・ n.2 ヴァルドッビアーデネ ・ プロセッコ ワイナリー訪問 

引き続き、ヴァルドッビアーデネの「ソレッレ・ブロンカ・Sorelle Bronca」の
ワイナリー訪問をどうぞ!

これは、エリーザさんには叔母さんに当たるアントネッラ・Antonellaさんのご主人
ピエロ・Pieroさんの掌。

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凄いでしょう?! 葡萄を育てワインを作る、現場で働く方の手なのです。
アントネッラさんが「誰もが皆、驚く」と。



こちらが「パルティチェッラ68」。

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が、申し訳ないです、他に何を試飲したのかも、覚えていないのですよ!
美味しかった事だけは、しっかりとですが。

坂本氏はお仕事で詳しくメモを取られていて、「ヴィノテーク」というワインの専門誌7月号に
今回の取材報告が載るそうですから、詳細な試飲報告は、そちらでどうぞ!
彼は12,3軒ワイナリーを取材された筈。
ヴィノテークのサイトは http://www.vinotheque.co.jp/



ワイナリーの中庭で、左からアントネッラさん、彼女と、エリーザさんのお母さん
エルジリアーナ・Ersilianaさんがこのワイナリーの創立者という訳で、

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エリーザさんのお父さんは、ワイン醸造には関係のない家具関係のお仕事だったとか。
そのせいか、後ろのドアも素敵なデザインでしょう?
真ん中がアントネッラさんのご主人、厚い掌の持ち主、ピエロさん。



そして、お昼を食べに。 トゥレヴィーゾの土地の料理を食べさす所、と説明され、
連れて行って下さったのですが、あれ、これは?!
先日近くのチゾンのお城でG8の農業大臣の会合があり、TVニュースで見た所なのですね。
その昼食会にソレッレ・ブロンカの赤ワイン「セル・ベーレ・SER BELE」が供されたそうで、
我々もここで頂きました。

が、慣れぬ試飲が重なり、食前酒どころか胃が心地よく睡眠に入っていたようで、
日頃よりも食べられず、・・本当に残念!!
      
いつもお皿の写真は撮らないのですが、あまりにも美しい彩の前菜なので。
リコッタチーズをフライパンでさっと炒め、その上に、トマトと黒オリーヴ。
黄色いお皿は、パルミッジャーノをフォルノでパリッと。

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レストランの内部装飾を1枚。 ピエロさんのお話では、この銅の鍋はかって電動ポンプが
まだ無かった時代、葡萄酒を運ぶのに使っていたバケツだそう。

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天井から所狭しと下げられ、銅の柄杓などもあり、土地の歴史を物語り、圧巻。

ロカンダ・ダ・リーノ・Locanda da Lino
こちらのサイトで、様子を。 http://www.locandadalino.it



コネリアーノに近いルーア・Ruaまで、赤ワイン「セル・ベールDOC」の畑を見に。

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この周辺の赤ワインになる葡萄は、しばらく干して後、絞ると読んでいましたが、
尋ねましたら、やはりその様子です。
       
丘の傾斜に沿って葡萄畑が広がりますが、畑が新しいので、トラクターも入るとの事。



土地柄が良いのか、既にかなり大きくなった葡萄の赤ちゃん。

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「もうこんなに育っている」とアントネッラさんが嬉しそうに見せてくれたのですが、
いかにも葡萄、ワインへの愛情が感じられた声でした。



そしてすぐ近くの、1ケ月前に植えたばかり、という葡萄畑も見学に。
支柱が見事に並んだ畑を見慣れた目には、なんとも可愛い畑です。

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葡萄の木は植えて3年後から収穫できるそうで、とすると、4~5年後にはワインもね!

アントネッラさん、ピエロさんご夫婦は日本に行かれた事があり、大変な親密感を持たれ、
きちんと整った、親切な日本と何度もお褒めを頂き、少しこそばいながら嬉しく聞きました。

全体の中では中位の大きさのワイナリー、とはエリーザさんの言葉でしたが、
細やかな彼女たちのワインへの愛情を、ピエロさん、フェデリコ氏がしっかり支えている、
そんな様子に大変心地よい印象が残りました。
サイトはこちら。 http://www.sorellebronca.com/



最後の訪問は、サント・ステーファノ近くの「ビゾール・Bisol」というワイナリー。
サイトはこちらに、英語版も。  http://www.bisol.it/

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ここはまた、一味違うワイナリーというか、16世紀からの歴史も持つ企業精神旺盛な、
大変活気に満ちた研究熱心なワイナリー、の印象です。



まず、この写真でご覧頂けるように、持っている土地があちこち地質の違う土地に広がり、
生産するワインも種類が多い様子。
サンプルで、土地の色、質の違いが良く分かりますね。

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これは社のパンフレットから取りましたが、地質についての説明図です。

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右上の水色から順に、
Ghiaie calcaree   砂礫の石灰岩
Arnaie fossilifere  化石を含む砂岩
Marne        泥灰土 
Marne Argillose   粘土質の泥灰土 
Arenarie e conglomerati  砂岩と礫岩
これで、カルティッツェ辺りは、化石を含む砂岩地帯だと分かりますね。



こちらの真ん中、アルミを巻いた瓶が見えますが、酸化防止剤を加えていないプロセッコ、
「ノーゾードゥエ・noSO2」. SO2というのが酸化防止剤の事で、
つまり酸化防止剤が含まれていないプロセッコ、no SO2と。

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究極というか、大げさな程、とは、このワイナリー一族のジャンルーカ氏・sig.Gianluca。
一見謙遜風ながら、確固たる自信が感じられました。
訪問の最後に、このnoSO2を、素晴らしい場所で試飲させて頂きましたが、後ほど。
   
その左横に見える小さな瓶は、「ドゥーカ・ディ・ドッレ・DUCA DI DOLLE」.
プロセッコの葡萄を干して作ったもので、エキゾチックな香りが濃厚な、
切れ味のよいプロセッコ、と、説明にあります。

家が近いからと、お土産に頂いて戻りましたが、今回の3軒のワイナリー訪問で、
品質にかける情熱の凄さ、大変さを垣間見ると、
単にワイン1本とは思えなくなり・・、お正月に開けようか、などと考慮中。



用意されていた、試飲のテーブル。 このグラスの数を見て、我々の前の訪問客は、
これだけの種類を試飲するのかと、ひるんだとか! はい、私目もぉ。
       
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こうして試飲を重ね、・・その時々に受ける印象を坂本氏と話し、ジャンルーカ氏にも
話すと、間違いない様なのですが・・

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いかんせん積み重ねがききません。 ソムリエになる希望を持たずに幸いでしたぁ!


プロセッコ全体の印象は、軽やかで、フルーツの香りがし、飲みやすく、後を引かない、
というのが定評で、一般のワインの様に何年も熟成させない、と言います。
が、このビゾールでは、伝統的なシャンパン式の何年も寝かせる、という方式も取っており、
その地下の古い蔵も見せて頂きました。

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まさに圧巻! 薄暗い古い蔵にびっしりと瓶が並び、札には2000年の日付も!
       


細長く続く古いカンティーナの突き当たり、まさに舞台装置満点!

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壁が光っていますが、これは水が染み出し、苔がびっしりと壁を覆っているのですね。
この蔵を見る事が出来ただけでも、大満足!



