・ チゾン村、夏のサーグラ ・ 手作り職人市

今日のご案内は、8月中旬に開催されていたチゾン・ディ・ヴァルマリーノ・
Ciaon di Valmarinoの手作り職人市のサーグラ・お祭りです。
実際に作っている場面も見れるというので、暑い夏の午後出かけて来ました。

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チゾンの村に、春をさがしに
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463526050.html



トウモロコシ畑の中の特設の広い駐車場に車を止め、少し歩きます。
町外れの山の上には、このカステル・ブランドが。 
古い歴史を持つ素晴らしい城で、現在はホテルですが、面影を残します。
       
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2000年の歴史 ・ カステル・ブランド・Castel Brando
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462784366.html



チゾンのこの「手作り職人市」は毎年恒例で、今年がすでに29回目。
イタリアの職人は勿論、ドイツなどからも参加で、夏の日の午後、出かけて来た
人々がどんどん増えて行きます。

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町の中を川が流れ、小橋を渡って行き来する人びとも多く、遊んでる子供も
見えますが、水の流れはとても綺麗なのですよ。

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中心広場に面した建物の窓。 春先は寂しかったテラスにも花が溢れます。

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そして広場にはこんな風に、大テントの下、テーブル席が並びますが、
こんな場所があちらにもこちらにも、何ヶ所にも用意されているのですよ。

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まだ時間が早いので空いていますが、飲食もサーグラの大きな楽しみなのですね。
皆さんそのつもりでやって来ていて、じきに満席です。
       


川岸のわき道にもテントの店が並び、人々が覗き込み、品定めしながら、
ゆっくり移動して行きます。
人の少ないチゾンしか知らず、この人出にまず驚き!

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あたり一面素晴らしい香りが漂うポプリのお店。

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ラヴェンダー、オレンジ、薔薇、等など。 種々様々の見当もつかない植物の香り。
求めに応じての詰め合わせもしていましたが、お値段もなかなか結構で・・。



春先には閉めていた大きなお屋敷の蔵も開放され、店が並びます。

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大きな手織り機を据えての織物、所謂襤褸織りという古い生地を混ぜる物から、
素朴な毛糸手織り、バッグ、ベルトなどの革細工、オリーヴの木の食器類、
木工細工、パッチワーク、衣服、編み物、鈎針レース、布小物、毛皮、スケッチ、
油絵、肖像画、ガラスの柄入れ、陶器、金物、鋳鉄、貴石細工、アクセサリー、
手作りフェルト、手作り食品、石鹸、香り、家具類・・・、

ありとあらゆる屋台が並びます。 持って帰ったパンフレットによると、  
全部で110店の出店。 太極拳のグループなども勧誘に。



かって、牛に引かせた農機具の様ですが、蔵の横に。

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このお屋敷の蔵も由緒ありげで、興味を持って眺めたのですが、
こんな風にテラス式で、軒下の張り出しの通路みたいなのが見えますか?
あれ、なんのためだろ?!

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テラスの突き当たりの壁には、農機具やら牛の首かせやら、隅には大きな炉も。
真ん中に見える長方形は、鋸で、ええ、お金持ちの農家なのは分かりますね。

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あちこちの建物が開放されて店の展示に使われているのですが、
こうして見える部屋の中の様子、シャンデリア、山沿いの村の建物とはとても。

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そうなのですね、この村というか町というか、チゾンはこの地にありながら、
歴史ある豊かな町なのです。

手前に見える付け鼻のお兄ちゃんたちは、子供たちに風船のサーヴィスをしたり、
ちょっとした手品を見せたリ・・。



あちらこちらの小路を上がったり下ったり、ちょっとした広場の奥にも店が並び、
こんな具合に火がおこされ、鳥の串刺し焼きの準備万端。
もう、いい匂いが漂い始めます。

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道脇の低い位置に、町の台所家具専門店。 可愛いでしょう?!

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流し、ガス台、レンジなどお馴染みですが、日本の台所と違う点、お分かりですか?
食器棚がないのです。 左手前の流しの上にお皿が並んでいますね、
少し見え難いですが、あそこが水切り棚でもあり、洗ったお皿をあそこに並べ収納し、
普通は扉つきで、普段使いの食器類はここので全部!!

日本の様に、料理に合わせ、季節にあわせ食器を選ぶ事などなし!
いつも同じ家族のお皿類一式があるのみ!       
お呼ばれに行っても、いつも同じお皿が出て来るので・・、日本人としては、ネ。



中心広場まで戻り、教区教会の横の坂道を。

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教会正面壁の優雅な彫像。 右のは、兜を被っているような。

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教会脇の扉が開いていて、ゴスペルソングが聞こえます。

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最終日の今夜、教会内のコンサートを控えてのリハーサルの最中でしたが、
音響効果抜群なのですよ、教会内は。



アジサイがまだ満開! イタリアの花の時期が長いのにいつも驚き、そして嘆息。
四季がなく夏と冬だけみたい、と。

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この建物は初めて気がつき、立派さに驚きですが、教区司祭のお屋敷、とあり・・。
実際まだそうなのか、すでに個人のお屋敷か・・。

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右手の奥で盛んにワン君が吠え、記念に1枚。



こちらの道は車進入禁止となっていて、制服の方が立ち番を。 
町は東西に延び、皆さんぞろぞろと。 ね、正面も、大きなお屋敷でしょう?!

