・ n.2 ヴェローナ 中心部 ・ Verona Centro

今日は、ヴェローナのご案内2回目を。
見所がたくさんあり、先回は中心のブラ広場から、エルベ広場辺りのみの
ご案内でしたが、

今日は、サン・フェルモ教会をまず、そしてサンタナスタージア教会、ドゥオモ、
カステルヴェッキオ、そしてサン・ゼノ教会、とご案内です。


地図をもう一度ご覧下さいね。 

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サン・フェルモ教会はアレーナのほぼ東の河寄り。
サンタナスタージアは、エルベ広場から北東に。 ドゥオモはそこから北へ。
カステルヴェッキオには、サンタナスタージアから真っ直ぐ南西へ下るか、
ブラ広場から西へ。 サン・ゼノ教会は、カステルヴェッキオから北西の位置。
ではどうぞ!


奥に見える、緑に埋もれたサン・ピエトロの丘が、ヴェローナ発祥の地といわれ、
今はテアトロ・ロマーノ、そして考古博物館、そして一番上にお城があります。

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手前に見える橋はポンテ・ヌオーヴォで、アディジェ河が少し湾曲した向こう側に、
元はローマ期の橋、ポンテ・デッラ・ピエトラがあります。



サン・フェルモ・マッジョーレ教会は、地下に11~12世紀のクリプタがあり、
ここに見える教会建物は、14世紀のゴシック様式のもの。 

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それにしてもヴェローナの建造物は、茶赤の煉瓦に、白い横縞が入って
アクセントになっているのが多いですね。
ジュリエッタの家から、前の道を真っ直ぐ南東に行くと右手角に当ります。



サン・フェルモ・マッジョーレ教会入口。 ガイドブックによると、ロマネスク様式の
入口の扉が有名のようですが、それは見ておらず、これはその上部。 
       
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聖フェルモかどうか分りませんが、後の半分消えかかったフレスコ画の天蓋か、
藤棚か、バックの濃い色、そして、その下に朧に見える聖母像に惹かれました。



ぐるっと回って、地下のクリプタに行く通路があります。
その階段手前に、中世のご夫婦が線で描かれた石棺が壁に埋め込まれていて、
この浮き彫りはその上部に。  
   
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分ります? 寺子屋です。
先生は3段高い席にいて、本を指差しながら横目で子供達を睨み、
子供達は席について、ぼ~っと上を眺めたり、頬杖をついたり・・! ははは。
あ、申し遅れましたが、ここのクリプタには素晴らしいキリスト像があります。



サンタナスタージア教会。
13世紀に建設が始まった、すべて煉瓦造りの教会で、鐘楼も煉瓦造り!

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内部にはたくさんの絵画がありますが、何よりもピサネッロのフレスコ画
「ドラゴン退治に出かけるサン・ジョルジョ」 が素晴らしい!



ピサネッロの、ドラゴン退治に出かけるサン・ジョルジョ、部分。(画集より)
       
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右のドンゼッラ姫の優雅さが、なんとも気品があって大好きです。
上の町・城の描写の美しい事。 真ん中に、馬の大きなお尻があるのも好き!

サンタナスターシャ教会については、こちらもどうぞ。 その1と2
http://www.italiashiho.site/article/451117387.html
http://www.italiashiho.site/article/451118711.html    
 
        

サンタナスタージア教会の前から北に真っ直ぐ行くと、この様にドゥオモの横側が
見えて来ますが、かっての道幅の狭い事! 中世の町をご想像下さい。

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ドゥオモ正面。 12世紀から建設が始まり、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンスと、
様式が混在しており、入口の2層式になった小玄関の上の部分に時計が。

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中の様子は・・、すみません、覚えていません!  



これはまさに中世の面影を伝える、教会の両入口に控えるライオン像。
顔が少し鳥のようにも見えますし、両手の下に何か抑え込んでいますが、
何か良く分りません、牛のようにも見えますが・・。

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背中が光っているのは、子供だけでなく上に跨るのが、たくさんいるのです!
イエ、私はここのには乗っておりません、はい。



これはアディジェ河が湾曲している部分の北側からの眺め。
左奥にサン・ピエトロの丘が見え、橋はポンテ・ガリバルディと思います。
 
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街自体は歴史があり古いのに、橋の眺めは、洒落たイメージがしません?


  
サンタナスタージア教会の前を真っ直ぐ南西に行くと、この門、
ポルタ・デイ・ボルサーリ・Porta dei Borsariを通ります。
      
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ローマ期には町への主要な門で、1世紀の中頃の建造。現在の名前に
なったのは中世で、司教への物品税の徴収員に、由来するとの事。



上の門から、カステルヴェッキオまでの通りは、コルソ・カヴールとなりますが、
通りは比較的歴史が新しいというか、中心地とは違った雰囲気が漂います。 
この窓も古いのですが、少し時代が違うと思われませんか?

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カステルヴェッキオの入口門です。 ヴェローナの主要な建造物の一つで、
14世紀のスカリージェリ家のお城。 ここもまた、すべて煉瓦造りです。

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コルソ・カヴールから来ると、こういう感じに見えます。
門の入口前は細い濠があり、橋が跳ね橋になっています。

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自転車に乗った若い女性が見えますが、この門を入り横に辿って行くと、
アディジェ河を渡るスカリージェリ橋に出るので、近道出来るのですね。



門を入った所から見える奥の建物、「ナポレオン棟」と呼ばれる部分で、
市立の博物・美術館になっていますが、まだ、見物しておらず、残念!

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お城の中、スカリージェリ橋に続く部分。 途中がかなり高く、上り坂です。

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橋に至る途中から、逆に眺めた所。これらすべてが煉瓦製で、
小さな煉瓦を、営々と積み重ねる事を想像すると、気が遠くなりそうです。
昔の人はようやった!!

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橋に続く通路がかなり高く、お城を分断する形になっているので、
下の中庭の井戸がこの様に見えます。

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後ろに見える壁の、煉瓦の重なりをご覧下さい!



アディジェ河に掛かるスカリージェリ橋の中程から、お城の東側部分を眺め。  
最初に中庭から見た市立博物・美術館部分の裏側で、かなりの威容です。

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橋の西側からの眺め。 橋の上側に、塔の上と同じ形の飾りがついて
いるのですが、ちょうど建物と同じ高さになって見え難くなりました。

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イタリア・ロマネスク建築の傑作、といわれるサン・ゼノ教会の全景。
右に細めの鐘楼があり、左に少し見えているのが、古くは修道院があった塔で、
薔薇窓の位置にあるのは「幸運の輪」で、前はとても広い広場。

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入口両脇に、石の彫像版がはめ込まれていますが、旧約聖書のお話の様子。  
       
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上から2段目、左はエヴァの誕生で、その右は、エデンの園でリンゴを食べている
所と見えますが、後のシーンは、よく分りません。 
どなたかお分かりの方、お教え願いま~す。



入口扉には、このような青銅の24枚の板がはめ込まれています。
12世紀の物で、サン・ゼノの生涯を物語っているのだそう。

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内部は大変広く、その素朴で、荘厳な感じに少し驚きました。 
入口左の壁にある、14世紀の十字架、ロレンツォ・ヴェネツィアーノ作。

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内部の壁全面にフレスコ画が施されていて、大変古い様式に見える物、
そしてその上から再度描いている物等、これは少し、ジオット風に見える作品。

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マンテーニャの祭壇画、15世紀、もあります。



教会からの戻り道、アディジェ河の畔に出ると、直にカステルヴェッキオの
西端に出ますが、その河沿いにハマユウの花が。

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お城の西南端の眺め、威容です。
中世のスカリージェリ家の勢力が偲ばれます。

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カステルヴェッキオ 城(博物館)と橋 ヴェローナ 1~3  こちらもどうぞ。
http://www.italiashiho.site/article/451136618.html 
http://www.italiashiho.site/article/451137634.html
http://www.italiashiho.site/article/451138584.html

ここからブラ広場に戻り、ヴェローナの中心のご案内は一通りお終いです。  
お疲れ様でしたぁ!


