・ ミッソーニ ・ カレイドスコーピオ 展覧会

今日は、ちょっと変わった展覧会のご紹介です。
ミッソーニはご存知ですね?(多分皆さんの方が、私よりお詳しいと!)
イタリアのイメージ溢れる、多色使いの柄のセーターで有名ですが、
その彼が、彼の色、柄の編地を使った「つづれ織」を作った、
その展覧会なのです。

自作の「つづれ織り」前の、オッターヴィオ・ミッソーニ。 

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実はこの顔はTVでも見て知っていましたが、名前も知らずで、
いろいろ検索をかけ、間違いなく「彼、オッターヴィオ」と確認した私!
後ろの作品も素敵ですが、お元気そうで素敵ですね。
(今年2006年 85歳 ・ 1921-2013 )
縞のシャツに、縞のパンタローニ。 フム!



展覧会の事はまるで知らずで、つい2,3日前に坂の下の銀行で
知ったのですが、コンドミニオの経費を払い込に行き、
そこでこのパンフレットを見つけたという訳。
       
friuladriaが銀行名で主催の、caleidoscopio missoni展。
caleidoscopio・カレイドスコーピオとは、万華鏡の事ですね。
 
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なぜこの地方銀行が主催の展覧会なのか、と思い調べましたが、
主催地がゴリツィアとフリウリーヴェネツィアジューリア州なので、
フリウリ一帯に力を持つこの銀行がかかわったのかも、です。

ミッソーニは、アドリア海を挟んだ向こう側、
現在はモンテネグロのラグーザ(かってのドブロヴニク)で生まれ、
トリエステで、のちミラノで勉強したとの事。

彼のお母さんは伯爵夫人で、お父さんはオーストリア政権下
にあった時代に移住した判事(このあたり、言葉が少し曖昧です)
若い頃の彼は勉強はせず、もっぱらスポーツ選手(400M)
として活躍し、現在でもその記録は破られていないとの事!

戦後トリエステでスポーツ用のユニフォームを、4台の機械で
生産し始めたのが始まりで、地元の織布工場との繋がりが、
銀行との縁かもです。
       
パンフレットの中から、作品の写真と説明をご紹介いたします。

◆作品 1

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カレイドスコープの遊びのように混ぜられた、これらの羊毛の小片は、
蜃気楼や幻想を形づくる、が、物理の実質を併せ持つ。
はるか上空から見た地上のように;
不毛な砂浜、北方の湖、バラ色の砂漠、
暗い森と耕されたばかりの畑、疲れ果てた黄昏、
黄海の柔らかい泡、白、栗色、知られざる花畑。
そして別の図式を相容れない、構成の厳密さ。
文  Enzo Biagi

エンツォ・ビアージは素晴らしいジャーナリストで、この文章も美しい。

不毛な砂浜、北方の湖、バラ色の砂漠、・・疲れ果てた黄昏。
色が目に浮かびます。  
風に吹かれて、旅に出たくなるような・・。



◆作品 2

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ギリシャ語で「形を美しく見るもの」という意味を持つ、
「カレイドスコープ」
無尽蔵の、殆ど魔法の、多色の幾何学模様を終わる事なく創造する才能。
まさにこの言葉が、ミッソーニの仕事の全体の特徴として、
このモードとデザインの世界において、
比較するものが少ないこの創造一家の中で、(中略)
指し示している物、の特徴として、この言葉が展覧会の為に選ばれた。
・・パンフレットより



◆作品 3

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「カレイドスコープ」のテーマは、
終わる事なく色の形を崩し、再構成する視覚の媒介物。
パッチワークのそれにも似て、技術は布の切れはしから出発し、
常に新しい想像力豊かな眺めを形づくる。
パッチワークのテクニック、だが衣服を越えて、
1980年から90年の半ばにかけて
オッタヴィオ・ミッソーニの作り出した有名なつづれ織りの中に
行き着き先を見出す事になった。
・・パンフレットより  




◆作品 4

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これらの作品はAttems-Petzenstein邸の貴族の部屋と
大階段を埋める、
とりわけ、幾何学的な、緻密な、はっきりとした色の主張である。
そして、編み物の単体の装飾モチーフのヴァラエティーを使って、
視線を捕らえる。
だが素材の違いが表面の繊細な効果、色の響きをもたらす。
・・パンフレットより


「素材の違いが、同じ色を染めてもまるで違った物になる」
というのは、彼がTVのインタヴューでも話していました。 
草木染の本を見ても、絹に染めるのと、綿、麻に染めるのとでは
まるで違う色になりますから、その違いの事ですね。
媒洗剤によっても色が違って来るようで、奥の深い仕事の様子。




◆デザイン  

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最初の写真のバックに写る、パッチワークのイメージが大変強い、
デザインの下書きですね。
貴族の部屋2部屋には「記念碑的」2つの作品が展示されている。
つづれ織で包まれた回る円柱で、
特に「異質な物の調和」はAngelo Figusのアイディアから、
2005年の愛知博への、フリウリ・ヴェネツィアジューリア州の
参加の為に、ルーカ・ミッソーニが実現したものである。
・・パンフレットより

回る円柱の作品を、愛知博でご覧になった方もおられるでしょうね。



◆作品 5

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最初の展示の最後に、ミッソーニの仕事の中からのパッチワークの
衣類が選ばれ、単に布の類型の変化ではなく、
衣類の変化であることを展示している。
・・パンフレットより



◆作品  6

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展覧会の行程は、地階の、特徴的パターンの、
カレイドスコープのシリーズに続く。
これらは1953年に始まる、オッターヴィオとロジータ・ミッソーニの
第1歩であり、
彼らの独特のスタイルが決まり、たくさん真似され、
また真似できなかった物である。
・・パンフレットより



◆作品  7

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多色の縞、ジグザグ、波と様式化された花が
視覚的な効果で次第に大きくなる。
訪問者達を、芸術の中を馬で旅する事に巻き込むモードとデザイン。
・・パンフレットより



◆作品  8

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一連の遊びと視覚幻想が展覧会の中に広がり、
ミッソーニの色と装飾モチーフの実験をもとにした、
楽しい雰囲気が街のあちこちで呼び交わす。
遊びながら向き合う機会、目で感知する方法、の訪問を提供する。
・・パンフレットより



◆作品  9

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大きなカレイドスコープがやむことなく、
色のイメージの、汲みつくせない創造の過程の、
視覚変容を、生じさせる。
・・パンフレットより



◆作品  10

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視線を捕らえ、魅惑し、喚起し、
魔法にかけ、惑わし、揺り動かす          
・・マリウッチャ・カザディーオ(パンフレット)


展覧会は、2月12日~6月4日 
ゴリツィア・Attems-Petzenstein邸  入場料 6エウロ
国鉄駅前より バス1番 で。


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・ イタ犬 ・ あちこち 

今日は久し振りに、イタ犬のご紹介を。
が、猫の写真はたくさんあるにワン君は少なく、ストックがなかなか・・。  
まぁ、何とか楽しんで頂けそうなのを見つけ、  どうぞご覧下さい!

