・ ヴァルヴァゾーネの城 ・ イタリアで一番美しい村々、の

先々回ご案内した「イタリアで一番美しい村々」に登録の、
フリウーリ・ヴェネツィア-ジューリア州のヴァルヴァゾーネ。
今回は村の起源ともなり、公爵領主の居城でもあったお城のご案内を。

当日は曇り空でしたので、まずトップは青空の美しい写真をサイトから拝借し。

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元々は13世紀の要塞城で、周囲を深い堀が囲み、高い塔もあった様子で、
現在は橋も普通の石橋ですが、当時は跳ね橋だったと。
       


真正面からの写真では見えない、向って左側も少し。

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長い世紀の間に炎上もし、修復され拡張され地震の被害もと、様々な変遷を辿り、
まず橋の向こうに見える門囲いの上、本来ならばこの上部には凸凹の形、
イタリア語でメルレット・レース飾り、があったのが潰された名残がうっすらと見えますね。
       
左に見えるロッジャ式部分も18世紀になってつけられたもので、
正面上部の壁にも円柱が残っているのが見えます。
我々の内部見学は、左のロッジャ部分から入りましたが、ロッジャには門囲いの内側の、
左に開いた入り口から。



城は現在、国の記念物に指定になっているそうですが、持ち主はコムーネ・市で、
現在まだ修復が続いていて内部の一般公開はされていないそうで、
ガイドさんが鍵を開けて、という形でした。

橋を渡って奥に見える中庭と、円形の井戸。

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上の写真で見える向かって右側の翼部分、実はここは個人の持ち主が3軒分
入居されていて、かって公爵から購入されたとの事で、我々は中庭には入れず。
門の奥には鉄柵があり、偶然入居者の車が来て柵が開き、中が見えたのでした。



本館左側3階と4階の間の、18世紀の改修部分。 これは3階上部にテラス庭園が
あったのを潰し、居住部分に替えた名残なのだそう!

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皆が一斉に、勿体ない!と声を上げたのですが、ははは、ガイドさんの説明によると、
時代が下り、要塞城というよりもルネッサンス様式の居城に様変わりしていて、
一族の皆さんがたくさん住んでおり、部屋が不足だったのだろうと。       



正面左の壁の様子。 右がやはり18世紀に建て増しのロッジャ部の上で、
左の窓の形は古い物。

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ロッジャの前庭から見る埋め立てられた堀と、深い堀だったそう。
お城前の広場にある建物類は、多分この辺り家臣達の物だったろうと。

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お城前の広場・ピアッツァ・カステッロ、現在は駐車場になっていますが、
       
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右奥に見えるのは塔の門で、



こんな様子で、塔の名はトッレ・デッレ・オーレ・Torre delle Ore.
かっての時代、時を知らせる鐘でも備えていたのでしょうか。

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右に見える壁画のある建物は、
       


こちら。 トラットリーア・ラ・トッレ・Toratoria La Torre,
ちょっと有名な土地の料理、そして古い土地の料理を食べさせる様子。

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広場の端にある井戸、優雅な飾りがあるので、この広場の周辺建物は領主の
主だった家臣達で占められていたものと。

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広場南面の様子。 見える鐘楼は先回ご案内のドゥオーモの鐘楼。

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サイトで見つけた、17世紀のお城と村の様子。
堀が町の周囲にも流れ、城壁が町を囲んでいた様子。

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堀に渡された橋は3本あり、一つは上のトッレ・デッレ・オーレに、もう1本は城に、
そして集落に連絡していたそう。
城の高い塔も高さが18mあったそうですが、積年の災害などで危険な状態となり、
1884年に取り壊されたと。



こちらがロッジャ部で、ここから我らは城の中に。

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最初に入った部屋はこんな様子で、多分兵達の詰め所でもあったでしょうか。
一番手前に見えるのが大きな釜、洗濯物の煮沸に使われていたとの事で、
18世紀まで使用されていたと。

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灰汁を使い、また香り付けの香草も使い、ここは「香りの部屋」と呼ばれていたと。
    
