・ ファブリアーノ ・ イタリアの紙の郷 

イタリアの紙の郷ともいえる、マルケ州のファブリアーノ・
Fabriano のご紹介です。

ここには紙の博物館があり、昨年の夏訪れた時には、
ちょうど、「中世の公証人の古文書」の展示があり、
大変興味深く見ましたので、それも一緒にご紹介いたしますね。

1-595_GF.jpg

ファブリアーノの町はまた15世紀前半に活躍した画家
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ・Gentile da Fabriano
(1370-1428)の生地でもあり、没後500年記念の石碑も。
   
生年や絵の修業については記録がまるで無いそうですが、
父親は布の商人だったそうで、紙は布から作っていましたから、
いかにもこの町の出身を現していますね。



彼の代表作と言われるフィレンツェ・ウッフィツィ美術館にある
「東方三博士の参拝」の一部で、煌びやかで、優雅なテンペラ画。

2-fabriano2_GF.jpg



町の中心にある、コムーネ広場の13世紀の噴水。
ペルージャの、フォンターナ・マッジョーレに良く似た小型で、
装飾も少ない、ストゥリナルドの泉。

3-499_GF.jpg

奥に見えるのが、やはり13世紀のパラッツォ・デル・ポデスタ、
マルケ州における優れたゴシック建築の一つだそう。

ペルージャのご案内は
      



コムーネ広場の奥のポデスタ宮に向かい、
左側に時計塔を持つ16世紀の司教館、右に2階部分がロッジャ
ロッジャート・ディ・サン・フランチェスコがありますが、
・・今回はダイアル・アップ対策のためすべて写真略で!
       
これは、司教館の1階部分のカフェで憩う町の人々。

4-512_GF.jpg

7月の暑い日で、おまけにこの日の朝ウンブリアの山奥の
カステルッチョから到着の、いささか暑さ呆けのshinkai。

カステルッチョのご案内は、(また見てやっておくんなまし!)
カステルッチョ、 そして、大平原のお花畑 その1 その2
 


なにはともあれ、紙の博物館に向かいます。
大きな、かってのサン・ドメニコ修道院が改装され、博物館になっていて、
中心のコムーネ広場から行くと、この後ろ姿。

5-515_GF.jpg

町の地図は最後にご覧いただきますね。



こちらが入り口。 正式な名は、紙とフィリグラーナの博物館・
Museo della Carta e della Filigrana と言います。

6-562_GF.jpg

フィリグラーナというのは、紙を漉く時に繊維の液体を枠ですくいますが、
あの枠に、日本だと竹の簀がはめられていて繊維をすくいますが、
あの簀を指し、
ファブリアーノで見たのは青銅製で、
実はここファブリアーノで、フィリグラーナが発明されたのだそう。




入り口で入場料を払っていましたら、英語で何か・・、
イタリア語でお願い、と言うと、辺りにいた男性達がどっと笑い、
博物館の見学の前に、紙の製造歴史のヴィデオを見たいかと。
という事で、かなり長いヴィデオでお勉強を。

7-517_GF.jpg

それがこの部屋で、以前の素晴らしい壁画が大アクリルガラスの
向こうに見えました。



中庭の向こうには実演している場所があり、入って行くと
実際に紙すきやら、乾燥の行程も見せてくれました。
こうして実演しながら、製品を作り販売も。

写真はダメと言われましたので、パンフレットからご覧頂きますが、
これは、布切れを打ちつき、ドロドロにする行程の機械。

8-Untitled1_GF.jpg
       
お勉強させられたヴィデオによると、一旦は衰退した紙製造を、
18世紀になりミリアーニという人がこの機械工程を発明し、
盛り返したのだそう。
 


溶けた繊維を漉いている行程。
スイッチを入れると桶の中でハンドルが回り、繊維の濃度を一定に。

9-Untitled3_GF.jpg

ファブリアーノの紙というと、スケッチ用のコットン紙でも有名ですが、
まさに麻や綿布を使っての紙製造なのですね。
これはアラブから伝わり、カビ防止に動物のニカワを使用、
滲み防止にもなるので、12世紀頃に有名になった様。