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犬も含めて家族総出のお出かけで、小さい女の子が最後尾に。

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真ん中の細長い広場には、刈り込みの動物たちも並びます。
ブランドのお城はあの高さに。

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面白い呼び鈴と気がつき、次に上の標識に。ジェローラモ・ブランドリーニ広場
とあり、どなたの名前か調べましたら、伯爵で、近くのソリゲットの領主で、
ヴェネツィア共和国の貴族との事。 今のところ、これで十分ですね。

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上の写真で、由緒ありげなお屋敷の蔵、と書いた建物にもこの赤色が使われており、
何か関連があるのかな?



どっしりと素朴な大きな建物が並びます。 農家の建物ではないのですが、
中を窺うと、作業所の様でもあり・・。

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通りの角の水飲み場。 古い形が趣でしょ?

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町の一番西外れの大きな農家の広い庭。 ここにもあれこれ店が並び、
食事用のテーブルもたくさん準備。
  
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で、こちらの一廓でこの女性が、マーブル紙の実演を始める所に出会いました。
これを見れたのが、今回の大きな収穫!

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マーブル紙はご存知ですね? フィレンツェやヴェネツィアで、この紙を使っての
文具小物や、箱、フォルダ、ノートなど様々な細工物を見た事がおありと。

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色も柄も様々ですが、見ただけで嬉しく欲しく、何度かあれこれ買い込み、
以前はこの紙の上にルネッサンス衣装の女性の横顔とか、
柄によっては、花を描いたりしたのでした。


今回ご紹介の写真3葉は、フィレンツェのオーメロ・Omeroのサイトからで、
紙細工だけでなく、革表紙の本等もご覧になれます。
http://www.firenze-oltrarno.net/omero/italiano/index.html

マーブル紙という名の由来が良く分かる柄を。 まさに大理石を思わせる柄です。

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歴史をたどると、8世紀頃の日本の墨流し染の紙が元にあり、今のマーブル紙は
16世紀頃のペルシャやトルコが起こりといい、オリエントとの交易が始まると、
この紙は箱の内張りとしてヨーロッパ向けに大いに利用されたのだそう。

同じ色を使っての3種類の紙の出来上がりですが、一枚ずつの手作りで、
同じ物は出来ません。



この写真で、作り方のご説明を。

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まず水を張った容器に、希望の色をポチポチと落とします。

かっては水彩絵の具に牛の胆汁を混ぜたそうですが、今回私が見たのは
アクリル絵の具使用で、水には、粉のゼラチンを溶かしているそう。
つまり、これで絵の具が水面に浮くわけですね。

希望の色を落とした水面に、竹串で横に何本か筋を入れ、次に縦に何本か引きます。
この状態で、今下半分に見える形が出来上がります。この柄の紙もありますが、
その上から櫛でチョイチョイと引っかくと上の形が出来る、という訳。

この上からもう一度色を落とし、花や蝶を作る事もでき、
絵の具の柄の上から空気が入らぬように紙を広げ、色を写し取り、3秒程、
引き上げて出来上がり!
油絵の具を使い、それにテルペンチン・松脂を混ぜて染めるのも出来る様で、
       
文字で書くと大変そうですが、小学生の実習で作っているサイトも見つけたので、
大丈夫と!
フィレンツェの店で実際に作っている様子のYoutubeをどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=NOy8X7MR0iI



最後に、今回気に入って買った磁器のパンフレットを。
ドイツのドレスデンからの参加で、この市の最優秀賞を受けた様子。

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勿論こんな大きなものは買えませんが、このトンボの柄が一つついたカップを。
15エウロだったと。
実際の器の色は殆ど白に近いグレイで、萩焼の白色に近いかな、
トンボの青も明るい青灰色で、羽の網目が描いてあり、お気に入りで使っています。

一概に手作り職人市といっても、趣味の延長的な物が多かったのですが、
上の磁器の様に本格的な物もかなりあり、手仕事大好きな私には楽しめました。



広場のテーブルについて食べ始める人も増え、屋台には明かりが点き、
ますますの人出。 おまけに今日は市の最終日ですから、真夜中まで!
      