この地下蔵で試飲したうちの1本、2001年の「エリゼオ・ビゾール・ELISEO BISOL」
創始者の名前だそうですが、今気がつくと、下にナンバーも入っていますね。
       
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口に含んだ瞬間は大変柔らかく、そしてすっきり、きりっと消える、
の強い印象を残したのは、これだったと。
       


最後に、ビゾールが持っている離れた土地、ロッレ・Rolleというチゾンの近くの、
「ドゥーカ・ディ・ロッレ」というアグリトゥリズモもある場所に案内されました。

ご覧のように、小さな丘が重なり、素晴らしい場所、谷の林も深くいくつも続き、
いかにも、柔らかい空気の土地です。

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「ドゥーカ・ディ・ロッレ・Duca di Rolle」とは、ロッレ公爵を表しますが、入り口の
鉄柵から入り込んだ農家風母屋の軒下には、こんな馬車も見られ、お庭にはプールも。

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入り口の鉄柵のスイッチが利かずに開かず、ゆっくりと開けに来てくれた、如何にも
農夫風年配男性の半ズボンのベルトの後ろには、大きな鉈が下がり・・!



これは、母屋からかなり下がった位置にある、アグリトゥリズモの宿。
部屋ではなくアパートですね。 台所が付いていて、1泊1人70エウロ位とか。

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2階のテラスからの眺め。 なんともゆったりとした、素晴らしい眺め。
真ん中に水色に見えるのは、小さな池です。

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案内のミケーラさんが、車の中で興味ある話を。
何世紀か前まで、ヴェネツィアのラグーナ一帯で栽培されていた葡萄の品種ドローナ・
Doronaを歴史家たちと探し出し、ブラーノ島のお隣、マッゾルボ島の塀(壁)に囲まれた
土地に100株程を植えたのだそう。

そして2011年をめどに、かってのヴェネツィアの白ワインの味、ヴェニッサ・Venissaを
予約制で売り出し、ヴェネツィアの味のレストランも、というプロジェクトが進行中だそう。
彼女は、インディ・ジョーンズみたいな探検をした、と表現しましたが、聞く方も少しワクワク。

こちらにその成果を。
n.1 ヴェネツィア共和国時代のワイン復活を目指し
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463331661.html

n.2 ヴェネツィア共和国時代のワイン復活を目指し
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463332411.html



こちらは、内部2階部分。
       
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さて、我々日本人はこういう場所、このお部屋で寛げるでしょうか?!
皆さんは、如何?



このテーブルを用意して下さり、ちなみに、生ガキ、手長エビの刺身、そしてマグロ、
酸化防止剤抜きの「ノーゾードゥエ・noSO2」を頂きましたのです、はい。

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瓶を手にしているのは、ミケーラさん・sig,ra Michela. 彼女が本社でも達者な
英語で説明し、車で案内もして下さったのですが、頂いた名刺にはドットレッサ・博士と。

酸化防止剤抜きのワインは、30年ほど前にはこの一帯で結構造られていたのだとか。
が条例の関係と思いますが、再度復興させるにはそれなりの研究が必要だった様子で、
酵母との関係、出来上がりの味の質、ecc.

他にも酸化防止剤抜きのワインを造っているワイナリーがあるそうですが、味の点で落ち、
その点、このノーゾードゥエはかなりのヒットの様で、かなり、とはミケーラさんの言葉で
ご想像を。
       
味は大変軽やか繊細で、爽やか!でしたぁ。
       
ビゾールのサイトは  http://www.bisol.it/


感謝 il Ringraziamento.

なんとも素晴らしい体験をさせて頂いた一日でした!
今迄何度も葡萄畑の道を通り、通りすがりのワイナリーで味見をし買った事もありますが、
こうしてワイナリーの中を見学し、実際に作っている方の話を聞くのは、
まさに一味違う、素晴らしい経験でした。

この地方のワイナリーの活気、熱気を直接に感じ取り、
こうしてお伝えできるチャンスを得た事が大変嬉しいです!

私のブログを見て、連絡を取ってくださり、思いがけないチャンスを下さった坂本氏に感謝!
そして、飛び込みの素人と知りながら、温かく、親切に対応して下さった各ワイナリーに感謝!

ヴェネトのプロセッコが、はるばると日本のテーブルに届き、それを飲まれる皆さんに、
どんな土地で、どんな人々の手で、どういう風に作られているのかを、
少しでもお伝えできたら、今回の私の感謝に代わるものと思います。
Grazie a tutti, Vi ringrazio di cuore !! 

***
 
今回ワイナリー訪問をご一緒した坂本雄一氏は、飛騨高山の坂本酒店の息子さんで、
ワインを売るだけでなく、各地でワイン会も開き、今回の様に取材もと幅広く活躍の様子。
サイトを、ご訪問くださいね。 http://waiwai-wine.com/index.html

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・ n.1 ヴァルドッビアーデネ ・ プロセッコ ワイナリー訪問

このヴェネト北部では毎年春に、白ワイン、とりわけ発泡性の辛口白ワイン・プロセッコの
催しが次々開かれますが、先週思いがけずに、日本から取材に来られた方に同行し、
そのワイナリーを3軒訪問するチャンスがあり、今日は、その様子をご案内致しますね。

ヴェネトの我がコネリアーノ・Coneglianoから北西に位置するヴァルドッビアーデネ・
Valdbbiadeneにかけては、発泡性白ワイン、プロセッコの指定産地ですが、

今回訪問できたのはヴァルドッビアーデネに近い3軒で、朝8時半にコネリアーノに
お迎えを受け、まずこの葡萄畑に。

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奥に見えるのは、サン・ピエトロ・ディ・バルボッツァ・San Pietro di Barbozzaで、
プロセッコの内でも、とりわけ最上の品とされるカルティッツェ・Cartizzeを産する地。

後ほど地図で位置をご覧いただきますが、この辺りはまさに見事な葡萄畑が広がり、
すでに緑一色で、感嘆しきり!



こちらは、カンノーネ・cannone・大砲と呼ぶ対寒害よけのガス発射機。

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実際にまだ使用されているとの事で、効果はあるのかと尋ねると、我々は信じている、と
ご案内のジュスティーノさん・sig.Giustino Bisolの言葉。

今回取材に来られた坂本雄一さんについては、おいおいご紹介させて頂きますが、
彼がまずこの大砲に気がついたのですね。
まさに、その道の専門家とご一緒するのが楽しく、興味ある所以です。



すでに、こんな葡萄の赤ちゃん。

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コネリアーノからヴァルドッビアーデネに続く美しい景観の広がる「白ワインの道」
または「プロセッコの道」・La strada del Proseccoは大好きで、通る事も多く、
ブログでも何度かご紹介していますが、ここまで畑の奥に入りこむチャンスはありません。

n.1 白ワインの道 Strada del Vino Bianco
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461343979.html

n.2 白ワインの道 ・ サント・ステーファノ付近
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462783931.html



サイトで大変よく分かる図を見つけましたので拝借し、

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左下の小さい地図から、イタリア、ヴェネトでの位置がお分かりですね。
右の図の右下にコネリアーノ・Conegliano、左端にヴァルドッビアーデネ・Valdbbiadene
間に挟まれる赤い一帯が、白の辛口発泡性ワイン、プロセッコ・Prosecco DOCの生産地で、
15のコムーネ、約3500ヘクタールの土地。

緑の線が伝統的なプロセッコの道を表し、黄色い線が一般的に白ワインの道と呼ばれるもの。

そして、ヴァルドッビアーデネに近い位置に水色で示された土地、これがカルティッツェの丘、
ヴァルドビアーデネ・プロセッコの最高品とされるカルティッツェ・Prosecco di Valdobbiadene
Superiore di Cartizzeの生産地で、
最初に写真をご紹介したサン ピエトロ・ディ・バルボッツァを含む、サッコール・Saccol、
サント ステーファノ・S.Stefanoの地域です。



最初に訪問しましたのは、ルッジェーリ・Ruggeri.
サイトは、http://www.ruggeri.it/   

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案内して下さったジュスティーノ氏は、ルッジェーリの企業を継ぐのに昨年秋に戻って来られた
まだ28歳、なんとギリシャ哲学を勉強されたていたとか。 情熱を込めて説明を。



こちらがカルティッツェの丘。 奥に家並が続いていますが、その手前の丘で、
左端が高く真ん中が膨らみ、写真の左にも広がりますが、手前側はこの斜面の下までで、

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本当にハンカチみたいな大きさの約100ヘクタールの土地、ですが所有者は140人程も!



