・ ルチャーノ・パヴァロッティの家博物館訪問 ・ モデナ

先週水曜にモデナをグループで、市内の聖堂、エステンセ美術館、
そして郊外にあるルチャーノ・パヴァロッティの家博物館、
モデナ名物のバルサミコ酢醸造元、等を訪問して来ました。

当日、生憎と小雨が時にぱらつきましたが、天気予報の終日雨よりはまし!
たっぷりぎっしりの日程をこなして楽しんで来ましたが、
    
今日はまずイタリアが誇る世紀のテノール歌手、
ルチャーノ・パヴァロッティ・Luciano Pavarotti(1935-2007)
の家博物館の様子をご覧くださいね。

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shinkaiめはまだ日本にいる頃から彼の歌声の大ファンでして、
あの明るく豊かな声量の歌声を聴いていると、まさにイタリアの煌く青空が
私の中にいっぱいに広がる様な・・。
そんな印象で、憧れと共に惚れ惚れと聞き惚れていたのでした。

なので今回グループ旅行で嬉しく行く事ができ、皆さんにもモデナ訪問の最初に
ご案内という、ははは、様子で、彼の歌声も最後に聞いて頂きますね。
            
家の前、明るい彩の家、門扉が目に付き、

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一番左に見えるこれ、これは彼が歌い終わってのいつものご挨拶姿、
手に大きなハンカチを持ち、両手をいっぱいに広げる姿。

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この家博物館はどこにあるか、モデナ市郊外、Stradello Nava 6に。

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蛇足ながら、パヴァロッティ博物館のすぐ北に、高速A1を挟んで見える
B&B Contrada という民宿。
ここに2年前の秋、トスカーナに向う前に1泊しており、とてもお安く、
猫や犬が居たのを良く覚えている、懐かしいB&Bが偶然に出て!

トスカーナより、無事戻りました! ちょっぴり総集編
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/465664249.html



さて入り口の門扉から見る家、左手の黄色い部分は現在ブックショップで、
母屋は右手のサーモン・カラーの部分。

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広い庭の木々に花が咲き始めておりました。



母屋の入り口。

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ガイドさんに連れられて入り口を入ると、右手の奥にピアノが見え、

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説明によると、彼は自分の幸運だった人生を振り返り、パン屋の息子に生まれ、
特別の財産があったわけでもない彼が、その折々に人々から受けた支援で
今があると考えていて、この家にやって来る歌手志望者には、
ここのピアノで無料レッスンを与えていたそう。

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左に切れて、彼の着ていたモーニングが見えますが、さすが、大きい!!



ピアノの右手の壁には、大きな書棚。

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この家は古い農家が売りに出されたのを買取リ、取り壊し、彼の長年の
アイディアのすべてを込めて、新築された物なのだそう。
80年代に買取リ、設計が始まり、実際に工事に掛かったのは90年代。 
彼はすべてを自分の思うようにしたい、がしょっちゅう海外公演に出かけるので、
しばしば工事停止にも。
       
で、実際に家が完成し、ここに住んだのは約3年間!
そして、このお家で亡くなったと。 


入り口側の壁はこんな感じで、
       
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ここにはプッチーニの手紙のコレクションが。

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そうですよね、ジャコモ・プッチーニのオペラ作品、トスカ、トゥーランドット、
ラ・ボエーム、蝶々さん、等など、パヴァロッティの当たり役がたくさんありました!

オペラに生き、恋に生き ・ プッチーニの家博物館
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/465781145.html
       


家の中の家具類などは、すべてここで使っていたものがそのままにされており、
それに博物館としての資料を加えている、という事で、

この陳列ケースには、左上にメモ帳、その右下に折れ釘、舞台で手に持っていた
ハンカチ類(右上光って見え難く・・!) 蝶ネクタイなど。

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折れ釘、というのは最初の舞台だったかな、舞台で見つけた折れ釘をポケットに
入れて居たのが上手く歌えたので、それ以来彼のおまじないのようになったのだそう。



左上にあったメモ帳、かなりのメモ魔だったようで、

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左側のには、各公演日に *TOSCA OK one などと。
oneは、benoneの略で、bene良い、の上級形、つまり公演の出来具合を記し、

右側の開かれているページには、あれこれ料理のレシピが!
ガイドさんによると、パン屋の隣に大統領の電話番号があったりで、
彼にとっては皆同じだったんだろうと、ははは。



入り口扉の正面にはエレベーターが備えられていて、

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そりゃぁまぁ、あの体格で階段を上がるのは大変でしたでしょうしね、はは、
そのガラスに書かれていたのを見て、あれ?!