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・  n.1  ヴェローナ 中心部 ・ Verona Centro

先日アレーナの野外オペラをご紹介した、ヴェローナをご案内です。

ミラノとヴェネツィアのほぼ中間にあり、ローマ期、中世を通じて繁栄し、
ヴェネツィア共和国の下で平和を享受した、程よく歴史が溶け合った街、
シェークスピアの「ロメオとジュリエッタ」の舞台ともなった街、です。

見所がたくさんあるので、今日は中心のブラ広場から、エルベ広場辺り 
のみのご案内です。  ではどうぞ。

街の地図をどうぞ。
左下に見えるのが、国鉄駅ポルタ・ヌオーヴァ駅。
水色の、大きく蛇行しているのがアディジェ河で、ちょうど突き出して半島の
様な形に見える所が中心地で、主要な建造物が固まっています。

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まずは駅から、ブラ広場まで参りましょう。


ヴェローナの国鉄駅からポルタ・ヌオーヴァ門を抜けると、ブラ広場まで
一直線の大通りが、このコルソ・ポルタ・ヌオーヴァです。
奥に見えるのが、ブラ門。 ブラ広場への入口です。

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大きな写真の看板が、ブラ広場にありました。 写真展の案内です。

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右端の美しい女性、ご存知ですか? 世紀のプリマドンナ、
ソプラノのマリア・カラスです。 このアレーナでも彼女は歌ったのでした。



夏のオペラの時期は、アレーナの外はご覧の通り、大道具がゴロゴロ。
       
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この時は、「ナブッコ」の王座を動かすのに、大勢でやっさもっさで、
観光客が皆、面白がって眺めています。 勿論、私も!



こちらは「カルメン」の馬車。 これを曳くのに、夜は本物の馬が出演かも。

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裏側に立てかけてあったもの。 張りぼてですが、何と精巧な顔ですね。

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先日のグロリオーザさんの写真では、夜の舞台の写真をご紹介でしたから、
今日は昼間の様子をお目にかけますね。

どうやらジャズコンサートの準備中のようで、左が舞台側で、南になります。

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こちらは北側部分で、この高さをご覧下さい。
外から見る2層の様子とは、ずいぶん違う高さでしょう?!

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下半分はお高い席で、折りたたみ式の椅子が設えてありますが、
上半分は、じかに石の席です。 まぁ、クッションをご持参下さいね。



これは北側中央にある、張り出しの貴賓席から見た全体で、
楕円形に、すり鉢状に形作られているのが良く分ります。

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44階段の席に、22000人収容可能との事。
2000年を越えて現役の、ローマ期の野外劇場です!!



アレーナのあるブラ広場から、北東に素敵なお店の並ぶ通りを行くと、
エルバ広場に出ます。
     
このランベルティの塔は、コムーネ宮についていて、昇る事もできます。  
高さ84Mから見下ろす、ヴェローナの街はさぞ素敵でしょうね!

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エルバ広場、ローマ期にはフォロがあり、裁判所、市民集会の広場でした。
 
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今は毎日午前中、青物市が立ち、市民生活の中心の広場です。
映画「恋愛専科」にも出てきましたが、覚えておられる方は、かなりの・・!
この石像は広場の中央にあり、下は可愛い噴水の泉です。



広場を囲む建物は、中世からルネッサンス期にかけてのもので、
この様にフレスコ画で飾られ、なかなか華やかな雰囲気です。
  
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広場の周囲にはたくさんのバールや、レストランがあり、広場の中の屋台店でも
ジェラートやパニーノ、そして観光客用のお土産を売っています。



その中の一軒で、トウモロコシ、ニンニク、唐辛子等などで賑やかに。

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エルバ広場の東のシニョーリ広場の南側にある、コムーネ宮(ラジョーネ宮)。  
 
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煉瓦の赤い色と、ヴェローナの大理石の赤みがかった石で、横縞を作る
ゴシック様式の建物で、ここから、ランベルティの塔に昇る事ができます。



シニョーリ広場はエルバ広場と続いていますが、雰囲気が大変違います。

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写真左手に見えるのは、ルネッサンス様式の美しいロッジャで、
正面はプレフェットゥーラ・県庁舎、中央の石像は、ダンテ・アリギエーリ殿。



何処で会っても、いつも難しい顔をして、思索に耽っているダンテ殿。

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広場の北側、大変美しいロッジャの上部。
つい最近、このロッジャが修復されたというニュースがありました。

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広場に面しているコムーネ宮の壁には、この口をあけた碑が。
 高利貸しと いかなる状態の高利的な契約に対する 秘密の訴え
と書いてあります。  

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秘密の告訴投書箱で、この手の秘密の投書箱はあちこちで見かけます。


 
シニョーリ広場から東に抜けた所、右手にあるスカリージェリ家の廟。
ヴェローナの中世の領主であった、スカリージェリ家のお墓で、
素晴らしいというか、神々しいというか・・、ご覧下さい。

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全体として、4名の君主がここに眠っておられるようで、
右手奥の壁には、壁に納められた美しい石棺も見えます。



全体を囲んでいる14世紀の鉄の囲いで、この模様が素晴らしく。

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シェークスピアの「ロメオとジュリエッタ」のお話は、実話ではないとの事ですが、
このヴェローナの街にはロメオの家も、ジュリエッタの家もあるのですねぇ。
確か手前の布の掛かっている家が、ロメオの家。

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こちらのジュリエッタの家は大変有名で、いつも観光客でごった返し。

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それらしきバルコニーもあり、中庭奥には、ジュリエッタの銅像も見えますが、
いつも観光客の悪い男どもが触りまくり、気の毒に、ピカピカに光っています!
セクシャル・ハラスメントだぁ!!



ヴェローナの街はローマ期から大いに栄えたのですが、その遺跡が
街の至る所に顔を出しています。 

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これは、シニョーリ広場の隣の建物の中庭、ガラスがはめ込まれ、
覗ける様になっていて、このモザイクが見えます。



ジュリエッタの家の前の道を行った所では、この様にパカっと道が抉り取られ、
ちょっとした舞台下のように、見る事ができます。

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道の向こうの、外のバールでは、現代のお喋りが2000年前と混在し。

次回のヴェローナ案内では、カステルヴェッキオや、サン・ゼノ教会などを
ご案内いたします。  お楽しみに。


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・ ティツィアーノの生まれた町 ・ ピエーヴェ・ディ・カドーレ

今日は、ピエーヴェ・ディ・カドーレ・Pieve di Cadoreのご紹介を。 
16世紀の大画家ティツィアーノの生地で、彼の生家が残ります。

写真はピエーヴェ・ディ・カドーレの広場。

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ティツィアーノ・Tizianoは、1490年頃(日本の辞書には1477年と)
この地で生まれ若くしてヴェネツィアに出、ジョルジョーネの弟子となり、
彼の新しいリアルなテクニックは、ティントレットや、
フランドル絵画のレンブラント、ルーベンスにも影響を与えたと言われ、
16世紀のイタリア絵画を代表する1人ですね。

ピエーヴェ・ディ・カドーレには、ヴェネツィアから(コネリアーノから)
カラルツォ・ディ・カドーレ・Caralzo行きの電車で。
 
余り直通の本数はありませんが、コルティナ・ダンペッツォに行くのも
同じ線で、電車はカラルツォが終点で、接続するコルティナ行きの
バスに乗り、この広場には10分ほどで到着。



上の写真の広場右側、左に見える階段のある16世紀の建物、
ここは博物館で、考古学の発掘品等が展示との事。
右端に小さく、ティツィアーノの銅像が。

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この銅像の雰囲気は、どうやらイタリア俳優のヴィットリオ・ガスマン。
「苦い米」でも主演したイタリアの名優ですが、私は彼の息子の方が・・。

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彼の作品、名品は各地にたくさんあるのですが、その一つ、
フィレンツェのウフィツィ美術館所蔵の作品で、 写真はサイトから、
他には「ウルビーノのヴィーナス」という有名な作品も。

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「ティツィアン風の金髪」というと、ティツィアーノが良く描いた金褐色の
金髪を指しますが、
ヴェネツィアの女性は、濃い色の髪を日の光に晒して金髪になる様に、
大変苦心したという事で、彼が描いたのはこの金髪だったかも。



広場の南西の方角すぐに、ティツィアーノの生家があります。
小さな広場の西側、手前に泉があり、奥に黄土色に見える建物。

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これは北側から。  
2階建てのどっしりとした、頑丈そうな建物です。

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家の壁には碑がはめ込まれていますが、これは新しく付けられたもの。

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ここ この家で ティツィアーノ・ヴェチェッリオが
1490年に(?)生まれた     
ピエーヴェ・ディ・カドーレのアルセナーレ通り。
ヴェネツィアで1576年に死亡。



中は小さな博物館として保存され、TELで予約すると見れる様です。
写真は絵葉書からで、ここは広場側から見える煙突の内部、
暖炉のある場所。

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雪深い冬の、囲炉裏端での団欒が偲ばれるようですね。

◆ 追記
現在、見学は6月30日から9月14日まで、毎日開館
10:00-12:30 16:00-19:00

ただしこれは2014年のカレンダーで、9月の後半は月曜休館
それ以外は開館日がとても複雑なので、
見学ご希望の方、冬季は予約が必要とお考えを。
tel 0435-32262 または
e-mail  info@magnificacomunitadicadore.it



生家のすぐ横に泉があり、上には司教像がありますが、
その横に回ってみると、下の方に面白い顔が。  
ご覧下さい!  負けずにこちらも、べぇ~!