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という所で、我が家に戻ります。

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・ アントニオ・カノーヴァ ・ 塑像博物館、テンピオ

今日は18~19世紀にかけての大彫刻家アントニオ・カノーヴァ・
Antonio Canovaの生家、現在は塑像博物館で彼の作品原型が
見れる、と、彼自身が眠るテンピオ・Tempioへのご案内です。

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地図をどうぞ。 彼の生家、塑像博物館、そしてテンピオのある
ポッサーニョ・Possagnoは、アーゾロ・Asoloの北、約11Kの距離に。
近い距離ではあるのですが、一山越えて、という印象で町に到着です。

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ポッサーニョの町の人口は2000人程、海抜276m、これは博物館前の
駐車場からで、この右手に博物館・ジプソテーカ・Gipsptecaと生家、
そして生家前から北前方まっすぐ山の手に、テンピオが臨めます。

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一山越えて到着した田舎町とは思えない豊かな雰囲気があります。
世界中に有名な大彫刻家の生地、という誇りも勿論あると思いつつ、
今回調べて知った事なども後ほど。



こちらが塑像博物館・ジプソテーカ、濃い緑色の扉が入り口、隣は市役所。
ちょうど良い具合に、素敵な女性が・・。

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上の写真の入り口部分に切符売り場とブックショップ、通路に出て左手に
生家博物館、そして正面奥に見えるのがジプソテーカ。

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この通路右手にも作品が見えますが、左手はお庭。



上の写真の、ワン君。 まどろむ若いご主人をじっと見守る表情が何とも!

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館内は写真禁止で、これが買って戻った絵葉書で、大いに不満。 
というのも、

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館内に入った途端に受ける物凄い迫力、張り詰めた空気の圧迫感、
天井の高さ、静かな光に満ちた館内の色・・
まるで印象が違います! プロの写真でこうなのですから、
是非お出かけになる事をお勧めします!!

それはともかく、ここには世界中に散らばる彼の作品の塑像原型が
約100体集められており、数と質、大きさに圧倒されます。
    
今回の作品写真はすべて絵葉書、カタログからご覧頂きます。          



塑像原型というのは、実作品の大理石像を造る前段階の、
石膏やテラコッタの実物大原型で、

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大理石像の冷たくも柔らかい、奥から光が射す様な美しさはありませんが、
作品の素晴らしさは十分に感じ取れます。右手前は「マグダラのマリーア」。



アントニオ・カノーヴァの生涯についてはたくさん資料がありますから、
詳細は省きますが、

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1757年~1822年、65年間の生涯。 4歳で父親が亡くなり、石工彫刻家で
あった祖父に育てられ、はじめはヴェネツィアで学び、そしてローマ。
若い時期からその才能を認められ、ロココの過剰装飾を脱し、
洗練された静謐な偉大さを持つ古典的作品を生み出しました。

ローマのアトリエの塑像群をここに運び、船と牛車で、という記述に時代を偲び、
ジプソテーカを作りあげたのは、遺産相続した義弟の(母親が再婚しての)
司教様との事。
       


上の肖像画(Thomas Lawrence作)に良く似ていますが、
こちらは自像。こちらが断然素敵ですねぇ!

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塑像原型というものですが、実物にはこのように小さな青銅の釘が打たれていて、
実際に大理石像を彫りだす時の寸法を測るための目印なのだそう。
つまり師匠の作った原型に従い、工房の弟子、助手が作るための目安ですね。



こちらがエルミタージュ美術館所蔵の有名な「三美神」。
目前の近さで堪能いたしました。 やはり素晴らしい!
       
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見ていて思ったのは、彼の、または男性の、理想の女性像を彫っていると。
顔はあどけなく、若く清楚、そして体は熟し加減、というか。
そう、美しく、セクシーさも程よく上品に。



それにしてもと、目印の釘の意味を受付で訊ねていましたら、面倒臭くなったか、
この小冊子をくれました! やったぜ、ははは。
「ポッサーニョのアントニオ・カノーヴァ・ジプソテーカの塑型とモデル」
       
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この像は、ワシントンのナショナルギャラリーの「あごに指を添える踊り子」



型取りした石膏像の線と、目印が良く分かりますね。

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1802年、彫刻家志望者への初歩教育の為の石膏型取りの説明図で、 

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制作の工程 まずはデッサン。 (Leopoldina Esterhazyの記念像)

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絵の下描き段階に当る、テッラコッタの像。
デッサンから、形のイメージを引き出したもの、といえましょうか。

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そしてこちらは石膏の実物大のモデル像で、目印の釘も打たれています。

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上のテッラコッタの像とこの石膏像の間にもう一段階、実物大のモデルが
粘土やテッラコッタ、蝋などで作られ、まず外側の型が取られ、そして支えを入れての
実物大のこの石膏像、という訳ですね。

測定目印の釘の存在が気になって調べ、工房にやはり12人の助手がいた事を
知りました。 彼らがかなりの部分までを彫り、最後の仕上げを師匠自身ですね。
       
カノーヴァの大理石彫像の特徴としては、更に最終研磨の見事さがあるといい、
これにより、大理石像特有の美しさを引き出したと。

このレオポルディーナの記念像は、彼女の一族の城にあるそう。



最初にご覧いただいた展示室に沿って、カルロ・スカルパ設計の新館があり、
ご覧のように明るい展示室で、最初のイメージ具体化の為の小モデルも展示。
手前左に「踊り子の像」、そして一番奥に「三美神像」

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実はこのジプソテーカに行く前に、カルロ・スカルパ設計の「トンバ・ブリオン」を
見に行ったので、ここの新館の事は知らずに行ったものの、すぐ彼の作品と分かり。
それほどに印象深い、光と水の特徴ある設計です。