布から紙を作り、それに活版印刷を用い、イタリアで最初に、
ユダヤ聖書全巻が出版された事情については、

ソンチーノ ・ 中世の要塞と、ユダヤ人の印刷所 その2

要塞、お馬好きの方は、
ソンチーノ ・ 中世の要塞と、ユダヤ人の印刷所 その1  
       


これが14世紀のフィリグラーナを使った紙、透かし模様ですね。
たくさんの展示があり、紋章入りやら、デザインやら、
かっての、権威を込めたお洒落心、とでも言えましょうか。
 
10-Untitled2_GF.jpg    
  
昨年6月に我がコネリアーノの町の古文書館を見学できる
チャンスがあり、
その時に11世紀ごろからの羊皮紙の古文書とか、
ヴェネツィア共和国からの通達なども身近に見れましたが、

司書の方がフィリグラーナの話をして、ファブリアーノで発明された事や、
紙を見ると、どこで作られたものか分る事なども教えてくれたのですね。
       
その下敷きがありましたので、ウンブリアの戻りに
ファブリアーノのこの博物館に寄ったという訳でした。



中庭の様子。 奥に見える建物部分が、紙製造の実演場。

11-557_GF.jpg

      

大変興味深い展示パネルを見つけました。
    
中国で紙製造が発明されて後、シルクロードを伝わり、
次々とヨーロッパに広まって行った様子が、年代入りで示されています。

12-561_GF.jpg

ブログ用に写真を小さくしたら数字が見え難く、大まかな年代を次に。

中国南部での紙の製造発明105年 - 京都610年 
シルクロード経由 - バグダッド793年 -
スペイン1150年・ファブリアーノ1264年
そしてヨーロッパ各地に広がりますが、
モスクワには1576年、北欧オスロには、なんと1698年。 



博物館で開かれていた、「中世の公証人文書」の展示会。

13-533_GF.jpg

これは公証人の姿ですが、イタリアにおける公証人は、
単に公文書の作成、認証に留まらず、その適性も保証できる法律家、
だったと言います。

この黒ずくめの衣装の重々しさ、そしてその権威にもかかわらず
彼らも人の子、文書にいろいろ悪戯書きをしているのです!
それを後ほどお目にかけますね。



18世紀のガチョウの羽根ペン。
これは偶然に文書の間に挟まっていたのが見つかったものだそうで、
羽根ペンは11世紀頃から使用されていたとの事。

14-1-519_GF.jpg



こちらもやはり書類の間から見つかったという16世紀の老眼鏡で、
縁は黒い角を利用。 鼻に乗せ、挟む格好での使用ですね。
使っていた公証人の名前も判明していて、
ペルージャの、ジョヴァンニ・ディ・クリストフォロ殿。

15-1-520_GF.jpg



羊皮紙。 これも時代が古いほど幅が狭いのですね。
文書類はこうして巻かれていたようです。

16-521_GF.jpg

一口に羊皮紙と言っても、こうして見るとかなり肌合いが違いますね。
羊だけでは無かったのかもしれません。



995年9月の日付、ペルージャのジョヴアンニという人物が、自分の財産を、
サンタ・マリア・ヴァルディポンテの修道院に寄贈する、という文書と。
凄いですねぇ、1000年前です!

17-1-524_GF.jpg



やはりペルージャの、サンタ・マリア・ディ・ミゼリコルディア病院の、
1399年の歳入出簿の表紙に描かれたペン画。
小麦の徴収に対し、支払いする場面との事。
袋を担いで階段を上る農夫の足は裸足ですが、大変達者なデッサン。

18-1-536_GF.jpg

同年の同じ病院の、捨て子養育院の乳母への支払いの帳簿もあり、
こちらには赤ちゃんを抱いた女性のペン画が。
当時の病院は、教会、修道院の慈善活動でしたので、経営管理は
神父という事になりますが、スケッチをしたりで息抜きをしたのでしょうか。



これは16世紀の物の様ですが、この様に余白に結構落書きがされており、
中には、ええと、天橋立の逆さ覗きスタイルの、ははは、
女性のオール・ヌードもあり、笑いましたぁ!