手前下に家が3軒見えますね。確か真ん中の家だったと思うのですが、
ジュスティーノ氏のご先祖の家だそうで、かって一帯の所有者のコンティ・ポーラ・
Conti Pola・ポーラ伯爵に仕えていたとか。
面白い話も出ましたが、この伯爵の名前が、今回調べていてあちこちで出会い、
興味を持って読みました。

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確か右端真ん中に見える丘の切れ目がカルティッツェの丘の最後と思いましたが・・、
自信ありませ~ん! ひょっとして、真ん中の林だったかも・・。

丘の起伏に沿って広がる、見た目には大変美しい畑ですが、トラクターの入らない、
大変キツイ仕事だと。



少し場所を移動してこの葡萄畑に。 傾斜地に広がる、この古い葡萄の木!
80年から100年もの葡萄の木です。

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同じ畑に比較的新しい木も勿論あり、枯れた場合に植え変えている様ですが、この畑は
ジュスティーノ氏のお祖父さんの代からの畑だそうで、葡萄摘みの前に1本づつ様子を見て、
木に布かロープで印をつけ、その木のみを別に収穫してワインを造るのだそう。

売るのか、と聞きましたら、瓶で4800本ほどしか出来ないので、すべて予約制との事。
そういう話を、若きジュスティーノ氏が誇らかに、愛情込めて。



これ、凄い木でしょう?! 奥に見える細い木でも、多分30年程は。

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彼の写真を坂本氏が頼みましたら、この幹に手をかけ、しっかりとポーズを!
2,3枚写すうちに少し照れて赤くなり、可愛かった!



上の木のアップを。 この古い木にも、こんなに葡萄の赤ちゃんが!
なんと、素晴らしいですねぇ。

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そして、支えに結び付けているのは、今時のプラスティックでも針金でもなく、
やはり、つる植物の枝なのでした。



畑の見物を終え、いよいよ本社に。 なんと大変に大きなモダンなワイナリーで。

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この手前にトラックの計量所があり、そこで葡萄重量を量り、右に見える横座りタンクの
手前に、葡萄を潰す回る歯車状の機械が据えられています。
      
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あの古い葡萄の木の畑を見た後では少し驚いたほどの大規模の、最新式ワイナリー。



これは地下の貯蔵タンク群。 寒いほどの温度に保たれていて、ここも広々。
雑菌が入らぬよう、タンクの位置も高く、床はスチームで掃除しているそう。

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プロセッコは殆どがクリーンな薄黄色をしていますが、液の透明度を増すための工程も
含まれている様子で、いろいろ専門的な事柄を坂本氏は尋ね、私にもあれこれ説明を。

私はワインは飲む専門で猫に小判ですが、専門的なサイトも雑誌もたくさんある事ですので、
素人が見ての感想、感慨を、ご紹介して行きますね。



事務所の上の、試飲を供された部屋からの工場の様子。 瓶づめ、栓、針金の締め付け
(多分、ちゃんとした言葉もある筈)、アルミのキャップ、ラベル貼り、などの工程。

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モダンな部屋の隅にかっての葡萄絞り機が置かれ、その奥に桶も見えますね。
その隣に見えるのが、先ほどの古い葡萄の木のスケッチをラベルにした、
「ヴェッキエ・ヴィーティ・Vecchie Viti」・古い葡萄の木、の写真。

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こんなに古い葡萄の木からのワインでも、プロセッコ独特の、新鮮な果実の香りを放つ、
考えてみると、ワインは不思議ですね。



きちんと用意されていた試飲セット。ニュースや写真では見るものの、実際には初体験!
試飲とはいえ、朝の10時から飲むのも、初体験!!

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こちらが、ご案内下さったジュスティーノ氏。 手にされているのが、最初に試飲した
「エクストラ・ブルットゥ・L'Extra Brut」.

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この辺りに住む者としてそう高級な品ではないにしろ、結構プロセッコを飲んでいますが、           
口に含んだ途端に、白い大変清楚な花がしゃきっと立つ、そんなイメージが浮かびました。



試飲させて頂いたのはこの4種で、いちばん左が「カルティッツェ」。

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正直申しまして、それぞれの試飲の時にはその味、香り、印象が違うのは分かりましたが、
1週間経った今となると、単純に、美味しかったぁ!! あんなにそれぞれ味が違うのか?!
のみ!! でして・・。
       
他の製品については、サイトでご覧頂けますです。
       


次に訪問したワイナリーは、ソレッレ・ブロンカ・Sorelle Bronca・ブロンカ姉妹

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そうなのです、サイトをご覧になるとお分かりと思いますが、ブロンカ家のお祖父さんが始めた
ワイナリーを娘姉妹が引き継ぎ、その娘さんが今引き継ぎつつある、という、
造るワインも、パンフレットも一味違ったワイナリーです。

場所は上に載せた地図で、ヴァルドッビアーデネの南東、コルベルタルド・Colbertald
にワイナリーがあり、コネリアーノの北西ルーア・Ruaに「コッリ・ディ・コネリアーノ・ロッソ
DOC・Colli di Conegliano Rosso DOC」の畑を持ち、ここも見学させて貰いました。 
      
サイトはこちら、英語版もあります。
http://www.sorellebronca.com/



約束の時間に遅れ気味で、まずはこのタンクの前で、すぐローマに出発するという
ワイン醸造技術者(エノロゴ・enologoと呼びます)フェデリコ氏・sig.Federicoに、
ざっと説明を受け、

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モスト・Mosto・葡萄を絞った汁、昨年秋に絞り、零下1,8度ほどでタンクに保たれ、
葡萄自体の甘さで自然発酵させている、そのモストを飲ませて貰いました。
なんとまぁ、すっきりと甘いこと! 驚きました。

ここの製品のモスト100%で作られるプロセッコDOC「パルティチェッラ68・Particella68」、
そして「スプマンテ・エクストラ・ドライ・Spumante Extra Dry」になるモストなのでした。
近代的なタンクに、白い壁、天井の木の梁、そんな所にも、センスの伺えるワイナリーです。



脇にずらっと、昨日瓶詰めが済んだという瓶が並んでおり、これらはなんと日本向けだそう!

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低温を保つタンクからワインが瓶に移され、外側に並ぶ瓶はすでに乾いていますが、
中側の瓶はまだびっしりと汗をかいており、ゆっくりと常温に慣らすのだそう。
       


パルティチェッラ68、の畑を見に。

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モスト100%、つまり葡萄自体の甘さで自然発酵させるため、7月の摘果作業では
ほぼ半分に減らすとか。葡萄の甘さを増すためですね。

もう一つ、フェデリコ氏も力を入れての説明で、後の試飲の際にもヴィデオを見せて頂きながら
聞いた言葉は、籠で運ぶ、という事。 つまり、手でひと房づつ摘んだ葡萄を潰れぬように
プラスティックの籠のまま、ワイナリーに運びこんで作業する、という事。

普通、葡萄を摘む時、畑ではプラスティックの籠に入れますが、その後はトラックの荷台に
シートを敷き、葡萄のみをワイナリーに運ぶのですね。
それを、籠で、と強調する事は、葡萄が熟しきるまで待ち、潰れないように、を意味します。
       
それだけこのブロンカ姉妹のワイナリーでは、葡萄を大切に扱っている、と言えましょうか。



土地質が良く見える道脇に、次代を引き継ぐエリーザさん・sig,na Elisaに立って貰って。
彼女もまたエノロガ、パドヴァ大学出身のワイン醸造技術者なのですね。

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美人でしょ? お母さんも叔母さんも美人の一家。
       
坂本氏は大学で地質学を学ばれたとかで、その点でも今回のこの一帯の地質の違いと、
できるワインの違いに、興味を持たれた様子です。



「パルティチェッラ68」の名前の由来ですが、この土地が、土地台帳・Catastoでは、
単に、68番の土地となっているので彼女たちが、このように名付けたのだそう。
ちなみに「パルティチェッラ・particella」は、小さな部分とか、微粒子、です。
       
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ここもまたご覧の通り小高い丘で、ご一家の古い畑だそうで、丘の中ほどの
かっての家を今修復中で、近々アグリトゥリズモに変身、との事。



この後地下の樽の貯蔵庫も見学し、試飲に。
蒸し暑い日でしたが、広々としたお部屋に白い蘭の花鉢。
大きな銅の盥には氷を浮かべ、しっかりと、冷やされていました。

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面白い話を。 タンクの一つを家庭電器の業者組合(デ・ロンギとか、ecc)が、
買い取っているそうで、皆で、地下の蔵で、一日痛飲するのだそう!
その時は、この後ご紹介するレストランのシェフを招き、料理を頼み、
そのタンクのワインをプレゼントにも使うのだとか。如何にも豪快なお話でしょう?


