・ n.2 ルッカ の街 中心部を一巡り 

日本から、時ならぬ雪の便りが届き驚きましたが、でもこちら北イタリアも雪降り、
雨降りの有様で、家の中も暖房をつける程ではないもののヒンヤリ。
       
一応毛糸のセーターは卒業した物の、厚手のコットン・セーター、ポロシャツ、厚手チョッキ、
いやこの頃はベストと言うんだっけ、ね、 膝かけ、スカーフ、そして右の首筋には
スプレー・サロンパスをシュッとやり、ははは、重装備で、またはBBスタイルとも言う、
で、PCに向かっているshinkai。
と前口上が長くなりましたが、先回に続き、ルッカの街歩き n.2をお楽しみ下さいね。

写真は、今回初めて見れて嬉しかった、ローマ期の野外劇場跡の広場、
アンフィテアトロ広場・P.Anfiteatro.

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広場の内側は、こんな風にぐるっと楕円を描き、1階部分は店やバール、
上階は住まいとなっていて、
この広場は本当に興味深く、資料も見つかったので、また改めてご紹介致しますね。

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街の地図をもう一度どうぞ。 アンフィテアトロ広場は右上にかこった n.7で、
その北側から西に少し行き、曲がって南に下る大通り、多分ルッカの目抜き通り
とでも言う通りが、ヴィア・フィッルンゴ・Via Fillungoで、

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先回ご覧の時計塔n.5の前を通り過ぎ、n.8のナポレオン広場・P.Napoleoneと
n.9のサン・ジョヴァンニ教会・S.Giovanniの間に
新しく囲って赤マルをつけた所がサン・ジュスト教会・S.Giusto
n.10がルッカのドゥオーモ、サン・マルティーノ・S.Martino
       


という事で、では人出の多かった目抜きの、フィッルンゴ通りを参ります。

古い建物の入り口を改装したショー・ウインドウには、ルッカの様々な名所、
古い姿の版画のスーヴェニールが。

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このお店は額屋さんなのだろうと思いますが、
前のCD、真ん中2枚は、ルッカの誇るプッチーニですねぇ。

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これは小さなサンプルというか、後ろに磁石の付いた、ほら、冷蔵庫の前に止めたりする、
あれで、ははは、上に、1ヶ6,5エウロとありますが、

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面白いのは、これらは日常的にスーパーでもお目にかかる品々のミニチュアでして、
右上端2ヶはトイレット・ペーパーで、キッチン・ペーパーから、パネットーネ、生ハム類、
オリーヴ・オイル缶、シーチキンの缶詰、パスタ、飲み物、マリネーの瓶詰類、と
日常品がぎっしり!! ははは。



ルッカはまだまだ個人商店の店が多いのに気が付きますが、フィッルンゴ通りには、
やはり名の通っているであろう面影を残す由緒ありげな店が目につき、それをちょっぴり。
貴金属店ジュゼッペ・ペッレグリーニ。

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帽子、毛皮店テヌッチ。

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店の間を通りぬけた中庭にも、店が見え・・。

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建物の名が分かりませんが、通りよりも一段と高くなった所に設えられた石のベンチ。
フィレンツェでも、良く見かけますよね。

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この重厚な建物にある本屋さん。店に入るには石段を4段上がり、玄関部を通ります。

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サン・ジュスト教会。 小振りで、粋な正面デザインが好きな教会で、

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今回は前の広場での催しも無く、足元も写ったのですが、雲の往き来が激しく、
太陽出ろ!と待ちかまえ、置いてけぼりを喰らい、泡食って追いかけ・・、ははは。

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ナポレオン広場を囲むプラタナスの木々も、未だ芽吹いておらず・・。

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メリー・ゴーランドが少し広場に色を添え、

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角のレストランの椿の鉢に、復活祭の鮮やかな卵。

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抜けて行く道筋は、こんな建物の並びで、

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地図9の、サン・ジョヴァンニ教会ですが、素通りし、

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脇の入り口。 正面入り口の雰囲気より、素敵でしょう?

