・ n.2 コルティーナ散歩 ・ ドロミーティの山、ワンちゃん、人々  

先回に続き、コルティーナの町散歩のその2、小型観光バスから眺める
ドロミーティの山並み、町外れの集落、VIPご用達の高級避暑地に集まる
ワンちゃん達など、はは、のんびりの散歩風景をお楽しみください!

写真は町外れから見渡す北の景観ですが、すんまへん、
私には山の名前がまるで区別できず・・、

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山麓に見える家並みはこんな様子。 はい、これはコンドミニオ・マンション。

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道脇に伐採された丸太が転がり、トラックに積みむ作業中。

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最初の写真の山並みの端に、尖った色濃い岩肌が見え、
近づいていく道から見ると、やはり大変な迫力!

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奥に覗く山、手前のゴツゴツしたちょっと怪異な岩肌。

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ボイテ川・torrente Boiteの流れと、

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釣りのシニョーレ。

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くねくねとうねる道並みを走りつつ、雲の動き、山の姿も刻々変わるので
つい追いかけます!
     
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この写真を見ていて、山小屋が中央より少し右の中段に2軒、
真ん中頂上付近に1軒あるのに気がつきました。



このゴツゴツの岩肌は、確か東側を塞ぐ山だったと。

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私などドロミーティの山々も、景観を眺めるだけで十分満足ですが、
友人のジョヴァンニのドロミーティの山々の写真はこちらに。

標高2000mの山々と、マルモッタ(アルプス・マーモット)

ドロミーティの景観、山小屋サン・マルコ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468476686.html

トゥレ・チーメ・ディ・ラヴァレード ・ ドロミーティの大景観!!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468344876.html

ドロミーティ全般のご案内
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460834798.html       



小さな集落が何ヶ所かあり、道脇には十字架像も。
     

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一人でトレーニングに励む女性も、

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孫のお相手をするご夫婦もおり、

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一人での散策を楽しむ人も!

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キャンピング・カーのキャンプ場の受付かな、

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集落では既に薪の準備も始まり、

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窓辺に咲き乱れる花々。 毎日の山の風景、季節感が素晴らしいでしょうねぇ!

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お母さんと、金髪の子3人。 知り合いでも通ったのか挨拶を。

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コルティーナの町の奥にも見えた尖がり!

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再び町の入り口に戻ってきた所。

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このバスは意外に走るのが速く、結構揺れ!
まだ振り落とされた人はいない、との事でしたが、ははは。

そうそう、平地を走っている時は男声合唱の山歌とか、
ドイツ民謡の「菩提樹」なんかが流れていましたっけ。



花が咲き誇る窓辺。 小さな窓も、大きな建物にも。

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コルティーナの町の駐車場はアーチのあるこの道を上り、ぐるっと回り込んだ所に
ありますが、今回初めて、ひょっとしてこれ鉄道が通っていたのではないかな、と。

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そうなんですね、現在は鉄道はなく、カラルツォの駅からバス連絡ですが、
調べてみましたら、
1921年から64年まで、カラルツォからドロミーティ鉄道と呼ばれる線が
連絡していたのだそう。 が結局資本不足ではやらず、事故があったりで、
車やバス連絡に取って代わられたのだそう。



という事で、町中に戻って来たトゥレニーノ。
チビちゃんたちが次の発車に乗り込んでいますが、

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こちらが運転のシニョーレで、最初に説明してくれた方。

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再び、ワンちゃん達!ですが、

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上の写真、後ろでご主人が、はい、カメラを見て!と指差しているの
見えますか、ははは。

どこの土地でも、ワンちゃんを写して良いかと聞くと、本当に嬉しそうにOKを
下さるのですよね、そう、自慢の子!!
でね、ワンちゃんは関係なくよそ見したりなので、ちゃんとカメラを見るように、
お座りするように、と時々叱られたりして、はは、こちらが恐縮するのです!

コルティーナに来ると、いつも本当にワンちゃんの写真が多いのですが、
この町はVIPご用達の町のせいか、出会うワンちゃんが本当に種々様々で、
そしてどの子も洗い立てのふさふさすべすべの毛皮でね、一段と美しいのです!!

最後の写真など、乳母車の中の赤ちゃんには目もくれず、この斑の子を
2枚撮っているんですものね、考えたら失礼な話なのかも、ははは。

コルティーナのワンちゃん達は、こちらにも。
       
イタ猫・イタ犬・動物達は
       


イタリアも日本に負けず、はは、中老年がお元気な国ですが、
こんな風に集まってお喋り中。

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この方も、しゃっきりすっきりで素敵だなぁ! 