トンバ・ブリオンについては
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463693503.html       



生家博物館の上階から庭と左手の棟。 ここにヴィデオ展示室や台所部分が。
ローマの松ですね。

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逆の眺めで、庭を挟み、左手に見えるのがジプソテーカ。

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庭の中の道の手前に・・



足の石像が。 

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カノーヴァはこの生家によく戻っていた様ですが、博物館の為に義弟が運ばせたか、
いかにも古代ローマを偲ばせます。



訪れたのは7月下旬でしたが、庭にはまだ可愛い薔薇の花が。

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台所の、長い浅い石の流し台と銅の鍋。18世紀から19世紀の初頭というと、
近いようでもあり、遠くもあり・・。

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いかにもアトリエの雰囲気の部屋が、家の最上階に。 トレッタ・小さい塔と呼び、
生家にいる時はここで絵を描いていたといいます。

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天井の高い部屋にたくさんの胸像があり、高校の美術室を思い出しました!
       


こんな衣服の展示もありましたが、時代の雰囲気ですねぇ。

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ローマではヴェネツィア共和国大使館に寄宿し、後に共和国がナポレオンに倒され、
美術品がフランスに分捕られた際には、彼の分捕り品をイタリアに取り戻した、
そんな一面も彼の人生に。



生家のすばらしい一室には、あの「パオリーナ・ボルゲーゼ」の塑像も。
最初にもご覧頂きましたが、2つ折りの絵葉書で。

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生家には、彼の絵画作品、油絵テンペラ画も展示されており、男性の肖像画等は
素晴らしいのですが、女性を描いた物は、上手ながら並の出来、失礼!

博物館のサイトはこちらに。
http://www.museocanova.it/

博物館は 月曜休館、12月25日と元旦、復活祭がお休み
開館:火曜~土曜 9時半から18時  日曜 9時半~19時



ジプソーテカ前の道を渡ると、遥か、登り道の先にテンピオ・寺院が見えます。
素晴らしい視覚効果!

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参拝道が延々と、波打ちながら続きます。



いよいよ辿り着くと、この空間!
      
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ローマのパンテオンにも似た巨大なテンピオ。 彼自身が設計し、自費で
工事に掛かったそうですが、実際に出来上がったのは没後10年、
ここに彼のお墓があります。



テンピオの前面にこんな風に石のモザイク。
角にはちゃんと細い石が嵌め込まれ角度を出し、嬉しくて笑いが出ます。

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丸い建物部分はこんな柄。 幾何学模様が大好きで・・。

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遠くからだと、前列の円柱のみ見えるのですが、ロッジャ部は2列の並び。
何とも凄い空間。

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円柱の太さをご覧下さい。

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パンテオンにも似たテンピオを、自分用に欲する感覚。
この辺りになると良く分かりませんが。
       


円柱の手前に見つけた、靴の泥落し。こんな半円形は初めて見ましたが、
当時は地道だったのが分かりますね。

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テンピオ内部には、脇の小さい細い入り口をくぐる感じで入りますが、
内部は円形の教会で、今回は内部ご案内はパスで。



テンピオの前庭からの眺め。 東に向かい、小さい村が幾つも続きます。

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参拝道の脇道に並ぶ家々。

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大変豊かな感じのする町、と書きましたが、近辺から産する粘土を使っての
テラコッタの煉瓦焼きが、国中に出荷されていたそう。
その生産で潤った村なのですね。

そして第2次大戦時には村中で、クロアチアからの避難ユダヤ人の
十幾つもの家族を受け入れ匿い、ドイツ軍のパルティザン狩りが酷くなっても
何家族もが匿い通し、後年表彰されたとの事。
       
出会う町の人々の応対が少し違うのも、今迄の深い歴史にも寄るもの、
との思いも持ちました。



参道から外れた道を下って行くと、こんな古い家の壁があり、
そして葡萄畑、小さい果樹園・・。

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訪れた日は暑い盛りでしたが、すでにこんなに大きな梨の実。  

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カタログにあった地図で、ヴェネトの様子を。 太い線が高速、赤い線が
幹線道路、ポッサーニョまで、トゥレヴィーゾ・Trevisoから45Kの距離。

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トゥレヴィーゾからバスの便の乗り継ぎ、またはベッルーノ迄電車で行き、
そこからバスで、という方法もある様子で。

Moovit のサイトでどうぞ。 日本語も選択できます。
https://moovitapp.com/

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・ n.2 ヴェネツィア歩き ・ サンタ・ルチア駅 ~ サン・マルコ

今日は先回に続き、国鉄駅からサン・マルコ広場までの道行き第2回目、
サンティ・アポストゥリ広場からリアルト橋、そしてサン・マルコ広場の
様子をご覧いただきます。
この道筋はいっそうの混雑となりますので、はい、ごゆっくり!