ですが、洗濯の後はちゃっちゃっと洗って、きっと煮炊きもしたんだろうね、と、
shinkaiと傍の仲間との内緒話。

見える鳥の様なのはグリフォーネ・grifoneという伝説上の鳥で、現代の鉄の彫刻。
一番奥に切込みが見え、真ん中にも扉が見えますが、ご留意を。 
      
灰汁を使っての洗濯後に使う香草についてはこちらに。
n.1 山の人々のかっての生活は ・ 夏祭り
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468342330.html



これが釜の部分で大きなフードがあり、左横には窓際に設えの席が向かい合って。

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真ん中の扉の中、隙間から中がチラッと見えるのに気がついたshinkaiが
必死で狙うのを見て、ガイドさんが開けてくれ、ははは、

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はい、トイレなんですけど、壁に聖像用のくり貫きがあるのを初めて見て・・!
そして、蓋付き! ガイドさんに確かめると、やはり堀に落下する様になっていて、
ははは、蓋は臭い封じでもあり、風などの吹き込みも防いだのでしょう。
ここのは修復され、座も蓋も新しい物でしたが、



部屋の奥に見えた、壁の切り込み式のトイレがこれ!
ここのは座も蓋も木の、古い物でしたぁ。
       
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こういう古いトイレには、大いに興味をそそられるshinkaiで、ははは、
n.2 フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461595718.html

n.1 ルネッサンスの都に、中世を探して ・ ダヴァンツァーティ邸
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463022763.html
  
トスカーナ・シエナのクレーターの麦秋と、 アシャーノの町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461452913.html

友人のジュリアーナは、フリウーリの北で暮らした子供時代、お祖母ちゃんの家に
こんな蓋付きトイレがあり、中に吸い込まれそうでとても怖かった!という想い出話をね。

以前読んだ「ノルチーノ」という戯作本には、ノルチーノというのは、ウンブリアは
ノルチャ出身の、豚肉加工職人であり、藪医者でもあり、去勢手術人を指しますが、
ケチなノルチーノがあれこれ細々と遺言を書き残すのに、瓦1枚とか、楊枝1本、
スプーン1本とか、ははは、
中にトイレの蓋、というのがあり、当時は意味が分らず訊ねましたっけ! ははは。
そしてこちらのトイレの蓋は丸いのも知ったのでしたぁ!!



格子天井にはこんな風に飾りが描かれ、柱の間にはそれぞれの紋章が。

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部屋の端の壁には、かっての落書きがあれこれ!
       
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窓の外を覗くと、抱卵中の鳩が2羽。 頑張ってね!

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これはフレスコ画装飾がされた部屋。
修復が済んだばかりなので、触らないように注意を、とガイドさん。

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順にご案内すると、正面は、最初のフレスコ画を塗り潰した上に後の時代に描かれたのを
引き剥がし、改めて別の下地に貼り付けた物。
       


右側の壁で、これが上に見えたものと同じ、後から描かれた柄。

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これがいつの時代のか説明を聞き逃し、サイトでも見付からず。 17~18世紀の物?
長年同じ古い壁画を見続けて、きっと飽きが来たのでしょうね、ははは。



これも上の写真の続きですが、上に見える黒と赤の狼の立ち姿、
これがこのヴァルヴァゾーネの城主の紋章で、

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白地に黒がこのヴァルヴァゾーネのもので、赤が同じ家系の分家筋というのか、
クッカーニャ・Cuccagna、そしてスピリンベルゴ・Spilimbergoの領主の物で、
村の中にも並んで描かれているのが見えました。

元々ヴァルヴァゾーネ・Valvasoneという領主の名、村の名は、ドイツ語の
wolfes+ höfeに由来し、狼の群れの意で、
イタリアの北東の国境を越えたオーストリアはカリンツィアの貴族出身との事。
13世紀に当時あった古い要塞の跡に城を築き、先回町のご案内の時にご説明した
ローマ期以来戦術上重要なターリアメント河渡河のこの位置で栄えたという家系。

スピリンベルゴ ・ フリウリ州の珠玉の町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/470578689.html



こちらが左の壁の興味深いフレスコ画で、修復の際に偶然上のフレスコ画の下から
見付かったという14世紀中頃のもの!