Buongirono a questo giorno che si sveglia oggi con me,
buongiorno al latte ed al caffè,
buongirono a chi non c'è...
今朝一緒に目覚める君にお早う、
カフェラッテにお早う、
ここに居ない君にお早う・・

この歌詞はしばらく前にTVで流れたヌテッラ・半液体チョコレートのCMで、
パヴァロッティが歌っていて、懐かしく彼の声を聞きましたっけ!  
多分彼の最後の録音曲なのかも・・。
https://www.youtube.com/watch?v=N0HFzt4NCak
   


1階の反対側の部屋には、彼の写真とシャツがあり、 
    
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部屋にかかっている油絵は彼が描いたものだそうで、

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部屋の壁の色も明るいでしょう?! 明るい色が好みだったそうで、
絵もその通り明るい色調。 そして、やはり美味しい物が大好きだったと!



この部屋の半分の天井はこんな風に古い格子天井が使われていて、

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こじんまりとした居間風で、クッションでいっぱいのソファー。

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カード遊びが大好きで、公演旅行にもカード仲間が一緒だったと!

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彼のお父さんは、やはり美声のアマチュアで歌っていたそうで、
まさにステージ・パパとして、世界中の公演に付いてまわっていたと、
これはイタリアに来てからの彼のインターヴューで聞きました。
     


間の細い廊下、脇の棚には食器類、を抜けると、

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広い黄色い台所!

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流し台と6口のガス台の間が遠いのが、ちょっと気になりましたが、はは、
すぐテラスに続くドアがあり、夏など気持ちの良い夕食だったでしょうね!



さて我らは、明るいサーモン・ピンク色の階段を上り、

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2階と3階の中央は吹き抜けになっており、天井が開き明るい広い空間に。

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左に曲がると、クローゼットがあり、

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その奥は、キングサイズのベッドがある寝室!

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部屋にかかる自作の油絵、2度目の結婚で生まれたチビちゃんと。
彼の愛情が溢れていますね。

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彼は2度結婚していますが、shinkaiがイタリアに着て後、TVニュースで
彼と秘書のニコレッタとのゴシップが流れるようになり、遂に前の奥さんと離婚、
若いニコレッタと結婚、女の子誕生、という様ないきさつがありました。

日本で単純に彼の歌声を聞いて惚れ惚れしていたのと違い、
イタリアでのジャーナリストのインタヴューの肌合いの違いにも驚いた物でしたが、
例えばインタヴューで、貴方はお金に細かいそうですが、本当ですか?
なんぞとは、日本では大物歌手には訊ねないですよね?
という様な違いもあったのですが、

ニコレッタと一緒になってから始めた公演、パヴァロッティと友人達、という
音楽ジャンルを問わずの、若いミュージシャン達との公演中継も最初の何回かは
TVで見たものの、やはりちょっと違うな、という感じとなり、

ニコレッタが冷たい、と言ったという様なゴシップも聞くと、次第にCDを
聴くのみとなり、そして訃報、という様子でした。



寝室の隣にバス・ルームがあったのですが、普通サイズのバスやとトイレで?! 
皆がちょっと驚き、ただし体重計は大型でしたぁ!

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寝室の反対側には、こんな風にすっきりの白い部屋もあり、

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屋根裏っぽい部屋には、大型スクリーンを寝転んで見れる設えがあり、

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暫く眺めていましたら、この懐かしい、歌い終わっての姿が出て!!

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たくさんの出合った人々との写真!!

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左上はダライ・ラマ、ポール・マッカートニー、コロンボ警部、ははは、
アナン国連総長ですよね、左下は誰かな、カラヤンとミレッラ・フレーニ、
彼女は同じモデナの、しかも家も近い子供の頃からの知り合いだったそうで、
ボエームの舞台も一緒だった時のCDも持っています、ヨハネ・パオロ2世とも!



家のあちこちに大きな彼の写真があり、舞台で使った衣装も展示されていて。
反対側の隅には、彼の肖像画。
       
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上から見下ろす吹き抜け部分。

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上からエレベーターで地下1階まで降りると、世界各地から届いたファンレター、
写真、プレゼントの展示があり、

彼は馬が好きでここモデナに厩舎も持っていたそうで、馬との写真もたくさんあり、
       
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パヴァロッティとフレンズ、の公演仲間との夥しい写真! 

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お家の庭の隅に、子供用の遊び道具があり、
       
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彼の理想の家とすべく、長い年月をかけて造った家に僅か3年、
というのを聞き、ちょっと哀しくなりました。
2度目の妻と子は、現在ボローニャに住んでいるそう。
  
享年71歳、まだまだ歌える年だったと思うと、ちょっとね。
冥福を祈ります!!

