアで一番美しい村々にも選ばれ、この村出身の画家、
手織りのアトリエ等などの音頭取りもあり、新しく生まれたプロジェクトが、
メッザーノ・ロマンティカ・Mezzano Romantica.
昔からの人間と自然との関わりを基礎に、人々の個々の様々な感情と、
一方の社会との関わりなどを表現する、という趣旨の様で、
これら村の各所に展示されている木のモザイク作品は、それらの一環と。

確かに村の中には、新しいタイプのホテルもありませんし、特別な見所もありませんが、
なんとも素敵な古い木と石の家があり、所々の泉、洗濯場、家の横に積まれた
薪の山が、心和む眺めの村なのですね。
       
かっての古い家を開放して、古い日常品なども展示した博物館もあり、
また是非ご覧頂きたいと思っています。



さて、この木のモザイク作品群中の圧巻は、これ!
傾斜地を利用し、上が東屋式の休憩所になっている下の壁3面に描かれたモザイクで、
タイトル:Montagna in-canto 魅惑の山、または、歌う村、とでも。

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細部の表現をどうぞご覧下さい!
近くの山、山の上の教会、モミの林、遠くの高山・・、

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山から小川が流れだし、やがて川になり、橋が架かり、歌声が流れ、

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大小様々な木の切り口が醸すハーモニー・・、

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作者はグループの様で:la stua・ラ・ストゥーア  
ヴェネト訛りで、Stufa・ストゥーファ・ストーブの事だそう。

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こちらは可愛いシャガール風、タイトル:La notte in sogno・夢見る夜
右下端に、猫ちゃんも描き込まれているのが見えるかな。

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書き込まれた文字は、
La notte in sogno che io la vidi..sembraba un angelo
夜の夢の中で出会ったのは、天使だったかも

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作者:Erica Schweizer・エーリカ・シュワイザー 1967年トランザックワ生まれ。

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他にも作品があったのですが、一応これでお終いとして・・、
最後にもう一枚、村の家を。

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この家も、この薪の積み方も美しいでしょう?!



家庭菜園が村全体で400以上もあるそうで、
トマトも、カボチャも本当に美味しそうに実って!!

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このメッザーノ、そして南隣りのイーメル辺りは木材の取引でも有名な様ですが、
そんな基礎もあるからなのか、の木のモザイク展示でした。
       
150~200年前と変わらぬ村の姿を保つのは、現在では逆に大変難しいのでしょうが、
訪れる者は、ほのぼのとした温かみを感じ取りますね。

秋に向かって、皆さんも少しゆったりと、どうぞ!
       
     
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・ n.2 ドウロ河のミニ・クルーズ ・ ポルト、ポルトガル 

先回に続き、ポルトガルは第2の都市、ポルトの街を流れる
ドウロ河のミニ・クルーズn.2をお楽しみ下さいね。

ポルトの街のドウロ河沿いの1番庶民的な食堂街の並び、
ポルトの代表的風景の1つともいえると思うのですが、
カイス・ダ・リベイラ・Cais da Ribeiraの様子をどうぞ。

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カイスというのは突堤、リベイラは川沿い、の意味だそうで、
地図で見ると、ここだけで約400程も続きますが、
まさにかっての河の港、荷の上げ下ろしの拠点だったのでしょう。
今は街になんとも素敵な趣を添え、楽しめる一郭となっていて、
こうして見ても、たくさんの人でしょう?!

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ユネスコの世界遺産になった事も大いに関係しているでしょう、
このリベイラ地区もかなり整備された様子で、
古い絵葉書に見えた、ちょっとした猥雑さが薄れたようです。
       


昼は殆どが観光客でしょうが、ずらっと並ぶテント下の
食堂バールで食べ、憩い、河べりの石段に座り、
気持ちの良い川風に吹かれ。

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後ろに並ぶ細高い家並、タイル張り装飾等など、
やはり独特の匂い、雰囲気がありました。

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街の地図というより、ドウロ河に架かる橋の様子をどうぞ。

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ドウロ河が街を通り抜け大西洋に注ぎ込む1番西から、
昨日ご覧頂いたArrábida橋・アッラービダ橋、でOK?
ご覧の様に高速道路用の橋で、

次が一番有名な、そしてやはり大変美しいと思う2層になった
ドン・ルイス1世橋・Dom Luis I、
先回全体を見て頂きましたが、上を地下鉄の延長線と歩道、
下側を車が通ります。

そしてその東はインファンテ橋・Infante、車専用の新しい橋。
ドン・ルイス橋の上を地下鉄線が通る事になり、
こちらに車専用が架かったと。

次が鉄道橋だったマリア・ピア橋・Maria Piaで、
エッフェル塔のエッフェル氏の設計で1877年の橋。

鉄道橋だった、と書きましたが、今この橋は使われていないそう。
最後のサン・ジョアン橋・Sãn João. こちらに国道と鉄道が通り、
Freixo橋という名前も地図に出て、どれがどうなのか探しましたが分からず。
       


河を挟んで南北に広がる街で橋が多いのも分かりますが、
それにしても中心にあるドン・ルイス1世橋以外は、
いずれも車と国鉄の高い位置に架かる橋で、
おまけに蛇行する大河なので、その景観はかなりの迫力!

現代的なすっきりと延びたアーチも魅力ですが、あの鉄骨の橋は
2本とも同じ様なイメージで、とてもとても美しい。
という事で、ドン・ルイス1世橋をくぐり、進みます。

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上にちらっと城壁が見えますが、



橋を過ぎるとこんな風に良く見え、これは14世紀の物で、
建設したフェルナンド1世・Fernando Iの名を取り
フェルナンドの壁と呼ばれているそう。

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かってはこのポルトの街も城壁に囲まれた街だったのが、
今はこうしてこの辺りに部分的に残っているそうで、
横に見える傾斜の線は、上の街とを繋ぐケーブルカーの線。



ドン・ルイス1世橋を越しての眺め。

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橋を越すとじきに東岸は街はずれとなり、この辺りで民家も
終わりますが、それにしても、面白い家の形でしょう?

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じっくり見ていると、やはり1階部分は倉庫だったようで、
2階以降が居住部分に、時に1階の入り口が2つある、
つまり2戸1住宅が多いように見えます。       



さて3番目の橋、車専用インファンテ橋。

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インファンテ・Infanteというのは幼児の事でもあるのですが、
スペインやポルトガルの王子はインファンテと呼び、
一方フランスの王子はデルフィーノ・Derfinoと。
ええ、イルカと同じなのですけど、はは、
きっとこういう呼び名の違いにも歴史がある筈ですね。



さて4番目、5番目の橋が続きますが、4番目はエッフェル氏
設計のマリア・ピア橋で、かっての鉄道橋、現在は引退の身。
最後のサン・ジョアン橋に、鉄道と国道が通ります。

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最後の橋の手前で再度ぐるっと回り、出発地点に向け下ります。
で、ここからは再び河の南岸の様子をどうぞ。

上空をパタパタと宣伝の旗を閃かせたヘリコプターが
通って行きますが、高すぎて何かまるで分からず!

