・ アクイレイア・Aquileia と グラード・Grado

今日は月一ゲストのグロリオーザさんの素晴らしい写真とコメントで
アクイレイアとグラードをご覧頂きます。  どうぞ!
***

今回は北イタリアの世界遺産アクイレイアと、ヴェネツィアの様な島グラードの紹介を。
といっても、駆け足での旅だったので、全容を紹介するなどという、大それた事は
出来ません。 詳しくは、以前のshinkaiさんのブログ掲載の内容をご覧下さい。
 
ヴェネツィアから電車に乗って、チェルビニャーノという駅で降り、小春日和の
日差しの中で30分ほど待って、アクイレイア行きのバスに乗る。
バスは1時間に1本程度なので、乗り遅れないように。

道はアドリア海に向かって一直線に南下していく。 ほどなく、左前方に
大理石の柱が立つ遺跡が見えるので、そこで降りれば到着です。

大聖堂はバス停から10分ほど海側に歩くと、左に高さ137mの鐘楼が見えるので、
それを目印に曲がるとすぐに見つかります。
  
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アクイレイアはローマ帝国時代、北イタリアの中心都市で、大聖堂は313年の
ミラノ勅令により、ローマ帝国内でのキリスト教が認められると、
そのための大集会所として建設されたのが始まりで、 
キリスト教の福音を伝道する一大発信基地になりました。



バジリカの内部はとても静謐な空気に満ちていました。すがすがしい古さというか、
凛とした佇まいながらも、全くよそよそしくない、温もりを感じさせるものでした。

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ここの最大の見物は、床一面に描かれたモザイク。 初期キリスト教の様子を
伝える貴重な遺跡です。 これは鹿でしょうか。

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こっちは、もちろん魚。 何とここには157種類もの魚が描かれているそう。

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左祭壇の壁には、フレスコ画が残されています。

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祭壇奥のクリプタ(地下室)には、四方の壁全面に、フレスコ画が。
右の絵はピエタでしょうか。

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入口付近からも、別のクリプタに入れます。
  
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ここは修復中だったのですが、「見たい」とリクエストしたら、入口の鍵を開けて
見せてくれました。 ガラス張りの橋を通して、床の絵がみえるようにしている様です。



こっちもモザイク絵が満載。 これは牛か馬か?

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これは犬でしょうか? 「ゴシック体の絵画」といった感じで、とにかく生き生きした
動物たちが、床を跳ね回っていて、鳥羽僧正の鳥獣戯画を思い出しました。

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バジリカを出て、フォロロマーノの遺跡に戻ります。
大理石の柱が14本、一列に並んでいます。

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こんな顔もありました。

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フォロ付近からみた、大聖堂の鐘楼です。

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アクイレイア ・ ローマについで栄え、そして衰退の町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462970421.html

n.2 アクイレイア と、 アルティーノ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462970554.html


ここからまたバスに乗って、今度はグラードを目指します。
海に突き出た10キロもの橋を、一直線に進んで着いたのが、グラードの町です。

アドリア海に一本の橋でつながって浮かぶ島、いくつかの島の周辺部を
埋め立てて作られた島。 まるで、ヴェネツィアとそっくりな位置関係です。
   
5世紀にアッチラなどの攻撃から逃れるために、アクイレイアの大司教がここに逃げ込み、
大司教の定住地となったところです。 まさに、アドリア海の港町。

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この時間は、まだ青空が見えていました。 とっても広い空です。

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漁船の影が、夕陽に沈みかかっています。

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ここの住民たちも、夕方は海辺の道をパッセジャータです。

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この日の月は、ちょうど半月でした。

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旧市街にあるサンテウフェミア大聖堂がライトアップされ、尖塔型の鐘楼の突端に
そびえる大天使ミカエル像が、市民の平安を見届けるかのように、輝いています。

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先ほどご覧になった運河の港も、夜は、こんなしっとりとした感じになります。