彼の一番有名な曲というと、やはりプッチーニの「トゥーランドット」の
ネッスン・ドルマ・Nessun Dorma・誰も寝てはならぬ、でしょうか?
こちらでどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=xs-p1oEvuGg

shinkaiの大好きな、情緒てんめんたる、はは、カルーゾ・Carusoを。
https://www.youtube.com/watch?v=L7g_8i57gu8

最後は皆さんに、イタリアの青空の広がりを!
懐かしい、ホセ・カレーラス、プラチド・ドミンゴと一緒の楽しいのを。
https://www.youtube.com/watch?v=HqmF-B2-3NA
       
こうして聞き直すと、やはり本当に素晴らしい偉大なテノールだったと!!
同時代に生き、折々に近しい感じで聞ける事が出来たのを嬉しく思います。



パヴァロッティの家博物館は、
月曜休館 毎日10時から18時までオープン、
住所は Stradello Nava 6 Modena 

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公式サイトはこちらに。
http://www.casamuseolucianopavarotti.it/
       

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・ パドヴァ ・ ファットーリ展覧会 お昼 カフェ・ペドロッキ

この水曜にパドヴァに展覧会を見に出かけてきましたので、
日本では余り有名でないと思われる、がこちらではイタリア印象派の第一人者と
見なされる画家の作品と、お昼、カフェ・ペドロッキでのカフェ休憩をご覧下さいね。

当日は友人のルイーザと2人。 というのも他の友人達はガルダ湖のシルミオーネと、
ガブリエーレ・ダヌンツィオのヴィットリアーレ見学にグループで出かけていて、
3月末までのこの展覧会がどうしても見たい彼女と、天気予報を睨みつつ
出かけたというわけでした。


上は、パドヴァ駅に到着後、駅のバールでエネルギー補充の、カフェとドーナッツ。
勿論朝食は済ませて出かけていましたが、ははは。
上の齧りかけのクロワッサンは、ルイーザの物。

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展覧会は、ジョヴァンニ・ファットーリ・Giovanni Fattori
(Livorno 1825 - Firenze 1908) という画家で、19世紀後半のイタリアで、
フランス印象派の先駆けとも言えるマッキアイオーリ・Macchiaioli(色斑派とでも)と
呼ばれる運動の第一人者と見なされている画家の展覧会。

この自画像は1854年、画家が29歳の物。 

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会場となったパラッツォ・ザバレッラ・Palazzo Zabarella

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会場のザバレッラ邸の正面は、以前の写真で。
この正面は道に面しているのではなく、狭い小路から塀をくぐった内庭にあるもの。

パドヴァの街の、ちょっぴりお散歩
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462330622.html

n.3 パドヴァ ・ 黄金の世紀 の 2
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462330356.html

n.2 パドヴァ ・ 黄金の世紀 の 1
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462330115.html

n.1 パードヴァ、 でございます!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462329871.html
       


入り口ホール。 柱に上手く、展覧会の呼び物である絵が展示されているでしょう?

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ホール左手のブック・ショップ。

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会場内は写真禁止で、これは画家の初期作品の展示があった1階から、2階会場に
上がる階段周りの様子。 なかなか豪華な、かっての邸宅でしょう?

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画家に付いては経歴よりも絵を見ていただくのが一番と、ははは、
サイトから展覧会で見た絵と同じ作品を探し出し、実物に近いと思われた色、
そしてshinkaiが良いと思った物に絞り、ご覧頂きますね。

初期の、小さな板に描かれた物、 1859年 フランス兵

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会場での説明を読んでのルイーザの話に寄ると、従軍画家として働いた時期があったと。



こちらはかなり大きく、当時のイタリア統一戦争時の戦闘を描いた物。
マジェンタの戦い、1861-62 232x384cm

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でもご覧くださいね、馬たちはまだ止まった姿。



初期の肖像画の素晴らしい物から、これは従姉妹さんだったかな、
写真自体がピン甘で、目にピッとハイライトが入っているのも見えず・・!

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大体40歳位の作品に、今のshinkaiが良いなぁ、と思うものがあり、
色は大体写真に近いのですが、全体の雰囲気は実物にはとても不足で残念!!

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草を集める女性達の大作で、1866年
この中の一番左の後ろ向きの女性、彼はこの姿が気に入りだったのでしょう、
何枚かにこの姿が登場します。

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ここに走る馬が登場し、 逃げる馬

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これが「白い壁」とか「哨兵」と呼ばれる彼の代表作といえるもので、
1872年 板に油彩 37x56cm

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一番色が実物と近いものを探しましたが、
100点ほどの展示の中で、やはりこれが一番良いと思ったです!

白い広い壁に、色としてはどんより加減の空、そして軍服の色、
真昼の空気がぐ~んと広がり、なんとも素晴らしいもの!!