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岸辺の岩の上、何か描いている様な人、釣りの人びと。

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再びドン・ルイス橋をくぐる時、上から覗く若い男性。
逆光の中、もの好きに望遠で撮りましたら、ははは、
髭面のかなり可愛いお兄ちゃんでしたぁ。

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ドン・ルイス橋の上からの眺めを楽しむ人たち。
でもここに行くのには、かなりの石段を上らないと!

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こうして、最初の船着き場に向かいますが、
ドウロ河の南岸であれこれ楽しむ人々の姿を後ろから見て、
・・うん、素敵な背中とお尻だ。

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こうして約1時間のミニ・クルーズを終えて船着き場に到着、
はい、次のグループが待っておりました。

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さて、ここからはドン・ルイス橋を南岸に渡り、坂道を上った所の
修道院の前庭からの、ドウロ河のパノラマをどうぞ!

河の蛇行が良く見え、1番西の橋Arrábida橋も。
逆光に光り色が良くないのが残念ですが、
河の広さもお感じになれますよね。

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橋の上の人々の姿、街の北側の家並、リべイラの突堤の形も
良く分かりますね。

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南岸沿いに係留展示されている、かっての運搬船。       

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ドン・ルイス橋の眺め、川面に橋の影が半分。
張ってある金網がヨレヨレで、余り前に寄れず残念でした。

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今、橋の上を地下鉄が通って行きます。 ドウロ河北の旧市街と、
南のヴィラ・ノーヴァ・デ・ガイア地区・Vila Nova di Gaia
地区を結びますが、橋の南は北地区とまるで雰囲気が違い、
ニュータウンの趣。

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とはいえ、この北の旧市街の奥にも、新しい高層ビル。
リスボンに次ぐポルトガル第2の都市として、24万人の人口と。

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橋の下を、川面を、船が往き来し、
目に焼きつく、ポルトの街の眺めのあれこれ。

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最後は街の公式サイトからの写真を拝借し、
素敵な夕暮れの眺めをどうぞ!

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市のサイトはこちらに。http://www.cm-porto.pt/
 

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・ n.1 ドウロ河のミニ・クルーズ ・ ポルト、ポルトガル

今日のご案内はポルトガルのポルト・Portoに。
街は首都リスボンに続く第2の都市で、古い街並みが
世界遺産に登録されているそうですが、
ポート・ワインの名で有名な、甘くて強いワインの産地。
街はドウロ河・Douroを挟み、南北に広がります。

今回のポルトガル旅行で大変気に入ったポルトの街ですが、
その様子はまたぼちぼちご案内させて頂くとして、
ポート・ワインや荷の積み下ろしで街の歴史に深く関わり、
今はまた美しい懐かしい趣を街の風景に添えるドウロ河の、
ミニ・クルーズを今日はご一緒にお楽しみ下さいね。

見て頂くのが一番と、多くなった写真を2回に分け、まずn.1.
バスでドウロ河を渡り、河の南岸にある観光船船着き場に。
      
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岸に貼りつくように見えるこうした建物は、ポート・ワインの
かっての倉庫で、醸造所やカンティーナは、ドウロ河に沿っての
奥地や南域にある様で、1つ訪問した様子もまたご案内を。

ドウロ河の南の岸から、河を挟んでの街の北中心を。
この街もリスボン同様に坂の多い街で、今見えている
奥にも大きく広がります。

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右に高く大きく聳えるのが、多分聖クララ修道院と教会と。
左端に見えるのがサン・フランチェスコ教会、
その並びに奥に続く建物の1番奥の細長いのがボルサ宮。 
手前川岸に沿って並ぶテントが、レストラン、バールの長い列! 



河の南岸に沿って、かっての運搬船が多数係留され、
岸にはスーヴェニールの屋台が並びます。

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船着き場で待っていると、やがてこうして1隻近づき係留、
       
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はい、これが我らの乗った、昔風を模した観光船。

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では、川下に向かい出帆! 河岸にずっとかっての倉庫群が
並びますが、使われていない所が多く残っている様子。

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川下に向かっては河の南岸の様子を、
向きを変えて溯る時に北岸の様子を、と纏めています。



こうして再開発され、再利用されつつある様子も見え、
河の利用を示す、川面におりる坂道があちこちに。         

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少し上のお屋敷から下る道と、立派な門と。

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ドウロ河の観光船はいっぱい就航しており、こんな大きな
2階建てから、向こうの我々位の大きさ、そしてもっと小さいのも。

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すれ違いざまに見ると、向こうもカメラを向けていますから、
負けずにこちらからもね、ははは。

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さて、川下に向かい、ポルトの街の1番西に架かる橋、
全長927kmのドウロ河が大西洋に注ぐ手前の橋がこれで、

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セメントのアーチの橋としては世界最大のArrábida橋、
発音はアッラービダ? この橋は高速道路専用。



橋の手前にこんなビールの大きな宣伝。

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Tripeira・トゥリペイラというのは、トゥリッパ・内臓料理を
好物とする人の事だと、近くにいた仲間が教えてくれ、
となると、トゥリッパを食べるのに、このビールが最高!
という宣伝かなぁ。

ガイドの話によると、豚肉は金持ちが全部食べてしまうので、
貧乏庶民は内臓を食べたのだ、との話でしたが、
内臓は美味しいと、食べる方は仰いますよね。



Arrábida橋の先に河口が見え始め、

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橋の下を潜り抜けます、

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河口口には両岸から突堤が突き出し、ちょっとした港の感じ。
そうですよねぇ、向こうはそのまま大西洋で、
海の向こうは、北アメリカ大陸なんですよねぇ! 爽快!!

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我々の先を行く観光船が向きを変えるのが見え、

17-582_GF.jpg

こうして戻って行きますが、



続いて我らもぐるっと回り、今度は川上に向かいます。

ここからは、河の北側の眺めになりますが、
余りにも河岸に近くまで家並が迫り、道が狭いためか、
こんな風に張り出し式の道も造られており、

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教会の名が分からずですが、このタイル装飾部分をアップすると、

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ポルトガルの大航海時代の先駆けを作った人として、
御自分は一度も航海をした事が無かったものの
エンリコ航海王子・Infante Dom Henrique(1394-1460)
と呼ばれる方で、このポルトの生まれ。

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上の写真に見える十字架の形は、キリスト騎士団・
Ordine di Cristoの象徴ですが、
この騎士団はテンプル騎士団の跡を継いだもので、
エンリコ王子はこの騎士団の長の位置にあり、
その莫大な富を航海につぎ込んだ功績から、航海王子と。

キリスト騎士団の修道院の残るトマール・Tomarで見た
素晴らしい大修道院は、かなり圧倒的な印象を受けたので、
しっかり調べ、またご報告を。



岸に見える庶民の家並み。窓が2つか3つ並ぶ狭い間口で
上に延びる大概が3階建てで、時にその屋上にもひとつ建て増し階!