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私が泊まった宿の、すぐ裏の街角。 上方に星のような形が見えますが、
クリスマスの飾り付けが、始まっていました。

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夜、写真を撮っていたら、おじさんが「foto?」と声を掛けてきました。
「とても素敵な町ですね」と話すと、「サルーテ」と返して、通り過ぎて行きました。

ここで食べた「アサリとムール貝のスパゲティ」は最高でした。
後に、電車内で一緒になった人の話では、私がたまたま入った店が、
グラードで一番おいしい店だったそうです。

ちいさな町は、なにか、心が温まる気持ちがします。

グラード ・ Grado ・ 歴史持つ干潟の島
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462969077.html


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・ フェルトゥレ ・ ドロミテの麓、小さな高貴な町 

今日はヴェネト平野の北西奥、既にドロミテ山系の麓に近い、落ち着いた
小さな町フェルトゥレ・Feltreをご案内です。

歴史は古く、ローマ期にはアドリア海沿岸からアルプスを越え、ドイツ、
バイエルンのアウグスブルグまで続く街道が通る重要な町でもありました。

その後15世紀初頭にヴェネツィア共和国の元に入り、現在も残る町の夥しい
美的な建築は、すべて16世紀の物と。

写真は今月4日に訪れた時のもの、お楽しみ下さい!

町は丘の中腹に広がり、東西に走る道は高さが一段ずつ違い、手前の道も
町の南を走る一番下の部分からは少し上がった所にあり、中心部は上の高さ。
 
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これから、写真の一番左に見える階段を上ります。



右側の壁の中ほどに見える切り込み部分の、ここの階段を上がって来て、
町の西側を見ています。

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町の中心部の高さの感じ、お分かりでしょうか?
日曜のお昼前、快晴に誘われ、ミサを済ませたたくさんの人々がのんびりと。
       


崖の様なイメージの、壁の上の細い道を東に辿ります。
途中、中心部に抜ける階段道もありますが、今回はずっと東まで行きました。

町の中心の東にあるドゥオモです。 9世紀の地下礼拝堂を始め、
14世紀末の鐘楼、現在のドゥオモ自体は16世紀、と時代が重複した建物。

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ドゥオモの南側部分。 この辺りは考古学的に中世の物が層をなしているそうで。

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円柱の見える建物の左、軒下の飾りが見えるでしょうか? 今回は、近くに
行きませんでしたが以前写した写真があるので、お目に入れますね。



これがそうです。 多分礼拝堂だったと思うのですが、以前の時は結婚式の
準備中で急いで退散したため、中の写真はありません。

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以前の写真と比較してみて、町全体がかなり修復、整備された印象を。



最初の、崖道から中心への坂道を振り返り、町の階段状の感じ、お分かりですね?

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崖道を辿り、東の上に抜けるあたり木蓮の蕾が膨らんでいました。

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フェルトゥレの町は盆地にあり、夏暑く、冬寒いという評判がありますが、
この木蓮の蕾も、時期から考えると少し遅いですね。
1週間後のフリウリの平野では、すでに満開の花で枝が重そうでしたっけ。



一番東の抜け道を上に。 建物の下を斜めに潜る形で道があります。
丸石舗装の、この傾斜道。 雨の時、雪の時はきついでしょうね。

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潜り抜けた建物はプレトーリオ邸といい、左下に白い碑文が見えます。
プレトーリオというのは法務官を指しますから、ヴェネツィア共和国の行政庁かも。

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白い碑文には、「カルロ・ゴルドーニがここで書記補佐官として働いていた時、
インスピレーションを受け最初の劇を書き、成功した」旨が、記されていました。

カルロ・ゴルドーニ(1707-1793)はヴェネツィア出身の劇作家で、
ヴィヴァルディとも時代が重なり、今なお彼の作品は上演され、
この春生誕300年、とのニュースがありました。



上の写真の手前右部分がテラス状に張り出し、その奥にラジョーネ邸、
現在の市役所があります。
手前部分はA.パッラーディオ設計のポルティコで、上にこの顔でライオン君が。

