・ サン・ジョヴァンニ洗礼堂 ・ フィレンツェ

フィレンツェの国鉄駅サンタ・マリーア・ノヴェッラから、斜めに中央に延びる
パンツァーニ通り・via del Panzaniを進むと、やがて見えてくる
花のサンタ・マリーア大聖堂。
いつもちょっと戦慄が走る様な素晴らしい眺めですが、

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既にご覧頂いたジョットーの鐘楼、そして先回ご案内の花の大聖堂、
と2つ済むと、最後はやはり3点セットの一つ
サン・ジョヴァンニ洗礼堂を取り上げませんと、ね。
ご存知のように手前に見えるのが、今日ご覧頂く洗礼堂です。

フィレンツェ ・ ジョットの鐘楼より
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464151136.html



こちらは4年前の早朝の写真で、足元も良く見え、

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右端に先回の聖堂ご案内トップの写真の上部が切れた原因の、道を塞いでいた修復の
覆いも、聖堂に向かいあう東の扉、天国の門として名高い扉も、
広場の左向こうに、ビガッロのロッジャも見えますね。

ご覧の様に洗礼堂は八角形をしたロマネスク様式、起源は5世紀に溯る様ですが、
この建物は11世紀に建設された物だそう。

ですから当時はまだ、現在の花の大聖堂はまだ存在せず、向かい合って
小さなレパラータ教会があり、多分こちらの礼拝堂の方が立派、という理由で、
礼拝もこちらが使われていたのだそう。

後に大聖堂が造られると、こちらも改修され、洗礼堂として使われる事になり、
かのダンテもここで洗礼を受けたのだそう。



こちらが東の扉、天国の門とも呼ばれる扉。

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昼間はいつもこの様に大勢の観光客で、傍に寄るのもなかなか大変な程。
上部の「キリストと洗礼者、天使」の像は、アンドレア・サンソヴィーノ・
Andrea Sansovino作で、扉と共に彫像の原作は、大聖堂の東にある
ドゥオーモ博物館にあり、どちらもコピーなのだと。


で、扉全体の様子をガイドブックからですが、やはり細部が良く見えず、
申し訳ないです。

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1425~52年、なんと27年の歳月をかけてロレンツォ・ギベルティ・
Lorenzo Ghibertiによって制作された、青銅金塗りの扉で、

大きな10の場面の逸話は旧約聖書のお話から取られ、左上から「アダムとイヴ」 
その右「カインとアベル」等などと続き、最後の右下は「ソロモンとシバの女王」。

「ルネッサンスの画家彫刻家建築家偉人伝」を現わしたヴァザーリ・
Giorgio Vasariによると、ミケランジェロがその美しさを讃えて
「天国の門だ」と言った、という逸話が伝わりますが、それについては後ほど。



これは扉の右脇から写したもので、上から4段目左が「モゼ」でこちらが「ヨシュア」
の話だそうですが、ぽこっと上に男性2人の頭が突き出していますね。
偶々の位置から興味を持って写したのですが、

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向こう側の年配者が、この扉の制作者ギベルティの自彫像(この言葉は正しい?)、
こちらの若い方が息子のヴィットリオ・Vittorio、 一番弟子であり、
協力者だったのでしょう。       

所で、ミケランジェロが「天国の扉・門」と言ったというお話ですが、
彼の作風から考えて、ふっと疑問を持ったshinkai、改めてミケランジェロの
生年月日と、ジョルジョ・ヴァザーリの名著の現わされた年を調べました。

ミケランジェロ・ブオナロッティ・Michelangelo Buonarotti(1475~1564)、
彼が生まれた時には、既にこの扉は出来上がっていた訳。

12歳で当時一番の評判を取っていたギルランダイオ・Domenico Ghirlandaio
の工房に弟子入り、最初の作品とされる「階段の聖母」は、1491年16歳、
現在ヴァティカンにあるあの美しい「ピエタ像」は22歳!