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最初の広場を西に回った所に、19世紀再建のピンク色の美しい
教会・Arcidiaconaleがあります。
コルティナに続く前の道を、ひっきりなしに車が通のが少し残念。

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正面のアップを。  
後ろにたくさんの聖人が控え、前の張り出した部分に聖母子像。

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薄暗い教会の内陣奥にこの絵があり、殆ど見えないので露出を
調整して写したら、これが写り、「わ、ティツィアーノだ!」

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と、思ったのですが、彼の一族からたくさん画家が輩出した様なので、
そのうちの一人か、弟子の絵でしょうね。



山に沿って広がる町で、狭い場所ですがかなりの高低があり、  
これは教会すぐ前の道のむこう側。 屋根の傾斜が大変きつい。 

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コルティナ・ダンペッツォは、ここから北西に33キロにあり、
ここもすでにアルプスの麓で、この山の眺めも納得頂けますね?

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少し町の上の方に上り、コンドミニオと思いますが、2階の家の入口に
門柱風のこんな飾りが。
兎やお花、山の風景の木彫彩色作品。 手すりの細かさも、どうぞ。

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大きな、優に10キロほどの長さのカドーレ湖があります。 
幅はご覧のように広くありませんが、ず~っと北奥まで続きます。
奥に見える山々は2500M級の山々で、

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電車の駅カラルツォは、中程に見える教会のある町の坂下辺り。



上の写真部分アップ。  
今回は秋と春の写真を共にご紹介ですが、これは秋9月下旬。

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右奥高い場所に小さく町が見えますが、ここはロレンツァーゴという村で、
パーパ(教皇ヨハネ・パオロ2世)が、何度か避暑に来られました。  
行った事がありますが、写真がなく残念。



狭めですが、如何にも良い感じのベランダ。
お花がいっぱい、陽の光をさんさんと受けて。

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一度このピエーヴェ・ディ・カドーレから駅カラルツォまで、
秋の草花を眺めながら歩いた事があります。  
7~8キロだと思いますが、なかなか良かったですよ。

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道を外れるとすぐ野原か林で、馬もいましたっけ。

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これはコルティナに向かい少し歩いた村の教会、教会というより、
礼拝堂という雰囲気ですが、中も素朴で良い感じでした。

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・ ヴェローナ ・ 夏の夜の 野外オペラ 

今日はグロリオーザさんご提供の写真で、ヴェローナの円形劇場・
アレーナでの野外オペラを、ご覧に入れます。 
コメントも、彼に書いて頂きました。  ではどうぞ。
***
 
ヴェローナはイタリア北部地方、ヴェネツィアとミラノのほぼ中間に位置していて、
この東西の交通に加えて、北ヨーロッパからイタリアへ入る南北の道路も
この街につながっており、古くから交通の要衝として栄えてきました。

イタリアの北部には、アルプスの3000m級の山々がそびえていますが、
唯一ブレンナー峠だけは1374mと、比較的低い峠なので、
1769年にはモーツアルトが、1786年にはゲーテが、
いずれもこの峠からヴェローナに入ってきました。

この街で、日本人に最も有名なものはシェークスピアの戯曲
「ロミオとジュリエット」の舞台としてですね。  
実際はシェークスピアはヴェローナに来たことはありませんし、ヒントとなる物語は
ヴィチェンツァで起きた様ですが、ヴェローナではちゃっかり、ジュリエットの家や、
あのバルコニーまで作ってしまって、世界各地から観光客を集めています。


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街の中心部・ブラ広場の巨大な円形闘技場、ローマのコロッセオは有名ですが、
保存状態はこちらのほうがずっとよいようです。 紀元30年完成のこの闘技場で、
毎夏6月から9月にかけて野外オペラが上演されます。
       
外からだとそれほど高くないように見えますが、2000年の間に堆積した土が
約4mもある為で、中に入るとアリーナ席から最上段はそびえる程の高さです。



ブラ広場の様子。 私が行ったのは8月でした。 
広場には、夜は舞台上に置かれる大道具類が並べられ、ポスターも貼られ
華やいだ雰囲気があふれています。 人形も間近で見ると大きいですよ。

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システムは予約券を持って会場に行き、当日入場券と交換するのですが、
この日は交換開始予定時間から、20分経っても窓口が開きません。
ドイツ人の団体が(英語で)「何でいつまでも開かないんだ。ドイツじゃあ
こんなことは絶対ないぞ」などと窓口で抗議していました。

その時中から「ペルケ イターリア」というつぶやきが聞こえてきました。
翻訳すると「だって、(ここは)イタリアなんだも~ん」という意味です。
みんなで一斉に笑ってしまいました。



会場への入口。 絨毯が敷かれ、ドレスアップした紳士淑女たちが
ここから一等席に入っていきます。 我々は二等席だったので、
もう少し質素な別の入口から入りました。

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アレーナ内部。 会場内を下から見上げるとこんな感じです。  
一番上の席などは自由席で、確か1000円程度だったでしょうか。

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午後8時半くらいの時刻でもまだ明るいのは、サマータイム制を採っているのと、
この地域は日本でいえば、札幌くらいの高緯度にあるせいです。



いよいよ開演。 開演は午後9時。 
ドラが鳴らされ、場内のライトが消されると、階段席の聴衆は一斉に
ろうそくの灯をともし、一体となって雰囲気を盛り上げます。

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この日の演目は「アイーダ」。 舞台正面にあるピラミッドの装置は、
高さ10m位はあるでしょうか。大きな舞台で、雄大な劇が展開されていきます。

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少し経つとライティングが変わって、ブルーの幻想的な色彩が舞台を覆いました。

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午後9時45分、左奥に後方から月が顔を出しました。 野外というロケーションを
活用し、舞台の奥に出る月まで計算に入れた設定が、憎いほどの演出ですね。

実は、予約をする時に、満月の日を選ぼうと思ったのですが、
アイーダは週に2日しかやらないので、満月に一番近い日を選びました。
この日は十三夜の月です。



10時を過ぎると、月もちょうど舞台の中央上空に昇り、オペラも、クライマックスに。  

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アイーダ役を演じたフィオレンツァ・チェドリンスの透き通るようなソプラノは、
ため息が出るくらい魅惑的でした。



オペラが終わったのは、午前0時45分。 
ブラ広場入口にある時計が、その時間を指していました。

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ちなみに野外オペラの敵は雨。 開演前に雨になった場合は払い戻しになりますが、
ある程度まで行った所で、雨天中止になれば払い戻しはないそうです。  
微妙ですよね。



オペラの後は、観客はそのまま家や宿に帰るのではなく、バールやリストランテに入って
余韻を楽しみながら語り明かし、ヴェローナの夏は不夜城と化します。
ああ、もう一度行きたいなあ。

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・ バッサーノ・デル・グラッパ ・ グラッパ酒、アルピーニの橋 

食後酒グラッパ、白アスパラガス、パッラーディオ設計の木製の橋、
そして陶器で有名な、バッサーノ・デル・グラッパのご紹介です。
ヴェネト平野の北西奥、ヴェネツィアから直線距離で60キロ程に。
      
歴史は古く紀元後10世紀の発掘品もありますが、中世を経て
ヴェネツィア共和国と共に栄え、他のヴェネトの町同様にその衰退を
共にした、趣のある素敵な町です。

有名なグラッパ酒は、透明なアルコール度が40度もある強いお酒、 
白アスパラガスは、春に品評会と共にお祭りがあり、ゆで卵を添え、
皆で食べるお祭りだそうです。

町の中心部の地図からどうぞ。
右の黄色く見える道を南に下った所に国鉄駅があり、   
ヴェネツィアからは、トレント行きの直通で1時間半で来れます。
 
1-20060617012611_t_t.jpg     
 
ご案内順は、地図の青い線を辿り、
まず、矢印のついているガリバルディ広場から始まり、
町の中心ガリバルディ広場の南側には、ゴシック・ロマネスク様式の
フランチェスコ教会があり、南側の元修道院が市の博物絵画館に。

ガリバルディ広場から西に行きリベルタ広場に。
写真の塔は広場東端の北側にあり、美しい時計が煌びやか。
下に見える2つのアーチが2階部分で、この下に1階が。

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細長いリベルタ広場の西側には例の如くヴェネツィア共和国のシンボル、
有翼のライオン君がいて、

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こちらは同じ側の北に立つ、司教の像。
背後に見える古いフレスコ画装飾された建物をどうぞ。

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町の一番低い部分を流れるブレンタ川、ヴェッキオ橋に向かい、
町全体がかなり急な傾斜地となり、道はガンバ通り・via Gamba、
町の坂道の感じ、橋のある位置がお分かりでしょうか?