ヴェネツィアの2階の窓から顔を出し、お母さんが帰ってくるのを待っています。
この後すぐに遥かに姿を見つけ、大きな声で鳴き出しました。
マンマ~、お帰り~!! マンマ持って帰ってくれた~? 
あれ、何?!

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ヴェネツィア・マッゾルボ島のかなりお年のワン君ですが、まだまだ元気。 
大きなお腹の毛並みが、ちょうどチャックをつけたようで・・!
少し運動不足ですよ、君ィ!

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ヴェネツィアはSS.ジョヴァンニ・パオロ教会前に繋がれていたワン君。
しっかり脚を踏ん張って、きりっと前を見て、
後ろの壁のライオン君に負けてはいません!

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でこのライオン君、残念な事に顔が切れているので、下に再度。



前にもこの写真をご紹介しましたが、私は秘かに彼に、このライオン君に
名前をつけているのです、アントニー・クインと!  
どうぞご覧を。 そっくりだと思われません?!

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モンセーリチェの山の手、お城への道にあるこのお屋敷。
ふと石段の上を見ましたら、彼がこちらを見ていて。
それにしても、すごいお屋敷でしょ?!

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ホントに犬がいるかいな、とお疑いになった方、空目(からめ!)の方に、再度。
ホラ、ちゃんといるでしょ、ラヴラドル君が。
      
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彼一人で取り仕切れるのですかね、お屋敷の見張りは? 
なんだったら、私もお手伝いに・・!
彼となら、イタリアの歴史についてもあれこれお話できそうだし・・!



コネリアーノ中心部から我がスコミーゴ村までは8キロですが、その道筋にある
植木屋のガードマンを勤めるシロ君。
なに、本当の名は知りませんが、「植木屋ケンちゃん」にちなんでね。

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夜暗い時でも自転車のベルをチリチリと鳴らすと出て来て、
「シロ~!」と呼ぶ私の声に、道に沿ってながーく続く植木屋の中の道を、
吠えながら走ってくれるのです。
警戒警報でない証拠に、彼が吠えても他の犬は吠えません。

そりゃそうよ、我らの愛情交換だもの、私も同じ様に吠えるんだ!


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・ ヴェネツィア ・ サン・マルコ聖堂 Basilica di S.Marco 

4月25日は、イタリアは第2次世界大戦終了の開放記念日で祭日です。

同時に、ヴェネツィアの守護聖人である聖マルコの祭日ですから、
このビザンチン・モザイクの宝庫でもある、
サン・マルコ聖堂の内部をご案内いたします。

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聖堂の起源は、9世紀ヴェネツィアの2商人がエジプトのアレクサンドリアから、
聖マルコの遺体を、10隻のガレー船に隠し運んできた事に始まります。

それまでの街の守護聖人は小広場の2本の円柱の一方の上にお出での
サン・テオドールでしたが、サン・マルコの方が格が断然高いとの事で、
ここに地中海制覇をかけるヴェネツィア政府の政治手腕が密接に絡んだ、
聖堂の起こりとなりました。



少し見難くいですが、この厳しい古い正装に身を包んだお方は、
押し寄せる観光客が、興味半分にミサに加わったりしないよう、
夏など、半パン、タンクトップ姿で教会に入ったりしないように、
入口で番をしておられる方なのですぞ!

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聖堂内部、奥へと続く様子ですが、足元の床の模様にご注目を。
歩いている分には見逃しがちですが、この様に隙間なく模様が施されて。
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内陣の一番上にキリスト像が、そしてその下に聖人像が、モザイクで。

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この写真では結構明るく見えますが実際は薄暗く、
その中に金色のモザイクが密かに煌きます。



上の写真とほぼ同じ場所ですが、足元部分がもう少し良く分ると思い。
写真は2枚を上下に重ねたもので、この暗さが実際のイメージに近いです。
内陣前部にパラ・ドーロと呼ばれる、黄金製の宝石が散りばめられた衝立が。

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これがそうですが、余りに高価すぎて、私にはちっともありがたみが・・!
裏側は普通の祭壇画になっていて、そちらの方が余程・・。

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内陣への入口部の壁の上部には、ほら貝を持った天使がいますし、
子供のキリストを抱いた聖母像も。

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向こう側の壁の上、翼を持ったライオン、サン・マルコのシンボルである
ライオンが描かれていますが、手が見えるのが何かとても可笑しいイメージ。



手前にパイプオルガンがあり、その背後のモザイク画の中で、天使達が槍や刀を
持って追いかけていますが、最後の審判のモチーフでしょうか。
ここのモザイク・テクニックはかなり新しい感じなので、後年の物でしょう。

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キリストのジェルサレム入城と。
黄金背景の古いビザンチン・モザイクですが、デザインの大胆さ!
流れる線の表現が、とても新鮮に感じられます。
 
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これは壁の厚みを、アーチが幾重にも奥に重なっているのを、見て頂こうと。
壁のでこぼこが、かなりはっきりと見えるでしょう?

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長い時代を経るうちに何度か教会内部の修復が行われていると見えます。
聖人のモザイク・テクニックをご覧下さい。大変繊細な線と色の表現です。

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そして聖人のバックの黄金背景部分は、すべらかですが、
その左には、はっきりと修復の違いが見分けられます。



聖堂上部の西側の天井部で、この壁の盛り上がりに目を引かれたのでした。 
壁がこうして波を打つ、上の部分に床の段差があるのでしょうね。
そして尚且つモザイクが施されている、この執念!

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ちょっと休憩して青空を。 聖堂正面張り出しの上にいる4頭の馬。 
トルコとの戦争に勝ち、イスタンブルから分捕ってきた黄金の馬。
  
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勿論これはレプリカで、以前は反対側の馬の写真をご覧頂いたので、
今回はこれを。 少し窮屈な場所ですが。



サン・マルコ聖堂上の博物館にいる、こちらが本物の黄金の馬4頭。 

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トルコが敗れ、ヴェネツィアがナポレオンに敗れ、そしてナポレオンもで、
この馬のいる所、国敗れる、という伝説が。 でもそこに大人しくしていてね。
素晴らしい馬ではあります。



これ、誰か分りますか? サロメです。
ほら、頭の上にお盆に載せたヨハネの首を掲げて踊っています。 
左手の指がVサインの様で、可笑しい。

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追記します。
このサロメのモザイクが見たくてどこにあるのか探し、場所が分かりました。
聖堂内部右側の洗礼堂のモザイクだそうで、普通公開されていない場所と。
となると、なお見たい気がしますが!