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花屋さん。 お花だけでなく、鉢に付ける飾りも類も多いような。

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そして、貸し自転車屋さんの店頭。

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最後を〆るワンちゃんは、茶とグレイの混ざった色の子。

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友人のmkちゃんが、あ、この子、物凄くお高いのよ!って。
品種も聞いたけど覚えられず、高い!というのにつられ、ははは、
高級服飾店に入られたのをフォーカスさせて頂きましたんです。へへ。



少し脇道に入った所にあったお店、インテリア用品というか、なかなか洒落た品も
ありましたが、やはりお高~い!

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少しレトロなイメージを伝える、マンションの入り口。

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町の中心にあるホテルの飾り、前にも一度載せましたが・・。

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コルティーナの町のバス駅の建物、だったのですが、今回、裏の広場には
ぎっしり市の屋台があり、バス駅は移動したのかな?

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昔は鉄道が通っていたと知り、そういえばあの建物は駅舎に相応しいなぁ、
と思った事でした。 町の大駐車場は、この向こう並びに。

というコルティーナ・ダンペッツォのご案内ちょっぴり、お楽しみい頂けたでしょうか。
夏の登山、避暑もですが、冬は一段と冬のスポーツで賑わう土地。
1956年に開催されたオリンピックでは、日本の猪谷千春選手の銀メダル!  
という快挙もありましたね。

町の公式サイトはこちらに。 ヴィデオも見れます。

2016年には、コルティナとミラノでの冬季オリンピック開催が決まりました。
皆さん、お出かけ下さ~い!!


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・ n.1 コルティナ・ダンペッツォの散歩をどうぞ!

先回見て頂いた「ドロミーティの旨いもの」編の写真整理に続き、
コルティーナ・ダンペッツォ・Cortina d'Ampezzoの町も何とか整理できたので、
見てやって下さい!

今回は小型観光バスに乗り、ぐるっと町を下った辺りからの絶景もたくさんあり、
それに雨上がりの大快晴の午前で、何度か見て頂いてるコルティーナですが、
余りダブる写真がないのにも気を強くし、ははは、せっかくのついでだからと
2回に分けてご覧頂く事にし、
夏の日も終わりに近い、高級避暑地の空気をどうぞ!!

最初の写真は、以前も同じだったのですが、でもコルティナに行く時には
いつもここのカーヴを曲がってきたパッと目に留まる、わぁ~お!という場所で、はは、
クリスさんに「サン・ヴィトー辺り」と教えて頂いた眺め。

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7時過ぎに家を出発しどんどん空が晴れだし、山の頂上が輝きだした所で、
右端近く、三角に茶色のとんがりが見えますね、

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なぜか、あそこだけ色が濃い茶色の三角で・・。



地図をどうぞ。 南に見えるコネリアーノ・Coneglianoが我が町で、
太い黄土色の高速はベッルーノ・Bellunoの先でお終い。

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一路北に向かい、カラルツォ・ディ・カドーレ・Calalzo di Cadoreの手前から
西に折れ、上の写真のサン・ヴィトー・San Vitoを通り、コルティナまで約86K.
ヴェネツィア辺りからだと電車でカラルツォまで行き、電車もここが最終駅で、
ここからバスになります。



上の写真の山麓にはこんな家並みがありますが、はい、この手前の家が
先回のトップの写真に見える家。

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すぐ近くにはこんな一風変わった家もあったのですが、とてもよく似た家が
上の写真の家の近くにもあり、案外建売タイプなのかも、と思ったり・・。

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谷の向こうには、雲の隙間からこんな風に岩肌が覗き、

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どんどんと雲がひき青空が覗き始め、陽が山に当り始め、いぇ~い!!

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という事で、コルティナに到着!

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町の中心よりも上にある駐車場に入れ、まずはドゥオーモのある中心広場に。
ちょっとレトロで嬉しげなカフェの看板も健在。

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ドゥオーモの後陣側にある広場には、こんなラッパの見える小屋、
確かインフォメーションだったと。
  
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その隣には舞台ラ・コゴイア ・La Cogoia (Conchiglia)・カタツムリと
呼ばれる木製の四半円球の屋根を持つ舞台があり、
8月31日日曜日のブラバンのお祭りのプログラム。

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フェスタ・デ・ラ・バンダの綴りもイタリア語とちょっと違い、
長いオーストリア治世下にあった事を偲ばせ、勿論衣類もティロル風。
この舞台は多分取り外し式なのでしょう、今回初めて見た様な。



青空に白く輝く、ドゥオーモの鐘楼。

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ドロミーティは世界遺産指定ですが、その中心に君臨するコルティーナの
シンボルに相応しい美しさ!