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ルッカのドゥオーモ・サン・マルティーノ聖堂。

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今回は漸くに中も拝見し、ヤコポ・ディ・クエルチャの作品なども見ましたので、
また改めてご案内いたしますね。

ルッカの以前のご案内は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461812236.html       

今回の旅行では、実はカメラのピント合わせが私メのドジで、一点焦点のみOkの設定から
動かず、風景を写すのに大変不便で、全体を写した写真ではピン甘がかなり出て、はい。
写真整理で少し〆ましたが、チリチリになるのもあり、失礼を!


さてこちら地図の11、ドガーナ通りのホテル・ディアナ。
こういう場所はやはりガイドさんでないと教えてくれない、ははは、穴場でございまして・・、

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あのですね、ここには以前娼家があったそうで、その由来でまぁ今もホテルに、との事で、
ガイドさんがにっこりと、
さて、この娼家でピアノを弾いていたのは誰でしょう? そう、我らのプッチーニ!と。

ははは、彼は狩猟が大好きな男だったそうですが、まぁ、あの男前で有名人ですからね、
自分から狩に行かずとも女の方からたくさん寄って行ったでしょうが・・、
ふむ、こういう場所に出入りしていたのは、若い頃のお小遣い稼ぎ? それとも・・?!



地図12、街を囲む城壁の上に出て来ましたが、
ここは要塞サン・コロンバーノ・Baluardo S.Colombanoの位置に当たり、
そこの獅子像の後ろから、サン・マルティーノの後陣部分を。

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街を囲む城壁は4kに渡り、その随所10ヶ所に3角形に突き出す要塞・バルアルド・
Baluardoがあり、他に北側1ヶ所に小さな突き出しがあります。

16~17世紀に建設された城壁ですので、大砲攻撃に備えた低くずんぐりと厚い城壁で、
突き出した要塞から攻撃する、という仕組み。

この城壁上には木が植えられ、現在は恰好な散歩道なのですが、
この位置から、こちらが西向き、

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そして東に。

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写真の左に突出して見えるのが、サン・コロンバーノの要塞で、
左奥に見える建物の並びに、鉄道駅。
城壁の高さの感じがこれでお分かりかと思うのですが、
      
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下で記念撮影をしている若い女性たちがいて、



すぐにブログ用ネタにと撮るshinkai。
うん、昔はこういう卑しい根性は、ははは、無かったんだけどなぁ・・!

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城壁の下の大通り、ガリバルディ通り・Corso Garibaldiでは、
漸くにモクレンがほころび始めており、

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ほらね、長い通りがこんな風にモクレンの並木道で、
まだお花見には少し早かったのですけど、テントが見えたりして、のどかでしょう?!
車が邪魔なのは、まぁご容赦、土曜日でしたのでね。 

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この後一旦解散、我らは各自お昼ご飯、午後半ばに湖畔のプッチーニの家博物館に。

という事で、2度に分けて見て頂いたルッカの街散歩もお終い、
お付き合い有難うございました!

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・ n.1 ルッカ の街 中心部を一巡り

復活祭前に出かけて来ましたルッカ周辺旅行の、
今日はまずルッカの街散歩として、その1をご覧下さいね。

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ローマ期、そして中世と、たくさんの見所が残る美しい穏やかな街ですが、
それぞれのご案内はまたに、ガイドさんに連れられて歩いた道なりに沿っての、
ルッカ街並みツァー、今日はその1をどうぞ!

前夜半、目が覚める程の大雨で心配しましたが、なんとかの曇り空の元、
出かけまして、上の写真は、ルッカの街をぐるっと取り囲む城壁。

ルッカの街のご案内、以前の記事はこちらに。
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461812236.html       



で、見えて来た街の西側の門サンタンナ・Sant'Anna.
こうして見ると、低そうで、一般的な感じがするでしょう?