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右端から、貴族の男女の姿、木の姿に囲まれての比喩的な物、左端が
大変興味深いロバと狼の姿。



右端の貴族の男女の姿で、

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左の3人の女性の真ん中は既に結婚した女性を表し、何か贈り物を差出し、
奥は城を抱えていますね。そして音楽を奏でる手前の女性。
さて何を物語っていたものか、絵に隠された比喩は?
   
    

真ん中の木に囲まれた小さな図ですが、これも当時の比喩らしく、
    
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子供達が遊んでいる図でフリウーリ弁で書かれた文字は、「さて、遊びが始まる」と。
       


夫婦に小さな子供2人、テーブルの上には硬貨が見え、夫が頬杖をつき、
書かれた文は、「ここが思案のしどころ」という意味と、ははは。

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ね、洋の東西、世紀を問わず、どこの家庭も同じなので~す!



男女が向き合い、鏡を見ながら見繕いを。 「綺麗にして」と。

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全体で何か賢者の言葉らしき物を伝える、絵解きだったのでしょうね。



左のこれは、アルメッリーノの毛皮を着たロバが立派な椅子に座り、前に狼が居ます。

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現在はロバは馬鹿の意味で使われますが、中世にあってはロバは賢者だっただそうで、
ガイドさんは意味不明と言いましたが、

サイトで見た説明にはこんなのがありました。
つまりアルメッリーノを肩にかけたロバは、アクイレイアの司教で、
アクイレイアの司教はかっては大勢力を誇り、このヴァルヴァゾーネもその支配下に
あったほどで、前にいる狼に、勿論ヴァルヴァゾーネの領主で、何か教えていると。
土地に残る話に「ゾッポラの戦争」というのがあり、その関係だろうとあり、

何かと調べましたら、
ゾッポラ・Zoppolaという町がヴァルヴァゾーネの南西10kほどにあり、
ここに11世紀からの城があり、城主は変わっても1405年まで続いていたのが、
これ以降アクイレイアの司教の持ち物となり、現在に至るも荘園・土地は
当時の司教アントニオ・パンチェーラ・A.Pancieraの子孫、
パンチェーラ家のものである、というのがありました。

ヴァルヴァゾーネの領主とゾッポラの領主が争ったというのに、アクイレイアの司教が
乗り出し、上手い事我が物にした、された、という事を代々伝えているのかなとも・・?!
       
所でこの城は現在も残り、中には天井が木製金塗りの小さな司教の書斎とか、
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロやピエトロ・ロンギの作品も残っていて、
予約すると、庭園共々見学できるのだそう!
       
電話 +39-0432-288588   ファックス +39-0432-2297790
サイトは https://consorziocastelli.it/icastelli/pordenone/zoppola
info@consorziocastelli.it

アクイレイア・Aquileia と グラード・Grado
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463998126.html


       
この部屋の天井にもやはり模様が施されており、間には多分一族の肖像でしょうね、
特別豪華ではなくともやはり中世の要塞とは違う、居城の趣になっていたのが分ります。

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これは隣、最初の部屋から入ってきた境にあるアーチで、ここにもフレスコ画装飾。

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この階段の下には下りれませんでしたが、城の半地下にでもなるのでしょうか、
きちんと修復が施されており、
階段は主人階級の者たちが騎乗のまま上れるような、段差の低い物。

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この部屋から低目の扉を潜り、段差を一段下ると、この城の呼び物の
一つである小劇場!

舞台上はこんな風で、上には左脇からと、今見える右奥から階段があり、
子供達が遊ぶ間に風景が描き込まれた帯状の飾り模様が天井の下を巡り、
正面左側の聖母子像と、右の大きな額縁は騙し絵。

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舞台に向う客席はこんな様子で上部にあり、細部にもすべて装飾が施された、
18世紀の一族用の小劇場!