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ポンテ・ヴェッキオ、またはアルピーニの橋とも呼ばれる、橋の東側。 
このように屋根があり、幅は結構広く、石で舗装されています。
左の白い柱は、16世紀に作られた大理石の橋入り口のアーチ部分。

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ポンテ・ヴェッキオから眺める、橋東側の北部分。
橋脚の特徴もどうぞ。

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建物の木製のバルコニーの形、そこから突き出す庇を支える形が、
この土地の建築の特徴をよく現しています。
       


ブレンタ川東側、南の岸辺の風景、美しい、しっとりとした岸辺。

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同じ名を持つフィレンツェのヴェッキオ橋と、美しさを比較して見て下さいな。
フィレンツェのアルノ河の岸辺に、このような風情はありませんね。
あちらは頑丈一点張りで岸辺も高く、建物も人を寄せ付けない強さで、
       
と、半分ヴェネトの人間になりつつある田舎者の、お国自慢・・。ははは。



これは橋の西側、北部分。 一つ一つ違う建物が寄り合っているのに、
並んだ感じがきちんと纏まって見えるのが不思議です。

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水辺への階段が見えますが、かっては生活に直結した川だったのでしょう。



こちらは橋の西側、南の建物。 この建物も、木のバルコニーがいかにも
山の家のイメージを伝えますが、そう、バッサーノはアルプスの麓に続く町。
       
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ヴェネツィアと山のイメージが混在、ちょっと鄙びた感じが良いでしょう?



これは上の写真の建物のすぐ北側、河辺に降りる道。
このような急な傾斜に位置して、建物が並びます。

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建物の入口が高く、ぐるっと回り、ちいさな橋を渡って入る入り口。
多分、川の水位の上昇に備えてでしょうね。 



ポンテ・ヴェッキオは、アンドレア・パッラーディオが1539年に設計、
その後ブレンタ川の氾濫、戦争により、少なくとも8回は再建されたそうで、 
で建設は常に、最初のパッラーディオの設計どおりに。

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現在のは1948年に再建された物。 
ここの風景に、これ以外の形はあり得ないのでしょう。



少し離れた河岸からの眺め。 西の河岸は結構広く、
ベンチもありお弁当を広げたりも出来ます。
       
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橋の北側、高台に見えるのがお城で、お城の中に教会もあります。



イタリアの公園そして河川には大概、鴨や白鳥、家鴨達がいますが、
この岸辺にも彼らが。 
       
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イタリア語でオーカ・家鴨というと「馬鹿」を指しますが、なんのなんの、
大変気が強く食べ物を大声で要求します!




橋の上の西端には「TAVERNA AL PONTE」というレストランがあり、
ここには「アルピーニ博物館」も同居していて、切れている右側。

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このバッサーノの北に見えるモンテ・グラッパや、アジアーゴから北一帯、
第1次大戦では大激戦地だった所で、
この博物館にはその遺品や写真、また橋の歴史などを展示しているとの事で、
「TAVERNA」の上の看板が、アルピーニ兵の帽子、ツルハシ、そして登山靴。



ポンテ・ヴェッキオの南側にもう一本、現代の、車が盛大に通る橋があり、
そのポンテ・デッラ・ヴィットリアからの眺め。
橋脚が、ブレンタ川の大水を考慮してこの形、が納得できる眺めです。

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お城は高台にあるので、この角度からの眺めが楽しめます。
右端に見える建物が、タベルナとアルピーニ博物館のある建物。

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同じ位置から少し眺めを北に移した所。
傾斜地に立つ家の重なリが良く分りますね。

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町の北側を通るマルティリ通り、マルティリとは犠牲者の事ですが、
  
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写真に見える左端に続くこの並木に、ナチスによって処刑された人々が
吊るされ、朽ちるままに放置されたといいます。  
今、木にはそれぞれの名前と、写真がついた名札がつけられていますが、
「無名」と書かれた名札もたくさんあります。



通りの北側は、深い谷のようになっていて、そこに大きな駐車場が。
写真は西を向いて写していますが、北にはモンテ・グラッパが三角形に見え、
その奥にはアルプスの麓に続く山々が控えます。

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・ イタ猫 ・ イタリア・ヴェネト州の猫たち

今日は久し振りに、イタ猫のご紹介で~す。
   
ヴェネツィアから東へ30キロほど、そこから南にまた10キロほどに、
エラクレアはあります。
先日ご紹介したベッルーノから、かっては材木を運ぶのに筏でピアーヴェ河を
下って来て、海にあと数キロの所に町が。

ここで会った猫ちゃん、散々一緒に遊んだ後に私がカメラを取り出すと、
この驚いた顔! 生まれて初めて写真を撮られたようで、
シャッターのパシャっという音に、飛んで逃げて行きました。

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その点我が家の猫どもはカメラに慣れていて、ニッコリ笑ってチーズと言ったり、
時にVサインを出したり ・・するわけないでしょうが!!



フリウリはジェモーナの、顔の真ん中にヨットが浮かんでいる猫ちゃん! 
ご丁寧に、波までたっています! ははは。
おまけに何、この肌脱ぎの様子は?! ずれて全部脱げたら、どうするの?!

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我が家から北西に、ラーゴの猫ちゃん。 これ、何しているか分りますか?  
トカゲが石垣の間に逃げ込んだのを、捕まえようと、待っているのです。 

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それは良いのですが、バックに写っている家からご想像を。
どの位の高さの石垣の上で、こうやって頭を下げているのかを!  
目まいはしないの?!



少し息抜きに、う~~んと平凡な、ヴィットリオ・ヴェネトの普通の猫ちゃんを。
少し陽射しが暑くなってきたので、家の日影の石畳でゆっくりと寛いでいる所。

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サルメデの村の広場に自転車を止めて休み、ふと横の壁に目が行くと、
この猫ちゃん。
農家の倉庫の汚れたガラス窓越しに、広場を眺めていて、
顔に光が当っているのは、自転車のベルの光を反射させて写しました。

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この後、ものすごい坂道を上って上の村に行き、素晴らしいパノラマと、
古い教会の素敵な扉を見ましたが、帰り道にパンク、エライ目にあいました!!



ゴリツィアの街の中心の古い建物が残っている一廓の、古い建物の2階の窓、
白い窓枠の中に白い猫ちゃん。

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横を向いているので、下で手をぐるぐると振り回し、こちらを見て貰いました。
美人猫!  さながら古いお屋敷の、深窓の令嬢という所でしょうか?!


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・ n.4 アッシジ ・ 春のお祭り、カレンディマッジョ 2008

アッシジの春のお祭り、カレンディマッジョもいよいよ最後。
今日は、最終日夜の部、下町地区と上町地区の最終対決の場面をご覧
頂きますが、まずは日中の町の様子を、ほんの少しどうぞ。

お天気が続いたアッシジの滞在でした。
昨年の春ほど暑くはなく、緑の美しい、ウンブリアの春。

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町の西半分を占める下町地区の各通りには、赤い旗が見事に出され、
お祭り気分を盛り上げます。

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下町上町地区とも、其々が3区域に分かれているので、
下町の赤い旗と、その区域の旗と、2つ出されているのも見えます。

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夜の公演準備が整ったコムーネ広場、そして、ミネルヴァ神殿。
塔の時計が10時10分前を指していますが、はい、正確です!
始まるには、まだもう少々かかります。

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さて始まり! 広場の東からファンファーレ隊が入り、始まりを告げます。

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お祭りの長老が始まりを告げ、いよいよ。
舞台の中央には、下町地区の音楽隊とコーラスが、既に待機。

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舞台左上の窓に恋人達。 彼は明日十字軍で旅立ち、別れを惜しむ2人。

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こうして、彼も旅立ち・・、

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時の経過、遠い場所との隔たりを現すかのような、布が流れ、

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十字軍に従った異国で、故郷に残してきた彼女を偲ぶ彼。

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彼は、遂に戻らず。 具体的に何を現すのか分りませんでしたが、
彼の想いが彷徨っているような、美しいシーンでした。
  
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残された彼女も彼を思い続け、こんな人生に、何の意味がある?! と。

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この布も、彼女の上に過ぎる時の経過のように、ブルー系から、
ぐるっと反されるとオレンジ、黄土系に変わりました。



そして、ちょっと可笑しく厳粛な結末、赤ちゃんの到来!

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右の高い人物は竹馬をつけて。



舞台に座った彼女と乳母。 そして、抱かれた赤ちゃんはやはり本物!
こんな夜の時間に、良いのかいな?!