ヴァザーリの「偉人伝」は1550年著ですから、ミケランジェロ25歳。
で、初期の彼の美しい作品群から考え、まぁ、評判の良い大先輩の作品を、
その様に褒めたかも、と。 後年になっての彼なら、別と思いますが・・。
       
細かい事に拘ると思われます? でもね、とりわけ年代、数字に弱い私は
その都度調べないと、時に?と言う事が大いにありますし、
昔教えて貰った事柄が、大いに違う面を持っている、とだんだん知恵が
ついて来ておりまして、・・ははは、遅いのは良く分かっておりま!



では、内部に。
こちらはガイドブックからで、建物の西側、礼拝堂部分。 アーチの部分が
少し外側に張り出しており、右に見える墓所は、ドナテッロ等が制作の
法皇ヨハネ23世の墓碑。

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内部は直径が25.6mで、この広さは聖堂のクーポラの約半分の長さだそう。
それにしても大きな洗礼堂なのですが、当時は年に2回と定められていた
洗礼日に、大勢の洗礼者を受け入れるために必要だったと。

この右に切れている北の扉から入り、この北の扉と、現在出口になっている
南の扉も其々由緒ある有名な物の様ですが、まるで記憶になく・・!

床も一面のモザイク柄、ですって、あれま。
それどころか、中央にあった筈の洗礼盤も覚えが無く・・、あ~あ。



実際は写真よりももっと暗い内部の席に座り、見上げ見惚れるのは
天井部の13世紀黄金モザイク画。

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余りにも密な凄さに、どこから見たら良いのかいささか茫然!
この大変難しいモザイクの仕事は高価にも付き、多分1270年頃に始まり、
3,40年かかったろうと。



頂上部は天使像が並び、その下に、聖書からの各場面。
そしてキリスト像があり、

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「最後の審判」の場面。

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ご覧の様に図柄が大変密で出来が良く、ヴェネツィアからの職人や、
下図制作にも名のある画家が関わっているだろうとの事。



内部壁面には幾何学模様が描かれますが、大理石の部分と、
フレスコ画で描かれた部分と。

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この窓は、向かい合った聖堂方面に開いている窓で、ここだけ
天井部と同じモザイク画の装飾。

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窓の向こうに聖堂の正面壁が見えるのに気がつき、
ピントを合わせますが、はい、鳩の進入除けに金網が在り、
玉座の聖母子像の左隣の像で、

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こちらはその右隣。

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洗礼堂内には、たくさんの人が椅子に座ったまま動かず、
聖母子像を上手く見れる位置には、届きませんでした!



遠い天井部のモザイク画もカメラのレンズを通して見るうちに、
あ、洗礼図が見える、 誰か牢に入れられている、

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あれ? あれはサロメが踊っている場面ではないか?
上には、キリストの磔刑図も見える、

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そうだ、やはり洗礼者ヨハネの首切り場面だ、
上は、十字架降下と昇天場面だ、 なんぞと見えて来て楽しみましたが・・、

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階層により、創世紀の話、ヨハネ、聖母とキリスト、洗礼者ヨハネの話が
語られているそう。 ・・次のチャンスには、もっと上手く撮れますように。



夜景写真ですが、洗礼堂の後ろからというか、後陣部分の張り出した様子を。

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張り出した角の上部には、こんな顔とライオン君。

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上は北側角で、下は南側角。
13世紀初頭の改装部分ですから、中世風が楽しい。



本日トップの写真と同じ角度から見るほぼ満月ですが、

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月を撮るには少し時間が遅く、周囲がぼやけましたので、



本日の最後は、この夕暮れ迫る薔薇色で。
ああ、また行きたいなぁ!!

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ブログご訪問、有難うございます!

はへ、今日もいささか息切れ気味です。
と言うのも、朝のプール体操の教師が若~い男性に変わり、
肌が白くほっぺの赤い! まるで可愛い子なので
おばさま連中には人気が出ていますが・・、
これが結構きつい体操をやらせてくれるのですよ。
良いよ、良いよ、OK! と言いつつ、次々に筋肉に良い体操をね、ははは。
で、45分後に水から出ると、はへぇ、という次第。

でも頑張らないとね。 しっかり遊ぶ為にも、体力が必要!


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