・ 湖畔の結婚式 ・ ガルダ湖マルチェジーネにて 

6月初旬に友人と訪れたガルダ湖東岸に位置するマルチェジーネ・
Malcesineですが、夕方お城の方に行きましたら、何やらざわざわと。

細い小路のあちこちで、かなりぴっちり決めた人達が一杯やっているのですね。
で角を曲がった途端に、友人のmkちゃんがほら!と指差す先に
小さな可愛いブルーの3輪車が停まり、その小さな荷物室に、
綺麗なピンクの薔薇の花束!

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車体に書いてあったURLを辿りましたら、ガルダ湖畔で結婚式を挙げたい
カップルの為のコーディネーター事務所で、どっさり写真も出ますので、
覗いて見て下さいね。 http://www.lakegardaweddings.com

という様子で、たまたま出会いました結婚式、というか、結婚式周辺の
人々の様子を、mkちゃんの写真も混ぜてご覧下さいね。



可愛い3輪車はこんな感じで、前輪の上にも花束をつけていて、これだと
ガルダ湖周辺の小さな町の狭い歩道にも入って来られ、
運転手と付き添い1人、そして新郎新婦のみが乗れますね。

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豪華な年代物の高級車が使われているのをよく見かけますが、
これは逆にとてもシックで素敵ですよね。 



お城に続く道は狭い石畳で、脇にジェラート屋さんがあるのですが、
店の前のベンチにこんな可愛いお客様がいて、陳腐な台詞ながら、
まさにお人形さんみたいな!
パパがそっと胸の前にハンカチをつけてあげて、   写真mk

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女の子は無心にチョコレートのジェラートを食べ始め、

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たまたま小さいボクが通りかかると、見つめる女の子!   写真mk
う~ん、やはりねぇ、その年代毎の関心があるのですねぇ! ははは。

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道脇の上のテラスにも、結婚式関係のお客様が一杯やっていて、 写真mk
この写真ではベンチの女の子のパパも見えますね。

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で、お城の方に行きかけると、正装の方たちが降りて来られ、おお、関係者!
同じドレスなので、きっと花嫁の付き添い役ですね。

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下の写真はmkちゃん。



で例のジェラート屋の前まで行くと、皆さん素通りはされず、  写真mk
従兄弟やはとこが一緒に、

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お城の様子を覗きに行くと、すぐ向こうに湖が臨める素晴らしさで、

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城の塔に上がる階段から、巻きつけていた白いベールを外しながら降りてくる
女性が見え、ああ、お城の上で結婚式があったのだ、と納得したのでした。

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この中世のお城というか要塞は、ガルダ湖一帯のあちこちに要塞を築いている
ヴェローナの領主スカラ家のもので、マルチェジーネの湖に面した高い塔の要塞は、
湖の西岸からもしっかり見えるのですよ。

他に湖に面している要塞は、トッリ・デル・ベーナコ・Torri del Benaco、
ラツィーゼ・Lacize、そしてシルミオーネ・Sirmioneなどなどにも
素晴らしいのが残っています。
シルミオーネの要塞は既にご案内していますが、他はぼちぼちご案内して参りますね。



という訳で、この方たちはお式の後、披露宴が始まるまでの間、   写真mk
一杯やりながら時間を潰している、という訳なのですね。

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イタリアの習慣では、お式の後、新郎新婦は記念写真を撮りにその辺りを
プロのカメラマンと共に歩きつつ周り、その間参列者は一杯やりつつ、
2人の結婚アルバム用の写真撮影が済むのを待っているのですね。
これが結構長く、待つ間にお腹も空き、という・・、



お城には明日朝改めて来ようと町の中に戻りかけましたら、
おお、新郎新婦がいるのを見かけました!素晴らしい笑顔ですねぇ!!

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新郎はちょっと私メの好みで、はぁまぁ、まるで関係ないですが・・、ははは。

イタリア人同士のカップルではない様な気も少しするのですが、
上のサイトを見て、ますますその感が強く来ました。
今年8月に誕生の新カップルの写真がたくさんありましたし、
外国人カップルがたくさん来るのかも!
       


こちらは翌日上った要塞の塔の上からの眺め。 右下に張り出したテントと
椅子のあるテラス、あそこできっと結婚式が行われるのでしょう。

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イタリアで結婚式を! とお考えのお若いカップル、はたまた人生の酸いも甘いも
噛み分けつつある中高年の皆さま、こんなガルダ湖畔では如何ですか?!

ガルダ湖畔のあちこちのご案内は、こちらから。
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460835170.html
      
        
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・ シエナの古い坂道を

写真をご覧頂くと、今日のご案内はシエナ・Siena とすぐお分かりですね、
はい、シエナのパリオの行われるカンポ広場にあるマンジャの塔です。

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ですが、ご覧頂くのはこのカンポ広場と街の北西にあるサン・ドメニコ教会を
結ぶ道というか、途中までは同じ道筋で、かなりの傾斜の細い坂道、
ガルッツァ通り・via della Galluzzaです。

地図上で名前を調べそれを検索するうち通りの名前の由来や、すぐ近くの道に
ついても興味深い事が分かりましたので、それもどうぞ。



で、まずこの場所から。 ヴィーコロ・デッラ・パッラ・デッラ・コルダ・
vicolo della Plla della Cordaという細い小路の坂道からの眺めで、

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ここは昔々スケッチしたままの懐かしい思い出の場所。
この小路の名前が興味深いものの由来が分からず、あれこれ調べていますが、
見つからず、どなたかご存知の方、ヒントでもよろしいのでお教えを!



地図をどうぞ!
このヴィーコロの名前で検索をかけましたら、地図の一番上に少し大きな赤丸を
つけた通りが示されました。
ちなみに街の中心カンポ広場・Piazza del Campo は右下、
ドゥオーモは地図外、カンポ広場の左下になります。

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今日ご案内の道ガルッツァ通りは、赤い点々をつけた道で、
最後の区域がヴィア・ディ・ベッケリーア・via di Beccheriaと
グーグルの地図で出ましたが、ベッケリーアとは肉屋を示し、これについても追々。

序に、印をつけた通りの名前ですが、
左下に西に延びる青の点々の通りは、フォンテ・ブランダ通り・Fonte Branda
赤点のガルッツァ通りから東に2本並んでいる通りの、
上側オレンジの点々が、フォルコーネ小路・Vicolo del Forcone
下の緑の点々は、マーチナ小路・Vicolo della Macina
       
これらはガルッツァ通り、ベッケリーア通りの名の由来に関連した
この近辺の通りなのですね。

四角く囲った上側は、Santuario di Santa Caterina・
シエナ生まれの聖女カテリーナの生家跡、
下のMuseo delle Contrada dell'Ocaは、シエナのパリオにオーカ・
家鴨で出場の地区の博物館、集会所で、
このオーカだけでなく、必ずその地区には博物館があるようで、
つまり、コントラーダの長い歴史における戦歴を誇るもの!



では参りましょうか。 ちょうどシエナのパリオの開催前日で、街のどの通りにも
その地区・コントラーダの旗が翻っていて、これはドラゴーネ・竜の地区。
突き当たりの壁に見える標識に、← の矢印が下向きなのにご注目を。

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はい、この目が覚めるような坂道!
地図では普通の道よりも細く記されていた部分で、車通行禁止区域。
何よりも、一旦奈落の底に下って、そこからまた上り坂の道である事を、
向こう側の家が目の高さにある事をご覧下さい!

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坂はこんな感じで、この道の脇には幾つも小さなレストラン、というより食堂
という感じの店が並び、それが如何にも美味しそうなのですよね!
今、シニョーラが道の向こうからカフェを運んで来ていますね。
店の下に見える鉄柵の中は、後程ご紹介の、聖女カテリーナの生家跡。

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街並みの向こう、一段と高い位置にある、シエナのドゥオーモ。

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この道はサン・ドメニコ教会の方から下って来る小路で、家の下を潜り抜け、
ガルッツァ通りに合流します。

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今この写真をじっくり見ながら、気が付いた事が一つ。このアーチは昔スケッチも
した好きな場所の一つで、何度か通っているのですが、今迄気が付かずで。

正面の窓右横の、あの小さな窓のある三角に渡した場所、
むむ、・・あそこはトイレですね。 で、あの三角に張り出した様子から見て、
昔は床が無かったかも、はは、なるほど!



さて、こちらは聖カテリーナの生家跡。 当時の生家は、勿論と言うべきか
残っておらず、こうしてかっての屋敷跡が整備されていて、眺めの良いテラスと、
左に教会があります。

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聖女カテリーナの肖像を。
1347年3月25日-1380年4月29日 裕福な染物商人の25人の子供の内、
24人目の子供なのだそうで!
現在はイタリアとヨーロッパの守護聖女とされております。
       
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アヴィニョンにあった教皇庁をローマに戻すべく働いたとか、数々の奇跡を
行った事で有名なのですけど、良く知りませんので書けませんです。

彼女も湯治療養をしたという
バーニョ・ヴィニョーニ ・ ローマ期からの温泉保養地 再訪
http://www.italiashiho.site/archives/20180611-1.html



彼女の生家跡のある辺りは、オーカのコントラーダの一帯で、
こんな風に鮮やかな3色の家鴨の旗が翻り、
オーカは首に金の十字架を下げているのも、良く分かりますね。

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聖カテリーナの生家のテラスから覗ける脇の下道にオーカの博物館があり、
衣装をつけた若者たちがひっきりなしに出たり入ったりが見え、
観光客の求めに応じて、にこやかにモデルを務めたり、

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ええ、彼らはまだ小芋ちゃんでしょ、・・ははは、失礼、
ちょっと良いのは、別にしておりますぞ、勿論。



さて、これからがカンポ広場に向かうこのガルッツァ通りの真骨頂、
建物同士に渡されたアーチが続く部分。

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中世の色濃く残るシエナの街の景色の中でもまさに出色で、
この上の部分には全部で7つものアーチがあります。
       
このガルッツァ通りは、かっては鶏、野鳥類などの取引の中心で、というのも
地図の所でもご案内したすぐ南を通るフォンテブランダ通り奥に、
公設の肉屋(多分屠殺も兼ねた)があったそう。

で近くのマーチナ小路には、革屋や染め物屋用に、染色に必要なギンバイカや、
カシ・ナラの木の五倍子を潰す工房や店が並んでいたそうで、
マーチナ・Macinaはひき臼を指しますので、納得ですね、

序にフォルコーネ小路というのは、かっては道が二つに分かれており、
イルデブランディ・Ildebrandi、又はブランディ・Brandiと名乗る家の城・
居住地が1100年に存在したそうで、フォンテブランダ通りの名もこれに由来すると。
       


ガルッツァ通りから見える、狭い急な坂道の出会う先が、フォンテブランダ通り。

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ガルッツァ通りの最後のアーチ、2層となり、美しい連の窓を持ちます。
手前の道の傾斜具合にもご注目を!