国鉄駅からサンティ・アポストゥリ広場までに渡る橋は5つ。
そしてこの広場からリアルト橋までは橋を3つ渡りますが、
これは2つ目の小運河の眺め。
 
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左側から突き出した形のピンクの建物、3階部分の窓の下に白い石碑と
十字架が見えますね。 あそこがマルコ・ポーロの生家と言われます。
13世紀にシルク・ロードを通り中国まで行き、日本を黄金の国、
と西洋に伝えたあの方ですね。

今いるこの橋の右手奥に、彼一族の家が在ったと言われますが、
その辺りの詳細は、調べておりません。



も一つ橋を渡り、リアルト橋のすぐ手前にある現在の中央郵便局、
かってのドイツ商館フォンダーコ・デイ・テデスキ・Fondaco dei Tedeschi
の中庭の様子です。

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真四角の建物、中央に井戸のある中庭を囲む4階建て、13世紀からの建物が
炎上し、これは16世紀初頭に再建されたものとの事。
 
商館とは、港町に作られた外人用の商取引の場、倉庫、そして居住地ですが、
ヴェネツィアには現在もトルコ商館が残り、も一つドイツ商館の横にあった
ペルシャ商館は残っていないとの事。
地元の人間との紛争癒着、武器の取引、娼婦の出入等々を防ぐため厳重に監視され、
夜は外出禁止だった様子です。



上の写真で半分切れている、24時間表示の時計。
10時過ぎを指していますが、正確です!
      
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4層の重々しくも素晴らしい建物で、こんな壁が四面、中庭を取り囲みます。
       
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2階以上には居住部分も含め、200以上もの室があるそう。
ドイツ商館という名前ですが、後にオーストリア商人、そしてハンガリーの商人も
受け入れる、要するに北ヨーロッパ人の商館であったと。

中庭真ん中にある井戸のこちら側の浮き彫りは、勿論、サン・マルコのライオン君。



大運河側への正面がこの入口で、リアルト橋脇の、最高の位置ですね。
船での運搬、荷卸にも最適条件。

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さて、脇入り口から出て、リアルト橋に。       
       


リアルト橋・Rialto からのドイツ商館船着場を。
かってはこの大運河側の正面壁をジョルジョーネの壁画が、脇の道側を
ティツィアーノの壁画が飾っていたと。

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残念ながら今はその壁画は残っておらず、部分がカ・ドーロのフランケッティ美術館・
Franchettiに保存されているそうで、ジョルジョーネの裸体画もあるそう!

つい最近、元商館の所有者はかのベネットンに移ったそうで、近年のうち、
中央郵便局からの模様替えもあるかも。

追記:2016年10月より、この元商館はショッピング・センターとしてオープンしており、
   改装されモダンで明るい建物となっています。



大運河・カナル・グランデに立ち並ぶ建物。
運河側が大通りの正面に当り、どの建物にも船着場と入り口が見えます。

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大運河を行くゴンドラ。 どのゴンドラも、目一杯に乗って!

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大運河の全長は約4km程、幅は30~70m。
逆S字に流れるちょうど中程のカーヴ部分に、リアルト橋48mが架かります。

この辺りは橋の上も大運河も交通の要所で、いつも大賑わいの混雑。
ヴァポレットも満員ですねぇ!



リアルト橋もフィレンツェのヴェッキオ橋のように店が並んでいますが、
外側は欄干のついた歩行者用で、この眺めは西に向いて。

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左側真ん中の白い大きな建物は、イタリア銀行。



リアルト橋の北側は、大運河に沿って暫く歩道が続き、レストランのテラス席、
ゴンドラ乗り場などが。

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ちなみにゴンドラの全長は11,5m、 幅が1,4m との事。
       
最近ついに初の女性のゴンドラ漕ぎが誕生し、まずはトラゲット・大型ゴンドラの
渡し舟から仕事始めとか。 彼女の父親もゴンドリエーレで、夢だったのだそう。



リアルト橋の南にあるバルトロメオ広場にある、18世紀の劇作家
カルロ・ゴルドーニ・Carlo Goldoni(1707-1793)の像。

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ヴェネツィアに住み、劇場にも深く関わり、「レ・バルッフェ・キオゾッテ・
キオッジャの喧嘩」などが大変有名ですが、最後はパリで没。

劇作についての知識も不足ですので、彼の住んだ15世紀のヴェネツィア・ゴシック
の家が現在博物館として公開されている事のみお知らせしますね。
サン・ポーロ通り via San Polo
ヴァポレットは、サン・トマ・San Toma`の停留所
10時-16時 水曜閉館 

ゴルドーニが若い頃過ごしたフェルトゥレの町のご案内は
フェルトゥレ ・ ドロミテの麓、小さな高貴な町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462862246.html       
   

リアルトからサン・マルコへは道幅も狭く歩行者が多いので、余り写真も
撮れませんが、2日前に行われた、レガータ・ストーリカのポスターを。

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我々よそ者は、競艇の前の華やかな時代衣装の行進に関心が行きますが、
実際は競艇が主役で、とりわけ最後のこのクラスが一番重要で、
TV中継もこれを的に。

で、今年もこの写真の2人が優勝。 ライヴァル視されていた舟が転覆、
というおまけつきでした!

