・ アッシジの春 ・ 想い出の中でいつも静謐、端正な 

来週はちょっと出かけ、またお休みを頂くので、義理がたい私めは、はは、
週末も働きまして(仕事じゃないだろがぁ?!)

先日アッシジの写真を眺めていて、まだご覧に入れていないのがたくさん
あるのを拾い出し・・、
皆さんは既に良くご存じであろう有名な場所から少し外れて、ちょっと一味違う
アッシジの春を感じて頂こうと。  ごゆっくりお楽しみ下さい!

写真はどれも3,4年前の、春4,5月の物で、
よくご存じの、サン・フランチェスコ聖堂・Basilica di San Francesco.

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なんとも素晴らしい、ウンブリアの五月晴れ、
アッシジはいつ眺めても、静謐で端正。



正面の大薔薇窓。 どこの薔薇窓よりも素晴らしい! ・・と思います。

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1997年秋にウンブリア一帯を襲った大地震で、サン・フランチェスコ聖堂の
天井の一部が崩れ落ちましたが、即修復にかかり、2年という短期間で蘇りました。
その際、年月の汚れが見えていた正面壁も綺麗に洗われ、
現在はほらご覧の通り、白く輝いています。

考えてみれば、13世紀に建設されたというこの聖堂をほぼ完成当時の姿で、
700年後の我々も眺めている訳で、
イタリアの中世が残る町や村で感じる心の落ち着きを、
とりわけこのアッシジで感じるのも、考えてみれば当然なのかも知れません。



こちらは、フランチェスコが隠棲したカルチェリ・Carceri.
スバシオ山中腹にある小さな教会、修道院。白い鳩が数羽飛び交い・・。

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町の上に聳えるロッカ・Rocca・要塞。

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昔訪れた時は廃墟同様だったのが、見事に修復され、見物出来る様になり、

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内部もこんな感じに。

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昔、薄暗い廃墟の中を恐る恐る覗き込んで見たこの床、
杉綾織り柄の記憶が一瞬にして蘇りました。

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要塞の前庭から見下ろす、町と平野の緑。 かなりの高さでしょう?

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こちらは町の東にある、サンタ・キアーラ聖堂・S.Chiara.
こちらはアッシジ特有の白とピンクの石で縞柄になった、優雅で清楚な形。

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細長く東西に延びるアッシジの町の、西端にサンフランチェスコ聖堂、
そして東にサンタ・キアーラ聖堂と、町を抱き挟む形に。



昔スケッチした家のある坂道、サンタ・クローチェ。 家が綺麗に整備され、
鉢植えの花がたくさんに。

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サント・ステーファノ教会・S.Stefano.

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小さな屋根の上に造られた鐘楼はa vela・船の帆とも呼び、建築用語では
アーケード式鐘楼と言うそうですが、小さな鐘を引き綱で鳴らす、素朴なもの。
ロマネスクからゴシック様式の時代に小さな教会に取り入れられたそうで、
とりわけフランチェスコ会派の教会に、飾らないその素朴さが理由で
建設されたのだそう。

が後の時代になると、大きな建物などにも作られるようになり、
ローマの現在下院議事堂となっているモンテチトーリオ・Montecitorio、
元は16世紀の枢機卿のお屋敷、の正面上にも見かけられます。
             
12~13世紀建設のサント・ステーファノ教会について読んでいて、興味深い事を。
聖フランチェスコが亡くなったのは1226年10月3日ですが、
フランシスコ会派の伝統として、始祖の終焉の日には一日中途切れる事無く、
この小さな鐘が鳴らされるのだそう。
小さな教会で、まだ中も拝見した事はありませんが、次回のチャンスには。

昔スケッチをした時、背後の木をどうにも持て余したものですが、
先日リンクさせて頂いている日本画家の二木さんのブログ「風色明媚」で、
見事に作品に仕上がっているのを拝見。