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最後のアーチの向こう、カンポ広場を廻る2重の道に繋がるアーチが見えますが、
このガルッツァ通り(ベッケリーア通り)のご案内はここでお終いです。

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同じ道の逆行きは
シエナの朝  カンポ広場からサン・ドメニコ聖堂へ
http://www.italiashiho.site/archives/20180701-1.html


これが谷の向こうに大きく聳えるサン・ドメニコ教会で、
下にカーヴして見えるのが、フォンテブランダ通り。
      
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シエナの街は坂道が続き、中世の面影を深く宿す素敵な街、 
お出かけの時は、どうぞ少しでも歩きまわって見て下さいね。
きっと、街の素晴らしさをもっと楽しめる事を受けあいます!


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・ n.2 ラヴェンナ ・ モザイク詣で

今日のご案内は少し間が開きましたが、ラヴェンナのモザイク詣で の2回目、
ラヴェンナ市内から約5k程南に下ったサンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂・
Basilica di Sant'Apollinare in Classeです。

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n.1 ラヴェンナ ・ モザイク詣で
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463938572.html

前が昨年11月4日のご案内で、次をまた、と言いつつ遅れ、まるで蕎麦屋の出前で、
なんぞという言い回し自体も廃れているかもですが、10ケ月後のご案内です。

ですが今回は、今迄余りピンときていなかった苦手の東ローマ帝国皇帝についての
資料も読み、他にも苦手がtantotantoですが・・、まったく似たような名前の
皇帝ばかりで、オタンチン・パレオロガスと余り変わらへんやんかぁ!と愚痴りつつ、はは、
それでも少しばかリ、世界遺産指定のラヴェンナ市中の素晴らしいモザイク遺跡群と、
今回ご案内のこの少し外れた聖堂についての違いなども納得できました。

上は、サンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂11世紀の鐘楼で、
ご覧の様に円筒形、下の層から窓が1つ、2連、3連となっていますが、
これは上部を軽量にして、崩壊を防ぐための工夫だそう。
高さは37,5mで、内部直径が6,17m.

ラヴェンナからやって来ると、遠くからこの鐘楼が見え、あ、あそこ、とすぐ分かります。



こちらが正面で、真正面過ぎて面白くない写真ですが、

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本堂前にロッジャがある形は、キリスト教会の古い形式だそうで、
こちらも本堂の壁上部共に3連の窓があり、軽量化を。

壁はどちらも部分的に改修されているというのですが、どうやら後世に
造られた物の様で、綺麗過ぎて趣に欠けますね。
ええ、右手前に写るにっこりの女性は、たまたまのオプション。



地図をどうぞ。 ラヴェンナの南5k程にクラッセ・Classeの町があり、
サンタポッリナーレ聖堂は町のはずれの平野の中に。

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国鉄が通っているのが見えるので、ラヴェンナから多分一駅、十分往復可能と。
ラヴェンナ市中のサン・ヴィターレ聖堂などの位置は、地図に赤い四角を。



内部にどうぞ。 三廊式で、身廊が一段高い形ですが、
第一印象は、なんと明るい!という感嘆。

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サン・ヴィターレ聖堂の、あの暗い中で燦然と輝く荘厳さはなく、明るく簡素な空間。

サン・ヴィターレ聖堂とこのサンタポッリナーレ聖堂が建設された時期はいずれも
6世紀中頃と見られ、聖別された年もほぼ同じで、前者は547年、後者は549年、
どうやら一大プロジェクトの一環だった様子。

どちらにも大出資の銀行家ユリアヌス・アルジェンタリウス・
イタリア名Giuliano l'Argentarioの名も残り、サン・ヴィターレ聖堂の
ジュスティニアーノ皇帝の横に上半身を覗かせているのが彼、と言われます。



昔訪問して魅せられたサン・ヴィターレ聖堂のモザイクの素晴らしさを、再訪し
大いに堪能したのでしたが、サンタポッリナーレ聖堂のモザイクも素晴らしいと
ずっと以前に読んで以来、訪問のチャンスを待っていたのですね。
       
想像していた様子とかなり違いましたが、こちらも素晴らしいモザイクで、
順に細部をどうぞ。

内陣から後陣への天井のアーチ部分、上部のキリストの見える四角い部分、
下部の窓の間、これらが建設当時のオリジナルモザイクとされます。

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上部の四角い部分、中央円形にキリスト、彩色鮮やかな雲のたなびく中に
4使徒が描かれ、

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こちらはそのうちの、聖マルコを現わす有翼のライオン。

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どうもヴェネツィア共和国のシンボルとして見慣れ過ぎていて、ヴェネト以外の地で
お目にかかると、失礼ながら、出稼ぎにお出かけのお姿を拝見した様な気で!



天井のアーチ部分。 羊のいる緑色の部分、これが上手く色が出ずとても残念!
この緑色が、この聖堂のモザイクを象徴する大変美しい色味だったと思うので。

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真ん中に星空に囲まれた十字架があり、上部は金モザイクに雲がある中に
2人の人物像、そして下部は緑の中に羊や木々の様子が広がり、
中央部に両手を広げた人物像。



天井アーチの一番上、雲の間から差し出される神の手。

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真ん中にある宝石飾りの付いた十字架、中央にはキリストの顔が見え、

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十字架の足元に、SALVSMUNDIと読め、星空を囲む赤色の宝石飾り。
周囲の金色モザイクの、緑へのグラデーションにもご注目を。

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これは十字架を囲む左側の人物像、旧約聖書のmoses・モゼ、お若いです。

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反対側には、エリア・Eliaがいます。
人物の顔の表現、如何にもハッキリくっきりと鮮やかで、衣装のひだの表現も見事。



天井アーチの下部中央に大きく描かれた人物像は、この聖堂が捧げられた
聖アポリナーレ、ラヴェンナの初代司教だそう。

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緑の中の羊の姿も的確で、木々も茂り草花も咲き、小鳥も見え、



こちらの羊は中央の金の輪に近い方、右側の2匹で、使徒ジャコモ・Giacomo
とジョヴァンニ・Giovanniを現わし、左側に1匹、ピエトロ・Pietroがいます。

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こういう解き明かしは後で読むとそうかと思うものの、キリスト教徒でもないので、
見ている時は後ろに見える羽ばたく小鳥の方に目が行きます。



下部には右、左にそれぞれ6匹の羊がいて・・、

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繰り返しになりますが、緑の野と白い羊の対比が大変美しいのですね!



これは上部両脇に見えるヤシの木、

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こちらは後陣にある窓の周囲の飾り模様で、窓と窓の間には、左に見える様に
ラヴェンナの代々の司教の像。

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両脇に、この様な上部の飾りがある下に、右にはアブラーモ・Abramoと
アベーレ・Abele、そして字が見えますがMelchisedecが描かれ、

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アブラーモの名前だけは知っていますが・・、

こちらの右側の表現は今迄見て来たのと同様、的確ですが、



この左側は全くがっかりする様な出来で、描かれているのは皇帝コスタンティーノ4世・
Costantino IV、中央左、濃い茶の衣服の人物、といい、

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なぜこんなに出来が違うのか、サン・ヴィターレ聖堂に描かれているあの素晴らしい
ジュスティニアーノと、どちらがどの時代の皇帝なのか、と疑問を持ったという訳です。

この部分のモザイクは7世紀のものというのに、後にもかなり手を加えている様子。
それにしても、格段に下手な後世のモザイク職人が描いているのが丸分かり!

ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂のモザイク訪問
もう一度ご覧になって、違いをご覧下さいね。

サン・ヴィターレ聖堂に、美しき后妃と向かい合わせに描かれたジュスティニアーノ
(ユスティニアヌス)1世は在位527年ー565年、
こちらのコスタンティーノ(コスタンティノス)4世は、在位668年ー685年と
1世紀以上の違いがあるのですが、それにしてもこの腕の違い!
オタンチン・パレオロガスめ!と毒づくshinkai。



所で、この聖堂の内陣部分が高くなっているのですが、横から階段を見ると
こんなに違いがあり、古い教会に時々見る高い内陣です。

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内陣側から逆に見る聖堂内。 円柱とアーチで区切られ、身廊部の中側には、
円形の中にフレスコ画で肖像画が描かれていて、18世紀の物。

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円柱の石の縞目が大変面白いでしょう?

