・ サンタンティモ修道院 ・ Abbazia di Sant'Antimo 

今日のご案内は、中世初期からの由緒ある大修道院、
サンタンティモ修道院・Abazia di Sant'Antimoです。
      
1200年ほどの歴史を持ち、修復復興を経た現在、
単なる観光史跡ではなく、精神的な安らぎを求める人々や
若い人達も多く訪れる、素晴らしい修道院となっています。
       
サンタンティモ修道院に行くには、まずこの町
カステルヌオーヴォ・デル・アバーテ・Castelnuovo dell'Abate 
まで行きますが、

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町はモンタルチーノの南約9kの位置にあり、バス便が一日数回。
そして町から修道院までは、1kほど。

これは修道院側から写したもので、今回調べましたら、
この小さな町はローマ期からの移殖があり、
修道院の発展とともに町も繁栄した歴史を持つようです。

カステルヌオーヴォ・デル・アバーテは、海抜385m。
町の入り口でサンタンティモ修道院への道が分かれます。



やはり大変に美しい姿! ああ、来て良かったぁ!という感慨は、
中世の巡礼たちと大差が無いのではないかと・・。

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駐車場の脇にあった、内部の様子も見える俯瞰図とでも。

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現在残っているのは、この教会部分と翼部分、
真ん中部分は、かっての中庭回廊部分で井戸があります。

中庭を取り囲むように、以前は建物群、巡礼のための病院、
宿泊所、倉庫などがあり、その基石部分が残っていて、
現在は中庭をはさんだ位置に、かっての食堂の建物が残ります。



これは教会正面の、つまり西側にある庭園のオリーヴの樹。
凄いでしょう?! 千年ほどを経ているとか!

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正面入り口。 肉眼では奥まで見通せ、ピッと心が引き締まる
それは素晴らしい第一印象!

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が、カメラではこの位置からこの明暗の差では、無理。(腕?)
おまけに正面全部が修復のため覆われ、内部撮影も禁止。
買って戻った絵葉書と、ガイドブックの写真でご案内を。



入り口左脇の上部。
真ん中の可愛いお尻は兎ちゃんで、その右は、ライオンかな?

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右脇部分にはいかにも中世の怪奇的な顔があり、嬉しく!
同じ顔をサン・クイリコ・ドルチャのサンタ・マリーア・アッスンタ教会の
入り口でも見ましたっけ。

サン・クイリコ・ドルチャのご案内は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461279240.html       


こちらは、入り口の左脇円柱の上。
覆われてはいるのですが、訪れる人々へのサーヴィスで
こうして透けて見えます!

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ガイドブックからの写真でご覧頂くとこんな様子で、
皆さん、何の動物と思われますか? 犬でしょうかね?
手というか足というか、かなり頑丈そう。に、この融通無碍なる発想!!

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この扉は教会の中庭に面した部分にある10世紀のものと。
見てない! 修復が済んだ頃に出直しだぁ!
ロンゴバルドの柄ですね。

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教会内で売っていた、当修道院発行のガイドブックを買って
戻りましたが、通常の解説とは少し違う、修道院設立の由来が。

一般には、シャルル・マーニュ(カール大帝)が創設した、との説明
ですが、彼は確かに修道院発展の元とはなった様子ですが、

それ以前にロンゴバルドの王が、770年頃べネデット派の修道僧に、
以前からあった聖アンティモの礼拝堂の場所に
修道院建設を許し、この近辺の領土管理も任せた様子。

実際ロンゴバルドの王たちは、修道院をローマへの巡礼、
また自身の使者用の休憩、食事、宿として利用し、
約30k毎に、新しく建設もした様子。
という事で、このロンゴバルドの柄が残っているのも納得。

ロンゴバルド・Longobardoについても、カール大帝についても
わずかな知識のみで、ご案内に泥縄で必死にお勉強を! ははは。
で、要約して 修道院の成り立ちと変遷を。

ロンゴバルド族はカール大帝に滅ぼされますが、
自分の舅だったとか! 日本の講談みたい!!

彼は781年ローマからの戻りに、この近くで連隊もろともペストに
襲われたのを、この修道院で平癒を願い、叶ったのを感謝し
このサンタンティモ修道院を建設、と言うのが通説です。

逸話の真偽はともかく、建設中であった修道院に立ち寄り、
印形を与えた様子。

    

この写真のサインは、カール大帝の後継息子
ルドヴィーコ・イル・ピオ・Ludvico il Pioが、814年12月29日、
修道院に、特権と恩恵を与えた公文書のサインだそう。

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これで皇帝の修道院というお墨付きとなり
修道院は繁栄の道をたどったと。



内部は細身の一廊式、高さ20m。  入り口から最初に
一瞥した時、引き締まる思いに打たれた、射し込む光。

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木彫彩色の十字架像も、無名作家とはいえ荘厳なイメージで、
傑作と思います。
       
修道院の繁栄は12世紀に頂点に達し、所有し管理するものが
96の城、土地、85の修道院、教会に及んだと。
       


そしてやはり12世紀に、一伯爵の莫大な遺産寄贈により
現在のこの大きさの教会に改修されます。
後陣部分が、2重になっているのですが、

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上記の後陣部分については、12世紀の大改修以前は
現在の内陣の幅で、長さも短かった様子。
つまりこの写真でご覧頂くように、最初の教会の外側に
一回り大きな教会が出来上がった事になります。

そしてこの後陣部分の膨らんだ部分は、巡礼達の拝礼のための
巡回通路とされたのですね。
この形は当時のスペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラへの
巡礼道等に見られる独特な形で、トスカーナでは唯一の、
イタリア内でも、大変珍しい形だそう。

この写真でもお分かりの様に、光の入り方が独特で、
素直に、神秘的感情に打たれます。
当時の教会建築の棟梁たちの技術に感嘆!