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威風堂々のパッラーディオのポルティコの上に、この顔!
パッラーディオが、ライオンも設計したら良かったのに! ははは。



ラジョーネ邸の前に、現在修復中としてこの劇場の写真がありました。
中は見れませんが、ここにも素晴らしい小さなテアトロがあるのですね。

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これが町の中心のマッジョーレ広場。 知らずに一番の中心に上って来た訳で。
 
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この広場の建設の最初はローマ期だそうで、南側部分が坂道に沿って
舞台状に一段高くなっています。

左奥に見える屋根部分が階段状の建物が、町に残る数少ない中世の面影で、
左端の時計塔の付いた部分が古いお城。



広場の北側から。 広場の中央の両端に、フェルトゥレが生んだ2大人物像が、
向き合っています。 右端奥に見えるのがプレトーリオ邸。

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広場の人物像、西側はヴィットリオ・ダ・フェルトゥレ。14世紀の人文学者で、
フェッラーラのエステ家の教育係だったそうで、マントヴァで亡くなっています。

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東側が、パンフィーロ・カスタルディ。 15世紀の医者にして出版業者。
活版印刷のグーテンベルクは、このカスタルディのアイディアをコピーしたものと。

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この、両手に杖を付きゆっくりと歩むシニョーレ。 彼はあちこちと眺め、写真を撮り、
ゆっくりゆっくりと吟味するかのように広場を横切っていきました。

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広場の横に駐車した車の中には、彼を待って若い男性が雑誌を読んでいましたが、
車を運転して去ったのはこのシニョーレ。
この年頃になり、杖に縋ってもあちこち見て歩き、自分の研究を続ける様子、
私にはそう感じられたのですが・・、心が揺さぶられました。



マッジョーレ広場の北西の角に接して、この大きなちょっと特殊な建物があります。
グアルニエーリ邸といい、19世紀に再建されたという事なのですが、
ご覧のように、正面壁に幾つものダヴィデの星が。

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どんな由来を持つのか検索をかけましたが、分りませんでした。
正面の扉も、大変繊細な柄が彫られたものです。



上のグアルニエーリ邸の斜め向かい、坂道に沿ってトミターノ邸があります。
現在は市図書館ですが、かっては公営質店モンテ・ディ・ピエタだったそうで、

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どうやらこの人物は、やはりこの町出身のベルナルディーノ僧の様で、
彼がモンテ・ディ・ピエタの発明者だとか。



広場からもう一つ北側上の道を辿ると、かなり切り立った町の外れに出ます。
そこからの、北の眺め。

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東から西に、目の前いっぱいにこの眺め! この山の向こうはアルト・アディジェ州、
ドロミテ山系で南ティロルに続きます。



丘の中腹に広がるフェルトゥレの町は、南北に繋がる道はすべて階段状の坂道。
こんな風に、古い家の間を坂道が通ります。

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マッジョーレ広場から西の皇帝門に続くメッザテッラ通りの両側には、
町で一番の、美しい建物が続きます。

これはフレスコ画で飾られた家。 影がきつくて、見え難くてご勘弁を。

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これも面白い建物でしょう? 建物の名前を探しましたが、見つからず、
なんとなく、銀行っぽい感じがしません?

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右奥の渡り廊下式の繋ぎの部分に、美しいフレスコ画がありました。
そうそう、中心の広場から西に向かい、東西を走る通りも傾斜していて、
ここもかなりの坂道です。



骨董店の店先。
      
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古いイタリアの町は、大概日曜はお休みの店が多く、この日は近くのバールも、
すべて閉まっており、すいたお腹を抱えて、うろつくshinkai!



腹減ったぁ~! と思いつつ坂道を下り、彼に出会いました。

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丸々と太って、艶々の毛を持ち、呼ぶと寄ってきて、ごろんと横になり、
お腹をさすらせてくれたのは良いですが、 やはり、私のお腹はすいたまま!