レガータ・ストーリカについては
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461785677.html 



せっせせっせと橋を渡り、また小路を行きます。 観光の方の鞄がねぇ、
見るだけで大変そう!

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さて、メルチェリーエ通り・Mercerieのアーチの向こうにサン・マルコ聖堂が!
この眺めには、いつも感動!!

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聖堂正面上の4頭の馬も変わらず・・!
少し色が濃くなったような・・、陽に焼けたかな?!

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正面上の聖マルコも、天使たちも変わらずに! 入り口に並ぶ人の長~い列!

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サン・マルコ聖堂のご案内は  
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461429657.html       



サン・マルコ広場を囲む北側の建物、かっての旧政庁の窓、まど、窓。
南側には新政庁の同じような建物が。

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こちらは広場の西側を占めるコッレール博物館・Correrの窓と彫像群。
修復が済んで白い美しい姿ですが、真ん中は修復中で覆われています。

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そして広場中が大変な人、ひと、人!!
まるで見通しが利かずで、アップの写真のみを。

カフェ・クワードリ・Quadri 前の生演奏。
サン・マルコ広場を挟んで向かい合うカフェ・フロリアーンと共に18世紀創業。

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カッフェ・クワードリのサイトは
https://www.alajmo.it/grancaffe-quadri


広場への入り口アーチ上の時計塔。
近年すっかり修復が済み、陽に映えて美しい!

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時計の盤面、星座標。

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聖堂の南にあるカルタ門。 以前はここがドゥカーレ宮・Palazzo Ducaleの
観覧入り口でしたが、現在は出口、入り口は南側に。

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奥が見えたのでちょっと懐かしく、柵の所まで。

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というのも、初めてヴェネツィアを訪れた25年前!にはこの門から入り、
巨人の階段を上れたのですね。 今は通る事も出来なくなり、写真のみ・・!



暫く覆いの掛かっていた鐘楼入り口も、ご覧の通り白く鮮やかに。
そしてここも長~い列!

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鐘楼の上からの眺めは
       


聖堂前に3本並んで立つ旗の掲揚竿上、ここにもサン・マルコのライオン君。

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ドゥカーレ宮の優雅な白い大理石模様、街燈のカバーの色は、やはりこの色ね!

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広場から見あげる、回廊の眺め。

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ドゥカーレ宮のご案内は   
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461429395.html



回廊の南西角の彫像2つ。 下のアダムとイヴはご覧頂いているので、
上の戦いの大天使ミケーレ・Micheleも一緒に。

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ヴェネツィアのお決まりを1枚!
サン・ジョルジョ・マッジョーレ、見るとやはり撮らずにはおれませんねぇ。

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あの島のご案内は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461429525.html       


聖テオドールの円柱と、鐘楼と。
光輪の青銅の緑青の影響なのか、聖人の背中がなぜか少し緑色。
でも、それが大変美しい。

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で、円柱の足元には、蹲った姿がいくつか。
初めて気がつきましたが、そういえば、何年か前に修復していたっけ。

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小広場の海側からの眺め。 満員御礼!

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ドゥカーレ宮の一階部分には、西と南側に円柱が38本並びますが、
その柱頭の彫像部分。
人の顔、動物、鳥、・・色々さまざま。
   
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衝撃の溜息橋をどうぞ! 今回驚いたのは、この無節操ともいえる大広告。

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以前のドゥカーレ宮の修復時には建物の実物大の写真とか、チラッと
中の絵画を覗かせる写真の覆いでしたのに、
時計塔の修復時から関係ない写真が使われ始め、今回は更に大広告で稼ぎ!
マッシモ(カッチャーリ市長)、やり過ぎだよぉ!



溜息橋を見るパーリア橋・Ponte della Pagliaから、
東のスキアヴォーニ河岸の人通りを。

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左側中程の一際高い教会は、A.ヴィヴァルディ由縁のピエタ教会ですが、
今の建物は彼の没後のものと。
以前は現在の教会の右側にあり、経年の損傷で建て替えられた、
という事を今回改めて知りました。



こちらは西の眺め、覆われているのはマルチャーナ図書館・
biblioteca Marciana. ね、こんな風にどでかい広告なのです。
GUとまで見えますが、CCIではありません、念のため。
円柱の上で、サン・マルコのライオン君も目を剥いているような・・!

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はい、では最後は綺麗に決めたいと思います。
ヴェネツィアの定番、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂とドガーナの眺め。

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邪魔なクレーンがまだ幾つか見えるものの一応こちらも修復が済んだ模様。
文句を言いつつも、やはり心が弾みます。 
ヴェネツィアは、いつもヴェネツィア!