19-544_GF.jpg




この年代が紛れましたが、このガッチリとした書体が、通常見る
公証人の筆記文体で、やはり書き方練習をしたそう。
殆どがラテン語で、中にはイタリア語と両方でもあるようですが、
かなり年代が下っての事と思われます。

20-550_GF.jpg




さて町の見物に戻りまして、最初にご覧頂いたコムーネ広場から
司教館との間の道を西に上って来ると、このドゥオーモ前の広場に。
写真を撮っている背中側には、市絵画館。

21-564_GF.jpg



特別に見たい物があって行った訳ではなく、時間が余り、でしたが、
思いがけない掘り出し物を拝見できまして・・。

11世紀建設を17世紀に拡張改築した様で、その為かっての内陣の
フレスコ画が、現在の内陣の奥に、狭く細く残っているのですが、
そのフレスコ画も修復されていて、横から入り込んで見学出来ました。

22-575_GF.jpg

私の大好きな14世紀の素朴なものですが、これはキリスト生誕場面。
右上のヨハネが頬に手を当て、如何にも当惑顔で・・!
まぁさか、誰の子?と思っているのではないと思いますがぁ。




こちらはまた内陣反対側の細い狭い部分。
聖ロレンツォの生涯のお話ですが、聖人に対する拷問場面のオンパレード、
釜ゆで、むち打ち、火ごてあて、ecc,ecc。

23-579_GF.jpg

右端に、上の小部屋に上がる細いはしご階段が見えまが、
壁画の色も大変鮮やかに残り、この狭い隠れ部屋のような礼拝堂が、
大変印象的で面白かったです。



ファブリアーノの町の地図をどうぞ。
1.コムーネ広場   6.紙の博物館
4.ドゥオーモ      5.市絵画館       

24-Untitled4_GF.jpg

鉄道駅は、一番右端に見える道を行った所で、少し離れていたと。
ファブリアーノには、国鉄のローマ~アンコーナ間のテルニ、フォリーニョ
と辿り、エウロスターで約2時間半で行けるようです。
ウンブリアにお出かけの際、一足伸ばしてどうぞ。


*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!


*****

コメントの書き込みについてのお願い。

ブログの記事下に、「コメントを書く」が出ていない時は、
上か右の、記事タイトルをクリックして頂けると
記事の一番下に「コメントを書く」が出ますので、よろしくお願いいたします。
非公開コメントをご希望の場合は、非公開で、と書いて頂くと、  
コメント承認制ですので、保留にし、お返事だけ公開しますので、
それもご了承下さいませ。

・ ヴィッラ・バールバロ・ディ・マゼール 

ヴェネト一帯に、パッラーディオ様式と呼ばれる独特の建築を多く残した建築家、
アンドレア・パッラーディオ・Andrea Palladioは、1508年11月30日に
パドヴァに生まれたそうで、昨年末がちょうど生誕500年。

今日は彼の手になる有名なヴィッラ、アーゾロの近くマゼールにある、
ヴィッラ・バールバロ・Villa Barbaroをご案内いたしますね。

正面からのこの眺めは、皆さんもガイドブックでご存じかと思いますが、

1-d0097427_643633_GF.jpg

実際に行ってみると、写真の一番手前に見えている道がかっての敷地内を
横切り、ヴィッラは道からすぐに見渡せる場所に在り、あれっという意外感。

道のこちら手前に、馬車回しであったろう円形の小広場があり、そこに駐車し、
庭園右の脇道をかなり歩いて入口に。



上の写真に見える手前の道脇にこのテンピエット・小神殿があります。

2-d0097427_654952_GF.jpg

ヴィッラ・バールバロは1554年作で、こちらは1580年。
まさにパッラーディオの亡くなった年の物で、一番完璧で一番素晴らしい、と、
自己評価したそう。 いかにも、小神殿の名に相応しい荘厳な建物。

建物左下に見える ← P が、ヴィッラの入り口に続きます。



ヴィッラは緩やかながらかなりの坂の上に位置し、前庭からの眺めはご覧の通り、
ヴェネト平野の地平線が。

3-d0097427_665657_GF.jpg

ここを訪れたのは2007年7月の大変に暑い日でしたが、
今の冬の寒い日に見ると、なんと、懐かしい!