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蛇行して流れるドウロ河ですが、街で一番有名なドン・ルイス橋・
Dom Luisが見えて来ます。
この橋は、パリのエッフェル塔を造ったエッフェル氏の
弟子の設計で、1886年の建設。
     
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右上に見える修道院の前庭からのパノラマは、
次回の最後にご覧に入れますね。



橋に近く、サン・フランチェスコ教会が見えて来ますが、
右に見える旧教会は現在博物館となっていて、
中のもの凄いキンキラゴテゴテの幾つもの礼拝堂も拝観しました。

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こちらは上部のアップ。

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そして、もすこし街の中央部に近寄り、右奥に見えるのが
ポルトの街のシンボルとでもいえるグレゴーリオの塔・Clérigos.

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小さな家並の間から、幾つも覗く教会の尖塔と十字架!



さて、ドン・ルイス1世橋。 幅8mの2層で、上は現在歩道と
地下鉄の延長線が通り395mの長さで、
下は車が渡る174mだそう。

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ポルトの街は、橋の街とも呼ばれるのだそうで、
そう、全部で5本も橋が架かっているのですよ。
明日きちんとまたご説明いたしますね。
      


橋の手前の北側に、如何にもポルトガル、ポルトという
イメージにぴったりの風景が続きます。

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狭い間口の細高い建物、タイル張り装飾の壁。
リベイラ・川岸地区と呼ばれる庶民的な食堂街が続きますが、
お昼をゆっくりここで食べ、楽しみました。
       
という所で、続きは次回をどうぞお楽しみに!


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・ ディジョン ・ フランスはブルゴーニュの中心地を

今日はフランスはブルゴニュー地方の首都、ディジョン・Dijionを。
が、私はまだ行った事がなく、写真はkazuさんに送って頂いた物です。

1-ロウ_GF.jpg

ご親切に、ほんのちょこっと書いて下さった説明から、はは、
地図を調べ、どこにあるのか、本当にこの教会、建物なのか、
何があるのか、等など、あっちこっちのサイトの写真と見比べつつ、
観光した順も考えて再構成し、ははは、
いわばkazuさんとの共同作業でご案内するディジョンです。

kazuさんの写真によるフランスの他の街のご案内は
コルマール ・ フランスはアルザス地方の
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/473616652.html

ランス ・ フランス国王、シャンパン、そして藤田嗣治の街 
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/473572872.html

上の写真は、この街の観光案内を順に導いてくれる
道に嵌め込まれたフクロウで、その番号順に周るというもの。

駅に近い公園、そして街の中央広場にあるインフォメーションで、
有料でフクロウの地図を買うと、対応した番号順に歩いて回れるという物。

所でリンクさせて頂いてますOtiumさんの「エスカルゴの国から」に、
ディジョンの街の、いわば秋のワイン祭りの記事が載り、
中には大変素朴な音楽でのダンスや、色々な出し物のヴィデオも
ありますので、是非どうぞ!
http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-1557.html 



ディジョンはどこにあるか、
赤い印をつけたパリのリヨン駅からTGVで1時間40分の距離、
人口15万人程の街ですが、中心観光地は歩いて回れる範囲と。

2-one.JPG



こちらが街の地図、少し見難いですが大体の様子を。
左側中程に国鉄駅・SNCFがあり、真っ直ぐに出るPlace Darcy・
ダルシー公園に(i)インフォメーション、
街の真ん中フォージュ通り・Rue des Forgesにもインフォメーション、
その脇のリュージュ広場・Place F.Rudeには、葡萄踏みの男性像。

3-ma_GF.jpg

こうして見ると、国鉄駅からダルシー公園近くのインフォで
梟の付いた地図を求め、リベルテ通り・Rue de la Liberte
を行くと、街中心の見所に辿り着けるという様子。

では、参りましょうか。 そうそう、リベルテ通りの北に、
手紙の印の付いた建物が見えますが、



これがその建物、現在の郵便局。
前身が何だったのか、素晴らしい建物ですね。

4-146_GF.jpg

ジェノヴァでも、パドヴァでも素晴らしい建物を見かけ、
イタリア郵便局の黄色い看板を見つけちょっと驚きますが、
そうですよね、世界中の人と人を繋ぐ大動脈ですものね。



こちらがリベルテ通り、と。 と言うのも、サイトを調べ、
やはりこの様に旗が出ていましたので。
       
5-ート_GF.jpg



この建物が何か分かりませんが、素晴らしい装飾で、
同じくリベルテ通りの並びと。

6-052_GF.jpg



街かどにある薬局の素敵な看板ですが、壁に見える道路標識で
場所を突き止めました。地図の郵便局に並んで、緑の点を2つ
打ちましたが、その右が、この薬局の位置。

7-板_GF.jpg

自分がまだ行った事のない街の写真から、地図と首っ引きで
位置を調べ、想像を膨らますのは少し大変ですが、
でもこうして分かった時の楽しさは格別のもの。
そうそう、緑の点の左側は、最後にお目にかけますね。



さてこちらは、街の中心にあるブルゴーニュ大公宮殿・
Palais des Ducsの建物上部。

8-1-045_GF.jpg

14世紀の建物ですが、17世紀に完成の後も改築改修され、
長い歴史の中で最初とは随分違っている様子。
手前には広いリベラシォン広場が。

現在この建物の左半分が市役所で、右翼に美術館があり、
真ん中に見えるのは、15世紀のフィリップ善良公の塔。
この高さ46mの塔にはガイド付きで上れるそうで、
ディジョンの街の展望が楽しめると。

ディジョンと言うと、あの美味しい粒つぶの入った辛子、しか
知識のない私で、こうして出てくる人物名ブルゴーニュ善良公、
豪胆公、無怖公などとなるとお手上げで、
避けては通れずと最低知識を得ましたので、ここに纏めて。
ほら皆さんだって、特別の方以外はそうお詳しくないですよね、
と、無理に同意を求め・・、ははは。
       
ブルゴーニュ地域の、古くからの要所として栄えたディジョンは、
既に新石器時代から人々が定住し、ローマ期の街道も通り、
キリスト教の布教もあり、地域の要として大きくなり、
1031年に、ブルゴーニュ家のロベール1世がここを首都と定めます。

が同じブルゴーニュ公国とはいえ、1363年にブルゴーニュ公となった
豪胆公フィリップ2世はヴァロワ家で、
ここにディジョンが最も栄え、芸術学問が盛んになった時代を迎え、
1477年まで4代続き、その後フランス王国に編入されます。

公国、国と呼ばれるのは、100年戦争の際にイギリス側につき、
フランス王国と敵対していたからで、
当時はフランドル地域・現オランダ、ベルギー周辺をも治め、
羊毛取引をはじめとする一大経済圏の繁栄を遂げたのですね。

ヴァロワ家初代ブルゴーニュ公は豪胆公フィリップ2世(在1363-1404)
2代目は、ジャン無怖公(在1404-1419)無畏公とも呼ばれますが、
恐れを知らないという意味と、少し無分別な所もあった所からで、
結局暗殺されていまして、