最初に予定した1つのワイナリーに付き写真10枚では到底無理で、
下をクリック、n.2 にどうぞ!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463526671.html       

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・ モンタルチーノ ・ 歴史と、ブルネッロ・ワインと

今日は、エトルスクからの歴史を持つ古い町でもあり、
何よりもブルネッロ・ディ・モンタチーノDOCG のワインで名高い
モンタルチーノ・Montalcinoにご案内を。

オルチャの谷のほぼ北詰め、サン・クイリコ・ドルチャの西15K程に。  
町に近ずいて行くと、こんな風に見えて来て、エトルスクからの
歴史を持つ町の例に違わず高所にあり、海抜567m。

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左端に高く要塞が見えますが、まずあそこに上りに行きますね。



山の上の町に向かい、つづら折りの坂道を上り始めますが、
時々車を止めて写真を。
家の下の道に見えるのは、カーヴ注意の三角標識。

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もっと町に近寄ると、ものすごい傾斜のカーヴの連続になりますが、
まだこの辺りは、ははは、余裕です!



見下ろし、見遥かすオルチャの谷の眺め。

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麦刈後の、トラクターの筋の面白さ。

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最後の凄い連続カーヴり道の途中、いや、本当に凄いのですよ! 
戻り道はまさに飛び込むという感じ!ですが、
脇に見つけた駐車場に車を入れ、最後は歩いて登りましたが、
この道がまた結構長かった!
上り切り、町に入ってすぐに要塞が。
       

JAZZとWINEの催しがあった、まだその赤い大きな垂れ幕が下がり、
中世の要塞には相応しくないなぁと、写真を撮らず、
今になり、全体の写真がない! と、反省しきり、はい。

5_GF.jpg
       
要塞の形は5角形14世紀の建設で、
元からの古い建造物や教会も含めての、いわば新増築だった様。



上の写真で見えるように塔が5辺の角にありますが、
その一つから上に登れます。

6_GF.jpg

要塞の全体が見えるサイトを見つけましたぁ。
http://www.fortezze.it/fortezza_montalcino_it.html



城壁の上から町の入り口を。
要塞は町の南端にあり、町は北に膨らみ広がりますが、
東側は山腹になりますから、やはり坂の多い町。

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今見えるのが町の中心通りで、ヴィア・リカソーリ・via Ricasoli.
左奥に見えるのがドゥオーモ、右奥にサンタゴスティーノ教会の鐘楼。
ここは現在元の修道院が市の博物、絵画館になっていて
なかなか見ごたえがあり。
一番右の塔は、パラッツォ・デイ・プリオーリ。
 
順にご案内を。 そして、町の地図は最後に。



古い中世からの屋根の重なりの向こうに、
オルチャの谷の風景が波打ち、広がります。
       
8_GF.jpg

この町が記録に登場するのは9世紀の初め。
モンタルチーノから南に9K程に、シャルル・マーニュによって創設
されたというサンタンティモ修道院・Sant'Antimo
素晴らしい、いかにも中世の面影を宿す修道院がありますが、
そこに所属の僧がこの町に教会を建てたが、記録の最初と。

サンタンティモ修道院は修復中で、おまけに内部写真が禁止
でしたが、大変素晴らしかったので、またご紹介を。



要塞前の広場の、お土産物屋。
編んだ籠などと一緒に、帽子がたくさん見えますが、
ええ、夏の観光には必需品!

9_GF.jpg


    
ひしめき合う小さな屋並。 屋根瓦の複雑な色の混ざり具合。
そして、やはり時代で、衛星放送のお鍋が、あちこちに。

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はい、イタリアはつい先日より、トリノをはじめ大都市のあちこちで
デジタル放送が始まりました。
2011年までにすべての町が切り替わるとか。



要塞の南東の角にはこの城館があり、この内部見物には、
1階にあるエノテカで入場料を払い、エノテカの中から階段を上がり
見学するようになっています。

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要塞は14世紀にシエナ共和国によって造られたそうですが、
16世紀にメディチ家によりさらに強固に、との事。



内部はこんな感じで、ギシギシと細い木の階段を上がり・・、
       
12_GF.jpg

写真では明るく見えますが、実際はもっと薄暗く。



レンガのかまぼこ型天井から、こんな明かり。
中世が舞台のシーンにぴったりですよね。

13_GF.jpg



これは小さな大砲で、どこで使った大砲かわかりますか?
城壁、市壁の上で使ったものと。

14_GF.jpg

こういう小さいながら、鉄砲よりも威力のある大砲を使うようになり、
城壁を支えるアーチも重量を支えられる地面からのアーチになったと、
ヴェネトのサン・サルヴァトーレのお城見学の際、ガイドさんがね。

サン・サルヴァトーレのお城のご案内は
    
   

一番上の階。
窓の切れ込み部分から、壁の厚みをご覧下さい。

15_GF.jpg

右真ん中に大きな窓が見えますが、あそこに白い薄めの布の
カーテンが掛けられていて、
風をはらみ膨らんではそよぎ、なんとも穏やかな良い感じで・・。

モンタルチーノはシエナ共和国の下にあり、1555年にシエナが
フィレンツェに陥落後も、モンタルチーノのシエナ共和国と名乗り、
650もの貴族の家が4年間に渡り抵抗したそうで、
貨幣も鋳造したというのですから、本気の抵抗だった訳で・・。
       
こんな中世の歴史を踏まえ、シエナのパリオの時代衣装の行進では、
モンタルチーノの旗手と弓持ち4人が第1グループに含まれ、
町同士の絆を語ります。

      

1階部分のエノテカ、降りる時に見るとなかなか良い雰囲気で。
所狭しとワインの瓶が並び、ひんやりと薄暗く、美味しく飲めそう!
 
16_GF.jpg      



町中のどこでも、有名なブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・
Brunello di Montalcino DOCG を筆頭として、
ワイン販売店がたくさん並びます。

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一番左のテントに見える、Degustazione・デグスタツィオーネは
味見処という意味で、店であれこれ味見をさせてくれます。

この店ではなかったですが私も1本買いこみ、20エウロ位のを、
宿でちびちびと。 ねっとりと美味しく、そしてやや甘くとは、
いつも白の辛口を飲んでいる者の感想。
     
ブルネッロになる葡萄畑を見た事がありますが、
ヴェネト辺りとはまた違う葡萄栽培で、とても興味深かったです。

トスカーナ ・ シエナ南部、ヴァル・ドルチャ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460854939.html      
       


こちらもまたワイン店。
そしてワインのみならず、モンタルチーノは蜂蜜も有名だそうで、
ペコリーノチーズ、オリーヴオイルもまた土地の名産品。

18_GF.jpg

ブルネッロは1980年にイタリアで最初にDOCG(統制保証付原産地呼称ワイン)
という最上等ワインの指定を受けたのだそう。



ここはポポロ広場より南の広場ですが、町は南北に細長く、
山腹に広がるので段差があり、
正面は、サンテディージョ・Sant'Edigio教会、14世紀ロマネスク様式の
教会ですが、脇も前も大変な傾斜。

19_GF.jpg

道が光っていますが、いやぁ、この日も暑かった!