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左の側廊奥にあるチボーリオ・ciborioと呼ばれる9世紀の聖体用祭壇、
現在は無い教会からここに移された物で、彫り込まれた柄はロンゴバルド様式の物。

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最初にご覧頂いた聖堂本堂前のロッジャには、石棺とか、柱頭とかの展示があり、
これは似た形の物を見た事があり、ホスティア・聖餅を入れた器をしまう壁の穴の
前に取り付けた物、と。

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ほら、左側に蝶つがいの残りがありますね、あれに小さい扉が付いていたのでしょう。

面白いと思ったのは、多分かなり古い時代の物と思うのに、遠近法が取り込まれ、
しかも上方にだけ。 こういう職人仕事に、凄さを思います。



最後に、聖堂前のロッジャと青空を。
ええ、やはりこれはかなり後年の大がかりな修復でしょうね。

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という様子でご案内しましたサンタポッリナーレ聖堂ですが、
ラヴェンナにモザイク詣でをされる方、そんなに離れてはおりませんので、
こちらにも足をお延ばし下さいね。

ラヴェンナの街 ・ 日曜日の広場 のご案内は、
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468769781.html
    
   
大蛇足を。
オタンチン・パレオロガスと書きつつ、もう一つ可笑しいあの「御祐筆の妹」は
なんと言ったんだっけ?! と思いだし、
漱石、祐筆の妹で検索をかけましたら、即出ました、ははは。
       
天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘なんだって。

昔は、寿限無寿限無、も言えたんだけどなぁ・・。
    
  
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・ ヴェネツィア、 朝のサン・マルコ広場

6月初旬にヴェネツィアに行った時、帰宅予定日の夕方に大雨となり、
少し遅くなった事も重なって、荷を持ちヴァポレットに乗り、それから雨の高速を
走るのが億劫となり、宿がOKだったのを幸いにもう一夜延泊したのでしたが、

翌朝早く、サン・マルコ広場の西にある郵便局に。 ええ、宿の払いを現金でと言われ、
それで。 朝の8時頃でしたが、いつもは満員御礼のサン・マルコ広場も
まだ閑散としていて、見慣れた広場の眺めとは違いました。 

前夜の大雨の様子の残る曇り空で、モノクロでの、いつもとは一味違う様子をどうぞ!
お馴染、スキアヴォーニ河岸から見るサン・ジョルジョ島。

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若い女性が一人だけ歩いている、スキアヴォーニ河岸。
向かいに見えるクレーンが本当に邪魔なのですけど、一体いつまで?!

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両側を青色のパネルで覆われている溜息橋も、モノクロだと余り・・、
いや、やはり邪魔ですねぇ!

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ゴンドラの黒い船体に写る水の反射、モノクロだと氷の様に見えません?

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いつもの眺めながら・・、

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ここからは色のある写真で、

ドゥカーレ宮の西側、アーチの続くポルティコの眺め。

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突き当たりに見える柄の壁はサン・マルコ聖堂ですが、いつもこの通路は
観光客でいっぱいで、こうして見通せるのは本当に珍しい。


ドゥカーレ宮の西側、小広場から。 ご覧の様にまだ観光客はまばらで、
殆どが通勤の方々。

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で、真ん中に見えるバルコニーですが、



美しいテラスと窓があり、一番上に裁きの女神、
その下に翼を持つライオン君と跪くドージェが見えますね。

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アップすると、こんな様子。 ヴェネツィア共和国のシンボル、聖マルコを現わす
有翼のライオンと、ではこの跪くドージェは誰? と疑問がわき調べました。

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サン・マルコ聖堂横にあるカルタ門の上にある、同様の有翼のライオンと跪くドージェ像は
よくサイトの写真でも見るのですが、このドージェは65代のフランチェスコ・フォスカリ・
Francesco Foscari 任期は1423~57と今回序に調べ知りましたので!
次回のチャンスに改めてご紹介しますね。
      
で、小広場に向いたこのバルコニーは、いつも見るだけで疑問も湧かなかったのが、
やっと、これ誰?!と。
所がなかなか見つからず、見つからないと尚の事ムキになり、はは、かなりサイトや
ガイドブックを調べ、はい、やっと見つけました。
どこのサイトかと言うと、これがなんとイタリア法務省ヴェネツィア区、と、
・・こういう呼び方が正しいのかどうか、すんまへん、無知丸出しで。


で、この方は77代目のドージェで、アンドレア・グリッティ・Andrea Gritti
1455生まれ、1523~38の任 ティツィーノ描く所の肖像画が残っております。

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ですがこれは、どうやら彼の没後1540年の作品で、こうして厳めしい老人の顔に
描かれているのですが、「Claudio Rendina著 I Dogi」には大変愉快な
人物像がありましたので、ご紹介しますね。

裕福な貴族の家系の生まれで、若くして父親が亡くなり、外交官の祖父の元で育ち、
英国、スペイン、フランスを周りながら外交官技術も身に付け、何カ国語にも堪能に、
つまりラテン語、ギリシャ語、英語、フランス語、そしてトルコ語まで。

こうして30歳にして祖父の元を離れ、コスタンティノープル・現イスタンブールに赴き、
穀類の取引を引き継ぎつつ、関税や現物納入の請負業をし、大変な富を得ます。

トルコと母国ヴェネツィアとは常に戦争危機を孕んでいたものの、彼は大変自由な
生き方で、つまり何人かの現地の愛人を持ち、4人もの私生児も生まれていて、
そのうちの1人にギリシャ人の母を持ち、トルコの大富豪の商人となり、
最後にはスルタンを裏切りハンガリアと組み、刑死したアルヴィーゼ・Alviseがいます。
       
ご本人のアンドレアは、コスタンティノープルでの商売を通して得る情報を母国に
流していた様で、遂にスパイ容疑で逮捕投獄、串刺しの刑になる可能性もあったのが、
トルコ政府高官との友情繋がりのお陰、ヴェネツィアとの平和維持の為にもで放免され、
数年後無事本国に戻って来ます。

が、この投獄の期間、彼に惚れた何人かの女達が、一日中牢獄の門の前を
うろつき赦免を訴えたと、ははは。

こうして母国ヴェネツィアで、トルコ間との平和維持にも働くようになりましたが、
妻も長男も亡くしており、女性に慰めを求め、尼僧との間に女児をもうける、
というエピソードもあります、はい。

スペイン、フランス、ドイツ神聖ローマ帝国、教皇領国を相手に戦って破れた
18年間も続いたカンブライ同盟戦争、これについては未だよく知らずで、これしか
書けませんが、その戦争末期に活躍し、これがドージェにも選ばれる道となります。

庶民にはその貴族的イメージが好かれていなかった様子で、ドージェ就任の
お祝いとして400ドゥカーティもの金貨と銀貨を広場の群衆に撒いたものの、
あまり効果は無かったと!

この時のドージェの選挙には他に3人候補者がいたのですが、その一人の名に
ジョルジョ・コルネール・Giorgio Cornerの名が見えます。
これはキプロス王と結婚し、後にキプロスをヴェネツィアに差し出した
カテリーナ・コルナーロ(コルネール)の弟のジョルジョと思いますが、まだ確認できず。

彼の15年間に及ぶドージェ在任中にはトルコとの危機もあり、既に当時から
起こっていた高潮問題等など、政治的には余り目覚ましい働きはなかった様ですが、
私財を投じて祖国ヴェネツィアを美しく飾るのに貢献。

パラッツォ・ドゥカーレのこの美しいバルコニーもその時の物で、実際晩年には
並みの財産家程度にまで落ちていたそう。

ですが、彼の家にはピエトロ・アルティーノを始め当時の文化人、これまた一流の
娼婦が集まっていたそうで、ヴェネツィアの文化爛熟にも貢献した人物だった様子。

死亡原因もこれまたイタリア的で、クリスマスのご馳走で、
鰻の串焼きかインゲン豆スープの食べ過ぎであろうと!
少し長くなりましたが、肖像画に似合わぬ面白いエピソードで、
お楽しみいただけましたように!



さて、朝のサン・マルコ広場の様子に戻りまして、こちらは広場の南側を占める
新政庁の建物のポルティコ。
こんなにすっきり奥まで見通せるこの通りをご覧になった事、皆さんありますぅ?!

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右に茶の小テーブルが見える辺りにあるのが・・、



はい、有名なカッフェ・フロリアーン。 朝最初に通った時はまだこうして戸締りが
されておりましたが、戸締りの板に全部番号が打たれているのが何か可笑しい。

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1720年創業のイタリアで一番古いカッフェで、創業者フロリアーノ・フランチェスコーニ・
Floriano Francesconiの名前はヴェネツィア訛りではフロリアン・Floriànとなり、
カッフェ・フローリアンではなく、カッフェ・フロリアーンが正しいとの事で。

こちらのPescecrudoさんの記事をどうぞ。
http://pescecrudo.blog122.fc2.com/blog-entry-226.html

と、Pescecrudoさんが改めて教えて下さったフロリアーンのYoutubeをどうぞ!
http://www.youtube.com/watch?v=pd23ZmBhCG0       



こちらは戻りにちらと見えた内部。 開店準備で少し明け放たれており、
流石の調度で。 でもまだお茶に入った事はありません! 