3代目が、上のブルゴーニュ大公宮殿の塔に名が残る
フィリップ善良公(在1419-1467) 肖像画をどうぞ。

8-2-419.jpg

彼の時代に公国は最盛期を迎え、騎士道文化が花開き、
絵画や音楽も北方ルネッサンスと呼ばれる、最高水準に。
4代目がシャルル突進公(在1467-1477)領土拡大を夢見て
無謀な戦争を、遂にここにブルゴーニュ公国が絶えた、という方。



こちらは、ブルゴーニュ大公宮殿右翼にある美術館で、
ポスターには2体並んだ石棺が見えますね。

9-館_GF.jpg



所がkazuさんから届いた棺の写真には、どう見ても1体のみ。

10-1_GF.jpg

衣装も違う、誰、どうして?と探し、分かりましたのは、
ポスターのは、無怖公ジャンと公妃マルグリット・ド・バヴィエールで、
この1体の豪華な棺は、その父豪胆公フィリップの物と。



どちらも、衛兵の間と呼ばれる大広間に安置されていて、
棺の下の部分の彫刻も凄いもの。

11-4_GF.jpg

ポルトガルのアルコバッサでも素晴らしい石棺を見ましたが、
あちらは年代も古く、彫刻の仕方も浮き彫りで、無彩色でした。
       


こちらは、祭壇画の裏側部分の絵画。 というのも、
正面側は彫刻で埋められていて、観音開きの扉の裏側がこの絵画
という訳ですが、色鮮やかで大変美しく。

12-181_GF.jpg

13-182_GF.jpg

この美術館も、善良公の塔へも全て無料でOkだそうで、
美術館も素晴らしく充実した展示内容で、素晴らしい!
現在も経済的に大変繁栄しているディジョン市の様子です。



さてここからは、大公宮殿の北隣りという感じにある
13世紀のゴシック様式ノートル・ダム教会・Eglise Notre Dame.

14-1_GF.jpg

上部に見える鐘付きの付いた仕掛け時計は、ジャックマールと言い
フィリップ豪胆公がフランドル戦争に勝った際に持ち帰ったものと。



正面前が大変狭く全体の写真が難しく、こういう感じになりますが、
遠くからだとシンプルに見えるものの、
3層の雨樋・ガーゴイルを兼ねて身を乗り出す怪物たちが圧巻!       

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内部のステンド・グラスも大変美しいものですが、

16-内部_GF.jpg

17-2_GF.jpg


       
これは、この教会の有名な黒い聖母。

18-像_GF.jpg

元は6,7世紀につくられた聖母子だったようで、おまけに       
近年色が取り除かれる前は、黒く塗られていたのだそう。
現在はこの様に、木彫の素朴な肌の聖母像。

長いディジョンの歴史において、この聖母のお陰で街は2度も
戦争から逃れており、街の人々の信仰篤き聖母と。



ノートルダム教会裏側の眺め。

19-背部_GF.jpg



で、このすぐ近くのシュエット・梟通りにある、撫でると幸運を招くと
言われる小さなフクロウ君。

20-ウ_GF.jpg

既につるつるピカピカになってしまっていますが、
街の観光案内を務めるフクロウの謂れもここから。
撫でている写真を見ると、掌の大きさよりも少し大きい位の
フクロウ君で、ちょうど腕を伸ばした辺りの高さに。



同じ梟通りにある17世紀建築のヴォーギュ・Vogüé館。
色タイル柄の美しい屋根瓦で、市所有の建物になっており、
時に展示会などが開かれ、その時に内部が見れるのだそう。

22-5_GF.jpg



古い木組みの建物の残るヴェルリ通・Rue Verrerieに向かい、
途中に見られる物見の塔、とでも。
実戦向きとは思えませんが、まぁ、見張りの塔かも。

24-041_GF.jpg



大公宮殿北の旧市街には、美しい木組みの壁を持つ家並が残り、
軒の下には、ユーモラスな中世の怪物の姿も見られるそう。

25-1_GF.jpg

26-3_GF.jpg



さて、名高いブルゴーニュ・ワインと並び有名なのが
ディジョンの辛子、マスタード。
店の中は余りにも混雑していて写真が撮れず、と
お土産に買われた有名店の辛子の壺の写真が届きました。

27--6_GF.jpg       

シャンパン入りだそうで、味はまろやか、香りが良かったと。
お値段も他よりは高かった、との事ですが、それも納得。
右側のは、小分け用の入れ物だそう。

kazuさん、次回からフラッシュは焚かず、明るい場所で写してね!
店内の写真をサイトで見ますと、生ビール式にハンドルを押し
量り売りする式もあり、へぇと。
       


という調子で、駆け足で中心地を見て回りましたが、
この他にも、サン・ベニーニュ大聖堂、シャルモン修道院、
考古学博物館など見所がたくさんある様子。
この街も是非1度、訪問して見たいものです!

で、最後は青空の下の素敵な建物をどうぞ。
リバティー式と言うのか、可愛い無駄のある素晴らしさ、
地図の郵便局の隣の緑の点、と狙いをつけた場所に。

28-149_GF.jpg

ディジョンに行かれた方も多いと思われますが、
この様に知らずのご案内に、間違いなどにお気づきになられたら、
どうぞお教え下さるよう、お願いいたします。
     

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・ n.2 ゴルド ・ 南仏プロヴァンス

引き続き、南仏のゴルド・Gordes、フランスの美しい村にも
選ばれている、岩山の上の古くからの小さな町の様子をどうぞ。

見事なパノラマ!

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町の一番の高所は635mあるそうで、坂道を下って行くと、
平野の海抜111mにまで下る事ができ、屋根瓦の古い集落も下に。

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下まで行った友人の写真を見ると、まさに洞窟式と言うか、
多分倉庫用に使っていた、今も使っているらしい部分もあり、
天然の岩山や崖を利用した、古い町の起源が分かる様でした。



こんな風に、石畳の道が町の下に続き、
岩も壁の中に組み込まれているのが良く分かり、

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見ていると、前方を見据えた猫君がスタスタと。
何か獲物を見つけたかな?

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一応の説明が済み、では何時に広場に集合、と解散になり、
皆がそれぞれに好きなように探訪に。
狭い町の古い小路を、あっちにこっちに辿り楽しみますが、

なんとも急傾斜の石畳に、石組みの作りだす模様が面白く、

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これは雨の日は大変だろうなと思いつつ、
排水溝が口を開けてるのを見て、納得もし、

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傍らの石垣に、ニンニクの花らしいのも見つけ、

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道との段差を利用した、立派な倉庫。

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町はずれの道から見る、谷の向こう側の崖、岩。
飛び出し剥き出しの岩の下にも上にも家、家。

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石畳の急傾斜の坂道を上るのはかなりきつく、ゆっくり、はぁはぁと。

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上った坂道を振り返り。 ウンブリアの村の感じとよく似ています。

36-381_GF.jpg

思い出したこの村 ヴァッロ・ディ・ネーラ ・ 中世のまま、不思議な美しさ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464307447.html



昨日ご案内板を見て頂いた地下の博物館もそうですが、
岩山ががっしりと頑丈なので、石を切り出し、その跡も
地下蔵として使えるのでしょう、この村の家々は、皆、石積み。
角の家にこんなくり抜きがあり、

37-384_GF.jpg



最初見た時は、なんとなし日本の布袋さんを想像しましたが、
そう、頭の上に帆立て貝があり、
肩から袋を提げ杖をついた、巡礼姿の聖ヤコブですね。

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この町をサンチャーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼道が通り、
教会の壁にも彫られた帆立て貝がある、というのは知らず、
見てもいませんでしたから、この像は新しいものの、
壁龕を見つけて写していたのは嬉しい!