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ですが、この様に自転車散歩の方との大きさの比と、壁の威圧感をご覧下さいね。

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この城壁は16~17世紀にかけて造られたと言いますから、既に対大砲仕様という訳で、
低めのずんぐり、しかし厚さがあります。


サンタンナ門のすぐ近くでバスを降り、ここから街に。

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門の内側。

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この門は多分、後世に車通行用に広げられ、現代の高架下と余り変わらない様子に
なっていますが、街の南にある門の内部は、かっての様子を偲ばせる
如何にも頑丈なトンネル階段の通路があった記憶が・・。

この街を囲む城壁の上は、現在恰好な散歩道となっておりますが、
その様子は次回の最後にご覧頂きますね。



門から少し行った所にあるヴェルディ広場・Piazzale G.Verdiの
インフォメーション。 街の地図も貰え、前には貸自転車もあります。

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街の地図をどうぞ。 インフォの地図は大きすぎるので、ガイドブックに付いていた
小さい分かり易い方でご覧頂きますね。

ここに見えるよりも、右側にもう三分の一程、街は長方形に広がり、周囲を完璧に、
約4Kに渡る城壁が取り囲みます。

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我々が通ったのは、西・左の真ん中、数字1の門で、ヴェルディ広場は斜め上に
赤い四角をつけた所。
そこから真っ直ぐ中心に向かうパオリーノ通り・Paolino を行きますが、
2. ルッカの守護聖人サン・パオリーノ教会
3.ルッカの誇るオペラ作曲家プッチーニ・G.Pucciniの生家博物館
4.これはもうルッカのシンボル、美しいサン・ミケーレ教会・S.Michele       
5.時計塔・Torre delle Ore
6.グイニージの塔・Torre Guinigi
今日のご案内はここまでですが、

7.アンフィテアートロ広場・L'Anfiteatro
8.ナポレオン広場・Piazza Napoleone
9.サン・ジョヴァンニ教会・San Giovanni
10.ドゥオーモ・サン・マルティーノ・San Martino
11.さて何がありましたか、お楽しみに!
12.城壁の上に上がりまして・・、
その下に付けた↓の先に、ルッカ駅がありますが、これらは、次回に。



地図でご覧頂いた様に、ルッカの街はその起源は紀元前2世紀といいますが、
かなりきちんと都市計画にそっての通りが、整然と。
       
が通りの幅は狭く、立ち並ぶ建物は大体が4階建てで、こんな風に見上げる感じ。

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復活祭前でしたので、お菓子屋さんのウインドウには大きなチョコレートの
卵も見かけ、・・懐かしい顔が!

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こちらは金物屋さんか、面白い刃物類を見つけました。

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上から下がるペンナート・Pennato・剪定用の刃物なのですが、
下にルッカ、ガルファニャーナ、リミニ、マレンマ、リエーティなどなど土地に因って
こうも形が違う、という見本で、勿論土地の産物、剪定するものが何かに因っても
形が変わるでしょうが、へぇぇ、と見つめました。
青色の細長い白アスパラ掘り、羊の毛刈り挟み、葡萄の木用なども左の方に。



地図2の、サン・パオリーノ教会の石段の上からの眺め、通りの様子をどうぞ。
ほらね、通りも間口も狭いでしょう? そして4階、時に5階まで。
こういう間口の狭さは中世独特なのですが・・、

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こんな風に煉瓦の縦積み、家構造を支える部分が通り、そこからアーチ風に横に広がり、
一見樹木風にも見えるのを近年の修復でも残しているのが、ルッカの街の特徴とでも。

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こうして1階分づつ積み上げて行った様子が良く分かるのですが、この中世風が残ったまま、
というのは、他の街の様にルネッサンス期に至っても、街の様子を一新させる程の
大専制領主が出なかった、というルッカの街の特徴なのだと。 



地図3 前にご本人、椅子にかけたプッチーニ像があり、背後の角に見える建物が
プッチーニ生家博物館。

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彼はこの家で、音楽家系の5代目として1864年に生まれ、ミラノの音楽院に学び、
3作目のオペラ「マノン・レスコー」が大当たりで一躍有名、成功者として、
母親が亡くなった後空いていたこの家を買ったのだそう。

ですが彼が住んだ家は、もっと西にあるマサチュッコリ湖畔にあり、
ここも現在博物館で訪問しましたので、またご案内を。



で、細い小路の奥に見えるサン・ミケーレ教会。 こういう見え様は、
本当に息が詰まる感じですねぇ!  