広場にはこんなのも! 今は柵があるので、多分競技会があったのかも。

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8月の末、既に風も涼しいほどですが陽射しは強く、花壇の花も、ホテルの窓の
鉢植えもまだまだ咲き誇り。

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お店のショウ・ウインドウを覗いていると、

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ひぇ~!というようなお値段の品、素敵な色合いのセーターで、襟に毛皮が
ついているのですが、半額になって1200エウロ!!

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で、その右にも値札が見えるでしょう? そのお値段は半額で280エウロで、
それでも高い!と思うのですが、さてどちらが、このセーターの値段と思し召す?!



同じ店だったと思うのですが、こちら毛糸編みの裏打ちと襟と袖口の付いた、
狐ちゃん(と思うのですが、はは)の半コート。

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オリジナルの写真で拡大し、値段を確かめて参りましたぁ。
半額で2920エウロでござった!
       


陽射しが眩しい道を少し下ります。 あ、ロープウェイの線が見える!

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中年女性の貫禄ある美しさ!! あのスカーフ、素敵だなぁ!

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こういう柄のセーターとコージュロイの半パン男性も、コルティナならでは。

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チビ君も、カフェの椅子の下で日向ぼっこ。

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この子は、耳も尻尾もお腹の皮もプルプル振りながら、ホッホッホッと付いて行き、

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おお、やっと横顔が撮れた!

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この家族は、女の子が一番かっこよく歩いているね、はは。

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カフェのテラス席で憩う人々。 ピンクの女の子が可愛い子犬を抱いていて。

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トゥレニーノ・Treninoと呼ぶ市内観光バスがいるのを見つけ、
そう、なぜかこういう観光バスは汽車・トゥレーノの形を模しているのですよね、
で、7月19日から8月31日までの夏限定。

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パンフレットを見ると2コースあり、我らはちょうど時間の合った赤い方、
町の下の方に行くのに乗ることに。

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この地図では横に町が延びていますが、本当は南北縦長に町が広がります。
       


という事で、最後尾に乗りこみ、いざ出発!

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こちらは同じ車両に乗り合わせたご夫婦。

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町を出外れると即、こんな雄大な山々が見渡せる様になり、

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平地に下り小さな集落の横を通り、コースの一番奥にあるキャンピング・カーの
キャンプ場まで行きますが、この平地の奥に散らばる車が見えますか?

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平野の向こうに、突然に立ち聳える岩山!
この威圧感にいつも驚かされるドロミーティの景観です。

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右手奥に白く見えるドゥオーモの鐘楼。



なだらかな道を散歩する姿、一人で、カップルで。

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ええ、山登りは到底ダメ!ですが、こういう道なら仲間と歩いても楽しいよね。

という事で、次回に続きま~す。 お楽しみにぃ、よろしくぅ!!



◆ 個展のお知らせ ◆

我が絵の師 二木(ふたつぎ)一郎さんが、10月15日から21日まで、
松本市の井上百貨店ギャラリーにて、個展を開催されます。

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ご案内にもありますように、この画廊での個展もちょうど10回目との事。

一筋にご自分の絵に取り組んでおられるのも、日頃からいつも拝見納得ですが、
今回出展の素晴らしい新作については、ご自身のブログのこちらに。
http://blog.goo.ne.jp/futa2560/e/4ba00a95773a1bae0536f305e50dcd07

麗らかな秋の日、どうぞお出かけご高覧下さいます様
私からもご案内申し上げます!

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・ 「真の十字架伝説」 ・ アレッツォのサン・フランチェスコ教会

こちらイタリア(ヨーロッパ)は、この日曜から冬時間に戻り、
日本との時差が8時間遅れに。
朝が少し早く夕暮れも早い・・印象ですが、まぁすぐに慣れ、
寒さもやって来るでしょうから、
今のうちに精々、最後の秋を愛でる事に致しましょう!

さて今日は、アレッツォの街に残る素晴らしい壁画、サン・フランチェスコ教会、
ピエロ・デッラ・フランチェスカの手になる「真の十字架伝説」を。

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写真は教会前広場から見る正面と入り口で、左端に見えるシニョーレの姿から、
ここの脇道はかなりの坂道なのをご想像ください!
で、近年修復された下の教会内部は、この坂道を下った横から入るようになっており、
別の展示会が開かれていましたので、それも次回ご案内を。

見える石像は、ヴィットーリオ・フォッソンブローニ・Vittorio Fossombroni.
向こう側足元にライオンがうずくまって彼を見上げる形で、像の台座には、
水利・経済学者・政治家と彫られた18~19世紀のアレッツォ出身の人物だそう。



サン・フランチェスコ教会(聖堂)の位置は、地図のちょうど真ん中、
グランデ広場から南西に下ってきた所に。

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脇道から見上げる壁はこんな風に高く威圧的。

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上でもご覧のように、教会正面はいたって素朴なままで、入り口もこんな感じ。