というのも、行く前には余りその町について調べませんし、
まぁ読んでも、頭に入っていないのは長年の経験済みで、はは、
戻って来て読み、自分の見たもの写したものと突き合わせ、
漸くに、ああそうか、となるのが常なのですね。
       
今年のポルトガル旅行の最初に、かねてよりの念願だった
サンチャーゴ・ダ・コンポステーラにも寄れましたので、
またあの街、あの物凄い大聖堂にもご案内致しますね。
  


これはまた別の坂道で、窓は修復され新しいものの、
テラス自体は古そうで、

39-395_GF.jpg



こんな形に張り出すバールも! 元は塔だったのかも。

40-393_GF.jpg



この道脇は崖で、脇壁があったのが、こんな形の石組み。

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セナンク修道院に行く途中、デ・ボリー・Des Boriesという
石積みの家々で有名な村の近くを通りましたが、
道脇に見る石の塀は、やはりこんな積み方でした。



ゆっくりと中心広場に戻ります。
フランス、プロヴァンス旅行で一番目に付いた色グレイ、
これは少し水色が入ったグレイですが、白っぽいグレイから、
水色に近い、また紫の入ったグレイまで、なんともシックで見とれました。

こんな倉庫と思われる場所にもグレイの色。
イタリアではグレイの窓枠とか扉は見かけないので、
尚の事、新鮮に目に映ります。

42-400_GF.jpg



このお店も手作りの品々が並び、入り口の色も素敵でしょう?

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こちらは昨日見て頂いた広場に面するお店で、レトロな雰囲気の
品々と、品の下に見えるキルト、これはミシン・キルトですが、
ブティ・Boutisというフランス伝統のキルトを踏まえたもの。

44-402_GF.jpg

ブティの18世紀頃の作品の写真を見ると、細かい2本のステッチで
ラインを作り、その線で柄を作り、線の中にインディゴで染めた糸を
通したキャミソールなどがあり、・・どんなのか、ご想像を、
その細やかさと浮き上がる柄の美しさに、実物を見に行きたく
どきどきする様なのがあります。



なのでミシンとはいえ、細かい柄のキルトは見るだけで嬉しく、
それに、布の色がなんとも渋く、小さな柄刺繍もシック、
置かれた品の素敵にレトロな雰囲気!

45-401_GF.jpg



集合時間となり、バスがやって来て乗り込み、
目の前を新芽の様な爽やかな少女が通って行き、

46-407_GF.jpg



来た時と逆に、今度は町の後ろを眺めつつ坂道を下り、

47-168_GF.jpg



途中、展望台の横をそろ~っと通り過ぎてくれ。

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多分ガイドブックの写真もこの辺りからなのでしょうね。
もし次回のチャンスがあるなら、村に泊まりたいもの!


◆*◆

8月中旬に、身分証明書・カルタ・イデンティタの更新に
行って来ましたが、5年ごとの更新が今回はなんと5回目に!
そして今迄は紙の2つ折りだったのが、

今回からはプラスティックのカードとなり、10年間有効。
写真は備え付けのカメラで撮ってくれ、全ての私めの記録を
磁気テープに収め、自動的にカードが出来るのですが、
1人分を作るのに20分はかかるのです!
市役所に到着したのは10時15分で、7人待ちの8番目、
計算して見て下さいね、何時に済んだか!!

まぁ、それにしても、新しいカードを眺めつつ、
しみじみと、この20年間の年月の重さに想いを!
滞在許可証に残る写真のなんと若い事!!

係の女性がそれを見て、髪が長かったのね? 
ええ、それに若かった!
うん、ほんのちょっとね。
優しくて、忍耐強い市役所の係の方でした。

あ~あ、前の身分証明書も酷かったけど、
今度のは、人様には見せたくないなぁ!
とはいえ、身分証明書を提示する時には、
既に実物が目の前にいる状態であるのですけどぉ。
まったく、秋の陽はつるべ落とし、ですねぇ!!


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・ n.1 ゴルド ・ 南仏プロヴァンス 

暑い暑いと嘆いておりましたが、一足飛びに涼しくなった
こちら北イタリアです。
秋となると、早速に気持ちが向くのはおふら~んすで、はは、
まだ整理ご案内し残しの南仏編から、

小高い岩山の上の古くからの町ゴルド・Gordesをご覧下さい。
写真はガイドブックからで、全体が良く見える物を。

1-1-317_GF.jpg

というのも訪問したこの日、時に薄日が射すものの、パラッと
小雨が来たりの薄曇りで、写真が一体に暗めになり、
ご容赦願うためにも、まずこれを。



ゴルドはどこにあるか、地図をどうぞ。
アヴィニョン・Avignoneから東に40k程ですが、

2-002_GF.jpg

国鉄だと南西に見えるカヴァイヨン・Cavaillonが最寄り駅と。
我々は先にご案内したセナンク修道院・Abbaye de Sénanque
を訪問した時に寄りました。

南仏全体のご案内はこちらから       



ここから少し暗くなりますが、私の写真でどうぞ。
小高い山の上に位置するので、ぐるっと町を見ながら迂回し
近づく所、この姿がなんとも言えませんねぇ!

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3-2-166_GF.jpg

天然の岩山と崖を利用し、また中世において町を取り囲む
城壁も造られ、何層にも重なった眺め。



町を一旦通りすぎ、裏から入る格好で中心の広場に。
来る時に見えた高台のお城、要塞がこれ。

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広場を囲み、バールやスーヴェニール店が並び、
中心には戦没者慰霊碑。

5-312_GF.jpg

町の歴史については、ほんの少し読んだだけですが、
周囲を見はらすこの高地に生活する町の人々の意識は、
激しいミストラルが吹きつけるというこの一帯全てなのか、
はたまたフランス人自体がそうなのか、
かなり激しい頑固一徹さ、という感じを受けました。
       
中世においても負けずに戦ったり、教皇庁が移された
アヴィニョンに近いにもかかわらず新教徒を受け入れるとか、
第2次大戦時のレジスタンス戦でも激しく戦い、
その為に村が破壊される憂き目にも合い、という様子で、
この戦没者記念碑もそんな謂れが込められているようです。



広場を囲む、古い古い小さな教会の鐘楼。

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単なるスーヴェニール店のみならず、手工芸品店や画廊が目につき、
あれこれ覗きましたが、明日ご案内のその2で、また見て頂きますね。