広場の端にあった建物、確かインフォメーションだったと・・。
壁にはめ込まれた紋章の数々。

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こちらも広場の端、バールのテントの下。
暑くもあり、お昼にも少し早く・・、

21_GF.jpg



広場から坂道を少し上がった所にあるサンタゴスティーノ教会・
Sant'Agostinoの正面。 14世紀のロマネスク様式で、
上の小さな可愛いバラ窓は後の改修によるものと。

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この教会に接するかっての修道院が現在、市の博物館に。
建物自体も興味深く、見ごたえあり。

写真禁止で撮れませんでしたが、アンブロージョ・ロレンツェッティ、
シモーネ・マルティーニの作品等、そして保存のよい木製彩色像
がたくさんあり、シエナ・ゴシック美術を見るのにお勧めです。

要塞の上からの写真でお分かりの様に、町の高所にドゥオーモが
ありますが、暑さで横着してパスし・・。
  

     
こちらは横道を覗いてみた時のもので、建物に鉄の握りが
渡っているのが見えます。

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かなりの傾斜ですが階段ではなく敷石なので、雨、雪の用心と
思い、ふと、冬の厳しさを想像。
       
               

こちらはポポロ広場の南端にある、プリオーリ宮・
palazzo dei Priori、現在市役所。

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13~14世紀にかけてのシエナ様式と言うのですが、
この細狭い敷地と建物に、この細高い塔!

驚くほどの高さで、写真に撮るのもかなり遠くからですが、
塔の高さは調べても見つからず・・。       
こうして見ると、シエナのマンジャの塔にも似てますね。



塔の壁の紋章の数々は、町の代々の執政官のもので、
一番上にメディチ家の6つ玉。

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奥に見えるのは、サン・フランチェスコ教会。
ここも、暑さの為・・、今になると反省。
  
25_GF.jpg     



それでも少しは歩いて下った証拠を・・!
こういう町に住む方は、お元気でしょうねぇ?!

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ポポロ広場も段差があり、2層に分かれる感じですが、
プリオーリ宮の東側にこのロッジャ。
     
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奥側2つのアーチは少し尖ったゴシック様式で、手前は丸いアーチ。
柱が同じ形に摸されていますが、時代が違うのでしょうね。
右手前は赤いテントが見えますが、バール、レストランで、
ひんやりと涼しそう。



最後は古い建物の壁を。
       
28_GF.jpg

日本だったら即お店に変わりそうな場所ですが、きちんと修復され
いまだ住宅。 こうした頑固さ、健全さがまだまだ生きている、
イタリアの良い所なのでしょう。



町の地図をどうぞ。
一番南下、ロッカの手前が町の入り口。
       
29_GF.jpg
       
地図でお分かりのように、市壁が町を取り囲んでいて、
13世紀の物で、全体の長さが4km、13の塔、町の門は6ヶ所に。 

サン・クイリコ・ドルチャから、西にわずか15K、
バスの便も他に比べ、かなり良さそうです。
       
ワイン好きな方も、それ程でもない方も、はは、ぜひお出かけを!

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・ バーニョ・ヴィニョーニ ・ ローマ期からの温泉保養地

今日は、バーニョ・ヴィニョーニ・Bagno Vignoniのご案内を。
オルチャの谷の北の交通要所である、サン クイリコ・ドルチャの
コムーネに含まれ、南に6K程の距離に。

古くエトルスク、ローマ期からの温泉で有名な土地ですが、
メディチ家が設備を整え、ご愛用したのでも有名です。

まずは町の駐車場から、オルチャの谷の眺めを。
麦刈りの風景が広がりますが、
この辺りは同じオルチャの谷でも、広々と、緩やかに波打ち。

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幹線道路はもちろん舗装されていますが、少し入り込むと
地道が広がり、私の車もかなりの埃まみれでしたが、
駐車場の中にまさに真っ白になった車!

ワイパーの届く範囲だけ視界の開いた車を見かけ、
よほど写真を撮ろうとうずうずしましたが、
すぐ脇に持ち主がおられ・・、むむ、残念!



町に到着すると広い駐車場が幾つもあり、何やら開けた感じで、
あちこちにホテルが見えるものの、さて、町の中心はどこ?
       
標識も見つからずで、何となく人の流れるほうに歩き、
それで正解。 こんな道の奥に、温泉池!がありました。

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毎回ブログにアップする写真は30枚を超えないようにと、
いつも最大努力ですが、今回は全部で25枚!
それも、プールみたいな温泉池をしつこく、これでもか!
とご覧頂く事にして、25枚!

まぁ、つまり見所はこれだけ! みたいな・・、ははは。
という事で、1枚目は大浴槽の南側から、左手、西側を。

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これは、大浴槽の奥、北側。
左角に小さな囲いが突出しているのが、お分かりでしょうか?
あそこは、薬草園のようで、
アップしますと・・、

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これがそうですが、実は薬草園を写したのではなく、
手前側にポコポコ湧き出している温泉を撮ったのでした。

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地下千m以上の深さから、52度の温泉が湧き出すのを集め、
ここに湧き出すように設備したので、
このプールみたいな大浴槽なのだそう。



1枚目の浴槽の写真の手前側に、エルボリステリーア・
薬草専門店がありました。

b-6_GF.jpg

エルボリステリーア・オルトゥス・ミラービリス、
ERBORISTERIA ”HORTUS MIRABILIS”
こんな名前の入った薬草袋を手にしたら、
それだけで効き目がありそうな気しそうでしょう?




こちらも北側。 薬草園もよくご覧いただけますね。
蛇足ですが、このバーニョ・ヴィニョーニという名前、
直訳すると、ヴィニョーニの浴場、バーニョはイタリア語でお風呂、
トイレに当たり、ヴィニョーニはこの地の名前。
  
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北東側を。 大浴槽の周囲を建物が取り囲みます。

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日本人の温泉感覚からすると、この感じはぴったり来ませんよね。
どうやってこの浴槽に浸かったのだろう?
まさか裸で手ぬぐいを頭に、とまでは思いませんが、
うむ、この青空の下では、泳ぐ方がぴったりしそう。 




周囲を囲む建物はいずれもかなり古く、こちらは北東部分。

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上の建物の入り口階段部分。
ペチュニアの濃いピンクと、水色のベンチが鮮やか。
古い壁がなんとも良い味ですねぇ。

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南と西を眺めて。
四角い大浴槽のイメージが、お伝えできたでしょうか?
どういう風にご案内したら良いのか、私自身とりとめなく・・。 

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イタリアのどんな小さな町村に行かれても、必ず中心広場があり、
その周囲を行政関係のお役所等が取り囲み、
そして教会と鐘楼があります。

が、このローマ期から温泉で有名なバーニョ・ビニョーニでは、
その広場の代わりに大浴場が町の活動の中心位置にあり、
ついでに、まぁ、浴槽の隣に教会があると・・。

はい、西側に見える小さい四角い鐘楼が屋根の上に突出した、
そっけない正面壁の建物が、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会。
   



北側から見た南部分、ロッジャ。
現在この大浴場は使われておらず、温泉利用は各ホテル内で。

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で、なぜこの町にフラフラと行ったかと言いますと、
以前TVのCMで冬の夜の雪景色の中、この浴槽からもうもうと
湯煙が立っているシーンがあり、
何となし日本の露天温泉を想像し、一度見たくて・・。