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我々はガイドさんについて歩き、それはもう上手に引率され案内して頂く訳で、
地理が頭に入らず、残らず・・。

今回も写真を整理しながら、地図とガイドブックを睨みつつ、どこをどう通ったのか
再構築したのですが、このサン・ミケーレ教会の鐘楼写真、

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サン・ミケーレと思いつつ確かめると、・・違う! サン・ミケーレの鐘楼は窓が縦一列!
きゃ、どこのだ、これはぁ!とあれこれ確かめ、サン・ミケーレの鐘楼に間違いなしと。
つまりです、普通鐘楼は四角で正面も横も同じデザイン。

所がここのはぁ、長方形でしてぇ、正面側が狭く、横側が広くて窓が2列!
はい、こういう事もあるのだと学びましたです。



ルッカの街は海抜が19m! 他のトスカーナの多くの街、町が海抜の高い、傾斜地に
あるのに比べ、のんびりと街歩きができるのもこのせいなのですが、

街の入り口のインフォ前に貸自転車があった様に、本当にたくさんの自転車を
見かけましたので、ちょっと感じ良く撮れたのをご覧下さいね。

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地図5 時計塔。
狭い通りから出て、ふっと見上げた所にあった時計塔。

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カメラを持つと常に戦闘態勢十分のshinkaiは即見つけたのですが、
皆さんのんびりで、ほらぁ!と言うまで、殆ど、ジョヴァンニまで気が付かない。
あんたらぁ、ダメだよ、それじゃぁ・・! と意地悪shinkai。

高さ約50mで、中世には130もあった街の塔の内、この数は記録に残っている数で
実際はもっと多かったろうと・・、で、これが一番高い塔なのだそう。

       

我らは前を通っただけですが、どうやら上れる様子で、

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塔の前には、切符売り兼管理のシニョーレ。 次のチャンスには、上るべ!

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通りの脇の窓には、植木鉢手入れのシニョーラ。
一生懸命の余り、舌が出ている・・! はは、可愛いぃ。

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通りの先に見えてきたグイニージの塔。 ここも我々はノーでしたが、上がれる様子。
まぁ、初めて実際に見れたので、今回は良しと致しましょう!

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という所で、今回のご案内はお終いとし、次回に。
お楽しみに、そして宜しくどうぞ!!

*****

いつもブログご訪問、有難うございます!
こちらは漸くに先週末より春らしい陽気となり、気温も上昇、
昨夜は、付けていた暖房が自動的に朝まで切れていた事に気がつき、
今朝4月17日、遂に、漸くに暖房の元を切りました!
ですが膝かけは離せず、の寒がりで、本当に暖かくなる日が待ち遠しいです。

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・ ナポリ カポディモンテ博物館のご案内ちょっぴり

今日はナポリのカポディモンテ博物館・Museo di Capodimonteのご案内を、
と言いましても、私めはこの博物館は訪問しておりませんので、
この春行かれた「美しきBB様」から写真を拝借してのご案内です。

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いつもでしたら、「BBさんより拝借」と単純に書く所ですが、
「美しい・・」と書く様に念を入れられておりますので、その様に、はい。

彼女はちょっと興味深い写真特集として送って下さったので、それにサイトからの
写真も少し追加し纏め、写真に当ブログのアドレスが見えるのがBBさんの写真、
他はウィキぺディア、他のサイトから拝借です。 という所で、ごゆっくりどうぞ!