これは古い写真でご覧頂く、メッザテッラ通りの西の端にある皇帝門。
またはカスタルディ門とも。 名前にふさわしく、威風堂々。

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・ レヴィーネ・ラーゴ ・ Revine Lago の聖所 

我が家から8キロほど北のヴィットリオ・ヴェネトから西に続く道は、途中から
先日ご紹介した「白ワインの道」と合流し、ヴァルドッビアーデネまで続きます。
大変素敵な道で何度かご紹介していますが、

今日はヴィットリオ・ヴェネトから西に7キロ程にある湖、レヴィーネ湖の北の山腹
にあるサントゥアーリオ・聖所のご紹介です。 写真は4月の下旬、どうぞ!

サントゥアーリオ・聖所、というとちょっと固く聞こえますが、日本だと「庶民信仰の場」
というのか、近くにあって、散歩がてらちょっとお参りに、という場所ですね。
       
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実際、少し山の上とか人里離れた場所にあり、近くの人々が毎日山道を運動
かたがた登る、というスタイルも定着しているようです。
で、あの上に見える白い教会まで、行きます!



これが道路に出ている標識。 上から3番目の、
サントゥアーリオ・サン・フランチェスコ・ダ・パオラ18世紀、がそれです。

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同じサン・フランチェスコという名前でも、アッシジの聖人とは別人です。



この辺りの農家の造りは少し特徴があり、壁は石積みですがベランダなどは木で、
階段が雪が深い土地独特の、外から直接2階に上がれる形です。

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多分1階部分は物置とか家畜用で、2階が居住部と。
この農家は住んでいた人が年老いて亡くなり、その後放置、そんなイメージ。



こちらもやはり古い家ですが、煙突が修理され、住んでおられる様で、
やはりこの家も、外からの階段が2階部分に直接に。

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日本の家はウサギ小屋だといわれますが、今頃そういう言葉は無いと思いますが、
ですが、こちらの農家も結構小さいのですよ。
家全体が大きくても住んでいる所帯数が複数とか、部屋自体は大変小さいとか。
       
公共の建物は大変立派で大きく天井も高いですが、
一般の農家、豊かでない農家は大きくありません。



藤の花は桜の後、というのは日本の常識で、こちらでは土地の条件次第で、
4月早々に満開になる場所がたくさんあります。

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藤の紫色は日当たりが良いと上手く出ませんが、幸いこれは日影で。



こちらはきちんと修復され、素敵に変身したお家。
こうした古い家は壁が厚く、60センチ程もあり、どっしりで、センス良く修復されると
大変見事になりますが、その代わり、今様の新築の家よりも大変高くつくそうで。

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こちらの家も見事です。 石積みの壁の素晴らしい所は見せ、他は白壁で覆い、
古い瓦も使い、玄関前の敷石も見事。 と、どこか建築評論家みたいな口調で!
      
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白壁のせいか、何となしスペイン風なイメージを思い浮かべますね。



家の立ち並ぶ狭い道をあちこちと曲がりつつ、少しずつ登って行きます。
これは集落を抜けたあたりからの眺めで、古い家の家並みがカーヴを描きます。

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この素敵なカーヴの道! なだらかにカーヴし、合流して下る道。
とても懐かしいイメージが湧きます。

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もう少し登ったあたりから、西にレーヴィネの湖が逆光で春霞に霞みます。
結構大きな湖が細長く2つ続き、ピクニック用の場所もあり、素晴らしい自然のままの
水辺が四季ともに楽しめます。

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坂の途中に、九官鳥の大きな籠が外に出ているお家があり、日本と同じ様に、
家族のそれぞれの声で答えて、通行人の笑いを誘います。

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時に「マカーコ!」と叫び、皆どっと笑いますが、これは、猿とか馬鹿、という事で、
相手が九官鳥ですから、笑っておれますよね、ははは。