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コムーネ広場の東端にある泉に、点された火。

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町の人々が時代衣装で登場。 手に持っているのは本物の火。

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広場の西端に下町地区のシンボル、塔の形に火が点きます。
形が大きいのでやはり迫力。

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敷き詰められていた白い布も赤に変わり、赤系の衣装の女性たちの踊りがあり、
これで下町地区の公演が終りました。

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さて、こちらは上町地区。 左にサンタ・キアーラ教会と広場が広がる辺り。

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上の写真の道を、真っ直ぐに中心に向かうとコムーネ広場に出ます。
この辺りには、ホテル、店、レストランが立ち並び、いつも賑やか。

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下町地区の公演が終わり、片付けと上町の準備中、桟敷席の下が騒がしい。

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覗くと、悪魔に扮した若者達が出番待ちなので、皆上半身裸、裸足!!
寒い位の夜で、観客は皆、コート、ダウン着用でしたが、ははは。

写真で明るく写りましたが、実際は、悪魔にふさわしい暗い場所!




大道具で、中世の町並みが再現。

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最初3つに分かれた建物群が運ばれ、オモチャ臭いなぁ、と眺めている内に、
トントンカンカンと城壁が取り付けられ、格好がついたので感心しました!



さて、上町地区の始まり、始まり。 地獄の入り口に火がつけられ、

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次々と、火縄を持った悪魔達が、吐き出されて来ます。

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燃え上がる火縄の煙のもの凄さ! そして、その匂い!
桟敷席一番上の私の席までも、時に、火の熱さが伝わってきます。

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絶対に若者達自身が楽しんでいる! と確信できる、熱演ぶり!!

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火噴き男も2人。 イタリア語ではスプータ・フオーコと。

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悪魔達の狼藉振りに、司祭が鎮圧のお祈りを。 が、勿論効果なし!

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と、火を持つ天使たちを従え、大天使が登場。 この場面が素晴らしかった!
       
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コムーネ広場からサン・ルフィーノ聖堂に続く、あの急な坂道を、竹馬に乗った
大天使が松明を掲げ、一歩、一歩、広場に下りて来るのです。
夜の公演の見事な一場面。



悪魔祓いに立ち向かう、大天使と天使の部隊。

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突撃~!

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悪魔達が退散し、平和の天使たちの登場。

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カレンディマッジョのシンボル、飾り付けられた樹も登場。
細い布の旗を持ち、町の人々が踊ります。

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出番が全て済み、健闘を讃える町の人達。 いやぁ、本当に素晴らしかった!

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一番最後の番組は、コーラスの対決で、こちらは下町のコーラス隊。

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其々が3曲づつ歌いますが、最初の曲は課題曲で、後2曲を其々で。
おまけに1曲済むごとに交替しますから、課題曲などもどちらが良いか、
素人の私にもよく分る仕組み!



こちらが、上町地区。 う~ん、私には、上町地区の方がコーラスとして
調っているという感想。

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で、全ての夜の番組が済んだのは、午前1時!
これから審判員の協議の果てにどちらの地区が良かったか、評決が出る
というのですが、協議にいつも時間が掛かるとの事。

こうしてご覧頂いても分ると思いますが、上町地区の公演が大変に
イマジネーション豊かで、見せ場が多く楽しく、おまけに、荷車引き、綱引き、弓、
コーラスと勝っていますから、
当然上町地区の勝ちと確信し、翌日の帰宅ドライブに備え宿に戻り・・。

で、2,3日後にサイトで結果を調べましたら、評決は夜中の2時半だったそうで、
なんと、今年度は下町の勝ち、とあります!! 冗談、多いよぉ!! 
 
審査の評価には、下町公演には、中世の飢饉、戦争、汚れなど、歴史全てが
あったと。 記者の感想としては、上町の女性陣が頑張った、と。
ご覧の皆さんの、ご感想はいかが?!

アッシジのお祭り、カレンディマッジョの桟敷席のお値段ですが、高い方で、
4回公演通しで、80エウロ、 安い方が60エウロ。
お祭りの1ヶ月前から売り出され、銀行振込みで買えます。

お祭りの日程などは、大体2~3ヶ月前に、このサイトに。 
インフォメーションは、 info@iat.assisi.pg.it
     
毎年出し物が変更され、こんなに楽しいお祭りがこんなに安く楽しめます!
是非、チャンスを作って、お出かけ下さいね!!
      


最後に、 春の野の、赤いポピーの帯を。 まだまだ、赤く広がりそう。

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来年、また見れるかな?!


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・ フィエーゾレ (フィレンツェ) の 結婚式


十数年前になりますが、フィレンツェ郊外山の手にある
フィエーゾレに行った時の事。 
ご一緒していた先生お2人と、円形劇場跡、小さな修道院などを見た後、
前の広場で休んでいると、小さな教会で結婚式が始まりました。
 
「6月の花嫁」にちなみ、今日はその時の写真をご覧に入れます。 
なにせ、花嫁が美人でしたぁ~!

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フィエーゾレの町は元はエトルスクが発祥の町だったそうで、
フィレンツェからバスでぐんぐん山手に登った所で、
はるかにフィレンツェを見下ろす、素敵な小さな町。

このマルヴァ花は遺跡跡に群れ咲いていて、
漢方に使うんだ、と先生にお聞きしましたが、
こちらイタリアでも、やはり薬草として使われているようです。




フィエゾレにある素朴なサン・フランチェスコ修道院で、
高台にあるフィエゾレの町のそのまた上、石段を上った所にあります。

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こういう素朴な教会を、結婚式場に選ぶセンス、素敵ですよね?




内部には、小さな素敵な中庭があり、回楼は半分でしたが、
真ん中にやはり井戸が。
エトルスクの町はどこもが高台にありますが、
水の確保が大変だったでしょうね。

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見学を終え教会前広場で休んでいると、急に人々の姿が現れ始め、
「わ、結婚式だ!」
この美しい花嫁を見て、我々は急遽予定変更。 
後左が、花嫁の素敵なお父さん。

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花嫁、神父、そして親戚の方々、神父の美しい帯にご注目。
そして花嫁の前、後姿の男性にもご注目を。 後ほど、お顔を。

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花嫁とお父さん。 横の縞の服の女性は、衣装、お化粧関係の方。
お父さんはどうやら寡の様で、(たくさん写している写真で考察) 

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手前の美しい中年女性をエスコートする、男性の手にご注目。




教会に入る、この写真が私は大好きです。 
大変良く似た、素敵な父と娘のこのシーン。

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中で式が行われている間、子供達は表で遊んで待っていて、
そこに男性が出てきて、扉の前にお米で何か書き始めました。
V の字を2つ重ねていて、何かと尋ねましたら
V V を重ねて、「ヴィーヴァ・万歳」という意味と教えて貰いました。

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新郎新婦が登場、いっせいにお米がぶつけられ、カメラが向けられ、
大変な騒ぎになりました。
前に行きそびれている私の代わりに、A先生が私のカメラで写した、
たくさんの写真の中の一枚。 2人の笑顔が素敵な一枚を。

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ひとしきりの騒ぎの後、式を取り仕切った神父さんも、
平服で出てこられての写真。

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教会前広場の石段を下り、パノラマが開ける所で
ベンチに腰掛けていましたら、皆さんが降りてこられ、
ちょうど我々の前で記念撮影されていたのを、横から失礼し。
新郎新婦と、花嫁のお父さん。 

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「花婿は、余り大した事ない」と私が言うのを聞き、先生が一言。
「それに代わる物を、もっとるんよね」 そうか! 
今振り返ってみても、昔も今も私は、直情径行な阿呆でして・・!  