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で、入り口脇にほんの少し出っ張りがあります。
       
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というのも、清貧を重んじるサン・フランチェスコ会派ですので、
正面の装飾を考える事もなかった様子ですが、
14世紀に一人の女性信者が300リラを、正面の装飾にと遺し、
勿論到底足りる金額ではなく、足元の強化工事代になったとか・・。

現在のこの教会は実は2代目で、最初の大聖堂は街の壁の外にあったのが、
防御に為に取り壊しにあい、13世紀後半に現在の位置に建設されたのだそう。



内にどうぞ。 入り口から見る内部は、一廊式の広く高い空間で、
その素晴らしさに溜め息がもれます!

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入り口扉内にプラスティックの囲いがあり、その内側までは誰でも入れるのですが、
ロープの仕切りがあり、そこからは予約し交換した切符を提示しないと入れません。
昔は予約なしに奥の礼拝堂内にも入れたのですが、修復後は30分毎の予約で、
その代わり礼拝堂内でもフラッシュなしで写真OKに。

面倒だとは思いましたが、写真でもお分かりのように、ゆったりと混雑なく見れ、
この方法も良いなぁ、と思ったことでした。
      
日曜は午後のみですが、平日は休館も昼休みなく開いており、
オンラインでの予約は
http://www.pierodellafrancesca-ticketoffice.it/



ピエロ・デッラ・フランチェスカの壁画のある礼拝堂、前からの眺め。

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前面にある十字架は、チマブーエ・Cimabue作と書いてあるのもありますが、
同時代のフランチェスコ派のマエストロの作と。



礼拝堂の脇から内部に。 天井、そして脇のアーチの下部等はピエロの作品でなく、
彼の前任者ビッチ・ディ・ロレンツォ・Bicci di Lorenzoの作と。

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で、今に残るこの素晴らしい壁画が描かれた由来をちょっぴり!
この主礼拝堂の装飾壁画の為にと、1417年に亡くなった町の裕福な商人
バッチョ・ディ・マーゾ・バッチ・Baccio di Maso Bacciが遺贈を。

元々この教会のこの礼拝堂の後援をしていた縁からだそうで、が実際にこの遺言が
果たされたのは30年後、息子のフランチェスコが葡萄畑を売り、資金の調達が出来て、
フィレンツェの当時の有名画家ビッチ・ディ・ロレンツォに仕事が委任されます。
       
バッチだ、ビッチだと少しややこしいですが、ご勘弁を、ははは。

所でこのバッチョ家の家柄を調べていましたら、壁画の資金調達で売った葡萄畑
というのが驚いた事に今も残っていて!
アレッツォの街の北東にある、サン・ファビアーノ農場・Fattoria San Fabiano、
伯爵ドットーレ・ジャンルイジ・ボルギーニ・バルドヴィネッティの持ち物で、
最初の記録にバッチ家から購入とあるのだそうで、素晴らしい写真がこちらでご覧に。
http://www.tenutesanfabiano.it/
       
壁画依頼先任のビッチ・ディ・ロレンツォと言う画家は年配で、既に作風が過去のものと
なりかけている按配で、仕事に取り掛かり、上で見て頂いた天井部分やアーチの
下側とか描いた物の、1452年に重病にかかり直に亡くなるはめに・・!

フランチェスコの息子ジョヴァンニが、アレッツォの町の人文学者達のサークルと深い
かかわりがあり、多分その縁で迎えられたのが、じゃ~ん、ははは、
当時既に評判が高く、フェッラーラやリミニ、ウルビーノの宮廷の仕事もしていた
我らがピエロ・デッラ・フランチェスカという訳!

リミニのシジスモンド・パンドルフォ・マラテスタの宮廷に関しては
       
ウルビーノのパラッツォ・ドゥカーレについては
      


ピエロ・Piero della Francescaの壁画の全体をどうぞ。

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一般にこうした壁画は左から右に、上から下に語られますが、ここでは画家は
上の段に野外風景を、中段に宮廷を、下段に戦闘風景と対にしており、
      


彼が基に置いた逸話「黄金伝説の中の、真実の十字架伝説」の話の進み具合
とは異なり、番号順はこの様子。

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まず右手の全体を、・・と言いつつ、下段が欠けておりますが、はは。

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ピエロが基にしたヤコポ・ダ・ヴァラジーネ・Jacopo da Varagineの
「黄金伝説」の中の「真の十字架伝説」というのは、
旧約聖書にも通じ、中世において大変人気を得たお話のようで、