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我が町コネリアーノに本店を置くコーヒーメーカーのデルスット・Dersutは、
カッフェのチェーン店では一番の大手だそうで、昨年末からカフェ博物館をオープン。
カフェ博物館 ・ Museo del Caffè
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463850517.html

コーヒーの歴史については、cucciolaさんがこちらに詳細を。     
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/archives/2757409.html



郵便局での用を済ませ、戻りに見上げる政庁の建物。
現在、この角から右手にあるコッレール博物館外が修復中ですが、
こういう汚れを見ると、いずれこちらの修復も始まる事でしょう。

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まだかなりの曇り空で、人の姿も少ないサン・マルコ広場。 サン・マルコ聖堂の
上左側も、時計塔の並びも、鐘楼の足元も、新政庁のはずれも、
あっちにもこっちにも修復の覆い。

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お天気が良いと煌めく金色の飾りも、少し寂しく・・、

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さて、無事に宿の支払いも済ませ、戻りのヴァポレットに乗り、
いよいよヴェネツィアを去ります!
ええ、我が家から電車で1時間弱で来れるヴェネツィアですが、それもあって、
逆になかなか泊まるチャンスがありません。

こうして去るとなると、未練がましく、はは、サン・マルコ広場を通り過ぎつつ何枚か。
少し薄日が差し始め、既に広場にはかなりの観光客。

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ドガーナの突き当たりには、蛙を足からぶら下げた少年像が見え、
動物愛護団体からは突き上げがないのかな?!
金の球の上の風見の像も、いつもの通り。

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でね・・、
こうして泣く泣く、ははは、ヴェネツィアを去ったのでした。
       
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・ 夏のガルダ湖めぐりを、ほんの少しお届け!

先日4日間程、ガルダ湖の西岸少しと、そして東岸は一番北の端まで
行き、それから湖岸沿いにずっと南下という、
暑く、ヴァカンス客で溢れかえったガルダ湖巡りをして来ました。

友人からの依頼で日本からお出でのお客様のお伴でしたので、
カメラもコンパクト、少々遠慮勝ちに写した夏のガルダ湖ですが、
湖の素晴らしい青い蒼い色、そして夏を楽しむ人々をどうぞご覧下さい。

ざっと見て頂けるよう、今日は場所の説明のみで北から順に3か所、
トップはリーヴァ・デル・ガルダ・Riva del Gardaで、
ウィンドサーフィンを楽しむたくさんの人々。

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ガルダ湖の地図をどうぞ。 一番上、北にリーヴァ・デル・ガルダがあり、
6月初旬に出かけた時の写真で既に少しご覧頂いている,
東岸に位置するマルチェジーネ・Malcesine、

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南からぴゅっと突き出す細い半島の先にシルミオーネ・Sirmione.
その南西に今回宿を取って基地にしたデセンツァーノ・Desenzano、
今日ちょっぴり見て頂くのはこの4か所ですが、

西岸のサロ・Salò そしてその北のガルドーネ・リヴィエーラ・
Gardone Riviera にあるガブリエーレ・ダヌンツィオの家博物館の
イル・ヴィットリアーレ・Il Vittoriale degli italianiも4年振りに再訪。
博物館も拡張され展示物も充実で、楽しみましたのでまた改めてご案内を。

ガルダ湖畔 ・ G・ダヌンツィオの家、 そして サロ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463417856.html

ガルダ湖畔で食べた、美味しいもの!
       


リーヴァ・デル・ガルダ。 湖の北端、如何にもドイツ色の濃い町並みがあり、
現在は博物館になっている湖畔の要塞が残ります。

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要塞を巡る岸辺に店を出すスーヴェニールの屋台も、店主は暑さを避け木陰に。



ちょっと細長い梨の形のガルダ湖の北の端は、両岸から厳しい岩山が迫り、
強風を楽しむウィンド・サーフィンのメッカに。

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夏の盛りを楽しむ、スイカ大食い祭りのポスター。
皆さん、こぞってお出かけくださ~い!

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ワンちゃんには、こんな楽ちんで楽しいお出かけもあるのですねぇ!

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ガルダ湖 北端 ・ トルボレ、 リーヴァ・デル・ガルダ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463416779.html


マルチェジーネ。 この町もヴァカンス客で溢れかえっておりました!

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夏の湖の楽しみ方も色々あり、ボートやヨット、

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泳いだり、

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古い船着き場で、ささやかな日光浴をしたり、

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足を水につけてパシャパシャやるのも、

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煌めく水のかなたを見つめるのも、

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古い屋敷を訪れるのも、

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美味しいジェラートを舐めるのも、
そう、どれもみな、夏を満喫する一つの方法ですねぇ!

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ガルダ湖畔 ・ マルチェジーネ 到着、予告編
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463417936.html
      
マルチェジーネ ・ ガルダ湖の旅
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463418036.html



シルミオーネ。 今回はデセンツァーノから遊覧船で岬の先に一直線に、
はい、20分程で到着します。 スカリージェリ家の要塞と町が見えて来た所。

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狭い道の両側にレストランやスーヴェニール店が立ち並び、こんな名前の店も。

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町の東側の湖岸。 アップはまたのお楽しみに! ははは。

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夏の湖の風が届きますかぁ?!

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少し陽が傾き、要塞の影の中で、

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鴨も白鳥もたくさんいるのですが、嘴の先から水滴が垂れるのが写ってましたぁ!

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こういうのはまったく余計なお世話。 言われんでも、皆しとるわい!!

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シルミオーネ ・ ガルダ湖の青い、蒼い、碧の水
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463417128.html



デセンツァーノ。 遊覧船でデセンツァーノまで戻り、町中のテラス席で夕食。
のんびりと暮れ始める港を通り駐車場に。 この灯りの形、面白いでしょう?

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ちょうど満月の前日。 町の灯が灯り始め、雲にも夕焼け色が反射し・・。

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・ n.2 カプリ島の散歩道、 見晴らし台に 

カプリ島の南東のちょっと突き出す部分にある、トゥラガーラの展望台に散歩した
様子を、続けてご覧下さいね。 島の地図はn.1に載せております。

この展望台から並ぶ3つの島ファラリオーニ・Faraglioniが見えると聞き
やって来たのですが、ご覧の様に近すぎて手前が良く見えず、

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では下に降りたらもっと見えるかと、坂道を辿り・・。



この植物、ご存知ですよね? 春先に咲く灯台草だと思うのですが、
茂って、木かと思う程に育っているのです!

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島を一周した時も、たくさん黄色く見えましたが、
なんとも繁殖力が強いというか、この島が特別なのか・・、



下への道を行くと、一番外側の島も望遠レンズでこの位に撮れましたが、

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オリジナルを見ると、あっちにもこっちにもカモメ君たち。
きっとたくさん巣がある事でしょう。



かなり下っても植物の繁殖で見通しが利かず、一番下まで行くと、逆に奥の島が
見えないだろうと気が付き、気がつくのが遅いのはいつもの事で・・、はは、
この辺りで、と奥の島を眺め、写し、

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島の足元の、海の青さもじっくり眺め、

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これで良しとしようと坂道を戻って行くと、

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先ほど展望台で、かなり熱心に海の写真を撮っていた若いカップル、
撮っていたのは彼の方で、彼女は暇そうで、いやまぁワッシには関係ないですがね、
そのアメリカ人らしいカップルが道端にいて、
      
私を見ると、黙って地面を指さし、その先には、こんなのがモコモコと動いていて・・、

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何かと気が付いた途端に、思わずきゃ!っと声が。
嬉しそうに2人が笑うので、私は数を数え、25だよ、と。



こちらは傍にいた短い方の列で、はい、ラッキー・セヴン!  ははは。

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それにしてもねぇ、こういうのを子供の時に見た覚えがあるのかないのか、
それも記憶にありませんが・・、この年になってねぇ!



ミモザの花も、この島ではもう盛りを過ぎ、

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ブーゲンビリアも既に咲きだし、

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お屋敷内の大きなヤシの木の、これは花?

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あれこれ楽しみつつ、ゆっくりと中心に戻って行ったのですが、
翌日の午後、古い修道院のその庭も解放されていると聞き、
そのサン・ジャコモ修道院・Certosa di S.Giacomoに向かいました。
前日よりも手前の道を南に少し下って行くと、

いかにも年代物の街灯も見かけ、

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道の突き当たりにこんな標識があり、市の図書館にもなっている様子。

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下り坂の曲がり角、かっての祠らしき物もあり、

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修道院に着きましたが、残念、時間が来て閉っていて、
こんな風に、柵の隙間から覗くだけ。

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13世紀からの古い修道院で、要塞化されたり崩壊したり、改修されたりで、
かってとかなり様子が違っているようですが、
現在夏の間は、様々な展示会や音楽界も行われる様子。

文化省のサイトを見つけました。
http://www.polomusealecampania.beniculturali.it/index.php/spazi-per-concessioni-sangiacomo
       
Museo Diefenbach というのがありますが、ディッフェンバッハでしょうか? 
Karl Wilhelm Diefenbachという名のドイツ人の画家が、1900年から亡くなるまでの
13年間カプリに住みつき、300枚以上の絵を描いたのが寄贈され、
そのうちの一部が展示されているという物で、ちらっと絵が見えます。

塩野七生の短編に、確かカプリ島に住みつき国に戻れなくなる北の男の話があったと。
見かけた男からイメージを膨らませ書くつもりだったのが、
サマセット・モームが既に同様な話を書いていたのを知った、という。
この修道院に収められている北の画家の様子を読み、あの短編を思い出しました。



中には入れませんでしたが、建物の脇を行くと公園があり、そこからも海の眺めが。
前日より時間が少し遅めだったせいか、お天気続きのせいか、
見える海の色がまた少し違い、
      
とりわけ、西の岬の先の海の煌めきが素晴らしく!

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崖際に咲く菜の花なども見つつ、緩やかな坂道を下っていくと、

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思わず、ウプッと吹き出しそうになったこの子!

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絶好の場所にきちんと座り、いらっしゃいませ!とでも。
お代は1エウロ、とは言わない良い子でしたぁ。



前日のトゥラガーラの見晴らしよりも少し離れているので、全景がよく見え、
折しも、観光船があの真ん中の島の穴を潜って出て来た所。

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ファラリオーニの3つの島の海からの眺め、穴くぐりはこちらに。 n.2

       

崖下の海の色。

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波紋を描いて船が去り、再びの静けさ。 いや、船のモーター音も聞こえず、姿だけ。
時々カモメの鳴き声がするだけで、本当に静か!