多分この場面が、アレクサンドリアから聖マルコの遺体を運び出した場面 
と思うのですが。
上が運び出している所で、荷車にのせ、上から豚肉で隠し運んだとか。
下の場面が、ガレー船で運んでいる所。

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絵のデザインは稚拙ですが、逆に新鮮で生き生きしていると思われません?
ここにもパイプオルガンがあり、演奏者用の椅子も見えます。
どんな音でしょうか、聴いてみたいものですね。



モザイクの様子をアップで。 一面に金色に見える所も、
こうして見ると色々な金色が混ざっている事が、良く分ります。

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既に剥げ落ちた所もあり、割れた所もあり、ぐらついている所もあり・・。
それでもまだ、10世紀を越え、ここにあります!



この柔らかい線、そして量感、色。 本当に素晴らしいと思います。
職人の手業ではありますが、それを越えた精神、を感じます。

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これは上から見た床の一部。 聖堂内部の床、全てに柄が施されています。
全て、一つ一つの色違いの石の欠片からなっている訳で、
その技と根気に思いを馳せます。

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今日4月25日は上記した通り、サン・マルコの祭日ですが、
また、ボッチョロの日・蕾の日でもあります。
サン・マルコ広場では、赤十字主催で「赤い薔薇の蕾」が売られます。
愛する人への贈り物とか。

私からも皆さんに 薔薇の蕾を! 
赤い色の蕾が見つかりませんでしたが、心を込めて、バラ色の薔薇の蕾を。

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・ 生ハムとユダヤ人の足跡 フリウリ・ヴェネツィアジューリア

今日はちょっと趣向を変え、旅行雑誌「Traveller」の特集、
フリウリ・ヴェネツィアジューリア州の
「プロシュット・クルード(生ハム)と ユダヤ人の足跡を尋ねて」の
ご紹介で、写真は全てこの雑誌からスキャンした物。


食いしん坊、奮い立て!

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食道楽の特別な食材、土地の特産品が多く産出される州の
フリウリ・ヴェネツィアジューリア州は、
世界に有名なワインとプロシュットを誇っている。
注目に値するフォルマッジョ(チーズ)の種類、
グラッパ(食後酒)の製造における長い伝統、
オーストリア・ハンガリーの菓子製造に遡る、洗練されたお菓子。
 
写真は、チーズの熟成具合を調べている場面。 
下の地図番号10のEnomonzoのチーズ製造所。 



地図をどうぞ
上(北)の方から、今日ご紹介する土地の番号を。

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17. Sauris・サウリス・この辺りはカルニアと呼ばれる地方。
15. San Daniele del Friuli・サン・ダニエレ
9. Cividale del Friuli・チヴィダーレ
5. Cormons・コルモンス
4. Gorizia・ゴリツィア
1. Trieste・トリエステ
・ Gradisca d'Isonzo・グラディスカ・ディゾンツォ
  地図に番号がありませんが、4の南西に。



プロシュット・クルードの熟成
写真は、サン・ダニエレのProlongo・プロロンゴ という土地の、
生ハム製造所の熟成庫。

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生ハム製作工程
これは、stuccatura・ストゥッカトゥーラ と呼ばれる工程で、
粉と脂で作った練り物を、切り口部分に塗っているシーン。
これはどこの生ハム製造でも行われる工程で、
  
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これをしなくて済むのは、サン・ダニエルの一部でも製造される、
ブナや楓の木での低温燻製工程する製品のみとの事。



コルモンスのD'Osvaldo・オズヴァルド の熟成シーン
この製造所では、年間1000本のみ製造し、購買には
1年前の予約が必要との事で、楓の木を使った低温燻製の生ハム。 

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北フリウリ、サウルスの風景

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北イタリアといっても、完全にチロルの風景ですね。 
この辺りはカルニアと呼ばれ、谷ごとに独特の文化、風習が
あるといいます。  
写真のキャプションは「おとぎ話の舞台」。 まさに!



サウリスのWolf・ヴォルフ の熟成庫
ここも低温の燻製工程を経る製造所で、 
燻製工程というのは、ケルト・ドイツの伝統との事。

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ここでは、ブナとビャクシンの木を乾燥させ、燻製行程に
使うそうで、こうして並ぶのを見ると、壮観ですね。



サウリス・Wolf の売り場

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この生ハムを薄く削る器械はイタリア各地のバールでも、
つまりパニーノ(パンに生ハムをはさんで作るサンドウイッチ)
を売る場所、またスーパーでも何処でも見かけます。

で、パニーノには、何枚くらい生ハムを挟むと思います? 
数えた事はありませんが、日本の常識的枚数でない事は確か!!

この写真に見える天井のそっけない電灯、素敵ですね。 
この電灯から、店の様子、村のイメージまで想像できますでしょ。



トウモロコシの皮むき。
この写真が伝えるイメージが、まさにフリウリのイメージです。 
豊かで、素朴で、質素な昔ながらの農村。 
フリウリのイメージは、懐かしさをもたらします。

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「ポレンタ・polenta」ご存知ですか?  
トウモロコシの粉に水を加え、ぐるぐると長い時間かき回しながら
作る料理、いわばパンの位置に当たります。

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魚料理の付け合わせに、サルシッチャと呼ばれるソーセージと共に食べ、
出来たのを売ってもいますが、実際に作って食べるのとはダンチの味。

写真は、銅の鍋(この形がポレンタ用)を炉の火に掛け、
トウモロコシの粉を入れている所。




ゴリツィアのシナゴーガの広い内部、1700年代の物。 

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ヴェネツィア・ゲットーのシナゴーガを見物した事がありますが、
もっと狭かったような。

シナゴーガというのは教会と違い、集会所のイメージがある様ですが、
詳細についてはまだ知りませんです。



トリエステの詩人、ウンベルト・サバの肖像

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 トリエステには
 閉ざされた ながい悲しみの日々
 ぼくが自分を映してみる道がある。       
 名は「旧ラザレト通り」。
 どれもおなじ古い養老院に似た家並。
 だが その中に ただひとつ 明るい調べが。
 両側の家の盡きるところが 海なのだ。
 ふと 薬やコルタルの匂いがし
 店先に人影のない倉庫などが あり
 船の ロープの類やら
 網など売っている。 看板がわりに
 旗を掲げた店もある。 中では たまにしか眼も
 くれぬ通行人に背をむけ  血の気のない
 顔で色とりどりの万国旗の上に身を屈めた女たち
 が人生の罰を償っている。 無辜の女囚たちは
 暗い顔で たのしげな旗を縫っている。
      