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最初ご覧頂いた広場に面する角をぐるっと回り込むと、
お城の入り口があり、12世紀の城跡に建てられて残るこの姿は、
14世紀の丸い塔が2つ残るもので、
左側の塔の上には石落としも見える、実戦向けの要塞。

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南側と中庭からも見える大きな窓の並び。 ステンドグラスが
入っているのが見えますが、一旦中庭まで石段を上がったものの、
なにせ見物時間がないので、そのまま引き返します。

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お城の中には美術館があり、全長23mもの大広間や、
美しい大きな暖炉なども見れるそう。



城の南側には、大樹や泉のある落ち着いた広場があり、
観光客がテラスのバール席で休んだり、子供たちが走り回り。

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広場の端に、こんな小路が奥に誘う口を広げていますが、
奥に古い大きな鐘楼も見えます。

12-316_GF.jpg



小路はこんな様子。
広場の奥にも画廊が見えましたが、この右にも画廊が。

13-326_GF.jpg



だらだらと石畳の道を下ると、教会があり、

14-327_GF.jpg



入り口扉の握り、骨董でもあり、可愛くもあり。

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内陣に向かい。

16-335_GF.jpg

プロヴァンスのあちこちで見た教会内部の壁の色と柄。
イタリアとまるで違う色と装飾柄に大変強烈な印象を受けました。
     
天井部分の水色、アーチの飾り部分と、後陣部の柄のある赤、
身廊アーチの上の部分のグリーンと柄。
こういうのはイタリアにはありませんね。



脇に幾つか並ぶ礼拝堂の一つ。

17-331_GF.jpg



入り口側、上部にオルガンがあり、壁も柄で埋め尽くされ。

18-333_GF.jpg



脇にあった像、これはジャンヌ・ダルクですよね?

19-334_GF.jpg

教会の名前と建設の年代を探し、市のサイトにほんの少し
説明があるのが見つかりました。
元々はロマネスク様式の教会で、ノートル・ダム・聖母に献呈
されていたのが、18世紀に再建され、
町の守護聖人San Firminに捧げられたものと。

村は農業のみならず養蚕も盛んで、染色や皮革の職人が集まり
栄えたという歴史も持つようですが、それを反映してでしょう、
教会の中の礼拝堂の一つは、皮のサンダル職人の守護聖人に、
もひとつは鍛冶職の守護聖人への献呈だそう。

中世において、プロヴァンス伯側に入りフランス国と戦ったという
歴史を持つ様ですが、教会が18世紀の再建という事であれば、
ジャンヌ・ダルクの像があっても不思議はないですね。

気がつきませんでしたが、壁に帆立て貝の形が彫り込まれていて、
これはスペイン北西のかのサンチャーゴ・デ・コンポステーラへの
巡礼地への道筋に当たっていた事を示すものだそう。
      


教会前をだらだらと下って行くと、奥に素晴らしい見晴らしの場所があり。

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狭い小路の両脇には古い家が残り、修復も趣のある壁を一部残したり、

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道を下から見上げるとこんな感じ!

22-1-338_GF.jpg
  
道の中程、この写真では右になりますが、    



この町の守護聖人の名を冠された、こんな地下蔵を見物出来る
博物館がある様子。 日本語のオーディオガイドも用意されていて、
時間があったらなぁ! 

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辿る石畳の道はこんな様子で、いかにも、の古さを物語ります。      

23-344_GF.jpg



リュべロン山脈と向かい合い、クーロン平野に臨む岩山の上、と
ガイドブックにあり、町の最高の海抜が635m、
どの方角からも、素晴らしいパノラマが開けます。

24-342_GF.jpg


町は石畳の小路が坂を上り下りする、中世を偲ばせる趣ある町。
フランスの一番美しい村にも選ばれているそうで、
それが素直に納得できる興味深さ、美しさです。

次回は、絵や写真のモチーフに事欠かない町の中の様子を
ご覧頂きますね。 お楽しみに!


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・ n.2 トナディーコ ・ 山上の古い教会と、谷間の様子は

散歩がてら出かけた隣村トナディーコの、山上の古い小さな教会内のフレスコ画や、
家に戻るドロミーティー麓の小道ののんびりした様子を、先回に続きご覧下さい。

偶然グループのサン・ヴィットーレ教会訪問に出会い、厚かましくも一緒に中に入り、
ガイドさんの説明も一緒に拝聴!したのでしたが、

この写真は内陣、後陣部のフレスコ画で、この部分は新しい、16世紀の物。

1-642_GF.jpg



内陣左脇部分に見られる紋章、これはガイドの説明によると、トナディーコ村の
有力一族スコーポリ家・Scopoliの物で、

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もともとは公証人一家だったのが聖職者も輩出した一族の紋との事で、
書き込まれた年代1577年も見えます。



上の写真の内陣側ですが、フレスコ画の層が4層になっているのが分かるかな?
内部はかなり暗く、これで精いっぱいでしご容赦。

3-652_GF.jpg

左から順に層を辿れますが、13,14,16世紀のものだそうで、古い層はそんなに
厚塗りではありませんが、最後の層は厚く、とりわけ下部が厚いのが見て取れます。
この墓地付属の教会は1995~97年にかけて外、内部共に修復が行われ、
その時にこのフレスコ画の層も発見されたのだそう。
       


教会の名に冠された聖ヴィットーレの逸話の部分。
2世紀の殉教者で、ガイドの説明によると指を潰され、目をくり抜かれ!! 
最後には斬首されたようですが、

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彼の事をあれこれ読んでいて分からない事にぶち当たり、遂にジュリアーナに電話をし
助けを求めました。

つまり彼はシリア生まれでローマ軍の兵士だったのが、エジプトで兵務に就いている時、
カトリック教徒である事を否定しなかった為に告訴され、死刑判決を受けたと。 
ジュリアーナにこの部分を読んで聞かせ、何で? と訊ねると、
何年の話? 168年か171年と書いてあるよ。
するといとも明快に、コスタンティーノ帝のキリスト教公認の勅書が出たのが313年で、
それ以前はキリスト教は異教だったから、と。

そうか、そうだったよね、とヒントを貰うと分かる事でも、その場しのぎの
付け刃の知識では時に考えの基盤にならない事も多々あり、そういう時に、
せんせ~え!と助けを求められる人が周囲に何人か居てくれるのが、有難い事!
       
この聖ヴィットーレ・San Vittoreと並んで名を伝えられるのが、聖女コローナ・
Santa Coronaで、彼女は彼の同僚の妻で、彼が拷問を受けている間、
公衆の面前で彼を「幸ある者」と呼びつつ励ましたのだそうで、
為に彼と同様に死の宣告を受け、こちらは四つ裂きの刑にされたと!