1. アダムの死。 右に横たわるアダム、その右に老いたエヴァ!と、息子達。

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息子セツは天使から種を貰い父親の墓に植え、何世紀か経ち大木に育ちますが、
その幹はどの様にも使えず、結局橋の材として打ち捨てられるはめに。
ピエロはこのルネッサンス初期の画家としては、初めて裸体を描いた一人なのだそう。
       


2. シバの女王がソロモン王を訪問。

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左に、この橋の材を認め礼拝、この材が後にヘブライ教の衰退を決める事に
なるであろうと予言し、



右、ソロモン王とシバの女王の会見。

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なんとも美しい場面、空気感! ピエロの画面は涼やかで静謐。
憧れて、左の礼拝場面をフレスコ画で模写した事がありましたっけ・・。



3. 正面右の細い画面。 こうしてこの材は、ソロモン王の希望により
  井戸の中に埋められます。

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一番前で担ぐ男のパンツがずれて・・! ははは。

ですが不思議にも神秘にもこの材は、キリストが死刑判決を受ける何日か前に
姿を現し、処刑の十字架となります。
       


4. 時を経て312年10月、ミルビオ橋の戦い・Battaglia di Ponte Milvio
  の前夜、コスタンティーノ帝は空に、太陽の上に輝く十字架の夢を見、
  天使が夢に現れ、彼の旗印としてその十字架を加えるよう命じます。
 
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5. 戦いの朝、コスタンティーノは軍旗の上にキリスト教徒である事を示す
   モノグラム、XP(キリストのギリシャ綴りの最初と2番目の文字)を掲げ、
 マッセンツィオ・Massenzioを破ります。

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コスタンティーノが手に持つ十字架、どこかの国のあの黄門様の、
この紋所が目に入らぬかぁ!に似ていません?! ははは。

それにしても、この真ん中の川の流れの清い事! 大好きな場面ですが、
戦のシーンに似ぬ静けさで、こういうのを取り込むピエロの不思議さ!
   


6. 正面左上の細い画面。 326年コスタンティーノ帝の母親エーレナは聖地巡礼に
  出かけ、かの十字架の存在とその在り場所を知る唯一のユダヤ人を知り、
  秘密を明かすまで拷問にかけ・・。

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7.9.の場面。 下の7の大きな写真がありませんで、左半分に、十字架の再発見。 
  右、十字架を死人の上にかざすと蘇生、真の十字架である事が判明の場面。

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7. の奥に見える町は15世紀のアレッツォと見られ、聖地ジェルサレムのシンボルと
  表現されていると。

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8. 614年ペルシャ王コスロエ・Cosroeがジェルサレムを征服、十字架を持ち去り、
  冒涜。 627年皇帝エラクーリオ・Eraclioは、ニニヴェ・Niniveの戦闘にて
  コスロエを破り、転宗を拒む王を殺害。

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9. こうしてエラクーリオは真の十字架を、聖地ジェルサレムに戻す事を果たします。
    (写真上の画面)

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10. 正面左脇の下、受胎告知。 逸話順から行くと、ここに受胎告知が来るのは
  少し変な気もし、4のコスタンティーノの夢の前でもOKかもと。
  が、まぁ、こういう静謐な場面がピエロの謎、という事で・・。

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ピエロ・デッラ・フランチェスカの出生、作品の数々、そして
「出産のマドンナ」について
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461129166.html



礼拝堂内から見る、大きな十字架像の裏側。

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天井の梁を。 横幅の広い一廊式なので、長い梁を途中で繋ぎ、
それを支えの材で挟み、模様が描かれ・・。

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礼拝堂を脇に出た所にあるフレスコ画「受胎告知」若きルーカ・シニョレッリの作品!

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教会左脇には小さな礼拝堂が掘り込まれる形でいくつかあり、

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右側には壁画と木製の礼拝堂が並びますが、素朴な形が趣があり、素晴らしく。

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入り口上のステンド・グラス。聖フランチェスコが1209年12人の同士とローマに赴き、
インノチェンツォ3世から、会則の承認を得る場面ですね。
       
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上に壁画を依頼したバッチ家について調べたと書きましたが、こういう遺贈自体が
余りある事ではありませんので、生前高利貸しで財を築いたりの罪の滅ぼしかと思い、
何の商人だったのかと調べたのでしたが、アレッツォ市のサイトで、羊毛商だったと判明。

こうした高利貸しによる贖罪で有名なのには、
パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂のジオットの壁画があります。
       

30年前、まだ壁画修復以前で、どの教会もフリーで入れ、写真にも煩く無かった時、
最初にこの壁画の謂れをガイドブックで読んでもまるでピンと来ず、ははは、
が徐々にピエロの絵にも親しみを持ち、じっくり眺めるようになり・・。

今回何とかこの壁画の謂れを分りやすく説明できるようにと、中世庶民に親しまれた
黄金伝説の一端をとあれこれ読んだのですが、上手くお伝えできましたように!