トップの写真は建物入り口部分。



びっしりと建てこんだナポリの街にありながら、大変に広いカポディモンテの
丘の公園内にあり、この様に博物館と公園の表示が出ている様子。

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カポディモンテ博物館・Museoと書いていますが、国立カポディモンテ美術館とも。
公式サイトは。 http://www.museocapodimonte.beniculturali.it/
       


地図をどうぞ。

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街の北側に広がる広大な公園の南端に位置し、少し高台にあるようですね。

ナポリのご案内あれこれ。
ナポリ、夕暮れが迫る頃
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232415.html

カステル・ヌオーヴォ ・ ナポリ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232240.html

n.1 ナポリ街歩き、 そして周遊バスの上から
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464224566.html

n.2 美しきナポリ、 周遊バスの上から
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464224793.html

ヴェネツィア空港から、ナポリの街へ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464224326.html

ナポリの歳末風景 ・ プレゼーピオ、そして下町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462598189.html



これが建物を上から見た様子で、中庭を3つ抱える大きな素晴らしい建物で、
ナポリ王となったブルボン家のカルロが建設した18世紀の王宮。

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最初はここに狩りの為の屋敷を建設するつもりだったのが、この時期に母親から
膨大なコレクションを相続し、自分が国王であるこのナポリの地に収蔵するつもりで
計画を変更、この壮大な建物になったと言います。



こちらがこのカポディモンテの丘に王宮を建設したカルロの肖像画で、
このカポディモンテに収蔵作品。

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気安くブルボン家のカルロと書いている訳ではありませんで、この方は出世魚の様に、
どんどん名前が変わって行ったのを次にご説明いたしますね。
       
生まれは1716年スペインのマドリッド。 国王フェリペ5世の2度目の結婚による
3男として誕生し、15歳の時にイタリアはパルマ・ピアチェンツァ公国のカルロ1世に。
4年後にはナポリ・シチリア王となり、法王庁の叙任の際の呼称としてカルロ7世に。
そして24年後の43歳から72歳で亡くなるまでは、スペイン王カルロ・カルロス3世と。

スペイン王家はブルボン家、ナポリはスペイン到治下にありましたので、
ブルボン家のカルロ・カルロス、という訳です。
       


こちらがカルロの母親、強力な意志と野心を持ったパルマ公国ファルネーゼ・
Farnese家のエリザべッタ・Elisabetta(1692-1766)

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彼女は格別の美女という訳ではなく、幼い時の天然痘の跡が顔にあったものの
大変魅力ある女性で、それ以上にその明敏さと強固な意志で政治に介入。

後添えではありますが、ボンクラな夫を後ろから動かし、自分の産んだ長男カルロを
スペイン王に、他の息子2人、娘3人にもそれぞれ相応しい地位を与えるべく
奮戦したという女傑で、はい、先妻の息子2人がいたものの、結局は彼女の望むままに。

そうなのですね、パルマ公国のファルネーゼ家。 これはファルネーゼ家出身の
教皇パオロ3世(1468-1549)が息子のピエール・ルイージに教皇領から
分割し与えたもので、エリザべッタは、直系では最後のファルネーゼ家の人物。
      
そして、彼女が長男のカルロに相続させた莫大なコレクションと書いたのが、
所謂ファルネーゼ・コレクションと呼ばれ、
このナポリのカポディモンティ博物館の元、骨子となっている大コレクションです。

ファルネーゼ家は10~11世紀に歴史に登場する家柄ですが、じわじわと政治にも
宗教界にも力を伸ばし、なんと言っても家柄の名が強力になったのは15世紀。

カエターノ家出身教皇ボニファーチョ8世の子孫と結婚による縁戚となり、
生まれた5人の子のうちアレッサンドロ・Alessandroと妹のジューリア・Giuliaが大物。
アレッサンドロは枢機卿から後には教皇パオロ3世に、ジューリアはラ・べッラ・
美しきジューリアと呼ばれた美人で、ボルジャー家の法皇アレッサンドロ6世の
愛人となり、彼女のお陰で枢機卿になったと、ローマ中が騒いだそうですが、
もちろん以前からアレッサンドロの優秀さがあった訳でして、はい。


で、こちらがティツィアーノの筆による教皇パオロ3世と
左が孫のアレッサンドロ枢機卿、右が弟のオッターヴィオ1世・Ottavio.