 ウンベルト・サバ 「三つの道」より  須賀敦子・訳
注:ウンベルト・サバ・Umberto Saba(1883-1957)は
トリエステ生まれの詩人で、ユダヤ人であった母親から受けた血に
彼はとても愛着を持っていたと言い、
この詩も、彼の溢れる優しい眼ざしが良く感じられる一篇と。



トリエステの歴史的カフェ、「サン・マルコ」
作家、文学者、愛好家達の出会いの場所でもあったとか。
   
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手前に見える新聞「IL PICCOLO・イル・ピッコロ」は、
トリエステの地方新聞。


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・ ヴェネツィア・ サン・ジョルジョ・マッジョーレ島

今日は久し振りにヴェネツィアのご案内、サン・マルコ広場の正面に見える 
サン・ジョルジョ・マッジョーレ島 S.Giorgio Maggioreを。

ゴールデンウィークも近く訪れる予定の方、是非鐘楼に昇って下さいね。  
教会の奥のほうに、エレベーターがあります。
エレベーターは、アシェンソーレ・ascensore、矢印があるので分りま~す。

サン・ジョルジョ・マッジョーレの写真は、大体サン・マルコ広場からなので、
斜めになりますから、今日は真正面からの様子をまずご覧に。

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この角度はヴァポレットから可能ですが、デッラ・サルーテ聖堂の先にある、
ドガーナの三角の先っちょからも同じ様子が見れます。



聖堂正面の聖人を仰ぎ見て!
教会前の広場は余り広くなく、これで確か精いっぱいだったと。

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鐘楼の円錐の屋根の下の茶色の壁の部分、リボンの飾りが優雅でしょ。
そしてその下の2本の円柱のある部分、あそこまで昇る事ができ、
ヴェネツィアが一望です!

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所で、一番上の天使像が何年か前に落下したのです、下の教会に。
その時、教会の中では結婚式が行われていたとか! 
皆さん、さぞビックリされたでしょうね?! 幸い怪我人は無かったと。 



鐘楼の上から、サン・ジョルジョ教会の建物の内部が見れます。

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以前G7(当時は)の会議が、ここサン・ジョルジョで開かれた事がありますが、
建物の大きさを見ると、なるほどと頷けます。



上の写真の右側、円形の植え込みが、綺麗に作られているのが見えます。
修道院、図書館、会議室 ecc といった所でしょうか。

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これは建物東側にあるヨットハーバー。
この写真だけ見ると、ヴェネツィアのイメージではないでしょう?

6-20060419220134_t_t_GF.jpg



こちらはリド島の眺め。  
ヴァポレット(水上バス)はサン・マルコ前からず~っと東に行き、
それから手前の海に見える杭を打った航路に沿ってリド島に向かい、
真ん中に見える丸いドーム、あの辺りに到着です。 ドームは慰霊碑。

7-20060419214946_t_t_GF.jpg



鐘楼上の鐘で、結構大きいのです。 全部で幾つあったか、数もかなり。
日本のお寺の鐘と違って、こちらのはメロディーを奏でますから、大小様々。

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で、ちょうど上にいる時に鐘が鳴った事があります。 すごかったぁ!       
鐘の音は、遠くの野辺から風にのって聞こえるが良い、これが真実で~す。



この水路は、サン・ジョルジョから南に向かう航路。 
右に少し見えるのがジュデッカ島で、間をすり抜け、
以前御紹介したサン・ラッザロ島に向かいます。
幾つも小さい島があり、間をゆるゆると曲がりながら、通りぬけます。

9-20060419223314_t_t_GF.jpg



サン・ジョルジョからの眺めには、やはりこれがないと寂しいですね。
サン・マルコ小広場、ドゥカーレ宮、サンマルコ教会の丸屋根、そして鐘楼。

10-20060419215719_t_t_GF.jpg



最後のこの写真は、教会正面から西に向いての方角。
下の三角形の3体の聖人が、最初にご覧頂いた教会正面上の聖人で、
左の丸屋根の上が、槍と退治したドラゴンを手にするサン・ジョルジョ。 
 
11-20060419215900_t_t_GF.jpg

運河の向こう右に見えるのが、三角に突き出したドガーナ(税関)と、
その奥に、サンタ・マリーア・.デッラ.サルーテ聖堂。

サン・ジョルジョの頭の辺り、棒のように伸びる物、お分かりですか?
これは7月の末に行われる、ジュデッカ島のレデントーレ教会のお祭り
の時にかかる、臨時の橋です。
この橋についてはまた、改めてご紹介致しますね。 
     

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それもご了承下さいませ。

・ 山里 レーゼラの春 ・ Resela

我がスコミーゴ村から北へ8キロのヴィットリオ・ヴェネトから
西に向かう道は、四季を通じ素晴らしい風景を展開します。
今日は、ヴィットリオ・ヴェネトから14~5キロに在る小さな村、
レーゼラの春をご案内です。

この日お天気は大変素晴らしく暖かく、もわっと春霞が立ち、光煌き。
野原の中を少し歩き、村に向かいます。

1-20060417222559_t_t_GF.jpg



県道筋を行くバスからは、少し遠くの丘の上に村の教会が見えるので、
何度もバスの窓から眺めるうちに、行って見たいと思い。
遠くの丘の上に小さな教会が見えると、どなたも行って見たいと思うでしょ。

2-20060417222417_t_t_GF.jpg



ヴィットリオ・ヴェネトから西に向かう道の北側は、山が屏風の様に連なり、
ちょうどこのレーゼラの北に、サン・ボルドという峠があり、
山の向こうの北、ベッルーノ方面に抜ける事ができます。

3-20060417222509_t_t_GF.jpg



南向きの斜面には既に春が届き、桜が満開。
農家の前の斜面には、葡萄畑が広がります。

4-20060417222324_t_t_GF.jpg



レーゼラの村は県道より南にあり、村への道は点在する農家に近寄り、離れ、
ゆっくりと曲がりつつの坂道。  
蛇行しながら続く道、懐かしい感じがしませんか? 

5-20060417222648_t_t_GF.jpg



県道から離れた村なので、歩いていると何処かからの視線、
よそ者を見る視線を感じますが、
でも、この少女はすぐ話しかけてきて、子犬のようについて回りました!
蟻塚の位置を教えてくれたり、教会の納骨の位置を話したり・・。

6-20060417222145_t_t_GF.jpg

彼女の犬の名がピッポで、お父さんは近くのアグリトゥリズムで働いている、
そんな事は覚えているのに、彼女の名は・・!