所で、最後はまた面白い、すごい写真を! これはアレッツォに本拠のある
エトルリア銀行の金庫室で、見えるのは、ははは、金のインゴットで~す!!

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なぜこんなのが?!、というのを次回のお楽しみに!
が、映画の宣伝CMも本編より面白いのがたくさんありますけん、さてどうなりますか・・!


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・ n.3 秋のトスカーナ旅行 2014年  報告予告編 

この秋のトスカーナ旅行のご報告予告編も、漸くにこれが最後!
宿題を溜め込む性質で、行ったきりになっているのも数多く、へへへ、
先の事も考え、これでざっと見てやって下さいね。

今回はサン・ジミニャーノからチェルタルド・Certaldoに寄り、
ヴォルテッラ・Volterraに2泊。 ヴォルテッラから翌日朝、すぐ近くの
サリーネ・Salineに。

そしてヴォルテッラからモンテリッジョーニ・Monteriggioni、
ブオンコンヴェント・Buonconventoを経て、サン・ジョヴァンニ・ダッソ近くの
最後の宿に。 で、最終日はシエナのクレーターを通り、一路我が家に、
という行程です。

写真は、チェルタルドの下の町の広場にあるボッカッチョ・Boccaccio.

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デカメロンの作者として有名ですが、この町が彼の生地なのですね。

追記: 「ボッカッチョの生地」の生地と書きましたが、シニョレッリさんからの
     ご指摘でちょっと読んでみましたら、やはり仰る通り「フィレンツェ生まれ」
     が正解の様子。 他にパリ説もある様子ですが・・。
     一家の出身地であり、ボッカッチョは晩年をこの地の家で過ごし、
     亡くなったという事です。

町は古い上の町と新しく広がった下の町に分かれていて、下の広場の向かいに
ケーブルカーの発着場があり、それで上の町・アルタに上ります。

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アルタのほうは小さな可愛い中世の町のままですが、下の町のほうはかなり大きく。

◆先日来写真整理をあれこれ試していますが、今回も少し写真がチリチリとなり、
ご容赦を! ブログサイズに縮小し、サインを入れるテク感がまだつかめておらず・・。


上の町に上がり、カーブルカーの停車駅から角を曲がると1本道、ずっと一番奥の
プレトーリオ宮・Palazzo Pretorioまでこんな感じに見えます。

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家や、角の泉に囲まれた広場もあり、お天気も良く、素敵な予感、良い香りの
する小さな町です。

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町の中心通りを行くと、すぐインフォメーション兼ボッカッチョの生家博物館があり、

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プレトーリオ宮や教会の聖博物館共通の切符を売っていますが、この日曜日
午前中に結婚式が3つ重なり、目玉のプレトーリオ宮は12時半にならないと
見学できないと言うので、

我々は、じゃぁこの町でお昼をしてゆっくりしようと即決ですが、前のカップルがね、
そんなに時間を取れないし、見物を減らすからまけろと粘っておりまして・・、
ははは、こういうのが意外に多いのですよ!



博物館上階のここには、世界各国で出版されたデカメロン・Decameroneがあり、
日本語のもあり! 左の黒髪の美人が学芸員さん。
 
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家には塔があり、上るとこの眺め!

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早速にスケッチ・ブックを広げる友人のmkちゃん。
shinkaiは、結婚式待ちのカップルを見つけ、先に下ります。

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これはかなり光線の向きが変わってからのプレトーリオ宮。

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朝の一時、この上の広場で「ボッカッチョ賞」と聞こえましたが、文学賞の表彰式
があり、フランス語での講演も聞こえ・・。
で、お式が済んだカップルが出てくると、さらに賑やかになり、
近くのテラスからは犬が吠えまくるわ、大変な騒ぎ!

写真、手前の陰の中にカップルが見えますが、彼女はサン・ジミニャーノの塔の
一番上で管理されていた方。
私がはぁはぁと舌を出したり、後にブック・ショップで会ったりで覚えていてくれ、
やぁシニョーラ! トスカーナ巡りなんですねぇ!と挨拶の握手を。



プレトーリオ宮の内庭、なんとも素晴らしい空間!

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我らがいるうちに、先ほどの新婚カップルが写真撮影の為にやって来て、
カメラマンが助手と共に、ああしろこうしろと指図しつつ撮る内に、
カメラマンの首筋にピユッと鳩がウンチ爆弾! ははは。
てな新婚カップルの写真あれこれは、本編のお楽しみに!