まぁ、ロマン溢れる冬の雪の夜ならぬ、夏の青空の下では
健康すぎて、趣味ではない、というか・・、ははは。
              

       
上の写真の屋根つき廊下の様な部分は、
ロッジャート・ディ・サンタ・カテリーナと呼びます。

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このロッジャの脇から、浴槽の温泉水が小川のように流れ出し、
町の中を流れつつ、施設や、温泉利用の製品工場に。
かっては水車を回し、灌漑作業にも利用されていたようですが、
現在は公園として整備された様子。




少し写真が小さいですが、  ガイドブックより
こちらが上のロッジャに名を冠されたシエナ生まれの聖女、
イタリア、そしてヨーロッパの守護聖女サンタ・カテリーナ。

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1347年シエナ生まれ、33歳の若さでローマで死去。
が、単に宗教生活に籠るのではなく、対外的にも政治的にも、
大変積極的に働いた方のよう。

シエナの染物業者の娘に生まれた彼女は、ここに何度か療養に
来ていたそうで、一説には、修道女になりたいという希望を捨てるように
望んだ両親が、連れて来たとかで、
15世紀になってこのロッジャが作られ、彼女に奉納されたと。

シエナの彼女の生家跡には現在聖堂がたてられ見学できますが、
すぐ隣が地区コントラーダのオーカ(家鴨)の集会所で、
夏行きましたら、パリオの衣装の若者がぞろぞろで、
うふっ、と笑いが込み上げましたっけ。

聖女カテリーナの生家近くの様子は

     
       
ロッジャの柱にもたれ、休憩中の若い女性2人。

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この温泉に通った有名人物としては、サンタ・カテリーナの他に、
ロレンツォ・デ・メディチ、イル・マニーフィコと呼ばれたルネッサンスの
大文化人、メディチ家の大人物ですね、
そして自分の生まれた村をルネッサンスの町、ピエンツァに
造り変えた教皇ピオ2世 など。

いずれにしても聖地ローマと、北の国をつなぐ中世からの巡礼道、
ヴィア・フランチェージナがすぐ傍を通っていたのですから、
旅人にとってはさぞや生き返る思いの温泉でしたでしょう。

この温泉が記録に登場するのは995年ですが、
それ以前にローマの詩人たちの言葉があります。

  他にはこのような場所は知らない
  浴槽と温泉、柱廊の影の下の読書、散歩と好ましい会話・・、
そして、もひとつ、
  適温の水に、ロバの乳とビアーダ(穀類の一種のようですが)
  を混ぜて使う、と。
食べたのでしょうか? 
       
Marziale、Ovidioの名が分からず検索をかけましたら、
いずれもローマ期の有名なラテン語詩人と出ました!
ええねん、イタリア人だって額田王や、山上憶良なんて
知っちゃいないよねぇ?!
       
ピエンツァのご案内
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461278750.html    

   

ロッジャートを東から見た所。
真ん中左のレンガ部分は礼拝所ですが、聖カテリーナに由来と。

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この温泉は、重炭酸塩、硫酸塩、カルシウム、炭素を含み、
リューマチ、関節炎、神経痛、炎症に効果があるそう。




駐車場脇から大浴場にかけ、広々とした公園が広がります。
で、町の中を小川のように温泉が流れているそうで、
そこでは誰もが足をつけれるそうでが、気がつきませんでしたぁ。
   
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何軒かのお土産物屋のひとつ。
並んで掛けられている陶器の図柄が、なかなか良いのですが、
日本の陶器の技を見慣れた目には・・ウム。

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バールやレストランも大浴場の周囲に何軒か。
いずれも、田舎にしては洒落ているようでもあり、
逆にいかにも古い湯治場のようでもあり・・。

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濃いピンクのブーゲンビリアと、赤いゼラニウム。
陽射しが強いので、目に沁みます。
手前の石のベンチが、いかにも古げで良い感じ。

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古い井戸がありました。

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道脇のバールのテラス席、飲み物を運ぶ女性の白いパンタロン姿。
写真で見るよりも、ずっとはっきり見えたのですよ。
何が? って、目を凝らして見て下さいな。

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広場の脇のシナの木の花が済み、小さな実が膨らみかけ。
風に揺れ、少しピンアマで失礼。

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見上げた丘の上。
反対側の山の上には古いお城跡もある様子。

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最後にまた、駐車場からのオルチャの谷の眺めを。
糸杉の並びが、風情をそそります。

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この糸杉の並ぶ道は
http://italiashinkai.seesaa.net/archives/20180616-1.html

バーニョ・ヴィニョーニの新しいご案内は
http://www.italiashiho.site/archives/20180611-1.html

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・ ラディコーファニ ・ 中世カッシア街道、要塞の町

今日は皆さんをラディコーファニ・Radicofaniにお連れしますが、
この地名、殆どの方はお聞きになった事がないと思います。

がこの町は、ローマからシエナを結ぶ中世のカッシア街道、また巡礼道、商業道の
ヴィア・フランチージェナが通る要所で、オルチャの谷を睥睨し続けた見事な要塞跡が残り、
見学出来るようになっています。 ではどうぞ!

トップの写真は、今回オルチャの谷訪問の基地として宿を取った、ピエンツァの東に
位置するモンティッキエッロ・Monticchielloから、麦畑の遥か南に望むラディコーファニ。

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距離は約34㎞ですが、真ん中左寄りに塔が1本見えますね?
これがカッシア街道を見張り続けた、有名な塔なのです。

一昨年オルチャの谷を訪ね、キアンチャーノ辺りからこのラディコーファニの姿を
教えられて眺め、初聞きの土地名ながら塔が見えたので、即、上れるのか?と尋ね!



そのラディコーファニの町はどこにあるか、
オルチャの谷のほぼ南の端、ラツィオ州に近く、
       
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昨年夏のオルチャの谷の旅行を計画した際、塔に上れなくては意味がないと
サイトを調べ、管理事務所に電話して尋ねましたら、
この次の日曜日は結婚式があるからダメだけど、その次は大丈夫、
といかにもイタリアらしいお返事で・・! 見学時間は、のちほど。



これはすでにかなり町に近寄ってからの眺めですが、
上の写真とまるで同じ形に見えますよね?!

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近づくにつれ、曲がりくねりの上り坂になりますが、シエナのクレーターと呼ばれる、
かっての海底の風景がひょいひょいと現れます。
   
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シエナのクレーターの麦秋風景は
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460855556.html   


町に着いての駐車場脇で、こんな方に。 6,7cmはあったかな、
轢かれたらどうするの、と持ち上げて移動させ・・。

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町の地図も見つけましたが必要ありません。この通りは町の中心を抜けるローマ通り。

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町は海抜780mに位置し、そのせいか空気はひんやりとし、
町全体の印象もさっぱりと地味加減。

と言うのも、建物の石の色がかなり濃い色で、こげ茶、茶色、そしてグレイの石組みが
そのまま見え、町全体がその色。

常のイタリアのように、クリーム色やピンク色の壁色もなく、アッシジのように
明るい白とピンクの石の色でもなく、まさに古い中世のまま、存在して来ている感じ。



上の写真の左手辺りに教会があり、町の並びに埋もれた感じで、中に入って大変意外に
思ったのは、祭壇に大きなデッラ・ロッビアの色鮮やかなブルーと白の作品。

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教会の名はサンタ・アーガタ、13世紀に遡り、現在の内部の形は18世紀に修復。
アンドレア・デッラ・ロッビアのこの作品は、1500年位の物と。



こちらは、前に広い広場を持つサン・ピエトロ教会。
ガイドブックによると、オルチャの谷のロマネスク‐ゴシック様式の重要なもので、
やはり内部には、デッラ・ロッビアの祭壇がと。見ておりませ~ん、何をしとった?!

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サン・ピエトロ教会前広場の、角の建物。 ご覧の通り、石の色が濃い目でさっぱり感。

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古い町にしては壁に無駄な汚れが見えないので、町全体が綺麗に洗われ、修復されたのかも。

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オルチャの谷の、ユネスコの世界遺産指定効果かな?