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潮の流れか、風の向きで揺れるのか、潮目がつき、煌めき、陽の移ろいが反射し、
今迄見た事のない海の色にカプリ島で出会い、たっぷりの、
惜しげない美しさに浸りました。  見れて幸せ!!  ただ、その感慨。

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遊んでくれた猫ちゃんが、ぱっと崖っぷちの塀に飛び乗り、
・・こちらがきゃっ!なのですが、戻る私を見送ってくれ・・、 

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うん、あんたも元気でね!



最後にもう一度、 カプリ島の煌めく海をどうぞ!

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・ n.1 カプリ島の散歩道、 見晴らし台に 

この春カプリ島に行った時、島のあちこちに幾つかある見晴らし台の一つ、
島南東部のトゥラガーラ・Belbevere di Tragaraにゆっくりの散歩をしました。
午前中はどんよりの曇り空でしたが、お昼を済ませた後いざ歩き始めると、
ぐんと素晴らしいお天気になり、

町の中心から少し離れただけで、他の観光客に出会う事もない、大きなお屋敷や
ホテルの間を縫って続く小道。 そして静かで穏やかな美しい一帯で、
海が垣間見える頃になると、なんとも言えない良い心地!

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ああ、ここはまるで別世界だ! と感嘆しましたが、
今日はその散歩道の様子をご覧下さいね。
上は、青空の下の街頭。



地図をどうぞ。 最初は島全体で、北にある港マリーナ・グランデ・
Marina Grandeにナポリとの連絡船が発着、ソッレントにもここから。
右側の中心がカプリ・Capriの町の中心で、港からも、島の左に見える
アナカプリ・Anacapriへもバス連絡が常に。
島の南東に見える部分が、観光名所で有名な3つの島。

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で、カプリの中心から南東部の拡大がこちらの地図で、

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左上の緑の四角をつけたウンベルト1世広場・Piazza UmbertoIが、町の中心の
展望台のある所で、お昼から出かけたトゥラガーラ・Tragaraの見晴らし台は
町の中心から南東に、

続けてn.2で見て頂く予定の、サン・ジャコモ修道院・Certosa di San Giacomo
の横の庭からの眺め、にも緑の枠で印を。

距離的には大した事はないすが、本当にのんびりとした気持ちであちこちを眺めつつ、
お屋敷の庭を覗いたりしながらゆっくりの散歩を楽しみ、
春の陽射しを浴び、素晴らしい眺望を堪能したのでした。
では、皆さんもごゆっくりどうぞ!



これはサボテンの一種ですよね? まだ町中のホテルや高級店が立ち並ぶ辺りの
写真ですが、この島の植物の繁殖の見事さにも驚き!
鉢植えどころか、まるで木の様に大きくしっかり育っていて、
カプリ島が如何に暖かく、陽光に満ち満ちているかの証拠ですね。

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お昼を食べたレストランで、教会の所でまがって、と教えて貰っていたのですが、
木立に隠れ、危うく見逃す所。

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教会の角にあったトゥラガーラ通りの標識。 ホテルの案内もみなタイルで
埋め込まれ、角を曲がってからは、一層小道の様子が穏やかに。

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小道脇に立ち並ぶお屋敷のテラスには、テラコッタの大きな鉢があったり、
そしてその向こうに広がる水平線が垣間見え・・。

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小道の山側のお屋敷の門柱の上の鉢。 ヤシの木も何もかもしっかりと茂り、

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道脇には、こんな散歩者用ベンチもあちこちに。

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遂にお屋敷のテラス越しにこの眺め。  おお、見えた!

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その右側は、こんな崖上のお屋敷群。

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マリーナ・ピッコラ・小さい港と呼ばれる部分。 素晴らしい水の色が見え始め・・、

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まだ先に進みますが、道幅の狭いこのカプリや、ポジターノでも見かけた
この手の電動小型車、可愛いでしょう?!
これはどうやら市の物の様子ですが、

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フロントガラスの下に、こんなカタツムリ、はは。

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ふっと覗いたお家の庭には、びっしりと見事な苔が生えていて驚きましたが、
この島は、雨量が多いのかも。 勿論ね、植物の繁殖力が凄いのも納得ね。

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見上げるお庭には、レモンがたわわ!

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「清掃と静寂は良き生活の指針 尊重しましょう」

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そうなのですね、カプリの中心には確かに観光客で溢れた俗な町がありましたが、
こうして一歩中に入ると、素晴らしい自然に囲まれ、陽光に溢れた別天地。
自然の素晴らしさを、お金をかけ享受している、という印象を受け、
なるほどなぁ、とちょっとした感銘を受けたのでした。

町や村の素晴らしさも、貧しさからは生まれにくく、
美しさや人間の尊厳を保つにも、ある意味お金が必要、という・・!

ゴミ問題が何度も繰り返されているナポリの街、
あの街からほんの何十分か船でやって来た所にあるこの美しい島、
その比較からも、ちょっと感慨深い物がありました。

我々が訪問した時のナポリは、運がよくというか、
ゴミ問題が一旦片付いた直後で、問題はありませんでした。
楽しんだナポリの街の様子をこちらに。
       
n.1 ナポリ街歩き、 そして周遊バスの上から
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464224566.html

n.2 美しきナポリ、 周遊バスの上から
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464224793.html

カステル・ヌオーヴォ ・ ナポリ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232240.html

ナポリ、夕暮れが迫る頃
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232415.html
  


お屋敷が途切れ、崖がすぐ迫る道脇からは、時にこんな風に煌めく海が覗き、

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そして明るいエメラルド色も見え、

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漸くに、トゥラガーラの展望台に到着。
マリーナ・ピッコロの港付近、突き出す岬の先っちょ、

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エメラルド色の蕩けそうな水の色。

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こんな風に展望台があり、皆ゆったりと眺望に身を任せ、

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海の色を覗きこみ、

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煌めく海。

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このトゥラガーラの展望台の脇には、立派なホテルらしき物があり、
閉っているようでしたが、碑文があったので写しておき・・。
元ヴィッラ・ヴィズマーラ・Villa Vismaraと言い、1920年代に建てられたそう。
       
で、第2次大戦後期にはアメリカ軍の本部が置かれ、アイゼンハワー将軍や、
イギリスのチャーチル首相も来た事があったとか。 その後ホテルに改装されたと。



展望台から下に、海に続く道があるので行ってみますが、
とにかく、植物の繁殖が凄い!
       
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という所で、n.2のこの続きをよろしく!

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・ ラッファエッロの生家、そして、殺人的坂道のウルビーノ!

今日のご案内は、またまたぽんとイタリアに戻りマルケ州の山の中、
文化の香り高いウルビーノ・Urbinoに。

この地で生まれたイタリア・ルネッサンス期を代表する画家建築家
ラッファエッロ・サンツィオ・Raffaello Sanzioの生家博物館と、その前を通る
ラッファエッロ通り・via Raffaelloのなんとも物凄い傾斜の、
殺人的坂道の様子をご覧下さいね!

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トップの写真は、ラッファエッロ通りを上りきった所のローマ公園・Piazzale Roma
にあるラッファエッロの像ですが、最後にまた優男振りをアップでご覧頂きますね。



こちらが街の中心広場になるレプッブリカ広場・Piazza della Repubblicaで、
この眺めは、かのドゥカーレ宮から下って来た所。

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写真の、上に延びる道がこれからご案内のラッファエッロ通り、右に見えるアーチの隣に、
以前ご紹介したトラットリーアがあり、左に下ると街の大駐車場に行くマッツィーニ通り
・via Mazzini. この通りも凄い坂道ですから、最後にご覧頂きますね。



という所で、街の地図をどうぞ。 数字8が今日ご案内のラファエッロの生家、
地図の3.4.に見えるドゥカーレ宮・Palazzo Ducaleの前から左に下るサッフィ通り
・via Saffiもこれまた細い物凄い傾斜道で、
一緒した友のmkちゃんが、あの道は運転しないで!と言ったほど!!

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つまりウルビーノは街の北側が一番高く、下って来た中心地のみが緩やかな
傾斜の平地で、そこからはどちらにも下り坂という、恐ろしい街! ははは。
住んでいる方々は足腰が鍛えられているでしょうし、大学生達は若いので
問題ないでしょうが、ツーリスト泣かせの坂の街ウルビーノなのです。
が、写真やスケッチのモチーフには最高で、ぼちぼちご覧頂く事に致しますね。
       
ウルビーノの美味しいトラットリーアのご紹介は
       
ウルビーノの街のちょっぴりのご案内は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461246922.html       
       


さてでは、坂道を上がって頂きましょうか、ははは、なに、ラッファエッロの家は
そう遠くありませんし、この辺りの傾斜は、まだまだ緩やかですから・・、ひひ、
右に見えるアーチは、先ほどの広場のとは別で、サン・フランチェスコ教会の物。

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教会横はこんな感じで広場になっていて、そうそう、ここでタルトゥーフォを1個
買いましたっけ。  ですが、余り香りが無く残念の想い出。

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さて、この厚かましい黄色のポルシェの斜め奥、壁にイタリア国旗とEUの
ブルーの旗の出ている所、あそこがラッファエッロの生家博物館です。
ね、坂道がきつくなって来ているでしょう?

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この辺りから振り返ると、こんな様子。
突き当りにレプッブリカ広場の見える様子から、ご想像を!