この二人の聖人は共にフェルトゥレ・Feltreの町の守護聖人であり、中世において
この一帯はフェルトゥレの支配下にあり、この教会にもその名が冠されたとの事。

なんともむごい刑罰の話が出ましたが、ガイドの話やフレスコ画の題材から
調べ始めると、例によって次々と知らない事が引っ掛かり、
つまり今回も単純にサン・ヴィットーレを調べるつもりが、同名者がずらっと出て
どれか分からず、まず時代を調べ、そして特定者を割り出しという方法でして、
聖女コローナもこの関連で知りましたが、おまけにというか、興味深い事も
芋蔓式に引っ掛かって来まして、ははは。

シロールに行くのにフェルトゥレを通りますが、町の手前のアンズゥ・Anzùという村、
山の上に素晴らしい教会修道院が見えるのですね。 通りつつ、一度は寄ってみたいもの
と思っていたのが、なんとここがサン・ヴィットーレとサンタ・コローナの名を冠した
聖堂だという事も分かりました。
       
フェルトゥレの守護聖人であるという事に由るそうですが、大変立派な建物と内部で、
サイトを見て驚きました。 関心のある方、こちらをどうぞ。
http://www.santivittoreecorona.it/storia.html

フェルトゥレ ・ ドロミテの麓、小さな高貴な町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462862246.html
      


ここからは内部の一連の中世のフレスコ画、ガイドの説明ではヴィザンチン様式と。
 
入り口上で、扉の上辺りに地獄の火に焼かれる姿も見え、

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こちらは入り口を入っての右手で、上部は一連のキリストの生涯のモチーフで、
下段は、騎士の戦いの様子など。

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グループの皆さんに混じってセルジョも座り、ガイドの説明を。



上の写真の続きで、内陣に近い部分。 語りの絵のモチーフ以外に、
時に単純な柄の部分が挟まり、これが面白い効果を。

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こちらは入り口から見ての左手部分で、内陣に近く、聖餅入れの置かれる
装飾されたくり抜きと、マントを貧者に分け与えたという聖マルティーノの図。

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その左に続く部分に、大変興味深い最後の晩餐図があり、
テーブルに並ぶ大ご馳走にご注目を!

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上の列に丸い鉢が4つあり、その中に魚が描かれ、パンやチーズと思われる物があり、
魚の骨らしい物も散らばり、右端に見える丸まった物はこれはソーセージ類かな?
腸詰め食品類がいつ頃からの物か、また知りたいものです、
しっかりしたナイフもたくさん見え、大変なご馳走でしょう?

この山の中で魚となると川魚でしょうか、それともキリスト教徒を現わす
シンボルの意かな?それとも、描いた人の願望かな?!

◆追記です◆
コメントを頂き、テーブルに見えるのは魚の骨ではなく、ザリガニであると
教えて頂きました。 有難うございます!
これで納得です、このヴェネトの教会にもザリガニを描いた最後の晩餐図がありますし、
教えて頂いたトレントの北西に位置するCarisoloという村のSanto Stefano教会にも、
ザリガニを描いた最後の晩餐図があるそうです。
検索をかけ、素晴らしいフレスコ画に内外とも覆われた教会であるのと、
我が家からの距離が、3時間半程であるのも調べました。
    
はい、行って、見たいものです。次の目標が出来ました!
       
       
       
一通りの写真を撮り終え、説明も大分聞いた所で教会を出て坂道を下り、村の方に。
こちらが現在市役所になっているスコーポリ邸。

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トナディーコの村の家並の様子、近郊の村の様子などは
n.1 夏の思い出 ・ 山の家、庶民の避暑地
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461527165.html

n.2 夏の思い出 ・ 山の家、庶民の避暑地
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461527243.html

山の家の夏休み ・ ドロミーティの山 ・ ハイキング
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468199874.html



建物の前から教会を見上げると、この高さ!

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村を抜け、なだらかに広がる草地を小礼拝堂に向かいます。
薪を備蓄したり、刈り取った草を納めたり、農機具を仕舞っておく小屋が点在しますが、
マージ・Masiと呼ぶそうで、

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草地には野草が生い茂り、緑が目に優しく、

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北の山の奥には、ドロミーティーの高山が顔を覗かせ、 

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じきに、この小さなサン・ジャコモ礼拝堂・S.Giacomoに。
この礼拝堂については個別の資料が見つかりませんでしたが、古の街道筋に
保護や願かけの為に作られた一つ、という事。

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上からの眺めでは、薪小屋と大きさが殆ど同じ位でしたよね、が、壁はかなり厚めに
しっかりとした石造りで、前に四角い石組みの跡が残り、入り口を囲っていた様子。



覗くと、丸い天井部にこんなフレスコ画が残り、キリストを囲み下に4使徒のシンボルの、
鷲と有翼のライオン、雄牛、そして天使像。

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下に見えるオレンジ色の帯状風には子供の顔、天使が並んで描かれ、窓枠部分や、
アーチへの繋ぎ部にもフレスコ画の装飾が見え、キリスト周囲の色の感じが、
山上のサン・ヴィットーレ教会の後陣画に良く似ているので、同じ16世紀頃の作かと。



背後からの様子はこんな感じで、ちゃんと後陣の形に丸く。

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ゆっくりと、草地の間を蛇行して続く小道を行きます。
近くのベンチには年配のシニョーレと、これまた年配のワン君が寝そべり・・、

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なかなか面白い顔のワン君でしたので、またご覧頂きますね。

この緩やかな上りとカーヴを持つ小道は、この谷間にある村を幾つも通り抜け、
何キロも奥に続いて行くのだそう。
こんな風にきちんと整備され、歩いても良し、マウンテンバイクでも良し、
素晴らしいハイキングが出来るそう。



1本だけ大きく咲く向日葵があり、

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パタパタと音がして、奥の山の方からヘリコプターが頭の上を。

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セルジョが、救急ヘリコプターだから、何か山で事故があったのかもと、
夜の地方ニュースを見ましたが、幸いに何も報道がなく。



シロールの村の入り口まで戻るとこんな泉があり、常時冷たく美味しい飲み水が流れ、
あ、木製じゃないの?! いや、中に鉄管が通っているよ。
そうね、鉄管だけだと、冬に凍結するのでしょうね。

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インゲン豆も美味しそうにプックリと膨らみ、この赤の斑入り、緑色、
濃い紫と3種見かけました。

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お家の窓の外にいたトカゲ君。 一見すると長い綺麗な尻尾でしょう?
でもね、良くご覧になってね、途中で柄が違っているでしょ?
きっと一度生え代わった名残なのですね、ははは。

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ここからシロールの集落が始まりますが、このお家閉っているのです。

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5月早々に羊と牛を連れ山に引っ越しているそうで、9月の末に戻って来るのだと。
そういえばクリスマス市に来た時、中からめぇぇと聞こえましたっけ。



セルジョが家の前に置いた荷車式花壇、近所の人たちにも好評だと嬉しそうに。

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コンドミニオの壁も全部塗り替えていて、こうして写すと白過ぎる位ですが、
隙間も埋めきちんと整備、殆ど全て家の手入れが済んだ様子でした。

彼らの家に行き、昨年は壁のアーチの上に山の花束を、今年は白木の長持ちに
花の絵を描き、ペンション無料滞在OKとなりますが、ははは、
来年は、白木の箪笥に似たような花の絵、そしてその次の年は入り口扉脇に
マルモット(オオリス)の絵を、と、既に注文を受け、山行きも確定、という有様。
約束を果たせるよう、良く遊べるよう、元気で頑張りましょう!
      