グロリオーザさんの、サン・マルコ広場の美しい夜明けは
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461786255.html       
  
***

ブログご訪問、有難うございます!
最近古い記事を整理していて、気がつきました。
       
       
この方は、イタリア・サッカーチームのゴールキーパー、ジージ・ブッフォンの奥様。
この写真当時は勿論結婚前で今はもっと素晴らしい美人です!!
即グロリオーザさんにお知らせしましたぁ。

追記:ですがまだ続きがありまして、2人の子供さんが生まれて後離婚し、
   ブッフォンはその後再婚しております。 2018.9.15

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・ n.1 ヴェネツィア歩き ・ サンタ・ルチア駅 ~ サン・マルコ 

2日ほど前、久し振りにヴェネツィアに。
といっても1年半ほどなのですが、やはりヴェネツィアは素晴らしく、
大いに写真を撮りまくりましたので、大急ぎで整理してご覧に。

サンタ・ルチア駅からサン・マルコ広場までの道行きですが、
それを2回に分け、今日は途中のサンティ・アポストゥリ広場まで
を、ごゆっくりどうぞ!

朝の駅前の混雑振り。
ヴァポレット・水上バス、荷物船、警察の船・・

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到着したのが午前9時前でしたので、街が活気づき始めた所。
国鉄駅前は、荷物船が横付けして荷降ろしの最中。




消防車も、救急車もこの街ではみなモーターボートですが、
こんなタンク船は初めて見ました。

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写真右が、国鉄のヴェネツィア・サンタ・ルチア駅、奥に大運河の
4番目の新橋がちらっと見えますが、まだ渡った事がありません。



駅前のスカルツィ大橋・Scalziの上から、駅横のスカルツィ教会。

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同じ橋の上から、大運河の東に向いて。
真ん中に見える教会は、サン・ジェレミーア・San Geremia.

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駅前からリアルト橋に行くには、駅前のスカルツィ橋を渡り、街中を突っ切って
行くのと、逆S字に流れる大運河の外側を行く2通りありますが、
今回は、駅前から東の繁華街を抜けて行きます。



これはグーリエ橋・Guglieの上から北を、カンナレージョ・Cannaregioの眺め。

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この右側を入って行くと、ゲットー・Ghettoが、1516年にヨーロッパで始めて
造られたユダヤ人隔離の場が残ります。
       
この橋に至る手前の広場に、先ほど見えたサン・ジェレミーア教会と広場、
RAI・イタリア国営放送のヴェネツィア局のあるラービア邸・Palazzo Labia 
があります。

ヴェネツィアのゲットーについては、こちらを。
       
      


カンナレージョ運河、建物の窓。
ヴェネツィア・ゴシック様式の形、壁の赤色、いかにも!

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グーリエ橋に並ぶ顔。 男、ライオン、そして男。

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橋の上から、東に向かい。 この辺り、カンナレージョ側には魚の屋台が、
こちら側にはスーヴェニールと、奥は野菜、果物の屋台が立ち並び、
いわば、庶民の生活が感じられる地域。

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野菜果物の屋台店の値段は安く、品物は大変新鮮です!
重くなければ、買って帰りたいほど。

どこもみな綺麗に並べている中で、一際、鮮やかに目を引く店がありました。
で、店主は、腕に刺青のお兄ちゃんで、こういう発見が大変楽しい!

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あっちこっちと眺め、見上げ、道を行くのが大変楽しい。
のそのそ歩いても、車に弾かれる心配もなし。
このベランダは、以前は濃いピンクの花でしたね。

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通りから少し内に、サンタ・マリーア・マッダレーナ教会・Santa Maria Maddalena 
と広場があり、広場の建物が修復中でごった返していましたが、
こんなカモメ君に出会いました。 近くで見ると、厳しい嘴ですねぇ!

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広場の横を、小運河が流れます。
少し薄暗い場所で、いつもここでヴィスコンティの「ヴェニスに死す」の
シーンが頭に浮かびます。

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上の写真の、建物部分。 アーチの支えが、木なのです。
建物が運河に沿ってカーヴする、この古く、懐かしい感覚。

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サンタ・マリーア・マッダレーナからカーヴをきって橋を渡ると、こんな眺めで、
この中ほど左に広場と教会サン・フォスカ・Foscaがあります。

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道の左にスーヴェニールの屋台が並んでいますが、一軒エディーコラ・新聞雑誌店
があり、ダヌンツィオのDVDを見つけちゃった! こんな嗅覚が割と発達してるの。



サン・フォスカ広場に向いた建物。
標識も何もないのですが、由緒ありそうです。

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左に入り込む細い小路。両手を広げると、楽に届く幅。
奥にまた小さい橋が見え、小路は続きます。

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小路を戻りながら、上を向いて一枚。 空がこんなに狭~い!

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カ・フォスカに近い橋の上から。大運河のこの建物は、
カ・ペーザロ・Ca'Pesaro、国際現代美術館。

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同じ橋の上から逆に北側を見ると、奥に大きな教会が望めますが、
ミゼルコルディア修道院・Misercorcia.



先ほどの橋を渡ると道幅が少し広く。
こちらは右手にある、多分現在はホテルの入り口ですが、shinkaiが
斜めに写したのではなく、これが本当の姿!