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到着しましたぁ、こちらがラッファエッロの生家博物館で~す。

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開館 11月5日~2月28日 月曜から土曜 9時から14時
             日曜 祭日 10時から13時
   3月1日~11月4日 月曜から土曜 9時から13時 15時から19時
            日曜 祭日  10時から13時 15時から18時
休館 12月25日 1月1日 
      
要入場料の筈ですが、(2011年当時3エウロ)ですが、今回サイトでは
料金が書いてあるのが見つかりませんでした。

サイトはこちらに  ヴァーチャル・ツァーが見れます。
http://www.casaraffaello.com/



まず井戸のある小さな中庭をどうぞ。

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というのも、入り口に写真禁止の張り紙があり、素直なshinkaiは最初中庭だけ
撮ったのですね。 入り口には、管理のシニョーレがいましたし・・。



中庭を取り囲む壁の窪みに、誰かが林檎を置いていて、

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この家は14世紀に建設の物だそうで、ラッファエッロの父親ジョヴァンニ・サンティ・
Giovanni Santiが1460年に買い取り居住。

1483年にラッファエッロがこの家で生まれましたが、父親50歳の一人息子。
その月日については3月28日とヴァザーリが書いているのですが、
他の事実から推定して4月6日であろうという事、そして彼はローマで
1520年の4月6日に、奇しくも生まれた日と同日に、37歳の若さで亡くなりました。

彼については皆さんの方がよくご存知だろうと思いますが、盛期イタリア・ルネッサンスを
代表する画家、建築家の一人であり、短い生涯に数多くの傑作を描き残しました。
あまたの美しい女性像、淑やかで美し過ぎる程の聖母像など等・・。

ですがええと、申し訳なくも私にはイマイチぴんと来ずで、男性を描いたのは、はい、
じっくりと眺めるのですが・・、
ですから、ここでは生家博物館の様子のみ、を。

そうそう、彼の父親ジョヴァンニ・サンティも画家で、息子ほどには大きく後世に
名を残しておりませんが、それでもラッファエッロの父親で最初の教師とだけ
みなされていたのが研究も進み、徐々にその力量の素晴らしさも認められてきており、
数少ない作品の写真を見ても、確かに、水準以上の画家であったと。

ウルビーノに一大ルネッサンス宮廷を作り上げたフェデリーコ・ダ・モンテフェルトゥロ・
Federico da Montefeltro公の信頼も厚く、大変頭の良い人文学者
という面もあった人物で、ウルビーノ出身の最初の頭角を現した画家にして
宮廷画家、27歳にしてこの家を買える程であった、という事。

この父親の仕事環境から、幼いラッファエッロもこのウルビーノの宮廷に出入りし、
数多くの素晴らしい作品に接した事が、その素質を花開かせるに大いに働いた事と。

ラッファエッロの実母は彼が8歳の時に亡くなり、父親はじきに再婚、女の子が
生まれたものの3年後、ラファエッロが11歳の1494年61歳で死亡。
こうして早熟の天才画家が、急激に独り立ちを強いられて行ったわけですが、
ラッファエッロは父親の残したこの女性2人と遺産相続で揉めたそう!
       


1階の部屋には、当時の家庭用品などが置かれ大変良い雰囲気で、
もう写したくてうずうずで。  後程、どのようにして撮ったかをね・・。

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暖炉の中に見える物と、右の壁に取りつけられた重しの下がった物が
繋がっているのが見えますか?   
これは肉を炙るのに、適当に周るよう工夫された自動グリル器ですって! ははは。



陶器、銅器、秤、何か分からない物あれこれ・・、ですが、
もうこれだけで、静物画になりそうでしょう?!

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こちらは金庫。 素晴らしく重そうで・・!

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金庫の内側は、技術的で複雑な仕掛けが、美的な程に込み入っているのを
あちこちで見ています。



この可愛い窓への階段と腰かけ、子供のラッファエッロが覗く様子を想像したり・・、

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そして素晴らしく美しいフレスコ画が1枚。 多分彼が父親から絵画の手ほどきを受け、
当然フレスコ画の技術も習ったろう、若き若きラッファエッロの作品。

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多分彼自身が生まれたであろう寝室の部屋に置かれたこの作品、
肌が本当に柔らかく、ほんのりと色味が射していて、長い間見つめました。
はい、これは素晴らしかった! 好きです!



家の床、そして天井の梁。

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生家博物館には、ブラマンテのデッサンとか、他の作品もあった様ですが、
・・はは、覚えておりません。

写真禁止なのに、なぜ何枚かの写真があるかを白状しますと、後から来た
東欧人らしいカップルが、フラッシュ付きで写真をね。
パシャッと光った後、誰か来るか、何か注意が来るかとshinkaiはじっと待ち、
何も起こらないのを確かめて後にね、はは、
でもTVカメラの位置に気をつけ、少し写したという訳でした、はい。



2階部分の展示はアッカデミア関係の展示との事で、この辺りは何が何だか
猫に小判でまるきり分からず、関心もなく・・、へへ、
この窓際の椅子席と、窓の半分づつ開く鎧戸が面白く、

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上から見下ろす、小さな中庭。

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生家博物館を出まして、そのままラッファエッロ通りを上がって頂きましょう!
既に道がカーヴして、生家博物館は見えなくなり、

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まったく、凄い坂道でしょう?! 雨の日雪の日は大変でしょうねぇ!

地図を見ると、この道のあちこちに大学の学部が散らばり、法廷もあり、
常に多くの人々が往き来していて、そして、この両脇に駐車している車!!
うっかり発進したら、即ドスンとやりそう!
いやぁまったく、ウルビーノの人々はエライ!!!



坂の中程にある、ここは中世のオスペダーレ跡、巡礼者を泊めたり治療したリ、
貧者への救済に当たった場所。

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ですがぁ・・、いちびりshinkaiが思うには、
この坂道だと、ここに辿り着くまでに、生き倒れになるんではないかと・・!



で、まだまだ坂は続きます。
見えます? 坂下にあった教会の鐘楼の高さと同じ!!
       
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で、やっと頂上にあるローマ広場、公園に到着、
最初にご覧頂いたラッファエッロ像のアップを眺め、一息。ご苦労様でしたぁ!!

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こちらは、中心のレプッブリカ広場から西に下るマッツィーニ通りで、下に
ヴァルボーナ門・Porta Valbonaがあり、これはその門の上からの眺め。

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この門の外側に大駐車場がありますが、昔訪れた時の何倍もの広さで、
でも見覚えのバールがひとつあり、懐かしかった。



ウルビーノにはこんなに美しいお城、ドゥカーレ宮もあり、

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ぼちぼちとご案内して参りますので、長~~い目で待ってやって下さいませませ!


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・ n.2 山の人々のかっての生活は ・ 夏祭り

山のかっての生活の様子を再現して見せる夏祭りの様子を、どうぞご覧下さいね。
これはセルジョの写した、ベランダの花飾り。 素朴で、なかなか可愛いでしょう?

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夏のドロミテ ・ コルティナ、ミズリーナ湖
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460885260.html

ドロミテからご挨拶 ・ Saluti da Dolomiti
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460884868.html



さて、夏の夜祭りの続きですが、
昔の散髪屋さんの道具が一揃い、店開きをしており、

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鏡の前には、男前を上げるための小道具もあれこれ!

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白衣を着こんだ散髪屋さんが待ち構えているのを見て、
旧式の可愛い椅子に、大男のセルジョが座り込み・・、

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男前をいやがうえにも上げるべく、お髭の手入れをね、はは、
横から孫のサミーラが心配そうに見守る中、チョキチョキと。

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う~~ん、男前が一段と上がったようにも見え、相変わらずにも見え、ははは。
日本語で何を書いたかは、会ったら説明せんといけませんが・・。



こちらはもう説明要らずですね、鍛冶屋さん。

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なぜかよく分かりませんけど、ええまぁ大体想像はつきますけど、先回の大木の皮剥ぎ、
水道管のくり抜き、この鍛冶仕事など、大力を必要とする労働に携わる男性たちは、
どことなく生き生きとしているように見えません?! ははは。



大広場では手作りのビールを飲ませるのがオープン、いっぱいの人々で埋まっていて、

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おつまみのお皿にはチーズとハム類、これは有料で、備え付けのパンはお好みで、
勿論、喜んでビールとチーズを! 夏祭りには最高の飲み物ですよね。

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お手伝いしていた可愛い子たち。

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このテーブルでは、こんな風に拳、モッラ・morraと呼ぶそう、をして見せていて、
声を張り上げ、テーブルをどしどし叩きながらの熱戦。

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奥の若いお兄ちゃんが審判で、それは分かりましたが、勝負内容はさっぱり分からず。



山の歌を聴かせるお二人もいて、

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写真を撮ろうとしたら、この子、お父さんのズボンにつかまって・・、
パパァ、怖いシニョーラがいるぅ、なんて言ってないだろうねぇ?!

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道筋には、山羊を何匹か引き連れた一団もいて、

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連れ添ったロバ君の首には、花飾りまであり、

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ジュースを飲むこの可愛いボクを写そうとしましたら、
ちゃんとジュースの缶を口にあてたまま待ってくれ・・!

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おお、良い子ねぇ! 大きくなっても、女を泣かすんじゃないよ、いいね?! 



こんな風に山に向かうのでしょうねぇ。 ええ、今夜は村内一周でしょうが。      

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こちらは、りんごジュースの屋台。 綺麗なお姉さんも写ったこれをどうぞ。

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りんごジュースの作り方は、切り割ったりんごをこの桶に入れ、男性が両方から、
重し蓋についたハンドルを回します、 えっさ、ほいさ、やれさ、

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と、搾り汁が、下の受け口から流れ出すのが見えますか?
そう、かなりの力仕事の様ですね、これは。



蜂蜜の屋台のお姉さん。 山の蜂蜜は、本当に美味しいのですよ!