イギリスのカンタベリーから、ローマへの大巡礼道、また
一大通商街道でもあったヴィア・フランチージェナから
この修道院は少し外れてはいますが、

それでも巡礼達にとって大目標の、大修道院であった事でしょう。
内部のすべての円柱の柱頭には、中世を髣髴とさせる
神話的な動物像や植物柄が密に彫り込まれた素晴らしいもの。

ヴィア・フランチージェナについては
           


多分、ここは地下のクリプタと思いますが、身廊の階上にある
婦人用の参拝回廊(かっての!)と共に、一般公開はないとの事。

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目を引いたのはこの頭巾で、ウンブリアのノルチャに行った時、
べネデット派の黒頭巾姿を始めて見て、ギョッとした思い出が
ありますが、それを思い出しました。

ガイドブックには、白だけでなく黒頭巾の写真もあり、
現在の修道院が何派に属するのか、調べまわりました。
キリスト教の素養もないので、確言できませんが、
べネデット派の流れも汲む、聖アゴスティーノの教えを基礎として
守る会派の様子。

聖べネデットの生地でもあるノルチャは
       


グレゴリオ聖歌は既に5~7世紀にミサの音楽として歌われていて、
8世紀には、ほぼヨーロッパ中の教会で!

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この修道院でも常にラテン語で歌われ、実際に聞くと鳥肌が
立つほど素晴らしいそうで、何度も録音収録され、
CDが売店で買えるそうですが、気が付かなかった!



中庭をはさみ、教会に向かい合う建物。 かっての食堂ですが、
現在は修道士たちの住居、食堂の様子。

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12世紀に繁栄の頂点を迎えた修道院ですが、
13世紀にモンタルチーノ、シエナの権力に屈し、かっての5分の1程の
所有領となり、15世紀にはピエンツァの司教領下に。

寂れたまま放置され、19世紀の半ばの修道院には小作人が住み着き、
中庭には家畜が、地下のクリプタはカンティーナ・ワイン倉、
教会内には農具が収納されていたとか!

この時期に至り漸くに修復が始まり、1970年代には
F.ゼッフィレッリの映画、聖フランチェスコを描いた
「ブラザー・サン・シスター・ムーン」の幾つかのシーンもここで撮影。
      
修復が始まって100年後の1989年、フランス人神父3人が
新しい共同体の下、ここでの生活、活動を始め、現在に至ると。

朝の5時15分の起床に始まり、一日に何回ものミサという
完璧な修道士の生活が営まれ、今は8人の修道士がおられると。

修道院生活については、ルネッサンスのセレブたちの
「サン・べネデット修道院」に cucciolaさんが詳細に。
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/764907.html
かってのべネデット派の修道院が如何に大きく、勢力を持っていたか、
   
    

4世紀に、最初にここに聖人の礼拝所が出来た時、
近くにローマ期のヴィッラがあり、このコルヌコピア・豊穣の角の彫刻は
そこから移された物だろうとの事で、現在教会の外壁に。
つまりかっぱらって来ての再利用ですね、ははは。

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教会の外壁には、いろいろな動物が。 これは馬かな?

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鐘楼も最初は教会から離れていたのが、大増設の際に
教会外壁に食い込む形になっていますが、

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鐘楼の壁にある、これは何でしょう? 人間の顔、角、翼、
そして尻尾が割れていて、ご存知の方、お教えを!



後陣から放射線状に3つの礼拝堂が、半球状に突出する形で、
その外壁には、軒下にこうしていろいろな柄と動物たちが。
これは雄牛ですねぇ。

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こういうのに出会うと、もう嬉しくて!
長~い舌を出して、あっかんべぇ。 ははは。
中世に於いては、動物と人間の距離が大変近かったような!

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鐘楼の壁の聖母子。
玉座に座り、聖人も天使もいますが、なんとも素朴。

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修道院では青年のスカウト活動も援助し、子供や家族への
精神的な支え、手引きにも積極的に活動との事。

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教会は朝の6時から21時まで開き、拝観は無料。



教会の正面を。

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サンタンティモ修道院のサイトは、http://www.antimo.it
  
モンタルチーノからのバスの時間は大変不規則の様で、
最近調べた時も良く分からなかった事をここにお知らせを。

◆追記
ブオンコンヴェントからモンタルチーノにバスがあり、
モンタルチーノからカステルヌオーヴォ・アバーテ迄も連絡がある様子。
詳しくは、moovit というサイトで、出発場所を打ち込むと、
その都度の詳しい時間が分かります。
moovit

       

上の写真に見える背後の葡萄畑を、緑色の季節でどうぞ!

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サンタンティモ修道院のご紹介は、実は少しためらって居りました。
地味すぎて、皆さん退屈されないかなぁと。

ただ、歴史ある素晴らしい修道院ですので
単に美しさのご紹介だけでなく、頑張って、きちっとした物を、と。

更に、修復に長い年月をかけながらも生かし、保存維持する
イタリアの、人、国の姿勢も示していると思ったのです。
上手くお伝えできましたように願います。

      
まぁ難しい事はともかく、お近くに行かれたら
実際に、中世からの空気を感じに、是非お寄りになって下さいね。
素晴らしい事、請け合います!!


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