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我々が入ってきた隣の部屋からも入れますが、舞台に向っての対面に入り口扉があり、
そこから上の観客席に上れるこの階段は左右にあり、

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観客席の下はこんな様子で立ち見も出来ますが、上の観客席はせいぜい35,6人
と言ったかな、完全に一族が楽しむ為の小劇場なのですね。

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帯状の飾りの子供達と風景ですが、16世紀のエラーズモ・ディ・ヴァルヴァゾーネ・
Erasmo di Valvasone(1523-1593)という方が、一族中で一番有名な詩人で
作品を残されているのだそうで、その中の場面の様。

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城の2階には礼拝堂や豪華な大部屋などがあるそうですが、
ガイドさんによるとやっと修復が済んだ所で、まだ公開されていないとの事でしたが、

初めて知り、見たこの城の内部の裕福さ贅沢さに、なんとまぁ、こんな田舎に、
というのが正直な感想で、奥が深いなぁと思った事でした!
  


毎年9月の半ば、金土日の3日間、今年2016年は9月9,10,11日に、
「中世のヴァルヴァゾーネ・Medioevo a Valvasone」という、
栄えた16世紀辺りを目安にした回顧祭りが開かれる様子で、

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こんな旗振り競技も、騎士物語りも、時代衣装の行列も繰り広げられ、

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中世風の屋台や職人芸や、様々な催しが楽しめる様子。



最後は、夜の広場の様子をどうぞ!

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チャンスがありましたら、是非このフリウーリの古い町にお出かけ下さいね!!


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・ ヴァルヴァゾーネ ・ イタリアで一番美しい村々

5月に入り、そちら日本はゴールデン・ウィークも終盤ですね。
良いお休みを過ごされましたでしょうか?

こちらイタリアはお天気が一定せず、まだ朝夕は冷え冷えで、北の山々には
雪が見え、家の中はまだ暖房が切れず!
5月に入ってもまだ暖房をつけているというのは、イタリア25年で初めてかと。
幸い今週後半はお天気が続く様子ですから、少し青葉若葉を愛でに
近くに出かけてこようと思っています。

さて今回ご覧頂くのは先週出かけたフリウーリのヴァルヴァゾーネ・Valvasone.
「イタリアで一番美しい村々」に登録の、中世の町並みがそのまま残る小さな町。
       
写真は、町の入り口にある細長い広い広場、駐車場から見える町のドゥオーモ、
サンティッシモ・コルポ・ディ・クリスト・Duomo del SS.mo Corpo di Cristo.

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オリージネは15世紀のロマネスク様式だったと言うのですが、
現在のは19世紀末に大きく改修されたネオ・ゴシック様式。



鐘楼は15世紀のロマネスク様式のままと。
       
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この鐘は毎夕9時、夏は10時に豊かな響きを届けるそうで、かってはすぐ近くを流れる
タリアメント河を渡る旅人達、遅く渡る旅人達に方角を知らせる役目もあったといい、

伝説では、領主の娘が近くの森で道に迷った時、父の公爵が鐘を打ち続けるよう命じ、
娘は無事に戻ったと言う話もあり、またナポレオンの侵攻時代、この河の戦いで
亡くなった人々に祈りを捧げる為ともいい、この伝統の鐘は今も響き渡るのだそう。
       


ヴァルヴァゾーネの町はどこにあるか、地図をどうぞ。
ポルデノーネ・Pordenoneから北西に、コドゥロイポ・Codroipoに近く、

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切れて見えるパッサリアーノ・Passarianoに馬蹄型をした広い中庭を持つ
ヴィッラ・マニンがあり、間に流れるのがタリアメント河・Tagliamento。
当日午後訪問したサン・ヴィトー・アル・タリアメント・San Vito al Tagliamento
の町は、南に。
       


町の地図をどうぞ。 ほぼ楕円形の真ん中に細長い広場があり、中心に4.ドゥオーモと
その横にインフォメーション、そして右突き当たり、2.にお城。

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勿論現在の町はもう少し周囲に広がってはいるのですが、これが中心部の姿で、



上空からの姿、真ん中にドゥオーモが見え、一番奥にお城で、町の大きさが分りますね。

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そうそう、地図、写真ともに、北は左。



当日は終日雨の天気予報で皆心配したのでしたが、有難いことに曇り空で、
時にチラッと陽が射す、と言う様子。 でも写真を撮るには、残念ながら青空がね!
駐車場でバスを降りて後ガイドさんとの約束に15分程あり、皆カフェに入ったのですが、
shinkaiは広場から西側の様子を窺いに。