  

写真は4月10日ですが、 既にこの時藤の花が咲きかけていました。
場所の日当たりが良く、北風をさえぎっている場所だったのでしょう。
日本のように、花の咲く順番は余り関係しません。

7-20060417222737_t_t_GF.jpg



村は結構高い位置にあり、眺めが良く気が晴れます。
既に耕された畑の土の色、まだ草原のままの所が筋になって。

8-20060417222918_t_t_GF.jpg



ローズマリーが花をつけていて、こういう埃のかからない場所のを少し失敬。

9-20060417223011_t_t_GF.jpg

じゃがいもを電子レンジでチンとやり、皮をむき、大きめに切り分け、
フライパンに。 オリーヴオイルで炒め、仕上げにローズマリーを散らし、
塩で調味して出来上がり。

すこしこんがりする位に炒めると、こんなに簡単なのが信じられない程、
美味しい一皿が出来上がりです。
だまされたと思って、お試しを!



少しピンク色に見えますが、白い桜です。  そして満開!

10-20060417223149_t_t_GF.jpg



近所のこの村は平地にあり、一かたまりに古い農家が並んでいます。 
古くからず~っと続く村の営み、見る度に、そんなイメージを受けます。

11-20060417224241_t_t_GF.jpg



これ、スカンポではないですか?  
スカンポ、スカンポ、ジャワ更紗・・、と小さい頃歌いましたっけ。

12-20060417224738_t_t_GF.jpg



◆おまけ アスパラジ・ビアンキ  
八百屋さんの店先のウインドウの飾り付け、緑のアスパラと一緒に白いアスパラ、
アスパラジ・ビアンキ。

13-20060417171602_t_t_GF.jpg

手前に鳩の飾りが見えるのは、パスクワ・復活祭のシンボル。



こちらは毎週木曜の、野菜売りのトラックが運んできた物。

14-veneto124_t_GF.jpg

色も、太さも、長さもまちまち。  でも美味しい!  
春をしっかり味わって頂きます。


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・ 山里 レーゼラの春 ・ Resela

我がスコミーゴ村から北へ8キロのヴィットリオ・ヴェネトから西への道は、
四季を通じ素晴らしい風景を展開します。
今日は、ヴィットリオ・ヴェネトから14~5キロに在る小さな村、
レーゼラの春をご紹介です。

この日お天気は大変素晴らしく暖かく、もわっと春霞が立ち、光煌き。
野原の中を少し歩き、村に向かいます。

1-20060417222559_t_t_GF.jpg



県道筋を行くバスからは、少し遠くの丘の上に村の教会が見えるので、
何度もバスの窓から眺めるうちに、行って見たいと思い。
遠くの丘の上に小さな村の教会がある、行って見たいと思うでしょ、どなたでも。

2-20060417222417_t_t_GF.jpg



ヴィットリオ・ヴェネトから西に向かう道の北側は、山が屏風のように連なり、
ちょうどこのレーゼラの北に、サン・ボルドという峠があり、
山の向こうの北、ベッルーノ方面に抜ける事ができます。

3-20060417222509_t_t_GF.jpg



南向きの斜面には既に春が届き、桜が満開。
農家の前の斜面には、葡萄畑が広がります。

4-20060417222324_t_t_GF.jpg



レーゼラの村は県道より南にあり、村への道は点在する農家に近寄り、離れ、
ゆっくりと曲がりつつの坂道。  
蛇行しながら続く道、懐かしい感じがしませんか? 

5-20060417222648_t_t_GF.jpg



県道から離れた村なので、歩いていると何処かからの視線、よそ者を見る
視線を感じますが、
でも、この少女はすぐ話しかけてきて、子犬のようについて回りました!
蟻塚の位置を教えてくれたり、教会の納骨の位置を話したり・・。

6-20060417222145_t_t_GF.jpg

彼女の犬の名がピッポで、お父さんは近くのアグリトゥリズムで働いている、
そんな事は覚えているのに、彼女の名は・・!



写真は4月10日ですが、 既にこの時藤の花が咲きかけていました。
場所の日当たりが良く、北風をさえぎっている場所だったのでしょう。
日本のように、花の咲く順番は余り関係しません。

7-20060417222737_t_t_GF.jpg



村は結構高い位置にあり、眺めが良く気が晴れます。
既に耕された畑の土の色、まだ草原のままの所が筋になって。

8-20060417222918_t_t_GF.jpg



ローズマリーが花をつけていて、こういう埃のかからない場所のを少し失敬。

9-20060417223011_t_t_GF.jpg

じゃがいもを電子レンジでチンとやり、皮をむき、大きめに切り分け、
フライパンに。 オリーヴオイルで炒め、仕上げにローズマリーを散らし、塩で調味。
すこしこんがりする位に炒めると、こんなに簡単なのが信じられない程、
美味しい一皿が出来上がりです。
だまされたと思って、お試しを!



少しピンク色に見えますが、白い桜です。  そして満開!

10-20060417223149_t_t_GF.jpg



近所のこの村は平地にあり、一かたまりに古い農家が並んでいます。 
古くからず~っと続く村の営み、見る度に、そんなイメージを受けます。

11-20060417224241_t_t_GF.jpg



これ、スカンポではないですか?  
スカンポ、スカンポ、ジャワ更紗・・、と小さい頃歌いましたっけ。

12-20060417224738_t_t_GF.jpg


◆おまけ  アスパラジ・ビアンキ
  
八百屋さんの店先のウインドウの飾り付け、緑のアスパラと一緒に白いアスパラ、
アスパラジ・ビアンキ。

13-20060417171602_t_t_GF.jpg

手前に鳩の飾りが見えるのは、パスクワ・復活祭のシンボル。



こちらは毎週木曜の、野菜売りのトラックが運んできた物。

14-veneto124_t_GF.jpg

色も、太さも、長さもまちまち。  でも美味しい!  
春をしっかり味わって頂きます。


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・ トリエステ ・ ミラマーレ  Miramare 

ミラマーレのお城は トリエステから西に7キロのグリニャーノに。

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19世紀の半ばに造られた新しいお城ですが、背後に広大な
植物園を抱え、トリエステ湾に望み素晴らしい眺望を持ちます。



トリエステの高台にあるヴィットリア灯台、ファーロ・ディ・ヴィットリア。
一度歩いてここまで行った事があります! 

2-20060404203046_t_t_GF.jpg
 
1920年代後半に造られたとの事で、灯台の足元には兵士の像、
灯台の天辺には羽を高く上げた勝利の女神が。
夕方街の港から、灯りがクルリ、クルリと回る様子が見えます。 



この一帯の背後は、イル・カルソと呼ばれる石灰岩質の地形で、
海に近い所では絶壁になり、素晴らしい眺望を形づくるのは、
「ドゥイーノ・リルケの小道」でご案内した通りです。

3-20060404203135_t_t_GF.jpg



トリエステからバスに乗り、街を出てすぐ左手にはずっと海が続きます。
砂浜は殆どありませんが、海辺に沿って道が続き、散歩に最適。

4-20060404203320_t_t_GF.jpg

お天気が良く、お時間のある方は、街を出て松林が始まった辺りで
バスを降り、向こうに見えるお城まで、ゆっくり歩くのも一興かと。
イタリアに来られた時ぐらい、ゆっくりと如何?!