手前の馬の脚などに、ちょっと濃茶のアウトラインが入っているのですが、
それもここではまるで気にならずですが、
後年の作品になると、めったやたらにこの色のアウトラインが目に付き、
こんな広い空間がなくなり、群像のうるささが目に付く感じで・・。失礼。

マッキアイオーリ派という言葉を上記しましたが、1859年ごろフィレンツェの
カフェ・ミケランジェロに通う画家や芸術家達の間に起こったもので、
フランス・印象派の先駆けであるバルビゾン派、1830年頃よりのコローやミレーの、
戸外の風景を描いた物に影響を受け、ただし彼らは屋内で描いたのに対し、
マッキアイオーリ派は、直接に戸外で描いたのですね。

マッキアイオーリ、色斑派という言葉は、勿論それまで画家達が古代の逸話などに
エピソードを求めて屋内で、アカデミックに塗りをすべらかに、色の調子を整え
描いたものに対して、
戸外で、色を直接に、濃淡、光りと影で置いて行く画法を皮肉って名付けたものですが、
これが1870年頃からのフランス印象派の先駆けとなりました。

ただし、印象派は色が先に見え、時に描かれる姿が朧になりますが、イタリアの
マッキアイオーリは、そこまでは行かなかった、というのが、今回あれこれ見ての感想で。



午睡。  明るい戸外の空、草の色などなど、1870~73 キャンヴァス 72,5x35

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農民達が木陰でお昼寝の最中、牛達は繋がれたまま陽を浴び、荷車を守らされ・・、
というのが、正直な所、最初に絵の出来よりshinkaiの頭に浮かんだ感想・・! 

白い大きな牛、キアニーナ種と思うのですが、何枚もの彼の絵に、様々に登場します。
牛の白さがアクセントにもなり、農民達の働く姿、戸外の空気が良く伝わって来ますが、
一枚素敵だと思ったのは、サイトでは見つかりませんでした。



ラ・ロトンダ・デイ・バーニ・パルミエーリ 1866年 板に油彩 12x35cm
いかにも印象派的でしょう?

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こちらも板の小品。 戸外に座る婦人像。

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女学生。 1893年 板に油彩 25x17cm
少し力が弱いかなと思ってみたのでしたが、晩年の作品でした。

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ちょいちょい生まれ故郷のリボルノに戻ってはいたようですが、
長年住んでいた割りには、フィレンツェ街中の作品が少ない様で、
       
ヴェッキオ橋 1870年頃 板に油彩 20,5x32,5cm

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赤い頬 1880年 40x29cm

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後年の作品に、初期の戦争画とは違って、もっと荒々しい迫力が加わったのが
何枚も登場します。

突撃 1877年頃

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若者達が夢見たイタリア国家統一運動がなったものの、社会的規律の改善には
至らずの苦さを噛みしめ、晩年の経済的な生活困難など、
そんな鬱屈した思いが吹き出したかの様な厳しい物が見え、この辺り、
単なるマッキアイオーリではなく、イタリア現実主義者とも見なされるのでしょうが、
鐙を踏み外し落馬し、荒々しく馬に引きずられる絶望的な兵の姿などもありました。



フィレンツェの美術学校アッカデミアでの、晩年の姿。 ここで学び、教えた彼の
アトリエでの様子ですが、

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左背後に見える大作、トスカーナの湿地帯マレンマでの馬や牛と牧童達の、晩年の
作品が何枚か来ておりましたが、このように素晴らしいと思えるのが無く、パスです。



1888年から90年ごろの作品に版画があり、何枚かありましたが、その中で気にいった、
積み藁と牛。

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会期の終盤に近く、余り見学者も多くないので、ルイーザと2人でゆっくり見ながら
一周し、再度気に入ったのを見にもう一度。

絵のすぐ傍に寄れ、?と思ったのは絵に顔を近づけ見る事も出来るので、
イタリアでこうして展覧会を見れるのは、気に入っていますし、
中の1枚か2枚でも、気に入った絵が見つかるのは大きな刺激で、勉強になります。



天気予報ではこの日は終日曇りで、朝も冷え込んでいたのですが、
朝電車でヴェネツィアに行く間に青空が見え始め、暖かい良いお天気の一日に。

会場から出て来ての、中庭の向こう。

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会場近くにも、お昼を食べるのに良さそうなのを見つけましたが、今回はもう一度
中心に戻ってセルフ・サーヴィスの店ブレック・Brekに。
こちらは裏通りに面した広い側面、入り口。

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右奥にサラダ・バーや、ピッツァ部門、左手にグリルやパスタ部があり、

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セルフでお皿に取り、会計で支払いを、

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2人とも魚介のリゾットに、野菜類、生ビールの小で、12,2エウロ!