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・ n.1 トナディーコ ・ 山の上の古い教会と、煙突掃除と

ドロミーティーの麓の村から昨夕戻り、今朝は洗濯機を回しつつ、ほんのちょっぴり
部屋の掃除もし、ブログのネタを考え、写真をさっと整理し、メールも何通か書き、
お昼を食べ、さて、と今おもむろに書き始めた所ですが・・、

戻っては来てもまだ頭の中には山の風景が広がっており、即の切り替えは難しく、はい、
なので今回は、散歩かたがたセルジョと出かけた隣村トナディーコの
山の上の古い小さな教会の様子と、見下ろす村の屋根の上に見つけた煙突掃除人
の姿などをご覧下さいね。

そう、煙突掃除という言葉自体が、既に辞書の中の存在みたいに思っていますよね。
所が実際にしっかり仕事があり、働いている姿を見たので皆さんにも!

写真は息子の山の家があるシロール・Sirorから、東隣のトナディーコ・Tonadico
に向かう山側の道の様子を。

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山の道をゆっくりと歩いて行くと、びっしりと実がついたリンゴの木も目に付き、

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馬たちも、まだゆっくりと朝の食事中、

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一昨年もご覧頂いた、この素晴らしい家。 でも住んでいない様で、勿体ない!

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こちらのお家の庭の端には、これから薪に割る丸太がたくさん並び、
そろそろ冬への準備が始まっているのですね。

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カボチャもかなり大きく育ち、

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目指す教会は、こんな風に山の中腹に。

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鐘楼の後ろ遥か山の上に、中世のお城跡が見えるのですが、分かりますか?
ここの見物もまた来年回しになりました。



教会への道は、下のトナディーコの村からだと車も通れる比較的緩やかな折り返しの
坂道があるのですが、村まで行かず、途中から急傾斜の近道を行く事に。
教会の名は、サン・ヴィットーレ・S.Vittore.
上の"troi de la Colombera" ってなんだろ? セルジョに訊ねるの忘れた。

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小川沿いにかなりの坂道を上って行くと、木の小さな橋が架かっていて、奥に続く
小道が見えますが、肝心の橋が通行禁止になっているのですね。
ひょっとして、と暫く本道を行きましたが、どうやら別の山越えに通じる様様子で
引き返し、半分朽ちかけたこの橋を渡ります。

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小石と丸太で一応整備された小道ですが、なんとまぁ急傾斜で!
まぁそう長くない距離で助かり、シロールの村、足元の家がこんな風に。

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トナディーコの村の屋根屋根屋根。 大小様々な煙突の並ぶ様子とその数にご注目!

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教会に近づくと、何やら大きな声でお喋りするのが聞こえ、やがて村への道を
このグループが下るのが見え、

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パシャッと撮りましたら、シニョーラが気がつき、あ、写真を撮っているよ、
チーズ!と、こちらを見上げて皆が笑顔で。



こちらがサン・ヴィットーレ教会、なにせ前が狭くすぐ坂道なので、これがやっと。
入り口右半分に屋根の形になった古い壁の部分が見えますね。

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この部分が一番最初の建設部分で、正面壁に薄く色が残っているのが見えますが、
サン・クリストーフォロ、大男が肩に子供のキリストを乗せた川渡し人の
姿で描かれる、があったのだそう。



上部をアップすると、鐘楼のぽっこりの丸い形も木の板で葺かれているのがよく分かり、
ND・1500年と石で建築年号が記されているのは、鐘楼の年号で、
教会自体は多分1200年代初期の建設と考えられているそう。
  
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扉が閉まっていたので、まず隣接の墓地を見に。 大きな家族毎のお墓で、
見つけた一番古い生年月日が1837年だったかな、比較的新しい年代。
教会の歴史が古いので、それ以前のお墓は多分全部整備されたのかも、ですね。

さてどうするか、とパノラマを眺めていると、下の村の現市役所、かってのこの村の
有力者の住居であったスコーポリ邸・Scopoliの前で、大人数のグループが
ガイドの説明を聞いている姿を見つけました。

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きっとこの教会まで上って来るに違いなく、そうなると、扉も開き中のフレスコ画が見れる、
と、はは、眼下の風景を眺めながら待つ事に。



遠くに見えるこの一帯の中心街フィエーラ・ディ・プリミエーロの、その向こうも見渡せ、

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手前に広がる草原に、薪や草の貯蔵小屋が点在。

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セルジョが、あ、スパッツァカミンだよ、と。
スパッツァカミンとは、Spazzacaminoのヴェネト訛りで煙突掃除人を指します。

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あ、ホントだ! ぐいぐいと力を込めて、押し込んでいる姿が見え、



ぐ~っと引き抜き、また押し込み、我々が気がついて見始めてからも4,5回繰り返し。

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今に玉が出るから、見ておいで、とセルジョ。
おお、やっと済んだ様で、玉、つまり鉄棒の先の金属のブラシが引き出され、

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ほらね、屋根の上端に玉を下ろし、
ひょっとして、屋根の向こう側の煙突も掃除するのかも。

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煙突に屋根を被せて、上の仕事はお終いですが、これから暖炉に落ちた
汚れの灰を掃除するのでしょう。

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なにせ、初めて煙突掃除人の存在を目にしたので驚き、
なるほどぉ、仕事があるんだねぇ! あるどころか、予約したら8ヶ月先の受付だった。
凄いですねぇ、セルジョが山の家を整備した時に頼んだそうで、8ヶ月後に来てくれたそう!
いくら払った? 50エウロだった。 2年毎に頼まないとね。 との事。

薪の山、煙突の数を見ると、そんな話がしっかり納得できますし、家の中に暖炉が、
ストーブがあり、火が燃える様子は美しく暖かく、調理もできるし、山の冬の生活には
欠かせずで、スパッツァカミンも童話の世界の話ではないのでした。

そうそう、蛇足ながら、屋根の上に見える2段の横棒ですが、これは積雪の落下防止用。
色々な形がありますが、こんな感じであちこちの屋根上に。



東の山沿いの、美しい傾斜地風景を見つめ、

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奥中央に見える石造りの小屋みたいな大きさの建物、あれは小さな礼拝堂だそうで、
帰り道に寄ろう、という事になり、

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そんなうちガイドに導かれたグループが坂道を上り到着し、教会前での説明の中、
このシロールの村の左の山手上に見える白い大きな建物、現在ホテルだそうですが、
1930年代まではビール工場だったという説明もあり、

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シロールの村の人々が「ビッレリーア」と呼ぶ意味が漸くに分かった、とセルジョ。

こうして教会の扉が開かれまして、厚かましく一緒に中に入り、更にもっと厚かましく、
途中までしっかりと説明を聞き! ははは。
       
という事で、教会内のフレスコ画の様子、あの小さな礼拝堂も次回その2でご案内を。
お楽しみに!

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