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で、このアレッサンドロ枢機卿、後の教皇がまさにコレクションを始めた人で、
左の孫の枢機卿もその美的審美眼と財力をつぎ込み、絵画、彫刻のみならず、デッサン、
本、家具、貨幣、カメオ、青銅とあらゆる物におよび、その中に考古学の発掘品も。

直系最後のエリザべッタは、右に見えるオッターヴィオからの子孫で7代目、
コレクションを始めた教皇パオロ3世からだと約200年後の子孫、に当たります。

北ラツィオにあるファルネーゼ家大邸宅の様子をこちらに。
n.1 ファルネーゼ邸 カプラローラ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467879883.html

n.2 ファルネーゼ邸 カプラローラ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467880189.html

n.3 ファルネーゼ邸 カプラローラ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467880454.html

カプラローラ ・ ファルネーゼ家邸宅のある町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467764132.html
  


上の教皇は既に晩年の姿で、少々お気の毒ですので、ははは、
若き頃の枢機卿の姿を、ラファエッロの筆でどうぞ。

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という訳でお待たせいたしましたぁ、
肝心のカポディモンティ博物館の収蔵品のご案内で、ファルネーゼ・コレクションに加え、
後の作品所蔵も加わり、全館大変な作品量の様子で、
 
サイトで見つけた有名な作品をちょっぴり。 堪能されたい方はお出かけ下さいませぇ!

有名な古代彫刻としては、このヘラクレス像

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ファルネーゼの雄牛像

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cucciolaさんがこの雄牛像の謂れについて詳しくこちらに。
どうやら修復されたのち、ナポリ国立考古学博物館でお目見得の様子ですね。
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/764972.html

そして、ファルネーゼ家についての詳細も。
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/1657657.html
 
    
   
これは、通称お尻のヴィーナス、と呼ばれている物だったと・・。 

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ずらっと彫像の並ぶ様子 

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ボッティチェッリの聖母子像

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A.ジェンティレスキの、ホロフェルネスの首を切るユーディット

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ティツィアーノのダナエ 

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こちらは日本にも行った様子で、ご覧の方が羨ましい!
パルミッジャニーノのアンテ―ア

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建物は元々王家ブルボンの住まいだったのですが、部屋の様子もちょっぴりどうぞ。
ここは舞踏会用の部屋

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こんなお輿の見れる部屋。 この鮮やかなブルーにしばし見とれましたが・・、

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BBさんが送って下さった写真にあった、この赤い部屋も素敵ですねぇ。
館内はフラッシュ無しだと写真OK、観客も本当に少なく、ゆっくりと楽しまれたと。

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かっての宮殿や館には所謂廊下の観念がまだなく、こんな風に部屋の端をずっと奥まで
突き抜ける通路が通り、この一番奥、突き当たりに見えるのが・・、

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はい、このカラヴァッジョなのだそう。

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で、美しきBBさんが彼女のコレクション風に送って下さったのは、

作品に登場する女性の髪形で15.6枚もあったのを、勝手にちょっと減らし、へへ、
髪形もですが、首筋の美しさもご一緒に、

当ブログには珍しい「女がいっぱい!」をお楽しみ下さ~い!       

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上から2枚目など、日本の甲斐庄楠音か?と驚く様なのも、ははは、



最後はやはりこの方を。
きりっとした眼差しの、清楚な美しさが素晴らしいですよね。

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しばし芸術を楽しんでの公園の外は、はい、まさに別世界でして、
賑やかで姦しいナポリの街風景が広がっており・・。

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こちらはナポリ高台の眺め、
一番上の左に突出しているのが、王家墓所のあるサン・マルティーノ修道院、
その右の大きなのがサンテレモの城・Castel Sant'Elemo.