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野菜はほうれん草に、ジャガイモのグリル、ヴェルザの煮物で、全部は到底食べ切れず。



1時少し過ぎで、特別満員でもなくやれやれ。2階も広く、テーブルがたくさんあり。

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お昼の後は、腹ごなしにデパート・リナシェンテに行き、家庭用品部門で
ぶらぶらと品定めをし、ルイーザは孫達への小さなぬいぐるみを、
shinkaiは藍の柄が入ったレンゲを見つけ一つ、3,9エウロなり!



その後にカフェ・ペドロッキ・Caffè Pedrocchiに行きまして、

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かねてより念願の、ははは、おのぼりさんのカフェ・タイムをね。
というのも、何度も前を通りながら未だにカフェをした事が無く、ジュリアーナと
一緒だと、彼女はこういうのにはOKを出さないので、ははは、
今回は行きの電車の中でルイーザに交渉、快くOKを取りまして・・!



はい、こちらがカフェ・ペドロッキの、カフェ・ペドロッキ!
手前のピンボケがshinkaiの、はは、デカフェイーナので、カフェの上に生クリームとミント、
そしてその上にチョコレートの粉と思うのが振りかけてあり、これで5エウロ! ははは。

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お砂糖も何も入れずにこのままで、と言われまして、
これが生クリームで熱いカフェではなかったですが、美味しかったぁ!!
ミントもほんのりで、甘さもちょうどで誠にクリーミー!
付いて来たクッキーも美味しかったし、



向こうの隅のテーブルで、一皿盛りの料理を食べているのを眺めつつ、

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何を食べている? 幾らする? とルイーザとひそひそ話し、お昼の一皿料理位なら、
そんなに高くは無い筈よね、次回にはお昼を試してみようね、という事に、ははは。



若いウェイターの後ろ髪、ははは。
一番上だけ残しそれを後ろで結んでいるのが、ちょん髷みたいでね、はは。

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こうして予定をこなし、早めに戻ります。 

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スクロヴェーニ礼拝堂の横を流れる川。

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パドヴァには見所が多く、知らない場所もたくさんなのですが、我が町コネリアーノ
からだと、ヴェネツィア・メストレで乗換え、おまけに各駅停車だった朝は
1時間半以上かかりましたが、戻りは大変スムースに1時間ほど。
次回はこういうのにも気をつけ、も少し気軽に出かけようと、話した事でした。



最後は戻りの電車の中、斜め向かいで少し居眠りしていた女性。
ショワショワの髪が素敵な美人!

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という、パドヴァにお出かけの一日でした。     


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・ モンザの中心ちょっぴり ・ 聖堂 鉄の王冠 王宮

ロンバルディアの州都ミラノの中心から北東に約19キロ、
街境のみで言うと約8キロの近くに位置するモンザ・Monzaの街。

日本ではモンザのサーキット場で有名だと思うのですが、古のロンゴバルト族の
首都でもあるモンザのご案内、と言ってもほんのちょっぴりの中心、
美しい聖堂と、そのお宝である鉄の王冠に付いてご覧ください。

ずっと”モンツァ”と思い込んでいたのですが、改めて友人にも尋ね、
発音を聞いてみると"モンザ”ですので、そのように書く事に。
       
さてバスを降りた所から見える、奥に続く並木道。
昨年の春4月半ば新緑の候、なんとも清々しい公園の道でしたが、
後で分ったのは、奥に見える白い壁は王宮の建物の壁。

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地図をどうぞ。 モンザの街の中心は、下に囲った中に見えるうっすらの菱形辺りで、
四角い点を打った所に聖堂があり、赤丸点を打った場所が上の写真の位置。
北に広がる広大な公園の中にサーキット場があり、Villa Realeとあるのが王宮。

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ですから今回歩いたのは、公園の南の端から中心の聖堂辺りまでの往復、
そしてほんのちょっぴり聖堂の脇から川の辺りまで、という事に。



バスを降りた公園の端辺りは既に中心街の外れで、なかなか雰囲気の良い
お屋敷街という感じ。

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街中に入り、この道を中心に向って行きますが、美しく整備された家並みが続き、
やはり中世からの建物保存である事が分かります。

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今回は街中の写真を殆ど省略してますが、これはサン・ピエトロ・マルティレ教会前
広場の、モンザ出身の画家モゼ・ビアンキ・Mosè Bianchi(1840-1904)の像。

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実はこの旅行の少し前に、このモゼ・ビアンキと言う画家の作品をサイトで見て
大変に達者な画家で驚いていたので、あれ、彼なんだ、とすぐ分った次第。

という事で今回分家の絵のブログに彼の作品を少し集めましたので、ご覧下さいね。
モンザの画家 モゼ・ビアンキ
http://italiashinkai.seesaa.net/archives/20160310-1.html



春らしい花が咲く横の小路も眺めつつ、

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これはサンタ・マリーア・デッリ・アンジェリ教会

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散歩中のすべすべ毛並みのお高いワンちゃんにも挨拶し、ははは、
ねぇ、よだれが垂れてるよ!
      