内部には靴の上から大きなスリッパ式の物を履き、床みがきをさせられる感じに
ずるずると引き摺りながらで・・! おまけに内部は写真禁止、たくさんの管理人。
そして現所有者もお住みだそうで、実際に動け、見れるのは、中央部のみですが、

有名な、ヴェロネーゼのダマシ絵の壁画は見れます。 ガイドブック。
こちらは天井部で、ベランダから見下ろす2人は、マルカントーニオ・バールバロ夫人と、
その乳母と。

4-d0097427_68462.jpg



こちらは大変可愛い女の子。 ドアの隙間から、覗き込んでいます。

5-d0097427_691596.jpg



建物の背後に池が作られ、その奥にグロッタ・洞窟と呼ばれる、あずま屋が
見えますが、こちらの建物から見るだけ。

6-d0097427_6105523_GF.jpg

かってのヴェネツィア貴族の優雅なお庭遊びを、想像したのであります、はい。



中心の建物の両側に翼部分が広がり、こちらはその東側部分。

7-d0097427_612138_GF.jpg

最初の遠景の写真ではなんとなく低い建物に見えますが、実際には、
この翼部分の天井も大変に高い、壮大な、ヴィッラ・バールバロです。
この翼部分を通り、中央の入り口に行きます。



翼部分のアーチの柱にはこんな彫像が。 内部、裏庭、前庭にもたくさんの彫像で、
どっしりと優雅ですが、この柱の若い女性とワン君は気に入りました。
現代彫刻にも通じる、爽快感があると思われませんか?

8-d0097427_61306_GF.jpg



前庭から、中央の建物と庭の彫像を。

9-d0097427_614167_GF.jpg

建物真ん中の、テラス部分から眺めるヴェネト平野は大変素晴らしく、
気持ちの良い風も通っていました。

中央建物の三角形の軒下、タンパンの像も仰々しいですが、庭の彫像、
特にライオン君の表情にはいつもながら、笑わせられます。       



ヴィッラの奥横に続く建物の素敵な窓。 実際に住んでおられる様ですが、
かっては使用人たちの住まいだったのかも。
いかにも心地よさそうな、ひんやりした空気がありました。

10-d0097427_6155346_GF.jpg



同じ切符で、上の奥にある馬車の博物館も見れる、と言うので、葡萄畑に
沿った坂道を登りました。

11-d0097427_61707_GF.jpg

2007年は、春も早く、夏も暑い年で、葡萄摘みも早かった覚えが。
7月の末に、すっかり熟れていましたっけ。



大きな納屋を改装して、所狭しとたくさんの馬車が。 駅馬車風の大きな、
たくさんの物入れが設えられた郵便馬車も見かけました。

12-d0097427_618989_GF.jpg



こちらは、ロシアの橇。 しっかり毛皮に包まって、乗ったのでしょうねぇ。

13-d0097427_619114_GF.jpg



これは色も綺麗だったのですが、座席の下の、スプリングに興味を引かれて。
薄い木片を3層に重ねているのが、見えますか?

14-d0097427_620093_GF.jpg



最後は、雪の日の景色で。 絵葉書
雪の日には、大きなヴィッラは寒いでしょうねぇ。

15-d0097427_6212082.jpg

この冬は寒く、雪も40年振りとかで早く、おまけに何度もやって来て、
コルティナ・ダンペッツォに今まで降った雪は8mとか!! 春が待ち遠しいですね。


*****

ブログご訪問、有難うございます!
見たよ! の応援クリックも宜しくお願い致しま~す!


*****

コメントの書き込みについてのお願い。

ブログの記事下に、「コメントを書く」が出ていない時は、
上か右の、記事タイトルをクリックして頂けると
記事の一番下に「コメントを書く」が出ますので、よろしくお願いいたします。
非公開コメントをご希望の場合は、非公開で、と書いて頂くと、  
コメント承認制ですので、保留にし、お返事だけ公開しますので、
それもご了承下さいませ。
スポンサーリンク