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ここは私めもどちらも以前行った事がありますが、冬のグループ旅行で、
寒かった想い出だけが残ります!
    
という駆け足のご案内でしたが、お楽しみ頂けました様に!

ナポリという大都市、見るべき物は本当に多く、
季節の良い時の、またのチャンスを待ちましょう!


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・ 春のルッカ周辺小旅行 予告編を 

皆さん、こんにちは!  お久し振りです。
お元気で、桜の良い季節をお過ごしのことと思います。

こちらイタリアは復活祭も済み、夏時間に変わり、私めの春休みも済み、
今日からまたブログを再開させて頂きます。

まず、先月の下旬にグループで出かけたルッカ方面小旅行の予告編、
どこを回ったか、ちょっぴりご覧下さいね。

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上の写真2枚は、22日の出発の朝、
コネリアーノから高速に乗った所で、大快晴の朝でした。


行程図をご覧下さい。
コネリアーノから一路高速を南下しアッペニン山脈を越え、
フィレンツェから西に、モンテカティーニ・テルメまで。

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グーグルの地図検索では341km 3時間17分と出ましたが、
7時半に出発し途中フェッラーラ付近で休憩、お昼を食べたピストイアの
高速上のグリルでちょうど12時頃だったと思います。



今回行った所は、ピストイア・Pistoia コッローディ・Collodi 
ぺーシャ・Pescia ルッカ・Lucca トッレ・デル・ラーゴ・Torre del Lagoで、
宿はモンテカティーニ・テルメ・Montecatini-termeに2泊の、3日間の小旅行。

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という様子でしたが、まだ写真整理が全部済んでおりませんで、
ざっとの予告編をどうぞ!


まずはポー河を越え、

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ボローニャからアッペンニーノを越えます。
今年は冬が長いというか寒かったというか、昨年同時期に越えた時は
既に花も咲き、緑も見えたのですが、今年はまだ山間には雪の残っていました。

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昨春のアッペニン越えは
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461812720.html       



遠くに町の鐘楼、洗礼堂の屋根などが見えるピストイア付近。

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最初の予定では最初の午後をピストイア見物、中にルッカ、そして最終日に
コッローディ、ぺーシャという事でしたが、
トスカーナ方面に雨の予報が連日出ており、急遽予定変更。

なんとか天気が持ちそうな初日の午後をコッローディ見物、
はい、ここには「ピノッキオの公園」があるのですね、に変更、という事で
現地のガイドさんにも連絡を取り、フィレンツェ西の高速上のグリルでお昼を。


で、その時に駐車場で出会ったこの車。
イタリアからはるばるこの道を辿り、モンゴルでぐるっと回って戻って来た、
という息子連れの中年紳士。

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一体何日かかるのか、と思いましたら48日、だったと。
ここまで行ってなんで日本に行かないの? 次の時にはね、って。
車の後ろに大型バイクを曳いておりました。



この村の様子、凄いでしょう?! コッローディの古い町の方で、
遠くからもしっかり見え、驚いていましたら、この下に駐車したという訳。

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ピノッキオの公園も一巡り、ここは案外大人の方が愉しめるかも、でしたよ。

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そして、先ほどの山腹にへばりつく村落の一番下にある
ヴィッラ・ガルゾーニ・Villa Garzoniの庭園。

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旅行初日の最後はぺーシャの町。
名前だけ知っていましたが、なかなか興味深い町で、

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ぐるっと回って戻る頃にはとっぷりと暮れ・・。

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今回のモンテカティーニ・テルメの宿は、食事が大変美味しかったので、皆満足!
旅行中に食べた物をまたご覧頂きますね。