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歩いて行く先にこんな中心の塔が見えて来て、

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塔の先と時計、そして建物の西側なんですがぁ、

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肝心の全体像を撮っておりませんでしたので、サイトより拝借、へへ。
はい、こんな風に建物の下がロッジャになっている、
ラレンガーリオ・L'Arengarioという13世紀の市庁舎。

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我々は写真の向こう側から近づいてきた訳で、
こちらの2階に見えるテラス、かってはここから施政者が市民に話したテラスで、
塔は後の時代に建設された物と。

建物はご覧の通り長方形で、30,3x12,4mで、現在は展示会場に使われ、
ローマ広場と呼ばれるこの広場から道が放射線状に走り出すと。



上のラレンガーリオから小路を辿るとすぐに、ドゥオーモ広場で、
車が入らないここは市民の憩いの場でもあり、
 
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広場の南面にこの素晴らしいドゥオーモ、
サン・ジョヴァンニ・バッティスタ聖堂・San Giovanni Battista.

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オリジナルの聖堂は6世紀末の物で、現在のは14世紀から建設が始まり17世紀に
完成したもの。 白と薄いブルーの石の縞模様に、細かい細工が施された美しい物!!
     

  
正面扉上の張り出し部に、聖堂が捧げられたサン・ジョヴァンニ・バッティスタ・
洗礼者ヨハネ像があり、左手の上には羊、右手の人差し指で天を指します。

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扉上部の半円ルネッタ部の彫像群。 下段中央左にサン・ジョヴァンニ・バッティスタと、
右に洗礼を受けるキリストですが、

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・・作者は水の表現に苦労したのでしょうねぇ、大変にユニークで、
気がついて笑いましたぁ、失礼、ははは。



扉上の張り出し部分の横に突き出す動物の飾りと、細かい細工、でも大変に
彫りが深いしっかりした美しさ! そしてどこかまだ中世風を感じる部分も残り、
新しい彫像も加わっていますね。

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聖堂内の様子、豪華でしょう?! わぁお~と見蕩れましたっけ。

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天井画と、入り口上のステンド・グラス。

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実は上の聖堂内写真はお昼解散前にさっと撮った物で、またじっくり中が見れるもの
と思っていましたら、そのままになり、内部の写真はこれだけになり、残念・・!



この聖堂には大きなお宝、聖遺物とされる物がありまして、
それがこれ、鉄の王冠・Corona Ferrea・コローナ・フェッレアと呼ばれる物。

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内側真ん中に輪が見えますね、これがキリストの磔刑の時に使用された
鉄の釘という事で、それを叩き延ばし、
その周囲に、
      
 
       
この様な、金と宝石の飾りの金属板を6つ取り付けたもの。
現在は直径15cm 高さが5,5cm 重さが535g.

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聖堂の左側の礼拝堂で実物を拝む事が出来ましたぁ!
       
礼拝堂内に我々が入りますと、入り口の扉は鍵で閉められ、
小さな金庫の扉が鍵で開けられ、中から引き出した箱の鍵を開け、
そしてその中にガラスの箱に入っていた様な・・。
つまり2重の鍵+入り口扉、という厳重さであり、
少人数づつが台の上に上がり、覗き込んで見れた、という・・。

現在は飾りの金属版が6枚と書きましたが、実際は8枚あったそうで。
この王冠は過去にあちこちに持ち運ばれているのですが、1324-45年には
フランスのアヴィニョンにまで行っており、
その際に盗まれ、2枚の金属板が消え損傷を受けたのだそう。

その後修復されたものの、2枚の装飾板が無い為に円周が小さくなり、
現在の直径になっているのだと・・!