懐かしくなって、3年前にはこんな風に木が育っていましたよ、と写真をお送りし、
それをチャンスに、久し振りにアッシジの春を見直して楽しんだのでした。



野に咲く清楚な花。

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アッシジの町は山腹に広がりますから、建物の隙間やちょっと開けた所からは、
常に長閑で美しい平野の景色が。

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奥に見えるドゥオーモのある町は、サンタ・マリーア・デッリ・アンジェリ・
A.M.degli Angeli、大きなドゥオーモの中に、フランチェスコが亡くなった
場所と言われるポルツィンコラ・Porzincolaがあります。

と書きつつ、・・まだこの聖堂内に入った事は・・。 反省。

手前に見える鐘楼はサン・ピエトロ教会・S.Pietroのもので、


こちらがサン・ピエトロ教会正面。
サン・フランチェスコ聖堂から坂を下って来ると見えてくる姿で、ドキッとする程の
素晴らしいアプローチで、鐘楼は本堂の後ろについている、珍しい形です。

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アッシジの坂道を上って下って町中を行くと、こんな素晴らしい窓枠飾りの建物が
ジェラート屋になっていたり、

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下の道に接続する階段の奥に見える建物。

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壁に見える1477年の年号。 上には動物の姿らしきものが見え、下に3つ玉。
当時の名のある家系なのでしょうが・・。 

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町の中心に位置するコムーネ広場・Piazza del Comuneの南面に、
アーチになった通り抜け道がありますが、その天井のフレスコ画。
なかなか面白い楽しい図柄でしょう?

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「教皇パウルス4世」 という名と紋章が真ん中にあるので、どなたかな?と。
知らない、という事は全く強いもので、はは、あれこれと分かった事に、我ながら!
  
1555~1559年在位の第223代の教皇様、御年79歳にして選出、
頑固頑迷にして非妥協的、教皇庁の権力強化に努め、イタリアにおける
異端審問を強化、反対の枢機卿までをも投獄、強烈な反ユダヤ主義者で
ローマにゲットーを、
そして、システィーナ礼拝堂のミケランジェロ制作の「最後の審判」に
描かれた裸体に、腰布・braghe をつけさせた・・、
ははは、そうか、この方でしたか。 
で、上塗りした画家は、ミケランジェロの助手の一人だったようですが、
パンツ野郎・Braghettoneとあだ名されたと・・!

なぜこの法皇の紋と名前がアッシジのここにあるか、ですが、
コムーネ広場に面しての、ローマ期のミネルヴァ神殿が教会になっていますが、
この教皇様はここに葬られている、という由来の由。



コムーネ広場に面した建物の2階、窓際でシニョーラが一服中。

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最後は、春の夕暮れ でお終いに。

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700年前から既に巡礼者の集まる都市であり、穏やかなウンブリアの景色に、
常に変わらず、訪れる者をやさしく抱擁してくれる町、アッシジ。

いつもなぜか春の訪問ですが、次回チャンスがありましたら、秋にもね。


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若い頃は大好きで食べたチョコレートなのですが、もう何年も前から殆ど食べず、
買う事もなくなっています。

所が最近、パソコン指南に、はは、私めが教えれる人もいるのですぞ!
行ったタータの家で、彼女がお土産にくれた唐辛子入りチョコレート、
これが、彼女のお勧め通りとても美味しく、長い間口にしなかったのを、
ちょぴリ割っては、しみじみと味わう事に。 う~ん、大人の味ですなぁ。
もう一枚はオレンジ入りで、まだ未開封。そう、長年の禁断の味はちびちびと。

と、先日リモンチェッロのレシピを書きましたが、それが縁で、イタリア語の先生
アンナリーザのご主人お手製のリモンチェッロが届きました。
色は少し薄めですが、こちらも美味しい!
そのうちにレシピを頂く予定ですから、そしたらまたご紹介を。

お家では、彼トーマスがあれこれ手作り酒を並べたり、お客様には彼の手料理が
出るのだそうで、ふ~む、いつもの感想ながら、世の中の男性も色々ですねぇ!

復活祭もそろそろ近づく時期、少しはのんびりの気持ちも、良いですよね?!

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