これは東を写しているので、突き出す半島が見えますが、
トリエステの海は本当に広く、遠~くまで。
 
5-20060404203411_t_t_GF.jpg

電車で訪れるとモンファルコーネ辺りから海が見え出し、
トリエステに近づくと高い所を走るので、
眼下に海が広がり、煌き、本当に爽快です!



既に、ミラマーレのお城にかなり近づいた辺り。  
一帯の海は自然、野生動物保護の下に置かれ、鴎もいっぱい。

6-20060414173751_t_t_GF.jpg

パンを放り投げると、空中キャッチの妙技を見せてくれ、
鴎と、目が会うのですよ!!   向こう奥が、トリエステ。



この海の水をご覧下さい。 大変澄んでいる事が良くお分かりと。
  
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トリエステのような大きな街、港の傍にあっての事ですから、
まだまだ、イタリアは良い国!  ね、そう思われません?!


これはお城の門を入ってからの写真。  
青い海、青い空、白いお城。

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お城と庭園、マッシミリアーノ、カルロッタ。   

9-20060411161048_t_t_GF.jpg

マッシミリアーノ(1832-1867)はメキシコ皇帝になった時、33歳。 
そして3年後革命が起こり、銃殺刑に。
カルロッタは確か、かなり彼より若かった筈。(1840-1927) 
運命というのか、まだ若い二人を襲ったのは過酷な人生でした。

お城や庭園の様子をご覧下さい。  
奥の庭は、もっと鬱蒼とした森、というべき様子です。

注:マッシミリアーノは、ウィーンのハプスブルグ家、オーストリア帝国の
最後の皇帝フランツ・ヨハンの弟で、
カルロッタはベルギー王室出身で、2人は1857年7月に結婚。
1864年4月にメキシコ皇帝となるのを受諾、このミラマーレから船出、
後3年後に悲劇の運命に。
カルロッタはヨーロッパに戻ったものの、正気を失ったまま後の長い人生を。



お城内部・玉座の間で、壁に貼られた紅い絹には MIM の
イニシャルが織り込まれていて、
マッシミリアーノ・インペラトーレ・メッシコを現し、彼自身のデザインと。

10-20060411161230_t_t_GF.jpg

この素晴らしく広く晴れやかな玉座の間に比べ、
御寝所は質素なイメージのモスグリーンの色でした。



庭園からのお城の眺め。
  
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右手に突き出している突堤の先に、スフィンクスの様な像がうずくまり、
ウィーンのベルヴェデーレ庭園にも、もっと大きな物がありました。
ハプスブルグ家に関連しているのでしょうね。 調べてみます。
     


「リルケの小道」のドゥイーノに近い場所だったと思うのですが、
この入り江に近いレストランで、食事をしました。  
なかなか素敵な入り江でしょ。

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4月の初めで、イカ墨のスパゲッティと魚のグリルを食べた記憶が。
店主は、イカ墨のリゾットの方が美味しいと、食べた後で言うアホ!


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・ モンセーリチェの猫 ・ Monselice 

モンセーリチェはパドヴァから南へ約22キロ、フェッラーラ、ボローニャへの
道筋にあり、まだ行った事は無く大変憧れているアルカ・ペトラルカにも
近い場所にあります。

町は静かで、半分眠ったようなイメージを与え、古いお城が山の上にあり、
この町とお城は、また改めてご紹介しますね。
今日はここの猫さんたちを。  ここも猫の多い町だったのですよ。
      
町が半分眠っている様な、と書きましたが、この日広場ではちょうど「市」が
たち賑わっていました。 が、それから少し高台にあるお城に向かうと、
殆ど人の姿を見ることも無く・・。

こういう町では、猫さんたちが元気はつらつ!お天気の良い春の一日で
暑い位でしたが、金網に囲まれた草原には白黒半仮面の子が!
他にも、仲間がいて、ぼうっと写っているのは、手前の金網の一部です。

1-20060404230102_t_t_GF.jpg



お城へ至る坂道の途中、こんな坂が左右にも。
奥には古い邸宅とか見えるのですが、余り使われる事も無い坂には落ち葉が。
こうなると、誰用の坂道?  もちろん、猫さん用よね。

2-20060404230901_t_t_GF.jpg



道の上から見下ろすのはまだ若い猫さん。 遠くを見つめる眼をして。
きちんと両手をそろえて、どうやら女の子のよう。
まぁさか、三つ指はついてはいないでしょうね?!

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最初の白黒の猫のいた同じ叢の白いぷっくりさん。  
大変な美人猫に見えたのですが、こうして写真を見ると、少しきつい顔。
う~~ん、難しいですねぇ! モデルになる、する、というのは!!

4-20060404230155_t_t_GF.jpg



ふと坂道の下を見ると猫がいて、なんとなく、目が会うという形になりました。
すると彼は、ゆっくりと、私を見ながら坂を登って来るのです!
おお!! うちの事、好きぃ?!

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この坂道の古い石畳、家の影が落ちている所、なかなか良い感じでしょ?
そして、ゆっくりと坂を歩いてくる猫さん。 様子を想像して下さいな。
こちらも、心にゆっくりと何かが満ちてくる感じ・・、私大好き!



ゆっくりと坂を登り、そばに来て、ゆったりとしゃがみ込みました。
この鼻の汚れ、野良君でした。   
で、この口ひげ!! うう!、と笑いそうになったのですが、こらえて、
でも、何も差し出せるものも無くて・・。
       
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折角来てくれたのに、本当に申し訳ない思いになりました。


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・ 日本の花・桜 と、フィオレンツァの華・ボッティチェッリのヴィーナス

3月に日本に帰った時、桜には少し早くてと書きましたら、
以前、ヴェネツィア、サン・マルコの時計塔の覆いの写真、
素晴らしい美女の写真を送って下さり、皆さんにもご紹介した、
グロリオーザさんが早速に桜の写真を送って下さいました。
で、そのうちの一枚、ちょっと趣向を凝らした写真をご覧に。

◆日本の染井吉野と、フィレンツェのヴィーナス

sP1010019_t.jpg

グロリオーザさんの説明によると、これは昨年上野美術館での
「ベルリン至宝展」の際、表のポスター横の染井吉野が
咲き誇り、差し掛かって咲いていたのを、写されたものと。
ブログに使っていいですよ、との事で、勿論早速頂きました!