この王冠が聖遺物というだけでなく、なぜ大事なのかですが、
かってはこの王冠がイタリア国王の戴冠に用いられたのですね。
       
ジェルサレムでキリスト磔刑の際の十字架を発見したのは、皇帝コスタンティーノ1世の
母であるエーレナであるとされ、その際に十字架に付いていた釘も発見されたと。

其の内の1本が王冠状の飾りとなりコスタンティーノ1世の兜の上に付けられていたのを、
ロンゴバルド王であるテオドージオ1世・Teodosio I がミラノに持ち帰り、
その後コスタンティノーポリに・現イスタンブル、またイタリア・モンザにと変遷し、
兜の半球として保持されていた様子。

6世紀、時の教皇グレゴーリオ1世がロンゴバルドの王妃テオドリンダ・Teodolindaに
釘の1本を贈り、それに対し夏の住まいをモンザに持っていた彼女は、
595年、隣に聖堂を建設したといい、これが現在の聖堂の前身となりますが、
             
テオドリンダは贈られた釘を入れた王冠を打ち直し、装飾の金属板を付け加えた
円の形(王冠)に作ったのだと。

皆さん、お読みになっていて分りますか?
なにせ書いているshinkai自身がどこまでがどうなのか良く分らずで、ははは、
多分こうなのだろうと推察も交えて読み書きしておりまして・・!
・・気を取り直し、
       
こうしてロンゴバルド王がこの王冠を用い、カルロ・マーニョが775年に受け継ぎ、
以後19世紀までイタリア王の戴冠に用いられるようになった、というもの。

王冠が小さくなった後は頭にかぶる事が出来ませんので、いわゆる形として
頭に手で支えて載せた様子で、
この形で有名なのが1805年ミラノで行われたナポレオン・ボナパルトの戴冠式!
ですがイタリア統一後に国王となったサボイア家は、この王冠を用いていないとの事。


1993年にこの王冠は科学的検査をされ、多分1345年に破損箇所が修復された折に
使われたと思われる金属で、鉄ではなく銀であると・・!
       
つまり釘そのものも盗まれた、というような、ちょっと神話伝説まがいの謂れにも
聞きとれる鉄の王冠のお話でしたぁ、お疲れ様!



ドゥオーモの背後にはドゥオーモ博物館も整備されてあり、
なかなか素晴らしかったのですが、なにせここも写真禁止でして・・。

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これはドゥオーモの脇にある回廊部分。

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ここから地下に降りる階段が見え、案内写真の表示もあったのですが、
地下の有名なフレスコ画の見学は無しで、残念!



こうして外に出ると、すぐ脇の道がいかにも中世風の通りで、

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振り返ってみるドゥオーモの鐘楼、1592年建設

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通りの横に見える、かっての街の門と塔。

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モンザの中心を通り抜けるランブロ川・Lambro.
サイトで見た写真には、満々と水をたたえた写真が何枚もありましたが、
なんとこの時は、まるで干上がっており・・!

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川を渡った所で曲がって引き返すヴィットリオ・エマヌエレ通り。
奥の突き当たりに見えるのが、ローマ広場のラレンガーリオ。

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通りに並ぶちょっと高級品店のウィンドウに見つけたのがこれ、
ドッグ・フィーバーとあって、ネックレスや指輪の人間様用も見えますが、

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このお値段の高いこれ、これなんでしょうかぁ?! 上の写真の右下には、
陶器製のもっとお高いのも見えるのですが・・。 指輪? ナプキン・リング? 

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という事で朝到着した広場に再び戻って来て、正面左に奥に続く並木道。

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我らは再びバスに乗り、レッコのホテルに向ったのでしたが、
道を走っていて見えたこの藤の花盛り、右側にもっと長く続き、

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角を曲がって見えたのがこの建物。 あれあれ、と思う間なく、

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こんな広大な建物が見え、王宮と知りました。

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上からの眺めをどうぞ。 広大でしょう、建物も庭園も!
王宮と書きましたが、実際は王家のヴィッラ・Villa realeなんですね。

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1777年、当時北イタリアを統治していたオーストリアの皇妃マリーア・テレーザが、
ミラノに滞在していた4男フェルディナンドの、夏の滞在と狩の為に建設した豪儀な物!!
庭園のほうは徒歩で入れ、建物中央も修復が済むと見物できる様子。
       
という、典雅なモンザのちょっぴりご案内でしたぁ。


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・ ベッラージョ ・ コモ湖の要所にある観光名所

あっという間に3月になりましたが、お天気がまだ不安定ですね。
暖かく晴れた日が待ち遠しい今日この頃ですが、
今回は昨年4月半ばに出かけたコモ湖周辺の旅から、コモ湖の中に突き出す
半島の先っちょに位置するベッラージョ・Bellagio のご案内です。
       
写真は、コモ湖周遊の船着場、ちょっとレトロでお洒落でしょう?