ふと小路の奥を見つめ目を上げると、見上げる山の上に、要塞の塔。 おお!この高さ。      
これに会いに来たのですが、何となしの中世の威圧感も。
うん、もうちょっと町を見てから行くけんね!  

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サン・ピエトロ教会の裏、南側が公園になっていて、その隅にこんな石像。
ギーノ・ディ・タッコ・Ghino di Taccoという13世紀のイタリア版ロビン・フッド
とでもいう、山賊、義賊の人物!

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豪族の家に生まれ、父親、叔父、弟と4人組の強盗で、一同捕まり、
父親と叔父は処刑されたものの、彼と弟は年少の為許され放免。 
が、3年ほどの後に父親の仕事を引き継ぎ、ラディコーファニの要塞を根城に、
街道筋を行く金持ちを襲い、貧乏人や巡礼たちは通し、殺したりはせず、
生き延びるだけの物は残したという、紳士の山賊と呼ばれたとか・・、ははは。

面白い逸話を2つ。
父親と叔父は、シエナのカンポ広場で処刑されたそうですが、その判決を下した
裁判官が出世し、教皇庁の裁判官になっているのを知り、復讐のためローマまで
行き殺害。 その首を槍の穂先につけて戻り、長い間晒したとか。

この逸話は、ダンテが神曲の煉獄編に取り上げているそうで、
ボッカッチョのデカメロンにも彼が登場するとか。

もう一つは、ローマ詣でから戻るフランスの修道院長を捕え監禁、パンとソラマメ、
そしてサン・ジミニャーノのワインのみを。 所が修道院長はローマでの
暴飲暴食がたたり、胃と肝臓が悪くなっていたのが、この食事療法で奇跡的に快復!

この修道院長のとりなしで、裁判官の殺害も教皇から許され、
騎士の称号まで得たという・・、読んでいて笑いましたぁ!



町の西の端、要塞への登り道の脇一際大きな立派な建物。
見ましたら、カラビニエーリ・警察署が使用。

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うんまぁ、そうすると修復するのも面倒なく、保存にも役立つね。
      


要塞への道を辿ります、はい、歩いて。
途中で、しまったなぁ!と思う長~~い、結構傾斜のキツイ山道。

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ここは坂道途中にあった墓地への入り口。 かってはここも要塞の一部だったようですが、
ここかと喜び勇んで入って行ったのでしたぁ、ははは。 
で、すごすごと引き返し、また山道を。
  


山の上にハァハァと辿り着くと、要塞の周囲はかなり深い林に囲まれていて、
小道を抜けて行きます。
   
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その林を抜けると一転してぱっと開け、キャンプ場を想像させる木造りのバール兼
入場券売り場があり、インディアン式の3角テントもあったりで・・!

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案内の矢印に従い、要塞の下、外側をぐるっと回り、トンネルをくぐって登り・・、
写真は上から逆に見た所。

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この壁は、入って来て最初に突き当たる、多分警備兵の詰め所部分だったようで、
ここから上の写真のトンネルをくぐります。
  
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上の広場に出ると、目の前にぐっと立ちふさがる感じで、
厳めしい塔と、城壁の屹立した線! 美しい!

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要塞の存在が記録に出るのは8世紀の末ですが、ローマから北に続く街道の要所であり、
教皇領と、シエナ、フィレンツェとの境界線、現在のラツィオ州とトスカーナ州の境界線
でもあり、戦術上の要所として、当初から実戦的に拡張設備。

ローマ期からのカッシア街道に、巡礼道、通商街道としても大きな働きを齎した
ヴィア・フランチージェナが重なる訳で、

巡礼者達を保護するオスペダーレは、この区間に3か所もあるという、
ラディコーファニは重要な町だったのですね。

ヴィア・フランチージェナについては、こちらを。
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462678404.html   
    

塔、城壁跡の周囲は広々と修復され、幅の広い城壁から
町を見下ろすとこんな感じで、サン・ピエトロ教会も見えます。

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要塞は、18世紀の中頃に爆薬庫の破裂で破壊され、
どうやら守備隊長が配置転換を恨んでの事らしく、
それ以降放置されていたのを修復、
1999年より博物公園として公開されていると。

毎日10時半から、19時半まで公開、冬はこれより短いと。
案内電話番号は、la Societa Brigadoon: 331.4103303
要塞のサイトは      
http://www.fortezze.it/rocca_radicofani_it.html 



ここに行ったのは昨年7月の初旬でしたが、城壁の外には、既に秋を思わす植物も。

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今はまさに公園のイメージですが、場所を移動するにはかっての城壁の門をくぐってで、
その雄大さ厳重さからみて、当時の要塞の凄さを想像します。
     
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ここが主塔の入り口。 階段を上がったかなり高めの位置にあり、
上に見える紋章は、15世紀のメディチ家の紋。

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蛇足ながら、メディチ家がトスカーナ一帯に造った要塞の数はいくつあると?
59あるんですと!

大変な財力、そして財を守るための努力、ははは。
町から下った所にラ・ポスタ・La Postaと呼ばれる、16世紀にメディチ家の狩猟の館
として建てられた邸宅があり、後にはローマへの街道筋の宿場として、
馬車馬の取り換え、旅行者への食事提供場所として栄えたそう。

チャールズ・ディッケンズ等も宿泊したようで、
  吹きまくる風の音、荒い岩の風景、
  階段をひっきりなしに上り下りする人々、
などと書き残していると。
       


これは塔の入り口の階だったと。 いろいろな資料も展示され、修復の際に見つかった、
エトルスク、ローマ期の発掘品も。 いかにも、年代を経た壁の色!

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主塔の最上階。

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いざ上がってみると、周囲の景色以外特別な事もなく、正直、いささか気が抜け・・!

で、この最上階の広さ塔の高さとかを皆さんにお伝えしようと数字を探し回りましたが、
見つかりません!買って戻ったガイドブックにも、どのサイトにも!
       
町の海抜が780m、要塞のある山の高さが896m、その上に主塔。 ご想像を!

と、もう一つおまけの発見は、
18世紀の爆発の際に主塔も上部分が破壊されたのを、1927年に再建された模様。
となると、私の気が抜けたのも当然かも・・。



塔の上からの眺め、こちらは北のサン・クイリコ・ドルチャ、ピエンツァ、
モンタルチーノ方面を。
少し霞んでいるのが残念ですが、やはり素晴らしく雄大!

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主塔の入り口部分を見下ろして。

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街道筋を見張るための重要な塔でもあったようですが、戦争捕虜の監獄としても
利用されていたと。

そういえば、ヴェネトのソアーヴェのお城の修復でも、塔の下から何メートルにも
積った人骨が出たとか・・、 わっ、思い出してしまった!!

思い出したい方、知りたい方、こちらです。
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462246865.html       



こちらは、西側の眺め。

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下側1,5cm程の部分のす~っと白い線が見えますか?
あれが北から、シエナからサン・クイリコ・ドルチャを通りここに、そして南にヴィテルボ、
さらにローマに繋がる、かってのカッシア街道、ヴィア・フランチージェナ。

写真は広大な風景を小さな中に閉じ込めるので見えにくいですが、
実際にはよく見え、戦術的位置、という言葉を大いに納得!