ボッティチェッリのヴィーナスと、日本の桜、
何とまぁ素晴らしいですね。
春爛漫、 まさにこの言葉がぴったりです。 
       
ヴィーナスの美しい事!
ボッティチェッリの優美な線と、余り生の肉感を感じさせない
量感が、外の太陽光線の下でも、涼やかに見る者を魅了します。

バックの黒い色については、実際実物がこの色だったのか、
それともポスターでヴィーナスのみ、という事で黒いのかを、
グロリオーザさんに尋ねましたが、覚えておられませんでした!
余程、ヴィーナスに見とれたものと見えます!  
資料も紛れて見つからないとの事。

この展覧会をご覧になり、覚えておられる方、
御知らせ頂けませんか。



◆フィレンツェ・ウッフィツィ美術館のヴィーナス

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こちらがかの有名な「ヴィーナス誕生」です。

春の西風ゼッフィロの一吹きで髪の毛を乱しつつ、今誕生したばかり。

写真は雑誌からスキャンし、少し、色を明るくしてみましたが、

この絵は、下に金箔を敷き詰めた上に描いた、と言われていますし、 
そして、テンペラ画の色の特徴、絵の感じからして、
実際この位「晴れやかな絵」ではなかったでしょうか?

想像してご覧あれ! 
 
現在よりも薄暗い部屋の中で、
この光り輝くヴィーナスに、魅了される人々を。
灯火煌き影揺れる時、ヴィーナスが動くかの様だったでしょうね。

我々は、余りにも見えすぎる中にいて、
逆に何かを失っているのかも知れません。


こうして絵の写真を2枚続けて並べてみると、違いが良く分りますね。  
上の写真の背景の、黒のインパクトが如何に強いかが。

上のヴィーナスの肌の色の方が大変綺麗に見え、透明感さえ受け、
そして、腰を少し強くくねらせています。
制作年代が分りませんが、私の感じでは
「ベルリン」の方が後の様に感じます。 


実は「黒いバックの裸婦」という事で、
最初はこれに続けてクラナッハの「イヴ」の写真を載せようかと、
準備したのですが止めました。
というのも、ボッティチェッリとは違うエロスが強いので。

女性像、特に裸婦像は、描く人の個性が一層強く出る様です。
ボッティチェッリの裸婦が涼やかで、太陽光線の下でもいやらし
く感じないのは、
彼自身が、女性美に魅かれて描いたというよりも、
単に、形の美しさを追求して描いたのではないでしょうか?
どうもそんな気がします。

ダ・ヴィンチの「モナリザ」も美しいですが、余り女性美は感じませんね。
あれと同じ理由ではないかと、考えます。

注:ダ・ヴィンチも、ボッティチェリもホモだったという説もありますから、
  案外それが、女性像、裸体を描いてもエロスに直接結びつかないのかも、
  というのは、これを書いた当時は書き控えた事の一つでした。2018.8.21
 
   
今回は、グロリオーザさんに写真を提供して頂いて、
思いもかけず、ボッティチェッリの「春の寓意」についでの
「ヴィーナスの誕生」がアップ出来ました。
好きな画家、好きな絵で、感謝しています。

★★ 追記です

グロリオーザさんよりメールを頂き、「ベルリン」のヴィーナスは、
やはりバックは黒で、他には何も描かれていないそうです。
「ボーデ博物館」(ベルリンの博物館島にあるとの事)の所蔵品だそうで、
この博物館島には「ベルガモン博物館」というのもあるそう。
グロリオーザさんは、この「ベルガモン」の方だけご覧になっていて、
上野でこのヴィーナスを見られた時は、驚かれたとの事でした。


如何ですか、いろいろ推測の余地が出てくる感じがしませんか?
なぜ、イタリアの作品では余り例のない、黒いバックに描いたか?
習作ではないと思います。  ではなぜ、ヴィーナスだけ?
黒いバックは、北方の匂いがしますから、  
北からのお客人の誰かが「ヴィーナス誕生」を見て執着し、注文した?
さて、真実は?! 


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・ ジェモーナ・デル・フリウリ ・ ロマネスク教会のある

フリウリ・ヴェネツィア=ジューリア州の地図をどうぞ。
ジェモーナ・Gemonaはちょうど真ん中辺りで、右下にウーディネ・Udine、
その北東にチヴィダーレ・デル・フリウリ・Cividale del Friuliが。
     
1-20060407212350_t_t.jpg
  
一番右下端にトリエステ・Triesteがあり、その南にムッジャ・Muggia、
トリエステ湾を挟んで西にグラード・Grado、その北にアクイレイア・Aquireia.

左上に、小さなイタリアの地図が見えますが、赤い所がフリウリで、
イタリアの北東部、ノルド・エストと呼ばれる所以で、その西隣がヴェネト州。



1976年の地震前のジェモーナ、絵葉書で。
これは町の南東方向からの写真で、今は地震で崩れて無いお城の塔も、
中心の小高い山の上に。

2-20060407224926_t_GF.jpg

右側が、現在もあるドゥオモとその鐘楼。



駅前から九十九折の坂を登りきった正面に、このパラッツォ・コムーネ・市役所が。
16世紀のもので、地震の後再建した物で、一階部分はロッジャ・広間に。

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ロッジャにある石棺。 素晴らしい中世の面影ある物で、天使が舞い、
どうやら亡くなった人を天国に連れて行こう としている様子。 
残された人々の捧げる愛情が偲ばれます。

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パラッツォ・コムーネから東へ、ドゥオモに続く道。
  
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道幅は狭いですが、両側の建物の下はポルティコになっていて、
雨が降っても濡れずに歩け、お喋りも心置きなく出来ようというもの。



ドゥオモの正面が、上の坂道を少し下っていくと、細い道の間からパッと正面に。
素晴らしい視覚効果で、最初に見えた感激は、今も忘れません。
  
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今回の写真は初夏と冬の両方から選んでいますので、道の上から下がっている
線の様な物は、クリスマス飾りの、夜間照明です。



ドゥオモ正面の薔薇窓と3賢者礼拝。 薔薇窓は、この上部の大きなものと、
両脇下の小さなものと3つあり、

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正面の薔薇窓の下に、東方の3賢者礼拝を現した、小さな張り出し部が。



薔薇窓下の小ロッジャを斜め下から見ると、奥の壁にも何か浮き彫りが施され、
彩色されているのが見えます。

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皆さん、それぞれおもいおもいの表情で、首をかしげ、瞑想にふけったリ・・。



少しアップした薔薇窓。 ドゥオモは13~14世紀のロマネスク・ゴシック様式で、
イタリアでよく見る薔薇窓とは少しイメージが違い、少し線が細く、尖っている感じ。  
多分、その辺りがゴシック様式の影響なのかもですね。

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白い鳩が2羽、薔薇窓に止まっておりました。



ドゥオモ正面の向かって右下にある、巨大な聖クリストフォロ像。
右手に杖を持ち、左肩に子供を乗せています。  

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調べましたら、彼は、気は優しくて力持ちな聖人として人気があり、
特に中世末期からルネッサンスにかけてよく描かれた、と言う事を知りました。
オーストリアとの国境の町タルヴィシオの教会正面にも、彼の大きなフレスコ画が。