ヴォルテッラに向かい、街に近づいた所でこの風景。 切り立ったように見える
奥の崖は、他の部分と比べ色が余りにも鮮やかで、つい最近落下したのではと。

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今年のイタリアは、とりわけ北半分は悪天候、雨続きで、ヴォルテッラの街中の
古い歴史ある城壁の道が落下した、と春の大雨の際のニュースにあったので、
これもその類ではないかと・・。
       
見える右の教会の形をご記憶にね、後ほど・・。



ヴォルテッラの街入り口の地下駐車場も満杯で並んでいて、心配しましたが、
直に入れ、すぐ近くのホテルにチェックイン、街に繰り出します。

光が既に午後の様子のプリオーリ宮・Palazzo Prioriですが、

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背の高い建物に囲まれた古い広場では、なにやらお祭りの最中で、
小型の馬車が走ったり、植物関係の屋台がたくさんの賑わい。

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テアトロ・ロマーノ・ローマ期の劇場跡に行くと、良い光線!
劇場のみではなかった様子にも気が付きましたので、本編迄に調べてみますね。

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翌朝は常の6時半に一回り。 漸くに明るさが増す洗礼堂と鐘楼辺り。

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ほんのりピンク色が見えてきたので、広い場所~!と 
昨夕のテアトロ・ロマーノまで大急ぎで行き、正解!

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この教会が、街に来た時に見えた崖崩れの上の教会ですが、
素晴らしい色の空になり、

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遠くの平野には、雲海が動く様も見え、

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朝日に輝く教会。 素晴らしい朝焼け!

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ホテルに戻り朝食の後出かけますが、洗礼堂の屋根の上、日向ぼっこの鳩達が。

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ヴォルテッラの街も高所にあり、道をぐるぐると下ってきた所。
あのクレーンが邪魔なのですけどぉ・・。

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サリーネに出かけます。 実はこの町の名も知らず、出かける直前に行く予定に。
ヴォルテッラからは10分かそこらの距離なのですが、サリーネ・Salineという
町の名を地図に見つけ、「塩田」という名に興味を持ち調べてみると、やはりそう!
詳細は本編にね、ははは、

ヴォルテッラ周辺の素晴らしい風景をちょっぴりどうぞ!

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サリーネの町にある、今は廃線となった鉄道駅。
かってはヴォルテッラまでの鉄道があったのだそう。

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で、その鉄路の跡を辿る道が残り、グーグルのサイト・ヴューで見ると、
景色を楽しむのに良さそうなので行ってみようと。
       
駅近辺で訊ね、道に入ってからもお年のシニョーレに尋ねると、確かにこの道だけど、
先で橋が落ちているのでヴォルテッラまで車では無理、歩いてなら行けるけどとの事で、
では橋まで行ってみようか、とガタゴト道を。

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ですが、余りにも溝が深くなり、やめた方がいいね、と車を回そうとして、
ガタッと前輪が落ち込み・・!
mkちゃんがこっちに、あっちにと指示してくれ無事脱出、やれやれ。



車を止め、歩いて少し先に。 で、そう、これが塩田!!

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右手背後に工場も見え、どうしてここに塩田かは、へへへ、本編のお楽しみぃ!



大きな、こんなシオカラトンボも見かけ、

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少し先には小池もあり。

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で私が歩くと、すすっと草むらを滑る音がしてポチャッと飛び込む音が2度3度。
飛び込むのが蛙なら、草むらをススッとは滑らないよな、と思い、
怖がりshinkaiは少しぞくっとし、離れましたです、はい。
トカゲは水に飛び込まんよね?!



さてヴォルテッラに戻り、街の散策を。 中心のプリオーリ広場でくつろぐ人々。

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ちょっとした街にはストリート・ミュージシャンがいて、広場で生の音楽を聴くのは
気持ちが良いものだ、と実感していましたが、

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彼らもギター演奏だけだと素敵だったのです。・・がね、
スペイン語かな、で歌いだし、・・・下手なのに、なんで歌うんやぁ!! 

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プリオーリ宮の、はい勿論ここの塔の上にもね、高上がり大好きshinkai!

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この街も博物館幾つかの通し切符で、全部見れないからまけろ!
と掛け合うカップルの横で、・・写真禁止でしたが、ははは。

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ヴォルテッラの大きなメディチ家の要塞も塔の上からだけで、今回も訪問せず。

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すぐ後ろに続くドゥオーモの屋根と、その先に見える洗礼堂の特徴ある屋根、
そして鐘楼。

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中ほどに細く広がるサリーネの町。左端に塩田も見えますね。
そう、この蛇行する道を行ったのでした。

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30年前の街訪問で、この洗礼堂をスケッチした懐かしい思い出があります。

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確かに、座ったお家の戸口はここだった、と見当が付きましたが、当時、洗礼堂の
周囲は車の駐車場で足元が見えず、見に行っては描いた記憶が残ります。
現在はすっきりしているものの、どこか違うような雰囲気で・・。