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という所で、ちょっと一息、雰囲気を変え、ここからはセルジョの写真でご覧下さい。
これは素晴らしい! と思ったモノクロを1枚、写っているのはパオロ・Paolo、長男。

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引いて来たセルジョの写真の中にあったのですが、なぜか3枚モノクロで写していて、
その1枚が上。 素晴らしい! と電話で褒めると、大いに気を良くしてましたから、
これからモノクロ写真が増えるかも! ははは。



これからのは、やはり昨夏に行われたという、シロールの村の草刈り競技の模様。
曇り空の、時にぱらつくお天気だったようですが、なかなか面白いので、どうぞ。

まずはブラスバンドが村から出発ですが、このユニホームもティロル風ですよね。
そして先頭に、はは、草刈り鎌が見えるでしょう?

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でも3枚同じ場面があるのにみな後ろから。セルジョォ、何で前から写さんかった?



村はずれの競技場に到着。

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参加選手一同、武器の手入れに余念なく、鎌研ぎの砥石も勿論準備されていて、

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番号札が見えますね、参加選手は、指定された一画の草を刈るのだそうで、

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男性も女性も、なんと子供まで参加しているのが良いですねぇ!



早く綺麗に刈ることは勿論、その草をこの様に布の上に置き、残さずに運べるよう、
綺麗に包むまでが競技の内容。

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こんな風に、刈った草の包みが転がり、まだ仕事の済まない人も見え・・。
夏の長閑な、山の人々の一時の楽しみ、お笑いなのですね。

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こちら最後の写真は、夜祭りで私が写したガキ坊主2人。

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撮っても良いかと聞くと、きゃああ! と屋台の後ろに隠れ、また顔を出して笑い顔。
ははは、おちょくられました!

夏の夜の、山の生活のちょっとレトロなお祭り、楽しんで頂けましたように!

◆*◆

昨朝ベッドの中でまだ目覚ましがならないなぁ、と気が付き見ると、なんと9時半!
夜中の内に雷が落ちたかどうかで停電になっており、電動の目覚ましも鳴らず、
電灯もつかず。 大急ぎで服を着て、コンドミニオの配電盤のスイッチを上げに行き、
やれやれ、元通りに。

何年も前から、配電盤がコントロールしてくれているのですが、
先月ガルダ湖、ヴェネツィア旅行から戻った時は、2日前の嵐で停電になったままで、
冷蔵庫も冷凍庫も止まっており・・。

多分、ヒューズの取り換えも出来ない私みたいな者には、昔と比べ確かに便利には
なっていますが、時に思いがけないロスもありますね。

電動のイギリス製の目覚ましは賢く、電気が通った途端PC並みに1人で時間調整を。
丸い形の下半分が天気予報次第で色が変わり、夜中も一人で赤やら紫、青、緑と、
潜りのナイトクラブみたいに色が変わります、ははは。

一昨日から遂に蝉の声が聞こえ始め、ジジ、ジジと一日中単調に鳴き続けていて、
ええ、今週末は少し暑くなりそうで~す。
       
          
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・ n.1 山の人々のかっての生活は、・ 夏祭り

今日ご覧頂くのは、昨夏に行ったシロールの息子の山の家から、夜皆で出かけた
近くの村の夏祭り、日本の様にお神輿が出るとか、お神楽があるとかはなく、
多分に村おこしや村人自身の楽しみも兼ねてでしょう、
山に住む人々の、かっての生活を再現して見せる、という物。

今頃イタリアの各地で、中世回顧のお祭りが流行っていますが、それとも一味違う、
でも大変興味深い楽しい催しでしたのでどうぞ、ご覧下さいね。

昨年は自分のカメラを持たずに出かけ、セルジョのコンパクトカメラを借りての
写真で、他にセルジョが写した物もあります。
先ほど彼に電話をし、ブログに彼や孫が登場する事、彼の写真も使う事に
了承を求めましたら、はは、大喜びでOK!
       
トップはセルジョ・Sergioの撮った、奥の白い鐘楼の見える村がシロール/Siror.

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n.1 夏の思い出 ・ 山の家、庶民の避暑地
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461527165.html

n.2 夏の思い出 ・ 山の家、庶民の避暑地
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461527243.html
  


夏祭りはトランザックワ・Transacquaという村で、シロールから歩いて2,5k程。
勿論散歩を兼ねてですから歩いて行き、そうで~す、村の中を歩き回り、帰り道もで
結構な距離になりますが、皆さんには当たり前で・・。
 
こちらは村外れにある、共同洗濯場。

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そうご存知ですよね、昔はお湯の中に洗濯物を入れ、汚れを落とす為に灰を入れて
ぐつぐつ煮て・・、ほら、左に灰の入ったバケツも見えますね。

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で、洗濯物につく嫌な匂い消しに、この植物を入れたのだそう。

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今の香りの良い柔軟剤の代わりで、いつの時代も女たちの愛情と知恵が見えますねぇ! 
    
追記です。
この植物の写真を見て興味を持ち、何の植物かと探して下さったフランスの
ブルゴーニュにお住まいのOtiumさんが、この夏の旅行で突きとめて下さいました。
「ニガヨモギ」という名で、こちらをどうぞ。
http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-1461.html



汚れを落とすには、洗濯板の上でゴシゴシやるだけでなく、こんな風にブラシも使い、

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セルジョの孫のサミーラ・Samiraが村のシニョーラに教えて貰い、恐るおそる・・。



こんな風に、山の水を引いて来ているこの共同水槽で、洗濯しながら濯ぎながら、
お喋りが弾んだのでしょうねぇ。

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こちらは、昔の炭を入れるアイロンを使って見せるシニョーラ。

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後ろに素晴らしい麻のテーブル・クロスがあり、セルジョの奥方のドナテッラ・
Donatella が訊ねましたら、彼女のお姑さんの物だったそうで。



村の中を歩きながら出会った美少女。 そう、こんな風に皆さん、衣類も昔風な物を。

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これはちょっと分かり難いかもですが、広場の一角に運んで来た木の橇を
今から組み立てるシニョーレ。

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橇は雪の上を滑って遊ぶ橇ではなく、高所で草刈をした後、下の村に運ぶ為の橇。
既に一杯やっているのか、とにかくゆっくりで、ははは、我々が戻る頃になっても
まだ全部出来ていませんでしたぁ。



これが上の橇のミニチュア版。刈った草を包んでこんな風に、ね。
切った木材も運んだようです。

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このシニョーレの前にある四角い箱、これはザンゴラ・zangoraという
バターを作るための撹拌器。

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ええ、パッチワークをされる方ご存知ですよね、ザンゴラというモチーフのあれです。
残念ながら、中の様子は見れませんでしたが。

ザンゴラの左下に見える四角い木形は・・、



この木形、底に模様も見えますが、これがバターを流し込んで固める木形で、
ちょっぴりをパンにつけて味見できるように。 これが本当に美味しいバターで!!

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イタリアのバターは美味しいと思いつつ、日本のより塩味が薄く、時に物足りなく
思うのですが、これは、もっとおくれ! と言いたい程に美味しかった。



さて、こちらは手作りチーズ。 型に入れて作ったのを、小さく切って、

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こちらののシニョーレがこんな風に焼いて、       

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食べさせてくれま~す! ええ、美味しかったですがね、

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それよりも、この2人が可笑しいでしょう? 爪を黒く塗った彼女が悠然と腰をひねり、
彼の方はもうまるで無抵抗、されるがまま、という感じでね。ははは。

そう、皆さん一杯やりながらでして、
上のザンゴラの横にも、空のコップがあるのに気が付かれました?



少し写真が暗いですが、こちらも食物、リンゴの輪切りのテンプラ、というのかな、
これも美味しいのですが、こちらはお金を払ったと。

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あちこちの広場で、かっての労働、仕事の実演もあり、
       
こちらは手前が麻、奥の立てたのがカーナパ・canapaという麻の一種、
だったと思いますが、取り違えておりませんように。

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それを8日間かな、水に浸して柔らかくした物から繊維を取り、糸に紡ぎ、
布を織る訳で、これは鉄の針の間を通し、繊維を細かく裂く作業。

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これはカーナパの繊維をこの器械の間を通しつつ上から打ちつけ、柔らかくする作業。
そう、上の丸いハンドルの内側が、2つの溝になっているのですね。
       
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夏の衣料に最適の麻の布。 麻はとても薄く手触りのよいのもありますが、
カーナパの方は少しゴワゴワする、繊維が固い物と。

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シニョーラが大変丁寧に、繊維を取りだす工程を教えてくれたのですが、
すみません、1年経ってみると細かい部分をしっかり忘れ・・。

以前、刺し子や菱刺しに熱中していた頃読んだ物に、綿は暖かい土地だけですが、
麻は日本の東北地方でも栽培でき、洗ってすぐ乾く麻は夏の農作業には良いものの、
東北の冬の寒さには暖かさを保てず、
何枚か麻の布を重ね、それに綿糸で刺したのが菱刺しの初めとか。

上の写真の様に、糸を紡ぎ布を織り、家族の衣類を調えるのが女性の大きな仕事の
一つであり、また売る事も出来る現金収入の道で、手仕事の上手い女性が良い嫁で、
嫁ぎ先も選べたとか、不器用な人は、てつぬけと言われ・・と!

こうして改めて見ると、今は趣味の部類に入るこういう仕事も、
洋の東西を問わず、かっては女達の重要な仕事だったのを実感です。



こちらは毛糸編み。 ええこれも好きで、アラン模様にも凝りましたっけ。

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裁縫のグループもいて、ほら、このミシン、手回しなのですよ。

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ご覧の通り、この辺りはドロミーティの麓、南ティロル。

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さて、男達の労働は・・、まず、切り倒した木の樹皮をはぐ事。

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かっての水道管作り、60年前まではこんな風に、と。

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凄いですねぇ、幹の真ん中をくり抜いているのですよ!
勿論2つに割り、溝にくり抜いた樋もありましたが、正直この水道管には驚き!