いよいよ、サントゥアーリオ・聖所の教会の下。
かっては、ここに修道僧達がお祈りの生活を送った修道院もあったのでしょうが、
現在は閉じられている様で。
       
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いよいよの最後の所は、かなりの急坂で、細い山道をよじ登る感じ。
外の坂道にせり出してかってのトイレがあり、が、足の下は何もなく山の坂のみ!!
フーム! と、映画「薔薇の名前」を思い出しましたが。



鐘楼についている人物像の顔をどうぞ! なんとも中世的な稚拙な顔で驚きました。
確か18世紀 と道脇の標識にはありましたが、元々は案外もっと古いのかも。

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と言うのも実際に登って受けるイメージは、この顔の雰囲気がぴったりなのですね。
今は集落も大きく開けていますが、かっては・・?!
       


山道を下り、少し歩いて湖に。 湖畔の木々が芽吹き、花は殆ど散り、
草原にはデイジーやタンポポがいっぱい。 岸辺の枯れた葦がとても良い色に。  
春満開の湖の岸辺。

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・ n.2 白ワインの道  ・ サント・ステーファノ付近

コネリアーノから北西に向かう、葡萄畑の間を縫って続く道は「白ワインの道」と
呼ばれますが、コネリアーノ寄りの半分は昨年の春にご紹介いたしましたので、

今回は西の3分の1ほど、サント・ステーファノ・Santo Stefano近辺の様子、 
そして最終点ヴァルドッビアーデネ・Valdobbiadeneの町をご案内いたします。

この日曜に運転実習を兼ねて、フェルトゥレ・Feltre という少し奥の町まで
行ってきましたが、素敵な古い町ですので、また改めてご紹介しますね、

大変な好天に恵まれ、白ワインの道のサント・ステーファノ一帯を通りつつ、
何回か道脇に止まり撮りました。
     
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この県道の中でも、指折りの美しい風景の道と言われ、葡萄畑を縫い、
小さい町、村が次々と続いていきます。


こうした小さな丘がいくつも入り組み、段々畑にも似た葡萄畑でびっしりと埋め尽くされ、
道は上がり下がりしつつ、丘を縫って入り込み、また出て、続いていきます。

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向こうの山裾まで、葡萄畑が続いているのがお分かりでしょうか?



今年は暖冬だったので、葡萄畑の畝の間が、びっしりと草の緑で埋まっています。
それにしてもこの傾斜の畑に、営々と葡萄を育て美味しいワインを造り続ける人々。
まったくもって、頭が下がります。

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緩やかにカーヴを描きながら、丘を巡るライン。 このサント・ステーファノ近辺が
最も密に県道の近くまで丘と葡萄畑が迫っているので、こうした眺めを愛でる事ができ、
手前を通っている道の北側はすぐ山。



こちらが県道の北側に迫る山腹ですが、こちらも目いっぱい、葡萄畑がせり上がります。
       
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一度この辺りで、南の谷の方に入り込んだ事があり、その時、周囲全部を
せり上がる葡萄畑に取り囲まれ、感嘆して見上げた想いが、忘れられません。
素晴らしかった!  自然と、人間の働きとの渾然一体、そんな感じでした。



こうして道脇に何十年、ひょっとしたら何百年、人々の願いと、感謝を受けつつ、
お出まし続ける、マリア様の祠。 洋の東西、人々の気持ちは同じですね。

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奥に見える村、グイア・Guia. 葡萄畑の真ん中にあります。

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絶好のお天気でもありましたが、道にはたくさんのサイクリング愛好家が繰り出し、
そして、オートバイの皆さんも。 この坂道、曲がり具わい、トレーニングには最適なのか、
次々とグループで、個人で通って行きます。

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これからの季節は日曜ごとに、あちこちでサイクリングのレースも行われます。



ただ葡萄畑が広がるだけでなく、イタリアで初の命名を受けた「白ワインの道」の
名に恥じず、この道筋一体に、大変な数のワイン醸造所が存在します。

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それぞれの土地によってワインが違いますが、この一帯は看板に見えるように 
プロセッコ・Proseccoと呼ばれる、白の辛口ワインが特に有名です。

そしてたくさんのアグリトゥリズムが点在し、週末にこの辺りに行くと、人々が集まり、
美味しい土地の産物と農家の手料理、そして美味しいワインとで、大いに楽しんでいます。



サン・ピエトロ・ディ・バルボッツォ・S.Pietro di Barbozzo.