正面のこれまた雄大な山は、オルチャの谷の西を占めるモンテ・アミアータ・
美しいアミアータ山。

ここには10世紀頃ベネデッティーノ派の修道院があり、一時はラディコーファニをも
治めていたのだとか。 そう聞くと何となく、日本の僧兵の姿も思い出し・・。



最後にガイドブックの、要塞の全体が良く分かる写真をどうぞ。
左上の角が、要塞見学の入り口。

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これだけの土地を、きちんと修復して保つのは大変な仕事だろうと。
植物の繁殖力は凄いですから、修復前などまさにジャングルだったろうと想像。
       
夏には中世の衣装で、さまざまな武器を使っての戦いの模擬や、お祭りもある様子で、
まさに、つわものどもが夢の跡、なのでした。

*◆*◆*

行き方ですが、車でないとかなり難しいもののバス便があり、
それも鉄道のキウジ・キアンチャーノ駅前からが一番楽なようで、
乗り換えなしで64分と。

他からの行き方もこちらのサイトの上部に、出発場所を打ち込むと、
乗り換え場所などが出ます。
https://moovitapp.com/index/it/mezzi_pubblici-Radicofani-Siena-site_9447377-2680

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・ コルティナ・ダンペッツォの遅い春

今日は10日ほど前に行ってきましたコルティナ・ダンペッツォ・
Cortina d'Ampezzoの遅い春、をご覧下さい。

この冬は40年ぶりの大雪や悪天候で大変でしたが、
そう、まだ雪が残っていました!!

この冬が大変寒く長かったとはいえ、ここの所我が家の辺りは
さすがに春たけなわで、雨上がりにお天気が2、3日続くとぐんと緑が増え、
木々の葉の隙間も見えない程になっています。
が、80キロ程の道のりの間に、季節が後戻りして行きます。

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夏のドロミテ ・ コルティナ、ミズリーナ湖と比べてみて下さいね。
同じ場所の写真も、載せていますので。



夏のコルティナ、岩山のドロミテ山系しか実際に見た事がないので、
道を進み雪が見えた時は、ああ、雪だ、雪だ!と少し興奮。
コルティナに行ってくると話し、きっと、まだ雪があるよ、と聞いていても、
やはり自分の目で見ると、おお!

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大変お天気がよく、陽射しも強く、寒くはないですが、
やはり空気はひんやりで、雪の白さが目に眩しい。

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町の中心の山側、バス駅の隣に大きな駐車場がありますが、
今回は町の入り口の下に止め、少し歩いて中心に向かいました。
懐かしい、小さな礼拝堂みたいな教会に再会です。

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コルティナのドゥオーモの鐘楼。 裸木、そして人々の姿なし!
これも始めてみる町の姿。

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4月半ばの復活祭の時のニュースでは、スキー客で溢れてましたし、
週末の連休はまた混むだろうし、道も狭いので停滞すると困ると、
平日に出かけたのですが・・。
店もレストランも殆どが閉めていて、お昼を食べるのにかなり探しました。



とはいえ、町中の道は車の通行が結構あるので、山側の散歩道を。
と、あちこちにこんな雪だまり!

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嬉しくなって触りましたが、当たり前ながら、やはり、冷たかった!
冬、自分の家に振る雪は寒いだけですが、
こんな青空の下で、この時期に見る雪は、何となくうれしく・・!

そう、この冬にコルティナに降った積雪量は8mとかいうのですから、
そう簡単には溶けませんよね。



雪の多い土地のコンドミニニオは、山小屋風の木が多く使われたものが
多いですが、こんな可愛い入り口を見つけました。

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少し上から見渡す、町の向こうの谷部分。
まだこんなに雪が残っていました。

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子供たちが道で賑やかに遊んでいて、草原にはまだ雪の残る所も。

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VIPの避暑地として有名なコルティナですが、子供の遊び場所には
こんな素朴な形も。
向こう側のタイヤがペチャンコにへこみ、なんとなしに笑えます。




雪の解けた後の草原に小さな白いものが見え、
あれ?!と、気がつくと、こんな可愛いのが、開いています。

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届いたばかりの、春の知らせ!ですねぇ。



ほら、こんなにしっかりと遅い春を、誇らしげに謳歌している場所も!
とても小さく儚げ。 でも野生の強さを秘めています。

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緩やかな散歩道を、中心に向かって戻ります。
右側の三角屋根の重なり部分が、コルティーナのバス駅。

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ヴェネツィア方面からは、電車がカラルツォ・ディ・カドーレまでで、
ここが国鉄の終着駅で、ここからバスが連絡します。



夏のコルティナで、このバールの写真をご紹介しましたが、
今は店終い中で、子供が自転車遊びをゆうゆうと。

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ホテルの角に素敵な案内が出てましたが、読みとるのにかなり苦労を!
ホテル・デ・ラ・ポステ、郵便馬車ですね。

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こんな馬車で、北国からイタリアにやって来たのでしょうね。
モーツァルトも、ゲーテも。
奥に見える紋章入りの建物は、たしかお役所。



町の建物には、こんな風に模様が描かれているのが多いのです。
もちろん人物などの図柄もありますが、
ここには、サン・マルコのライオン君が見えます。
屋根は、雪対策で、尖った形の金属製。

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ここ数年ヴェネト各地、とりわけ周縁地域がヴェネトから離脱し、
お隣のアルト・アディジェ州、またはフリウリ州への融合を目指し、
住民投票で意思を決めるのが大流行で、
このコルティナもその一つの筈ですが・・、

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ドゥオーモ前広場に、しっかりとヴェネトの旗が翻り・・、
無言の威圧かな?! と可笑しくもあり。 



コルティナの町から北東奥に14Km、海抜1809mの峠を越え、
ミズリーナ湖に向かいます。
ちなみに、コルティナの町は海抜1224m、ミズリーナ湖は1756m。

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他の車に殆ど出あわず、道脇の雪の積りが1mほどの高さですが、
走る道は全然雪がなく、問題ありません。
途中に、こんな小さな湖。 夏通った時には、気がつかなかった眺め。



水面に青空が映り、こんな色!

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雪解け水で岸辺が濡れ、今やっと、少し緑が見え始めた所。

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峠を越し下り坂を少し行き、アウロンツォに下る道と別れ、
左に入って行くと、じきにこの風景。

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奥に見えるホテルの向こうにミズリーナ湖があり、
右奥の高い山が、有名なトゥレ・チーメ・ディ・ラヴァレードですが、
さて、「3つの峰」というのがここからは2つしか見えませんが、
一番右の峰の奥に3つ目が隠れる位置なのですね。



上の写真の道の延長が、この写真の左を通ります、通る筈で、
で、道脇が駐車場になっているのですが、 うん?! あれ?!

駐車場の奥に汚れた雪の壁が出来ていて、
その隙間から、ちらっと白い湖が見え・・、

あ、あれ?!と壁の隙間を通り抜けてみると、ご覧の通り、びっしり凍結!
岸に近いこちら側のほんの少しが解け掛けているだけで、
あとは全く、厚い、白い氷。

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そうかぁ、とまたもや自分のうかつさ、間抜けぶりに気がつきましたぁ!



これが、駐車場と湖の間の雪の壁。 多分、駐車場確保のために
除けた雪の壁なんですね。

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正面のバール兼お土産屋さんが1軒だけ開店中で、
音高く流れる音楽の白々しさ!



湖の向こうにスキー客用のケーブルがありますが、平日とてこちらも閉店。
湖が、まるで雪の平原のよう。

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道を振り返ると、この大迫力!  すごいなぁ!! 

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来た道の分岐点まで戻り、あとは下り坂の道をずーっと24,5kmで、
アウロンツォ・Auronzoに到着。
ここは、ミズリーナ湖から流れ出るアンシエイ川が、カテリーナ湖になる部分。

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海抜は862m、水辺が近年大いに整備され、山の上から小さな座に乗って
レールを滑り下る設備もでき、(これ、おもしろそう!! 試しに行かにゃ)
一般庶民の避暑地として有名な場所です。

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さすがにここまで下ると雪はなく、緑が豊かに。

夏のアウロンツォはこちらに。
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461526279.html       



水がエメラルド色なのです! 雪が多かったせいか、水量も多く。
山の名前が特定できませんが、いずれにしても、2500を超す山々が
この方面に連なります。

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しっかりの芽吹き。

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この後再び、4月の末にコルティナ一帯に雪が降った様で、
我が家から見える北の山並も、また白くなりました。
さて、本格的な春はいつ?!


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