こんな通りが続き、左中に見える教会は、

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こんな様子で、教会の名はサン・ピエトロ・エ・パオロ・S.Pietro e Paoloで、
中のフレスコ画が14~15世紀と言うので、教会設立はそのほんの少し前でしょうか。

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すぐ隣接しているここに、かってはオスピターレ・Ospitale、タリアメント河を
渡ってくる徒歩旅行者、病人の救済所が併設されていたそうで、
こちらは1355年の記録があると。

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上にも記述したタリアメントの渡河場所ですが、北からの徒歩旅行者巡礼達には
幾つか上流にもあった様で、このヴァルヴァゾーネの東、グラーヴァ・Gravaの
渡河地点が最後で、ここから平野に入り、川幅が広く水量が多くなるので、
ここで渡ったのだそう。

この戦略上重要な場所で、渡河税を取る為にも、ははは、かっての城の
重要な存在価値があった様子。



教会内部ではちょうどシンドネ・Sindone・キリストの亡骸を包んだと言う
聖骸布の写真展示が行われており、

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肝心の壁画はどれもが展示パネルで半分しか見えなかったのですが、
これは祭壇左側の物。 教会内いずれの壁画はすべて、様々な病気から護る
聖人達の姿が描かれており、

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聖ビアージョ・喉の痛み、聖女ルチーア・眼病、聖女アッポローニア・歯痛、
聖クリストーフォロ・渡河の守護聖人、聖ロッコ・ペスト などなどの諸聖人の姿。



教会入り口上には小さなオルガン、16世紀末から17世紀にかけての物と
見なされるオルガンがあり、周囲は壁画で装飾。

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所で上記したしたシンドネ・聖骸布は、現在トリノの聖堂に安置の聖遺物で、
これが写真を撮って浮かび上がったと言うキリストの亡骸の姿。

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細長い布で全身を覆っていたもので、幅1,1m 長さ4,36mの亜麻布。
人物像は肉眼では見えないのだそうですが、血痕の滲みなどが残っているものと。

人物像の両脇に4つ見える謎のような形は、かってフランスの教会に保存されていた
16世紀に火事に遭い、折られていた布の角が焼けて、こんな穴が開いたと。

このシンドネの真贋両説がある事も知っていますが、shinkaiとしては、
様々な研究者の説明をTVで見たこともあり、またキリスト教徒にとっての
シンドネが持つ価値の重みも知っているので、こういうもの、と申し上げるのみに。
       
この辺りを書いていた時に、パシャッと電源が落ち、PCも、時計も、洗濯機も
皆停まり、ああ、なんでやねんなぁ・・。
コンドミニオの下にある我が家の電源を入れなおし、気持ちを取り直し、
情け容赦なく消えてしまった部分の書き直しを。
 
       

道の向かい側もこんな風にポルティコになっていて、

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朝のこの時間は閉まっておりましたが、ここはワイン・バーですね。



隣の建物の2階の窓の間にはこんな壁画があり、ここも聖母子を囲み、
左に聖セバスティアーノ、右に聖ロッコ。

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そろそろ集合時間が近づきドゥオーモ前の広場に向うと、
こんな綺麗な猫ちゃんが、尻尾をくねくねと迎えてくれ、

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ドゥオーモ前広場の右側は、楕円形に建物がつながり、

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こちらは一番右端の建物の2階の窓の様子で、
かってはどこにどんな形の窓があったのか、良く分るでしょう?

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続く建物群は、こんな風に如何にも中世風に間口の狭い、
そして屋根の高さがほんの少し皆それぞれで、リズムがあって面白いでしょう?!

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建物の前にあった、かってのアイス・クリーム売りの屋台、というか、
自転車の前に冷蔵庫を積んで走っていた奴ですね。 日本にもありましたっけ?