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大運河に続く小路。 白い美しい建物が大運河の向こうに。

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大運河に出て気がつきました。 こちら側に船着場とテラスがあるのですが、
昔ここから、あの向かいに見える赤い建物をスケッチした、同じ場所でした。

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白い大きな建物は、上のカ・ペーザロから2軒ほど東のパラッツォ・コルネール・
Ca’Corner.

但し、あのアーゾロの領主、キプロスの女王の一家ではなく、その分家筋の
コルネール家の様子で、18世紀に最後の持ち主(この方もカテリーナ)が
法王ピオ7世に贈ったものと。

一般に、大運河のコルネール邸と呼ばれるのとは違い、小路のコルネール邸 
と区別されます。
それでも、先日書いた所ですから、いささか因縁を感じました。



こんな広い大運河の向こうに建物だけなんて、ゴンドラでも通ってやぁ!と
思うまもなく来てくれ、同時にヴァポレットやモーターボートもどかっと・・!

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赤い建物はサン・カッシアーノというホテルで、ご興味のある方どうぞ。
http://www.sancassiano.it/san_cassiano-jp.htm



こちら側にゴンドラが何艘か。 快晴のお天気で眩いばかり。

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舳先の金色の飾りもぴっかぴか! 太陽、ラッパを吹く天使は初めて見ました。

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船端(で良いのかな?)の飾りは馬が多いようですが、魚の尾になってますね。
そうか、海馬なのかもね。

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小路を引き返しながら見つけた呼び鈴と、郵便受けですが、
この郵便受けの顔と口は、かっての密告の投書箱の顔ですね。

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密告口は、高利貸しや衛生問題など、あちこちで見かけますが、
こういうデザインが今も残って使われている事に、乾杯!



同じ小路の別の家の扉。
「オテロ」を思い出しますね。 あのオペラもヴェネツィアが舞台ですものね。

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サンタ・ソフィーア・S.Sofiaの渡し場。 向かいは、建物部分が魚市場で、
その左側は野菜市場。 リアルト橋から北の位置です。

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渡し・トラゲットは観光客も勿論ですが、お祖父ちゃんと孫みたいに
地元の人がよく利用します。 ゴンドラと同じつくりですが、ぐっと大型。



サンタ・ルチーア駅から東にまっすぐ来て、突き当りの広い広場が
サンティ・アポストゥリ・Santi Apostri。

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同名の教会がこの写真左手前にあり、私のいる位置から北に辿ると、
ムラーノ、ブラーノ、トルチェッロ島に行く船着場フォンダメンタ・ヌオーヴェに。
リアルト橋方面に行くには、真ん中奥に見える橋を渡り、右に曲がり・・。



橋を渡っての建物の下の道をこちらから。 この辺りから、また道が一段と狭くなり、
あちらこちらと曲がりながら、リアルト方面に。
上の建物も、いつの間にかホテルに・・。

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橋の上から、ゴンドラを。 ゴンドラは平底舟で、漕ぎ手は艫の片側に乗るので、
そのバランスを考慮し、竜骨が曲げて造られています。
ね、今は左に傾いでいるでしょう?

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建物の下を通る道を、ソット・ポルティコと呼びます。
ヴェネツィアではよく出会いますが、道が狭く建物が迫ると大変薄暗くなり、
慣れない内は一瞬怯みます。 ここも実際は、もっと薄暗いのですよ。

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追記です。
このソット・ポルティコは、ファリエールのソットポルティコ・Sottoportico Falier 
と呼ばれますが、上の写真に見える建物の下です。
で、この上の建物が共和国元首マリン・ファリエーロ・Marin Faliero、
1355年にクーデターを企て露見、斬首刑になった彼が住んでいた家との事。



サンティ・アポストゥリ教会の鐘楼。 奥に少し見える屋根が教会。

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この教会が、キプロス女王でアーゾロ領主のカテリーナ・コルナーロの墓所と読み、
記事に載せた石棺を見ようと寄りました。
  
確かにコルナーロ家の礼拝堂はありますが、石棺は男性のが2つのみ。
訊ねましたら、どの本にもそう書いてあるが、彼女の墓はここにはない、
アーゾロにある、と。
礼拝堂に眠るのは、父親のマルコと、弟のジョルジョのみでした。

アーゾロのどこにあるのでしょうか? 
次回行きましたら、ドゥオーモを確かめてみましょう。
が、女王でもあった人の墓の行方が分からない、すぐに忘れられた存在だった?

カテリーナ・コルナーロについては
       


サンティ・アポストゥリ広場には大きな樹があり、居心地のよい陰をつくっていて、
観光客が通り過ぎていく横で、地元の人がのんびりと。

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ここから、リアルト橋に向かい、さらにサン・マルコ広場に行きましたが、
そのご案内は、次回に!

***

ブログご訪問有難うございます!
このヴェネツィアに行った今週火曜日、朝、出かけるコネリアーノは涼しくて、
上着を着ている人もかなり居ましたのに、ヴェネツィアではどんどん暑くなり、
午後出かけたトルチェッロ島では、へばりました。
       
でも、久し振りのヴェネツィアは、やはり素晴らしかった! 美しい街!

大急ぎで纏めましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
次回も、どうぞお楽しみに!

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