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これはワインのパンフレットにあった、サント・ステーファノの西にある、
サン・ピエトロ・ディ・バルボッツァという村の、かっての姿。 が今も変わらず、
この道が町を通り抜ける県道で、四角い鐘楼の先が修復されたのみ。



以下はガイドブックからの写真で、

コネリアーノから続く「白ワインの道」の終点の町ヴァルドッビアーデネの中心広場。
この町では毎年、有名な、唯一の「スプマンテ・発泡ワイン、の展示会」が開かれます。

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この町の西側をピアーヴェ河が流れ、河に沿って北東に辿るとベッルーノの町、
西に行くとフェルトゥレを通り、いずれもドロミテ山系に繋がり、いわばその麓
とも言えるヴァルドッビアーデネの町です。



上の写真、右側に見える町のドゥオモの鐘楼ですが、先端が玉ねぎ型で、
この形はイタリアでは少し珍しく、北方の影響でしょうか?
小さいながら、ちょっと洒落たイメージのある町です。

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コンバイ・Combaiは、栗祭りで有名な町で、昨年の秋ご紹介しましたが、
今回帰り道にこの眺め、いつもとは逆の方向から町を眺めました。
       
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とはいえ、上がり下がりの九十九折の道の連続で、到底眺めを楽しむ状態では
なく、こちらからも良いなぁ、とチラッと思ったので、これをどうぞ。



地図をどうぞ。
右下、挟まれて赤い三角がみえる上にコネリアーノがあり、そこからくねくねと
西上方に続くオレンジ色の道が、「白ワインの道」で、
33kmの行程、15コムーネに跨る、約3500ヘクタールにわたる葡萄畑。

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肝心の、サント・ステーファノの名が見えませんが、最後のヴァルドッビアーデネと、
グイアのちょうど中間あたりが、今日のご案内でした。


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・ カステルフランコ・ヴェネト ・ ジョルジョーネの生地 

今日は、ヴェネト平野の中心に位置し、小さいながらも大変優雅で、
豊かな雰囲気を持つ町、そしてヴェネツィアのアッカデミア美術館の名品
「ラ・テンペスタ」で有名な画家、ジョルジョーネの生地でもある
カステルフランコ・ヴェネトをご紹介します。  季節は6月です。

町の中心に、12世紀に造られた四角なお城、城壁があり、
その周囲を堀の水が流れます。
  
柳が重く枝を垂れ、緑濃い影を落とす、これは南東の角。

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城、堀の周囲を取り囲む建物はヴェネト様式の、いかにも由緒ありげな
どっしりとした建物が並んでいます。 

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国鉄の駅は町の南少し離れた場所にあり、近づくにつれ、東の門の塔が
この様に見えてきますが、塔先端の、何かサーカスの様な人物像が面白く!
勿論塔には、ヴェネツィアのシンボル、翼を持つライオン君が。

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東門の塔のライオン君と時計で、このライオン君はなかなか良い顔で、
この時計の彩がピンクと水色で、大変美しいです。
15世紀末の作との事ですが、下に日付も出る優れもの。

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城壁は一辺が230mの四角形で、その周囲を堀が取り囲み、堀端には
この様に石像が並んでいます。 これが大変優しい良い雰囲気をかもし出し、
町に優雅な趣を与えています。

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写真右側に当る場所が4月29日広場で、かっては野菜果物市が開かれていた
そうで、奥左に広がるのがジョルジョーネ広場。家畜市が開かれていたと。