こちら年配のシニョーレは、木靴の底作り、

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こんな風に。

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これと同じ物を、ウンブリアの民衆博物館で見た事があります。
上側部分がどうなるのか、ご覧下さい!
民衆伝統博物館 ・ チッタ・ディ・カステッロ ・ Città di Castello
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462901367.html



これは籠作り。

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日本の籐の籠、竹かごと同じテクニックですが、日本から持参の竹籠は湿度の問題から
じきに割れました。 そう、漆器も難しいと聞きますが、
こちらでは藤は使いますが、やはり用いる材質が違いますね。



最後はセルジョの写した写真をどうぞ!
谷間に細くカーヴしつつ、町や村が続き、いかにも夏山の空気で、素敵でしょう?

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今朝電話した時には、いつ来るんか、待っているよ、と嬉しい言葉。
はい、箪笥へのお絵描きの宿題が、三食ハイキング付きで待っていて、ははは。
では、山の生活のお祭り、明日またお楽しみにどうぞ!
      

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・ n.2 ジェノヴァの水族館 ・ ヨーロッパで一番の、

昨日に引き続き、ヨーロッパ一の規模と言われるジェノヴァの水族館のご案内を。

これは、建物のテラス越しにみえる突堤脇の眺め。

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この水族館のある旧港周辺は、1492年のコロンブスのアメリカ大陸発見500年を
記念して開催されたジェノヴァ万博に際し、一大再開発がおこなわれたもので、
水族館や、隣にあるビーゴと呼ばれる大展望観覧車などなど、
レンツォ・ピアーノの設計によるものです。



水族館内にあったクリストフォロ・コロンボ・Cristoforo Colomboの大パネル。
  未知の大洋を渡り、クリストフォロ・コロンボはそれと認識せずに新大陸を発見。
  その時より、世界は一変した。

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大洋の向こうにあるだろう未知の世界と豊かさを求め、スペインとポルトガルは
しのぎを削り、成し遂げましたが、 単に冒険心からだけではなく、
成功した暁の報酬や富を夢み、恐怖心を乗り越えて船出して行った訳であり、
航海にかかった莫大な費用は、船出を認可した王たちの懐から出ましたが、
それは既に征服していた植民地から吸い上げる富で、香辛料や金鉱からの
収益金、税金だったと。

大人になって真実を知ると、そうだったかと思う事も度々ですが
リスボンの街で、ほら、あの教会でコロンブスが結婚したのですよ、と教えられた時、
何か急に彼を、等身大の人間に感じたりもしたりで。



下の階にはこんな浅いプールもあり、子供達も遊べるようになっていて、
パチャパチャやっていた子も。

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大小の水槽も熱帯魚の物となり、魚たちも海中生物植物も、
嘘みたいな色柄で溢れかえり、

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管理の方か、学者兼かもですが、水槽内を探検中。

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水族館と言うと、魚類だけと思われるでしょう? はい、私めも。
所が暗~い一郭があり、ジャングルみたいな作りで、
なになに、ここ? と言いつつ、下を覗くと、こんなのが!
暗い木の階段から転げ落ちぬよう、注意してそろっと、ね。

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茶色い大きいのだけではなく、色鮮やかな青緑のもいて、これは尻尾の先まで
5~60cm程だったかな、イボイボざらざらの肌がどうもね。

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オレンジ色の5mmに満たない程の小さな小さな蛙くんたち、世界で一番小さい蛙
というのも見ましたが、大小にかかわらず、どうもあの爬虫類の皆さんはね。



こちらは非常に美しい海ガメ君で、悠々と、目の前を行ったり来たりしてくれて、

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ジュリアーナが喜んで、ほらほら、こっちこっち、と手を広げ、可笑しいですよね、
傍に来てくれると嬉しくなったりで。

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こういう顔付き、如何?! おでこの上に、もひとつ脅しの顔があるようにも見えるし、
どことなく人間の顔にも近い感じだし・・。
「アバター」の映画は、こういうのからヒントを得たのかな?

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熱帯魚の体の色は、光の反射によりまるで蛍光色みたいに変わり、
ひらひらと目の前を泳いでくれると、目眩まされ、何枚もシャッターを切り、
その癖なかなか上手く撮れず、

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若い女の子におちょくられた小父さんの心境はかくの如しかと・・、はは、失礼を!



何層か重ねたハンバーガーか、生クリームにトッピングしたケーキに見えません?

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ひらひらと、ゆらゆらと、色々な色の触肢(でいいのかな?)が優雅に揺れ、誘います。
う~ん、夜の薄物で誘惑の感触かなぁ。

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という所で現実に戻り、ははは、この辺りの大きな水槽の様子をどうぞ。       
小型の熱帯魚の水槽にしたら大きいでしょう? 昨日ご覧頂いた大型サメや
イルカの水槽などは、見上げる高さで、横の端が見えない大きさでしたよ。

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最後は、かる~く軽く、クラゲの一族をどうぞ。

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夏の海で刺されると大変らしいですけど、
いかにも軽く、ぽわ~~ん、ぽわ~~んと優雅に動き、

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最後のこれは、傘の点々が光り、タマタマの光る足もふわぁ~っと、とても綺麗。

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あ、すみませ~ん、クラゲの雲丹あえを乗せた冷ややっこと、生ビール、
それとあと、枝豆か胡瓜もみをお願いします、
で最後は、うな重に肝吸い付きで。 なんぞと、最後の発想がやはり食い物に。

ジェノヴァの水族館、お楽しみ頂けましたように!       


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・ n.1 ジェノヴァの水族館 ・ ヨーロッパで一番の、

なんとまぁ、今日から8月! あっという間に日が過ぎ月が去り、はや年の暮、
うんにゃちごた、8月でございます。
 
という事で、夏の盛りにふさわしい、はは、ジェノヴァの水族館にご案内を。
・・子供じゃあるまいし、そんなもん今更、とは言って下さいますな、
shinkaiめもそう思いつつ出かけましたが、何のぉ、大いに楽しみました!
涼しそうな水の色、強面の魚、時に可愛いのもで、ごゆっくりお楽しみ下さいませませ!

水族館の建物入り口、2階から入館で、再開発されたジェノヴァの古い港部分に。

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ジェノヴァの全体のご案内は、こちらから
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460834370.html       

ジェノヴァの街角 ・ 見下ろす守護神
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/470952597.html

海沿いの散歩道と、リスの走り回る公園 ・ ネルヴィ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/470952829.html



こちらが水族館入り口ロビー。 大きなディスプレイに海の生き物がいっぱいに!

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水族館はジェノヴァの古い港の部分にある、と書きましたが、入ってすぐの部屋の
小魚類の奥に見えるこの石垣、これは古い港の突堤を利用しているのだそう。

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円柱形の大きな水槽が部屋の真ん中にあり、大きなウツボが岩の穴の中から
出たり入ったり。 まさに獰猛な顔つきで、ズボーとした丸く長い胴体も恐ろしく!

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岩の底の穴に見える頭と尻尾。 これが繋がっているのかと、皆恐れて見つめましたが、
良かった、別物でした!
いや、落ち着いて考えて見れば、我らが餌になる訳ではなく、ははは。

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同じ水槽に、こんなのもいて。 顔でビビらす連中の水槽かや、これは?!

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涼しそうな顔して、すぅ~~っと前を横切る怖いお方、

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大きな水槽にいっぱい泳いでおられ、  何で敬語使うの、ワタチ?!



大工仕事をされる方も、ね。

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一息入れるのに、こういうのもちょっと見て・・、はは。

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こちらはもう、大きくても全然怖いイメージなし、どうやら、ご飯を貰っている様子。

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餌を貰っては、

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時にこんな風に、顔を見せに近くをす~っと。

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そのうちに、ズボッと長靴の脚が上から入り込み、 さすって貰っているのか、
尻尾を振るのですよ。 いや、尻尾では無くて、尾ヒレをね、プルプルと。

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水紋がプールの壁に映って揺れて、とても美しいのです。
明るいレンズをつけていたら、もっと綺麗に撮れたでしょうに!



頭だけではなく、こうやって背中もさすって貰い、

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ああぁ、気持ちがいいぃ! お腹もさすってぇ~!

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こちらの岩だらけの水槽の中、ぬぅ~っと魚雷が。 

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いや、魚雷ではなく、腫れぼったい可愛い眼をしたアザラシちゃん。 

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これは怖い、ピラニアの皆さん。 体にピカピカ光る金粉なんぞ塗ってからにぃ!  

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こっちでは、上からチャッポーンとペンギンが次々飛び込み、すいすいと泳ぎ回り、 

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ガラスの向こうには、見物人がいるのもぼんやり見え、どうなっているのかと思ったら、
水槽の横面を通って階段を上がると、こうして上側も見えるようになっていて・・、 

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こんな風にすぐ近くまで泳ぎ寄って来るのが見え、う~ん、ペンギン君に
逆に見られている様な感じね。

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水槽だけではなく、帆船の上から見下ろす感じにも作ってあり、
下の階からだとすぐ脇に行けるプールもあり、
   
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見せ方を工夫しているというのか、建物内は広く長く、2フロアーびっしり埋められ、
とにかく、飽きずに楽しめるのです。 喜んできゃあきゃあとガラスに触っていた
ジュリアーナなど、係の人に、もうちょっと下がって、と、ははは。
       


で、今日の最後におまけを1枚。 階段の横のテラスで日向ぼっこをしていた女性。
ははは、見えちゃったぁ!

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という事で、この続きはまた明日、はぁ~い、入場券は明日も有効で~す!


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