美しい花嫁を見て、ご一緒していた先生お2人は、
それぞれのお嬢さんの結婚式の事を思い出され、お話しに。
やはり「花嫁の父」というのは、深い想いがあるのだ、と感じた私で。

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で、この真ん中の男性、どちらの関係か分りませんが、なかなかでしょ。
では、何時にどこそこでね、と披露宴のレストランを確認し、
皆さん一旦帰って行かれました。 
そう、イタリア式はこうなのです。




こうして見ると、フィエーゾレがかなり急な高台にある事が、
お分かり頂けるでしょう。  一番手前はオリーヴ畑。

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ガイドブックに、フィエーゾレからのフィレンツェの眺めが素晴らしい、
とありますが、町はフィレンツェから北方8キロに位置し、
これは、望遠で撮った写真を、さらに切り取ったもの。

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靄がかかっていて、ドゥオモの丸屋根がポワンと。 
その左側、少し白く光って見えるのがアルノ河。
夜、我々はこのフィエーゾレのレストランで食事をし、
バスでフィレンツェに戻りました。

◆ 追記 ◆ 
この写真を改めて眺めながら、想い出に浸りました。 というのも、
この時ご一緒した先生お二人は既にお亡くなりで・・、
想い出の新鮮さに対しての、月日の流れを一層感じました。


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・ 山の小さなヴェネツィア ・ ベッルーノ ・ Belluno 

今日は、ベッルーノ・Bellunoのご紹介を。

ヴェネツィアから電車で北に2時間程、アルプスに続くドロミテ山系の
麓にある大変歴史の古い町で、
我がコネリアーノの町が歴史に登場するのは、ベッルーノの司教領として
砦が築かれた10世紀という事からも、ご想像下さい。

紀元後5世紀のお墓も近郷で発掘されているそうですが、
15世紀にヴェネツィアの下に再構築され、中世前期以前の物はなく、
殆どヴェネツィア風。
この様子から「山の小さなヴェネツィア」とも呼ばれます。ではどうぞ!

町の地図からご覧頂きますが、これは旧市街地部分で、

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東を流れるアルド川は、町のすぐ南を流れるピアーヴェ河に
南東角で合流し、 
ちょうど河に張り出したテラス状の岩の上に町が存在しますが、
これは敵の急襲、河の氾濫から町を護ったのですね。



コネリアーノから連絡する2両編成の車両はヴィットリオ・ヴェネトを過ぎ、
両側から迫る山の狭い谷の間を、ゆっくりと上っていきます。

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堰き止められて出来た人造湖湖(左上に水力発電所)、
谷にある小さな村落。
高速道路は高架上を走りますが、国道は列車と並んで走ります。



湖の岸に見える家。 この家を見るたびに、
「こんな場所に住んだら?」と思いを誘われます。

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峠を越した所にこのサンタ・クローチェ湖があり、夏にはバカンス客で
大いに賑わい、湖の右奥にはカンシーリオの山、森が広がり、
北にはカドーレの山々が続き、そしてドロミテ山系に。

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ベッルーノの国鉄駅前から広がる旧市街は道幅も狭く、ポルティコが
続きます。 この道はヴィア・ローマで、町のの大きな中心広場の
マルティリ広場の北側を東西に。

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町の主要な門のひとつドイオーナ門。
オリジナルは13世紀で、こちらの正面側は16世紀と。

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上部のアップをご覧下さい。

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このライオン君の下に書いてある事を訳すと、
 このサン・マルコのライオンは、15世紀に門の内側に置かれたもの。
 1874年この場所に再度据えられる。
 1797年にフランス兵によって倒された、この場所に。       
       
つまり、ここには別のサン・マルコのライオンがいたのが、ナポレオン兵により
1797年(ヴェネツィア共和国崩壊の年)に打ち壊されたのでしょう。
で80年ほど後に再度、門内部にあって無事だったライオンを据え直した
ものと見えます。
ことほど左様にヴェネトの人間にとって、ヴェネツィア共和国のシンボルでもある
このライオン君は大事なのですね!



クロウタドリ、イタリアではメルロと呼ばれ、あちこちにいて良い声で歌い、
特に春先には、「春が来た!」と実感させてくれるメルロ。

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なかなか大きく写せませんが、黄色いクチバシと真っ黒な体、
ちょうど九官鳥位の大きさです。



中心部の東端にあるこのサント・ステーファノ教会は、素朴で、
なかなか良い雰囲気を持ち、内部も素晴らしかったですが、
あるという、ティツィアーノの作品は覚えがありません。

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教会の前は小さな公園になっていて、木陰下のベンチには
子供連れのお母さん達もたくさん。




15世紀ゴシック様式のこの教会の扉の上には、マントを広げたマドンナの
下に庇護を求める信者達が集い、聖人たちが取り囲んでいます。
聖人達の頭の光輪が壁に影を落とし、手を差し伸べているかのよう。

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扉が素晴らしい木彫でしたが、 やはり15世紀のオリジナルの様子。

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ベッルーノ周辺には、北ヨーロッパの、特にドイツの影響を受けた
木彫の美しい聖母などもたくさん存在しているようです。



町はピエーヴェ河に張り出した高台にあり、東端から低い川床の部分を
覗くと、緑に埋もれて村落がありました。  
一塊になり、でもそれぞれの家にちゃんと特徴があり。

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先ほどのドイオーナ門をくぐり古い町の道を下り、町全体がゆるい
傾斜地に位置する南の方に。途中のポルティコに、こんな聖母子像。
ポルティコの天井部の装飾もどうぞ。 素敵でしょう?

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メルカート広場(エルベ広場)で、ローマ期のフォロがあった場所だそうで、
中心に聖人サン・ルカーノの泉があり、ポルティコとたくさんの紋章の
付いた建物に囲まれた、中世の印象の濃い広場。
 
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エルバ広場という名は野菜市から来たのでしょう、今も市が立ちます。



ふと気がつくと、バルコニーの下にこんなライオン君達が。 
特にこの左側の顔、可愛いでしょ、笑えるでしょ?!

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道を右に辿って行くと、ドゥオモ広場に出ます。
ドゥオモの正面は16世紀に再建されたとの事ですが、上部、入口部は、
もっと後の時代に修復の手が入っているようです。
内部には、ティツィアーノの作品もあるとの事。

16-20060608234504_t_t_GF.jpg



鐘楼はバロック様式で18世紀の物。
町並みの、建物の様子もどうぞ。

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一度5月に行った時、ドゥオモ広場の真ん中に日本式庭園が造られて
いましたが、植木屋の宣伝だったのでしょう、お花がいっぱいで、
水も流れ、灯篭やししおどしの仕掛けもありましたっけ。 

18-20060609001731_t_t_GF.jpg



広場の西にドゥオモ、北にこのレットーリ宮があり、一階がロッジャ、
上階のバルコニーが華やかで美しい、ヴェネツィア・ルネッサンス様式で、 
右端に時計塔があります。

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レットーリ宮のバルコニー部分。 優雅な透かし模様。

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左はレットーリ宮の時計塔、右側はヴェスコヴィ・コンティ宮と市の塔。
ヴェスコヴィ・コンティ宮はオリジナルは12世紀ですが、
オリジナルが残るのは市の塔のみで他は再建され、今は音楽堂と。

21-20060608234818_t_t_GF.jpg



広場の南東角に市の博物館があり、その前に置かれている、
円柱の上部分、柱頭・カピテッロと呼ばれる部分です。

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私にはいつの時代の物か分りかねますが、繊細な模様を彫った
素晴らしいものと思います。 

反対側には、円柱間に渡す柱をうける穴が、柱が滑らぬ様
工夫して掘ってあるのが見て取れます。



町の南をピアーヴェ河が流れ、高さが一段低くなった部分に、
この、なんとなく不思議な雰囲気の家があります。
何かの工場で使っていたのを改装して家なのか、良く分りませんが、
古い建物である事は確かで、面白いなぁといつも眺めます。

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ちょうど写真中ほどに橋が見えますが、あの左側の低い村のある辺り、
ボルゴ・ピアーヴェと呼びますが、
かってこのベッルーノからモミの樹の材木を筏にして、この地点から
筏師たちが、ヴェネツィアのザッテレ(筏の意)まで運んだのだそう。

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地中海を越え東方貿易に行った船の材料が、
ここから筏で出帆して行ったのですね。



ベッルーノは河に挟まれ、突き出した半島のような形の高台の町ですが、
周囲の丘、山の中腹には長閑な牧草地が広がり、
町のすぐ北には、アルプスのドロミテに続く山が迫ります。

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・ 6月2日 イタリア共和国記念日 ローマ 

6月2日はイタリア共和国記念日で、ローマで軍関係のパレードがあります。
軍といっても、ヴォランティアの人々や赤十字関係も含め、大変煌びやかな物。
写真はいずれもTVの画面から写したもので、手ぶれ、ピンボケ、ピンアマ・・!!
が、お祭り気分をお伝えしたく、何とか見れるものを!! ご容赦!!!
 