洗礼堂に向き合ってあるドゥオーモ。 なのにまるで記憶に残っておらず、
初めまして!なのでした。

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かなりな坂道を下り、エトルスク門も見に。 どうやら戦争中に破壊されたのを、
戦後に市民が修復した様子の写真がありましたので、また調べてみますね。

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街の中程にある、確か唯一の、この町で木のある公園。 レストランがたくさんあリ
人々で賑やかでしたが、奥に続く道のすぐそこに、

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素晴らしいエトルスク博物館。前回よりもずっと展示が整備され、収蔵品も凄い数!
これは迫力ある見事な、夫婦の棺。

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ちょっとうふっと来たのは、奥方は真剣な目で夫を眺めているのに、
旦那の方はちょっと遠くを眺めていてね、ははは。



まだあるぅ!、と思う位の収蔵品だったのですが、ははは、
これは素晴らしく美しいガラスの壷と蓋物。

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ヴォルテッラに2泊の後、モンテリッジョーニ、ブオンコンヴェントを経て、
旅程最後の宿に。

モンテリッジョーニは一度ご案内済みなので、次は再訪編を。

モンテリッジョーニ ・ 市壁と、中世巡礼街道の町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462678404.html

ブオンコンヴェントは町が平地にあり、予感していた様に余りピンと来ずで
早々に引き上げましたので、
素晴らしい風景と虹を堪能した、最後の宿周辺の様子をどうぞ。

2重に掛かった虹で、下は完全に半円を描き、しかも左下部が素晴らしく鮮やか!!
これほど鮮明な虹を見たのは初めて! 本当だよぉ!
ほら、あそこから虹が出てる!という位近いのですもの!!

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そして翌朝、日の出前。 これは空がとても明るいので、糸杉の並木のブルーは、
写真マジックで写ったのですが・・、

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谷にかかる雲と、朝焼けの雲。

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という事でアシャーノに抜け、再びシエナのクレーターを堪能しつつ、
我が家に向かった旅程最終日でした。

長旅に付き合っていただき、有難うございました!!
次回はやはり恒例の(高齢ではない!)旅の旨い食べ物を!!
今回は肉を食べる友人が一緒でしたので、乞うご期待!


◆ 展覧会のお知らせ ◆
先月東京の久米美術館からメールを頂き、「寺崎武男 心の故郷イタリア展」の
開催にあたり、私のヴァティカン博物館内の写真を使わせて貰えないかとの事。

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知らせて頂いた内容では、寺崎武男画伯(1883-1967)は、
明治40年に東京美術学校洋画科を卒業の後、イタリアに留学、ヴェネツィアで
ルネッサンス期の壁画研究のほか、彫刻・建築・版画を学ばれたのだそう。

そして留学中に知った「天正遣欧少年使節」に大変心を揺さぶられ、
以後晩年に至るまで、彼らのエピソードを描き続けたのだと。

今回の展覧会では、彼の生涯のテーマであった「天正の少年使節」の
大作屏風を中心に、彼の第二の故郷ともいえるイタリアの風景、
とりわけヴェネツィアを描いた作品を展示との事。

で、私が撮ったヴァティカン博物館内の、寺崎画伯が見たであろう
4少年が描かれたフレスコ画の写真を、説明パネルに使いたい、との事でした。

絵を描く者の端くれとして、そんな先輩大作家の展示に
お役に立つのであれば喜んで、という事で写真を送った次第です。

一昨日10月2日から開催、11月16日まで
毎週月曜日、ただし10/13、11/3(月・祝)は開館、翌火曜日振替休館
       
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山手線目黒駅西口下車徒歩1分。
〒141-0021 品川区上大崎2-25-5 久米ビル8階
電話:03-3491-1510 FAX:03-3491-6617       
美術館のサイトはこちらに。 http://www.kume-museum.com/

建国の意気に燃えた明治の日本人が、遠く離れたイタリアで知った
16世紀の4少年に心を揺さぶられ、生涯描き続けた作品展。
どうぞお出かけ下さいます様、ご案内いたします。
       
一緒に送って頂いた展示案内に、他の作品、大変興味深い写真もありましたので、
水彩ブログの方で取り上げさせて頂きましたのでご覧下さい。

寺崎武夫  心の故郷イタリア展
http://italiashinkai.seesaa.net/archives/20141003-1.html       
      
ヴァティカン訪問 ・ 天正4少年使節のご縁により
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462596727.html

4少年所縁のサン・ベネデット・ポーのご案内
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464090033.html

n.1 駆け足ながら、 ローマの休日!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462596986.html

n.2 駆け足ながら、 ローマの休日!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462597366.html

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