城壁北東の角にあたる場所、ここにジョルジョーネの像があります。
32歳で亡くなった、若々しいタイツ姿の画家の姿。
  
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城壁はこの様に四角く、町の旧中心を取り囲んでいます。
元々は12世紀の、トゥレヴィーゾの対パドヴァの国境警備の形での、
お城の建設だった様子。

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城壁を取り囲み立ち並ぶ家々は、この様にフレスコ画装飾された家が多く、
大変優雅で、いかにもヴェネトのイメージです。

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特別に広くない城壁内ですが、それでも通りからふと覗くと、広い中庭が
広がっているのが見えました。
真ん中に見えるのは井戸で、その奥にはうっそうとした林。
一体どんな家柄の方が、お住みでしょうか?!

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城壁には一辺に一つの門があり、つまり城壁内を十字に道が通っていて、
この18世紀のネオクラッシック様式のドゥオモは、ちょうど真ん中に位置します。
ここでもやはりピンクの色が厳しさを和らげています。 (写真ガイドブック)

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これはドゥオモ前の柵の上に並ぶ、石像の一つ。
こういった町中に一貫して流れる、優しい、柔らかい、典雅な趣味の彩り。
これがどうやら、カステルフランコの趣のようです。

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ドゥオモ内、右脇礼拝堂にあるジョルジョーネの祭壇画。 絵葉書。
修復と展示会を兼ね、ヴェネツィア、ウィーンと、3年半に及ぶ長い不在から、
やっと以前のこのドゥオモに戻られた「聖母子と2聖人」です。

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この時のエピソードについては、以前アップした記事も宜しかったらどうぞ。
ジョルジョーネ・Giorgione. 
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461060181.html
      
聖母の赤いマントが大変美しかった記憶があり、またお会いしに行きたいもの。
 


ドゥオモ横の家が、現在「ジョルジョーネの家博物館」と、公開されています。
彼が住んでいたという事で、家の中の壁に、彼の描いたフレスコ画が。

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芸術や科学にモチーフを取り、切れ味鋭い、若さの香りたつ様なフレスコ画で、
私の記憶では、色がもっと濃かったように。 (ガイドブック)



カステルフランコのもう一つの宝とされるテアトロ・アッカデミコ、18世紀の
美しい劇場。 ご覧のように、一番前の席は一列10人です。

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こういう、こじんまりと美しく、舞台と観客席が一体となって愉しめる劇場が、
イタリアにはあちこちにあるようです。
そしてこの劇場は窓からの彩光で、会議にも利用されるとか。



水辺の場所には必ず見かける彼ら、マガモ達。
お尻をフリフリして歩く姿は愛嬌がありますが、実際は大変気の強い、
暴れ者の野性も持っています。

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この町での彼らの思い出は、夏、堀端に出るスイカ売りの屋台に座り、
泳いでいるのを眺めていた時の事。
何かあったのか、売り言葉に買い言葉か、2羽が追いかけっこ、というか、
もっと激しく逃げる追うを始め、遂に追いつき馬乗りになり、カモが馬乗り!
ぐいぐい抑え付けるのを、あっけに取られて見つめましたっけ!

水かきの足でも必死で走るのが意外に速く、はは、あの時やっつけられたのが
雌だったか、雄だったか、意外感が強かったのは覚えているのですが・・。



城壁の東門から東に、トゥレヴィーゾに向かう一帯をボルゴ・トゥレヴィーゾと呼び、
ここに幾つかの素晴らしい邸宅が並びます。
       
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これは、トゥレヴィーゾ門の手前の家から突き出す、飾りが面白く。



町の地図をどうぞ。
城壁に囲まれた、町の中心地が大変小さい事に驚かれると思いますが、
12世紀末の砦から発展した町の名残で、保存がしっかりと驚かされます。

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城壁内、下側・南にドゥオモがあり、その右にジョルジョーネの家、
道を挟んで上・北にテアトロ・アッカデミコが。

城壁の右・東の下に続く道を真っ直ぐ南に、そして東に曲がって行くと、
国鉄の駅です。


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