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さてガイドさんが来られ、ドゥオーモの脇の道を奥のお城に。
国旗の見える所にインフォメーションあり。 

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これがヴァルヴァゾーネのお城、13世紀前半に記録もあるのですが、長い世紀の
変遷の間に何度も改修され、現在はかっての戦略上の要塞城とは違って
ルネッサンス風の居城となっており、近年の修復がまだ続いています。

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我らは幾つかの修復済みの部屋や、小さな劇場なども見れましたが、
ここはまた改めてご案内という事で、今回は正面のみを。



お城から西に少し行った所に水車があり、かってこの場所にあったのを偲んででしょう、
何年か前に備えられた物らしく、イルマ・Irmaという可愛い名のが回っておりました。

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こちらは水車小屋前面のかってのフレスコ画の名残で、ガイドさんの手の上辺りに
聖母子像があったといい、そう言われて見ると上に玉座の跡が見えますが、
1473年という年号はしっかり残っておりますね。

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その横に見える文字はフリウーリ語だそうで、ガイドさんは聞くのは分るけど話せないと、
グループ内の何人かのフリウーリ出身者に答えておりました。



この水車小屋の横に見えた石塀の積み石の様子。
積み方はフリウーリのこの一帯の方法なのか、ヴィッラ・マニンの塀にも見えます。

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町の中を辿る道。 こちらはかなり広い道幅で、

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こちらは狭い道。

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いずれもきちんと整備され、いや、正直な所、されすぎの感さえあり、
居住されているのも分る家並みではあるものの、人気が無さ過ぎる感じも・・。



で、こんな扉の飾りを見ると、ちょっとホッと。

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水車の水路が町の南に流れてきた辺り、水辺に見えるのはかっての洗濯場で、

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近くの藤が咲き誇り一帯に甘い香りが漂い、お家の前の小さな花壇も花が咲き乱れ、

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このお家の窓辺の小さな鉢、そして花壇も可愛いでしょう?
こんなのを見ると、やはり古い町にも人気を感じホッとしますね。

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小さな葡萄棚が窓辺に設えられ、もうこんなに育っておりましたし、

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この中心広場の窓も素敵でしょう?!

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最後はドゥオーモに戻り、中に入り、

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これは正面左の柱に見える、14世紀始めのビザンティンからの絵で、
聖母が授乳している図ですが、お乳の位置が脇過ぎません?!

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貰ってきたパンフレットには板に油彩とありましたが大嘘で、
明らかに、黄金背景の板にテンペラ画。



これよりも凄いお宝がこのドゥオーモにあり、右の壁上にあるこのオルガン、
イタリアに唯一残っている16世紀のヴェネツィアで作られたオルガン。

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1532年300ドゥカーティで、ヴィンチェンツォ・コロンボ・Vincenzo Colonbo
が製作した物と言い、それに彫を施した箱を誂えたのがステーファノ・マラゴンと
ジローラモ。 金箔師のトンマーゾ・ダ・ウーディネが仕事を終えたのが1538年。

オルガンの箱に絵を描くのを請け負ったのが、通称ポルデノーネ・Il Pordenone、
が彼は1539年に亡くなり、後を引き継いだのが弟子であり婿の
ポンポーニオ・アマルテーオ・Ponponio Amalteoと。

北イタリアとりわけフリウーリでは良く出会うポルデノーネと、ポンポーニオ・
アマルテーオの画家の名ですが、両者の関係を今回知りました。

今見える上の大きな絵は、「マンナを拾う人々」で、マンナ・mannaというのは
天から授かる食べ物の意ですね。



で実は、この歴史的なオルガンの音色を聞かせて頂いたのでしたぁ!
今こうして静々と、奏者の方が白手袋をはめて扉を開けましてぇ、

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じゃ~~ん、中はこんな風! 如何にも典雅でしょう?!
布の赤色はこんなに派手でなくもっと濃い暗い赤で、オルガンのパイプももっと黒く。

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聞かせて頂いた曲とは違うかもしれませんが、
こちらでこのオルガンの音色を聞きながら、町の姿も見れます、どうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=t6MzwTEOEu0

扉の内側の絵の左側は「イサクの犠牲」で、右は何だったっけ?!
このオルガンは特別の際に弾かれるのだそうで、そう、我らは特別ね、ははは、
平常のミサには、身廊左にある小さな普通のオルガンだそう!



町訪問の間、晴れ間が見えたり、雲がかかったりでしたが、
やはり晴れた風景が良いですねぇ!

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最後は、広く長いピアッツァ・メルカンテ、市が立つ広場でしょうか、
中世のままの姿を保つ古い町の、古い家並みの広場でした。

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