さて夜中に大雨が降った2日目、ルッカに向かいますが、
薄曇りながらこの辺りは緑が濃く、のんびりの風景。

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ルッカは3度目の訪問ですが、この町は本当に素敵なのですよ。 
中世がしっかり残って、間口の狭い小さなお店がたくさんあり、
のんびりと歩きまわるのにぴったりの感じの町。

こちらはサン・ミケーレ教会。

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今回見れるかな、と気にかかっていたアンフィテアトロ広場もしっかり見れ、

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上れませんでしたが、グイニージの塔・Guinigi。

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復活祭前なので、どの店先にも見れたのが、卵型の復活祭用の品々。

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お昼をルッカで各自が食べ、向かった先が現在博物館になっている
かの有名なオペラ作曲家プッチーニの家のある、トッレ・デル・ラーゴ。

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それまでは雨になりそうながらも見学の間は薄日、曇りと免れていたのが、
遂にここで雨!

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早々に近くのバールに避難し博物館の入場順番を待ち、
見学が済んで出て来ましたら、やれ、止んでおりました。
      
博物館内は写真禁止で、パンフレットを買って来ましたので、またご案内を。



最後の日はピストイア見学に。 町の中心は大いに栄えた中世が残る趣ある町で、
こちらはドゥオーモ。 左手前に素晴らしい鐘楼があり、右手に見えるのは司教館。

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ドゥオーモの入り口ロッジャの上には、ロッビア作の白と水色、黄色の美しい飾りがあり、
聖堂前には、これまた美しい洗礼堂がありました。
    
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これは病院だった建物の軒下に残る、タイル装飾。

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そしてこれも、見れるかなと懸念していた
サン・ジョヴァンニ・フオルチヴィタス教会・S.Giovanni Fuorcivitas.

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オルヴィエートのドゥオーモもそうですが、この白黒の横縞模様というのは
迫力ありますよね。
これ以外にも正面壁に白黒の装飾を用いたり、が意外にかなりの数あるのが
目を引きました。 イタリア中部における特徴なのか、気をつけて置きましょう。



最終日は日曜だったのですが、ピストイアの町中を走る大勢の人々。
先日亡くなった、とTVニュースで見たイタリアのランナー、
名前は失念ですが、彼に捧げる走りだったそう。

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本当に大勢の人々で、我々が見ていると、写真を撮って! とか、拍手して!
と向こうから催促してくる愉快な参加者が多く、こちらもイェ~~イ!!と大拍手。

***

お昼を仲間とゆっくり食べ、午後の半ばにバスに乗り込み帰路に。
降りだした大雨のアッペニン越えで、自分が運転する車で無くて良かったよぉ!

戻りの車中ではいつもDVDの映画が掛かるのですが、
今回もバーブラ・ストレイザンドとロバート・レッドフォードの「追憶」が。

所がDVDが始まる直前になって、誰かが「私のクッキーの袋が無い」と言いだし、
辺りの皆が立ちあがり通路を行ったり来たり、其々の袋を確認したリで大騒動!
あの一帯の名物、日本の炭酸煎餅の様な薄焼の縮れた薄いクッキーで、
大勢が買っていて、しかも同じ様な細長い袋、そしてどの店も同じ様な
白いプラスティックの袋に入れてくれてるのですよね。

通路で立ちあがった一人のシニョーレが背の高い大きな男性で、後ろから
「座って」と声が掛かると、「始まったら座る!」とぶすっと振り向きざまの大声で、
もうそれを聞いただけで、shinkaiは前の座席の後ろに隠れてひぃひぃ!

レッドフォードの大ファンのヘルガは我慢できずに、
「座ってぇ! 礼儀をわきまえて!」と大声を出すのですが、
そう言う彼女も立ち上がっているので、後ろのフェリチアーナは見えず・・!

あはははは、もう本当に可笑しかったですよぉ!
後ろ一列に並んだ我々は、お煎餅はペシャンコになって荷物台の一番奥に
あるに違いない、だの、誰かが食べてしまったんだ、だの・・!

大雨のアッペニン越えを忘れる程の大番活劇、楽しい旅行でしたぁ!

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