薔薇窓を内側から。

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ラヴェンナにある、モザイク画で有名なサン・ヴィターレ教会、ガッラ・プラチディア廟は、
ガラス窓ではなくて、大理石アラバスターを薄く窓にはめ込んでいて、
内側は中世の暗さそのもの。
明るく光を通す薔薇窓を眺める時、当時の人々の驚き、喜びを想像します。



木造キリスト像、15世紀。
1976年の地震により、ドゥオモの屋根の一部が落下し、このキリスト像も落ちて、
両腕がもげ、下顎も損傷してなくなったそうで、

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今、見上げるキリスト像は、欠けた下顎の間から歯が覗き、怒りにかられた顔に見え。
 


町より高台にあるお城跡からの眺め。  
畑の畝、刈った草が巻かれて放置され、道が半円を描きながら、向こうに。

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草地の緑色、畑の枯れ草の色、木の幹の黒さ。 遠くに行きたくなりますね。



ドゥオモのすぐ前にあった窓で、向こうに見えるのは鐘楼。
窓の形がヴェネツィアでよく見る、オリエントのイメージを伝える窓でした。

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ここジェモーナも、かってやはり、ヴェネツィア共和国の元にあり、
ウィーンのハプスブルグ家とは、大変よい関係を保っていたと言いますが、
ヴェネツィアから、ウィーンに向かう道は、このジェモーナを通っておりました。



道の両側の建物の下、ポルティコが続きますが、坂の多い町なので、
下から覗いたポルティコの天井は大変複雑でした。

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良くこんな形が、レンガの積み重ねで出来たもの! 昔の人は偉かった!!



この石畳は鐘楼前のもので、こうした石畳は、さいころ型の石を埋めて作ります。  

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パッチワークで言う、シェル・貝の型紙のように、日本の青海波の形のように、
模様のイメージというものは、洋の東西を問わず本当に共通していますね。



お城跡の草原で見つけた野の花。 豪華な花より、こんな野の花が好き。

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お城跡の壁の隙間より見るドゥオモ。

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こうして見ると、家が新しく修復されているのも良く分り、
フリウリの人々の勤勉さが偲ばれます。



最後にもう一度、このドゥオーモの正面が大好きなので・・

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ドゥオモの正面に洒落たバールがあり、窓は一枚ガラスの大きな物で、この様に。
ジェモーナにお越しの時は、このバールで喉を潤し、じっくりと眺めて下さいね。


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・ リルケの小道 ・ ドゥイーノ ・ DUINO

今日は、トリエステの西14,5kmに位置するドゥイーノから、
東のシスティーナ・Sistinaを結ぶ、海に望む全長約2kmの
リルケの小道・sentiero RILKE のご紹介です。

行きましたのは、数年前のちょうど4月4日の復活祭の日、
大快晴で、写真の色が余り良く出ていないのは、
紫外線が強すぎたのだと思います、・・とまず言い訳をして!


トリエステからバスでシスティーナに着き、バス停からじきに
「小道」への入口があります。

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道から遥かに見下ろす崖下に入り江があり、向かいの山に
点々と白く見えるのは桜の木で、本当にどの桜も満開!
バスでここに来る道々でも、満開の桜が迎えてくれたのでした。




こちら側の断崖絶壁。 Il carso・イル・カルソ・岩と呼ばれ、
この一帯から東のスロヴェニアにかけては、この様に石灰岩質の
ザラザラと荒々しい岩の風景が特徴だと。

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入り江の東側の断崖絶壁の下には殆ど土地がなく、すぐ海に。
小さな漁港、そして海には何か、養殖の筏が見えました。
奥の断崖上の塔は、電車の窓からも見える古い砦の塔。

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リルケの小道を歩きながら見る崖。 日本海側で見た断崖絶壁は
海も荒々しく暗い厳しい感じでしたが、ここのは少し違うでしょ? 
石灰岩質との事で岩も白いし、結構植物も茂っています。

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冬のトリエステは、ボーラと呼ばれる台風並みの突風で有名ですが、
今日は波も穏やかで、いかにも春の海らしく煌いています。



全長約2キロの小道に、ドイツの詩人リルケの名が冠されているのは、
1911~1912にかけて彼がドゥイーノにあるお城に客人で滞在、
この道を散策しながら「ドゥイーノの悲歌・Elegie duinesi」 
を著したからとの事ですが、詳細は・・。

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小道より、本当は「小径」と書くべきなのかもですが、
この様に断崖絶壁の上を、海に沿い、松林の中を続いています。

辻邦夫が生前ここを訪れ、「世俗化している」との感想を
友人宛に送られたとの事。
私が訪れたのも祭日で、若い人達がたくさんピクニックに来ていて、
それでも日本の観光地に比べたら!と思いましたが、
この辺が、凡人の我との違いでしょうか?!


細い小さな枝に花が少し。 でも春の色。

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これはドゥイーノのお城の新城、と呼ばれる方ですが、
元々は古く14世紀に遡り、古い城、と呼ばれる遺跡も残っています。

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かのダンテもお客になったという歴史があり、
現在もThrum und Taxis公の子孫が住んでおいでとの事。
残念ながら現在は非公開。



小道から見える、断崖と海の様子をどうぞ。

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西のドゥイーノに着いた所にも小さな入り江があり、 
海に下る坂道の家々の庭の桜が、見事に満開、
花の重みで枝が下がるほどでした! 
 
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日本の染井吉野と違い、こちらの桜は白い桜ですが、
桜はやはり桜、見事です。   
あと何回、見れましょうか?!
 


この古いお城には、伝説「ダーマ・ビアンカ・貴婦人ビアンカ」の
悲しいお話が伝わっていて、 
暴虐な城主の不幸せな花嫁ダーマ・ビアンカは、
断崖から身を投げ、岩に叩きつけられて亡くなった、と。

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が、この春爛漫の花盛りの光の中では、悲劇の模様も薄れ加減・・。



木の間から見る新しいお城を最後に。 

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ドゥイーノの入り江にアッラ・ダーマ・ビアンカ・という小さなホテル、 
ガイドブックによると7部屋ほどの小さなホテルですが、海に望み
大変素敵な場所でした。  
ここに泊まって、夕陽を眺めながら魚を食べたら、さぞ素敵だろう、と。
どなたか先に試されたら、様子をお知らせ下さい!



ドゥイーノを訪れた後、トリエステのサン・ジュスト教会に回り、
古い教会内の柱に、こんな可憐な花飾りがされているのを見ました。

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なんと素朴で心豊かな、復活祭の飾りでしょうか?! 
古い教会に、まさに春を運んでいる様でした。


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