今年は60回目の共和国記念日。そうなんです、イタリアは共和国になって、
まだ60年。 戦後、国民投票によって、王国から共和国になりました。

今年はそれを記念して、コロッセオに大きな3色旗が。
手前の彫像は「無名戦士廟」の上、馬車の上の女神像です。 
素晴らしいアングルですね。

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パレードは、コロッセオからこの無名戦士廟まで約1キロの距離を行進します。
この2日の朝には、大統領が廟に、オリーブの枝で作った輪を捧げられます。

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ローマに来られた方は、このあたりを良くご存知でしょうが、
この道の右側一帯にフォロ・ロマーノが広がり、写真の右端中に見えるのが、
カンピドーリオ広場で、ローマ市役所があります。



右から、ナポリターノ大統領、マリーニ上院議長、プローディ首相で、
イタリア国政府の新しいトップ3人の顔ぶれ。 大統領の向こう側に下院議長
ベルティノッティがいます。

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イタリアの警察は2種類あり、「カラビニエーリ」と「ポリツィア」で、
カラビニエーリの制服がまたカッコイイのですね。ズボンの横に赤線がピッと入り。
隊長は、抜き身の剣を貴賓席前で振って、挨拶して行きます。

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カラビニエーリの騎馬軍楽隊。大統領の出席される行事では、いつも見ます。

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騎馬隊は、軍関係も、軍楽隊も、すべて歩兵や車のパレードが済んでから、
登場です。 なぜか分ります?  
あのね、騎馬隊が通った後には、必ず、お土産が残っているのです!! 
ですからね、最後の登場になるのです。



この中型犬は、レディーという名の、カラビニエーリ騎馬軍楽隊のマスコット犬。
もう4,5年になるでしょうか、こうして登場して、一緒に行進する人気者です。
背中にちゃんと、カラビニエーリの紋入りの布を着せて貰っているのですよ。

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写真が悪いですがご容赦願い、彼女の大きさ、行進の様子をご覧下さい。
「さぁ、行くよ!」という場面では、彼女は馬達に吠えて、気合を入れます!

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騎馬隊の女性で、この制服は時代の記念衣装だと思いますが、
さて何処の所属の女性でしょうか?
ピンアマですが、とても美しい雰囲気なので、敢えてアップ!

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来年度からイタリアは兵役義務がなくなり、職業軍人のみとなりますが、 
そのせいか、最近士官兵クラスに女性の進出が目立つようで、
なかなかきりっとして素敵です。



パレードが済んで、そろそろ大統領がお戻りになる為、車がお迎えです。
道の奥いっぱい、コロッセオに下がる3色旗が美しい。
何せ舞台装置がねぇ、2000年を越す歴史がすぐそこにあるのですもの。

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これはコラツィエーレと呼ぶ、大統領護衛の騎馬兵。カラビニエーリの中から、
2メートル近い大男で、馬に乗れることを条件に、選ばれるのだそうです。  

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この兜は、後に長く馬の尻尾が下がり、胸には白くぴかぴかの甲冑があり、
黒い上着、白いピッタリのズボン、膝までのブーツ。
大統領の居られる近くには必ず彼らが控えていて、 誠に煌びやか!!



「3色の矢・フレッチェ・トゥリコローリ」飛行隊が飛びます。

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ローマの、いやイタリアの行事には、良くこうして上空を飛び、彩を添えます。
3色の煙もこうして見ると、結構色が違うものですね。



いつもこうして映るのですが、という事は、ローマ上空を飛ぶ飛行隊よりも
もっと上を飛んで、映像を写しているわけですよね?!
  
12-06.6.2049_t_GF.jpg

海に潜るのは怖い私ですが、空は飛びたい、飛行機大好き人間なので、
いつもこの映像を見る度「ああ、ええよぉ~!」と羨みます。



パレードがすべて終わり、大統領がお帰りになる前に貴賓席の前に、
コラツィエーリが騎馬で勢ぞろいし、イタリア国歌が演奏されます。

13-06.6.2060_t_GF.jpg

こうして見ると、コラツィエーリは大男ぞろいですから、馬が小さく見えますね。



大統領官邸にお帰りの大統領の乗っている車は、時代物のオープン・カー。
前後左右を護衛の騎馬兵、ボディガードに囲まれてお戻りです。

14-06.6.2074_t_GF.jpg

コラツィエーリは、右手を腰に当て、左手のみで手綱を裁いていて、
いずれにしても、カッコイイ!!



特等席のお父さんの肩車から見物した女の子。 
楽しかったね、また来年ね。  チャオ!!

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・ ヴォーガロンガ ・ ヴェネツィア

この6月4日にヴェネツィアで行われた、第32回の
ヴォーガロンガ・Vogalonga、TV番組からの写真でご紹介です。

サン・マルコ前からブラーノ島まで行き戻ってくる往復30キロの、
遠距離の大小様々な手漕ぎ舟によるハイキング。 
約1000隻の舟、3000人近い人々が参加します。

このヴォーガロンガには、ヴェネツィア、イタリアのみでなく、世界中から
参加者が集まり、手漕ぎ舟が好きな人、ヴェネツィアが好きな人
様々ですが、

このシニョーレはヴェネツィアーノで、ヴェネツィア訛りで「チャオ!」

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何もこの舟が一番になったわけではないのです。  
取材のカメラに向かって、「チャオ~!!」とご挨拶です。  
良いお天気、良き仲間、そして素晴らしい海。

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ご覧下さい。 立ち漕ぎの舟、座って漕ぐ舟、カヌー、何人もで漕ぐ舟、 
ありとあらゆる種類の手漕ぎの舟。
ラグーナを行き、あちこちで止まりつつ、30キロの長距離をこなします。

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何をしている所なのか、どういう関係なのか良く分りませんが、
素敵な帽子です!
裸の膝が見えますから、舟の中だろうとは思うのですが。

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TVカメラマンは本当に良く見て写していて、時に感心します!



何人で漕ぐ船か、かなりの人数で、写っているのは全部で15人!
お揃いの赤と白の横じまのシャツ、白い帽子に赤い房がちょんと。
舟の目も可愛いですね。 舵取りはどうやら女性の様。

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この背後の家は確かマッゾルボ島。
ラグーナのあちこちで止まるというので、手前の赤い舟は休憩中でしょう。

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イタリア女性ではなく、どうやら北方の女性の様子で、
良く見ると、ホッペに何か描いていますね。
特別な美人ではありませんが、パッと見の美しさ、という事で、はい。

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ヴェネツィアに戻ってきて、カンナレッジョの運河に入ろうとする所。
奥に小さく盛り上がる橋が見えるのが、トゥレ・ポンティ・三つ橋です。
一番右のチームは、どうやらイギリスからの参加でしょうね。

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今、ポンテ・グーリエを潜ろうという所で、このたくさんの見物人!! 
運河の横にも、橋の上にもいっぱい。 
この橋をくぐれば、すぐ近くに大運河で、もう殆ど帰り着いた所。  
お疲れ様でしたぁ!

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◆おまけ
これは同じ6月4日にピサで行われた「4大海運国の競艇」。

イタリアのかっての4大海運国、ご存知ですか?
ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサ、そしてアマルフィで、
この4大海運国の紋が今もイタリア海軍旗の真ん中に記され、
毎年この4都市が、持ち回りで競艇をします。
  
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今年はピサで行われ、いつもなら海のコースがアルノ河、勝者は地元のピサ。
これがその決定的瞬間で、ヴェネツィアは2着でした! 残念。

やはり海とは勝手が違うそう。 そうです、今年で51回目かの大会ですが、
ヴェネツィアがその半分以上を勝っているのです、エヘン!
来年はヴェネツィアでの開催だそうで、乞うご期待!!


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・ n.2  アクイレイア と、 アルティーノ

今日はアクイレイアの2回目と、良く似た町アルティーノ・Altinoのご案内を。
ローマ期に第2のローマと言われるほどに栄え、中世に衰退した町アクイレイアと、
同時期に栄えたアルティーノ。        
      
アルティーノも、交通の要所として、川の港として大いに栄えましたが衰退し、
アッティラの襲撃で破壊された後、住民はトルチェッロ島に逃げ、
これがヴェネツィアの起こりとなりました。 
アルティーノ博物館の様子もご紹介しますが、まずはアクイレイアから、どうぞ。

アクイレイアの町が近づくと、進行方向左手に、特徴あるフォロの遺跡が見えます。
       
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ウーディネから、グラードに続く主要道路のすぐ横に、雨ざらしで2000年を経ます。

後ろに見える鐘楼が高いので、70m、円柱が低く見えますが、実際はどの位の
高さなのか、何処にも高さが書いてありません! 広場の広さは130x70m.



このフォロの広場は、かっての東側半分ほどが発掘されているそうで、広場を囲み、
裁判所や、店、食堂などが並ぶポルティコ・柱廊があったといいます。 

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最盛期の人口が20万にも達しようかという、中心広場の賑わいをご想像ください。 
広場には、写真のように敷石が敷かれていたとの事。
写真一番左端中頃に車が見えますが、これがすぐ横を通る県道です。



フォロの円柱が一直線に並んでいるのを見ると、つい、こうして写したくなりません?

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周りに転がっている石には、浅浮き彫りが施されているのもあり、
貧乏性の私は、なんとなくもったいない様な気になりますが・・!