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コモ湖の形、ベッラージョの位置など、地図をどうぞ。 左に見えるグレイの太線が
スイスとの国境線で、そう、一帯はこんな風に入り込んでいるのですね。

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コモ湖は細長く、ちょうど人の字型に南側で分枝し、突き出した半島の先っちょに
ベッラージョがあり、歴史の中では戦略的に大変重要であったようですが、
現在では風光明媚な観光要所として有名です。
湖の側に位置するコモからは24K、ミラノからは57Kほどと。



サイトから拝借の美しい写真で、突き出す半島の様子を。
ベッラージョの町は、頭のようにぽっこりと膨らむ山の向こう側、首の付け根の位置に。

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対岸から見ると、こんな風に広がります。

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コモから出発の遊覧船が、ゆるゆるとあちこち停りながらベッラージョに着いたのは
まだお昼前。 本当に残念な事に曇り日で、写真の色もイマイチですがご容赦を。

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港から見上げる山の上の大きな建物。 これは後でご説明致しますが、
ニューヨークのロックフェラー財団の持ち物なんだそう。
       
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一旦グループから解放され、お昼ご飯用とその後の自由時間があり、
見ると観光電車が止まっているので時間を訊ねると、すぐに出発するのがあり、
戻って来てお昼ご飯にちょうど良さそう!
というので、仲間3人と乗って一回りする事に。
    
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港を眺めながら観光電車は走り出し、

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こんな尖がった家の前を過ぎ、

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オリーヴの小さな畑もあり、

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大きな建物、なんだろ? 
なにせ今回の観光バスは、一切説明なし、音楽もなし! ははは。

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細い道を結構な早さで進みながら、上り坂、下り坂、かなり揺れます!
それでも、春らしい新緑の長閑さも見え、

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曲がりくねる坂道を上り、段々に眺めが良くなり、

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半島に突き出す頭の先っちょを後ろから、の位置。

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上の写真にも見えますが、山の中腹に見える大きな建物、あれが港から見上げた
現在ロックフェラー財団の持ち物となっているヴィッラ・セルベッローニ・
Villa Serbelloni.
15世紀城の跡地に建設のヴィッラで、18世紀アレッサンドロ・セベッローニが所有、
貴重な芸術作品で素晴らしいヴィッラとなっていたのが、その後所有者が変わり、
 
1959年、当時所有していたアメリカ出身の妃が遺言で、ロックフェラー財団に遺贈。
現在建物は国際会議で使われたり、また財団から選ばれた若きアメリカの
芸術家達が1年間ここに派遣され滞在する、というもので、
名前は忘れましたが、著名な芸術家達の名が挙がるのだそう。

ガイドさんの話では、コモ湖の他の事は知らなくても、ベッラージョがアメリカ人に
とても有名なのはそのせいですと。
で、以前アメリカ在の友人がご主人と訪伊された時、コモ湖、ベッラージョ滞在
だったので、なぜ?と疑問だったのが、そうだったのか、と今納得!

そうそう、ラスヴェガスの写真に見える、大噴水のあるホテル・べッラージョは、
このベッラージョに由来するのですって。 これもロックフェラー財団効果?



こちらは東側のコモ湖。

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派手な赤い観光電車が行くのを、ワン君も見送り、ははは。

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坂道、新緑の木々、花の色。

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狭い道脇に駐車している間を抜けて、バスは走り、

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客待ちのレストランも覗き、

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小さな船溜まり、こちらは西側の湖。       

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古い小さな教会が奥に見え、

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大きなお屋敷の立派な門扉と彫像! ちょっと嬉しげね、ははは。

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がたがた揺られながら、また湖が見える位置にまで下り、こんなアーチをくぐり、

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ベッラージョの中心にまで戻ります。

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さて、お昼を食べてのち、町探訪に。 湖岸に沿っての道は平坦ですが、
そこからはすべて細い上り坂!!

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如何にものみやげ物店!

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手彩色陶器の、聖水入れ式飾り物、モザイクの十字架。
アップして値札を見ましたら、高い!と思った値段でしたよ。

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子供用の靴って、何でこんなに可愛いのでしょうね?!

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ちょっと芸術的作品を扱う店もあり、

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坂道を一番上まで辿ると、今度は横切る道に出るのが分り、引き返します。

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狭い道脇の、小さな2人用のテーブル。 見られつつ食べるか、食べながら
通行人を眺めるか、あ、まるで関係ない2人の世界というのもありね、ははは。

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上から眺める船着場。

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若い子供連れのカップルと、長~い金髪の女の子。

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漸くに少し陽が射し始め、嬉しい!

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港のすぐ脇に、藤の花満開!!

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さて船に乗り、湖の対岸にあるヴィッラ・カルロッタに向います。

山の中腹、右に見えるロックフェラー財団の建物。

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遠くに、雪を被ったアルプスの山が見え、

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湖岸に立ち並ぶ、美しいヴィッラと庭園のあれこれ!
午前中の遊覧で、こんな風に見えていたらねぇ!!

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