バジリカの西と北に広がる原っぱには、ローマ期の家の跡が発掘され、残ります。 
この写真は、バジリカの西の原。
 
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小さく「乗ってはいけない」と書いてはありますが、そんなもの、撮り始めたら・・・!!   
皆、知らん振りで乗ってるよ。



西の原っぱのモザイク。 家の中の一部ですが、この半円形というのが
いかにも興味を引きません? どういう使い方をしていたのでしょうか?
モザイクに、柄に従い、色石が使われているのも見えます。

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これがこの住居の全体です。 部屋の大きさが考えているよりも小さめで、
奥に半円形が続いていて、手前の部分真ん中に円柱が残っています。
       
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こうして見ていると、専門家に少し説明をお願いしたくなりますね。



これも西側の原。 モザイクの柄が大変繊細になり、色使いも多色です。
お金持ちの家かな?

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これはバジリカの北側の原、川の港に通じるヴィア・サクラの横に広がります。
家の跡がたくさん残り、床モザイクが見えます。

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上の写真と同じ場所の、モザイク床3種です。

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やはり一つの部屋の広さが狭いですが、この様に装飾が施され、
その細やかさに驚かされます。
この白とブルーの色使いが、初期モザイクの色だったようで。



川の港・ポルト・フルヴィアーレ。 今は埋め立てられ、小川の様なこの流れは、
かってアドリア海から上ってくる船の大きな港として、大いに栄えました。

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この岸には倉庫が立ち並び、地中海沿岸の国とヨーロッパ北部とを結ぶ、
交易の中心地だったそうで、町の賑わいが想像できそうです。



新しい、かっての賑わいの想像図が見つかりましたので、ご覧に。
倉庫群は、護岸に沿って南北に立ち並び、入口に階段が向かい合わせに
ついた基礎が残っているそうです。

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港は4世紀の中頃まで大いに利用されましたが、その後、町から河の流れが
そらされて次第に衰え、蛮族の襲撃の破壊の後は立ち直る事はありませんでした。
長く続く護岸の跡をご覧下さい。

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倉庫か家の跡なのか、私には定かではありませんが、入口の跡と思しきものの
切れ込みがあり、そこから少し高台に上がる階段状のものも見えます。
石に穴が開けられているのは、舟をもやいだ跡なのでしょう。
 
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写真で白っぽく見えるのが、水草で覆われた今の水路。 訪れたのは夏だったので。



道の横に、こんなに立派な門の跡がありました。 門というより、
建物の壁の跡の様ですが、この細工の立派さ、豪華さをご覧下さい。

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国立考古博物館所蔵品、絵葉書。
このリボンのモザイク! つる植物の、つるの巻き方の表現!
是非、実物を見てみたいものです。

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「競技者の肖像」というタイトルで、いかにも闘技者のイメージが伝わります。
お相撲さんの髷にも似て、でも髪もお髭も金髪ですね。

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「リヴィアの肖像」 何と美人ではありませんか! これも是非実物を見たいもの。
      
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凛々しい美人で、そして唇が素晴らしい!! リヴィア とは誰? 皇妃?


***

では、アルティーノのご案内を少し。
      
ヴェネツィアの本土側、メストレから15~6キロ東にある町で、2年ほど前の冬、
名前も知らず訪れ、畑の真ん中の国立考古博物館に、レストランの時間待ちに入り、
かってはここに、大変繁栄した町があった事を知りました。

驚いて眺めた収蔵品のいくつかをご紹介、写真は国立考古博物館のパンフレットから。

入場券の絵馬。 このデザインをご覧下さい。 奉納の「絵馬」で、文字がギリシャ語。 

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馬のお尻側にある説明によると、金属の薄板で、初期ヴェネトの作、
ボルツァーノの一地方から発見されたとの事。
奉納の「絵馬」が、日本の物だけでは無いという事も知りました!



ガラスのカップ。 リボン状のガラスを型押しで作った物で、1世紀の最初。

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ガラスのコップ。 シリアのタイプ、吹きガラス製。1世紀半ばの作。

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ガラス製の骨壷。 型に吹き込み、磨いた物、とあります。  
何と美しいブルーで、形の良い事。 亡き人への愛情がこもる、1世紀始めの作。

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モザイク・水を飲む豹。 これも是非再訪して見たい作品で、素晴らしいイメージ。
       
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白地にブルーのモザイクですが、豹の目と口に赤い色が入っているのです!
植物の流れの線と、豹の量感。 凄いです。



お墓の上の、蓋の部分。 どうやら、お墓は一人用ではなく、家族とか、兄弟で
同じお墓を利用した様子。
前部の浮き彫りは、どうも子供の兄弟の様に見えますが、も少し大きくなってかな? 
そして上に犬が。 博物館には別の蓋もあり、そこにも犬がいました。

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2000年前の人々と、気持ちの距離が縮まる一瞬、愛情のあり方に違いはないと。



何も知らずに訪れた博物館で、最初に度肝を抜かれたのが、この彫像でした。

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この完成度の高さ! こんな彫像が、1世紀の始めにあった町なのです。


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・ コンバイ ・ COMBAI ・ 山村の初夏

今日は、コンバイのご紹介を。
この町は、コネリアーノから北西に30キロほどに位置し、
白ワインのヴェルディーゾ・Verdisoと、秋の栗祭りで有名な町です。

秋にまたご紹介するとして、今日は5月末の遅い春、
いや、既に初夏の様相を示し始めている、山村にご案内を。

コンバイには、ヴィットリオ・ヴェネトからバスで行けますが、一つ手前の
ミアーネ・MIANEで降り、3キロ程をのんびりと道草しながら歩きます。
ほら、お庭のオダマキが綺麗でしょ。  

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ミアーネの町はかなり大きめですが、も一つ手前のフォッリーナ・Follina
の町はも少し大きく、ロマネスク様式の見事な修道院もあり、
トゥレヴィーゾへ続く道との分岐点でもあります。

このミアーネもなかなか素敵で、こんな風にフレスコ画で飾られた家や、
土地の料理で有名なレストランもあります。

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最初のオダマキのあった同じお家で、薄いピンクも見事でした。
ちょっと路地を入ると、如何にものんびりとした雰囲気。

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このお家は、壁一面に白い薔薇が咲き乱れ、黄色、
そして真紅の薔薇も今盛りでした。

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家の並ぶ場所を過ぎると、畑が続きます。
まずはテントウムシ、コッチネッラ・Coccinellaといいます。

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珍しくもありませんが、ねぎぼうずはイタリアにもありますぞ!
この少し青緑の色が好き。

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このチョウは良く見ますが、名前を知りません。
テントウムシが一番左端の中程に。

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ミアーネの町を出外れ少し歩くと、山の上にコンバイが見えて来ます。
あそこまで登るのかと思うと、少しウンザリしますが、まぁ頑張って・・!

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やっと、手前の坂道の途中まで!  
一帯は大きな駐車場になっていて、秋の栗祭りには大変な人出で、
大型バスの観光客がどっさり押しかけるのです!

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見え難いですが、写真の一番下に「Benvenuti a COMBAI・
コンバイにようこそ」の立て札。 



少し町の上の方に登った所から。 町のちょうど真ん中を県道が通り、
西のヴァルドッビアーデネ・Valdobbiadeneに連絡します。
       
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町の北側は山腹に沿って這い上がり、葡萄畑、栗林に埋まります。



町の南側の高台に小さな教会と墓地があり、葡萄畑の間の道を
登りました。 5月下旬の葡萄畑、
既に小さな小さな葡萄の房が出来ていて!

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山腹にびっしりと広がる葡萄畑の様子をお見せできず、とても残念。
小さく起伏する山肌に沿って、うねりながら葡萄畑が広がります。

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この辺りも、コネリアーノからヴァルドビアーデネに続く「白ワインの道」に
含まれ、春に土地の白ワイン・ヴェルディーゾのお祭りが。



町の南の高台から、通ってきたミアーネの町が見えます。
北と南に山並みが流れ、谷の間に次々と小さな町が広がり、続きます。
ず~~っと奥に見える山の向こうに、ヴィットリオ・ヴェネトの町。

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先程よりも高く上った場所からの町の眺めで、北の山に這い上がる
家々の様子が良く見え、この北の家並みがなかなか古くて良い感じ。  
秋のシーズンに、ご紹介しますね。
 
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高台の上はちょっとしたお花畑になっていて、
町を見下ろす墓地の横で、こんな墓地のあり方もいいな、と思いつつ。

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梅? スモモ? 果樹の実が既にこんなに大きくなっていて、
実がなっているのを見ると、つい傍に寄って行きます!
いやいや、取ったりはしませんが、はい。

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